リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回で残夢編は終了。ちょっと、詰め込み過ぎたかも。


推奨BGM
1.空ヲ亡ボス百ノ鬼(相州戦神館學園 八命陣)
3のラスト.星の輝き(リリカルなのは)


闇の残夢編第六話 残る夢と終わる夢

1.

「大江の山に来てみれば、酒呑童子がかしらにて」

 

 

 歌う。謡う。謳う。腐った龍が童歌を歌い狂う。

 鶴岡八幡宮よりも、東京ドームよりも、国会議事堂よりも、龍の瞳一つが遥かに大きい。

 その巨体は、関東圏の全てを覆い尽くす。正しく災厄の権化と呼ぶしかない程に巨大な龍。その九つの首が、可愛らしい声音で、気味が悪い声音で、歌を歌い狂っている。

 

 

「青鬼赤鬼集まって、舞えよ歌えの大騒ぎ」

 

 

 その瞳の回りに浮かぶ六角形の空洞。天蓋に開くは、黄泉路へと繋がる穴、そこから零れ落ちるは、無数の悪鬼だ。

 

 大百足。腐った山犬。白骨化した馬。巨大な白骨。身の丈を大きく超える蛇。

 一つ一つが街を食らい、国を滅ぼすに足る大妖怪。其は百鬼空亡が発する瘴気に当てられ、現世に迷い出て来た化外の軍勢。

 

 その数は最早、数えられぬ程。火砕流の如く、絶え間なく降り注ぐ。全てを蹂躙するは百鬼夜行。天中殺・凶将百鬼陣。

 

 

「かねて用意の毒の酒、勧めて鬼を酔い潰し」

 

 

 だが、そんな大妖達は襲い来るのではない。暴れ狂うのではない。彼らは唯、逃げ惑っている。彼らは何よりも、百鬼空亡を恐れている。

 無数の国々を滅ぼし、人の世を好き勝手に蹂躙出来るであろう彼らは、その身を追い立てる狂った龍より逃げているのだ。

 

 

「笈の中より取り出だす、鎧かぶとに身を固め」

 

 

 無数の腕が振り下ろされる。腐った腕が、逃げ惑う大妖怪を無意味に蹂躙し続ける。まるで蟻を潰して遊んでいる子供のように、百鬼空亡は戯れ続ける。

 この龍神にとっては、人の及ぶ域にない怪物達ですら遊び道具でしかない。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 皮肉にも、龍神が遊び耽っている事、それこそがザフィーラの生命を繋いでいた。

 

 目が放つ圧だけならば防げただろう。その降り注ぐ手を停滞させる事は出来ている。

 だが、その巨体を止める術がザフィーラにはない。全力で振り下ろされる腐った手を受け止めるだけの力がない。

 

 アレが全力ならば、己は一手で致命傷を受ける。それは最初の一撃で十分に理解していた。

 今、耐える事が出来ているのは、アレが遊んでいるからだ。渾沌と百鬼が肉壁となり、そして若干衰えた暴威を停滞に停滞を重ねて受け止める。

 

 

「ぐおおおおおおおっ!!」

 

 

 それ程に対応を重ねても、受け止め退かぬだけで精一杯だった。その道を譲らぬ事だけで限界だった。

 

 既にその身は致命傷。既にこの身は死に体だ。致死の傷が広がり切るのを停滞させ、守護騎士が持つ自己修復機能を加速させ、寿命とも言うべき魔力を削りながらザフィーラは己を保っている。

 

 そんな様でありながらも、彼には退くと言う選択肢はなかった。

 そんな死に体で踏み止まっている獣。彼に向かって、逃げ場を求めた百鬼夜行が襲い来る。渾沌が蠢き増殖し続ける。

 

 だが全力を出した今、渾沌などは敵ではない。

 逃げ惑うしか出来ぬ百鬼夜行など、端から彼の相手にすらなれはしない。

 

