リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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年内更新は最後だと言ったな。騙して悪いがアレは嘘だ。

実際残業漬けで暇がなかったけど、何か結構書けてたので投下します。


そんな今回は遊戯王ネタ満載のお遊び回。こんなに他作品ネタを出すのは今回限りなので、多分タグ追加は要らぬ筈。(もうタグ欄に追加出来る余裕があんまない)


推奨BGM 釈迦ノ掌(相州戦神館學園 八命陣)


闇の残夢編第四話 夢界を行く 其之弐

1.

「僕のターン! ドロー! 僕は手札から場に二枚のカードを伏せてターン終了!!」

 

「チェスはどこ行ったー!?」

 

 

 チェス盤の上に二枚のカードを乗せて宣言するレヴィ。彼女の余りにも型破りな行動にアリサは頭を抱えた。

 

 

「えーっ! だって、僕。チェスのルール知らないしー」

 

「知らないのに、応じたの!?」

 

「うん! ……そだ! サラミが教えてよ!」

 

「命懸けのゲームなのに教えるか馬鹿! 私はアリサよ、いい加減覚えなさいよ、馬鹿! っていうか馬鹿!!」

 

 

 ぜぇはぁ、と荒い息をするアリサに、レヴィは口を尖らせる。

 

 

「むー。じゃあ良いもん。王さまに聞くからさ」

 

「おうさま?」

 

 

 言って念話の魔法を発動するレヴィ。彼女が問いを投げるは、異なる地で戦う同胞だ。

 

 

「あー。王さまー! ねー。チェスのルールって知ってる? え、何? 戦闘中に念話してくるな? 相手が雑魚だから問題ないけど、暇な訳じゃない? けどさー、アリサが意地悪するんだもん。教えてくれないんだよ。…………ふむ。ふむふむ。あー、そういうルールなんだー。ありがと、王さま!」

 

「……戦闘中」

 

 

 その駄々漏れな会話に、アリサは顔を強張らせる。

 自分以外の二人も、妨害を受けている。そのどちらか、或いは両方が苦戦しているだろう事実を、雑魚と見下す相手の言葉が告げていた。

 そんな彼女の緊張を余所に、「なんだかんだ言っても、ちゃんと教えてくれるから王さま好きー」と言って念話を切った少女は、屈託ない笑みを浮かべたまま口にする。

 

 

「よーし、僕、ルール分かったよ!」

 

「……そう」

 

 

 顔が強張っている。緊張を隠せていないアリサは、そっけない返事を返す。

 そんな相手の様子に気付かないレヴィは、ニコニコと笑いながら一つの暴言を口にした。

 

 

「うん! それでね、思ったんだ。……これだけじゃ、詰まらないよね? だから、もっと面白くなるルールを追加しよう!」

 

「何を!」

 

 

 唯、盤面で駒を動かすだけでは詰まらない。

 活動的な少女はそう暴言を放ち、そうして自身が面白くなるようにゲームのルールを書き換える。

 

 何をする気か、そう問おうとするアリサを無視して、レヴィは創法の界を発動した。

 

 レヴィの体から放たれる輝きが、縦横無尽に駆け抜けていく。

 彼女の魔力光とは異なる緑色の輝き。邯鄲の夢より零れし創造の力。

 

 その線が形作るのは巨大な升目模様。

 その広大な盤面は、レヴィ・ザ・スラッシャーによって生み出されたもう一つの世界に他ならない。

 

 

「完成! 盤面の世界! そーしーてー!!」

 

 

 少女は更に物質を作り上げる創法の形を発動し、複数の物体を作り出す。

 生み出された正十二面体は、サイコロ。十二面それぞれにデフォルメされた人物画が記されている。

 その数は四つ。記されるのは、眠りに就いていたアリサの記憶から読み取った、彼女に近しい人の顔。

 

 片手に持ったそのサイコロを、レヴィは大きく放り投げた。

 

 地に落ちたサイコロがその面を示す。その表面に描かれた人物は、サイコロの数と同じく四名。

 何一つとして意図はなく、何一つとして作為はなく、偶然選ばれた四名をレヴィは夢の中から取り寄せる。

 幸福な夢に沈み続ける者らを無理矢理に叩きおこして、そうして、新たに作り出された盤面の世界にその四人の姿が現れた。

 

 

「恭也さん! 桃子さん! 忍さん! クイントさん!」

 

 

 その四人の姿に、思わずアリサは声を荒げる。

 四人に語り掛けようと何度も口を開くが、しかしその声は届かない。

 

 突如、何もない世界に放り出された四人は、アリサの声など届かずに右往左往しているだけである。

 

 

「あはは。馬鹿だなーマリサは。そっちに声掛けても聞こえないよーだ」

 

「っ! 何の心算よ、これ!?」

 

「んー? 新ルールの追加? ……直ぐに分かると思うけど、この四人はアリサの持っている白い駒の内のどれかと対応してるんだよ」

 

 

 言われアリサは、小さなチェス盤に乗った十六の駒に目を落とす。

 キングが一つ。クイーンが一つ。ビショップ、ナイト、ルークの駒が二つずつ。残る八つは全てがポーン。

 一般的なチェスピースの種類と個数。その盤面と合わせても何らおかしい所はないチェスセットだ。

 

 

「あ、一応、キングは除外ね。他の五種類のどれかと対応してる。……んでね。その駒が相手に取られると、対応している人も死ぬから気を付けてね」

 

 

 屈託のない笑みで語られる言葉にアリサは絶句する。

 その言葉に度肝を抜かれて、衝撃に硬直して、数秒ほど放心する。

 

 何とか我に返ると、絞り出すように言葉を口にした。

 

 

「……何でよ」

 

「ん? 何が?」

 

「何で、この人達まで巻き込むのよ!!」

 

 

 その怒りは正当だ。その憤りは正しい。その憤怒には確かに正善である。だが、放蕩の廃神には届かない。

 

 

「何でって、その方が楽しいからだよ!」

 

 

 にこやかに笑う少女には悪意がない。屈託なく笑う少女には邪気がない。レヴィ・ザ・スラッシャーは何処までも純粋だ。

 

 

「それにね。ムカつくんだ、あいつ。王さま、あんな体にしてさー。……だから、その意趣返しもちょっぴりあるかも」

 

 

