リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

41 / 153
捏造設定。原作キャラ死亡注意。

……まあ、いつも通りですかね。


副題 真に罪深きは誰か?
   少女は漸く直視する。
   呆気ない終わり。


第三十一話 罪と罰

1.

 これは罰なのだろうか。そんな益体なき事を考える。

 管制人格は闇の中で、その全てを見詰めていた。

 

 

 

 かつて。そう。もう、かつてとなってしまった頃の話だ。

 今はもう昔、次元世界にベルカと呼ばれた国家が存在していた頃に彼女は生まれた。

 

 その役割は文化の保存。

 当時、大ベルカとまで称された複数の次元国家を等活する大国家は、その強大さ故に分裂の危機にあった。

 

 国土が広がれば当然、地方によって文化や風習の違いが生まれる。

 小さな島国一つでも対立は生まれるのだ。大陸一つ治めるだけでも、国民感情を纏め上げるのは酷く困難な事なのである。

 それを思えば、複数の次元国家を一つに纏め上げたベルカと言う王国は、正に規格外というべき存在であったのだろう。

 

 だが、それも永遠に続く訳ではない。

 最初の統治者が賢君であったとしても、続く後継まで同様とは限らない。

 否、どれ程優れた指導者であったとしても、複数の世界を真の意味で統治する事など不可能であろう。

 

 三百年。それが後に古代ベルカと呼ばれる王国が栄えた年数であった。

 

 

 

 その王国の末期に、彼女は作り出された。

 当時存在した魔法。ベルカ技術の粋を後世へと残す為に、夜天の書は作り出されたのだ。

 

 手にした者の使い方次第では厄介な事になる。故にその技術を守る為に、古代ベルカの英雄達の模造品である守護騎士システムが用意された。

 そして書を任意に動かす機能。優れた主を探し出し、その者にベルカの全てを継承させる為に必要だった機構だ。元の彼女に備わっていたのはそれだけであり、それだけで十分だったのだ。

 

 ある一人の女が現れるまでは。

 

 

――今代の夜天の王とお見受けするが如何に?

 

 

 その女は、旧暦が始まってまだ間もない頃に現れた。

 旧暦とは、突如現れ猛威を振るった大天魔という怪物達に抗う為に、作り出された連合国の結成された年を元年としている。

 小国家連合を纏め上げる為の旗頭とされた者こそ嘗てのベルカ王家の末裔。故に、ベルカ連合国。或いは後ベルカと呼ばれる国家連合である。

 

 そんなベルカ連合の技術者達を伴って現れた和服の女。女は名を御門顕明と言った。

 

 顕明は語った。世界の真実。大天魔の真実を。

 そして彼女は言った。世界を滅ぼさぬ為にも、永遠結晶を封じる必要がある。その封印の器として最も相応しい物が夜天の書であると。

 彼女はそのメリット・デメリットも含めて語り、施す改悪の内容を全て話し、そして世界の為に犠牲になって欲しいと管制人格へと頭を下げた。作り物でしかない彼女に、だ。

 

 断る余地など与えず無理矢理に改造してしまえば良かろうに、それでも真摯に頼み込んで来た顕明。

 その女の語る永遠結晶を奪われれば最悪世界が終わると言う言葉に、真剣なその対応に改悪を拒むことなどは出来なかった。

 それが己にしか出来ぬ事ならば、応と頷く以外の選択肢などは存在しなかったのだ。

 

 だが、それでも譲れぬ事はあった。

 

 それは無限転生機能と、その発動時に主を犠牲とする必要があるという事。

 大天魔から逃れる為に必要な転生機能は、しかし魔力食いであり過ぎるという欠陥が存在していたのだ。

 

 神の憎悪の欠片など組み込めばどうなるか分からない。

 その力を使わずに転生機能を動かそうとするならば、未完成時に主を食い尽くすくらいせねば転移機能は使えない。

 

 そして太極負荷にも耐えうる機構がなければ、そもそも改竄する意味がない。

 そんな理屈は分かっていても、己以外を犠牲にすることなど、どうしても許容が出来なかったのだ。

 

 互いに論を交し合う彼女らに別の解法を齎したのは、当時の夜天の王であった。

 

 彼女は今代の八神はやてとよく似ている。優しく温かな主であった。

 当然だろう。そう言った良き人物だけを継承者に選んでいたのだから、それが心優しき素晴らしい主である事は当たり前なのだ。

 