 獣の強烈な拳の連打が百鬼夜行を駆逐する。停滞に嵌った渾沌を断頭台にて切り刻む。そんな怪物達に嬲られる程、盾の守護獣は弱くはない。

 

 故に、今の彼にとっての脅威とは、天に座す堕ちた龍のみだ。

 

 

「驚きまどう鬼共を、一人残らず斬り殺し」

 

 

 単眼の龍が破壊する。空を亡ぼす怪物が暴れ狂う。盾の守護獣が傷付き続ける。百鬼夜行は押し潰される。渾沌の肉塊が弾け飛んでいく。

 その龍の腐った腕は当たり前の様に、肉塊に囚われた救われるべき者らを踏み潰して行く。

 

 

「しゅてんどうじの首をとり、めでたく都に帰りけり」

 

 

 歌を歌い終えた龍は、その視線を移す。漸く視界に入れたそれに、狂喜を抱いて声を上げ、我が手にせんと腐敗した手を伸ばす。

 

 手を伸ばす先は、盾の守護獣ではない。

 その龍が望むのは、彼がその背に守る者。

 

 

「女? 女だ!」

 

 

 振り下ろされる手の向かう先、そこに居るは機械の乙女。単眼の龍に見詰められた女達は、その顔を恐怖で青く染める。

 悍ましい程の波動を生じさせている龍に見詰められ、声にならない悲鳴を上げる。

 

 

「乳をくれ、尻をくれ」

 

「その旨そげな髪をくれろ」

 

「その子宮をわいにくりゃしゃんせ」

 

 

 百鬼空亡は狂っている。女と言う贄を求めている。

 その腐った龍は、目指す先にある乙女達が機械仕掛けである事にすら気付かず、旨そうだとその手を伸ばす。

 

 

「ふっざけるなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 それは許さない。それを許さない。

 龍神の行動に怒りを抱き、盾の守護獣は咆哮する。

 

 

「奪わせんぞ。奪わせる物かよ。……今の俺から、奪い取れると思うなっ!」

 

 

 我が身は盾である。今一度だけ、この時だけは盾なのである。ならば、己の背に居る者らを奪わせはせぬ。自分など眼中にないと嘲る龍が相手でも、その一点は譲らない。

 

 体当たりだけでオーバーSの魔導師すら殺してしまえるような百鬼夜行の群れをあっさりと殴り潰しながら、少しずつ浸食を進めている渾沌を斬り払いながら、隕石の如く降り注ぎ続ける腐敗した手を停滞させながら、ザフィーラは確かに守り通す。

 

 

「ぎゃぁぁぁぎゃっぎゃっぎゃぁぁぁ!」

 

「きゃァァァきゃっきゃっきゃァァァ!」

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 

 だが、そんな男の抗いも、この龍神の前では些細な物にしかならない。障害にすらならずに蹂躙されて終わるのが道理だ。

 

 

「女、女だ」

 

「その指をわいにくりゃしゃんせ」

 

「わいに血をくれぇぇぇぇぇ」

 

 

 そうはならないのは、狂った龍が遊んでいるから。

 そうはならないのは、腐った龍が戯れているから。

 そうはならないのは、龍が未だ女達しか見ておらず、抵抗し続ける守護獣の存在を認識していないから。

 

 

「っ! そこの貴方!」

 

 

 必死で抗う獣の背に、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトは言葉を投げ掛ける。

 

 

「私を見捨てて下さい! 主達と妹を!!」

 

「おねーさま!?」

 

 

 無理だ。不可能なのだ。百鬼空亡は倒せない。そもそも、倒すと言う次元にアレはいない。

 そしてアレは己を狙っている。ならば見捨ててくれて良い。その代わりに、主達を助けて欲しいのだ。女は当たり前の如く、そんな言葉を口にする。

 

 

「……ふざけるなよ」

 

 

