猫捕獲
とらハタグは必要だろうか?
1.
真夜中のオフィスビル街。
夜風が吹きすさぶビルの屋上に、二つの影が舞い降りる。
影の一つは金糸の髪を風に靡かせる、悲しげな瞳をした黒い少女。
少女に侍る様に立つ影は、犬科の動物を思わせる耳を生やした橙色の女。
「ねぇ、本当にやるのかい、フェイト」
獣耳の女が、震える声で問い掛ける。
目つきが鋭くスタイルの良い美女だが、今はどこか気弱そうな表情を見せていた。
「どうしたの、アルフ? 何だか、らしくない」
女の胸元ほどの身長もない金髪の少女が、らしくないと口にする。
常は明るく勝気な筈の女性が、何かに怯える様に震えている。それがおかしい、とフェイトは眉を顰めて問い掛けた。
「分からない。分からないけど怖いんだよ。なんかとてつもない化け物に睨まれているような。もう食われて腹の中に入れられちまったような。……この世界に来てから悪寒が止まんないんだ」
「……ここは魔法文明も発達していない管理外世界だよ。きっと気のせいじゃないかな」
女の尋常ではない様子に違和感を覚えつつも、少女は理屈で返す。
そんな予感は気のせいではないか、とアルフの直感に対してフェイトは当たり前の常識を語っていた。
「それに、何があろうと退く訳にはいかない。母さんの為にも」
あるいは、女の持つ獣の直感が何かを悟っていたのかもしれない。
信頼する使い魔の言葉にそう考えつつも、それでも自らの意志は譲らない。
アルフの感じたナニカが本当に恐ろしい物だとしても、それでも退けない理由がフェイトにはあった。
「……あんな鬼婆の為なんかに」
「アルフ」
思わずぼやくように呟いた言葉に、フェイトは怒りを込めて女の名を呼ぶ。
それ以上言うなら許さない、とその瞳に怒りの色を確かに感じて、アルフは即座に頭を下げた。
「ごめん。……だけどさ、本当にやばくなったら逃げよう。それくらいなら」
「駄目。それは無理」
女の懇願するような言葉に、即座に否定の言葉を返す。
そうして宙に浮かび上がった少女は、震えて動けぬ獣に対して言葉を投げ掛けた。
「アルフはきっと疲れているんだよ。先に母さんが用意してくれた拠点に行って休んでて。……私はジュエルシードを探しに行くから」
「フェイト!?」
女の言葉は届かずに、少女は空へと飛翔する。
宵闇の中へと躍り出たフェイトは、闇の中に切り裂く様に飛んでいった。
残された女は、その背を追えない。
得体の知れない恐怖に怯えて、震える事しか出来なかった。
2.
復興途中の海鳴の街並み。
未だ崩れかけた瓦礫が見える中を、一台のバスが運行する。
「本当にこれで良いのかな?」
そんな復旧したばかりの市営バス。
その後部座席で揺られながら、なのははぽつりと呟いた。
「どうしたんだ、何か気がかりなことでもあるのか?」
「あ、ううん。何でもないよ、お兄ちゃん」
そんな彼女の呟きを聞き取ったのか、共に行動している彼女の兄が問いかける。
慌てて誤魔化すなのはの態度に違和を感じながらも、そうかと高町恭也は一つ頷くとその視線を外へと戻した。
〈ジュエルシードの事かい? なのは〉
兄の追及から逃れ、ほっと一息を吐いたなのは。
そんな彼女の脳裏に響くのは、魔力を介した少年の声だ。
念話。そう呼ばれる特殊な通信手段で、ユーノはなのはへと言葉を投げ掛けていた。
〈うん。あんなに危険な物を放っておいて良いのかな、って思って〉
籠の中で丸くなっていたユーノと、念話を使って会話する。
彼の入った籠を抱えながら、なのはは己の胸中の想いを吐露した。
〈街がいつ危険に巻き込まれるか分からないのに、こうしてお兄ちゃんと友達の家に行く、ってのが不安なんだ。これで良いのかな、って〉
〈……そうだね。気持ちは分かるよ。僕も今すぐにでも飛び出したい気分だ〉
そんな不安を漏らす少女に、少年は同意の言葉を口にする。
ジュエルシードを見つけ出せるならば、彼らは直ぐにでも動き出していたであろう。
〈だけど、発動していないジュエルシードを探すのは難しいんだ。ほとんど魔力を持たない以上、サーチャーを沢山飛ばして虱潰しに探すくらいしか出来ない。そんなことをしていたら魔力がいくらあっても足りないし、いざという時に動けなくなってしまいかねないからね〉
発動していないジュエルシードは、魔力反応を探知できない。
故に見つけ出す為に出来る事があるとすれば、サーチャーと言う消費型の端末で虱潰しに探していく事くらいであろう。
それは砂漠に落とした指輪を、肉眼だけで探し出す様な物。
余りにも非効率で、魔力も集中力も大きく消費してしまうであろう単純作業。
