リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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リアル事情が忙しいので、恐らく年内最後の更新です。次回は来年以降。一月は先になりそうなので、ご了承下さい。


副題 幸福な夢に落ちる。
   モテモテだな、喜べよ、ユーノ。(投げやり)
   廃神の悪夢。


推奨BGM
1.鴻鈞道人(相州戦神館學園 万仙陣)
3.聖絶(相州戦神館學園 八命陣)


闇の残夢編第四話 夢界を行く 其之壱

1.

 夢を見ている。

 

 コトコトと音を立てる鍋の横。まな板の上に載った野菜を包丁で切っているエプロン姿の女は、あり得ぬ未来を夢に見ている。

 

 

「ねぇ、お母さん。今日のご飯、何ー?」

 

「スバル。お母さんの料理、邪魔しちゃ駄目だよ」

 

 

 夢を見ている。

 

 調理を続ける女の服の裾を引っ張りながら、幼い少女はお腹が空いたと母に訴えかける。そんな少女を、少し年上のお姉ちゃんは駄目だよと叱りつけて。

 

 

「ふふ、今日はビーフシチューよ。スバルの好きなアイスクリームも付けちゃう。ギンガもありがとうね。もう少し掛かるだろうから、向こうでスバルと遊んでてくれるかしら?」

 

 

 やったーと両手を上げて喜ぶスバルと、分かったと頷いて妹の手を引いて台所から居間へと移動するギンガ。

 

 何時か子供が生まれたら、付けようとしていた名前があった。

 何時か子供が生まれたら、してあげたい事が山ほどあった。

 

 

――夢見る夢を見ると良い。寝る子は寝てろよ。幼い夢は起こすなよ

 

 

 愛い、愛い、と語る女の声がする。

 心の奥底で願う想いを読み取る女は、眠る子が望む幸福を夢に見せる。

 

 

「さって、と。スバルもギンガも一杯食べるから、沢山作ってあげないとね」

 

 

 腕捲りして気合を入れる。二人仲良く遊ぶ少女らを、己が胎を痛めて生んだ子らだと錯覚している女は、それに気付かず母としての夢を見る。

 

 気付く為のきっかけはある。確かに記憶に矛盾がある。

 けれど、その夢が余りにも優しいから。けれど、その夢が、彼女が見たい空想を映し出しているから。

 

 クイント・ナカジマが夢から覚める道理はない。

 

 

 

 

 

2.

 曇天の元、街を見下ろす高台に立つ少年は、探知魔法を解除すると小さくはない溜息を吐いた。

 

 

「……やっぱり、これは」

 

 

 その魔法の検索結果を受け取った少年、ユーノ・スクライア。

 彼は暗く染まった海鳴の街で、ここに展開された魔法のとんでもなさに呆れと感心を、そしてその動力源となっているであろう少女の身を想って少なくはない焦燥を感じていた。

 

 先程まで彼が居た場所。幸福な夢は彼自身によって否定された。

 

 所詮は夢。現実味がないご都合主義の塊。幸福なだけの夢など、所々に亀裂が走る。矛盾は必ず存在している。

 故に真実、現実を見る事が出来るならば。それが夢だと明言出来るなら、それはあっさりと崩れ落ちる。

 

 彼が見た夢は、愛しい者を守りながら強敵に挑み大活躍すると言う夢。

 彼の大天魔を相手に八面六臂の大活躍を果たすという、ご都合主義が極まり過ぎて夢だとしても笑えない代物。

 諦めても、心の何処かで諦めきれなかった。こうあれたら良いのにという幸福な夢だ。

 

 だからこそ、彼は否定出来た。

 それが出来ぬともう知っているから、これから先の為に切り捨てた物だからこそ、そんなのは夢だと否定出来たのだ。

 

 そうして一つの夢を否定した彼は、こうしてこの場所に立っている。ならば、ここは現実であるのか? 否である。

 

 

「幻術魔法。誘眠魔法の重ね掛け。……全ての構成を見抜けた訳じゃないけど、重ねられた夢の数は恐らく八種。自分が眠っている事すら自覚出来ない場所を第一層。さっきまで居た幸福な夢を自覚していた場所を第二層とすれば、ここは第三層って所かな」

 

 

 一体誰が作り上げたのかは知らないが、大した魔法だと認識する。

 一人の魔導師では、否、数百人以上が協力しようとしても作れないであろう規格外の大魔法。

 

 第一層モーゼ。第二層ヨルダン。第三層エリコ。第四層ギルガル。第五層ガザ。第六層ギベオン。第七層ハツォル。第八層イェホーシュア。

 以上八層を持って作られしここは夢の世界。人の思い描いたカナンの地。

 

 この地に落とされし者達は、誰しもが明晰夢と自覚出来る世界であるヨルダンに落ちる。

 幸福を自覚していなければ救われないのだから、一層を飛び越えてまず二層に落ちるのだ。

 

 明晰夢の中で見せられた幸福な夢を否定する。

 乗り越えた結果、脱出に近付いたかと言えば恐らく否だ。

 

 現実に一番近い場所は第一層。現実に一番遠い場所が第八層。

 恐らくこれは、幸福な夢に抗う者らを逃がさぬように、抗えば抗う程更に深く夢に落ちるように構築された魔法である。

 

 何という大魔法か、その見事な魔法に感嘆すると共に、それを展開する為にはどれ程の魔力が必要になるだろうかと考えると震えが来る。

 真面に発動すれば、どれ程に世界を食らうであろうか。そんな大出力を支えるのが、囚われているのであろう唯一人。

 

 その動力源は分かっている。解析に引っかかった周囲の大気が示している。この夢界を支える根源は、周囲に浮かぶ桜色の魔力。

 

 

「なのは」

 

 

 その魔力光の持ち主を案じるようにユーノが小さく呟いた所で、彼の背後に何かが落ちる音と、小さくはない少女達の悲鳴が響いた。

 

 

「アリサ。すずか。……君達も夢から抜け出せたんだ」

 

 

 宙に放り出されるように、幸福な夢より弾き出された少女達を見る。

 これより下の階層は囚われた者達全ての意識を集合させた場所になっている。故に、こうして共に囚われた者とも再会出来る。

 