 そんな女の決死の言葉を、ふざけるなと盾は否定する。そんな戯けた言葉は認めないと男は口にする。

 

 

「俺の前で、俺が守る者を、もう奪わせはせん」

 

「ですがっ!?」

 

 

 現実的な問題が立ち塞がる。想いだけで乗り越えられるような物ではない。

 如何に盾の守護獣が神格域に限りなく近付いているとは言え、相手は格上。そして足手纏いまで居る現状だ。耐久力。防御力に特化したザフィーラであっても、長く持つ道理はない。

 

 

「……ならば」

 

 

 斬。その音と共に肉塊を切り裂く。周囲一帯へとその停滞の力を広げたザフィーラは、己を加速させる事で、一瞬、速力に限り空亡を上回る。

 正しく神速によって動くザフィーラは、爆発的に広がり続ける渾沌を切り裂き、万仙陣が作り上げた肉塊を切り裂き、その内に取り込まれた者らを引き摺り出す。

 

 高町恭也。月村忍。その二人を片手で纏めて抱えると、残る片腕でエーアリヒカイト姉妹を持ち上げる。そうして、彼は愚かにも、百鬼空亡に背を向けた。

 

 

「ヴァァァァイスッ!」

 

 

 降り注ぐ腕を、攻め手が止んだ事で暴威を見せ始めた百鬼の群れを、増え続ける渾沌が伸ばす触手を、それら全てを背中で受け止めながらザフィーラは叫ぶ。加速度的に傷付いていきながらも、その男の名を呼んだ。

 

 

「受け取れぇぇぇぇっ!!」

 

 

 全身全霊による全力投球。されど傷を付けぬように、細心の注意を払いながら持ち上げた者らを空へと放り投げる。

 

 神域に近付いた剛腕で投げ飛ばされた者らは、上空遥か高くを浮遊する。

 飛行する術はない。落ちるより他にない。そんな彼らを救い上げろと、少年に対して無茶を振る。

 

 

「全く、無茶苦茶ですぜ、旦那ぁっ!!」

 

 

 その無茶振りを受けた少年は、毒吐きながらも頼られた事に笑みを浮かべる。その優れた操縦技術を持って、彼らが落ちて来る場所へとヘリを近付ける。

 

 ヘリが四人を傷付けないように、己が万仙の陣に嵌らぬように、ヴァイスが行うは正しく神業と言える技術だ。

 

 ヘリの胴体に当たってしまえば、上部のプロペラに巻き込まれれば、彼らの命は残らない。余りにも地面に近付き過ぎれば万仙の陣に飲み込まれる。

 

 一瞬のズレが最悪の結果を生む状況で、それでも少年は成し遂げる。

 四人の飛んでくる方向を完全に見極めて、其処に丁度扉が来るように位置付ける。

 

 開いたままになっているサイドの扉から、飛来した彼らを回収すると、ヴァイスは即座に扉を閉じた。

 

 

「よっし、回収! ……近くの物に捕まってな、お姉さん方。全力で飛ばすぜ!」

 

「っ、何を?」

 

「え、わ、きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 ヴァイスは回収した彼女らに言葉を掛けると、緊急時用に取り付けられた大気圏脱出用のブースターを駆動させる。

 操縦席で行われる操作に応じて、ヘリのプロペラが停止し、魔力による推進機関が駆動する。

 ジェット噴射の如く魔力を放出しながら、ヘリは即座に関東圏を脱出する為に音速を超えた。

 

 

「その女をわいにくりゃしゃんせ!」

 

「くべろやぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 だが、そのヘリの動きを、龍神は見逃さない。逃げていく獲物を、腐った龍は逃がさない。百鬼空亡の巨体は関東圏全土よりも大きいのだ。

 ほんの少し手を動かせば、それだけで逃げ出したヘリに追い付ける。例え音速で逃げ去る物であろうとも、その無数の手からは逃れられない。

 