人手が多く居る状況ならば兎も角、今はなのは一人しか戦力がいないのだ。
そんな中で彼女が無駄に消費してしまえば、いざと言う時に即応が出来なくなってしまうのである。
〈急ぎようはないんだ。だからなのはには日常を楽しんでいて欲しい。……巻き込んじゃった僕が言うことでもないかもしれないけどさ〉
〈……日常、か〉
言われて、なのははバスの窓から外を眺める。
日常の光景であった町並みは、ジュエルシードが起こした災害による爪痕で大きく変わってしまっていた。
それでもあれから数日も経てば、復興も大分進み、街に活気が戻り始めている。
バスの運行が再開され、こうしてなのは達が遊びに出られるのもその証であろう。
あの災害が起きた当日と、それから数日は特に慌ただしかった。
被害者や犠牲者の確認。
災害の規模の確認や復興準備。
仮設住宅の整備に炊き出しなど、街は大きく動いていた。
当然、人手を求める場所は多かった。
高町家は被害をほとんど受けなかった為、両親も兄姉もボランティアに勤しんでいたのだ。
なのはもまた、自分も手伝うと声を上げた。
だが、しかし返ってきたのは否定の言葉。「家で良い子にしていて欲しい」送られたのは、かつて幼い頃に言われた言葉とよく似たそれだった。
あの頃とは違う。今は自分にも魔法と言う力がある。私は役に立てるんだ。
そう声を大にして語りたいなのはだったが、しかし魔法はあまり広めてはならないというユーノの言葉がそれを阻んだ。
第九十七管理外世界は、非魔法文明。
魔法が公に認知されていない世界で、魔法を公表する事は管理局法に背く重罪なのだ。
結果、なのはは何も出来ずに日々を過ごした。
復興の邪魔になるから、と表に出てジュエルシードを探す事も出来なかったのだ。
私にだって出来るのに、と鬱屈を抱えたままに数日を過ごす。
なのはは家に籠って、連日連夜ニュース報道を眺めていた。
(魔法を使えれば、もっと早く戻るのにな)
幼い少女は、そんな風に思ってしまう。
異質な技術を明かした際に起きるであろう問題点などには気付かず、ただ純粋にそんな思いを抱いていた。
(って、久しぶりに皆に会えるんだから、こんなこと考えてちゃいけないの)
鬱屈しているべきではない、となのはは首を左右に振って思考を断ち切る。
学校も暫く休校状態となっていた為に、友人達と顔を合わせるのは本当に久しぶりであった。
だから、そんな悩みなどは感じさせてはいけない。
そんな風に考えて、深呼吸と共に思考を切り替える。
そうしている内に、バスの内部に放送が流れた。
「そろそろ停車駅だな。なのは、ボタンを押してくれないか?」
「ん。分かったの」
停車駅を告げる車掌の声。
それに合わせる様に、なのはは席の近くのボタンを押す。
〈バスのボタンを押すのって、なんか楽しいよね〉
〈その感想は良く分からないけど、日常を楽しんでいるようで何よりだよ〉
ブーと鳴り響くブザー音。
それから暫く走行した後、市営のバスが停車した。
二人と一匹は、揃ってバスを降りる。
バスの停留所に辿り着いた彼らは、この場所からでも見える程に大きい、山の手の洋館を見上げた。
「相変わらず大きいの」
〈何か凄いね。……あれ、誰か来るよ〉
聳え立つその洋館の大きさに、毎度の如くに圧倒されるなのは。
そんな彼女にユーノが念話で声を掛け、なのはは声に従う様に振り向いた。
「はぁーい。なのはちゃんにそのお兄さん」
「アンナちゃん!」
「ああ、君か」
軽く手を振りながら、近付いてきたのは赤毛の少女。
アンナと言うなのはの友人の姿に、高町兄妹は軽く挨拶を交わす。
「って、あら? その子、元気になったのね」
「うん。皆にも心配かけちゃったから、紹介も兼ねて連れてきたの」
「そう。よろしくね。フェレットくん」
「ユーノくんって言うんだよ」
籠の中にいる小動物にも挨拶をするアンナ。
そんな彼女に、なのははユーノの名を教える。
そうして軽く言葉を交し合いながらも、三人と一匹は歩みを進める。
山の手にある洋館までの距離は、そう長くはない。
会話をしながらならば、ほんの数分程しか掛からぬ距離。
そうして談笑しながら、三人が門前へと到着する。
彼女達が到着した瞬間に、まるで図ったかのように、重音を立てて鋼鉄の門が開いた。
一人でに開く門の奥。
其処には佇んでいたのは、メイド服を纏った紫髪の女性。
「お待ちしておりました、恭也様、なのはお嬢様。アンナお嬢様。お車を用意しております。こちらへどうぞ」
表情は薄いが、それでも優しげに微笑んで一礼する。