 そしてそんな主だからこそ、夜天の書にのみをその犠牲にしたくはないと語ったのだ。

 そしてそんな主だからこそ、世界の危機を見過ごせないのは当然だったのだ。

 

 主の名はユーリ・エーベルヴァイン。

 

 当時の夜天の王は自らの内に永遠結晶を封じる事を提案した。

 間にユーリというクッションを置くことで、次代の書の主を生贄としなくても安定して力を供給する術を考え出した。

 

 夜天と共に人身御供となり、真に揺るがぬ封印となる事を提案したのだ。

 

 止めるべきであったのだろう。

 諫めるべきであったのだろう。

 

 だが、それでも。

 

 

――貴女一人に、全てを負わせる事は出来ません。

 

 

 そう語る彼女を、止める術を夜天は持たなかった。

 

 ユーリという変換器を通せば、多少は結晶の魔力を安定して使える。

 それさえあれば、次代の主を犠牲にすることなく、永遠結晶の封印という役割を果たせる。

 

 共に生きて死のうと口にした主に、夜天の書は肯定の意を返した。

 永劫共にあろうと言う言葉に、嬉しいとさえ感じていた。それが間違いであったと言うのに。

 

 結論から言えば、ユーリ・エーベルヴァインという女は持たなかった。単純な話だ。神の怒りなどを内に宿して、自己を保てる筈がない。

 実験失敗という結果に失意する技術者の前で、当然の結果かと見詰める顕明の前で、強烈な憎悪に振り回される夜天の内側で、ユーリと言う女の魂は消滅した。

 

 

 

 そして夜天の書は闇の書へと変貌する。

 

 

 

 次の主は、欲深い男だった。

 ユーリとは比べ物にならぬ程愚劣な者だった。

 

 だから、食らった。容赦も慈悲もありはしない。

 彼女を犠牲にした事を思えば、最早退き返すことなど出来ぬから、喰らい尽くした。

 

 そして闇の書は、ほんの少しだけ重くなった荷物を背負い、次なる世界に移動する。

 

 

 

 次の主は嫉妬深い女だった。

 ユーリとは比べ物にならぬ程愚劣な者だった。

 

 だから、食らった。容赦も慈悲もありはしない。

 書が完成した際に破壊を振り撒いてしまうという現象こそ予想外であったが、特に頓着することもない。

 最早退き返すことは出来ぬから、背負う荷物が増えるだけだ。

 

 そして闇の書は、少しだけ重くなった荷物を背負い、次なる世界に移動する。

 

 

 

 次の主は心優しき少年だった。

 ユーリを彷彿とさせる優しき子だった。

 

 少しだけ迷った。けれど背に負う荷物の方が、その少年より重いから、仕方ないと呟いて、御免なさいと謝って、けれどやっぱり食べ尽くした。

 

 そして闇の書は、とても重くなった荷物を背負い、次なる世界に移動する。

 

 

 

 喰らい、喰らい、喰らい続けた。

 その度に重くなる荷物に体を軋ませながら、その度に重くなる荷物に悲鳴を上げながら、それでももう止まれなかった。

 

 烈火の将が居た。

 彼女は時に主と恋仲になった。時に弟子を取ってその子を育てた。時に人並みの生活に戸惑っていた。

 

 鉄槌の騎士が居た。

 彼女は時に主の悪趣味に悪態を吐いた。時に見た目相応の子供らしい生活を送った。そして時に戦場にて綺羅星の如く輝いた。

 

 湖の騎士が居た。

 彼女は時に市政の民と恋仲になった。時に医師として、多くの命を救いあげた。時に料理人を目指して奮起した。

 

 盾の守護獣が居た。

 彼は時に戦火の只中から主を守り抜いた。時に心傷付いた者らを獣の姿で慰めた。時には救い守った者らに慕われて戸惑っていた。

 

 そんな記憶を全て消した。そこに伴う感情を初期化した。

 闇の書の破壊を覚えていられるのは困るから、守護騎士という有り様に一握とて欠損は生み出せぬから、不確定要素は全て消した。

 

 それを罪と知って、守護騎士に対して罪悪感を覚えながら、それでも背負った荷物の重さには届かなかったから、やはり闇の書は止まらない。

 

 そう。罪を犯して来たのだ。余りにも重い荷物を背負い続けたのだ。

 もう立ち止まれないのだ。退き返せないのだ。それなのに、それなのに。

 

 嘲笑う両面の鬼に崩される。進む為の足を圧し折られた。

 嗚呼、これは罰なのだろう。己は抱えて来た罪に報いる為に動き続けねばならぬのに、そう動くことすらもう出来ぬのだから。

 

 壊れてしまった書の中で、管制人格は全ての終わりを眺めている。もう彼女に出来る事など、それだけしか存在していなかった。

 

 

 

 

 

2.

