リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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何を言われても気にせずチマチマ投稿しようと思っていたら、何か反響が意外と良かったので、調子に乗ってストックを投稿してみる。

副題 ユーノの奮闘
   なのはの覚醒
   モブと海鳴市に厳しい世界



第四話 魔法少女覚醒

1.

 その人のことはきっと忘れない。

 

 優しい声で頑張れと、そう語りかけてくれたその人を。

 小さな掌、その温かさを、彼は地獄に落ちても忘れないだろう。

 

 高町家の一室。子ども用ベッドの枕元で毛布に包まれながら、微睡の中で彼はそんなことを思った。

 

 

 

 あれから一週間。

 ユーノ・スクライアは未だ目覚めない。

 

 

 

 

 

 小鳥が囀る爽やかな朝。

 高町家の食卓にて、なのはは寝ぼけ眼でもしゃもしゃと朝食を咀嚼していた。

 

 時刻は朝の7時過ぎ。

 常ならば翠屋の開店準備にもう家を出ている時刻ではあったが、休日故に珍しく一家揃って朝食を取っていた。

 

 いつもは八時過ぎまで寝ていて遅刻するなのはも、この日ばかりは叩き起こされ食卓を囲んでいるのである。

 寝起きで視線も定まっていない為か、ボロボロと口から零してばかりいるが。

 

 

「では、次のニュースです。先日未明。海鳴市の八束神社にて女性の惨殺遺体が発見された事件の続報です。遺体の所持品から、海鳴市在住の――――」

 

「八束神社って、確かこの付近だったな」

 

「うん。那美のところ、あそこで事件か」

 

「物騒な世の中になってきたわね。なのはも気を付けるのよ」

 

「……はにゃ?」

 

 

 母・桃子から名を呼ばれて、ぼんやりとしていたなのははハッとしてそちらを見やる。

 その仕草にニュースなど聞いてもいなかったことを理解した桃子は、思わず溜息を吐いた。

 

 

「全く、この子は」

 

「ははは、良いじゃないか。子どもはこのくらいで」

 

「でも、士郎さん」

 

 

 子どもの教育方針で多少意見を違える夫婦。

 

 面倒なことになりそうだ。

 そう判断したなのはは、慌てて朝食をかきこむと席を立った。

 

 

「ん。……ご馳走様ー!」

 

「ちょっと、もう、なのは!」

 

 

 小言を言われる前に退散しよう。

 そうと言わんばかりに、なのはは走り去っていく。

 

 

「なのは! 今日はサッカーの試合があるが、見に来るんだろう!」

 

「うん! 後でアリサちゃんとすずかちゃんとアンナちゃんと一緒に行くー!」

 

「なのはー! 色々気を付けるのよー!」

 

「はーい!」

 

 

 返事だけは元気良く。

 そのまま玄関へと向かっていく姿に、高町家の皆は苦笑をせずにはいられない。

 

 

「恭也。コートの設営とか少し手伝って貰っても良いか?」

 

「ああ、父さん。別に構わない。けど俺も約束があるから、試合前には出発するぞ」

 

 

 そんな風に会話する男たちと。

 

 

「ふう。……打ち上げ用に翠屋の方を準備しておかないと」

 

「母さん。手伝うよ」

 

「ありがとう、美由紀。なのはももう少しおしとやかに育ってくれれば。……美由紀のお菓子でも食べさせればマシになるかしら?」

 

「ねぇ母さん、それどういう意味?」

 

 

 何気なく物騒な会話をする女たち。

 

 

 

 今日も高町家は平和である。

 

 

 

 

 

2.

「それで、まだあの子は目を覚まさないの?」

 

「うん。ご飯も食べれないから、病院に毎日連れてっているの。点滴と、あとスポイトみたいので水を上げたりとか。けどお医者さんが言うにはもう何時目を覚ましても不思議じゃないって」

 

「そっか、じゃあ今日にも目を覚ますかもしれないんだ」

 

 

 少年サッカーの試合を横目に見ながら、なのはたちは三人はあの日拾ったフェレットについて話に華を咲かせていた。

 

 アリサ、すずかと違い、用事があるということでアンナはこの場に来ていない。

 

 それを残念に思えど、逆に良かったのかも知れないと思考する。

 フェレットの様子が心配過ぎて、サッカーの試合など真面に楽しめていないからだ。

 

 チーム翠屋の少年たちは三人の美少女に良い所を見せようと奮起しているが、あまり三人の意識はサッカーに向いていない。

 気が気でなく素直に楽しめない。それが偽らざる三人の内心である。

 