 命令に逆らえないと思ってさー、と口を尖らせる少女は、救済を志す夜天が捕えた人々を遊びの駒にしてしまう。

 意趣返しと言うそれだけの理由で、精神を崩壊させるかもしれない死の実感を無関係な人々に与える。

 

 その行いの悪性を少女は知らない。その所業の醜悪さを少女は知らない。その無邪気さに隠れた悪意を、知ろうとも思わない。

 レヴィ・ザ・スラッシャーは純粋なのだ。それは無知故の純粋さ。子供らしさの発露である。

 

 改めて、アリサは理解する。この少女は外れている、と。

 

 

「そーしーてー、それだけでもありませーん! 盤面の人達も唯待つだけじゃ詰まらないだろうからね。折角だし、敵を用意してみましたー!」

 

 

 盤面の世界。恭也達四人が居る場所とは反対側に、黒き靄が集まっていく。

 それはまるで、この地に囚われた人々の負の想念を集めていくかのようで、酷く形容し難い程に不吉な気配を漂わせている。

 

 

「モンスターデザインを手掛けてくれたのはシュテルン。今話しかけたら、私と彼の時間を邪魔するな、ってすっごく怒られたけど、イメージだけは作ってくれましたー!」

 

 

 その集いし瘴気に眉を顰めるアリサの前で、レヴィは自信満々にそう口にする。

 

 生まれ出でるモンスターの姿を、彼女もまた知らないのか。

 特撮番組のヒーロー登場を待ち構える子供のように、キラキラとした瞳でそれを見詰め続ける。

 

 緊張に固まり唾を飲むアリサの前で、ワクワクドキドキと待ち続けるレヴィの前で、それは姿を現した。

 

 黒き靄が固まって物質と化す。それは採寸こそ違っているが人型の存在。そのずんぐりむっくりとした三頭身の体にフィットした戦闘服とマントは、確かに眼前の少女と同じ物。

 まん丸の顔の中央にあるは、グルグルと鉛筆で適当に塗り潰した落書きのような円らなお目々。二等辺三角形そのままといった口の端からは涎を垂らしている。指一つない丸い手。全体的に緩いデザインは、ゆるキャラ特有の何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな馬鹿っぽさ溢れる造形は、確かにレヴィをモデルにした事がはっきりと分かる代物であった。

 

 

「ねぇ、アンタ。実はそのシュテルンって子に嫌われてるんじゃない?」

 

「そ、そんなことないよ!?」

 

 

 仰々しく現れた割りに何とも言い難い見た目をしているその怪獣を、アリサは白けた目で見詰める。

 そんな言葉に慌ててレヴィは首を振って、そうしてもう一度良くその馬鹿っぽいナニカを見た。

 

 

「……良く見ると格好良いかもしれない」

 

「これの!? どこが!?」

 

 

 じーっと馬鹿っぽい怪獣を見詰めていたレヴィは、何だかズレタ結論に達する。

 

 

「ふっ、君には分からないみたいだね。この魅力が。……邪気眼を持たねば分からぬか」

 

「違う! 良く分かんないけど、それ、絶対に違うわ!」

 

「良いさ、その活躍で魅力を刻み込んでやる! 行け! 大怪獣、ふぇいとん!!」

 

「フェイトに謝れぇぇぇぇっ!!」

 

 

 ふぇいとーん、と鳴き声まで馬鹿っぽく、三頭身の大型怪獣は盤面の世界で一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

2.

「はぁっ!」

 

 

 御神不破が一つ。虎切。飛来する斬撃が、間の抜けた顔立ちの怪獣に命中する。

 その身を切り裂く斬撃に、落書きのような瞳から涙を零しつつ、ふぇいとんは吹き飛ばされる。

 その哀愁を誘う姿に僅か罪悪感が芽生えるが、同時に虎切の一撃を受けてなお健在なその耐久力に舌を巻いた。

 

 

「ふぇいとーん!」

 

「ちぃっ、やりづらい」

 

 

 そう愚痴る。目の前の気が抜ける大怪獣だけではない。自身の動きに大幅な枷が掛かっている事が面倒であった。

 

 軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌。レヴィ・ザ・スラッシャーが顕象した夢は、恭也に一つの駒を当て嵌めている。

 その駒は騎士。その性質は上下左右にニマス、そこから更に垂直に一マス。L字型に動き盤面を揺り動かすと言う物。

 その枷に嵌められた恭也は、騎士の駒と同じ様にしか動けない。そして騎士の駒が行ける範囲内しか見る事が出来ない。

 

 視覚のズレ。行動、動作が上手く出来ない。無理に行おうとすると体が鈍るのだ。一歩前に出る事は出来ず、そう動こうとすれば斜め前方に動いてしまう。

 

 優れた感覚と鍛え抜かれた体を持つ彼だからこそ、こうして戦う事も出来てはいるが、鍛え抜かれた体が、同時にデメリットも生んでいた。

 体を動かす時に出来た癖。条件反射の域にまで磨き抜かれた咄嗟の行動。戦闘への慣れが足を引っ張っているのだ。

 

 無論、デメリットだけではない。騎士を割り当てられた彼は、今現在、本来は出来ない動きも可能となっている。

 まるで腕が一本生えて来たかの様に、至極当然にそれを使い熟せる。L字型の移動。即ち空間跳躍を。だが――

 

 

「恭也」

 

 

 背後で名を呼ぶ女を想う。位置取りの関係上、振り返っても見る事は出来ない女。月村忍を守る為にも、恭也は満足な行動が出来ていない。

 騎士としての特性はまるで生かせず、前後左右を見えないと言うデメリットしか得られてはいない。こうして足を止めたまま、近付いて来るふぇいとんを迎撃するのが限界だ。

 

 

「どっせーい!」

 

「ふぇいとーん!?」

 

 

 そんな恭也に対して、獅子奮迅。八面六臂の活躍をしている女が居る。

 

 

「ははっ、良い感じね、これ!」

 

 

 戦車の駒を与えられたクイント・ナカジマだ。縦と横。そのどちらにも好きなだけ移動出来るこの駒は、クイントにとって都合が良い。

 

 

「ふぇいとーん!」

 

 

 殴り飛ばされたふぇいとんは、しかし無傷。ぽよんと柔らかく弾むように跳ね返って、その巨大な体でのしかかりを仕掛けて来る。

 

 