 人気のない静かな休憩室。ガコンという音は殺風景な部屋に良く響いた。

 休憩室に備え付けられている自動販売機から購入した飲料水を取り出すと、ペットボトルを片手に持ちながら、なのはは近くの椅子に腰を下ろした。

 

 ちびちびと飲料に口を付けながら、ぼんやり思うは昨日の出来事。

 一夜明けて、昼過ぎとなって、漸く濃厚だった一日を振り返っている。

 

 友達と大喧嘩をした。

 あそこまで派手に意見を違えたのは、初めての喧嘩の時以来ではないだろうか。

 

 愚痴るように八神はやてに心情を吐露して、その直後に彼女が倒れた。

 そんなはやてに付き添う形でここまで来て、こうして今は一人で居る。

 

 

 

 八神はやての容体は聞いた。

 彼女の容体を確認しに行ったなのはに、はやてが自ら明かしたのだ。

 

 目が見えない。温度が分からない。味が分からない。臭いが分からない。

 五感の殆どが死んでいて、痛みすら真面に感じる事が出来なくなっている現状を語ったのだ。

 

 その余りにも悲惨な状況に、何と言えば良いか分からずに黙り込んだ。

 そんななのはに、はやては笑って別に構わないと口にしたのだった。

 

 閉じられた瞳は泣き腫らしたかのように、瞼の回りは赤く染まっていたけれど、それでもそこには確かな意志があったように見えた。

 

 その魂は、とても鮮やかに輝いているように見えたのだ。

 

 

――あんな、私は決めたで。生きるんや。精一杯、最期まで生きるんや。

 

 

 そう語り、共にある獣の手を握り締めたはやての姿に只々圧倒された。

 恐れていた人と向き合って、諦めではなく、絶望でもなく、安易な希望に縋り付くでもなく、残された命を真面目に生きようとする少女の輝きに圧倒されたのだ。

 

 凄いな、と思う。羨ましいと思う。妬ましいとも思った。

 置いて行かれてしまうかのようで。抜かされてしまうようで。ああ、それは嫌だなって、そんな風に思えたのだ。

 

 必死に生きようとしている人に、何を思っているんだろう。そう思う気持ちは確かにある。

 

 けれど殺せないのだ。失くせないのだ。抑えきれない。

 そういう気持ちが確かに胸の中に燻ぶっていて、今でもなのはは羨んでいる。

 

 

――それがお前の本質だ。高町なのは。

 

 

 思い返すは鬼の言葉。耳に残って消えない両面の鬼の嘲笑いの言葉。

 目を逸らしたくなるけれど、それでも――

 

 

――次はなのはちゃんの番やな。

 

 

 友人の言葉に奮い立つ。あれ程追い詰められてなお前を向いている姿に、どうしようもない程に奮起させられる。

 さあ、もう目を逸らすのは止めよう。そろそろしっかりと目を開いて、この先に続く道をこの目に見詰めよう。

 

 

「……うん。これは私の本質だ」

 

 

 肯定を持って鬼の言葉を受け入れる。

 十年に満たぬ人生。積み重ねてきた想いはそう簡単には拭えないけど、もう目を逸らす事だけは止めた。

 

 だって、ここで目を逸らしたら、本当に置いて行かれてしまうと思うから。

 

 目を閉じるのは止めだ。耳を塞ぐのは止めだ。

 進む道をしっかりと見極めて、この両足で歩いて行こう。

 歩くのが遅くとも、歩き出すのが遅くとも、きっと何かは得られるのだと思うのだ。

 

 

 

 手を上に向けて、ぎゅっと握り締める。

 覚悟はここに。やるべき事は今、決めた。さあ置いてきた物と向き合おう。

 