月村家に仕える給仕、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトが其処に居た。
ノエルに先導されながら、なのは達は館へ続く道を歩いていた。
月村邸の敷地内は、広く大きい。
自動車の一台くらいなら楽に通行できるだろう道幅は、その広すぎる敷地面積では車両の一つ二つはないと不便に過ぎるからだろう。
ノエルが車を用意して待っていたのも当然だ。
それなのに何故、彼女達は態々徒歩で移動しているのか。
それはノエルに対し、高町恭也が徒歩での移動を希望した為だった。
なのはは無論反対したが、アンナがそれに賛同した為に数の暴力によってごり押しされた訳である。
〈民主主義の、闇を見たの〉
〈あ、あはは。……頑張って、なのは〉
季節は春から夏へと切り替わる時期。
青空にある太陽はカンカンと照り輝いている。
運動不足気味ななのはにとって、この距離は苦行であった。
実は恭也が徒歩での移動を提案した理由は、ここ数日真面に外に出ていないなのはの運動不足解消の為だったりする。
そんななのはにとっては有難迷惑でしかない兄心は、全く伝わってなかった。
「あら?」
歩いている途中、ふと何かに気付いたアンナ。
彼女は軽い足取りで道を外れると、林の中へと分け入った。
「アンナお嬢様?」
そんな少女の行動に一行の足が止まる。
追い掛けるべきか、そう戸惑う一行の前でアンナはしゃがみ込んだ。
林の奥に進む訳ではなく、入ってすぐの所でその生き物を捕まえる。
そしてその両手に掴んだものをひょいと持ち上げると、高らかに宣言した。
「猫取ったどー!」
「なー」とまるで文句を言うかのように声を上げる子猫。
ジタバタともがく子猫の胴体をがっしりと掴みながら振り返るアンナに、年長組は苦笑を浮かべて返した。
「ノエル。この子は?」
「一番新しく来た子猫です。こんなところにいるとは」
基本、沢山の猫を放し飼いにしている月村邸ではある。
だが余りにも幼い子猫を庭で自由にさせるのは、広大な月村邸は危険が大きい。
そんな理由もあって、子猫の内は館から出さないよう育てていたはずだった。
「……ファリンですね。全く、あの子は」
頭を抱えて、逃がした犯人であるだろう妹を思う。
どうせあの妹のことだ。
館を出る際に扉を閉め忘れたか、窓を閉め忘れたかしたのだろう。
ファリンならば仕方ない。
彼女を知る恭也も、苦笑を浮かべるより他になかった。
「アンナお嬢様。申し訳ございませんが、その子を館まで連れて行って頂けますでしょうか。あまり幼い子猫を放し飼いにしておくのは好ましくないので」
「はーい。んな訳で落ち着きなさいな」
離せーと言わんばかりに暴れる子猫の体を両手で固めると、たったったと軽い足音を立てながらアンナは一行に合流する。
「と、なのは。どうしたのよ」
「あ、ううん。何でもないよ、アンナちゃん」
今まで一言も話していないなのはを、訝しげに見ながらアンナが問う。
そんな彼女に答えを返しながらも、なのはの視線は一点に集中していた。
〈ユーノくん。あれ〉
〈ああ、間違いない。ジュエルシードだ〉
林の奥、目視できるぎりぎりの場所にそれは落ちていた。
その宝石は太陽の光を浴びて、青く輝く。
草木に隠れていたジュエルシードは、もしアンナが道を外れなければ見つけられなかったであろう。
〈回収しなくちゃ〉
〈……いや、今は駄目だ〉
逸るなのはをユーノが制する。
その視線で周囲を見詰めて、今は人が多過ぎると無言で語っていた。
〈でも、このまま放っておいたら〉
〈幸いここは私有地だ。誰かが発動させてしまう可能性は街中より低い。一度目的地に着いてから、状況を見て抜け出すとしよう〉
〈……分かったの〉
念話越しの説得に、なのはは渋々ながらに納得する。
魔法を周囲に知られない様にする為には、納得するしかなかったのだった。
なのはとユーノのやり取りには気付かず、一行は道沿いに進む。
それほど時を置かず、なのはの体力が尽きる前に、彼らは邸宅前まで辿り着いた。
「いらっしゃい、恭也。なのはちゃんにアンナちゃんも」
玄関で待ち構えていた紫髪の女性は、笑みを浮かべて三人を出迎える。
すたすたと歩み寄るとその両手を恭也の腕に絡め、しな垂れるよう身を寄せた。
「忍。……あまりくっつくなよ」
「ええー、良いじゃないの。最近忙しくって会ってなかったんだし」
「そうだが、そうじゃない。……子供たちが見ているだろうが」
自身と恋仲にある女性。月村忍が押し付けてくる胸元に意識を取られながらも、鉄壁の理性でそう返す恭也。
