リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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A's編最終話。VS奴奈比売です。


推奨BGM
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第三十五話 絆を信じて

1.

 桜色の閃光が煌めき、黒き影を吹き飛ばす。鮮やかな輝きが天を染める。

 その輝きに秘められた力は正しく極上。その砲撃は魔力の質も量もこれまでとは桁が違う。

 地表に向けて放てば町一つは消し炭に変えられるであろう力で、迫り来る影を跳ね除けながらに高町なのはは空を飛翔する。

 

 しかし、散らされた影は形を変える。

 泥か粘土か、あるいは水の如く。ぐちゃりと潰れたそれは、一ヶ所に集まると再び彼女の意志に従ってその魔手を伸ばす。

 

 影を突破した桜の砲火も、影とぶつかり合えば当然威力が落ちる。その内に秘められた力は減衰する。それが二度も三度も続けば、天魔・奴奈比売を傷付けるだけの力がそこに残らぬのも道理である。

 元より奴奈比売の影とはそういう物。真っ向から相手の破壊力に耐えるのではなく、砕かれ吹き飛ばされてもなお纏わり続けるのが彼女の業。誰も何処へも行かせない。お前だけは逃がす物か、と魔女の影は絶叫する。

 

 

「なのはぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 激情と共に影を繰る怪物に何ら疲労の色は見えない。苦痛の色はない。

 桜の砲火は影によって防がれ、僅か減衰したそれでは時の鎧を超えられない。

 

 不意を打てば、油断をしていれば、その砲火は少なくない手傷を与えていたであろう。先の対峙において、奴奈比売の泥の海があっさりと抜かれたのは油断が理由だ。想定外の不意打ちだったからこそ、それを防ぐ事は出来なかった。

 だが、それも、今は望めない。天魔・奴奈比売が高町なのはから視点を外すなどあり得ない。

 

 対立する二人の少女。桜色の輝きと共に全力で飛び回る少女と、どこにも行かせないと吠える少女の容姿をした怪物

 片や常に戦場を支配し、リードし続けている桜色の少女。彼女が戦場を支配しているのは、そうでなければ一瞬で敗れ去る為、常に全力全開で居なければ、高町なのはは同じ場に立つことも出来ない。

 片や怒りに突き動かされ、半ば暴走に近い姿を晒している魔女。冷戦沈着に、十重二十重に罠を張って行動するのが本領である彼女は、その真価を発揮できていないと言えよう。それでも、大天魔と言う頂きは遠い。

 

 そんな両者の戦い。どちらが優位であるのかは一目瞭然であった。

 

 

「……はぁ、はぁ、くっ!」

 

 

 常に戦場をリードし、未だ無傷で一方的な攻撃を続ける。それは少女にとって酷く苦痛を与える。片時も休まずに、口にするのは簡単でも、実行に移すのは苦難に等しい。

 攻撃を行う度にその呼吸は大きく荒れ、その体は力を使い過ぎた反動に悲鳴を上げている。だが、そうでなくては届かない。今の奴奈比売の影に囚われれば今度こそ抜け出せぬと知っているから、一撃たりとも有効打を受ける訳にはいかないのだ。

 

 

「っ! レイジングハート!」

 

〈Divine buster〉

 

 

 今のままで届かぬならば、更に一歩先へ。高町なのはは己の異能をより強く発動させる。

 

 放たれるのは桜色の砲撃。町一つでは済まぬ程に膨れ上がった火力が空を焼く。

 その一撃は正しく絶大。大陸だろうと消し飛ばすだけの力が込められた砲火は、幾度となく纏わり付く黒き影の海を貫いて、天魔奴奈比売を飲み干す。

 

 だが――

 

 

「こんな物で! 私を止められると思ってるんじゃないのよぉっ!!」

 

 

 その身は傷付いている。今の劣化した鎧では防げぬ程に、高町なのはの魔砲は極まっている。だが、それでも奴奈比売は止まらない。

 痛痒は感じているだろうに、被害は確かに受けているだろうに、しかし怒りに突き動かされる彼女は、そんな物は些事と切り捨てる。

 

 

「っ!」

 

 

 反撃とばかりに雪崩れ込む影の波。巨体よりその魔手を伸ばす随神相。

 それを必死に躱しながら、それを高密度の防御障壁で防ぎながら、なのはは口内に満ちる血の臭いに表情を歪めていた。

 

 限界を超えた先を更に踏み外した代償。飛翔し続ける代価の支払いがここに来た。

 

 不撓不屈。それは理屈の上で言うならば、どれ程だろうと魔力を生み出せる能力だ。

 創造位階相当にありながら、流出位階にある神々にすら追い付き得る。輝ける星と並びたいと願ったからこそ、その力は格上を打ち破る為の性質を有している。

 だが、それにも当然制限が存在している。純粋な自力の底上げと言うべき能力でも、強化の上限は存在する。そも、限界がないと言うならば、奴奈比売が彼女を守る為にリミッターなど用意する事はなかったのだ。

 

 その制限とは、その限界とは、器の持つ限界値。人の許容出来る魔力量の上限値だ。

 多量の魔力を体内に宿した者が障害を負う様に、人の身では内包出来る魔力量が定まってしまっている。如何に諦めないと言う意志が強くとも、人の身を超えぬ限りはその制限もまた超えられない。

 

 どれ程努力しようとも唯人の持てる力が、単一宇宙にも迫る程の総量を持つ神々に届く筈がないのだ。

 

 故に反則をした。届かせる為に、なのはは己の限界を大きく超えた。

 己の器を破壊して、許容量を無理矢理引き上げると言う対応で、届かぬ分を補っていた。

 

 人の肉体は魔力で構成されている。ならば、その構成分の魔力すら攻勢に回せば、使用できる魔力総量はその分多くなる。

 己の身体を切り裂いて魔力に変え、力を放った直後に切り裂いた体を再生させ補填する。それによって身の丈に余る魔力行使を可能としているのである。一度に限界を超える魔力を作り出し、手傷を負わせる程に迫っている。

 

 それでも、先はもうないだろう。このままでは奴奈比売に届かない。彼女と対等になるには程遠い。

 

 高町なのはの異能。その等級は現時点で数字にして漆。対する奴奈比売の太極数値は拾陸。逆立ちしても届かぬ程の差が其処にある。

 体を切り捨て、魂を消耗させ、そして格上に追い付かんとする異能特性による補正を得て、それだけの上乗せをしてもまだ届かない。一つか、二つか、相手の方がまだ桁違いに強いのだ。

 

 

(このままじゃ、いけない)

 

 

 何が足りない。何が出来ていない。戦いながらも、なのはは必死に考える。

 