 

 

 怖いという思いはある。恐ろしいと感じている。

 決意一つで覆せる程、その傷は浅くない。

 

 大天魔であった友が恐ろしい。あんな喧嘩をした友人らに見捨てられていないだろうか、考える事も恐ろしい。

 弱い自分がまた挫けてしまわないだろうか、そんなことすら恐ろしくて。

 

 けれど――それで向き合えぬ程に、高町なのはの決意は軽くはない。

 

 

「もう。逃げない。……逃げたくない」

 

 

 想いを口にすると、しっくりと来た。

 置いて行かれないように向き合って、今度こそ確かな物を手に入れる。

 

 それがきっと、高町なのはの願いであると、確かに理解する。

 

 あの幸福な日々をもう一度。

 美しい刹那を取り戻したい。

 

 その為になら、もう逃げないと決める。

 恐怖と向き合って、己が醜さも受け入れて、確かに前に進んでいくのだと心に決めた。

 

 と、彼女が覚悟を決めた所で、胸元へ入れていたレイジングハートが突然声を発した。

 

 

〈There was a call, my master〉

 

「にゃ!?」

 

 

 音声通話が届いた事を伝えるレイジングハートに驚かされる。

 思わず跳ね上がったなのはは深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせると、レイジングハートに連絡を繋ぐように指示を出す。

 

 

〈あ、やっと繋がった〉

 

「え? ユーノくん」

 

 

 漸く繋がった回線に、ユーノは安堵の溜息を吐く。

 そんな彼の様子に、やっと繋がったとはどういう事かとなのはは首を捻った。

 

 そんな主に気取らせぬように、主の考え事を阻害させない為に、結論を出すまで意図的に受信を拒絶していたレイジングハート。

 主の為にあり続けるデバイスはその本意を明かさず、唯無言でチカチカと点滅して返すだけだった。

 

 そんなレイジングハートの様子にも気付かないなのは。

 考えても答えは出ないと判断した彼女は、ユーノの用件を聞こうと意識を切り替えると問い掛けた。

 

 

「それで、どうしたの? ユーノくん」

 

〈……それはこっちの台詞だよ。昨日から連絡も寄越さずに何をしていたんだい? 士郎さんも桃子さんも心配していたよ〉

 

「あ」

 

 

 不味いと冷汗を垂らしながら、なのははポケットから携帯を取り出して確認する。

 院内故に電源の入っていなかった携帯電話には、大量の着信とメールが届いていた。

 

 

「にゃ、にゃはは。……連絡、忘れてたの」

 

 

 はやてが急に倒れ、その対応に集中し、そしてその後は疲れて眠ってしまった。

 朝は朝で一番にはやてに会いに行き、その時の遣り取りに考えさせられる事があって、こうして思考ばかりしていた。

 

 連絡をする余裕はなかったのだ、と言い訳がましく説明するなのは。

 彼女の身を案じていたユーノは溜息を吐くと、「士郎さん達には自分で連絡を入れるんだよ」と返したのだった。

 

 

「……きっと怒られるの」

 

〈叱られてきなよ。大事にされてるってことだからさ〉

 

「にゃー。気が進まないの」

 

 

 もう逃げないとは言ったが、こういう事からも逃げないとは言っていない。

 そう目を泳がせるなのはに、ユーノは深く深く溜息を吐くと。

 

 

〈今回は人命救助とかも関わってくるから、外泊した事自体は怒られないと思うけど、次からはちゃんと連絡を入れておく事。後、僕もそっちに行くから、……君の事を心配していたのは、僕や高町家の皆だけじゃないからね〉

 

 

 覚悟しておくと良いと口にする。そんな彼の背後で、心配なんてしていないわよと騒ぎ立てる金髪の少女。彼女を宥める紫髪の少女。そんな友人達の姿に、なのははくすりと微笑んだ。

 

 

「うん。……待ってる」

 

 

 少年少女達の訪れを待つ。まだ心配してくれる友の姿に、まだ友情は消えていないのだと理解出来たから。

 向き合おう。自分の想いを伝えよう。この決意を伝えて、そこからもう一度始めよう。そうなのはは心に決めて通信を切った。

 

 

「けど、お父さんとお母さんに連絡するのか」

 

 

