リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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明けましておめでとうございます。

そんな訳で、新年一発目の更新。
今回はVSシュテルとVSレヴィの話です。


推奨BGM
1.超獣帝国(相州戦神館學園 八命陣)
2.迦楼羅舞う(相州戦神館學園 万仙陣)
3.Take a shot(リリカルなのは)


闇の残夢編第四話 夢界を行く 其之伍

1.

 世界が揺れる。視界が点滅する。

 

 世界を揺らす程の暴威。その挙動だけで世界が悲鳴を上げる程の脅威。

 そんな怪物の腕にしがみ付きながら、酷使した脳が放つ警告を無視してユーノ・スクライアは限界を超え続けていた。

 

 巨体にしがみ付いて、シュテルの体を足場にして、ユーノはその巨人に挑み続ける。

 神速。楯法の活。楯法の堅。それら三種の力を常時発動させながら、死力を振り絞り続けている。

 

 

『ユゥゥゥゥゥゥノォォォォッ!!』

 

 

 足場から延びる無数の手。巨人を構成する少女達は、無数の手を伸ばしてユーノ・スクライアを捕えんとする。彼女らの瞳には、愛しい人を求める欲しか残っていない。

 

 欲しい。欲しい。欲しい。

 

 貴方の瞳が欲しい。貴方の口が欲しい。貴方の歯が欲しい。貴方の耳が欲しい。貴方の髪が欲しい。貴方の手が欲しい。貴方の指が欲しい。貴方の足が欲しい。貴方の皮膚が欲しい。貴方の肉が欲しい。貴方の骨が欲しい。貴方の心臓が欲しい。貴方の肺が欲しい。貴方の胃が欲しい。貴方の腸が欲しい。貴方の肝臓が欲しい。貴方の膵臓が欲しい。貴方の腎臓が欲しい。貴方の膀胱が欲しい。貴方の陽根が欲しい。貴方の男陰が欲しい。貴方の性細胞が欲しい。貴方の脳が欲しい。貴方の声が欲しい。貴方の言葉が欲しい。貴方を構成する全てが欲しい。

 

 ああ、何よりも、貴方の愛が一番欲しい。

 

 引き摺り込まんとする少女達の想いは最早暴威だ。愛と言う感情が物理的な質量を持っていれば、それだけで星を砕けていたであろう程に、星光の殲滅者の情は重い。

 

 だが、そんな女の情を知らぬと少年は打ち破る。お前に与える物は痛み以外にありはしないと、少年は力尽くで破っていく。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 裂帛の気迫が籠った一撃は正に極上。全身全霊。乾坤一擲の最大攻撃。

 たった一撃の打撃に全力を費やして、その全力の打撃を何度も何度も繰り返し放つ。

 

 後に続く力が残らぬ程の一撃を、然し何度も連続して放つと言う矛盾。そんな無謀を、己の意志で貫き通す。

 

 この夢界は意志が全てだ。精神の強さこそが全てを決する。現実には到底出来ない事。そんな無理難題とて、強き想いがあれば成し遂げられる。

 

 これは夢だ。己の意志が全てを変える夢である。故にこそ、己の愛が揺るがない。この地で最も深い情を持つシュテル・ザ・デストラクターは、夢界において最強なのだ。

 

 この愛は狂気だ。この想いは凶器だ。けれど、ユーノの想いとて軽くはない。そんな彼女の狂気に、少年は決して正道を外れる事無く、されど想いの多寡で少女に食い下がる。

 

 この狂気の愛を前に、少年の想いが下回る事などあり得ない。三千倍の愛にすら届かんとする程に、想いの純度を高め続ける。

 

 シュテルが壊れる。シュテルが壊れる。シュテルが壊れる。

 繰り返される拳打。それが終わらず、それが止まらず。そうして確実にシュテルは壊されていく。

 

 

『ユゥゥゥゥゥゥノォォォォッ!!』

 

 

 名を叫ぶ少女とて、唯壊されるだけでは済まない。

 大型の炎弾が無数に放たれる。炸裂する火炎弾が少年を巻き込んで爆発する。灼熱の高速弾が、少年の肉体を削っていく。

 

 それら無数の魔法を放ちながら、同時に振るわれる巨人の一撃。暴れ狂う肉の怪物は、正に全霊を持ってユーノ・スクライアを壊さんとしている。

 

 右腕が焼かれる。右足が潰れる。左足が捥ぎ取れて吹っ飛んでいく。

 崩れた身体を片手で支えて、少年は常時発現させている三つとは別に、思考の一つで夢を顕象する。

 其は楯法の活。失った部分を即座に復元させて、再び走り出す少年は己が被害を考えずにシュテルを破壊し続ける。

 

 即死でなければ元に戻る。冷静な思考を保てれば元に戻る。本来なら肉体が欠損する痛みに耐えられないのであろうが、少年にはマルチタスクがある。痛みなど、それによる思考の混乱など、十二の内の一つに押し付けてやれば良い。

 

 ユーノが怯懦に膝を付くことは無い。その恐れから、夢の顕象に失敗することは無い。故にこそ彼は、被害を恐れずに破壊を繰り返すことが出来るのだ。

 

 シュテルを破壊する。シュテルを破壊する。シュテルを破壊する。

 愛する少女と同じ顔を壊す度に心が悲鳴を上げている。その肉塊が手にこびりつく感覚に精神が摩耗する。命を奪うという感覚に、慣れる事が出来ずに涙を零して吐き気を堪える。

 

 そんな真っ当な思考すらも、他の十二に押し付ける。判断能力を維持したタスクを回して、戦闘行為に支障を出さない。そうしてユーノは、シュテルを壊し続ける。

 

 既に右腕は死んでいる。既に右足は死んでいる。既に左足は死んでいる。そして。

 

 

「これでぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 一発一発が少女を殺す打撃。魔力強化によって、純粋に優れた体技によって、人体に物理的な風穴を開ける程に凶悪な拳は、巨人の右腕を構成するシュテル達を殺し切る。

 

 巨人の右腕がだらりと垂れる。右肩から先のシュテルを全員殺されて、その腕はだらりと垂れ下がる。

 その腕を足場にしていた少年は、死体の塊と化した腕を蹴りつけて飛ぶと、その拳を頭部へと振り下ろす。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 繋がれぬ拳。圧倒的な魔力加速を受けて放たれる拳は、ボッと音を立てて巨人の頭部に打ち込まれる。

 

 頭頂部に生えていたシュテルの首から上が弾け飛ぶ。返礼の如く放たれる魔力の衝撃波に吹き飛ばされて、ユーノは地面に叩き付けられた。

 

 

「あ、……ぐぅっ」

 

 

 咄嗟に堅を重ね掛けする事で即死を免れる。苦悶の声を意志の力で押し殺して、その身を活で無理矢理に癒して、這い上がった少年は己を襲う炎の追撃を躱し切る。

 