 またあまり応援されてないとは言え、美少女たちがベンチに座っているという状況が状況だ。

 敵チームは嫉妬の思いを力に変えて、本来格上であるはずの翠屋SCに食らい付いている。

 

 実力差と士気。

 勢いの差に戦線は拮抗し、一進一退の攻防が続く。

 

 こう言った試合内容は、総じてレベルが高く玄人好みではある。

 だがゴールネットを揺らさない地味なゲームは、正直素人には受けない物だ。

 

 

「早く家に帰りたくなってきたの」

 

「今帰っても、起きてる訳じゃないでしょうに」

 

「あはは。まあ、サッカーの試合も0対0のままだしね」

 

 

 そんな風に少女達が呟く中、それでも試合は進んで行く。

 

 嫉妬の鬼と化した敵チームと翠屋SCの戦いは数十分後、終了間際に意地を見せた翠屋側が一点を先取し、それを守り切って辛うじての勝利を迎えるのだった。

 

 

 

 試合が終わり、翠屋へ移動する車に乗り込む途中。ふとなのはの視界に、一人の少年の姿が映った。

 どこかで見た顔だな、と考え、翠屋SCのゴールキーパーだと思い出し納得する。

 

 そんな彼がポケットから中身を取り出し、しきりに確認している姿。

 その手に握られた淡く輝く宝石が、理由もないのに何故だか印象深く残った。

 

 

 

 

 

 翠屋での打ち上げ会。

 それぞれが思い思いに会話し、出された菓子類に手を付ける中、なのはだけは一人別行動を取っていた。

 

 あのフェレットが心配で。

 そう告げられたアリサとすずかは抜け出して見てきたらと苦笑いを返す。

 

 なのはが四六時中フェレットの様子ばかり見ている姿を知っている士郎と桃子は、他にも抜け出した子はいるからと許可を出した。

 

 翠屋を出て自宅へと走る。

 

 翠屋と高町家までの距離は短いが、幼くまた運動音痴な彼女にとってはそれなりの距離となっているのだろう。

 

 とてとてと、一歩ごとに重心をずらしながら見ていて危なっかしい走りでその道中を進む。

 

 その最中。

 

 

「にゃっ!?」

 

 

 当然のように小石に躓き、玄関の前で派手に転んだ。

 

 

「い、いたた……」

 

 

 呻きながら、起き上がろうとしたところで――海鳴の街全土が激しく揺れた。

 

 

 

 

 

3.

 高町なのはは痛みに苛まれながらも身を起こす。

 周囲を見回すと、その光景はほんの一瞬で激変していた。

 

 街中では幾つもの建物が倒壊している。

 地面は突如生えてきた根に荒らされ、至る所でさまざまな被害を出していた。

 

 痛みに泣く声が聞こえる。家屋が延焼する音が聞こえる。

 救急車が、消防車が、パトカーが、サイレンを鳴らして、しかし悲痛は拭われない。

 

 

「何……あれ……」

 

 

 そして視界の先には、高層ビルより巨大な木。

 その荒れ狂う巨大な根が地震を、火災を、この海鳴に齎したのだと漠然と理解していた。

 

 

 Guooooooo!!

 

 

 巨大樹に飲まれた街の中で、ナニカが咆哮を上げる。

 びくりと背筋が震え、咆哮の先へと目を向けた先にソレが居た。

 

 それは、獣だった。

 2mを超える巨体を持った大狗。

 

 山のように見えるその獣は、顎から赤い液体の混じった涎を垂らしている。

 

 獲物を見る瞳で少女を見つめる大狗。

 その怪物が何を望んでいるか、誰であろうと分かってしまう。

 

 即ち、食欲だ。

 

 

「あ、ああ」

 

 

 少女が怯える。

 初めて感じる命の危険に、その小さな身体が震えた。

 

 逃げなくては、そう思えど足は震えて動かない。

 早く早く早く、このままで居たら、自分の生涯はここで終わってしまうのだから。

 

 それだけは分かるのに。どうしても足は震えて動かない。

 

 

「お父さん。お母さん」

 

 

 恐怖に駆られて、父母に縋る。

 この場にいない両親が答えを返すこともなく。

 

 

 Guooooooooooooo!!