 その肉を寄越せ。その目をくれろ。その夢を捧げてくれ。この穢れを払ってくれ。

 腐った龍は手を伸ばす。狂った龍は去って行くヘリを押し潰さんと、その無数の手を振り下ろして。

 

 

「だから! 俺の前では奪わせんと言っただろうがっ!!」

 

 

 盾は守り切る。盾は防ぎ切る。

 どれ程傷付こうと、どれ程消耗しようと、決して先には通さない。

 

 広がり続ける停滞の檻が、確かに空亡の行く先を塞いでいた。

 

 

「何で? 何で?」

 

 

 伸ばした筈の手が途中で止まる。届くはずの手が届かない。そのあり得ない現象に、狂える龍は疑問を抱く。

 己を停滞させる事の出来ない筈の力が、確かにこの時だけは自らを縛る程に強大となっている。

 

 空亡の伸ばした手は届かずに、音速を超えて飛行するヘリは、そう時間を掛けずに空の向こうへと消えていった。

 

 ザフィーラの得た力は、己に対する暴威を完全に防ぐ事は出来ない物だ。だが、誰かに対して振るわれる暴威を防ぐ事は、決して不可能な事ではない。

 

 元より、神の願いとはそういう物。誰かを守る為にこそ、この停滞は真価を発揮するのである。

 元より、ザフィーラとはそういう者。憎悪を抱いて敵を討つ瞬間ではなく、誰かを守る時にこそ守護の獣はその真価を発揮するのである。

 

 その現象に、龍神は漸く瞳を盾の守護獣へと向ける。己を縛る力の持ち主、それに対して視線を向ける。

 

 

「おまえかやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 守ると言う意志。神と完全に同調した現状、第三者を守る為に放たれる停滞の力場は、龍神の暴威を以てしても逃れ切る事は難しい。故に、空亡は己を縛るコレを邪魔だと認識した。

 

 龍神が単眼を守護獣へと向ける。己の望む贄を奪われた龍神は、狂いながらも怒りを抱いて、その暴威を獣へと振り下ろした。

 

 

 

 

 

2.

「オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ」

 

 

 大地が揺れる。空間が揺れる。放たれる圧で、全てが揺れ動き、壊れていく。

 

 

「六算祓エヤ、滅・滅・滅・滅」

 

 

 空が泣いている。大地が嘆いている。龍の声が全てを震わせる。

 空間震に巻き込まれたヘリは既に遥か遠方にあると言うのに、嵐の中を行く小舟の如く今にも落ちそうになっている。

 

 

「亡亡亡ォォォ!」

 

 

 震源地からは離れていると言うのにこれなのだ。ならば、その直下に居る盾の守護獣は一体どうなっているのだろうか。少なくとも、好ましい状況ではない事だけは確かであった。

 

 

「アレはもう大天魔と同じだ。見たら死ぬレベルになってやがる。スカさん印の防御装置に守られたヘリの中で、バリアジャケット着込んだ俺でもガン見するとヤバいんだ。……少なくとも、アンタらじゃ数秒も持たないぜ」

 

「……直接見なくとも分かります。何と恐ろしい程の霊力でしょうか」

 

 

 ヘリを操縦しながら、五人の同乗者に向かってそう忠告するヴァイス。目を瞑ったまま、巫女装束の女性は彼に頷きを返した。

 

 

「んで、巫女さんの意見はどうなのよ。……さっき助けた連中が、アンタなら如何にか出来るかも知れねぇって言うから、割りと無茶したんだぜ」

 

 

 万仙陣が渦巻く海鳴の街。さざなみ寮と言う建物で肉塊に囚われていた女性。彼女を助け出したのはヴァイスだ。

 

 このJF701式ヘリには、特別な装置が複数用意されている。その内の一つが、バリアジャケットや完全防護魔法と同じ働きをする装甲であり、また緊急時に大気圏外に離脱する為の魔力ブースターでもある。

 