 

「……これで、……二千」

 

 

 巨人の両腕。巨人の両足。胴体にある幾つかの部位と、たった今潰した頭部表面。全て合算して二千人。拳を振るった数が二千回。たった一発で確実にシュテルを仕留め続けていた彼は、故にキルスコア二千を突破した。

 

 

「……残るは、千人」

 

 

 疲労は大きい。苦痛は大きい。摩耗は大きい。

 心も体も、全てが悲鳴を上げている。マルチタスクに押し付けられていた痛みが戻って来て、心が砕かれるのではないかと言う程の衝撃を受ける。

 

 

「後、千人だ」

 

 

 けれど少年は止まらない。だけど少年は屈しない。

 嘆くのは後だ。己の所業に後悔するのは後で良い。今は、あの子を救う為に、あの子の元へ行く為に、その為だけに戦うのだ。己の心を殺し切って、そうして前に進み続ける。

 

 

「あああ、あああああああああっ!!」

 

 

 事ここに至っても少年は己を見ない。その破壊には欠片すらも愛がない。己の感情を理解した少年は、故にこそもう揺るがない。

 

 彼が見詰めているのは高町なのはだ。シュテル・ザ・デストラクターなど、唯の障害程度にしか認識していない。

 どれ程に傷付けても、どれ程に壊そうとも、彼の敵意も憎悪も、もう向けてはくれないのだ。

 

 その事実にシュテルは悲鳴を上げる。己を壊しながらも、別の誰かを想い続けている彼に、破壊に愛がない彼に、狂おしい程の情を抱く。

 

 行かせない。行かせない。行かせない。

 私を見て。私を知って。私を抱き締めて。

 

 二千の被害などどうでも良い。残る命の数など関係ない。止めるのだ。捕まえるのだ。少年の心を己の物にする為に、破壊の愛に狂うのだ。

 

 

「ああああああああああああああっ!!」

 

 

 殺された筈の巨腕が動く。壊された筈の足で走り出す。醜悪な巨人は行動を再開する。

 

 癒えた訳ではない。傷が治る筈がない。

 彼女の巨体は三分の二が死んでいる。そんな死体の塊を動かすのは、怪しく輝く黄金瞳。

 

 体が幾つ死のうと関係ない。三千の内の二千九百九十九人が死んだとしても、たった一人でもシュテルが残り続ける限り、巨人の暴威は止まらない。半数以上を失ってなお、シュテル・ザ・デストラクターは健在だ。

 

 死体が動く。死体が蠢く。少年の奮起は、確かに巨人の力を削ぐ事には繋がっているであろう。だが、その脅威は健在だ。その猛威は揺るがない。その怪物の残る命は、今まで以上に奪えなくなっていく。

 

 無数の屍の山。それは死んで直ぐに消滅する訳ではない。シュテル全てを殺さぬ限り、廃神と言う悪夢は形をもって残り続ける。

 死体が壁となる。死肉が盾となる。その死んだ体が障害となって、少年が振るう拳の衝撃を内に通さぬのだ。

 

 残る千人のシュテル。その大半が死肉の内側にある。巨人の内臓部を構成するシュテル達ばかりが残ってしまっている。

 全霊を込めた拳でも、一撃では殺し切れない。二撃三撃と全く同一の場所に打ち込んで、漸く一人を仕留められるかどうか。残る千人を討ち果たすのは、今までの二千人殺しよりも遥かに難しい。

 

 それでも――

 

 

「其処を退いてもらうぞ。シュテル・ザ・デストラクター!」

 

 

 彼が膝を屈する理由はない。彼が諦める理由にはならない。その先に、進むべき道があるのだから。

 

 物理的なダメージで肉体が損傷して、絶えず使用し続ける邯鄲の夢で精神を消耗して、命を奪う行為に心が傷付いて、少しずつ、だが確実にその切れ味を鈍らせているユーノはそれでも強く咆哮する。

 

 死んだ己は壁となるが魔法を使用出来なくなる。己を構成する半数以上を殺されて、穿たれた傷は癒える事はなく、そして未だ己を見てくれない少年に心を傷付けられて、シュテルは絶叫を上げる。

 

 どちらも傷付いている。どちらも追い詰められている。それは宛ら、チキンレースが如く、どちらが先に潰れるかを競い合っている。

 

 戦いの決着にはまだ遠い。

 

 

 

 

 

2.

 二人の少女の戦い。雷刃と紅蓮の第二幕。先手を取ったのは当然、レヴィ・ザ・スラッシャーであった。

 

 アリサは早くはない。速力には自信がない。遅いと言う程でもないが、それでも速さを売りにする者達に追い付けるだけの物を持ってはいない。

 更に言えば、今の彼女は死に掛けだ。半死半生で思考は淀み、行動にはムラが出ている。その強度が一貫していないのだ。全力で戦う事など不可能だ。

 

 そんな彼女が、圧倒的な速力と破壊力の二つこそを売りとしているレヴィ・ザ・スラッシャーに抗し得る道理はないのだ。

 

 

「行くぞぉー! バルニフィカス!!」

 

 

 青髪の少女の手に握られた破砕斧バルニフィカスがその形態を変える。それは少女の身の丈を超える巨大な剣。超刀ブレイバーと少女が名付けし水色に輝く雷光の刃。

 

 レヴィ・ザ・スラッシャーは圧倒的な速力でアリサから距離を取る。

 因みに、その行動に意味はない。寧ろ接近戦が得意な彼女にとっては、不利を生み出しているだけである。

 

 レヴィ・ザ・スラッシャーは格好良いポーズをしながら、巨大な剣を更に巨大化させていく。

 ぶっちゃけ、そのポーズには何の意味もない。魔法を使う為に必要と言う訳でもないのに、無駄なポーズを加えて時間を浪費する。

 

 無駄に洗練された無駄しかない無駄な行動で、速力差によって得たアドバンテージの殆どをダストボックスにダンクする。

 そのダンクシュートに空中で三回転半の捻りを加えるくらいに、彼女の行いは鮮やかな無駄で満ちている。

 

 そんな無駄しかない行いを挟んでいると言うのに、それでも雷刃は紅蓮の遥か前を行く。

 

 レヴィ・ザ・スラッシャーはフェイト・テスタロッサのコピーである。彼の神速の少女の模造品だ。

 その速力。命を捨てて発現したあの速度には届かずとも、レヴィは音を遥か後方に置き去りにした速さで動く。

 

 戟法の迅によって物理法則から解放された彼女は、正しく異名の如き雷光速度で飛翔する。

 

 追い付けない。追い縋れる訳がない。認識できる道理がない。

 戦場において、速さは絶対の要素の一つだ。速さに勝る敵手を打ち破るには、並ぶ手段を見つけ出すか、何等かの理不尽によってそれを蹂躙するより他にないだろう。

 

 だがアリサにそれはない。今の死に掛けているアリサには、レヴィを視認する事すら出来はしない。

 