 これ以上の魔力量を生み出す事は出来ない。

 今ですら、作り出した魔力量に残った体が耐えられず、魔力汚染患者同様の症状を見せているのだ。

 

 内臓器が動きを止め、呼吸器が押し潰されて、口から吐血する。

 脳が機能を止めてしまう前に、重度の障害が起きた部位を切り捨てて再生する事で対応している有り様だ。

 

 心の力はまだ当分は費える気がしない。

 追い付きたいと願い、追い付くべき相手が目の前に居る以上、高町なのはが諦める事はない。

 

 だがそれでも、このままではジリ貧だと分かる。このままでは追い付けないと理解する。

 届かせるには、至らせるには、何が足りていないかと思考して、彼女は一つの結論に至った。

 

 

(……無駄が、多いんだ)

 

 

 その桜色の極光は天を揺るがす。

 その誘導弾は千を超え、万を超え、壁のように敵を蹂躙する。

 

 ……だが、それ程の量が本当に必要だろうか?

 

 

(アンナちゃんの動きは、早くない。アンナちゃんの攻撃は、広域を消し飛ばさないと防げないような物じゃない)

 

 

 それが天魔・母禮ならば、その雷速を捕える為に、逃げ場を失くすほどの量。天を埋め尽くす程の誘導弾にも意味があっただろう。

 それが天魔・悪路ならば、その腐毒の風を払う為に、天を揺るがす程の大出力が必要だった。広範囲攻撃に対して同様に広範囲攻撃をぶつける事で対抗するしかなかっただろう。

 

 だが、天魔・奴奈比売は違う。彼女と相対する限りにおいては、無限と思える魔力弾も、一撃で海を割る砲撃も必要ない。

 

 

(質だ。……量を増やすんじゃなくて、その分を質の向上に向ける必要がある)

 

 

 今ある魔力。その全ての効率を引き上げる。無駄を省き、唯純粋にその質を引き上げる。

 

 

「はぁっ!」

 

〈Divine buster〉

 

 

 桜色の砲撃は、先の天を揺るがせる程の物ではない。その砲撃は細く小さく、極限まで絞り込んだそれは始まりに使った砲撃魔法と同じく。一般的な魔導師が使う砲撃魔法と何ら変わらないように見える。

 だが、そこに込められた力は嘗ての比ではない。大陸すら消し飛ばす力が練り込まれた砲撃は、これまでのそれとは密度が違っている。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

 その意志を込めた小さな砲撃は、十重二十重に纏わり付く影をあっさりと貫通する。

 力の総量は変わらずとも、接する面が減れば減衰の力も働き辛くなる。極限まで練り込まれた力は時の停止すら超えて、激情に支配された奴奈比売にすら痛みを感じさせて足を止めさせる程に高まっている。

 

 

(行ける)

 

 

 確信する。これこそが正答であると。そこに勝機があると認識する。

 

 精密な操作は苦手である。扱う力が大き過ぎる故に、真面な練度では形にならない。今の攻撃ですら、随分と疲弊を感じていた。

 それでも諦めてなどは居られない。出来ないなどとは口にしない。出来なければ負けるのだ。このまま何も出来ずに敗れるのだ。

 

 それだけは、認めたくはない。共にある事を諦めたくはない。その為なら、何度だって限界を超えて見せよう。

 

 

「なのはぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 奴奈比売が叫ぶ。痛みに震えながらも、自身に痛みを齎したと言う事実に叫ぶ。

 置いて行かれる。去ってしまう。なのはが先に進む度にそんな感情に振り回されて、行かせるものかと願いは純度を増していく。

 

 

「アンナちゃん!」

 

 

 その密度を上げていく黒き影。動く度に周辺の建造物を打ち崩しながら、その猛威を振るう随神相。

 

 近付いたと思えば更に引き離される力の差。そこに絶対的な隔たりを感じる。

 その圧倒的な差を理解しながら、己の力によって体を蝕まれながら、それでもなのはは諦めない。

 

 その絶対的な壁に立ち向かう。

 この泣いているように見える友を、放ってなど置けないから。

 追い付くのだ。届かせるのだ。天魔・奴奈比売は遠い。そう。もう、そんなにも遠くに行けているではないか。

 だから、貴女はもう泥の底にいる必要などないのだと教えよう。追い付いて、手を取り合って、共に空を目指せるのだと伝えよう。

 

 

 

 少女達の喧嘩は終わらない。

 

 

 

 

 

2.

「なのは」

 

 

 金髪の少女、アリサ・バニングスは崩れかけたビルの屋上から、その光景を見上げていた。

 

 なのはの言葉を聞いた。その宣言を耳にした。

 目覚めたばかりで朦朧とした意識の中でも、その言葉は確かに胸に響いていた。

 

 友達は今も一人で戦っている。

 傍目にも分かる程にボロボロになりながら、それでも追い縋っている。

 一歩ごとに前に進んで、少しずつ距離を近付けて、今では互角に近い死闘を演じている。

 

 そんな友の姿に、手を握り締める。頑張っている彼女に対して、自分が何も出来ない事実に手を握り締める。唯、唯、無力な事が悔しかった。

 

 そんな彼女の想いを余所に、熾烈な戦いは進んでいく。

 一手ごとに無駄を省いていき完成へと近づいて行くなのはと、激情に動かされ本来の売りである知略を利用した戦いを行えていない奴奈比売。

 

 その戦いの趨勢が、望まぬ結果に終わる事がなさそうなのが唯一の救いか。

 あんな風に激情を晒す友を、置いて行かれたくはないと泣き喚いているようにすら見える友を、取り戻す事をなのは一人に任せるのは心苦しい。

 それでも日常を取り戻せるならば、それを信じて待つべきなのだろう。戻って来た彼女らを、笑顔で迎えてあげるべきなのだろう。

 

 それだけが、無力な自分に出来る唯一の事なのだろうと判断して。

 

 

「このままじゃ、駄目だ」

 

 

 そんな少年の言葉が、アリサが縋り付こうとしていた可能性を潰した。

 

 

「……どういう事?」

 

 

 月村すずかがユーノに問う。そんな問い掛けに、ユーノは端的に答えを返す。それはこの戦いの結末の予測。

 

 

「……このままじゃ、なのはは負ける」

 

 

 上空で行われる戦闘は、一見すると拮抗しているように見える。だが、その内情はまるで違う。

 一手一手が全力投球。己の命を燃やして、限界を超え続けているなのは。激情で真面な判断が出来ていないとは言え、単一宇宙規模の存在である奴奈比売。

 