 そしてもう一つが海鳴の現状を把握したスカリエッティが即座に組み上げた対万仙陣用の装置だ。

 

 高性能な空気濾過装置。言ってしまえばそれだけの物。試作品故に大型にならざるを得ず、また動作に大量の魔力を消耗し、更に量産出来ないと三拍子揃って居るが故に現状を打破する手段にはならなかった代物。

 ザフィーラを輸送する際の足。ヘリの安全性を高める為だけに設置された機材である。

 

 だが、このヘリはその装置故に、短時間ではあるが万仙陣の中に入り込めた。

 そうもう一度、あの暴龍が支配する領域に彼らは乗り込んだのだ。死ぬ為ではなく、先に繋ぐために。

 

 ヴァイスはさざなみ寮にヘリで突っ込み、その家屋を破壊しながら彼女が囚われていた肉塊をバインドで回収した。

 そうして、彼女を肉塊から解放しヘリの内側へと運び込むと、龍の暴威の外、安全圏へと移動したのだ。

 

 ちなみにジェット噴射で逃げる際、目覚めたばかりの神咲那美がヘリの扉に額をぶつけ呻いていた事もあり、ヴァイスの中では彼女の信用は底辺に落ちていたりする。

 

 

「あんの暗黒そばもん共め。……これが終わったら、イカ墨パスタ食ってやる」

 

 

 そんな風に小声で毒吐きながらも、こんなにも手間を掛けさせたのだから、何か一つくらい返る物を寄越せと言わんばかりに少年は那美へと目を向ける。その視線を受けて、那美は考えを纏めるように口を開いた。

 

 

「百鬼空亡。アレを術者はそう呼んだのですね」

 

「はい。那美様。確かに、そう呼んでいるのを聞きました」

 

 

 巫女服の女性、神咲那美はノエルに確認を取る。

 真剣な表情をして考え込んでいる彼女には、普段のぼんやりとした様子は見られない。

 慌てるとドジを踏む彼女だが、それでもそんな事をしていられる状況ではないと理解しているが故に、何時になく真剣になっている。

 

 目蓋を閉じれば浮かんでくる夢の中で見た少女の言葉。あの極限の状況でも終ぞ己に刃を向けようとしなかった少女の姿が、那美をして無様を晒せないと言う思いを抱かせるに至っていた。

 

 

「まず最初に言っておきますが、……百鬼空亡なる怪物など存在しません」

 

「存在、しない?」

 

 

 那美の断言に、恭也が疑問を零す。存在しないと言うならば、あれは一体何なのか、と。

 

 

「……空亡とは、そらなき。干支において天が味方をしない時、即ち天中殺や大殺界など、凶兆を指す言葉です」

 

 

 そんな彼を含める皆に対して、那美は鎮魂術と共に学んだ己の知識を掘り返しながら、空亡と言う存在を説明する。

 

 

「後世における創作において、太陽が夜明けを齎す直前、一瞬の暦の切れ目を空亡の隙間と呼ぶようになった。それが転じて、太陽が昇る直前に空亡と言う怪異が現れる。そんな作り話を生み出すに至ったのです」

 

「だから、あれは百鬼空亡ではない、と?」

 

 

 そう問うのは月村忍。夜の一族故に、退魔の家系で育った那美程でなくとも、裏の事情に詳しい女性だ。

 肉塊に囚われていた高町恭也と月村忍。神咲那美も含め、無理矢理に生命力を奪われ続けた彼ら三者の疲労の色は濃い。

 だが現状においては休んでいる暇もない、例え助けには成れないと知っていても、この場に参加しているのだ。

 

 

「いいえ、恐らくは、何か別の存在を百鬼空亡と言う型に嵌めて、呼び出しているのでしょう。……ですから、アレを鎮めるにはその本質を知らねばなりません」

 

「あー面倒だな。……専門家っぽいアンタは、何か検討付いてんのかよ?」

 

 