 圧倒的と言うのも生易しい程の速力。雷刃の異名に恥じぬ雷光の如き速度。

 そんな速力で飛び回るレヴィは、そんな圧倒的な速さを見せる放蕩の廃神は――

 

 

「あだっ!? あだっ!? 何でこんなに痛いんだ!?」

 

 

 当然の如く壁にぶつかる。当然の様に天井にめり込む。自分が作り上げた鳥籠に自ら打つかって、盛大に膨れ上がった頭部を涙目で抑えていた。

 

 室内で雷光速度など出せば、そうなるのは当然と言えるであろう。

 室内で走り回っただけでも子供は怪我をするのに、自分の動きすら認識出来ない速度で狭い空間を飛び回れば自滅するのは必然だ。

 

 本来ならば、それ程に高速の物体がぶつかれば、壁も天井も崩れているであろう。跡形もなく崩壊するが道理である。

 だが、この教室はレヴィの創法によって書き換えられた物。通常の物理法則の内にない、イメージによって編まれた物質だ。

 その強度は、レヴィが纏った迅と同じく。故に彼女がぶつかっても簡単には壊れない。

 

 

「誰だ!? こんな壁用意したのは!! 僕、怒ったぞ!!」

 

 

 己の所業を完全に忘却している放蕩の廃神は、そんな理不尽な台詞を口にする。そうしてレヴィは、バルニフィカス・ブレイバーを振り被った。

 

 

「砕け散れ! 雷神滅殺! きょっこーざーん!!」

 

 

 放たれるは全力全開。全霊の籠った最大火力が向かう先は、アリサではなく唯の壁。

 

 

「壁! 天井!! 君達は死ね! 僕は飛ぶ!!」

 

 

 壁が崩れ落ちる。天井が砕け散る。最大火力のオーバーキル。それに耐えられる筈もなく、学び舎が轟音を立てて崩れ落ちる。

 

 

「凄いぞー! 強いぞー! 格好良いぞ、僕!!」

 

 

 淀んだ曇り空の下、自由を得た雷刃は、水を得た魚の様にはしゃぎ回る。打ち崩した学び舎から抜け出して、空に浮かんだ少女は風に揺られた。

 

 

「あぁ、やっぱり空は良いな。自由って感じがして、大好きだよ。……本当の空って、どんな空なんだろう? ねぇ、君は知ってる?」

 

 

 頬に触れる風を感じて、レヴィは目を細めながら口にする。偽りの風しか知らぬ少女は、それを知るであろう少女へと問い掛ける。

 

 答えは返らない。答えを返せない。真面に身動きすら取れなかったアリサが、倒壊する学び舎から抜け出せる道理がある筈もなく。

 

 

「あれ? もしかして、これで御終い?」

 

 

 詰まらないな、と口にするレヴィ。

 半死半生の少女が、崩れ落ちる建造物の奥から抜け出せる道理はない。

 

 だが、アリサ・バニングスと言う少女は、そんな無様な轢死を迎える程に大人しくはない。

 

 

「フレイムアイズ!!」

 

 

 炎の剣を両手で握り、震える体に喝を入れて、死に物狂いでそれを振るう。

 

 

「タイラントォォォッフレアァァァァッ!!」

 

 

 轟と燃え上がる炎の赤。膨大な炎を生み出し放つ魔法の力。アリサの剣より放たれた力が、崩れ落ちる建造物を焼き払う。

 その全てを焼き払う事は出来ずとも、致命となる物だけは確かに焼き捨てる。

 

 逃げられぬのであれば、落ちて来る物を焼けば良い。そんな単純な対応で、アリサは確かに生き残る。

 

 

「さっすがー! やるね、マルタ!」

 

「いい加減にぃ、名前を覚えろぉっ!!」

 

「あはは。やーだよ! アリサの名前なんて適当で良いんだ!」

 

 

 レヴィは意図的に名前を間違える。それはその方が楽しいから。

 

 

「っ! やっぱりアンタ、それ、わざとしてたのね!!」

 

「だってさー、アリサの反応面白いんだもん! それにさ、名前なんてどうでも良いじゃん。どうせ価値がある物なんて、この世界には何一つないんだから」

 

 

 彼女は阿呆だ。それでも、彼女は愚かではない。名を聞き間違える事はあっても、覚えられないと言う事はない。

 

 愚かなだけでは戦士である力のマテリアルと言う立場には居られない。戦をその役とする彼女は、優れた判断力を有している。

 創法は優れた記憶力と思考能力を必要とする。それをこうも見事に使い熟す、それこそが彼女が愚かではない証と言えよう。

 

 彼女は愚かではない。彼女の思考は他の二人の廃神よりも、或いは優れているとさえいえる。

 それでいて阿呆を晒すのは、唯、彼女が思考をしていないからだ。そうする意味を見出せないから、少女は全ての思考を停止させている。

 

 レヴィ・ザ・スラッシャーは何もかもに価値を見出してはいない。放蕩の廃神は、全てが無意味と知っている。

 大切な物はある。輝かしい物はある。失いたくない家族がいる。だが、それすらも所詮は夢なのだ。儚く消えるそれらに、どうして価値を見出せようか。

 

 己は夢。家族は夢。夢が覚めれば、消えてしまう儚い悪夢に過ぎない。

 この夢界は破綻している。最初から崩壊に向かっている。今は未だ、高町なのはの膨大な魔力で支えられているが、そんな彼女とて絞り続ければ底が尽きるであろう。そうなれば、後は囚われた人々を使い潰して消えるだけだ。

 

 狂った夜天は気付かない。その破綻に気付かずに救済の手を伸ばし続ける。

 この星を救った。この世界を救った。なら次は他の次元世界へと、その魔手を伸ばすであろう。

 

 その狂気終わりはない。その救済に先はない。この夢界は破綻しているのだ。夜天は最早狂っているのだ。最期には何もかもを巻き添えにして、全てを消してしまうであろう。

 

 それが分かってしまうだけの知性をレヴィは持つ。重度の病に思考さえ真面に出来ないディアーチェと異なり、愛に狂って何も理解出来ないシュテルと異なり、レヴィだけが分かっている。

 

 だから自分達は無意味だ。だから自分達は無価値だ。そして共に消え去るであろう彼女達にも、等しく価値はない。

 

 家族とて無価値ならば、それ以外の他者など価値を論ずる以前の話だ。そこに存在する意義などありはしないと彼女は思考する。

 

 故に彼女は思考を捨てた。故に彼女は愚かに振る舞う。故に彼女は阿呆であり続ける。

 

 彼女は放蕩の廃神だ。この世全てに価値がないなら、せめて今を楽しもうと笑う。唯享楽的に、刹那的に、破滅に抗う事なく遊び耽る。

 思考を捨てた彼女は純粋だ。生の感情を曝け出して、脊髄反射で行動する。それこそがレヴィ・ザ・スラッシャーと言う廃神の真実である。

 