 

 

 迫る顎に思わず目を閉じる。

 眼前の幼子を捕食せんと開かれた大口、生臭い吐息が迫る。

 

 ああ、死ぬぞ。もう死ぬな。

 彼女が生きられる道理など、何処にもなく――否。

 

 

「ラウンドシールド!!」

 

 

 勢いよく動物が壁にぶつかったような音が響き、痛みがないことに驚きながらなのはは恐る恐る目を開く。

 

 そこにいたのは金髪の少年。

 民族衣装に身を包んだ端正な容姿の少年が、彼女をその力で守っていた。

 

 

「フェレット、さん?」

 

 

 何となく、思い付いた言葉を呟く。

 フェレットと少年には何の共通点も見えないのに、何故か両者が等号で結ばれているような、そんなイメージが頭に焼き付いている。

 

 そんな少女を背に、少年は獣を睨み付けた。

 

 

「下がって! ここは僕に任せるんだ!!」

 

 

 少年は覚悟を決める。

 何故ならば、彼女の声には聞き覚えがあったから。

 

 忘れるものか、聞き間違えるものか。

 ユーノの心に深く残った、その声だけは。

 

 あの苦痛の中で、太陽の様な温かさをくれた人を守れた。

 

 ただその事実に安堵して、ユーノは周囲を見て自責する。

 

 

(僕の所為だ……)

 

 

 眼前に広がる凄惨な光景に、少年は歯噛みする。

 

 巨大樹による建築物の倒壊。

 倒壊した際に発生した火災を含む二次災害。

 

 目の前の獣に食い殺された死体。

 嘆きと悲劇が満ちていて、現状はとんでもないことになっている。

 

 自分がジュエルシードを守り抜ければ、あるいはもう少し早くに意識を取り戻して封時結界だけでも展開していれば、そんな自責の念は止めどなく溢れてくる。

 

 今すぐにでも頭を下げて回りたい気持ちになるが、そんな自己満足をしている時間などはなかった。

 

 今ここにある危機。

 それから目を逸らすつもりはない。

 

 

 Guooooooooooooo!!

 

 

 獣の咆哮を聞いて、その体が震える。

 足が竦んでいる。あれは駄目だと、理性が訴えかけてくる。

 

 眼前の大狗は、先にユーノが敗れ去った黒き獣とは格が違う。

 

 あれは所詮思念体。

 明確な実体を持たない魔力だけで維持された最低レベルの暴走体だった。

 

 だが、今目の前にあるのは原住生物の肉体を取り込み生まれた暴走体。

 単純に性能が遥かに違っている。自分が負けた相手より、あれは更に格上なのだ。

 

 

(なのに、こっちのコンディションは最悪だ)

 

 

 全身の傷が傷む。

 骨も内臓もボロボロで、体に幾つか動かない部位も生じている。

 

 以前の戦闘で魔力を使い過ぎた事と、この世界の大気が体に合わないこともあって、魔力はほとんど残っていない。

 

 出来て先ほどのシールド三回分と言った所か。

 どれだけ効率良く魔力を運用しようとも、勝てる保証なんて何処にもない。

 

 

(それでも)

 

 

 背に守る少女を思う。あの優しく温かい少女。

 これが恋とか愛だとか、そういう感情なのかは分からない。

 

 けれど一つ、分かる事実が確かにある。

 

 彼女の様な人は失われてはいけない。

 それだけが確かな思いで、ただそれだけで退けないという決意が生まれるのだ。

 

 みっともなく足掻いて逃げ出したい心も、無様に震え続ける四肢も、今にも涙が零れてきそうな精神も、全部決意で捻じ伏せてただ吠えた。

 

 

「守りたいものがあるから!」

 

 

 負けてなんかやらない。

 ユーノ・スクライアは生まれて初めて、自らの意志で戦いへと臨んだ。

 

 

 

 

 

「くぅっ!」

 

 

 大狗の突進を受けて、翠色の盾があっさりと砕かれる。

 強度が足りない。より強く魔力を込めるが、それすら数度の突進で崩される。

 

 得意とする防御魔法が、こうも簡単に敗れることに歯噛みした。

 

 

(もう少し、魔力があれば……)

 

 

 こうまで容易く砕かれるのは、相手が強靭だからという理由ではない。

 

 無論、そういう理由がない訳ではない。

 思念体ではなく明確な実体を持った暴走体。

 

 ジュエルシードが原生動物を取り込んでから数日は経過しているのだろう。完全に同化して、その性能を使いこなしていた。

 

 今の怪物は、純粋なスペックだけで見るのなら、アルザスに住まう大型竜にも迫るのではないだろうか。

 

 とは言え、それだけならユーノの防御魔法を破るのには届かない。

 初撃を完全に防げたように、ユーノの防御魔法の方がまだ固い。

 

 ならば何故砕かれるのか、それは彼の防御魔法が薄いからである。

 

 初撃を防いだ際に消費した魔力。

 それをそのままに発動していれば今持つ魔力などとうに尽きている。

 