 考え込んでいる那美や忍に対し、面倒くさそうに口にするのはヴァイスだ。魔法技術は科学の延長故に、こういったオカルトに対して彼は疎いのだ。

 専門家がそう言うのならそうなのだろう。だが、それはそれとして、さっさと解決策を口にして欲しい。彼はそんな意志を込めて、那美の語りを促していた。

 

 

「……恐らくは」

 

 

 口々に語り合う者ら。彼らに対し、神咲那美が語るは一つの存在。

 

 

「堕ちていながら、あれ程の霊力。紛れもなく最高位の神仙・聖獣の類。龍と言う姿をしている事。空亡としての姿を反転した物と取るならば、凶兆と言う名の反対である吉兆を意味する存在。そして何よりも、その身から迸る霊力の質。五行における土行である事は明らか。……ならば、あの存在の真とは」

 

 

 女性はその真に至る。その真なる姿を突き止める。

 

 

「帝都の守護神。幸福の象徴である、四神の長。青龍。朱雀。白虎。玄武。四方を守る四聖獣の頂点に立つ黄金の鱗を持つ龍神。黄龍に間違いありません」

 

 

 その神の名を、彼女は告げた。

 

 

「黄龍、ね」

 

「それは、また、随分と大物だな」

 

 

 その神の名を知る地球生まれの二人。月村忍と高町恭也は驚愕の声を漏らす。そんな二人の反応に対し、もう一人は辛辣な物であった。

 

 

「それで、それが分かったからどうなるってんだよ?」

 

 

 その正体が分かったからと言って、それでどうなるのか。それを知るだけで解決するのか。そうではない。そうではないだろうと。

 

 

「アレの弱点とか、何かあんのかよ? アレを都合よく倒す手段とかあんのかよ」

 

 

 尊敬すべき兄貴分があの場で戦っている。守られた己達は、彼の助けとならねばならない。だからこそ、ヴァイスの発言は暴言だが的を得た物でもある。

 

 

「駄目です! アレは倒してはいけません!」

 

 

 そんな彼の言葉を、そんな彼の問い掛けを、神咲那美は否定する。それだけはいけないのだと、真を理解した女は切羽詰まった表情で語る。

 

 元より、神とは祀り、鎮めるもの。拝謁し、畏れ、敬うもの。これを前に、戦うと言う発想が間違っている。

 

 

「黄龍は大地の化身。惑星そのものです! 万が一にでもアレが死ねば、この星の全てが死んでしまう!」

 

 

 怒り狂った龍は星の化身である。あれは地球と言う星そのものなのだ。あれを倒した瞬間に、星にある遍く全ては死に至る。

 

 挑んではならない。戦ってはならない。決して勝ってはならないのだ。

 

 

「何だよ、それ」

 

 どうしようもない現状に対して皆が絶句する中、ヴァイスは責めたてるように口を開く。

 

 

「アンタ一人を助ける為に、用意したカートリッジの八割以上が消し飛んでんだよ。先に助けた二人が口を揃えて、何とか出来るとしたらアンタだって言うから、そんだけ賭けたんだよ。……それで分かったのが、アレを殺せば星が死ぬ? んなもんじゃ割りに合わねぇよ!」

 

「お前っ! それは!」

 

 

 それは八つ当たりだ。それは神咲那美の責任ではない。だからそれは言い過ぎだ、と恭也が那美を庇うように間に立つ。そんな彼の対応に、分かっているさと言いながらもヴァイスは言葉を続ける。

 

 

「ああ、アンタの所為じゃないんだろうさ。分かってるよ。けどな、それでも、こんな事しか分かんねぇんだったら、カートリッジ残してた方がまだ手筋があった」

 

 

 魔力を大量に消費して、得た結果がそれでは割りに合わない。それだけの無茶をして、得た結果がそれでは、無駄だったと口にしそうになる。

 

 