 やだなー、と口にしながらも、もう逃げないと決めたのだろうと考えを改める。

 とりあえずは手を伸ばしやすい事から始めていこう。そう意識を新たにして、携帯電話を手に取るのであった。

 

 

 

 そうして連絡し、無事叱られ終えたなのはは、友人達がやってくることをはやてに伝える為に彼女の病室を目指して歩いていた。

 

 伝えるのはそれだけではない。

 前を行ってしまった友人に、決意表明を伝えるのだ。

 

 それは自分も向き合おうと決めたという事。

 そしてそう思えるような姿を見せてくれた彼女に、感謝の思いを伝えよう。

 

 そんな風に考えながら病室へと向かうなのはは、その途中の廊下で彼女とぶつかった。

 

 

「悪ぃ! そこ退いてくれ!!」

 

「にゃっ!?」

 

 

 突然、背後より突き飛ばされる。

 予想外な衝撃に派手に転んだ少女は、頭を押さえながらに身体を起こした。

 

 

「い、いたた」

 

 

 痛みに耐えながらに少女は思う。

 一体誰がこんなことを、とやや憮然とした表情で道の先へと視線を向けて――そこでなのはは、見覚えのある二人の人物を見つけ出した。

 

 小さき背中と赤い髪。赤い騎士甲冑姿のまま、一冊の書物を手に病室へと駆け込んでいく少女。

 緑色の騎士甲冑に金色の髪をした女性が、その少女に追い縋っている姿。それは紛れもなく、守護騎士である二人の後ろ姿。

 

 

「ヴィータちゃんなの!?」

 

 

 なのはは慌てて追い掛けようとするが、目の前に広がる惨状に一瞬硬直する。

 

 彼女が手にしていたペッドボトル。

 ちびちびと飲んでいたが故にまだ半分以上残っていたその中身が、先ほどの衝撃で床にぶち撒けられていた。

 

 

「にゃ、にゃはは……」

 

 

 見なかったことにして、ヴィータを追い掛けよう。そう本気で思い掛けたなのはは、どうも運が悪かったらしい。

 

 

「高町さん?」

 

「にゃ、にゃはは」

 

 

 動き出そうとしたなのはの肩を掴んで離さない看護師の姿。

 一部始終を見ていた彼女は、にっこりと笑って掃除道具を手渡してきたのだった。

 

 

 

 手渡された掃除道具で床を綺麗にするまで、なのははしばし時間を必要とする事となった。

 

 

 

 

 

3.

 闇の書が完成する。その事実を前に、ヴィータは燥いでいた。

 記憶が薄れても尚感じるのは、飛び出さん程に溢れる嬉しさだった。

 

 既にその頁数は六百六十五頁を超えて、残るは半行にすら満たない。文字に換算して数個分だ。

 この程度なら、守護騎士の誰かから大量に、或いは三人を少しずつ蒐集すれば、それで闇の書は完成する。

 

 これではやてが救えるのだと思えば、喜びの感情を抑える事など出来はしなかったのだ。

 

 何時でも完成させられるならば、最後は主の目の前で、主と共に。そんな風に思って、守護騎士の少女達は駆け抜ける。

 

 はやてが居る病室は、以前とは位置が変わっていたらしく、その場所を探すのに時間は掛った。

 だがそれも、浮かれて疲労を感じていない少女らからすれば、些少の手間にしか過ぎない。

 受付で聞いた新しい病室。八神はやての名が記された名札を確認してから、勢い良くその扉を開いた。

 

 

 

 中には大切な主が、頭の辺りを少し上げたベッドに寄り掛かっている。

 そしてその傍らに侍る、何故か両腕のないザフィーラがどこか間の抜けた表情を浮かべている姿。

 

 その顔は驚愕に彩られていて、何をそんなに驚いているのかとヴィータは問い掛けようとする。

 だが何故か、言葉が出なかった。何故だろうか、後一歩まで帰る場所が近付いているのに、この身体が動いてくれない。

 

 

「あれ?」

 

 

 漸く零れた声は、少し間の抜けた疑問符交じり。

 何か違和感がある。それは扉を開けた瞬間に、何か衝撃があったような気がして――気が付けば、視界が大きく下に落ちている。

 

 

「何だ? これ……」

 

 

 何だろうか、どうして自分は動けないのか。

 涙を流す程に帰りたかったその場所は目の前にあるのに、どうして一歩を動いてくれない。

 