「あらよ、っと。見え見えなのよね!!」

 

 

 だが当たらない。だが見えている。

 クイントは素早くその身を引くと、ふぇいとんの顔面に向って拳を叩き込んだ。

 

 クイントが扱うシューティングアーツ。それは直線的な動きを主とする格闘技だ。

 ローラーによる加速で前へ走り抜ける。当然、速度が乗れば途中で回転する事は難しく、故に直線的な動きには慣れている。

 制限など、斜め前が見えなくなった視界ぐらいであろう。横への動きも、縦への動きも、正しく彼女は使い熟している。

 

 

「そらそらそらそら、そらっ!」

 

「ふぇいとーん!?」

 

 

 一発で無理ならば数を重ねる。幾ら弾力のある体でも衝撃の全てを逃がせる訳ではない。一気呵成に攻め立てて、その身に被害を蓄積させていく。

 ラッシュ。ラッシュ。ラッシュ。己の歪みも織り交ぜた攻撃総量は、正に絶大。絶対数が規格外。クイントの握り締められた拳は弾幕となり、鳴き声を上げるふぇいとんを打ちのめす。

 一発たりとも外さない。その連撃は正しく極上。家よりも大きなふぇいとんの巨体も、今のクイントにしてみれば的が大きいだけでしかなかった。

 

 

「今、私ってば苛立ってんのよね。……折角、人が良い夢見てたってのにさ!」

 

 

 その苛立ちをぶつけるかの様に、クイントのラッシュは止まらない。

 如何に頑強な体を持つ大怪獣とは言え、こうも拳の雨に晒されては抵抗も出来なかった。

 

 

「これで、止めっ!!」

 

 

 指し手も又、彼女の活躍から該当する駒を判断できたのであろう。

 自身の背を後押しするような力を感じながら、クイントは繋がれぬ拳をふぇいとんに打ち込んだ。

 

 

「ふぇ、い、とん」

 

 

 涙を流しながらふぇいとんが消えていく。

 勝利を得たクイントは、その余韻に浸ることは無く、即座に後方へと跳躍した。

 

 そんな彼女の目の前を通過していく丸い拳。その気が抜ける見た目とは裏腹に、大地を砕いたその拳は正しく猛威だ。

 だがそんな猛威すらも届かない。敗れた怪物に続くように現れたふぇいとんの一撃を、クイントは鮮やかに躱していた。

 

 

「ふぇいとーん!」

 

「はっ、数頼りの戦法じゃあね」

 

 

 ふぇいとんは一体ではない。その総数は八。一体が倒れた今も、七体のふぇいとんが残っている。

 

 割り当てられた駒と同じように、一マスずつしか動けない巨大怪獣はゆっくりと迫り来る。

 その姿から感じられる圧力は真である。その巨体もあってか、間が抜けているだけでは済まない脅威を伴っていた。

 

 

「単騎特攻、鉄拳無双! このまま纏めて、蹂躙してあげるわ!!」

 

 

 後方に跳躍したクイントはすぐさま進撃する。

 戦車の売りはその速力だ。全ての駒の中でも上位に入るその機動力で一気に敵陣へ攻め込む事も出来る。

 即座に前方のふぇいとんに拳を打ち込んだクイントは、そのまま討ち取ろうと一気呵成に攻撃を仕掛ける。

 

 だが――

 

 

「っ!?」

 

 

 序盤で戦車を大きく動かすのは愚策とされる。

 敵陣にも多くの大駒が残っている状態で動かせば、戦車はその行動力の高さ故に孤立しやすいのだ。

 

 

「きーしー!」

 

「転移!? そんな素振りなかったのに!!」

 

 

 そう。孤立した戦車は良い鴨でしかない。

 空間を跳躍して、クイントの背後に現れた突撃槍と丸盾を装備したふぇいとんがその刃を振るわんとする。

 

 

「くっ! 躱せな――」

 

 

 普段ならば歪みによる保険を残して居る筈なのに、何故か突撃思考に支配された彼女はそれをしていなかった。そんな事を考える事すら出来なかったのだ。

 

 故に、今の彼女にこの攻撃を躱す術など残っていない。

 そんな彼女の致命的な隙を、その騎士が見逃す道理はなく。

 

 

「きーしー!」

 

 

 迫る突撃槍の刃先。その鋭い先端は、確かに己の命を奪っていくだろうと感じさせる。

 逃げられない。躱せない。その事実に、クイントは襲い来るであろう衝撃に耐えようと体を丸めた。

 

 

「こっちに!」

 

「きし?」

 

 

 騎士ふぇいとんの槍が空を切る。一人孤立していた筈のクイントの手を、誰かが引っ張り引き摺っていた。

 

 

「貴女、確か……」

 

「自己紹介は後です。まずは一旦、恭也達の所へ」

 

 

 手を握る女。高町桃子に与えられた駒は女王。

 この盤面にて最も早く動ける女性は、故にクイントの窮地に間に合っていた。

 桃子に手を引かれながら、クイントはまるで転移魔法を使用しているような感覚で長距離を移動していた。

 

 

「ねぇ、貴女。……確か、高町なのはの母親よね」

 

「……何を急に?」

 

 

 桃子に与えられた女王の力で長距離を移動する二人。その最中、クイントは桃子に言葉を投げ掛けた。

 

 

「いや、ちょっとね。……あんまりにも良い夢見たから、今の私、少しだけ母親気分なのよ」

 

「……」

 

「そんなニワカな母親でも思う訳。……あれを盗られるのは、嫌だなって」

 

「……だから、何だと言うの」

 

 

 こんな時に話す事であるのか、お前が何を言うのか、そう言った冷たい意志が混じっている桃子の反応に、こんな時だから伝えておかないと、とクイントは告げる。

 極限の状態で、だからこそ信のおけない相手と共にある事は出来ない。己の内に蟠りがある内は動きも鈍る。だからこそ、今、クイントはそれを口にする。

 

 

「御免。済まない。申し訳ない」

 

「なんで、貴女が」

 

 

 桃子に手を引かれたクイントは、そう口にして頭を下げる。

 

 

「一管理局員としては正しい判断だと思ってる。けど、一人の親志望としては納得いかないから、……こんな時でも、一度は頭を下げておかないとって感じてる。こんな時じゃなければ、殴られても仕方ないって思ってる」

 

「…………」

 