 三回分しかないのだ。

 それを使い果たせば、後ろの少女諸共食われて終わる。

 

 それは駄目だ。それだけは認められない。

 

 故にユーノは、ギリギリの魔力操作を行っている。

 最低限防ぐのに必要な魔力を想定し、足りなければ破られることを前提に思考する。

 

 だが、このままではジリ貧だ。

 防ぐだけでは後が続かないし、そもそも真面に防げていない。

 

 勝機を待てば少しずつ、魔力が削られていくだけであろう。

 

 ならば、ここは勝負に出るしかない。

 ユーノは必死になってマルチタスクを回し、己が勝利の道筋を想像し、魔法を行使した。

 

 

「そこだ! チェーンバインド!!」

 

 

 展開した盾を砕かれる瞬間を見極め、その一瞬に鎖状の捕縛魔法を展開する。

 躱すことなど出来ないタイミングで放たれた鎖は、首輪の如く獣の首に巻き付いた。

 

 

「チェーンアンカーッ!」

 

 

 もう片方。本来なら魔法陣から出現する鎖の片側は、しかし術式を弄ったことでユーノの掌に握られる形で出現している。

 

 獣が鎖を引き摺る動きに身体を合わせて、ユーノは前へと跳躍した。

 

 

 Guoooooooo!!

 

「っ! おぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 接近してくるユーノを迎撃せんと、獣がその爪を振り下ろす。

 その刃を辛うじて躱しながら、ユーノはその巨体の下へと潜り込む。

 

 そんなユーノの視界を覆い尽くす、巨大な胴体。

 大狗はユーノを踏み潰さんと、大狗がその巨体で迫り来る。

 

 懐に入り込んだ獲物に対して、退くか潰すか、そのどちらかしか選べなかったのだ。

 

 故にそれは想定通り。

 ユーノは既に、対策を立てている。

 

 

「プロテクションスマッシュッ!」

 

 

 その大狗の腹に向かって、残る魔力の三割を込めたプロテクションで突撃する。

 

 爪や牙ならば兎も角、その柔らかい腹部に一撃を貰えば堪らない。

 思わぬ痛みに跳ね上がった獣が生み出した致命的な隙に、ユーノは己の切り札を切った。

 

 

「アレスターチェェェェンッ!!」

 

 

 これが残った魔力の五割ほど。

 本来の数を大きく下回る鎖が、獣の身体を包んでいく。

 

 そして、翡翠の鎖を強く引く。

 巨大な爆発が巻き起こり、獣を大きく吹き飛ばした。

 

 

「妙なる響き、光となれ!」

 

 

 爆発の煙が消える前に、ユーノは最後の魔法を行使する。

 それはジュエルシードのモンスターを倒すのに、絶対に必要な封印魔法。

 

 

「赦されざる者を、封印の輪に! ジュエルシード封印!」

 

 

 最後に残った魔力を全て込めて、封印魔法の光が放たれる。

 彼の全力にして全霊の一撃は、翠色に輝く光となって獣に降り注いだ。

 

 

(これで、終わってくれ……)

 

 

 光に包まれた獣を見ながら胸中で呟く。

 もはやバリアジャケットを展開することはおろか、マルチタスクを使用するだけの魔力も残っていない状態。

 

 ユーノは肩で息をしながら祈る。……だが。

 

 

 

 意志の力で何かが変わるのなら、それは王道というべき物語。

 それを成せることこそが、主役に求められる条件というものなのだろう。

 

 だとすれば、彼は主役ではない。

 ユーノ・スクライアという少年は、脇役でしかなかった。

 

 

 Guooooooooo!!

 

 

 光が消えた後に残っているのは、大狗の怪物の姿。

 軽くないダメージを受けてはいるが、それでも獣は健在だった。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 状況は詰んだ。完全に、もう打つ手はない。

 そんな状況で遂に、堪えてきた涙が零れ始める。

 

 背後の守るべき少女、彼女が持つ魔力量。

 彼女に魔法を使って貰えば助かるのではないか、と恥知らずな思考も浮かんだ。

 

 

(何を、何を考えているんだっ、僕は!)