そんな二人をにやにやと眺める少女一名。
良く分かっていない視線を向ける少女一名。
赤面している器用なフェレット一匹。
呆れ混じりに嘆息する女性一人。
自らに向けられている視線に気づき、それもそうねと微笑むと忍は恭也の腕を抱きながら口を開いた。
「それじゃ、恭也を借りてくわね」
「ごゆっくりどうぞー。二時間は近付きませんねー」
「あら、朝帰り以外の選択肢はないわよ」
「おま、子供に何を」
驚愕の表情を浮かべたままに、恭也は引き摺られていく。
その姿を楽しそうに見つめながら、アンナは悪戯な笑顔を口に浮かべた。
「いやー、お盛んですなー。これはあれね。昨日はお楽しみでしたね、の出番ね」
「お楽しみ? お兄ちゃん達、ゲームか何かをするの?」
「それはねー、男女の「アンナお嬢様」あれま」
素直に疑問を口にする無垢な少女に、生々しいことを教えようとする少女。
それを華麗に阻んだノエルは、優雅に一礼すると口を開いた。
「すずかお嬢様とアリサお嬢様がお待ちです。お部屋にご案内させて頂きます」
「はーい」
有無を言わせぬという口調に、仕方ないなとアンナが応じる。
ノエルの案内の元、なのは達は邸内を進み始め。
〈でも、本当にお楽しみってなんだろうね?〉
〈僕に聞かないで〉
その最中に疑問符を浮かべながらそんな事を念話で問う少女と、問われ顔を真っ赤にして返す耳年増なフェレット。
彼らの間に、そんなやり取りがあったのは余談である。
「いらっしゃい。なのはちゃん。アンナちゃん」
「遅いわよ、あんたら」
笑顔で迎え入れるすずか。
悪態を吐きながらも、態々扉の前まで歩いてくるアリサ。
「すずかちゃん、アリサちゃん」
「Guten Tag. 二人とも元気ー?」
そんな二人に対して、揃って軽く挨拶を返す。
軽く言葉を交わした直後に、二人の視線はアンナの抱えている子猫に移った。
「あれ、その子」
「戦利品よ、って痛い痛い。暴れるな、こら」
高々と掲げた所で隙ありと考えたのか、今まで大人しくしていた子猫はアンナの両手に爪を立てる。
痛みに思わず彼女が手を離した隙に、子猫は脱出に成功する。
すぐさま距離を取るとそこで振り向いて一声、まるで馬鹿にするかのように「にゃ~」と鳴いた。
「あの獣めー。良くもやったわね」
「あ、あはは。まぁまぁ、あの子はまだ小さいんだし」
腕捲りして、追い掛けようとするアンナ。
そんな彼女を、飼い主であるすずかが宥めて押し止める。
そうこうしている内に、子猫は部屋の奥へと走り去る。
その小さな姿は、あっという間に見えなくなってしまった。
「あの子じゃないの。ファリンさんが探していた子猫って」
「あー、そうかも」
ふと気付いた様に、アリサが口にする。
その言葉に苦笑しながらも、すずかは同意する。
「ファリンって、あのドジっ子メイドでしょ。また何かやったの?」
「ドジっ子ってあんたねぇ、いくら本当のことでも、年上相手にそんな言い方は駄目でしょ。少しは歯に衣着せなさいよ」
「いや、アリサちゃんも相当酷いこと言ってるけど。……まあ、ファリンだしね。ノエルに逃がしたことバレてなければ良いけど」
「だがしかし、私たちを案内したのはノエルであった。残念。ファリンの冒険は終わってしまった!」
「だから止めなさい、そういうのは!」
べしっと軽い音を立てて、アンナの頭部を平手打ちする。
姦しい遣り取りを続ける中で、ふと黙ったままの少女が居る事に皆が気付いた。
「ちょっとなのはー。どうしたのよ」
「え、あ……」
どうやって抜け出そうか。
そんなことばかり考えていたなのはは、急に話を振られて狼狽える。
〈どうしよう、ユーノくん。上手く抜け出すには……〉
〈……無難にトイレに行きたい、とかで良いんじゃないかな?〉
自分が動けていたら別の理由も用意出来ただろうが、来たばかりで未だ籠の中にいるユーノにはどうしようもない。
それほど時間を掛けずに戻って来れば問題はないだろうと、ユーノは軽く考えて言葉を返す。
だが、しかし、彼はなのはの対応力の低さを見誤っていた。
「トイレ!」
「へ?」
「トイレに行ってくるの!」
ジュエルシードは早く回収せねば、と気が急いているのだろう。
ユーノの提案そのままに、どう伝えるかも考えずに取り合えず口にする。
そうして部屋を飛び出し、全力疾走するなのは。
だが、その事情を知らない人間からはどう見えるかと言うと。
「……どんだけ、トイレに行きたかったのよ」
「なのはちゃん。連れてきたフェレットも一緒にトイレに入るのかなぁ?」
そんな呟きが漏れるくらい、彼女の行動は違和感に溢れていた。
3.