 

「夢。そっか、あれ、夢だったんだ」

 

 

 ユーノの言葉に、月村すずかは復唱をして納得する。

 

 

「道理で、おかしいと思った。……私が唯の人間に成れるなんて、そんな事ある筈ないもの」

 

 

 己の血を憎む少女が囚われたのは、当たり前の人として生きる幸福。

 友と共に、どんな事にも全力で取り組む事が出来て、当たり前に喜ぶ事が出来て、家には下らない掟などが存在していない。

 

 そんな彼女にとっては都合の良い夢。

 

 そんな夢の中でも、すずかは己に抱いた違和感を消せなかった。

 唯人と同様の物になった己の身体を、己の物と認識出来なかったからこそ、夢に溺れる事が出来なかったのだ。

 

 

「嫌な夢。あんなにも望んでいたのに、だからこそ否定しちゃった」

 

「……都合の良い夢でも、どれ程幸福に見えても、結局夢だって、分かっちゃうからね」

 

 

 幸福過ぎて現実感が持てない夢。己の求める物を叶わないと知っているからこそ、渇望に至る事は無く諦めてしまっていたからこそ、抜け出せた二人は揃って溜息を吐いた。

 

 

「……あんなの、私が望んだ夢じゃないわよ!」

 

 

 そんな、形はどうあれ幸福な夢を見たと結論付ける二人に対して、真逆の言葉をアリサは口にした。

 怒りではない感情に顔を真っ赤に染めた少女は、自分に言い聞かせるかのようにあれは私の夢ではないと口走る。

 

 

「……そんなに否定したい夢って、君は何を見たのさ?」

 

「っ!? 何でもないわよ! ってか、近付いて来んな!!」

 

 

 ズザザザザザと足音を立て、アリサは慌ててユーノから距離を取る。

 間にすずかを挟んで威嚇してくる少女の姿に、一体どんな夢を見たのか、と少年はその余りにもな反応に少し興味をそそられる。

 

 

「ユーノ! アンタ、暫く私に近寄るんじゃないわよ!!」

 

「……はぁ、全く。分かったよ」

 

 

 興味をそそられはするが、ガルルと歯を剥き出しにして威嚇してくるアリサから聞き出そうと思う程ではなく、またそんな暇もない。

 顔を真っ赤にした金髪の少女の様子から何かを感じ取ったのか、黒い笑みを浮かべて瘴気を発する少女も恐ろしくあったので、ユーノは本題に入る事にした。

 

 

「取り敢えずそのままで良いから、聞いて欲しい。真面目な話さ」

 

 

 ユーノが真剣な表情を浮かべた所で、二人の少女も表情を変える。

 

 

「現状、僕らは揃って何者かに囚われている。この夢の中の世界。夢界とでも呼ぶべきかな、そこに囚われて、目を覚ます事も出来ない状況だ」

 

 

 本来、これは夢なのだから目を閉じて眠りに就けば、朝はやって来る筈である。

 明晰夢の世界である第二・第三層で意識を閉ざせば、必然意識はより浅い層に推移して、第一層より現実へと帰還が叶う。

 

 だが今は違う。現実の彼らは囚われ眠らされている。普通に目覚める事が出来たとしても、その直後にまた眠らされて第二層行きが確定する。

 後はもう、一層から三層を繰り返し行き来するだけしか出来なくなるだろう。

 

 

「現実の僕らがどうなっているのか分からない。どれだけの時間が経っているのかも定かではない。……起きたら、もう老人になっていました。なんて可能性も否定できない以上、すぐさま行動する事が必要になるだろうね」

 

「それで、アンタはどう動けって言うのよ」

 

 

 すぐさま行動する必要がある。そう語るユーノに、アリサはどう動けば良いのだと問い掛ける。

 極力少年を見ないように口にするその姿に、全く何なんだ、と内心で疑問を零しながらもユーノは自身の考察した回答を口にする。

 

 

「真面な手段では脱出できない。……なら、この夢界そのものを崩すしかないだろうね」

 

『この夢の世界を壊す?』

 

「うん。どれ程優れていても、どれ程上手く構築されていても、これは複数の魔法を掛け合わせた大魔法。あくまで魔法の領分を超えてないのさ。だから、その基点となる術式さえ破壊出来れば崩す事は難しくない」

 

 

 そして魔法である以上、その基点はどの階層にも存在している筈だ。

 纏めて一つの大魔法ではなく、複数の魔法を歯車のように噛み合わせて動かしている術式だからこそ、一つの狂いが大きくなる。

 

 基点を一つでも破壊出来れば、この夢界はそれだけで破綻するのである。

 

 

「それで、その基点って何処にあるの?」

 

「あーっと、御免。そこまでは流石に。……けど予想は出来る」

 

 

 少年は周囲を見詰める。そこは再現された海鳴市。そしてこの夢界に満ちるは彼女の魔力。

 ならば、その基点がまるで無関係な場所に存在する事は無いだろう。

 

 

「ここが海鳴市と風芽丘町を模した場所で、この魔法の動力源が彼女なのだから、多分基点もそれに関わる場所にある。彼女にとって、想い出深い場所に基点はある筈さ」

 

「彼女って?」

 

「なのはの事だよ」

 

 

 動力源である彼女の力を上手く引き出す為に、基点は少女と縁ある場所に封じ込まれている筈である。

 

 その縁を使って、その想いを捻じ曲げて、この夢界は再現されているのである。

 必然、この第三層の基点が存在する場所は、高町なのはと、夢の世界の主。双方に共通する場所となる。

 

 そんなユーノの言葉に、二人の表情が変わる。あの友人まで囚われているのか、と。それ程にこの夢の主は途方もないかと。

 

 

「この夢界の主は誰だか分からない。誰だか分からないのに、その人との共通項なんて見つかる筈がない。……だから、探すのはなのはに関わる場所だ。なのはにとって、良くも悪くも印象深い場所を探せば良い」

 

「って言われても、ね」

 

「流石になのはちゃんに関わる場所ってだけじゃ、範囲が広すぎるよ」

 

 