「お前が何を言うんだって、正論よね。結局、自己満足よ。そう言っておかないと、私の心が済まなかったから、こんな状況で言ってるだけ」

 

 

 安全圏へと逃れた二人は、手を離して向かい合う。

 こんな時だから殴られてはあげられないが、これが終わったら好きにしてくれて良い。そう確かに想いを抱く。

 

 そんなクイントに対して、桃子は――

 

 

「貴女の所為じゃない。……と言えば、満足ですか?」

 

「…………」

 

「許せる筈がない。認められる筈がない! どうして我が子を奪われて、それで平然としていられるの!?」

 

「……そりゃ、そうよね」

 

 

 それは母の想い。それは母の情。偽りの夢とは言え、その一端を知ったクイントには返す言葉も存在せず。

 

 

「けど!」

 

 

 だが、高町桃子はそれだけの女ではない。彼女は我が子を愛する親だから。

 

 

「けど、……あの子が望んだのよ」

 

 

 世界の真実を知ったなのはは、綾瀬の口伝を知ったなのはは、生まれ育った世界を守りたいと語ったなのはは、自らの意志で管理局に行くと言ったのだ。

 今は出来る事がない。けれどこの先まで、そうである事は出来ないから、何時か何かを出来るようになる為に、自ら進んで前に行くと言ったのだ。そんな言葉を、そんな想いを、どうして桃子が否定出来ようか。

 

 

「……だから、この事で、私は貴女を責められません。それはきっと、あの子の想いを汚す行いだから」

 

 

 お前らの所為だと語るのは容易い。だがそれは、なのはの決意を軽くする行為だ。抗いや反発ではなく、その先に出来る事を見出そうとした少女の想いを汚す行為でしかない。だから、桃子は責めない。責められなかった。

 

 

「あの子の想いを汚さない為にも、私は、唯待ちます。あの子が無事に帰って来る、その時を」

 

 

 魔法の才も力もない彼女は、唯、待つ事を選択する。戦場に出て、無駄に命を散らすのは違うからこそ、彼女は唯待つ。何時かあの子が返って来た時に、お帰りなさいと言う為に。

 

 クイントもその言葉を知っていた。高町なのはが、どんな想いで管理局へ行こうとしているのかを彼女も知っていたのだ。

 だからこそ、桃子がそれを聞いて、止められないと感じたのを、止めてはいけないと思った事を、確かに心で理解していた。

 

 何も出来ない故に、待つ。

 いってらっしゃいと笑顔で見送って、お帰りなさいと声を掛ける為に笑顔で耐える。

 

 そんな桃子の在り方は、クイントに忘れ去っていた一つの過去を想起させていた。

 

 

「……待ってあげるのが、女の強さで母の強さ、か」

 

「え?」

 

「いや、家の母親の台詞よ。昔ながらって感じがして、一緒に居た頃は大っ嫌いだったんだけどねー」

 

 

 その言葉に反発するように、クイントは家を出た。女だてらにと言われるのが嫌で、そういう決め付けが嫌いで、大喧嘩の末に管理局員となった。

 局員の中でも特に危険な陸の前線部隊に所属した理由は、そんな親への反発が発端だった。

 

 

「けどさ、良い年になって、子供の可愛さ知って、んで、アンタみたいな親を見て、思う訳よ。……私は私を貫いたこの人生に後悔なんて一遍もないけど、それでも、待つ事の大変さも、お帰りを言える強さも、何も知らなかったんだな、ってさ」

 

「……待つ、強さ、ですか。……ええ、そうですね。唯、待ち続けるのは、心が痛いです」

 

 

 ここが戦場である事を忘れて、二人の女は共有した想いを抱く。良き母でありたい女と、良き母になりたい女は、ここに互いを理解する。

 

 

「私はさ、港の様な女にはなれない。そんな男にとって都合の良い女にはなりたくなかった」

 

 

 それは古臭い考えを持った母への反発。若き頃のクイントが、勢いによって飛び出した時の想い。

 

 

「……けどさ、港のような女にはなれなくても、大木のような母にはなりたい」

 

 

 そして今抱くのはそんな想い。子を産めぬ体となって生まれた、母になりたいという願望。眼前の母を見て、敬意と憧憬を抱いたが故の解答。

 

 

「小鳥の如く飛んで行った子供達が、安心して休める大木になりたい。信じて帰りを待つ、アンタみたいな立派な母親になりたい訳!」

 

「……買い被りですよ。私はそんなに強くない。弱い“女”です」

 

「十分強い“母親”よ! 私から見るとね!!」

 

 

 そんな言葉を、一人の母親は買い被りだと言う。

 そんな言葉に、一人の女は買い被りなどではないと反論する。

 

 クイントは内心を吐露して桃子を褒め称え、そんなクイントに苦笑を向けて、桃子は己が内にあった彼女への蟠りをとかした。

 未だ管理局と言う組織は分からない。我が子を奪うその組織は憎らしい。……けれど、この女性は信に足るのだと思えたから。

 

 

「貴女、きっと良い母親になれますよ。……私なんかより、ずっと」

 

 

 そんな風に、冗談交じりの本音を口にする。母になりたいと言う女に、きっと良い母になれる筈だと言葉を掛ける。

 

 

「ははっ、そりゃ良いわね! アンタみたいな良い母親に言われると自信が湧くわ!」

 

 

 そんな彼女の言葉を笑いながら、確かに有難いとクイントは受け取る。ああ、本当にそうなれたら良いな、と女はそんな想いを胸に抱いて。快活に笑う女と、静かに微笑む母親は、確かに互いを理解した。

 

 

「……名前を聞いても?」

 

「クイントよ。クイント・ナカジマ。貴女は?」

 

「知っているのでは?」

 

「そりゃ、資料ではね。……けど、アンタの口から直接聞きたい気分なのよ」

 

「高町桃子。それが私の名前です」

 

 

 互いの名前を交換する。それはお互いを認め合った一つの証。互いに信を預けると言う一つの結論。

 

 

「クイント。貴女のような人が居るなら、きっと管理局は良い所なのね」

 

「割と黒い所山盛りよ、モモコ。……ぶっちゃけ、反吐が出るって言葉が軽く見えてくるわ」

 

「……けど、貴女はそんな悪いものから、あの子を守ってくれるでしょう?」

 