 

「ざっけんじゃ、ないのよっ!」

 

 

 そんな廃神の嗤いの前に、少女は怒りを持って咆哮する。

 ふざけるな。誰がお前の遊びに付き合う物か。無価値と断じて遊び呆けるお前と違い、己には為すべき事があるのだ。

 

 

「こんのぉぉぉっ! 大馬鹿がぁぁぁぁっ!!」

 

 

 全霊を持って振り絞る否定の言葉と共に、アリサは炎の魔法を起動する。

 

 

「キュピーン! 見えるッ! そこッ!! 当たらなければどうと言う事はあるまい! キリッ! なんとぉぉぉッ! 質量を持った残像だとぉ!?」

 

 

 バーニングバレット。連続で放たれる炎の弾丸を、レヴィは危なげなく回避していく。その圧倒的な速力は捉えられない。

 まるでアリサで遊ぶように、彼女を馬鹿にするかのように、レヴィは躱した炎の前で反復横飛びを披露する。

 

 

「バーカ! バーカ! マリオのバーカ! そんなとろくさい攻撃、当たるもんか! 僕だったら百回はこの魔法の前で反復横飛び出来るよ! 見せてあげる!! よっ! ほっ! とりゃぁっ! ……って痛!?」

 

「躱した攻撃に自分から当たんな! この馬鹿!!」

 

 

 流石に百回は無理があったらしい。数十回程往復した所で魔力弾に打つかって、レヴィは頭を抱える。

 

 そんな考えなしにも程がある彼女を罵って、魔力弾を放ち続けるアリサ。おおうと口にして痛みに耐えるレヴィは、それを今度はあっさりと回避すると、空高く距離を取る。

 

 

「よーしっ! 今度は距離を取ったぞ! ここなら攻撃は届かない!!」

 

「っ!」

 

 

 アリサは魔力の炎を放ち続けるが、しかし開いた距離を覆せない。元より彼女は近接型。遠距離攻撃も出来なくはないが、性格も資質も向いてはいない。

 今は紅蓮炎上という異能さえも失っている。唯一の超距離砲撃手段を喪失している彼女は、距離を取られてしまえば打つ手がない。

 

 彼女の遠距離魔法では、届く前に消えてしまう。届いたとしても魔力障壁を揺るがせる事さえ出来はしないのだ。

 

 

「やーい! やーい! 飛べないアサリは、唯のアサリだ! 悔しかったら、ここまで来てみろー!」

 

「……何言ってんのか分かんないけど、すっごいムカつく」

 

 

 アリサに飛行適正がない事を知るレヴィは、小馬鹿にするように笑う。怒りが天元突破し痛みを忘れかけているアリサは、しかし何が出来ると言う訳でもない。

 

 飛行魔法は出来ない。遠距離魔法は届かない。上空で挑発してくるレヴィに対して、どれ程苛だとうと、アリサには何も出来ない。

 これは詰みだ。最早詰んでいる。このまま魔法の雨を降らせるだけで、レヴィはアリサに勝利するであろう。

 

 

「えー? 飛べないのー? 飛べないのが許されるのは小学生までだよねー」

 

「小学生よ! 私はっ!!」

 

 

 だが、この遊び呆ける愚か者が、そんな当たり前の勝利を狙う筈がない。

 

 敗北は悲しいから嫌だが、別に勝利だけを求める心算もない。

 元よりこの少女は遊んでいるのだ。今が楽しければそれで良いのだ。

 

 故に――

 

 

「じゃ、新ルール追加だー!!」

 

 

 放蕩の廃神は、堅実な勝利を投げ捨てて、新たな遊びをここに始める。

 

 

「――破段、顕象――」

 

 

 空中に浮かんだまま、両手を一杯に広げてレヴィは力を行使する。其は、五条楽が一つ、破の段位。

 

 

「中台八葉種子法曼荼羅!」

 

 

 放蕩の遊びが色濃く出る異能。創法によって生み出されるは巨大な空間。言葉と共に刻まれるは梵字、天と地に八字ずつ。

 

 地に刻まれるは種字法曼荼羅。諸仏を直接表さず、刻まれる梵字は干支の守護梵字。

 天に刻まれるは胎蔵法曼荼羅。八つの方位に刻まれた菩薩の名が、智慧の世界を表現する。その菩薩の名が、梵字にて刻まれている。

 

 其の二種類。十六の梵字が齎すは認識崩壊。方向感覚を完全に狂わせる破段顕象。

 

 

「んなっ!?」

 

 

 アリサが戸惑いの声を上げる。驚愕の声を漏らす。

 前後左右が狂っている。上下は愚か重力までがおかしくなる。彼女の視界に映るおかしな世界に戸惑いながら、天井へと落ちていく。

 

 

「うわー!? 何だこれー!!」

 

「お前も嵌るんかい!!」

 

 

 自身とは真逆の方向へと落ちていくレヴィに突っ込みを入れながら、アリサは狂った世界に閉じ込められた。

 

 

 

 中台八葉種子法曼荼羅。その展開された梵字に触れると、対応する方角を正しく認識できなくなる。

 

 前を見ている筈なのに後ろが映る。右を見ている筈なのに左が映る。

 それだけでは済まない。前が左に、後ろが前に、斜め前後が上下に映る。

 常に変化し続ける光景。それが正しい情景を映し出すことは無い。重力の方向すら、上下に狂い続けている。

 

 梵字は既に見えない。邯鄲の夢の透で解析しなければ、どこにどの文字があるのかも分からない。

 常に文字の配置は変化する。確かにここにあったのに、その位置が既に変わっている。

 触れた物の視界を置き換えるその字は、何処に隠れているのか、何が隠れているのかも分からない。記憶力など、方向性の想定など、この領域にあっては意味がない。

 

 誰も正しい場所へ向かえない。誰も正しい方向へ向かえない。それは術者であるレヴィもまた同じ事。

 

 

「どこだー! アルミー!!」

 

 

 レヴィはグルグルと同じ所で回っている。梵字に踊らされている少女は、何処にも行けずに同じ場所で回り続ける。

 

 

「……何か目が回って来た」

 

 

 顔色を青くしてそう呟く。己の力に嵌っている姿は、正しく滑稽と言えるだろう。

 吐き気を抑える為に飛行魔法を解除して、大の字になって目を閉じるレヴィ。その姿は隙だらけ。その瞬間こそ最大の好機。

 

 飛行も遠距離砲撃も行えないアリサは、今、この瞬間にこそ討ち取らんと駆け出して。

 

 

「っ! またっ!」

 

 

 進めない。向かえない。レヴィの見える方向が一瞬先には変わってしまう。駆け出した自分が正しい方向に向かっているのかすら分からなくなる。

 