 なのはにとっての大切な場所である海鳴自然公園。

 彼女が普段通っている聖祥大学附属小学校。はやてと出会った風芽丘の図書館。彼女の家に、翠屋と言う喫茶店。

 

 軽く考えるだけでもそれ程にあるのだから、どこが基点なのかは分からない。

 

 

「ま、それは一つ一つ潰して行くしかないかな。……基点の傍で探知系の魔法を使えば分かるだろうし、後は異能でも魔法でも何でも良いから、それで基点を壊せば良い」

 

 

 そんなユーノの言葉に、魔法を使わなければいけない事実に二人は若干嫌そうな顔をして。

 

 

「世界を殺す魔法を使う事を嫌うのは正しいけど、今回は使うべき時だよ」

 

「……分かってるわよ」

 

「うん。……必要、なんだよね」

 

 

 少女達は己のデバイスを手に取る。

 そのインテリジェントデバイスに登録されている魔法。それを使えば、確かに少女達にも基点破壊は出来るから。

 

 子供達は覚悟を決めて、世界を殺す力を使う。

 

 赤き炎がバリアジャケットを形成する。

 青き氷がバリアジャケットを形成する。

 翠の光がバリアジャケットを形成する。

 

 時間はないかもしれない。

 時間があるかは分からない。

 

 逡巡している暇などないし、一つ一つを全員で回るのは非効率。共に居たクイントも目覚めてくれれば楽になるだろうが、それを待っている余裕などありはしない。

 

 故に――

 

 

「さあ、行こう! 朝に帰る為に!」

 

「ええ!」

 

「うん!」

 

 

 子供達は三手に分かれる。

 飛翔魔法を使用して、加速魔法を使用して、彼らは偽りの海鳴市を走り出す。

 

 

 

 この夢を終わらせて、何時もの朝に帰る為に。

 

 

 

 

 

3.

 当然の如く、夢の支配者はそれを認識する。

 基点の存在している海鳴大学病院の一室で、主が眠っていたベッドに高町なのはを眠らせている女は、確かに子供達の抵抗を認識する。

 

 

「ああ、どうして抗うのです。どうして拒むのです。雄々しく戦い、華々しく活躍し、愛する人を守る夢。己の生まれが正され、友人達に囲まれて当たり前に生きる夢。ほんの小さな恋慕と友人への情故にある迷い、己の想いに蓋をしている現状と無関係になれる夢。……それを望んでいたのは、他ならぬ貴女達ではないですか」

 

 

 その抵抗が理解出来ない。その拒絶の意味が分からない。

 

 理由などいらないだろう? 現実など必要か? 己に閉じてしまえよ。その方が楽だろう?

 唯辛いだけの現実に、満たされない飢えを抱いて生きる。何故、そのような可哀そうな有り様を肯定するのだ。

 

 この地に生きる主達は皆、この夢を受け入れた。

 巨大樹。台風災害。叫喚地獄。焦熱地獄。黒縄地獄。相次ぐ災害に疲れ果てた人々は、優しき夢を受け入れた。その奥底へ沈み込んだ。

 

 

「そうか。お前達も主ではないのだな。……この地に生きる主達は救いを求めている。救われたいから主なのに、救いを拒むお前達が主であろう筈がない」

 

 

 そう。この場所で眠り続ける少女のように、彼らもまた主ではないのだろう。

 魔法陣の一部と化しているが故に、決して目覚める事がない少女と同様に、彼らも主ではないのだ。

 だから主の眠りを妨げようとする、愚かにも程がある行動を選択できる。そんな真似など許す訳にはいかない。

 

 

「排除しなければ、主の眠りを邪魔する者は、滅侭滅相。誰一人として残さない」

 

 

 どの道、第三層より上で死ねば、目を開いて目覚めるだけだ。

 肉の感触を伴った死に、心が壊れるかもしれないが、どうせ被害などはそれだけだ。

 肉塊の中で目を覚まし、また眠りに落ちれば良い。そうして幸福な夢の中で、今度こそ救われれば良いのだ。だから問題などある筈ない。

 

 故に夜天は、彼らを討ち滅ぼす悪夢を作り出す。この夢の世界を味方に付けて、猛威を振るう廃神(タタリ)を産み落とす。

 高町なのはの記憶から、器となるべき者の情報を読み取る。地球に生きる人々を繋ぎ合わせた事で、第八層の奥に生じたナニカから情報を汲み出す。

 

 この夢の全てを彼女が作り出した訳ではない。彼女が生み出したのは、眠りの魔法のある第一層と、幸福な夢を見せる第二層。そして、捕えた人々の意識を束ねた第三層。

 その三層を作り上げた直後、何故かその下が発生したのだ。人の意識を集合させた事で、その先が生まれたのだ。

 

 それを何と呼ぶか、夜天は知らない。何故、そんな物が生まれたのか、夜天は知らない。

 唯、そのナニカは夜天を肯定している。囚われた皆が、夜天の救いを望んでいる。故に夜天は、人類の代弁者と化している。

 

 その力が何を意味しているのか知らない。唯、便利である事は事実だから、分からぬそれを夜天は使用して、廃神(タタリ)という悪夢を生み出す。

 

 相応しい器に、夢から零れた力を植え付ける。ナニカから流れ出した力を沁み込ませる。与える力は邯鄲の夢。夢より零れた五常・顕象。

 高町なのはの記憶の中に残る象徴的な存在。それを器とする。抗う子供達の数に合わせて、生み出す廃神(タタリ)の数は三。

 

 悪夢と言う点では両面の鬼や腐毒の王こそを模倣したかったが、彼女の力では如何に人類総意の追い風を受けても大天魔の廃神(タタリ)などは生み出せない。

 

 皮だけ似せた模造品では、決して真には至らない。

 故に彼女が選択するは、高町なのは自身と、彼女の目の前で命を落とした二人の少女。

 

 そのトラウマを悪夢に変えて、三人のマテリアルを作り上げる。

 

 まず始めに生まれ落ちたのは星光の殲滅者。

 理のマテリアルでありながらも、夢によって増幅された愛に狂った少女は、その想いの向かう先、オリジナルより受け継いだ思慕の情を向ける少年へ向かって飛翔する。

 