「ま、そりゃ当然。大人として、んで、モモコみたいな母親になりたい女として、その辺は当たり前って訳よ」

 

「ええ、なら大丈夫。僅かな遣り取りでも、貴女が信用出来る事は理解したから」

 

 

 これは共感だろうか。これは友情だろうか。これは一体何であろうか。二人の母は理解する。その間に、確かな絆を感じ合う。

 

 

「っ! 母さん、何時までも話をしていないでくれ!! そろそろ此処も突破される!!」

 

 

 前線に一人で立ち、襲い来る敵を迎撃していた恭也が声を上げる。

 

 七つの歩兵。二つの騎士。二つの戦車。二つの僧侶。

 怒涛の如く流れ込む敵手は、その数にて防衛線を打ち破ろうとしている。その猛威は、今にも四人を飲み干そうとしていた。

 

 高町恭也すらも悲鳴に似た声を漏らす現状。間の抜けた姿とは裏腹に確かな脅威を伴っている怪物達を前に、二人の女は何ら臆せず、互いを向いて言葉を伝える。

 

 

「ねぇ、モモコ。ちょっと良い考えがあるんだけど」

 

「あら、奇遇ね。クイント。私も丁度、良い考えが浮かんだのよ」

 

 

 二人の女はそう口にする。二人の母は提案し合う。

 

 

「私は拳が自慢なの。あの人を馬鹿にしたような造形の奴。近付けさえすれば撃ち抜いてやれるわ」

 

「今の私は、どうにも足が速いみたいなの。空間転移みたいに何処にでも行けるし、何時でも色々な物が見えるけど、武器がないから何も出来ないのよ」

 

 

 そんな風に、二人は分かり切った事を確認し合う。互いが同じ事を提案しようとしていると悟る。

 

 

「モモコ、私の足にならない?」

 

「クイント、私の拳になってくれないかしら?」

 

 

 そんな互いの提案に、勿論と手を結んで。

 

 

「やるわよ、モモコ!」

 

「ええ、クイント。ママさんコンビの力、見せてあげましょう!」

 

「一人はママさん志望だけどね!」

 

 

 二人の母は、そうして戦場を変える為に前へ進んだ。

 

 

 

 

 

3.

 盤面の世界で行われる戦場を確認しながら、アリサはほっと一息を吐いた。

 

 先程は派手に失敗してしまった。

 誰がどの駒に該当するか分からず、様子見に徹していた彼女は、クイントが戦車である事に気付いて、そんな彼女の活躍を見て、少し気が急いてしまったのだ。

 

 彼女に任せれば大丈夫。そんな考えで戦車を動かし過ぎた結果、騎士に取られるという失態を演じていた。

 

 

(桃子さんが割って入ってくれなければ、あのままクイントさんが落ちてた)

 

 

 盤面の世界と、この小さなチェスボードはイコールではない。だが、互いに影響を与え合っている。

 アリサの出過ぎた行動が、クイントの思考を麻痺させた。敵陣に単騎特攻させるという無様を強要させていた。

 結果として、彼女が騎士に討たれる。その隙を作ってしまったのだ。

 

 自省する。反省する。もう二度と繰り返さないと、アリサは心に誓った。

 

 チェスとは選択のゲームだ。相手と自分に選択させ、どちらがより大切かを判断させるゲームであるとも言える。

 被害ゼロで終わらせる事は出来ない。何を取らせて、代わりにどうやって王の駒を取るのかを競う物。他の駒が全滅しても、結果として王を討ち取れば勝者となる。

 

 だが、現状のルールはチェスを外れている。駒が取られれば誰かが死ぬかもしれない。その恐怖が、選択を極端に難しくしている。

 そのプレッシャーが、その縛りが、アリサが普段は犯さないようなプレイミスを起こす要因となっているのである。

 

 そんなアリサとて、唯失敗を重ねている訳ではない。

 こうしてチェスボードと盤面の世界を見比べながら、レヴィが語っていないルールまでも解き明かすように思考している。

 

 

(まず一つ。戦車の駒を取られてもクイントさんが死んでないように、同じ種類の駒があれば、即座に死ぬって事はなさそうね)

 

 

 その事実を読み取って、アリサは自身の手駒を確認する。安全なのは複数ある駒。騎士。僧侶。戦車。兵士。

 内、戦車を一つ、兵士を複数消費している。残った兵士と騎士と僧侶。それだけが保険の存在している駒である。

 

 

(んで、クイントさんが戦車。恭也さんが騎士。桃子さんが女王か。……忍さんが何に該当するか分からないのが痛いけど、多分兵士か僧侶かのどちらか)

 

 

 このチェスゲームは、駒の動きの影響を該当する人が受ける。

 先ほどのクイントのように、前に出した駒に該当する者は、無意識の内に突撃思考を選択しやすくなってしまう。

 

 

(さっきから使ってるのは歩兵と戦車。となると、やっぱり最初の場所から動かしていない僧侶が忍さんかしらね)

 

 

 安全重視の戦略を取ったアリサが選択したのは、まず落ちないと確信させてくれたクイントの該当する戦車を動かす事と、数が多いが故に安全性の高い兵士を使用する事だった。

 その二つを率先して動かしている。となれば、盤面の世界で動いていない月村忍が兵士に該当するとは思えなかった。

 

 

(……となると、僧侶は軽々しく動かせない。女王もやめるべきね。盤面の世界では動いてくれてるけど、ここで私から干渉しちゃうとあの活躍を阻害する結果になりかねない)

 

 

 一気呵成に敵兵を刈り取って回るクイントと桃子。

 この二人のコンビネーションは、即席とは思えぬ程に優れた物。とはいえ、そこに自分の意志という異分子が混ざればどうなるかはまるで読めなかった。

 

 

「あ、ああー、僕のふぇいとんがー!?」

 

(いっそ、このまま消極的な戦術で居るのもありかもね。……盤面の世界で落ちた奴に該当する駒はチェスボードの方からも消えるみたいだし)

 

 

 自陣の黒い駒が消えていく姿に、盤面の世界で母親二人による無双劇が展開されている姿に、レヴィが悲しそうな声を上げる。

 そんな姿を見ながら、アリサは冷静に勝利への算段を作る。自分がやるべきことを認識する。

 

 