 地力が違う。持久力が違う。その場その場では拮抗できても、絶対的な力の総量が異なる以上、高町なのはは何れ敗れ去る。

 決死の覚悟を持った全力攻撃が、致命傷に届かない。自力で遥か上を行く相手を倒すには差を覆せるだけの切り札が必要だと言うのに、どこまでやっても先を行かれる時点で勝敗は明白である。

 

 戦いの趨勢は最早詰んでいる。勝敗は既に決まっているのだ。後は高町なのはがどれだけ抗えるかの違いでしかない。

 それが一手先か、二手先か、或いは十手二十手先まで持つだろうか。確かに分かるのは、彼女の異能が底を尽いた時、高町なのはが堕ちるであろうという事実だけ。

 

 傍から見ていてもそれは明らかなのだ。当然、戦い続けるなのはも気付いてはいるのであろう。

 

 限界を超えた力を行使し続ければ、彼女の異能も底を尽きる。全力を放つ度に精神を削られている。魂を消耗させている。

 如何に不撓不屈が無限に魔力を生み出せるとて、人の身が耐えられる最大量は決まっている。一度に生み出せる総量が決まっている以上、追い付く為には幾度もその異能を発現しなければならない。

 魔力を生み出す度に心と魂を削るという代価がある以上、その力の根源は何れ必ず尽きるのだ。その時こそが、高町なのはの敗北の瞬間となるだろう。

 

 

「っ!」

 

 

 その推測を聞いて、アリサは弾かれるように飛び出した。

 

 彼女も勝てないと言う。彼女でも勝てないと言う。

 それが本人も分かっていて、それでも戦おうとしているのだ。友を取り戻す為に。

 なのに自分は何をしている? 力がないから、無力だから、そんな理由で何もしないなど、アリサ・バニングスは許せない。

 

 

「君は!」

 

 

 そしてその向こう見ずな行動を、無力さを誰より知る少年もまた許せない。

 弾かれるように飛び出した少女の肩を捕まえる。無鉄砲な少女に怒りと憤りを抱く。

 

 

「いい加減に分かれよ! 君が行っても足手纏いだ! 何も出来ない所か、邪魔になるしかないんだよ!!」

 

 

 無力を悔やむのは己も同じだ。だがそれで、何の勝算もなく前に出て、それで何が出来ると言うのか。

 その無鉄砲で考えなしな所に、どうしようもなく苛立ちを覚えて――

 

 

 

「それでも!」

 

 

 強く握られた肩に痛みを感じながら、それを振り払う力すらない事実に悔しさを感じながら、それでも、とアリサは口にする。

 己が無力さを理解しながら、己が無謀さを理解しながら、それでもと口にする事だけは止められない。

 

 

「ここで何もしなかったら! 私はもう二度と、あいつらの親友名乗れない!!」

 

 

 何も出来なくとも、足手纏いにしかなれなくても、それで仕方がないと納得してしまえば、アリサはもう二度と己を許せなくなる。

 もう二度と、彼女らの友だと胸を張って言えなくなる。だから、無鉄砲であれ、動きたいのだ。止まれないのだ。涙に滲んだ目で、そうユーノに言葉を告げていた。

 

 

「だからって、死にに行くのは違うだろ! 今の君に出来る事なんて、そんなの――」

 

 

 そこでユーノは言葉を止める。出来る事などない。

 

 そう伝えようとして、彼女達にだけ出来ることがある事にユーノは気付いた。

 二人を上手く利用すれば、この現状を打破出来る可能性がある事に気付いてしまった。

 

 

(けど、これは)

 

 

 それは最低の策だった。

 

 こんな事を思い付いてしまった自分を八つ裂きにしてやりたくなる程に、言い訳しようがない程に醜悪な策謀。

 反吐が出る。吐き気がする。少女達の想いを踏み躙り、絆に泥を塗り、そして自身は何の代償も払わない。そんな腐れ外道の行いだ。

 

 

「……君達に出来る事なんて、ない」

 

 

 だから一瞬の沈黙の後、それを口にせず飲み込む。

 もっと他の打開策を考え出す為に、それを思考の隅へと追いやって。

 

 

「今、何か思いついたよね」

 

「っ!」

 

 

 そんな少年の逡巡を、一目で見抜いた少女がここに居た。

 

 月村すずかは夜の一族の生まれだ。

 他者とは違うその生まれ、異端として排されるかもしれない恐怖を常に抱き続けて来た彼女は、故にこそ人の顔色を見る目に長けている。

 

 表向きとは言え名家であるが故に、社交界などに付き合う事も少なくはない。

 直情的な性格のアリサでは無理だろうが、本質的に臆病なすずかはその場において他者を見る目を養っていた。

 

 夜の一族の正体を知らずに、名家の御令嬢に媚びを売る資産家。

 一族の事情を知り内心で侮蔑しながらも笑みを浮かべて接してくる政治家。

 海千山千の魍魎の如き者達との遣り取り。その中で人の腹黒さを学んで来た少女にしてみれば、腹芸苦手の未熟者がする隠し事など、見抜くのは実に容易い。

 

 

「教えて、ユーノ・スクライア。……私達には分からない。魔法も天魔も、ろくに知らない私達じゃ、勝ち筋を発想することすら出来ない」

 

「……けど、これは」

 

「必要なら何だってする。私に何かを求めるなら何でもする。……だから、アリサちゃんの手を、あの二人に届かせる方法を教えて!」

 

 

 すずかのそんな訴えに、ユーノは苦虫を磨り潰すかのように眉を顰める。

 彼女の想いに心を震わせたアリサは、同じくユーノに言葉を告げる。

 

 

「すずか。……代償なら私に求めなさい、ユーノ! 私だって、すずかの手を届かせる為なら、あいつ等と共にある為なら、何だってしてやるわ!」

 

『だから! お願いします!!』

 

 

 何でもする。本当に何でもしてみせるという覚悟で口を開く二人の少女に、揃って頭を下げて頼み込む少女達に、ユーノ・スクライアは小さくない溜息を吐く。

 本当に、この子達は、と呆れを通り越して寧ろ感心してしまう程に、短絡的だが熱意ある言葉に突き動かされて――

 

 

「……女の子が軽々しく、何でもするなんて言うもんじゃないよ」

 

 

 そんな言葉を口にしながらも、ユーノは内心で白旗を上げていた。

 

 

 

 

 

3.