 次いで生まれ落ちるは雷刃の襲撃者。

 力のマテリアルでありながらも、己の力を全く生かせぬ夢を与えられた少女は、燃え盛る炎のような少女の目指す場所へ向かう。

 まるで対抗するかのように、競争するかのように、先回りする為にオリジナル譲りの神速で飛び立っていく。

 

 最後に生まれ出るのは闇統べる王。

 だが、彼女は正しく生まれない。産み落とす夜天が、彼女の事を想像した瞬間に、曰くし難い頭痛に襲われ、その創造は破棄される。

 

 廃棄された少女は、夜天の体より吐き出される。

 彼女のモデルとなったオリジナルよりその壊れた体を受け継いでしまった少女は、制作途中で切り捨てられたが故にオリジナルよりも病んでいる。その体には欠損しか存在しない。

 

 闇統べる王は、己を最低の体で産み落とした夜天を憎悪の籠った瞳で見詰めた後、這いずりながら、最も近付いて来ている氷の如き吸血鬼の少女の元へと向かった。

 

 

 

 頭痛を堪えて、夜天は夢を見る。

 高町なのはが眠るベッドの上に、嘗て生きたいと語った少女が、悲しそうな表情を浮かべている姿を幻視した。

 

 

 

 

 

4.

 海鳴自然公園。高町なのはにとっての想い出の場所。

 まずこの場所へとやって来たユーノ・スクライアは、其処で一人の少女に出会った。

 

 

「君は、誰だい」

 

 

 目の前に居る少女は高町なのはと瓜二つ。

 違いはその短い髪型だけであり、双子と言えば、或いは髪型を変えただけと言えば、信じてしまう程に似通っている。

 

 だが違う。その無表情の内に滲み出る色が違っている。暗く濁った瞳が表情以上に彼女の意志を見せている。そこに宿るのは、女が男に向ける情欲だ。

 

 

「始めまして、ユーノ・スクライア」

 

 

 女は名乗りを上げる。その無表情を、満開の花が開くような笑みに変える。

 

 

「私は理のマテリアルにして、狂愛の廃神(タタリ)。星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター」

 

 

 だがその花は毒々しい。高町なのはの笑みが、太陽に向かう向日葵の如き物ならば、この少女の笑みは雨に濡れる紫陽花だ。

 その美しい花弁は、どこか毒を持っている。その水が滴る葉の裏には、醜い虫が這いずっている。そんなシュテルという少女は、にこやかに、鮮やかに、少年に対して己を示す。

 

 

「貴女を愛する女です」

 

 

 その見た目は少女である。その容姿は高町なのは同様にとても幼い。

 だが、これは女だ。愛する雄を求める雌は、その小さき身を情欲に狂わせている。

 

 

「……始めまして、なのに、愛しているのかい?」

 

 

 少年はその熱量に気圧されながらも、そんな皮肉を口にした。

 会った事もない誰か。見た事もない誰か。知りもしない誰か。そんな相手からの求愛に、余裕のない少年は苛立ちさえ覚えている。

 高町なのはの現状が分からぬのに。突如出て来た瓜二つの女の存在に何があったのかと案じているのに。こんな女の世迷言になど付き合っていられるかと、苛立ちを覚えて口にした。

 

 

「ふふ。ああ、これが貴方の声。これが貴方の言葉なのですね」

 

 

 だが、そんな少年の皮肉などは届かない。そんな正論などでは、狂った愛は止まらない。

 怒りを向けられていると言うのに、とても嬉しそうに少女は返す。その皮肉を、女の情にて否定する。

 

 

「貴方の言葉は分かります。私の想いはオリジナルから継いだ物。高町なのはのコピーでしかない」

 

「なのはの、コピー?」

 

 

 その発言にユーノは疑問を抱く。その容姿から予想はしていたが、何が起きているのかも分からぬ少年は「君は本当に、なのはの偽物なのか」と問い掛ける。そんな少年の言葉に、少女は是と笑って返して。

 

 

「けれど、それが何だと言うのですか?」

 

 

 同時にそれを、どうでも良いと切って捨てた。

 そう。シュテルにとって、己が偽物だと言うのは、その想いが模倣に過ぎぬと言う事実は、狂愛を覚ます理由にはならない。

 

 

「愛に理由が必要ですか? 愛に保障が必要ですか? そんな物が必要ならば、それは口で言う程、愛してなどいないのでしょう」

 

 

 狂っている。狂っている。狂っている。

 故に狂愛。この少女の想いは狂気の産物だ。

 

 

「単純に、想いの総量が不足している。純粋に、想いの熱量が足りていない。これに否と言う者には、愛に理由が必要だと語る者には、この言葉を送りましょう」

 

 

 己が想いに狂った女は、そんな言葉を口にする。己を否定する者らを否定するように、一つの言葉を口にする。

 

 

「愛が、足りぬよ」

 

 

 女は謳う。己の愛を。嘘偽りより生まれたそれを、何より誇るように女は謳う。

 

 

「私の想いは模造品です。私の想いは偽物です。ああ、けれどどうでも良いのです。だって、私は今、貴方を愛しているのだから」

 

 

 その少女は、ユーノだけを見詰めている。彼女の瞳には、少年以外は映らない。

 

 

「必要なのはそれだけ。それだけあれば十分。満天下に歌い上げましょう。私は貴方を愛している!」

 

 

 唯一人だけを見て、狂った愛を口にするシュテル。

 己の愛が偽りであると自覚して、それでも愛していると口にする。

 

 そんな狂った少女の告白に、しかしユーノが付き合う義理はない。

 

 

「……悪いけど、君に付き合う余裕はないんだ」

 

 

 そんな女の狂った愛情に、付き合い切れぬとユーノは踵を返す。

 大切な少女の無事さえも定かではない現状、こんな少女に関わっている余裕などない。

 

 この公園に基点はなかった。愛していると、紫陽花の如き笑みで語る少女は、何かをする素振りもない。

 故に、ユーノ・スクライアは少女に背を向ける。一人で勝手にやっていろと、その身を翻して――直後、その異常に彼は気付いた。

 