 火炎の魔力弾を放つ。前方に放った心算のそれは、左方向へと飛んでいき、レヴィの寝ている右方向から大きく外れて逸れて行った。

 

 狙えない。近付けない。アリサは敵を討つ事が出来ない。

 レヴィの展開したこの空間は、文字も何も見えない。どこに居ても代り映えのしない世界。目印なんてありはしない。

 何処にいるのか分からなければ、どちらを向いているのかすらも分からないのだ。対処など出来る筈もない。

 

 

「随分と、質の悪いもん出して来るじゃないのっ!」

 

「……」

 

「っ! 話す価値すらないって訳! 上等じゃないの!」

 

「…………ぐー。すぴー」

 

「って、寝てんの!?」

 

 

 鼻提灯を膨らませながら、ぐーすかと鼾を掻き始めたレヴィ。その馬鹿にしきった姿に怒りが募る。

 

 

「っ、人をどこまでおちょくればっ」

 

 

 だが、しかし何も出来はしない。遠距離攻撃も、近距離攻撃も届かず。この曼荼羅を超えられないアリサでは、涎を垂らして眠るレヴィを倒せない。

 

 

(こんなの、どうすりゃ良いのよ!)

 

 

 どうしようもない状況に、そんな泣き言が零れる。どうしても倒せないその敵に、内心で折れかかっている少女に。

 

 

――…けが…! 泣き…など……耳…た…… 貴様に………手が残っ…いる………がっ!!

 

 

 そんな女の声が届いた。

 

 

「っ! アンタ! 無事なの!?」

 

――…の事……どうで…良い。……が…すべき…は、心配……で…な……、未熟者!

 

 

 繋がりは残っている。確かに道は残っている。女の声は、今だからこそアリサに届く。

 

 

――お前が…すべき…………力を……出……だ。…………出来れば、………必ず勝利する!  何時まで……あの…………者…好き勝手…………るな……馬鹿…がっ!!

 

「そんな事言われたって、力を引き出すって、どうすりゃ良いのよ!?」

 

――己…内…変化………感じ……! 繋が……ある………私が……………請け……為に、……繋がり…広げ…いる。……………今だけ……お前に声が届く…………している……!

 

 

 女は少女の死の半分を請け負った事で消耗している。本来そんな事など出来ぬのに、無理矢理に同調率の低さを覆して、死力を尽くして繋がりを強化した。

 請け負った死と、無理に力を行使した事で、残滓でしかない女は非常に弱っている。その身を揺るがせる程に、消えかける程に弱っている。

 

 だが、女は残っている。そこには、死を請け負う為に女が広げた道が確かに残っている。

 故に、今だけは女の声が微かに届く。今だけは、アリサの意志だけで女の力を引き出せる筈なのだ。

 

 

「己の内を、その力を感じ取る」

 

 

 教えてやる。だからしっかりと学び取れ。学ぶ為に、ここまでやって来い。

 そう語る女の言葉に頷いて、アリサは目を閉じる。そうして、その内界へと意識を伸ばす。

 

 一秒、十秒。百秒。

 

 

「捉えた!」

 

 

 確かに潜航し続ける少女は、その繋がりの先に、赤き騎士の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 赤い髪の女が居る。黒き軍服に後頭部で纏めた髪。左半身の酷い火傷痕が特徴的の、炎の様に苛烈で、氷の様に冷たい女。

 聖槍十三騎士団。黒円卓第九位。エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァが其処に居る。

 

 視線が合う。その記憶の断片が流れて来る。その想いの断片が押し付けられてくる。

 

 学び取れ、我が力。理解しろ。我が渇望。彼女が真実願ったのは唯一つ、その黄金の輝きに永劫焼かれ続けたいと言う願い。女が愛ではなく、恋ではなく、これは忠義であるのだと口にした願い。

 

 

「馬鹿ね。それは恋って言うのよ」

 

 

 その生涯を全て見て、アリサはそんな言葉を紡ぐ。

 同じ様な葛藤を抱えているからこそ少女は、そんな風に小生意気な言葉を口にしたのだ。

 

 

――ふん。お前が言うか。……だが、それも良かろう。

 

 

 そんなアリサの言葉を鼻で笑って、しかしエレオノーレはその冷たい相貌に温かな笑みを零す。

 彼女は生涯に渡り女の情を否定し続けた騎士であったが、それでも母として生きた経験もまたあった。故にそんな女の情も、偶には良いのかも知れないと笑って認めたのだ。

 

 

――さあ、無駄話をしている時間はないぞ。恐らくはもうこれが最期の邂逅だ! 持ち出せるだけ持っていけ!!

 

 

 そんな会話は一瞬。垣間見える瞬間に言葉を交わして、そのまま互いの横を過ぎる様に道を分かつ。

 本来アリサはこの場に来れない。心の内にある深層へと繋がれる程に、二人の相性は良くはない。

 

 それがこうして邂逅出来たのは、此処が夢界であったが為だ。

 

 意志が全てを定める夢の世界。その中にあったからこそ女傑は、少女の命を庇う事が出来ていた。そうしてその身を挺して庇った事で、二人の間にある繋がりが一瞬だけ強まったのだ。

 

 それでも本質は変わらない。二人の相性は未だ最悪だ。

 性格面では兎も角、能力面ではどうしても噛み合わない。故に、最早アリサがこの深層に落ちて来る事はないだろう。

 単純な能力値の問題ではない。どれ程高みに到達したとしても、再びアリサがこの場所に来ることはもう二度と出来ないのだ。

 

 だからこの一度に、持てる限りを持ち出して行け。狩猟の魔王はそう語る。

 だからこの一度に、アリサは両手一杯の荷物を抱えて、彼女の隣を通り過ぎた。

 

 アリサはこの胸の奥より、全てを焦す炎を持ち帰る。未だそれは焦熱世界には届かない。それを持ち出す程には適合出来ていない。故に、彼女の持ち出す物はその前段階。女の情を隠す忠義が生んだ、枷の嵌った創造位階。

 

 

「んじゃ、行ってくる!」

 

――行ってこい。馬鹿娘。

 

 

 言葉を満足に交わす余裕もない。故に互いに伝えるのは別れの一言。

 冷たいけれど、何処か温かな言葉と共にエレオノーレは四人目の教え子の背中を押す。背中を押されたアリサは、胸を焦し続ける炎と共に、その双眸を確かに開く。

 

 

 

 さあ、あの放蕩を打ち破る時が来た。

 

 

「この世で狩に勝る楽しみなどない」

 

 

 その鮮やかな金髪を翻し、赤を纏った少女は二本の足で確かに立つ。死に瀕した姿には、衰えなど欠片もない。真実、彼女は今、これまでの生涯の中で最良の状態を保っている。

 

 そんなアリサ・バニングスは、己の内より持ち帰ったその呪歌を口にする。

 

 

「狩人にこそ、生命の杯はあわだちあふれん」

 

 