林の中をなのはが進む。肩の上には一匹のフェレット。
彼を閉じ込めていた籠は身動きの邪魔になるので、館の前に置いてきた。
「なのは、そんなに急がなくても「あーれー!」……急がないとまずそうだね」
「今の声、ファリンさんなの!」
叫び声、というには些か間の抜けた声が響く。
同時に感じられるのは、ジュエルシードが発動した魔力反応。
子猫を探しに来たファリンが巻き込まれてしまったのだろう。
無理にでもあの時に回収しておくべきだったか、となのはは自責する。
だが、今は緊急事態だ。悩んでいる暇はない。
後ろ向きになる思考を振り払って、気持ちを此処で切り替えた。
そんなことをしていた彼女の目の前で、世界の色が突如変わる。
「これは?」
「封時結界だよ。今の僕には、この程度しか出来ないからね」
封時結界とは、特定の場所を切り離して、時間信号をずらす魔法。
その魔法を使用している限り、結界の外へ被害は出ず、同時に結界内の被害の修復とて行えるようになる。
一人でいる間にユーノから魔法の説明を受けていたなのはは、そんな彼へと感謝の言葉を返した。
「ううん。助かるよ。ありがとう、ユーノくん。これなら、街に被害はないんだからね」
「……そうだね。僕は結界の維持に全力を費やす。何があっても破壊だけはさせないよ」
感謝の言葉に、ユーノは覚悟を込めて言葉を返す。
そんな彼の眼前で、なのははデバイスを展開しないで魔法を行使した。
「フライアーフィン!」
一秒でも早く着かねば、そう思う少女の足元に羽が生まれる。
魔力で出来た光の羽で飛翔して、なのはは目的地へと辿り着いた。
道添いの林の中、ジュエルシードのあった場所。其処には、一人の女が立っている。
その女は己が感覚を確認するかのように、手を軽く握ったり開いたりしていた。
空中より舞い降りて、なのはは彼女の姿を目視する。
長い金髪を風に靡かせる、鋭い目付きをした女。
その姿は、紫色の髪におっとりとした性格のファリンとは、似ても似付かないと言うのに――
「ファリン、さん?」
何故だか、その姿が被って見えた。
「お前も、その名で私を呼ぶのか」
声に気付いて、女は表情を歪めてなのはを見る。
心底忌々しそうに、金糸の女は言葉を吐き捨てた。
「私は、イレインだ」
その態度には、明らかな怒りが宿っている。
その瞳の色は、子供でも分かる程に単純な意志に染まっている。
「ファリンなどでは、ない!」
言葉と共に、腕部から金属の刃が飛び出す。
そのブレードをもって、イレインはなのはに襲い掛かった。
化け猫+フェイトちゃんを倒して終わりと思ったか? 馬鹿め、そんな主人公に温い戦闘などさせるものかよ。
と、いう訳で、とらハ3からイレインさん参戦です。
例によって色々と弄っています。ジュエルシードで出来そうな方法で魔改造もされています。
なお、当作品ではイレイン=ファリン説を採用させて頂いています。
無関係というより、そう言った設定があった方が面白いので。
月村夫妻が健在なら安二郎は反乱しないんじゃないかという疑問はあると思いますが、それでも安二郎ならやってくれると作者は信じている。
20160812 多少改訂