 まるで巨大な渦のように引力の如き力が、少年に向けて飛び出した少女の腕に宿っていく。

 振り下ろされる華奢な腕。その見た目からはまるで想像できぬ程の脅威を感じ取ったユーノは、己に強化魔法を掛けた上で、両手でそれを受け止める。

 

 鈍い肉体の激突する音と共に、両者の打撃は拮抗する。

 幼い手弱女の如き腕の筋力が、鍛え抜いた体を持つユーノが更に魔法で強化した両手の腕力と拮抗していた。

 

 否、拮抗は一瞬。受け止めた攻撃の威力が数瞬先には跳ね上がる。十倍。十五倍。二十倍。三十倍。四十倍。五十倍。

 どこまで上がると言うのか、圧倒的な速度で物理的な重さを変えていく。その力が百倍を超えた瞬間、遂にユーノは限界を迎えた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 両腕の骨に皹が入って圧し折れる。獣の如きその一撃に、左の腕が引き千切られる。押し潰された少年は、地面をへこませながら這い蹲った。

 

 

「痛いですか? 辛いですか? ああ、私も苦しい。貴方が苦しむ姿を、悲しいと思っているのに、ああ、何故でしょう。その痛みで、貴方が私を想う度に、敵意の情を抱く度に、私が貴方に刻まれていく実感がして、どうしようもなく嬉しいのです」

 

 

 腕を奪われた痛みに苦悶する少年の眼前で、捥ぎ取った左腕を愛おしそうに抱きしめながら、狂った女は陶酔する。

 

 

「……なんで、こんな力が。……どれだけ力が、上がるんだ」

 

 

 千切り取られた左の腕。肘から先を失い、欠損した部位から大量の血を流しながら、何故そのような細腕にこれ程の力があるのかとユーノ・スクライアは陶酔した少女に問い掛ける。そんな少年の疑問に、少女は笑って答えを返した。

 

 

「教えてあげます。三千倍です」

 

「っ!?」

 

 

 荒唐無稽なその数字。怯えさせる為ではなく、教え諭すように口にする。

 隠そうとは思わない。駆け引きに使おうとも思わない。愛に狂ったその少女に、戦略も策略もありはしない。

 

 

「貴方には全てを知って欲しい。私の全てを知って欲しい。……だから、少しだけ御伽噺を語りましょう」

 

 

 少女は何一つとして隠さない。

 己の全てを知って欲しいと、千切り取った腕から滴る血を舐めながら、優しく優しく口にする。

 

 

「嘗て、ロシアと言う国に、一人の少女が居りました」

 

 

 シュテルが優しき声音で語るのは、夜天が第八層の奥にあるナニカから抜き出した御伽噺。

 人の狂気が産んだ悲劇。グルジエフの怪物と言う、人類の悪性を象徴する一つである。

 

 

「その少女は黄金瞳と言う、他者を支配する特別な力を持っていました」

 

 

 他者を支配する瞳。己に繋いだ物を自らの肉体の一部として操る異能。そんな物を持ってしまった事こそ、少女にとっての最大の悲劇。

 

 

「その瞳の力を知った父親は、ある一つの事を思い付きます」

 

 

 その男は、人工の超人を夢見た愚か者。誇大妄想に狂った神秘学者。

 

 

「それは少女に他人の身体を繋げてしまう事。人間を超えた存在を求めた父親は、足りないなら継ぎ足せば良いという考えで、少女を完全な存在に変えようとしました」

 

 

 幼い子供を、人間は愚か他の生物まで巻き込んで、切り裂き繋ぎ合わせて、至らせようとした狂気の産物。

 

 

「三千人を切り刻んで、継ぎ足して、それで出来たのは唯の怪物。それで生まれたのがグルジエフの怪物です」

 

 

 御伽噺はこれで終わりだ。その怪物がどうなったのか、決して語られる事は無い。

 

 

「君は、その怪物と同じなのか?」

 

 

 三千人を繋いだから、それ程の力があると言うのか。

 君もまた、他人を寄せ集めて生み出されたグルジエフの怪物なのか。

 

 そう問い掛ける少年に、シュテルはにっこりと笑みを浮かべると。

 

 

「いいえ、違いますよ」

 

 

 その言葉を否定した。

 

 

「はっ?」

 

「ですから、違います。……私はグルジエフの怪物ではない。あんな欠陥品などではない」

 

 

 にこやかに語る少女は、外れた言葉を口にする。狂った言葉を口にする。

 

 

「だって、他人を繋いだら、純度が落ちるじゃないですか」

 

 

 その笑みは、狂気に満ちている。その瞳は、狂気に染まっている。そして揺るがぬ愛がそこにある。

 

 

「父親の失敗は其処です。他人を繋いだから、娘の純度が落ちてしまった。……そう。私のように、自分自身を繋げば良いのに」

 

 

 シュテル・ザ・デストラクターはコピーに過ぎぬ。

 大量生産可能な模造品に過ぎぬのだ。ならば、三千人のシュテルだって用意出来る。

 それを切り裂き、継ぎ足せば、そこには三千倍の濃度に高められたシュテルが生まれる。

 

 

「私は、そういう物として生まれました」

 

 

 そんな吐き気がする真実を、そんな悍ましい行為を、毒々しい笑みと共に少女は口にする。

 

 

「私の力は、高町なのはの三千倍です。私の強さは、高町なのはの三千倍です。私の愛は、高町なのはの三千倍です」

 

「っ!」

 

 

 吐き気がする。気持ちが悪い。

 毒々しい笑顔を浮かべる小さな少女が、悍ましいナニカにしか見えなくなっていく。

 

 

「お前は――」

 

「ええ、私は――」

 

『――怪物だ!』

 

 

 二人の認識は一致する。ここに協力強制は成立する。

 依って、シュテル・ザ・デストラクターの真の力が解放される。

 

 

「――急段、顕象――」

 

 

 これより生まれ落ちるは人の狂気。御伽噺に語られる、グルジエフの怪物の再現。

 

 

鋼牙機甲獣化帝国(ウラー・ゲオルギィ・インピェーリヤ)!!」

 

 

 全長50mを超える怪物が産声を上げる。人の血肉を繋ぎ合わせた肉の巨人は、その暴威をここに顕象する。

 その身動ぎだけで大地を震わせて、その咆哮で大気を歪ませて、グルジエフの怪物はここにその姿を見せる。

 