 其は偽りの姿。其は偽りの力。正しく己の心を形にしたのではなく、枷を嵌めてその災禍を制限した物。

 だが、そこに宿る意志は本物だ。その熱量は真である。我は、同じ想いを抱く者なれば。

 

 

「角笛の響きを聞いて緑に身を横たえ、藪を抜け、池をこえ、鹿を追う」

 

 

 力が集う。力が高まる。生まれ出るは列車砲。その口径と同等の炎。

 

 

「王者の喜び」

 

 

 それだけで、終わる筈がない。それは始点に過ぎず、その脅威は先にこそ存在している。

 

 

「若人のあこがれ!」

 

 

 無限に広がり続ける爆心地。その炎は、世界全てを飲み干すまで止まらない。我が身を焼く炎は、この想い尽きるまで消えぬのだ。

 

 

――Briah

 

 

 さあ、幕を引こう。この大馬鹿者に、何を間違っているのかを教えてやるのだ。

 

 

焦熱世界・(ムスぺルヘイム・)激痛の剣(レーヴァテイン)!」

 

 

 飛来する炎弾は、少しずつその炎を肥大させる。その熱量を上げていく。

 紅蓮炎上と同サイズ。それが一秒毎に大きくなり、一秒毎に強くなり、全てを飲み込まんとその脅威をここに示す。

 

 

「んー。朝ぁ~? …………なぁにこれぇ?」

 

 

 その時になって漸く目が覚めたレヴィは、己に迫る極大の業火を漸く認識する。

 

 

「ちょっ!? 寝てる内に攻撃とか、汚過ぎるでしょ!?」

 

「寝てる方が、悪いのよっ!!」

 

 

 慌てて起き上がったレヴィは、その神速を持って火砲より逃れんと飛翔する。

 だが甘い。だが無意味。この砲弾は、当たるまで何処までも追い続ける。

 

 

「っ! 破段解除!!」

 

 

 制限のある鳥籠の内では逃げられない。レヴィはその破段を解除すると、全速力で上空へと逃れる。

 

 その砲火は止まらない。逃げたレヴィを追い続けながら肥大化し続ける。故に必中。赤騎士の砲撃から逃れる術などない。

 

 

「ならっ!」

 

 

 危機的状況に、珍しく思考を始めたレヴィはその砲撃への対抗策を考え出す。遊び呆ける廃神は、ここに来て漸く本気を出した。

 

 

「君を盾にすれば良い!!」

 

 

 術者が死ねば止まる筈。彼女を炎弾で自滅させれば、己は勝利する。

 使い古された手ではあるが、故にこそ王道。それが為せるだけの速力を、レヴィは持つ。

 

 

「戦力の決定的な差は、速さだって教えてあげる!」

 

 

 旋回して、大きく空を回り込んで、レヴィはアリサへと突撃する。その身に迫る砲火よりも、レヴィは速い。肥大化し続ける爆心地すら置き去りにする程に、彼女の速度は早いのだ。

 

 一瞬で間合いに入る。アリサを盾にしようと、その手を伸ばして――

 

 

「ぎゃー! とでも言って、自滅するとでも思った? 甘いのよ!!」

 

「げふっ!?」

 

 

 手を伸ばしたレヴィの身体を、アリサの蹴撃が撃ち抜いた。

 

 

 

 彼女が持ち出したのは、この砲火だけではない。胸を焦すような、この炎だけではない。その膨大な戦闘経験の一部も持ち出している。

 特に持ち出したのは、速く動く敵への対処法。黄金の城。修羅道至高天において行われた、白狼との戦闘経験。

 

 死世界の白狼を捕える手腕。最速の獣を確実に落とす技法。誰よりも早い相手を確かに撃ち落とす方法の全てを、アリサは持ち出してきている。

 

 あの白狼に比すれば、この廃神はまだ遅い。故に、タイミングを合わせるなど容易い。今のアリサにとって、速力の高い相手など鴨でしかないのだ。

 

 

「お、おぉ……」

 

「ふん!」

 

 

 腹を抱えて蹲るレヴィの頭を、アイアンクロ―で持ち上げる。片手で掴みあげたまま、足の裏で小さな爆発を発生させた。

 

 

「飛べないなら、跳べば良い」

 

 

 それは単純な解答。空を上手く飛べないから、アリサは爆風の勢いで飛翔する。

 爆発の被害を受けない訳ではない。炎に対する耐性はあるが、それを無効化する事など出来ない。

 当然、己を跳躍させる為の爆発でダメージを受けながら、それでもアリサは動じない。そんな少女が向かう先には、己の生み出した極大の炎。

 

 一度放たれた焦熱世界は、アリサ自身にも止められない。この無限に広がる炎は、レヴィかアリサを飲み干すまで止まらない。

 レヴィ・ザ・スラッシャーは何時か飲み込まれる。だが、この娘が全力で逃げ回れば被害は拡大するだろう。

 それは同じ戦場に居る仲間達。すずかとユーノを巻き込む事を意味しているから、アリサにそれは選べない。

 

 

「アンタが逃げる隙もないように、一緒に突っ込んであげるわ!」

 

「ちょっっっ!?」

 

 

 ジタバタと暴れるレヴィは逃がさない。その握力からは逃げ出せない。

 

 

「アンタには、言いたい事が山ほどあんのよ!」

 

 

 レヴィと共に死地への飛翔を続けながら、アリサは語る。

 

 

「別に、斜に構えるな、とは言わないわよ! 遊び呆けるのを止めろ、とも言わないわ! けどね、全てに価値がないとか、口にしてんじゃないのよ!!」

 

 

 それは彼女の怒り。その放蕩の廃神の口にした、全てに価値がないと言う言葉に対する怒り。

 

 

「大切な物はあるんでしょう! 大切な人は居るんでしょう! それなのに、そんなアンタの想いまで無価値だとか、口にしてんじゃないっ!」

 

「……だって、何れ消え去るのに」

 

「それでも、それでもよ! 何れ消え去るとしても、届かないと知っても、その想いに価値はあるのよ! 叶わないとしても、無意味な筈ないのよ!」

 

 

 全てが消え去るから無意味だ。全てがなくなるから無価値だ。

 そうではない。そんな筈がない。それだけではないのだと、アリサは語る。

 

 何時か消えるとしても、今、ここに、その想いはある。その想いまでも、否定してはいけない。

 何時か終わるとしても、今、ここに、大切な者はある。その想いまでも、無価値にしないで欲しいのだ。

 

 彼女の脳裏に浮かぶ情景。大切な親友と、情けなく笑う少年の姿。

 そこに想いは届かない。届かせてはいけないのだと知っている。……だけど、胸に抱いた情は、届かずに消える物だとしても、絶対に無価値などではないから。

 

 

「だから! それを! アンタ自身が無価値にしてるんじゃない!!」

 

 

 叫びと共に、二人は炎の中へと突入する。太陽の如き炎。燃え盛る爆心地へと入り込む。

 