 

 

 一瞬でもそんな思いを抱いたことに、少年は己の浅ましさを呪う。

 

 

(苦しいじゃないか。痛いじゃないか。こんなモノを、彼女に背負わせるっ。馬鹿じゃないのか、クソ野郎っ)

 

 

 もしかしたら、それは全てが救われる道。

 けれど最後に残った男の意地が、その浅ましさを跳ね除ける。

 

 彼女に魔法を使わせるということは、守らねばならないと思った少女を戦場へと放り込むことと同義だ。

 

 レイジングハートを失くしていて良かった。そんな風にさえ今は思える。

 彼女を巻き込まなかった結果が自身の死であろうとも、その選択だけは選ばない。

 

 それが彼に残った、最後の意地。

 

 あるいは、この光景を見る前。この痛みを知る前。

 天魔たちに出会う前の自分ならば、安易に助けを求めていたかもしれない。

 

 背後に庇う少女の一見して分かるほどの魔力に、禄に考えもしないで助けを求めただろう。そうして彼女を、無責任に死地へと招いていた。

 

 だが、ユーノは見た。もう知ったのだ。

 災厄の宝石が齎したこの光景を。ミッドチルダを蹂躙したあの悪名高い天魔たちが、この地にやって来るという事実を知っている。

 

 巻き込めない。巻き込んではいけない。

 この優しい少女を、そんな死地に巻き込んではいけないだろう。

 

 

(……なら、逃げようか)

 

 

 ふと浮かんだ思い。それがとても名案のように感じられた。

 

 一人で逃げるのではなく、あの子の手を引いて。

 他の人は助からないだろうけど、あの子だけはきっと守り通す。

 

 そんな考えが、頭を過った。

 

 

(ああ、そうできたら、どれほど良かっただろう)

 

 

 無理だ。楽観が過ぎる。

 例えこのまま彼女の手を取って逃げても、無力な自分は守ることが出来ない。

 

 二人揃って食われて終わり。

 そんな光景が簡単に、脳裏に浮かんでしまったから。

 

 

(……なら、仕方ないよね)

 

 

 ユーノは割り切った。

 もう救えないと諦めて、少女に向かい言葉を伝えた。

 

 

 

 そして少年は、獣に向かって走り出す。

 以前とは違う。逃走ではなく、玉砕の為に。

 

 最早魔法は使えない。

 だが、この四肢は残っている。五体があるのだ。

 

 飢えただけの獣など、あの天魔に比べれば何を恐れる必要がある。

 

 

「だから! 僕は!」

 

 

 結果を話すのならば、彼の願いは届かない。

 どこまでも現実は非情で、彼は最後の意地までも失う事となる。

 

 

 

 

 

 玉砕へと向かう少年。一人傷付き続ける彼の姿。

 その光景を見て、誰より心を痛めていたのは一人の少女であった。

 

 

「どう、して……」

 

 

 それは何に対しての疑問であろうか。

 理不尽な現実か、抗い続ける少年に対してか。

 

 少なくともこれから訪れる結果だけは、なのはにも良く分かっていた。

 

 文字通り血を吐く思いで、戦い続ける少年。

 彼にはもう、攻撃手段も防御手段もありはしない。

 

 すでに魔力もなく、獣の爪や牙を体で受けるしかない。

 雑な動作で殴り掛かっても、純粋な身体能力差故に届く訳がない。

 

 そして仮に届いたとしても、人の拳で獣を傷付ける事など不可能だった。

 

 それはもはや戦闘などではない。

 体に爆薬を巻き付けて突っ込む以上に意味のない、捨身の囮でしかない。

 

 結末は見えている。

 それが起こるのは時間の問題だ。

 

 だからあの少年は、最後になのはに「逃げて」と残したのだろう。

 

 

「駄目、だよ」

 

 

 そんなのは駄目だ。

 助けてくれたあの人が、そんな結末を迎えてしまうのは駄目なのだ。

 

 あの人が食べられてしまうのは、なのはには絶対に許容できない。

 でも、ならどうすれば良い。何が出来る、何もできないこの身に。

 

 

「……神様」

 

 

 どうか助けてください。

 あの男の子を死なせないでください。

 

 もはや何も出来ない状況で、ただ祈るより他にない。

 

 ああ、だが、その祈りは無意味であり、無駄である。

 少年が少女を巻き込まぬと決意した瞬間に、彼女が正規の方法で魔法を得る道は失われたのだ。

 

 例えパズルのピースが揃っていようと、完成図を知らなければどうしようもない。

 このままでは高町なのはは目覚めない。魔法少女は生まれない。

 

 そして居もしない神様に祈った所で、結局何も変わらないだろう。本当に神様がいないのであったのならば。

 

 

――本当に仕方のない子ね。良いわ、もう少しだけ力を貸してあげる。さあ、その手に杖を取りなさい。

 

 

 何処かで聞いた、誰かの声が聞こえた。

 赤い影が脳裏に浮かび、知らずなのはの手は胸元へと導かれていく。

 