 天に瞬く桜色の輝きと、それを追う黒き影を見上げながら、少年は二人の少女を両手に抱え持つ。

 進む足場は翼の道。影の海が波立、巨大な建築物すら飲み干されていく中、その翠色の足場は酷く不安定に映る。

 

 

――策略、なんて言う程複雑じゃない。やる事は至って簡単さ。

 

 

 抱き抱えられる二人の少女は、少年の口にした言葉を思い出す。

 少年の説明は単純で、魔法を深く知らない少女らにも分かり易い物。

 

 誤解の余地もない程に単純で、どこまでも非情な策で、成功の可能性は必ずしもとは言えない物であった。

 それでも、少女達は、止めても良いと語る少年に頷く事はしなかった。その策は必ず成功すると信じていた。

 

 確信を持って、その身を賭ける少女達の姿に、ユーノもまた腹を括る覚悟を決める。

 魔力で作り出された翼の道。その上を進む少年の足元には、魔力で構成した加速魔法。

 

 ローラーの如き動きで圧倒的な速力を生み出すその魔法は、師であるクイントの動きを如何にか真似できないかと作り上げていた物だが、結局費用対効果の悪さ故にお蔵入りとなっていた物である。

 

 それでも、足が真面に動かず、走れない現状では確かに有用だ。

 全く、何時何が役に立つか分からない。そう苦笑しながらも、己の治療さえしていない少年は、傷みに耐えながら騒音と共に疾走する。

 

 

――まず前提として知っておくべきなのは……なのはが逆転の一手を持っていると言う事。彼女の切り札。集束砲って言う名の切り札をね。

 

 

 集束砲。スターライトブレイカー。

 それは高町なのはの切り札であり、現状、大天魔を打ち破れる唯一の手札。

 それは周囲に漂う廃魔力を集め、束ねて放つ。その威力は、即ちそれまでに消費された魔力の総量に等しい。

 

 現状、なのはは己に扱える限界を超えた魔力をばら撒いている。

 その魔力弾は一発一発が大天魔を揺るがせる程。劣化しているとは言え、彼女らを傷付けるその力は、並のロストロギアを超えている。街の一つや二つは軽々しく消し飛ばせる。大陸を崩壊させるだけの力があるのだ。

 

 ならば、それらを束ねて放つならば、それは星々すら打ち砕くだけの力を持つであろう。それ程の一撃を受ければ、今の夜都賀波岐は耐えられない。

 

 

――けど、戦いの最中でそれを使う事は出来ない。一発一発ですら制御に手一杯なのに、極限状態で、全部を集めて操ろうなんて、到底出来る訳がない話さ。

 

 

 集束のレアスキルを持つなのはであっても、それは限度を超えている。その尖った資質故に、集束させる事は出来るであろう。

 だが、それにどれ程時間が掛かるか。少なくとも、足を止めた状態で集束砲にのみ専念して、それでも数分は掛かるだろうとユーノは推測している。

 

 

――だから、やる事は簡単だ。彼女が集束砲を撃てる状況を作り出す事。それこそが、必要となる。

 

 

 だが今の大天魔を前に、生半可な事では隙を生み出す事は出来ないであろう。

 ユーノの魔法ではその鎧を突破出来ない。幾ら牽制したとしても、今の激情に支配されたあの天魔は見向きすらしないであろう。

 だが、それがアリサとすずかならば? 今対立する少女と同じ友人ならば、注意の一つ二つは引けるのではないか。この作戦の本質など、言ってしまえばそれだけの事。

 

 あれ程派手にやり合っている中、真面なやり方では注意すら引けない。例え注意を引けても、奴奈比売が動かなければ意味がない。故に、賭けるべきは重い物となる。それが為に、これは外道の術である。

 

 

「っ!?」

 

 

 影と相対していたなのはの動きが、一瞬だが鈍った。

 その隙を逃さんと殺到してくる影を何とか躱す。襲い来る随神相の触手を躱し切れず、障壁を爆発させる事で距離を取る。

 

 

〈アリサちゃん! すずかちゃん! 本気なの!?〉

 

 

 高町なのはは念話越しに届いたその策に、彼女らが行おうとしている事に愕然としながら問い質す。聞き間違いではないかと祈るように確認する。だが、それに返るは彼女の望まぬ、力強い少女らの返答。

 

 

〈決まってんでしょ〉

 

〈やってみるよ。勝算は決して、低くない〉

 

〈けど! 二人共!?〉

 

 

 その返答に、焦燥の色を浮かべる。他人事ではないという切羽詰まった表情を浮かべる。

 それも当然だろう。引き金を引くのは彼女だ。この策は、高町なのは自身の手で、友を討てと言っているのだから。

 

 

〈はっ! 時化た顔してんじゃないのよ〉

 

〈大丈夫だよ、だって、私達は信じている!〉

 

《私達の、絆を!》

 

 

「っ」

 

 

 その言葉に、なのはは何も言えなくなった。

 何を言おうとも、彼女達の意志は揺るがないと分かってしまった。

 

 元より、率先して無茶ばかりしている自分が何を言えると言うのか、ならば彼女らと同じく信じるより他にあるまい。

 迫り来る影と対峙しながら、一歩間違えば、否、一歩間違えなければ確実に死ぬであろう友の行いに、彼女もまた決意する。その信頼に、答えを返す為に。

 

 荒れ狂う海上を直走る。囚われれば最後となるその黒き影より高速で逃げ回るその動きは、お世辞にも乗り心地が良いとは言えないであろう。

 

 遊園地のジェットコースターが子供騙しにしか見えない程の速度で、影に飲まれぬように縦横無尽に駆け回る。

 断崖絶壁での急カーブですらこうではないだろうと思わせる程に無茶な動きを続けて、戦場の只中へと進んでいく。

 

 海面スレスレを走り抜けるのは、少しでも見つかる可能性を下げる為。そして二人の戦いの余波に巻き込まれない為だ。

 ユーノも含め、この場の三人では流れ弾一つで死んでしまいかねない。意味もなく終わってしまうのは、それだけは認められない。

 

 だが、そんな努力も無駄である。そんな浅知恵などは無意味である。奴奈比売の海は彼女そのもの。その傍を進めば、彼女に認識されない道理はない。

 

 

「アリサ、すずか」

 

 

 激情に沈み込んだ思考の片隅で、それを奴奈比売は認識する。

 そんな少女達の行動に疑問を抱きつつも、戦いの最中、巻き添えにしてしまう事を防ぐ為に。

 その随神相が巨体を震わせる。生まれ出でるは大海嘯。なのはと戦う中、片手間に過ぎぬとも、それでも少年少女達には対処出来ぬ程の壁を作り出す。

 

 

「貴女達は、寝てなさい!」

 

 

 お前達はその中で眠って居ろと、奴奈比売の影が猛威を振るう。

 眼前に生じる大海嘯。壁が迫るが如く、天すらも飲み干さんと言う影に、進む道が潰される。

 