 互いに業火に焼かれ、互いに痛みを感じ、互いに疲弊して。

 既に瀕死のアリサは、恐らくは先に落ちるであろう。故にこそ、それを覆す為にアリサは炎の中で更に畳み掛ける。

 

 彼女の背に展開される火器の群れ。炎の中でも正常に動作するそれは、戦車砲の運用に関わっていた五十人の兵士が保持していた全ての武装。

 

 

「全弾! 発射ぁっ!!」

 

 

 レヴィに向かって、銃弾の雨が降り注ぐ。

 爆心地が一瞬大きくなり、大爆発を引き起こす。

 

 

 

 極光が周囲を満たした。

 

 

 

 太陽の如き業火が去った後、後に残された両名は、空に浮かぶ力すら失くして落ちていく。

 きゅうと意識を失って落ちていくレヴィ。その身はボロボロではあるが、それでも命までは奪われていない。そんな彼女は意識を取り戻す事もなく、地面に落ちて倒れ込んだ。

 

 そしてアリサは、レヴィよりもボロボロになりながらも勝利に笑う。

 彼女よりも死に瀕しながら、それでもアリサは握り拳を振り上げたまま、自由落下する。

 

 

「私の、勝ちよ!!」

 

 

 自分の内に居る彼女に教えるように、アリサはそんな言葉を宣言した。

 

 

――もう少しスマートにやれんのか、馬鹿娘。……だが、及第点だ。

 

 

 眠りに就く直前の赤騎士は、溜息を吐きながらそんな言葉をアリサに返す。

 そんな素直ではない言葉に笑みを零しながら、地面に倒れ込んだアリサは目を閉ざす。そのままゆっくりと、意識を手放すのであった。

 

 

 

 かくて、放蕩の廃神は討ち果たされる。

 その激闘の第二戦は、紅蓮の少女が勝利を掴んだ。

 

 

 

 

 

3.

 少年は死に瀕している。その身は傷だらけ、楯法の活を使える程の意志は残っておらず、残るは多少の魔力のみ。何時その場に倒れてもおかしくはない。

 

 少女は死に瀕している。残る命は後一つ。心の臓の奥深くにあるシュテルが一人残るだけ。この一つを失えば、この場に倒れて終わるであろう。

 

 だが、敢えてどちらが優位かと言えば、最早真面に動く事も出来ぬユーノではなく、自由に動く体を持つシュテルである。

 二千九百九十九人のシュテルを倒しても、その性能は何ら劣る事はないのだから。

 

 

「さあ、終わらせましょう」

 

 

 立つ事がやっと、という姿のユーノを前に、シュテルは落ち着きを取り戻して微笑みを浮かべる。

 

 

「紆余曲折、様々な事がありましたが、これで漸く、貴方がこの手に砕かれる」

 

 

 漸く叶う。漸く達成できる。この手で、この愛で、漸く貴方を砕けるのだ。

 

 

「ええ、ええ、これが最後。これで最後。ああ、愛しています。愛しているの。愛しているから」

 

 

 だから私を見て欲しい。そんな言葉も、少年には届かない。

 意識が朦朧とする程に追い詰められて尚、ユーノの愛は揺らがない。

 

 

「……まだ、貴方は私を見ないのですね」

 

 

 これ程に追い詰められても、これ程に苦しめられても、ユーノにとってシュテルは障害の一つでしかない。

 愛と言う思いを教えてくれた恩人ではあっても、彼女は彼の特別には成り得ないのだ。

 

 

「……崩れ落ちる貴方を知るだけで、私は満足出来るでしょうか。この破壊の情は私を満たしてくれるでしょうか」

 

 

 その問いに答えは出ない。けれど、破壊の果てに、貴方を私だけの物にする事は出来るから。

 

 

「取り敢えずやってみましょう。一先ずはそれで良しとしましょう。……それでも足りなければ、今度は貴方を知る人が私だけになるように、一人ずつ潰して行きましょう」

 

 

 愛に狂った廃神は、一人になっても狂っている。その愛が叶わぬ限り、少女が正気となる事はない。

 

 

「そうすればきっと、私は貴方の特別になれる」

 

 

 己が貴方の特別と成る為に、シュテルは重くなった体を動かす。

 

 

「……さぁ、(アイ)してあげる」

 

 

 少し鈍った動きで、巨体を動かす。その全てを打ち砕く巨腕が、死に瀕した少年へと振るわれた。

 

 

 

 その破滅が振り下ろされる刹那、少年は二つの過去を思い浮かべていた。

 笑ってしまう程に体が動かない現状。この疲労が齎す感覚を知っている。その疲労感が、嘗ての鍛錬の記憶を呼び戻す。

 

 一つは、嘗て稽古の中で問うた言葉。

 

 

――何? 御神の極みは何か、だと?

 

 

 疲れて荒い息をしたまま大の字に倒れるユーノが、兄弟子である高町恭也に問うた言葉。

 

 

――御神の真髄は神速だが、極みとなるとな。……やはり“閃”になるだろうな。

 

 

 御神不破の最終奥義、閃。それは力と速さを極めた先にある抜刀術。御神不破の奥義が極み。

 

 

――っと言えば聞こえは良いがな、閃は単純な抜刀術とは違う。……否、寧ろもっと単純な技術だと言うべきだな。

 

 

 閃は高速の抜刀術と言われる。だが、それは真ではない。

 クロノ・ハラオウンに対して使ったのは抜刀術としての閃だったが、氷村と言う男に対して用いた時は刺突であった。

 それはこの閃と言う奥義が、抜刀と言う括りに縛られていない事を意味している。

 

 

――“閃”ってのは、体の動かし方に関する技術だ。二重神速によって生じた力を一切無駄にせずに抜刀術に乗せる。その重心移動こそを閃と言う。……故に閃とは基本にして極意。その考えを突き詰めたのが御神不破の極みなんだ。

 

 

 真に習熟すれば抜刀としてではなく、あらゆる動作に絡ませる事が出来る。高町恭也ですら、未だ体得したとは言い切れぬ極意。それこそが閃である。

 

 

――基本にして極意とは言え、やっぱり基本的な物だからな。……やりかた自体はそう難しくはない。閃と呼べる領域には届いていないだけで、武芸者ならば誰もが出来る動作だ。

 

 

 そんな高町恭也の言葉を思い出していた。

 そして思い出す。もう一つは異なる武芸を仕込んでくれた師の言葉。

 

 

――んー? 繋がれぬ拳のやり方?

 

 

 それは管理局時代。未だ斬神の神楽舞に参陣する前の少年が、意識を取り戻した際にクイントに問うた言葉。

 

 

――と言われても、基本感覚だからね。こー、がーっと行って、ぐわーって感じ?