(女王と戦車、騎士と僧侶は全部放置。取られない事だけを気を付ける。……んで、歩兵をどうにかプロモーションさせて、保険の駒を作るべきね。差し当たっては一つしかない女王。後は戦車。……安全を追及するなら、騎士と僧侶も増やしときたいわね)

 

 

 全く、これではチェスじゃないだろう。そう内心で溜息を吐く。

 どうせなら相手の駒も奪って使える将棋にするべきだったか、と思考しながらもその明晰な頭脳で次の一手を思考し続ける。

 

 そんなアリサの算段を、レヴィは子供の我儘一つであっさりと打ち崩した。

 

 

「うー! これ以上、ふぇいとんはやらせないぞー!」

 

 

 己の姉妹が作ってくれた怪獣。それが打ち破られる姿に、レヴィは涙すら浮かべている。

 だが、ふぇいとん個々の能力に差異はない。あるのは該当する駒に応じた速力の差のみである。

 

 突撃槍と丸盾を装備した騎士ふぇいとんは、特別攻撃力が高い訳でも、防御力が高い訳でもない。

 下半身が戦車になっていてキャタピラ移動している戦車ふぇいとんも、特別火力がある訳でもなければ、その装甲が分厚い訳でもない。

 神官っぽい服装をした僧侶ふぇいとんもまた、歩兵ふぇいとんと何一つとして違いがない。

 

 そんなふぇいとん達は、まるで無双ゲームの中ボスのように倒されていく。

 一撃で倒される雑魚ではないが、一対一のバトルにはなれずに数発で沈む辺りに所詮中ボスという哀愁を感じさせている。

 

 このままでは何れ全滅する。故にレヴィが選択したのは、ルールの完全無視であった。

 

 

「リバースカードオープン! 融合!!」

 

「ふぁ!?」

 

 

 先程レヴィが盤面に乗せた二枚のカード。その内の一枚が表になる。

 それは魔法カード。融合。海鳴でも放映されていた決闘王と言うアニメ。その中に出て来るカードを使用すると言う、余りにもあり得ない行動に、アリサは思わず目が点になって放心した。

 

 

「僕は場にいるキングふぇいとんと、クイーンふぇいとんを選択する!」

 

 

 何処からともなく某決闘王のBGMが流れて来る中、レヴィの手にした魔法カードはその効果を発揮する。

 王冠を被った一回り小さなふぇいとんと、何故かSM女王の如きボンテージファッションのクイーンふぇいとんが空中で混ざり合った。

 

 

「男と女。陽と陰。異なる二つが合一する時、ここに太極の使者は誕生する! 目覚めるが良い、いざ降臨せよ! 万象を統べし神なる者! ゴッドふぇいとん!!」

 

 

 何かそれっぽい口上をアホの子が口にした瞬間、盤面の世界にそれは降臨する。

 グルグルとした落書きの瞳。二等辺三角形の口から零れ落ちる涎は当社比三割増し。丸い顔はキラキラと油でテカり、背に負った後光がそれを更に輝かせる。

 

 その間抜けな姿は、馬鹿っぽさを強調する。

 そう。王を超え、女王を超えたそれが持つは、神々しいまでの愚かさであった。

 

 

「さあ、神のカードの力を見るが良い!」

 

「いい加減にしろぉぉぉぉっ!!」

 

「ふっ! 甘いよHAGA! まだ僕のターンは終わっちゃいないぜ!」

 

「ひょ」

 

 

 何か変な声が出た。

 

 夢の力で無理矢理に言わされた言葉にアリサが目を白黒させる中、そんなアリサを無視して演出に拘るレヴィは、処刑用BGMを奏でさせる。夢の力の無駄使いである。

 

 カッコイイポーズを取ったレヴィは、一秒、二秒とその姿勢のままで硬直する。

 十秒を超える無駄に長い溜め時間を経て、漸くレヴィはその伏せカードを表にした。

 

 その名は――

 

 

「速攻魔法! バーサーカーソウル――何て、嘘。巨大化だー!」

 

 

 夢より作られたカードが、そのイメージに従って夢から生み出された怪物を巨大化させる。

 

 間の抜けた怪物は、見る見る内に膨張していく。何故か頭部のみが……。

 肥大化し続ける間抜けな顔は、己の身体の二倍、三倍、四倍、五倍。十倍を超えて巨大化を続ける。顔のサイズが体の百倍を超えた瞬間に、アリサは考える事を止めた。

 

 

「これでゴッドふぇいとんの力は多分二倍! ごっどふぇいとんの大きさはきっと百倍! 僕の感動は三千倍だー!」

 

「……いい加減にルール守りなさいよ。ボードゲームの上でカードゲームなんて、始めてんじゃないのよ」

 

「へっへーん! 僕がルールだもーん!」

 

 

 破天荒にも程がある行動。ルールを完全に無視した言動に、死んだ魚のような瞳でアリサは呟く。

 

 同時に想う。或いは、このアホは負けても約束を破るのではないだろうか、と。

 型破りにも程があるこの娘が、律儀に約束を守ると言う“型に嵌った行動”をするとは、全く思えなかった。

 

 

「さあ、行くよ、ゴッドふぇいとん! シュテルンには届かないけど、巨人パワーをみせてやれ!」

 

 

 そんな放心したアリサを余所に、レヴィはそう指示を出す。

 盤面の世界において、巨顔の怪物による蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

4.

「かぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ」

 

 

 顔だけが大きな怪物が声を上げる。その高層ビルより大きな口から吐き出されるのは大音量。唯呟くだけの言葉が、場に居る者達の鼓膜を揺らす。

 

 

「何よっ! この音!?」

 

 

 その大音量に耳を抑えて、思わずクイントは膝を折る。

 間近にてその音量を耳にした彼女と桃子は、鼓膜が破れたのではないかと思う程の痛みを感じていた。

 

 

「かぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ」

 

 

 ゴッドふぇいとんは一歩踏み出す。直後にこけた。

 顔だけがデカい怪物は、当然の如く己の自重を片足だけでは支え切れず、どすんと音を立てて地面に落ちる。

 何とか立ち上がろうともがくが、顔が大き過ぎる所為で体が地面に届かないゴッドふぇいとんは立ち上がれず、ジタバタともがき続ける破目になる。

 

 だが、それだけでも十分だった。

 

 

「っ!?」

 

 

 体の動きに釣られて巨顔が前後に激しく動く。その大きな頭が生み出す振動が大地を揺らしていた。

 子供の様な駄々を捏ねる姿が、それだけで連続して大地震を引き起こすのだ。

 