 翼の道が途切れる。その影の早さを前に、方向転換など間に合わない。故に、少し早いがここで一手打つ。

 

 

「アリサ! すずか!」

 

 

 ユーノの言葉に、二人は頷いて前に出る。

 肉体強化によって筋力を引き上げたユーノは、片手に一人ずつ乗せると上を見上げる。

 

 

「フローター! インジェクション!」

 

 

 目指す標的は天魔・奴奈比売。

 彼女目掛けて、浮遊魔法と防御魔法を掛けた二人の少女を、弾丸の如く射出した。

 

 

 

 一人の少年は、反動によって両肩を砕いたまま、影の津波に飲まれて消えた。

 二人の少女は影の津波を飛び越えて、そのまま空を滑走する。

 

 影に囚われぬようにと、銃弾の如き速度で滑走する。

 高速で叩き付けられてくる風圧に、空でぶつかる音の壁に、防御魔法越しに苦痛を感じながらも、二人の少女は真っ直ぐに進む。

 

 最早止まる事など出来ないし、出来たとしてもしないであろう。

 

 伝えなくてはならない事がある。告げなければいけない事がある。指摘しなければいけない事がある。

 注意の引き方を、ユーノは指定しなかった。だから、丁度良いから伝えよう。このウジウジしてばかりいる友人に。

 

 

「こんのぉぉぉぉっ!」

 

 

 どうしてそんなに泣きそうなのだ。

 そんなに立派に動ける体がある。お前はそんなに凄いじゃないか、それなのに、何故に嫉妬ばかりしているのだ。

 

 置いて行かれる? 抜かれていく? ふざけるな! 私達は追い付いてすらいないだろうが!!

 

 それなのに一人でウジウジと、そんな所が、アリサ・バニングスは気に入らない。

 

 

「馬鹿アンナァァァッ!!」

 

 

 泣いている。泣いている程にしたくないのだろう。

 やりたくない事を無理にする。別れたくないと思ってくれているのに、どうして止めようとしないのか。

 理由は分からないし、そうしなければいけないのかも知れないけれど、それでもそんな苦しんでまで何かをして欲しいとは思わないから。

 

 月村すずかは気に入らない。一緒に居られない理由が、そんな物であるなら認めない。だから。

 

 

「アンナちゃんの、馬鹿ぁぁぁぁっ!!」

 

 

 パチン。パチンと軽い音が二度響く。

 影を飛び抜けた二人の少女が、その小さな掌でアンナの頬を張った。

 

 

 

 茫然としたまま、奴奈比売は立ち尽くす。

 痛みはない。痛みではなく、ただ困惑に立ち尽す。

 

 少女達が、こんな真似に出るとは思えなかったから、何が何だか分からぬ程に混乱して。

 その隙に、二人の少女がしがみ付く。時の鎧を叩いた為にボロボロとなった手で、全身を使って彼女を縛り付けた。

 

 

「……嘘、でしょ?」

 

 

 そうして二人にしがみ付かれた奴奈比売は、困惑しながらそれを見つける。

 視線の先に立つ高町なのは。その杖の先に、膨大な魔力が集束している光景を。

 

 それ程の魔力。膨大に過ぎる力。

 それを受ければ、自分ですら唯では済まぬと言う程の力が集まりつつある。

 

 そんな物が放てる筈がない。だって、まだここに、アリサとすずかが居るではないか。

 

 

「なのは!」

 

「なのはちゃん!」

 

 

 それでも、彼女達はなのはの名を呼ぶ。さあ、やれと、その言葉を告げる。

 

 だから、高町なのはも躊躇わない。

 

 

「全力! 全開!!」

 

 

 彼女達が足止めしていられる時間はそう長くない。

 幾ら虚を突かれ、混乱しているとしても、奴奈比売は数瞬とせずに正気に戻るだろう。

 

 チャージに時間がかかる。そんな理由で、彼女達が作り出した時間を無駄には出来ない。

 足を止めた状態でも数分は掛かる。そんな道理などは意志の力で踏破する。必ず間に合わせて見せると奮起する。

 

 二人を巻き添えにする事を気に掛ける。そんな理由で、彼女達の覚悟を汚したくなどない。

 二人の語った絆を信じて、唯己に出来る事だけを為す。選択するのは殺傷設定。躊躇も動揺もありはしない。

 

 

「スターライトォォォォォォッ!」

 

 

 其は星の輝き。集いし桜の煌めきは、正しく彼女の全力全開。

 

 集いし力は星も砕く程に、あり得ぬ程の魔力に体が悲鳴を上げる。

 意識が一瞬飛んでいく。その瞬間に崩れかけた魔砲を、己の意地で無理矢理支えて――

 

 

「ブレイカァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 放たれた極大の閃光は、三人の友を纏めて包み飲み干した。

 

 

 

 

 

4.

 黒き影の海が消える。その後に晒されるのは、炎の焦げ跡が残った廃墟のみ。

 そんな壊れた街中で、女は一人寝転んで空を見上げている。今にも消え去りそうな程に消耗した彼女は、小さく嘆息を零す。

 

 

「……なーに、やってんだろ。私」

 

 

 ぼんやりと天魔・奴奈比売は口にする。

 痛みはない筈なのに、届いていない筈なのに、その両頬は熱を持っていて、頭は冷水を浴びせられたかのように冷えていた。

 

 

 

 奴奈比売は自らの後方に作り出した黒き球体を見上げる。

 自らの影を掻き集めて作ったその防壁。魔砲によって崩れ落ちるそこから飛び出してくるアリサとすずか。その身には、掌を除いて傷がない。

 

 あの時、咄嗟に奴奈比売は太極を掻き集めると二人の身を護る為に使っていた。

 それだけでは足りないと判断して、弾き飛ばした二人の前に出ると、自分の身体すらも盾として使った。

 

 神相を壁として、己の身体を盾として、太極を守りに使って。

 勝利だけを望むなら、己だけを守れば良かった。死を実感させる一撃を前に、自分の命を守る為に逃げ出すのが常の自分だったろうに。

 それでも、勝手に体が動いてしまったのは、自分の身よりも優先してしまう者がここにあった。要はそれだけの事なのだろう。

 

 桜色の輝きと共に、白き衣を纏った少女が舞い降りる。

 その少女は、無傷な友人二人と、ボロボロだがそれを守り通した奴奈比売に目を向けると優しく微笑んだ。

 

 

「信じてた」

 

 

 そして小さく、それだけを口にした。

 

 

「……バッカじゃないの」

 

 