 

「私の愛は、破壊の慕情」

 

 

 その黄金の瞳が見詰める。その瞳の総数は六千。その全てが、ユーノ・スクライアだけを映している。

 貴方の想いが、オリジナルにしか向いていないと知っているから。その想いを揺るがせぬ事は出来ないと気付いているから。

 

 ああ、見返りを求めないのが愛だと知っていても、この衝動を抑えられない。

 私を刻み込んで、私しか見えないようにする。貴方を切り刻んで、私しか知らないようにする。

 

 

「私の腕の中で崩れ落ちる貴方を、私だけが知っていれば良い」

 

 

 だから壊れろ、だから壊れて、私は貴方を愛している。

 愛に狂った屍の巨人は、情欲に濁った瞳でそう口にする。

 

 

「私の愛で砕けろ! ユーノ・スクライアァァァァァッ!!」

 

「そんな愛は、御免だよっ!!」

 

 

 折れた右腕をだらりと垂らして、捥ぎ取られた左腕から血を流しながら、ユーノは少女の愛を否定する。

 

 ボロボロとなった少年は、狂愛の廃神(タタリ)と相対する。

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスは学校へと足を運んでいた。

 公園に行ったユーノ。図書館に行ったすずか。二人と異なり、彼女がここを選んだのは消去法だ。

 

 アリサはその現実的に考えてしまう思考故に、飛翔魔法を苦手としている。

 資質の上では飛行出来るのだが、人は飛べないと言う意識が足を引っ張り飛行出来ないのだ。

 

 真実を知る彼女は、魔法の練習など出来ない。故にその欠点は覆せない。

 だからこそ、高台から一番近い位置にあるこの聖祥大学附属小学校へ向かう事を選んだのだ。

 この学校に次いで、比較的近い風芽丘の図書館にすずかが、一番遠いであろう公園にユーノが向かったのも、飛行魔法の熟練度が影響していた。

 

 

「しっかし、何処の誰よ、これやったの」

 

 

 学校に立ち入ったアリサは、その光景に頭を抱えてツッコミを入れる。

 彼女達が通っている学校の廊下は、何故か玩具が散乱して足の踏み場もない状態だった。

 

 

「……誰か、居るって事よね」

 

 

 自分の魔法の技量では、実際に現場を見なければ解析出来ない。

 この学校で一番怪しいのは、自分達の教室なのだから、取り敢えずそこまでは行かなくてはいけない。

 玩具箱をひっくり返したような状況に嫌そうな表情を見せながら、アリサは大きなぬいぐるみのように柔らかい玩具を足場にしながら先へと進んだ。

 

 ぬいぐるみをよじ登り、積み木の家を足で押し退け、ミニカーや飛行機の模型を腕で跳ね除けながら前へと進む。

 そうして、自分達の教室辿り着いたアリサは、その教室の扉をガラガラっと開ける。その扉の向こうには――

 

 

「行け! Gアルファ! バババッ! プシュー! 何!? 宇宙生物め! まさか、こんな力を!? やむを得ないか、Gテリオス! 合体だ!! グオー! バキィ! 変形合体! グレートガイア!! 凄いぞー! 強いぞー! 格好良いぞー!」

 

「…………」

 

 

 何か馬鹿っぽいのが居た。

 

 

「あっ」

 

「…………」

 

 

 馬鹿っぽいのと目が合う。

 その姿は、嘗て一日だけ遊んだ事のあるフェイト・テスタロッサにそっくりな気もするが、きっと気のせいであろう。

 

 彼女はこんなにアホの子ではなかった。

 

 

「ふっ、良く来たな! あ、あ、あ、アルス・バニシング?」

 

「アリサよ」

 

「そう、それ! 僕らは全部お見通しだ! お前が夢界を壊そうとしても無駄だぞ! 何せ、この僕。力のマテリアルにして放蕩の廃神(タタリ)。雷刃の襲撃者。レヴィ・ザ・スラッシャーがここに居るんだからな!!」

 

 

 シュタっと格好良いポーズを取って宣言するレヴィ。

 その手に超合金製の合体ロボットを握り締めている辺り、今一締まらない。

 

 

「あ、そう。それじゃ」

 

「え?」

 

 

 取り敢えずアリサは、見なかった事にして扉を閉めた。

 どうやらここには、基点はなかった。妨害者も誰もおらず、自分は時間だけを浪費してしまったようだ。

 

 

「ちょっとー! 無視は酷いぞ、サルサ!」

 

 

 聞こえない。馬鹿が悲しそうな声で、口にしている言葉なんて聞こえない。そして自分はアリサだ。

 

 

「泣くぞー! 構ってくれないと、僕泣くぞー! アサリが泣かしたって先生に言っちゃうぞー!」

 

 

 鼻水を啜る音とか聞こえて来るけど気のせいだ。と言うかあの馬鹿は、どの先生に告げ口する気なのか。それと自分はアリサだ。

 

 何となく感じる後味の悪さに蓋をして、急がなければならないアリサは学校を出ようとする。

 その前にある大量の玩具と言う存在に、またこれを乗り越えるのか、と溜息を吐いて――

 

 

「むー! もう僕怒ったぞ! 創法の界だ!!」

 

「って、なにこれ!?」

 

 

 アリサの目の前で、世界が作り変えられる。

 廊下と教室が一体化して、窓や扉と言った外部に出る為の手段が失われる。

 

 アリサは作り変えられたその空間内で、半べそをかいているレヴィと対峙を強要された。

 

 

「へっへーん。僕、創法得意だもんね。この玩具も形で作ったし、こうして界で場所変えられるもん。……だから寂しくなんてなかったんだぞ、本当だぞ。……あ、後、鼻かむからティッシュ頂戴」

 

「……自分で作りなさいよ」

 

「はっ!? その手があったか!! しかし、何で僕が創法の形も得意だって、知ってるんだ!?」

 

「今、アンタが自分で玩具とか作れるって言ってたでしょうが!!」

 

 

 言われて、そっかと納得するレヴィ。

 そんな阿呆っぷりを見て、頭痛を堪えるかのようにアリサは自身の頭を抱えた。

 