 其処で気付いた。足が無くなっている。

 ヴィータの身体は、腰から二つに斬り落とされて地面に落ちていた。

 

 

(因果応報って奴? こりゃ、帰れなくて当然だ)

 

 

 燃え上がる炎に包まれながら、ヴィータはそんな風に思いながらに灰となった。

 

 

「まずは、一つ」

 

「ヴィータちゃん!?」

 

 

 目の前で起きた惨劇に、シャマルはその口から悲鳴を漏らす。

 どうして貴女がと下手人を睨み付けながらに、同時にその聡明な思考が現状の危機を伝えていた。

 

 ヴィータが死んだ。ザフィーラは動けない。ならば自分が、主を守らなければ。

 

 

「くっ! クラールヴィントッ!!」

 

 

 その意志は確かな輝きとなって、シャマルは其処で限界を超える。

 先に兆しが訪れていた湖の騎士は、其処で最大の転移魔法を行使して――

 

 

「遅い」

 

 

 斬、と振るわれた剣は、雷よりも速かった。

 シャマルが転移で主を逃がすよりも速く、その剣が女の首を刎ねている。

 

 

「これで、二つ」

 

 

 ごとりと女の首は地面に落ちて、降り注いだ雷光が焼き尽す。

 其処に奇跡は起こらずに、意志を示して書より逃れ掛けたシャマルは何も出来ずに命を終えた。

 

 そして二人を殺した下手人は、冷たい表情を顔に張り付けたままに歩みを進める。

 黒髪を靡かせる女は、彼ら守護騎士達が心の底から信頼していた櫻井螢に他ならない。

 

 

「きぃさぁまぁぁぁぁっ! 乱心したか! 櫻井螢!!」

 

 

 現状を理解して、盾の守護獣は雄々しく吠える。

 狙うは同胞二人の命を奪った櫻井螢という女である。

 

 洗脳か裏切りか、その行動の真意は分からない。

 だが彼女が牙を向いたのは事実である。今脅威としてあるのは事実であるのだ。

 

 故に女をここで押し止め、その真意を問い詰める。そんなザフィーラの行動は、しかし意味を為さなかった。

 

 雷光の速度で迫る櫻井螢は彼に何一つとしてさせる時間など与えない。

 目にも止まらぬ速度で、ザフィーラが気付くことも出来ぬ程の一瞬の間に、櫻井螢は右手に持った雷剣を、その心臓へと突き刺していた。

 

 

「がっ!?」

 

「……そのまま、死になさい」

 

 

 雷剣より迸る雷光。それは落雷の遥か数倍の威力を、盾の守護獣へと走らせる。

 男の胸に大穴が空く。黒く焦げ付いた姿となったザフィーラは、そのまま何も為せずに仰向けに倒れた。

 

 此処に守護騎士は全滅する。

 魔力と化して霧散していく残骸を掻き分けながら、櫻井螢は八神はやてへと迫っていった。

 

 

「な、なんなん? 何が起こったん!?」

 

 

 余りにも唐突な悲鳴や苦悶の声に、盲目の少女は何が起きたのかも分からずに戸惑う。

 無理もあるまい。目にしていても付いていけないであろう事態の変化に盲目の少女が対応できる筈もない。

 

 そんな少女の姿に、確かな情を抱いている。

 抱き締めて慰めたい程に、だがそれが出来ないと分かっていた。

 

 

(詫びはしない。今は止まれないの)

 

 

 彼女をこんなにも大切に想ってしまうのは、きっと長く触れ合い過ぎたから。

 一年二年で足りない程に、長き時を共に過ごした。其処に螢は、確かな情を抱いている。

 

 それでも、どんなに大切に想っていても、この結末は変えられない。

 変えてはいけない。それは全てに対する裏切りで、だからこそ女は此処に決定的な言葉を口にすると決めた。

 

 

「分からないのかしら、はやて。……貴女の家族が今死んだのよ。私が殺したの」

 

 

 目が見えない少女に、その事実を音にして伝える。

 彼女が心の底から憎悪を抱かなくては意味がないから、その絶望を此処に示す。

 

 

「……な、何言うとるん? 笑えへん。笑えへんで、その冗談」

 

 