 その言葉で、その策の全容を知る。奴奈比売が身を挺して庇うまでも、策の一つであった事を悟る。

 これを考えた奴は、随分と性格が悪いんだろう。誰かを守る為に咄嗟に取る行動まで予測して、そうなるように手を打つ。実に質が悪い。

 

 そしてそれに乗るこいつ等は、本当に馬鹿じゃないのかと思ってしまう。

 奴奈比売が一瞬すら気を取られない可能性はあった。星光の輝きから、その身を護る保証はなかった。どうでも良いと切り捨ててしまえば、塵芥と思っていたなら、そうでなくとも怒りの方が天秤が重ければ、その時点でこの二人は死んでいたのだから。

 

 それなのに命を賭ける。曖昧な絆とやらを、三人揃って信じて全力で動いた。その事実が愚かしく、そして何よりも。

 

 

「ほんっと、バッカみたい」

 

 

 そんな馬鹿げた策略に乗って、こうしてボロボロの姿を晒している。そんな自分が一番馬鹿らしく思えた。

 

 

 

 完敗だ。何も言い返せない。何も見せられない程に、心が負けを認めてしまった。

 この馬鹿な友人達が見せた意地を前にして、天魔・奴奈比売は己の敗北を認めていたのだ。

 

 

 

 沈黙が場を満たす。ゆっくりと起き上がった奴奈比売と、地上に降り立ったなのはは向かい合う。

 

 

「……アンナちゃんの記憶、見たよ」

 

「そう。どこまで見たのかしら?」

 

「全部は見れてない。分かるのは、アンナちゃんの願いと神様の事。夜都賀波岐が何を望んでいるか、その果てに、何が起きるか」

 

 

 億年を超える記憶。その全てを一瞬で知る事など出来ない。

 なのはが見たのは、彼女が真に目覚める為に必要だった情報を除けば、この世界の行く末に関わる事柄だけであろう。

 

 そんななのはの言葉に、自分の記憶を除かれたアンナは怒るでもなく、唯静かに口にする。

 

 

「……それで? 何もしなくて良いの? 私は諦めないわよ」

 

 

 それは暗に止めを刺さずに居て良いのかという言葉。

 もうこれ程の無様を晒す事はない。彼女に対し、これが最後の機会だと告げている。

 

 

「アンナちゃん!」

 

 

 そんな言葉に対して、なのはが頷ける筈はない。

 彼女を止めたいとは願っているが、それは共に居たい為、止めを刺すなど論外。

 だから彼女に出来るのは、今のアンナに対して言葉を重ねる事だけだ。

 

 

「私、一緒に居たい! 紅蓮に染まった地獄なんて嫌だ! その為に、アンナちゃんが居なくなっちゃうなんて、絶対に嫌だよ!」

 

 

 夜都賀波岐七柱。天魔・悪路。天魔・母禮。天魔・紅葉。天魔・海坊主。天魔・奴奈比売。天魔・宿儺。天魔・大嶽。

 彼ら七柱の魂を贄として捧げる事で、天魔・常世の地獄は開く。力の行使者である常世の身を引き裂いて、無間衆合地獄が彼らの主をこの世に呼び戻す。

 

 故に、その世界に彼女の居場所はない。生み出される為に消費される少女は、その世界には居られないのだ。

 

 だから――

 

 

「一緒に居よう! 一緒に探そう! もっと良い方法! 皆が納得できる、そんな道を!!」

 

「……なのは」

 

 

 そんな子供の言葉に、困ったように苦笑する。そんな都合の良い未来なんて、あり得ぬと知っているから悲しく思う。

 

 

「無理よ。もうないの。……何億年、私達が探したと思っているの? この世界に次代は生まれない」

 

 

 彼らが見て来た中で、最も可能性が高かったのは高町なのはと氷村遊。成長の著しいミッドチルダの者達とて、最早頭打ちが見えている。

 数億年の間で、それだけなのだ。それが限界で、それより先は見つからなかったのだ。

 

 時間はもう残り少ない。世界の終わりは見えていて、同様に夜都賀波岐も限界を迎えつつある。

 自壊衝動に支配されつつある五柱に、己の役割しか見ていない両翼。そして滅びようとしている主柱。

 夜都賀波岐八柱はもう持たない。これ以上の時間を掛ければ間違いなく欠落し、そしてその果てには破滅が待つ。

 

 進歩すら停滞し、輪廻の度に魂が弱っていくこの世界。都合の良い次代なんて、新たな神格なんて、決して生まれ得ないと彼らは知っている。

 管理世界への恨みや怒りだけではない。先がないからこそ、他に道がないからこそ、諦めた夜都賀波岐は主柱の復活という結論を出すに至ったのだ。

 

 

「それにね。もしも、次が生まれるとしても、私は彼を選ぶわ。……私は、彼が良いの」

 

「アンナちゃん!」

 

 

 女の情は揺るがない。己の命より大切だと認識してしまった友の言葉でも、女の愛を揺るがす事は出来ぬから。

 言葉は届かない。説得は意味がない。故に女は言っている。己を止めたくば、ここで仕留めるしかないと。

 

 それは出来ない。それは選べない。けれど、彼女はこのままでは行ってしまう。

 その事実を前に、どうしたら良いのかなのはは分からずに。

 

 

「何よ、何も泣くことはないじゃない」

 

「……泣いて、ないもん」

 

 

 零れ落ちる滴を拭い去る。

 そんな少女の姿に罪悪感を覚えながらも、想いを揺るがせながらも、それでも選択は変わらない。

 

 

「そうよ。泣く必要なんてないわ!」

 

 

 言葉に詰まった少女の代わりに、アンナに言葉を掛けるのは金髪の少女であった。

 

 

「さっきから聞いてて、良く分かんないことも沢山あったけど。結局は簡単な事でしょ!」

 

 

 アリサ・バニングスは単純に考える。世界の滅びとか、次代の神格とか、まるで分からずとも分かる事が一つだけ。

 

 

「アンタをぶっ飛ばす。何度でも、何度でも、邪魔する度にぶっ飛ばす。んで、その企み挫いて、大団円に持っていけば私達の勝ち!」

 

 

 どれ程困難であろうと、口にするのは簡単だ。目指す事は自由なのだ。その未来が良いのだから、自分はそう動くのだ。

 

 

「アンタの思惑なんて知った事じゃない! 私が、アンタと一緒に居たいのよ!」

 

 

 後で恨まれようと、憎まれようと知った事か。勝手に居なくなるというなら、こっちも勝手に居場所を作る。そして、そこに帰ってくるしかないようにして見せるのだ。

 それがアリサの決めた事。如何に無力であっても、やり抜くという意志を見せつける。何処か恥ずかしそうにしながらも、アリサ・バニングスはその心中をここに明かした。

 