 震度にして五弱には届かない程度。だが、それだけでも一般人には脅威である。高町桃子は身動きが取れなくなる。

 場慣れしていない女は、特別身体能力が高い訳ではない母親は、揺れ続ける地面の上でその機動力を殺されていた。

 

 

「かぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ」

 

 

 立ち上がろうとして失敗し続けたゴッドふぇいとんは、諦めたのかそのまま横になる。ぷらんと垂らされた体を真っ直ぐに伸ばすと、全力で左右に振る。

 その勢いは首が捥げるんじゃないかと心配してしまう程であり、故にこそその勢いは己の巨顔を動かすに足りる。振り子のような勢いを利用して、頭を軸にゴッドふぇいとんはゴロゴロと回転を始めた。

 

 寝返りを打つように、或いは草原で寝転び遊ぶ子供の様に、ゴロゴロと回転して移動するゴッドふぇいとんは、その自重の重さ故に速度を増していく。その見た目こそ間が抜けているが、その突進は重戦車など比較にならない脅威である。

 

 

「くそっ! 忍!」

 

「恭也!!」

 

 

 恋人達は二人で手を取り合って、凄まじい速さで回転し続けるゴッドふぇいとんの蹂躙を空間転移で回避する。

 無理に背後を向いた影響で、無理に前方に移動した影響で、恭也も忍も体に強い痛みを感じている。それでも磨り潰されるよりはマシだと、歯噛みをして二人は耐えた。

 

 

「こんのぉぉぉっ!」

 

「余り、嘗めるな!!」

 

 

 転がる勢いを止められずに遠ざかっていくゴッドふぇいとん。その背に繋がれぬ拳と虎切が舞う。

 圧倒的破壊力を伴う魔法の拳は、万象全て断ち切って見せると意を込められた燕返しは、しかしこの怪物を止めるには至らない。

 

 

「かぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ」

 

 

 ぽよん、と間抜けな音を立ててクイントの拳が跳ね返される。恭也の飛来する斬撃は、ぶるんとその贅肉を揺らせる事しか出来なかった。

 

 強度が違う。密度が違う。大きさが違う。

 そう、唯単純にゴッドふぇいとんは強大だ。故にそれは脅威として君臨する。

 

 

「……これ、マジで笑えない」

 

 

 クイントが呟く。攻撃が通らない。己の拳が通らない。倍加の異能を持つ彼女の全力攻撃ですら、この怪物は揺るがない。

 

 

「不味いな。……詰んだぞ」

 

 

 絶えず虎切を放ちながらも、恭也は現状にそう呟きを漏らす。

 斬撃が通らない。打撃も通らない。自分達では何をしようと、この怪物は揺るがない。

 今の自分達に出来るのは逃げ回るだけ。それ以外に、出来る事など何一つとしてなかった。

 

 

「かぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃ」

 

 

 怪物はそんな彼らの現状に頓着などしない。正確に理解する程度の知性があるかすらも怪しい。

 ジタバタして地震を引き起こし、ゴロゴロと移動しながら蹂躙する。その怪物の行動などそれだけだ。

 たったそれだけの単純な行動が、恭也達を追い詰めている。勝敗を決定付けている。それだけで十分な程に、巨顔の怪物は強大であった。

 

 逃げ回り、逃げ続け、体力を無駄に消費する。

 僅かな可能性に賭け、生まれる隙に全力攻撃を叩き込んで、体力を無駄に消費する。

 

 怪物は揺るがない。揺るがせる事が出来ない。それを倒す術はここにない。

 最早勝敗は決している。打つ手は尽きている。これは唯の蹂躙でしかないのだ。

 

 

「いいえ、……まだ、打つ手はあるわ。詰んでいない」

 

「忍?」

 

 

 打つ手が尽きた現状に、女は否と答えた。もう詰んでしまったと語る恋人に、否と言葉を返した。

 

 

「ね、恭也。私に考えがあるの。……乗ってくれるかしら?」

 

 

 己を抱き抱える恋人に、忍はその策を伝える。

 

 

「決まっている。……お前を信じている。だから、言われるまでもない」

 

 

 そんな恋人の策に、その内容も聞かずに恭也は承諾を返す。そうして、二人は動き出した。

 

 

 

 

 

5.

「やれー! そこだー! いけー!」

 

 

 シュッシュッと腕を振りながら、巨顔の怪物へと声援を送るレヴィ。己が最強の駒の力を信じている彼女は気付かない。その流れが既に変わっている事に。

 

 

「強いぞー! 凄いぞー! でっかいぞー!!」

 

 

 ゴロゴロと転がるゴッドふぇいとんが敵を追い詰める度に歓声を上げる彼女は気付かない。

 キラキラとした瞳でその活躍を見詰める彼女は、チェスボードの状況から完全に目を離していた。

 

 故に――

 

 

「チェックメイトよ」

 

「え?」

 

 

 アリサから告げられた言葉を、彼女は理解が出来なかった。

 

 

「盤面を見なさい。もうアンタは詰んでるわ」

 

「え、嘘? 何で……」

 

 

 二人の間にある小さなチェスボード。そこには白黒の駒が乗っている。

 未だ数多く残っている白い駒に対し、黒の駒は一つだけ。王と女王をくっつけたような、歪な駒だけが残っている。

 

 その歪な駒はチェックメイトを掛けられている。何処かに逃がそうとしても、他の駒が取れる位置にある。

 仮にこの駒が女王と同じ様に動けたとしても、数手先には討ち取られるであろう盤面が生み出されていた。

 

 この盤面の四者の中で、最も活躍したのは誰であるか?

 優れた格闘能力を持ち、確かに多くの駒を討ち取ったクイントか? 強烈な遠距離攻撃を行い、敵を近寄らせずに時間を稼ぎ続けた恭也か? クイントの足となり、彼女を支えた桃子か?