「言いたくねぇよ。言わせねぇでくれよ。無駄だったなんてよ。……だから、何か手はないのかよ!!」

 

 

 だけど、誰かを助ける事が無駄だったなどとは思いたくもないから、何かないのかと縋るようにヴァイスは口にしていた。

 

 

「……古くより、神の怒りを鎮める方法は一つ」

 

 

 彼の言葉に押されてか、言い辛そうにしながらも那美は言葉を告げる。それは現状で打てる唯一の手。鎮魂術を習得している彼女が知る、絶対に行いたくない手段。

 

 

「人身供犠」

 

「じんしんくぎ? なんだよ、それ」

 

 

 言葉の意味は分からねど、その音が持つ嫌な響きを感じ取ったのか、若干気圧されたヴァイスはそう問いかける。

 

 

「龍とは水神。水の神ともされているわ。……昔は川の氾濫とか洪水とかって神の怒りとされ、それを鎮める為に、人身供犠が行われてたのよ」

 

 

 そんな彼に返すのは、言い辛そうにしている那美ではなく、彼女の言わんとする事を理解した忍であった。

 

 

「生贄。人柱。或いは人身御供とも言われる行為。人身供犠とは、神に人の命を捧げる事よ」

 

 

 そう言って、忍はその場にいる皆を見渡した。その姿は、まるで誰を捧げるのかと皆に問うているようで。

 

 

「生贄には、女性が捧げられる事が多かったとされています。……あの零落した神が女性を求めていたのも、その名残りかと」

 

 

 意を決した那美も語る。百鬼空亡は殺せない。殺してはならない。

 ならば鎮めるしかなく、あれ程怒り狂った神を鎮める方法など、彼女にも贄を捧げる以外には浮かばなかったから。

 

 人身御供を前提として、彼女達は思考を進めていた。

 

 

「……やはり、私が行くべきでしょう」

 

「いいえ、ノエル。貴女じゃ神が満足しない可能性があるわ。壊して中身が機械と分かれば、あれはより怒り狂うかもしれない。……禊祓いを行える那美を残さないといけない以上、選択肢は一つでしょうね」

 

 

 誰が贄となるか。誰を贄とするか。

 そう語る女達は、既に死を覚悟した色を見せている。

 

 選択肢など、一つしかない。

 恭也が見詰める。忍が見返す。それしかないと言うならば、それしかないとしても。

 

 

「忍」

 

「分かって、恭也。……多分、これしかない」

 

「だが……」

 

 

 二人は声を荒げるのではなく、だが、確かに悲しみと怒りを内包している。だが、それでも、これ以外などないのだと分かってしまう。

 

 

「忍。俺は……」

 

「恭也。私も、怖いわ。けど、全てを失ってしまう訳にはいかないから」

 

 

 他に術がない。他に術を考える余裕がない。だから、その選択肢を選ぶしかないと、二人が諦めかけた所で。

 

 

「ふざけんなよ」

 

 

 そんな愁嘆場を、ヴァイス・グランセニックが否定した。

 

 

「ふざけんなよ、なぁ、おい、それはねぇよ!」

 

 

 それはないと、それだけは駄目だろうと、その気になっている者達を叱り付ける。

 

 

「ザフィーラの旦那が、何の為に戦ってると思ってんだよ!? 守る為だよ、守る為なんだよ。なのに、それなのに、俺らがアレを止める為に誰かを犠牲にする? んなもん、やって良い訳ねぇだろうが!!」

 

「……ならば、どうすると言うんだ!!」

 

 

 彼の言葉は唯の否定だ。代替案もなければ、現実逃避にしかならない。

 このままでは星は蹂躙され、人々は皆滅び去るだろう。万が一、あの何も知らない守護獣が空亡を倒してしまえば、人は生き延びても星が死ぬ。

 

 現実逃避を続けて、そんな破局を呼んでしまうのは最悪だろう。そうでないと言うのならば、一体どういう手段を選ぶと言うのか。

 