 

「……で、アンタ。何の用なのよ」

 

 

 何もない空間から鼻紙を作り出して、チーンと鼻をかむ青い髪の少女。

 その姿を、嫌そうな表情で見詰めながら、アリサは口を開く。

 

 

「あれ? ……何か用あったっけ?」

 

「おいっ!?」

 

 

 そんなアリサの言葉に、はてなとレヴィは首を傾げる。

 数十秒程が経過して、漸く思い出したのか、ポンと手を打つと口を開いた。

 

 

「そうだ! 僕、排除しろって言われてた! だから、遊ぼう! アルマ!」

 

「前後の文脈!? あと、私はアリサだ!!」

 

 

 ツッコミどころしかない少女の発言に、ツッコミ担当は息を荒くしながら指摘した。

 そんなアリサの指摘に、その言葉に、レヴィは本当に不思議そうな表情を浮かべる。

 

 何を言っているのか分からないと、彼女は首を捻ると口を開いた。

 

 

「何言ってるのさ。排除と遊びは同じだろ? だって、これは夢なんだから」

 

「え?」

 

 

 訳が分からぬ、と、そんなズレタ解答を口にする。

 

 

「僕らは悪夢だ。僕らは廃神(タタリ)だ。君達は寝てるだけだ。もう二度と目覚める事は無い。……だから、何があろうと何もない。何があっても、変わらない。僕らはどうなろうと変わらないし、君達にだって意味はない。僕らも君らも等しく無価値。意味のないこれは、だから、遊びだ! 何も意味はなくて、何も価値もないんだから、唯の時間潰しでしかないじゃないか!」

 

 

 放蕩の廃神(タタリ)は楽しげに笑う。

 どうせ意味はないんだから、楽しく遊ぼうと語り掛ける。

 

 その姿は何処までも純白無垢であって、だからこそ何よりも悍ましい。

 

 

「だからせめて、楽しく遊ぼうよ! 唯、ある今を、無駄に浪費しよう? それが僕らのやるべき事だよ!」

 

「アンタ」

 

 

 そんな無責任な発言に、相手の価値すら貶める発言に、アリサは苛立ちを込めて口にする。

 

 

「誰が無価値だって? 誰が無意味だって? 勝手に決めつけんな! 私は行くわよ。アンタなんかと遊んでやる暇はない!!」

 

 

 斜に構えているのではなく、純粋にこんな言葉を口にする馬鹿娘。そんなのに関わっている暇などはないのだ。

 勝手に遊んでいれば良いと、そんな彼女を無視しようとしたアリサは。

 

 

「……けどさ、君は何処に行く気なの?」

 

「何ですって?」

 

 

 レヴィの言葉で立ち止まった。

 

 

「だからさ、この扉も窓もない、何もない空間から、どうやって外に抜け出そうって言うのさ」

 

「……こんな壁や天井なんて、私の炎で」

 

「無駄だよ。君が壊せば僕が直す。君はどこにもいけない。僕が居る限り、君は無価値だ。……だから、僕と遊ぼうよ」

 

「っ!」

 

 

 どこへも行けない。抜け出せない。

 アリサは特段早くない。レヴィが物質を作り上げる速度に勝る速さでは動けない。

 

 故にこそ、アリサ・バニングスが先に進む為には、この少女が邪魔となる。

 

 

「何で遊ぶ? 何でもあるよ! テレビゲームも、ボードゲームも、なんだって用意出来る」

 

「……私がアンタを倒して、先に進むとは考えないのかしら?」

 

「うん。それでも良いよ! だって、殺し合い(それ)も遊びでしょう?」

 

 

 その発言に息を飲む。殺し合いを遊びと捉える、そんな少女の異常に気圧される。

 

 

「それじゃ、君がやる気を出せるように、一つ約束してあげる! どんなゲームでも良いから、僕に勝ったらここから出してあげるよ!」

 

「……それ、本当でしょうね」

 

「もっちろん! 僕、絶対に負けないもん!」

 

 

 故にアリサはその意志に飲まれて、遊び相手となる事を了承する。相手の土俵に立つ事を、ここに選択してしまった。

 

 彼女にとっての正答は、有無を言わせずに殴り付ける事だったと言うのに……。

 

 

「だったら、これで遊んであげるわ!」

 

「チェス? うーん。僕良く分かんないけど、良いよ。何か楽しそうだし」

 

 

 にっこりと屈託なく笑って、レヴィは口を開く。

 まるで確認するかのように、その言葉を口にする。

 

 

「僕らが始めるのは遊びだ。これから行われる勝負は、ゲームだ!」

 

「……当然でしょ。チェスは、ゲームなんだから」

 

「うん。当然だ。……君がそう思ってくれて、本当に良かった」

 

 

 これから行われる勝負に対する認識が、両者共に同じ物となる。ゲームであると互いが認識する。

 

 

「三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝」

 

 

 故に、ここに協力強制は成立する。

 故に、レヴィ・ザ・スラッシャーの夢は顕象する。

 

 

「――急段、顕象――」

 

 

 それは遊びの夢。何にも囚われぬ放蕩の力。

 何もかもを掌で遊ばせようとする、雷刃の得た釈迦の掌。

 

 

軍法持用(ぐんぽうじよう)金烏玉兎釈迦ノ掌(きんうぎょくとしゃかまんだら)!!」

 

 

 世界が変わる。世界が作り上げられる。

 レヴィとアリサと、小さなチェス盤。それだけしかない、他には何もない空間。

 

 そこでにこやかに笑うレヴィは、アリサに向ってこの世界の法則を説明する。

 

 

「一つルールを説明しておくよ。ここではどんな力も働かない。ゲームをする以外に何も出来ない。……そして、ゲームに負けたら、命を落とす」

 

「っ!? 聞いてないわよ! そんなの!!」

 

「言ってないもーん!」

 

 

 己の夢の法則を語るレヴィに、アリサは聞いていないと憤慨する。

 そんな彼女に放蕩の廃神(タタリ)は、言ってないと無邪気に笑う。

 