 

 否、彼ら三者よりも勝利に貢献したのは一人の女だ。

 月村忍。夜の一族の中でも頭脳に特化したこの女は、絶えず状況を観察していた。

 恭也やクイント、桃子の行動制限や与えられた駒の力から、そして敵の動きから、彼女は即座にこれがチェスの駒と関係ある事に気付いたのだ。

 

 敵手の数と種類から、そして自分達が何もしなくても唐突に消滅する敵が居る事から、彼女はこの盤面を高見にて見下ろし、自分達を駒として扱う第三者が居る可能性を予測した。

 荒唐無稽な考えだが、そもそも現状が既に荒唐無稽。妹や恋人から魔法の存在を知らされていた忍は、オカルトに関する知識が元からあった彼女は、柔軟な発想でそういう事もあるのかと対処したのだ。

 

 そうして自分では何も出来ないと知っていた彼女は、故にこそ打開策を探し続けていた。

 消えていく駒や、最初に見せたクイントの考えなしにも程がある行動すらも、思考し続けた。敵が迫った際に、見ても居ないのに回避するという現象を考え続けたのだ。

 

 恐らくは、打ち手の意志が行動に介在している状況を理解する。その高見での行動が、こちらの世界を大きく変えると確信する。

 そして、自分達を扱う打ち手が、自分達を捨て駒にする気はないのだと納得する。その素性が、自分達に近い者であるのだろうと予測した。

 

 そう予測したならば話しは早い。盤面の世界で勝てぬならば、盤面の外の仲間に勝利して貰えば良い。月村忍と言う女はそう判断し、実行した。要はそれだけの話なのだ。

 

 

「チェスってのはさ。駒の強さってのが互いに同等なの。どんなに動ける駒だろうが歩兵に取られるように、たった一つの駒が強くても意味ないのよ」

 

 

 盤面にあった黒い駒。それが全て失われた理由。それは盤面の世界で、巨顔の怪物以外の怪獣達が討たれたからだ。

 巨顔を討てないと判断した忍は、それ以外を狙ったのだ。

 

 巨顔の活躍に隠れる形で、クイントや恭也を動かして他の駒を討ち取る。

 巨顔の攻撃に巻き込むような形で、上手く位置を調節して他の駒を討ち取る。

 

 そうして、残ったのは、たった一つの裸の王様だ。

 

 

「アンタの敗因は、遊び過ぎてチェス盤から目を逸らした事。ルールを破り過ぎて、チェスは一つの駒だけじゃ勝てないと言う、当たり前の大前提すら忘れてた事。絶対的な強さに過信して、この四人を侮り過ぎた事」

 

「違う。違う。違う。だって、僕、負けてない。……僕の盤面には、まだゴッドふぇいとんが残って」

 

「どうでも良いから一手動かしなさい。……このままなら、持ち時間切れでアンタは負けるわよ」

 

「っ!?」

 

 

 アリサのプレッシャーに、レヴィは震える手で王を一マス動かす。

 そうして動かした駒を、アリサは一片の慈悲すら掛けずに僧侶の駒で刈り取った。

 

 

「これで御終い。アンタの負けよ、レヴィ・ザ・スラッシャー」

 

 

 盤面の世界から神が消える。

 夢より持ち出された四人が、再び夢に帰っていく。

 

 勝敗が決定し、盤面の世界が消える。

 勝者と敗者がここに定まり、釈迦の掌は崩れ去っていく。

 

 世界創造に用いられていた力。崩壊と共にその力が敗者へと流れ込む。

 敗者へと齎される罰ゲーム。その力が襲うのは、敗者と定められたレヴィ・ザ・スラッシャー。

 

 

「嘘だ」

 

 

 己の命を奪う力の前に、レヴィは口を開く。そこから漏れるのは現状への否定の言葉。

 

 

「嘘だ嘘だ嘘だ!」

 

 

 認めない。認めて堪るか。ごねる少女の内心は、そんな子供の我儘唯一つ。所詮は敗者の悪足掻き。

 

 

「認めなさい。アンタの負けよ」

 

「僕! 負けてない! だって、ゴッドふぇいとんは倒されてないもん!!」

 

 

 そんな子供の戯言に、アリサは溜息を吐く。

 やっぱり約束を守らないか、と諦め交じりに呟く。

 

 だが最早無駄だ。アリサにも感じられる程の力が渦巻いている。

 その力がレヴィの命を奪おうとしている。最早止める事は出来ないと、漠然と認識する。

 

 勝利の果てに命を奪う事に、実感は湧かないが思う所がある。

 こうも駄々を捏ねる子供が命を落とすと言う状況に、思う所がない筈がない。

 

 良い気分にはなれそうもない。だから目を逸らしたアリサは、故にその変化に気付いた時、即座に受け入れる事が出来なかった。

 

 

「え?」

 

 

 世界崩壊によって生じた力が敗者の命を奪わない。

 どころか、その向きを変えていた。勝者である筈のアリサの元へと。

 

 

「僕は負けてない。僕は負けてない。僕は負けないんだ!」

 

 

 レヴィがチェスボードを引っくり返す。

 そして敗北を認めない彼女は、その勝敗すらも引っくり返した。

 

 それはアリサの知らない、軍用持法・金烏玉兎釈迦ノ掌の持つ真なる力。勝敗が決した時に発現する、もう一つの能力。

 勝敗が決した時に、敗者が敗北を認めなかった場合。そしてその敗者が型破りな存在であると、約束すらも守らない相手であると勝者が認識していた場合に限り発現する力。

 

 発現した真の効果は、勝者と敗者を入れ替える。死と言う罰を、勝者にこそ与えるのだ。

 

 

「僕は負けない! 負けてない! だから、君が死ね!!」

 

「……そんな、嘘、でしょ」

 

 

 釈迦の掌の上に囚われた時点で、勝機などなかった。

 敗者を裁く膨大な力をその身に浴びて、アリサは信じられないと言う表情を浮かべたまま地に倒れた。

 

 

 

 空間が崩れ去る。釈迦ノ掌が消え失せる。

 舞い戻って来た偽りの学校。その教室の中に残されたのは、涙目ながらも勝利を宣言するレヴィと、膨大な力に貫かれて倒れ伏したアリサのみ。

 

 己の身体が冷たくなっていく感覚に震えながら、アリサはその意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 




シリアスさん「助けてくれ! アホが、アホが俺を殺しに来るんだ!!」
アホの子「勝ったな、死ね!」

そんな今回。遊戯王ネタは特に必要のない御遊び。摩の能力と罰ゲームで連想してしまったのでノリでやったネタ。

なので、不評が多ければ修正するかもしれません。(代わりのネタが思いつかないので、直すとしても大分先になるでしょうが)



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