 

 

 腰から上を動かして、拳を打ち込む動作をするクイント。その感覚派な解答がユーノに伝わることは無く、故にそれでは分からないと問いは繰り返される。

 

 

――んー。理屈。理屈ねー。……何て言うかね。無駄にしないって感じかな? 加速のエネルギーを拳に乗せて、魔力を込めて放つって感じよ。

 

 

 それはあらゆる武術の基本。重心移動の力を殺さずに乗せるという要訣。

 単に魔弾を撃つだけではなく、足を止めた状態から全身の発頸で打ち出した拳圧に魔力を乗せると言う物だ。

 

 話を聞いたユーノは何度も試そうとするが、しかしそう上手くは行かない。

 

 

――ああ、それじゃ無理よ。……実は繋がれぬ拳の魔法ってさ。重力魔法も関係してんの。力が上手く拳に乗るように魔法で補助してる訳よ。……だから、魔法抜きでやるのは私も無理。と言う訳で、その魔法教えるから覚えなさい。後はまあ、魔法発動のタイミングね。

 

 

 そんな師と兄弟子の言葉を思い出す。二つの技術に関する知識を思い出した瞬間に、ユーノの中で二つの武芸が繋がった。

 

 極限状態で使い続けた神速は、その練度を高めている。今ならば、活を用いずとも二重の神速を行える。残った魔力は微小だが、繋がれぬ拳を放つには十分過ぎる程。

 

 そう。札は揃った。これまでは札が揃わなかった。

 それは神速の練度であり、二つの技術を合わせると言う発想。

 

 仮にそんな発想が出ていたとしても、無駄に力が入る体では上手く出来なかっただろう。今の完全に力が入らない身体状態だからこそ、そこに余分は混ざらない。

 この極限状態において、漸く全ての準備は揃ったのだ。後はそれを合わせ、至高の一撃を放つのみ。

 

 前を見る。振るわれんとしている巨腕を見る。押し潰さんとする破滅を見上げる。

 それを前に、立ち向かえる程の力は残っていない。僅かに残った最後の力。それだけで倒せるとは思えなかった。

 

 だが、今は違う。結実した努力の結晶は、この廃神を倒し得ると確信が持てたから。

 最後に残った魔力を振り絞る。ボロボロの精神を、これで最後だからと無理矢理前に向ける。そうして、彼は勝負に出る。

 

 軽くユーノは地面を蹴って、翼の道を作り出す。その生み出した魔力の道を、二重の神速を駆け抜ける。

 その勢いを込めた一歩。それだけで動かなくなる足を無理矢理に引き摺る。動かなくなるまで酷使して、動かなくなったら治療魔法で癒して進む。

 

 残る僅かな魔力。それを使うは繋がれぬ拳の魔法。

 動かぬ程に疲弊した体。これが最後と死力を持って用いるは二重の神速。

 

 神速のエネルギーを、重力魔法で拳に集める。

 放たれるは、魔法によって再現された御神不破の最終奥義。

 

 

「これが僕のっ! 自慢の拳だぁぁぁぁっ!!」

 

 

 御神不破が極み、閃。

 その拳の一撃は、確かにシュテルの心臓を撃ち抜いた。

 

 巨体に穴が開く。巨人の心臓があった場所に、小さな空洞が生まれる。その拳は、確かに最後のシュテルを仕留めていた。

 

 

「あ、ああ、ああああああああああああっ!?」

 

 

 絶叫が上がる。悲鳴が上がる。

 拳を放った少年を巻き添えにしながら、無数の巨人が崩れ落ちていった。

 

 

 

 意識を失い掛けた少年は、何も為せずに落ちていく。シュテル・ザ・デストラクターを討った事で全ての力を消費した彼は、全長50mの巨人の心臓部と言う高さから落ちていく。

 最早どうしようもあるまい。死肉に飲まれたまま、先に待つのは墜落死だ。

 

 けれど、そうはならなかった。

 

 

「……私が貴方を壊すのは良い。……けれど、私以外の要因で、貴方が壊れるのは許せない」

 

 

 拳を振るえた筈だ。振るわんとしていた拳は、まだ動いた。最期の最後に、それだけの力は残っていた。墜落死する前に、その手で破壊も出来たはずだ。

 

 それでも、その選択を選ばなかった。それは振るう拳で確実に殺せるとは思えなかったからか、それとも心中する事を望んではいなかったからか。……或いは、何か別の。

 

 そんなシュテル・ザ・デストラクターが選んだのは、彼を残すと言う選択肢。黄金の瞳に操られた少女の死体が衝撃を逃がす。死体の群れが、衝撃吸収材の役を果たしていた。

 

 

 

 少女に救われた少年は、ボロボロの身体で立ち尽す。屍の山に立つ少年の元に、心臓に大穴を開けた裸の少女がすり寄って来る。

 ゆっくりと歩み寄る少女に敵意はなく、血に染まった小さな掌で、優しく少年の頬を撫でた。

 

 

「ユーノ。愛しています」

 

 

 胸に赤き大輪を咲かせて、妖艶に微笑む少女の言葉は唯一つ。

 

 

「……悪いけど、僕が愛しているのは君じゃない」

 

 

 それに返る少年の言葉もまた、唯一つだ。

 救われようとも変わらない。その想いだけは揺るがない。

 

 死に至ろうとする少女に、偽りの言葉を告げるのは違うから。

 終わりを迎える少女に、助けられた恩に、ユーノが口に出来るのはその言葉だけだから。

 

 有難う、と、その瞳を見つめ返した。

 

 

「ああ、本当に、いけずな人」

 

 

 漸く、見てくれた。それだけで少女は、優しい笑みを零す。

 結局、彼女が一番なのね、と悲しそうに、憎らしい人だと言葉を零す。

 

 嗚呼、けれど――

 

 

「そんな貴方だからこそ」

 

 

 私は愛しているのだ。

 

 

 

 シュテル・ザ・デストラクターが消えていく。

 夢から生まれた悪夢は、その存在を夢界の中へと消え去っていく。

 

 

「……さよならだ。シュテル・ザ・デストラクター」

 

 

 ほんの僅かに残った頬の熱を感じながら、ユーノはそう言い捨てる。

 ボロボロの身体は動かず。ズタズタな精神は、今にも休もうという怯懦を見せていて。挫け掛けた心は悲鳴を上げている。それでも――未だ止まらない。

 

 

「僕は、なのはの元へ行く。……お前が教えてくれた、この愛は忘れない」

 

 

 ユーノは止まらない。足を止めずに前を目指す。傷だらけの少年は、消え去っていく少女に背を向けて歩き出す。

 

 その想いに答える事は出来ずとも、愛に狂った女が居た事だけは、胸に残して少年は夢界を進んでいく。

 

 

 

 

 

 




レヴィ「実は僕が一番頭良かった件!」
シュテるん「なん……だと……」
おうさま「馬鹿な!? 我がこの阿呆に知能指数で劣る!?」


そんな廃神三人娘でした。




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