 シャマルの叫び、ザフィーラの叫び、そして螢の発言。

 それらを纏め上げれば、彼女の言が嘘ではないと分かるのは簡単で、それでも受け入れたくないと盲目の少女は首を横に振る。

 

 

「嘘やよ。……やって、理由がない。そうや、螢姉ちゃんが皆に手を上げる理由があらへん」

 

 

 縋るように、それが嘘だと言うかのように。そんな言葉を紡ぐはやて。自分を欺こうと、そんな言葉を口にして。

 

 その姿に思う所がある。

 余り感情を抑える事は得意ではないから、はやてが視力を失くしていて助かった。

 

 そんな事を思いながらも、螢はヴィータの死骸より奪い取った闇の書へ魔力を注ぎながらはやての元へと歩を進めた。

 

 

「理由なら、あるわ」

 

 

 そう口にする。あの悪辣な蛇や魔女をイメージしながら、そう悪意を偽り口にする。

 心にもない言葉をこれから言う。唯少女の望みを絶つ為だけに、想ってもいない言葉を此処に紡いだ。

 

 

「嫌いだったのよ。目障りだったの。……だから、死んでもらったわ」

 

「嘘や。嘘や嘘や嘘や」

 

 

 嫌々と耳を塞いで首を振る。

 そんなはやての手に触れて、耳を塞いでいる小さな手を無理矢理引き剥がす。

 

 その耳元へと口を近付けると、囁くように決定的な言葉を口にした。

 

 

「……良い機会だから言っておくけど」

 

――私はな。螢姉ちゃんが一番大好きや!

 

 

 そんな風に無邪気に笑う声を思い出しながら、櫻井螢は偽りの言葉を此処に紡いだ。

 

 

「貴女の事、ずっと大嫌いだったのよ」

 

「嘘やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈Anfang〉

 

 

 可能な限り、悪意を込めて伝えた女の罵倒。

 それを聞いたはやてが否定の言葉を叫ぶと共に、闇の書は漸くに起動する。

 溢れ出した魔力が少女の身体を取り込んで、そして闇の書の闇は此処に目を覚ましたのだった。

 

 

「……漸く、か。随分と手間を掛けさせられた」

 

 

 闇の書の意志は、夜天の管制人格は終わりを理解する。

 目覚めた己の前に立つ黒髪の女。その身から感じる威圧感は正しく、逃げ続けてきた大天魔。

 

 この結末は分かっていた。何時かこうなると分かっていた。

 致命的な自壊が生まれ、何度逃れようとしても逃げ出す事すら出来なかった瞬間から、此度が己の終わりと決まっていたのだ。

 

 

「……これが、罰か。……これが、報いか」

 

 

 嘆き絶望に堕ちた少女を取り込み、闇の書は目を覚ます。

 銀色の髪に赤き瞳の女は、何をするでもなく受け入れる。最早どうしようもない現実を。

 

 その目に映る女の姿。人の身に過ぎた力を連続して使用し続けた影響で、人を模した擬態は剥がれかけている。

 

 その崩れ落ちた皮膚の下より見えるのは、死人の如き貌。

 長く艶のある黒髪は黄金色へ、その瞳は赤く黒く染まっている。

 

 左手に焔を纏う炎剣を、右手に雷光を纏う雷剣を。

 左右に構え、武者甲冑か忍び装束を思わせる姿をした彼の者こそは、まごう事なき大天魔。

 

 闇の書の管制人格が、全てを代価としても逃れようとしていた災厄。

 そして最早、何を犠牲にしようと逃れられない結末である。

 

 故に、一つ呪いの言葉を残して、素直に消えてやるとしよう。

 

 

「……お前にも、何れ報いは来るぞ」

 

「言われずとも、分かっているさ」

 

 

 斬、とその刃が闇の書を切り裂いた。

 轟、と炎が翻り、切り裂いた書を焼き払う。

 

 外装があっては取り出せないから、内に飲まれた少女達が居ては取り出せないから。

 その外装たる管制人格を、その内に眠る嘗ての夜天の王(ユーリ・エーベルヴァイン)を、そして大切だった筈の幼い少女(八神はやて)を――余りにもあっさりと、纏めて燃やし尽くした。

 

 

 

 焼け焦げて散っていく闇の書の残骸の中、淡く輝く結晶のみが残される。

 ハラハラと散っていく書の断片はまるで花弁のように、別れの季節に咲き散る花のように。

 