 レヴィは真実、純粋だ。それは幼い子供がカエルを投げ付けて潰してしまうように、或いは蟻の巣に水を流し込むかのように、内に悪意の隠れる無邪気さ。純粋故の脅威がある。

 

 

「さあ、遊ぼう。カルマ! 君が望んだ、無意味で無価値な殺し合い(ゲーム)だ!!」

 

「……私は、アリサよ!!」

 

 

 せめてもの意地を込めて、アリサは無邪気な悪意に向い合う。

 

 既に型に嵌められた少女は、放蕩の廃神(タタリ)と相対する。

 

 

 

 

 

 そして、二人と別れ図書館に向っていたすずかは、その道中でそれを発見する。

 

 ソレは人だった。人だった物だ。

 肉は削ぎ落ち、髪は抜け落ち。目は落ち窪んで肌は荒れ果て、骨と皮しか残っていないその身は、まるで襤褸屑のようで、性別すら定かではない。人かどうかも分からない。

 

 例えるならば木乃伊だが、まだ木乃伊の方が原型を留めている。そう思わせる程に悲惨な姿。

 

 

「はやてちゃん!」

 

 

 だが、すずかはその残骸に、友の面影を見た。何もかも壊れた残骸だが、しかし何処かで似通っていた。

 

 ここは夢。ならばそう言う事もあるのかもしれない。

 もしもその可能性があるのだとすれば、罠だとしても無視は出来なかった。

 

 異臭がする。まるで糞と吐瀉物を塗り固めた異臭。

 その残骸から臭うその臭気に、しかし眉一つ動かさない。すずかは必死になって、八神はやての残骸と思わしき物を抱き上げる。

 

 その瞬間に、抱き上げた衝撃で、ポキリと骨が折れた。口から血反吐交じりの泡を吹き、その残骸は痙攣する。

 その凄惨な見た目に、すずかは目を涙で潤める。その余りにも哀れな姿に、どうしてと嘆きを抱いて――

 

 

「我を憐れんだな」

 

 

 ゾッとする声がした。

 血反吐交じりにそう口にするのは、死んでいるとしか思えない残骸。

 

 

「はやて、ちゃん?」

 

 

 自分で言っていて、それは違うと思っていた。

 この残骸は、八神はやてではないと、たった今、理解した。

 

 その目が違う。その意志が違う。こんな有り様でありながら、何としてでも生きてやるという執念がそこに宿っている。

 

 

「我は、お前が羨ましいぞ」

 

 

 ああ、羨ましい。憎らしい。……何故、お前がそんな健康な体を持っていて、我はこの様なのか。

 その憐れみの情が、その理不尽が、どうしようもなく許せなかったから。

 

 

「お前の輝きを寄越せ」

 

 

 残骸の少女はその手を伸ばした。

 

 

「干キ萎ミ病ミ枯セ。盈チ乾ルガ如、沈ミ臥セ」

 

 

 その血反吐交じりの声で、憎悪に沈んだ瞳で、残骸は呪詛を紡ぐ。

 その一言一言で肋骨は圧し折れて肺に刺さり、その衝撃で他の内臓器官までも潰れていくというのに、それでも言葉を止める事は無い。

 

 

「――急段、顕象――」

 

 

 お前は我を憐れんでいる。そんなお前が我は羨ましい。

 その意志には相手の状態を正したいと言う憐れみが存在し、その意志には輝きを求めようとする羨望が宿る。

 

 我がこうなった原因を教えてやろう。この病みを与えてやろう。その代価に、お前の輝きを寄越せ。それは身勝手な等価交換。少女の夢は、輝きと病みを入れ替える。

 

 

生死之縛(しょうししばく)玻璃爛宮逆サ磔(はりらんきゅうさかさはりつけ)

 

 

 抱きしめていた少女と、抱きしめられていた少女が反転する。

 その輝きと病みを入れ替えられて、月村すずかは先程までの少女と寸分変わらぬ姿で地面に倒れた。

 

 それは己に負の感情を抱いた相手に病を押し付け、相手の輝きを奪い取っていく簒奪の夢。

 輝きとは、即ちその異能。その肉体。その才能。その相手が持つ、ありとあらゆる正の要素。

 それら全てを奪い取り、そして病みだけを押し付けるのがこの玻璃爛宮逆サ磔。

 

 その力を受けて残骸となったすずかを、逆十字は踏み付ける。

 すずかから健常な姿を奪い取って、対価として己を蝕む病の一つを押し付けて、自由に動く体を得た少女は立ち上がる。

 

 

「……空気が不味い」

 

 

 真面に動く体を得た少女は、吐き捨てるようにそう呟いた。

 そうして、残骸となり掠れた呼吸を繰り返す少女を見下しながら、己の名を宣言する。

 

 

「我は王のマテリアルにして、絶望の廃神(タタリ)。闇統べる王。ロード・ディアーチェ」

 

 

 名乗りに返す声はない。それに不敬と口にして、王たる少女は月村すずかを更に踏み躙る。

 

 

「なあ、塵芥。我の役に立てよ。これっぽっちを奪っただけで、その輝きが尽きたとは言うなよ」

 

 

 王を蝕む病は消えていない。その病みはまだまだ残っている。

 故に蝙蝠よ。お前の輝きを寄越せ。その代価に、我の病みを抱え込め。

 そうして我の体から全ての病みが消える程に、その輝きの全てを差し出すのだ。

 

 

「我と姉妹である二人。それ以外の塵など、その為だけに生きているのだろうがよ」

 

 

 それだけが生きる価値だろう、と。どこまでも傲慢に、闇統べる王は宣言する。

 絶望を齎す廃神(タタリ)は、残骸になった程度では絞り足りぬとすずかを見下していた。

 

 残骸となったすずかは、僅かに残った意識でディアーチェに対処しようと思考を巡らせる。

 

 全てを簒奪されようとしている少女は、こうして絶望の廃神(タタリ)と相対する。

 

 

 

 

 

 




終盤はちょっと急ぎ足。後で加筆するかも。
細かい説明は個別の戦闘回にでも、次回以降に各々の戦闘シーンを描写していきます。


取り敢えず、ヤンデレシュテルンの能力を予想出来た人は居ないと思う。(小並感)



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