 

「一緒が良い。一緒に居たい。その為なら、何だってやっていけるんだと思う」

 

 

 そんなアリサの後を継ぐように、月村すずかが想いを語る。

 

 

「一人じゃ出来ない事も、皆と一緒なら出来ると信じてる。共にある為に、私達は貴女がいる先を目指す」

 

 

 どれ程底辺に居ると嘆いていても、アンナが居る場所は少女達から見れば遥か先だ。

 目指す事も難しい、到達する事は不可能な地点。それでも、必要ならば目指していく。不可能など、共にある事を諦める理由にならない。

 

 

「覚悟して、アンナちゃん。私、結構しつこいよ」

 

 

 何処か茶化すかのように、されど本気の想いを込めて、月村すずかは己の想いを口にした。

 

 

「……全く、貴女達は」

 

 

 彼女達は揺るがないのだろう。その決意のまま、無力であっても進むのであろう。

 今回の事で痛い程に理解した。力の有無など関係なく、二人は真っ直ぐに追い掛けて来ると。

 

 

 

 本当はこのまま去る心算だった。

 今更彼女達を傷付けようとは思えない。戦おうと言う熱意も失せてしまっている。

 あれだけ念を押されていて、このまま穢土に戻れば粛清くらいはされるであろう。それだけの無様を晒している自覚はあった。

 

 けれど、どうせ粛清されるならば、いっそ派手にやらかしてしまおうか、そんな悪戯心が湧いてきた。

 

 内にある二人に問い掛ける。答えは賛同。渋々だが認める白貌の吸血鬼と、積極的に受け入れる火傷の跡が特徴的な狩猟の魔王。

 二人の支持を受け、そうしようと決めた奴奈比売は、アンナとしての笑みを浮かべると、とんと軽く地面を蹴った。

 

 

「んむっ!?」

 

「にゃっ!?」

 

「……うわぁ」

 

 

 奴奈比売がアリサの唇を奪う。舌を絡め、口移しで何かを与えようとする姿。

 その倒錯した光景に、白き少女は顔を真っ赤に染めて困惑し、紫髪の少女は歓声を上げていた。

 

 数秒程して、二人の顔が引き離される。唐突に唇を奪われ、真っ赤に茹ったアリサに対し、アンナは何時ものように口にする。

 

 

「アリサの初めての相手は未来の恋人ではない。このアンナだー!」

 

「ふっざけんな! この馬鹿アンナ!!」

 

 

 怒りと恥ずかしさに沸騰しながら、殴り掛かろうとアリサが拳を振り上げる。

 その瞬間に、掌から火の玉が生じて、その光景にアリサは一瞬茫然となった。

 

 

「って、何よこれ!?」

 

「……おっと、危ない危ない」

 

 

 驚愕するアリサを無視して、アンナは燃え盛る炎をひらりと躱す。

 絶対必中の特性を全く引き出せていないが、それでも既に力を使える程に馴染んでいる事実に僅か驚愕する。

 

 十年近く、視点を共有して共に見ていた時から思ってはいたが、どうにも彼の女傑はこの苛烈な少女がお気に入りらしい。それこそ、出来の悪い後輩や己の養い子と同じくらいには好感を抱いている様に見える。

 

 

「さ、次はすずかねー」

 

 

 そんな事を考えながら、アンナはすずかへと向き合う。

 そんな彼女に目を向けられたすずかは、唾を飲み込むと意を決して言った。

 

 

「お、お願いします」

 

「……ないわー。ガチレズとかないわー。非生産的過ぎてないわー」

 

「アンタが言うな!!」

 

 

 アリサのツッコミと共に放たれる炎弾を躱しながら、すずかに近付くとアリサと同じように唇を介して力を与える。

 

 彼女に与える白貌の吸血鬼の残滓。

 能力の相性こそは良いだろうが、それでもアリサに対する狩猟の魔王程には好感を抱いては居ない。寧ろ嫌悪に近い情を持っている。自己の生まれを嫌悪する者同士、一種の同族嫌悪と言う物だろう。

 

 それでも、夜の一族の完成形を見ていた串刺し公は、その将来性に期待して納得した。その判断が変わるかどうかは、今後の彼女次第と言えよう。

 

 

 

 力の譲度を終えたアンナは、強く踏み込んで後方へと跳躍した。

 距離をとって、彼女らを見詰めて、そして言葉を口にする。

 

 

「今、貴女達に与えた力、それを生かすも殺すも自由よ。……その魂に食われる事だって、ね」

 

 

 心配の種を取り除く為に、何もなくても暴走する友の為に与えた物。自分の足で歩けるなのはと違って、二人にはそれが必要だと思ったから。例えそれが理由で、如何なる処罰を受けたとしても、後悔だけはしないであろう。

 

 

「……それじゃ、私は帰るわ」

 

 

 もしかしたら、これが今生の別れとなるかもしれない。

 これだけの事をしでかしたのだ。今は敗れ魂だけで保管されている天魔・海坊主と同様に、彼女もまた肉体を破壊され、自由を奪われる可能性は低くない。

 

 それでも穢土に戻る必要はある。崩壊しかけた体を支える為にも、そして自身の願い。彼の復活の為にも、戻らぬという道はない。

 

 

 

 別れの空気を前に、なのはは涙を拭って前を見る。久し振りに懐かしい想いがした遣り取りに、取り戻すべき者を確かに理解する。

 

 

「何度だって、手を伸ばすよ」

 

 

 そんな彼女は、一人ではない。手を伸ばすと語るすずかのように、共に進む友が居るから。

 

 

「首を洗って待ってなさい! 追い付いて、私のファーストキスを奪った事、絶対に後悔させてやるんだから!」

 

 

 そう語るアリサのように同じ目的を見ている友が居る。共に歩いてくれる人が居るから。

 

 

「諦めないよ。共にある日々が、幸福だったって知っているから」

 

 

 一人でないのだから、三人で一緒ならば、きっとその背にだって追い付けるから。高町なのはは諦めない。諦める道理なんて、ない。

 

 

「……待ってなんて上げないわ。私は先に進んでいく。私が世界を救って上げる」

 

 

 その言葉に、振り返らずに背を向けたままアンナは言う。

 彼女達の想いは届いた。もう自分は底辺には居ないのだと、そう友達が思っている事は伝わったから。

 待ってなどやらない。先に居るならそのまま自分も先に進んでやる。

 

 ああ、それでも――

 

 

「私、歩くの遅いから。……もしかしたら、追い付かれるかも知れないわね」

 

 