 ただ一つ残された結晶を、櫻井螢。否、天魔・母禮はその手に握り締めた。

 

 

「漸く、取り戻した」

 

 

 大切そうに握りしめて、一筋の涙が零れ落ちる。

 それは果たして、誰が為に流した物であったのか。

 

 

 

 

 

「はやて、ちゃん」

 

 

 闇の書にはやてが呑まれ、諸共に焼き尽くされる瞬間を少女は見ていた。

 予想外の事態に何もすることが出来ず、唯友情を結んだはやての死を理解した瞬間に言葉が零れていた。

 

 

「……ああ、そう言えば、居たわね」

 

 

 ぎょろり、とその視線がなのはを捉える。

 瞬間、恐怖に身を竦めた少女は、しかし逃げないという意志によって踏み止まる。

 

 そんななのはの姿が、その危険性を母禮にはっきりと分からせる。

 

 

「……それが危険なのよ」

 

 

 天魔・母禮は人間という生き物を過小評価はしていない。

 この世界の民が、自分達の足元にすら及ばない事は事実であるが、同時にその意志だけは侮れぬと知っている。

 

 嘗て人であった頃の己達がそうであったように。

 兄を一度とは言え追い詰めた者らが居たように。

 強き意志を持った人間を放置しておけば、万が一の可能性があると知っているから。

 

 

「……ここで消すとしよう」

 

 

 最早、この地の被害など考慮する必要はない。

 この地に守る者はもういないのだから、纏めて薙ぎ払ってしまおう。

 

 天魔・母禮は、そう決めた。

 

 

――かれその神避りたまひし伊邪那美は

 

 

 膨れ上がる膨大な力に、危険を察知したなのははレイジングハートをその手に取る。

 セットアップの言葉と共に、バリアジャケットを身に纏うと少しでも距離を離そうと窓から飛び出した。

 

 

――出雲の国と伯伎の国 その堺なる比婆の山に葬めまつりき

 

 

 遠く、病院への道を歩いていたユーノは、その突如として現れた重圧にその脅威を察知する。

 酷く慣れてしまった感覚。その威圧感に大天魔が現れる予兆を認識して、共に付いて来ていたアリサとすずかの手を取ると、少しでも遠くへと転移魔法を発動した。

 

 

――ここに伊邪那岐御 佩せる十拳剣を抜きて その子迦具土の頚を斬りたまひき

 

 

 少年少女の足掻きを見下しながら、それは無駄であると母禮は断じる。

 太極という一つの世界を前に、逃げ場などはどこにもない。この星の何処にも、逃げ道など残す心算はないのだ。

 

 

――太・極――

 

「随神相、神咒神威、無間焦熱」

 

 

 天を焦がす業火が燃え上がり、地を蹂躙する落雷の雨が降り注ぐ。

 

 一瞬にして気化した海鳴大学病院の跡地に浮かび上がるのは、山をも越える巨大な女の神相。

 四腕に二振りの剣を持つ女の形相は、夜叉か羅刹か、どちらであれ紛れもなく化外のそれだ。

 

 巨大な神相と、似通った姿を持つ大天魔は、広がり続ける己が地獄を見詰め続ける。

 

 広がる地獄が狙うのは、少女達の命だけではない。

 その地獄の業火が焼き尽くすのは、海鳴の街のみに非ず。

 

 後の禍根を全て断つ為に、最早容赦などは欠片もない。

 一欠けらとて可能性を持つ者は、ここに全て焼き尽くすのだ。

 

 己はもう、止まれないのだから――

 

 

 

 

 

 そうして、地球全土がその焦熱地獄に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 




何度か修正したけど、ヴォルケンズ全滅シーンやその後のはやてとの遣り取り等が、今一納得出来る文章になりませんでした。

けれど、これ以上投下が遅れるのも微妙なので、取り合えず投下します。

なので、展開は変わらないだろうけど、言い回しとかをその内改訂するかもしれません。


ちなみに今回の独自設定はユーリ関係とベルカ関連全部。

闇の書の奥に無関係な女の子が居る理由とか分からなかったので、ユーリに過去の夜天の書の主という設定が生えました。


ちなみに今回、ごっそりキャラが減りましたが、中には死亡を明言していないキャラが居たりします。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。