 

「……ペンダント」

 

 

 あの日、アンナに渡された赤い宝石。

 

 それが首に掛かっている。

 身に付けている様にと言われたから、それは確かに其処にあった。

 

 何かに導かれるように、その宝石へと手を近付ける。

 その手は無意識に魔力を発したまま、赤い宝石へと触れていた。

 

 瞬間、桜色の輝きと共に膨大な魔力が目を覚ます。

 

 

――さあ、貴女の物語の始まりよ。その才、余さず全て引き出してあげるわ。

 

 

 海岸線のブロック塀。其処に腰掛けた少女が囁く様に口にする。

 赤い髪の少女が掌中で3つの青い宝石を転がしながら、その4つの瞳で遠く、ただ茫然と赤い宝石を握るなのはを見つめていた。

 

 

「我、使命を受けし者なり。契約の元、その力を解き放て」

 

 

 言葉は自然と口をついた。

 迷うことはない。口ごもることもない。

 

 ただ言うべき言葉は此処にあって、求める力は其処にある。

 

 

「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に」

 

――主役の条件って奴を教えてやるよ。神の玩具だ。

 

 

 何処かで両面の鬼が、嗤う。

 神様に頭を下げて、摩訶不思議な神通力を恵んでもらった事を。

 

 その少女の有様を、悪意に満ちた言葉で嗤っていた。

 

 

「この手に魔法を! レイジングハート、セットアップ!!」

 

〈Stand by ready, Set Up〉

 

 

 溢れ出す膨大な魔力の反応に、傷だらけの少年は弾かれたように振り返って少女を見る。

 

 何故、彼女がレイジングハートを持っているのか、疑問に思うもそれ以上に胸を突く想いが一つ。

 

 巻き込んでしまった。

 そんな絶望にも似た後悔が、胸を満たしていた。

 

 

 

 そして、魔法少女は其処に目覚める。

 

 桜色の輝きの中、白き衣を身に纏う。

 機械仕掛けの杖をその手に、魔導師高町なのはは覚醒した。

 

 

「行ける」

 

 

 手に馴染む感覚がある。

 必要な知識も、どう動かせば良いかという技術も、それら全てが頭の中に流入してくる。

 

 体が凄く軽い。

 まるでこれまで重い拘束具を着込んでいたかのように、今が自然に感じられる。

 

 こうあるのが当然とさえ思えてくる。

 溢れ出す力が与える全能感に、自然と笑みすら浮かんでいる。

 

 なのはは爪先で地面を蹴ると、ふわりと浮きあがった。

 

 

〈Flier fin〉

 

 

 主の望む通り、レイジングハートは奇跡を起こす。

 何も知らないはずの少女は当然のように飛翔し、大狗の前にその姿を晒す。

 

 

 Guoooooooo!

 

 

 咆哮と共に襲い掛かる獣の牙に対し、なのはは杖を差し出す。

 それだけでレイジングハートは動いてくれると知っているから。

 

 

〈Protection〉

 

 

 桜色の魔力が半透明の壁を作り上げ、大狗を弾き飛ばす。

 

 宙を舞う獣を、高町なのはは逃さない。

 

 

「レイジングハート! 攻撃!!」

 

〈Divine buster〉

 

 

 両手に構えた杖の先から、桜色の光線が放たれる。

 

 が、獣も負けてはいない。

 着地直後に持ち前の俊敏さを発揮し、放たれる砲撃を軽々と回避する。

 

 

「っ! レイジングハート! もっと当たりやすいの!」

 

〈All right. Divine shooter〉

 

 

 なのはの望みに答え、インテリジェントデバイスが新たな魔法を生成する。

 

 生み出されるのは発射台とそこから放たれる球形の魔法弾。

 弾速こそ遅くなっており、容易く避けられるが、しかしこれは誘導効果を持つ魔法。

 

 その数は十二。その全てを自由自在に操る。

 かわされた矢先にその効力を発揮し、着地直後の獣にぶつかりその巨大な体躯を吹き飛ばす。

 

 あれほどユーノの攻撃に耐えた大狗が、僅か一発で地に倒れ伏す。

 次いで十一発の弾丸が、止めと言わんばかりに追撃をかけた。

 

 

「レイジングハート!」

 

〈Sealing mode, Set up〉

 

「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル16。封印!」

 

〈Sealing〉

 

 

 桜色の輝きが、伏した大狗の力を奪い去る。

 その封印の光に抗う力は既になく、獣は動く事も出来ずに封じられる。

 

 

〈Receipt number ⅩⅥ〉

 