 そんな言葉を呟いて、彼女は振り返る。その言葉に秘めた想いは、確かに少女達に伝わっていた。

 

 

「それじゃ、バイバイ」

 

 

 別れはいつもの如く、アンナは笑顔でこの地を去った。

 

 

 

 残された少女達は互いを見る。

 

 

「アリサちゃん。すずかちゃん」

 

 

 その声に蟠りはない。涙を拭った少女は、二人の目を見て手を伸ばす。

 

 

「協力して欲しい。一緒に行こう。また、皆で共にある為に」

 

 

 そんななのはの言葉に、アリサとすずかは手を重ねて口を開く。

 

 

「当ったり前でしょ!」

 

「勿論だよ」

 

 

 先は見えない。終末を前に、まだ何をしたら良いのかは分からない。それでも、一人ではない。だから――

 

 

「行こう! 皆で!! あの輝かしい日々を取り戻すんだ!!」

 

『うん!』

 

 

 返る言葉は力強く。三人は共に前を目指す。

 その先がどれ程遠くとも、どれ程絶望的であろうとも、彼女らが躊躇う理由はない。

 

 闇の書を廻る物語は終わった。だが、三人の物語は終わらない。これから先へと進んでいく。

 

 

 

 何時だって、一つの終わりは新たな始まりなのだから。

 

 

 

 

 

                   リリカルなのはVS夜都賀波岐 A's編 了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.

 何処でもない何処かで、その結末を見ていたそれは笑みを浮かべた。

 己の思惑通りに動いた事象。その掌中から終ぞ抜け出す事はなかった物語の結末を、両面の鬼は笑って見ていた。

 

 

「しっかし、本当に都合良く進んだわね」

 

 

 呆れを含んだ女の声音。それは予想外は僅かあれ、大体は想定通りに進んだ事象への呆れの声か。

 あの母禮が星を焼くのも、盾の守護獣が彼の力を引き出すのも、そして奴奈比売の行動すらも、全ては両面の鬼の予想通りの事であった。

 

 

「いやー、全くだ。……小っこい姐さんには、足を向けて寝れねぇわな」

 

 

 嘗て、両面の鬼は人であった頃、沼地の魔女に食われて人としての命を落とした。だがその時に、彼はその血肉を内より喰らい、力の全てを奪って復活を遂げている。

 それ故に、この二柱の天魔には深い繋がりがある。力の根源が同じであるが故にその影響を受け続ける。奪われた奴奈比売に主導権はなく、奪った宿儺の意志に準じて、無意識の内に彼に利するように動いてしまうのだ。

 

 奴奈比売が魔法を肯定しているのは、宿儺にとってその方が都合が良かったからだ。まず肯定ありきで判断して、魔法は彼の愛であると言う、自分を納得させる為の理屈を後付けで考える。

 彼の命を削り取る技術を許容する筈がないのに、それを受け入れた方が宿儺にとって都合が良いから、そういう風に思考を弄られていた。

 

 この世界の民に愛情を向けたのは、友好関係を結んだのは、宿儺を通じて夜刀の声を聞いていたからだ。それを聞いている自覚はなくとも、彼女の思考は誘導される。

 彼の愛を無意識にも理解していたから、奴奈比売はこの世界の人々に対して個人的な悪意を向ける事は出来なかった。

 

 そして、なのはやアリサやすずか。彼女らに力を与えたのもまた、その方が宿儺にとって都合が良いから。守るではなく、力を与えるという選択をしたのは、その思考を歪められていたからだ。

 

 この世界の民が力を持つ事こそを望む両面の鬼にとって、実に都合良く奴奈比売は動いてくれた。

 

 

 

 祭祀一切夜叉羅刹食血肉者。同胞である大天魔さえも駒のように扱い、目的の為に利用する両面の鬼は、果たしてどれ程の怪物であるのか。

 その為に内心を弄られ、そして自らの意思で処断される事を受け入れている奴奈比売がそれを知れば、果たしてどう思うであろうか。

 

 それでも、両面の鬼は揺らがない。己が悪である事を認識し、故にこそ打ち破られる瞬間を待ち望んでいる。彼の望みは唯一つ。最後に勝つ為に、その為ならば全てを肯定する。

 

 

「けど、一人だけ」

 

「ああ、確かにあれは想定外だった」

 

 

 それは都合の悪い事ではない。寧ろ彼にとっては良い変化であった。だが、確かに、それは彼の予想を超えていた。唯一人だけが、この両面の鬼の手から抜け出していたのだ。

 

 

「高町なのは」

 

 

 両面の鬼の“遊び”は、先のある者を見つけ出す為の行為でもある。この残骸を打ち破るに足る、可能性を見つけ出す為の行いでもある。

 しばしば遊びが過ぎて潰してしまうが、そうなったらなったで済ませる。その程度の天運も必要だろうと切り捨てる。

 

 そんな彼の遊びにて、落第となった少女が居た。その少女には価値なしと、その少女には先はないと見限った相手が居たのだ。

 だからこそ、その少女の為した事に、宿儺は一切関わっていない。どうでも良い塵芥だからと、見ようとすらしていなかった。

 

 その覚醒も、その活躍も、全ては彼女自身の功績だから。

 

 

「やるじゃねぇか、クソガキが」

 

 

 その在り様は未だ好ましくはない。彼女の血縁だから厳しめに見ていると言うのもあるが、それでも気に入らないと思っている。だが、その活躍は大した物だった。それを素直に認めて、両面の鬼は口にした。

 

 さあ、謀りを進めよう。同胞達が諦めた次代を、彼だけは確信を持って待ち続けているから。億年を過ぎ去る前から、その訪れを待ち続けている。全てを犠牲にしようとも、その道中で自らが討たれようとも、最後に必ず勝つ為に。

 

 

 

 さあ、俺を超えて見せろと両面の鬼は笑う。さあ目論見通り、全てを嘲笑ってやろうと笑い続ける。

 夜都賀波岐の中で唯一柱、彼らの目的に賛同しない男女は己の思惑が達成される時を待っている。

 

 

 

 

 




アンナちゃんが宿儺に影響を受けると言うのは原作設定だったり。

以下、宿儺の影響。(彼に都合良く動いた事)
・この世界や魔法に対する肯定的な反応。
・無印編での魔法少女覚醒シーンでの後押しや、今話でのアリすずへの力の譲度。
・様々な場面でなのは勢に利するようにアンナが動いていた事。
・所々見られた慢心や隙もある程度は宿儺の影響。

A's編でのなのはに対する手助けだけは別。
この時点で宿儺はなのはを見限っていたので、彼女に利するような動きをしたのは、アンナちゃん個人の意志だったりします。


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