 

 輝きが収まった時、そこに残っていたのは青色の宝石と意識のない小さな子犬だけであった。

 

 レイジングハートが宝石を回収したのを確認するとすぐさま、なのはは次へと目を向ける。

 

 

「次!」

 

 

 飛翔魔法を使い、更に高度を上げるとなのはは巨大樹へとレイジングハートを向ける。

 その途端、まるで抵抗するかのように根が荒れた。

 

 だが、そんな抵抗など無意味である。

 なのはに襲い掛かった根は全て、桜色の障壁に阻まれる。

 

 その障壁を揺らす事も出来ずに、そしてなのはは揺るがずにある。

 

 

「リリカルマジカル。探して、災厄の根源を!」

 

〈Area Search〉

 

 

 そして、当たり前の様に発動するのは広域探索魔法。

 海鳴市全土を容易く範囲の中に収めて、そしてなのはは見つけ出した。

 

 

「見つけた! レイジングハート!」

 

〈Shooting Mode Set Up〉

 

「ディバインバスター!」

 

 

 巨大樹の中心。災厄の根源。

 其処へ向かって、射撃形態に変形したレイジングハートが砲撃魔法を放つ。

 

 無数の根と枝が生い茂り、抵抗を示すが全て桜の中へと消える。

 その強大な砲撃魔法は、巨大樹の抵抗を何でもないもののように跳ね除け、あっさりと全てを消滅させた。

 

 そして、蒼い石が転がり落ちる。

 災厄の宝石は、その一撃で封印されたのだった。

 

 

「凄い……」

 

 

 全てを終わらせて、空からゆっくりと降りてくる少女。

 その姿を見つめていたユーノは、感嘆の言葉を口にするしか出来なかった。

 

 余りにも魔力量が違っている。

 絶対的なまでに、才覚の隔たりを感じてしまう。

 

 その存在が持つ才能に、押しつぶされたような錯覚すら覚えている。

 

 

「それに比べて」

 

 

 両手を握りしめる。

 血だらけで、ボロボロの体は情けなく震えている。

 

 今の自分は、満足に立つことすら出来ていなかった。

 

 

「なんて、無様」

 

 

 男の意地は砕けた。

 誇りはもう、泥塗れになっている。

 

 守るべき人すら守れない。

 どころかその人に守られた少年は、その圧倒的な才に踏み潰される。

 

 そうして、声を上げずに涙を零した。

 

 

 

 

 

4.

「……あれは、ジュエルシードが引き起こした災害です」

 

 

 先ほどの現場から、僅か離れた場所にある公園。

 其処でユーノは、己が知る真実の全てを語っていた。

 

 

「ロストロギア。あまりにも発展し過ぎた文明が作り上げたとされる、行き過ぎた発明品。中でも間違った形でしか願いを叶えられない願望器。ジュエルシードは暴走すれば、次元世界一つを滅ぼしてしまいかねない、とても危険な代物なんだ」

 

「……そんな危険な物が、どうして海鳴に?」

 

 

 当然の疑問。それに対しユーノは、俯きながら告げる。

 余りにも消耗が大きい今、フェレットに変身していても分かる程に、その顔色は悪かった。

 

 

「ごめん。僕の所為なんだ……」

 

 

 謝ってもどうなることでもない。

 ただ結果で示さなくてはいけないのに、許されたくてそんな言葉を口にしている。

 

 そんな感情が自分の中にあることを自覚して、それでもユーノは口にしていた。

 

 

「僕がジュエルシードを発掘してしまったんだ。管理局、この世界で言う所の警察のような組織なんだけど、そこが所有する船で本局へ移送している途中に襲撃された。……僕らは襲撃者からジュエルシードを守れず、この世界にジュエルシードを散逸させてしまったんだ」

 

(僕は、弱いな)

 

 

 謝罪をするのではなく、解決する為に来たというのに、今では頭を下げるしか能のない己の弱さが情けなかった。

 

 

「輸送船が襲われた時に守り抜ければ、……いや、そもそも僕がジュエルシードを発掘しなければ、この街がこんな風になることはなかったんだ」

 

 

 公園から見える街の惨状を見ながら、彼は口を開く。

 巨大樹も大狗も消え去ったが、その傷跡は深く残っている。

 

 家屋を失くした人々は避難所生活を余儀なくされるだろうし、犠牲者だって複数出ている。

 

 詫びた所で、もう帰って来ない。

 そんな犠牲に少年はどう対処すれば良いのか、何が出来るのかも分からない。

 

 

「ううん。君の所為じゃないよ」

 

 

 そんな風に俯く少年に、事情を聞いたなのはは慰めの言葉を掛ける。

 

 それは紛れもなく、真実であるのだろう。

 海鳴市にジュエルシードを落としたのは襲撃者たちだ。

 輸送船に襲撃を許し、守り切れなかったのは管理局の不手際だ。

 

 発掘にしたところで、その遺跡を発掘すると決めたのはスクライア一族の上に立つ者であり、そこに少年の意志はない。

 

 ユーノ・スクライアに罪はなく、むしろ彼は己に出来る限りのことを果たしていただろう。

 

 どれだけの人が、彼と同じ立場で、彼と同じ行動が出来るだろうか。

 なのはの言葉は、身内に被害が出ていないからこその言葉かもしれないが、確かに少女の本心であり、客観的視点から見た際の真実だった。

 

 

「……ありがとう。ごめんね。……ええ、と」

 

 

 だからこそ、その言葉は――少年の心を救うと同時に、同じくらい深く傷付けていた。

 

 

「なのは。私は高町なのはだよ」

 

「ありがとう、なのは。僕はユーノ。ユーノ・スクライアです」

 

「それじゃ、ユーノくんって呼ぶね」

 

 

 にこやかに微笑むなのはに、ユーノはほんの少しだけ明るい気持ちになる。

 

 

(眩しいな)

 

 

 その太陽に向かって花開く向日葵の様な笑顔は、少年の瞳には眩しく映っていた。

 

 

「ジュエルシードは、まだあるんだよね」

 

「うん。全部で21個。……まだ19個も残っているんだ」

 

「……ジュエルシードを何とかしないと、また同じことが、ううん、もっと酷いことが起きるかもしれない」

 

 

 だから少年には気付けない。

 少女が胸に抱える。闇というには、小さなその歪みに。

 

 

「……私には出来る。何も出来ない私にも、出来ることはある」

 

「なのは?」

 

 

 それは劣等感。そしてそれより生じる優越感。

 孤独感や強迫観念は薄れたが故に、周りにいる優秀すぎる友人達に対して抱いてしまった感情。

 

 頭は良くなく、運動もあまり出来ない、自分でも出来ることはある。

 否、自分にしか出来ないことが此処にあるのだと、歪んだ優越感に浸っていた。

 

 

「ユーノくん。私なら、ジュエルシードをどうにかできるんだよね」

 

「……確かに、なのはほどの魔法の才能があれば、封印も簡単だけど、危険すぎるよ」

 

「ううん。それは違うよ。……何もしなくても、危ないのは変わらないんだ。なら、私は何かがしたい」

 

「……なのは」

 

 

 魔法。まるで神様の奇跡のような力には相応しい名前だ。

 そう内心で思い、彼女は赤い宝石を握りしめる。

 

 対して少年は思考する。

 彼女を危険に晒したくない思いはある。

 自分で解決したい矜持もある。

 

 ただ、実力だけが届かない。

 

 

(断った所で、こんな僕に出来ることなんて、ありはしないじゃないか)

 

 

 そんな合理的な、弱者の思考が頭を占める。

 目の前の少女なら何とか出来るんじゃないか、そんな無責任な思いに至る。

 

 

「そうだね。……うん」

 

 

 そうして少年が出した結論は、とても愚かなもの。

 

 

「僕一人じゃ駄目なんだ。……だからなのは、僕に協力して欲しい」

 

 

 それは少女を死地へと招く、とても愚かな選択であり。

 

 

「うん! 任せてユーノくん。私が必ず解決してみせるんだ!」

 

 

 そして頼られる喜びで、力に溺れた少女は戦場へと向かう。

 その先に何があるのか、知ることもなく。知ろうとすらせずに。

 

 

 

 少年と少女は共に行く。

 だがその心は、どこまでも擦れ違っていた。

 

 

 

 

 

 




Q.才能引き出されたなのはちゃんの強さはどれくらい?
A.素のスペックならSTS時点より既に上。装備の差と経験の差でSTSなのはには勝てないけれど、AS最終決戦のなのはくらいならゴリ押しで倒せる感じ。
 障壁を維持しながら高速移動して、誘導弾を操りながら砲撃魔法放ちつつ、SLBをチャージするとか出来る。


戦闘シーンは割とノリと勢いで書いています。突っ込まれる場面もチラホラあるかも。
実は根性論が通る理由も裏設定であったりするのだが、それは作中でその内明かすかもしれませんので、ここでは語りません。

後、暫く天魔さんたちはお休みです。今来られたら全滅するしかないから(震え声)


20160812 大幅改訂。

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