 

「突っ込むさ! アンタら下ろして、残ったカートリッジ抱えて突っ込んで、ヘリをあいつの真ん前で自爆させる!」

 

「っ!? そんな自滅特攻、生贄と何処が違う!!」

 

 

 ヴァイスの口にした言葉は、そんな最悪の内容だ。自分の命を担保にして、生贄を捧げるより遥かに成功率が低く、そして万が一どうにかなっても星が死んでしまう選択肢。

 

 

「違うさ! 始めから死ぬつもりの生贄じゃねぇ、爆発から逃げ延びて、命賭けて大勝して戻って来てやるさ! ……何時もの大天魔襲来と変わんねぇ、死ぬ可能性が高くても、最初から死ぬ気で行く心算なんかねぇんだよ!!」

 

 

 それでも生きて帰ると決めている。死んでやるものかと思っている。

 星が死んでしまうとしても、人々を連れてミッドチルダに逃げ込めば良い。そんな解法を選べるのは、彼がこの世界の住人ではないからだ。

 

 

「それで、最悪を引いたらどうする心算だ! 贄を捧げるよりも遥かに、被害がどうしようもないレベルに膨れ上がるぞ!!」

 

「最善を引く可能性だってあるだろ! 上手く俺があの化け物を足止めして、その隙にザフィーラの旦那が術者を止めてくれれば、誰も犠牲にならずに終わるかも知れない!!」

 

「それは理想論が過ぎる! そんな低確率に、この星の人間全ての命を賭ける気か!?」

 

「それでも、目指さねぇ理由にはならねぇ!」

 

 

 互いに意見を口にする。互いの意見を否定する。一歩進めば殴り合いに発展しそうな勢いで、二人の男は睨み合い。

 

 

「……犠牲にならない生贄が居れば、良いんでしょうか?」

 

 

 そんな、ファリンの矛盾した発言が、二人の男達の対立を止めていた。

 

 

 

 

 

3.

――高天原に坐し坐して、天と地の御働きを現し給う龍王は、大宇宙根源の御祖の御使いにして、一切を産み、一切を育て、万物を御支配あらせ給う王神なれば、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十の十種の御寶を己のすがたと変じ給いて、自在自由に天界地界人界を治め給う

 

 

 巨大な龍の身体の元、女は一人、大地に立つ。

 

 周囲を蠢く肉塊。こちらへとその魔手を伸ばす渾沌に抗う者達。

 地上にあって“創形”された武具を振るい肉の津波に隙間を生み出すのは、ノエルとファリン。

 

 空中より斬撃と射撃による支援砲火を繰り返すは男達。

 ヴァイス程には得手ではないが、一応はヘリの操縦も可能な忍が龍神の暴威が渦巻く空の上で、その機体を何とか持たせている。

 

 彼らの活躍など微々たる物だ。大局に影響を与える事など出来ていないそれでも、確かに、彼女達へとバトンを繋ぐ役を果たしてはいる。

 

 

――龍王神なるを尊み敬いて、真の六根一筋に御仕え申すことの由を受引き給いて、愚かなる心の数々を戒め給いて、一切衆生の罪穢の衣を脱ぎ去らしめ給いて、万物の病災をも立所に祓い清め給い

 

 

 恭也とヴァイスの後方。ヘリに揺られながら、一心に龍神祝詞を口にするは神咲那美。全身より霊力を発し、鎮魂の術を混ぜて龍神へと彼女は語り掛け続ける。

 

 創形で作り上げた小さな祭壇。其処に捧げものがあるのだと、狂った龍に言葉を伝える。其処に居る女こそが捧げものであるのだと、狂った龍に言葉を伝える。

 

 万仙の陣は恐れない。この龍が己への捧げ物を台無しにする事を許す筈はないから、その女は夢に飲まれる事がない。

 

 

「なんじゃろなぁ? なんじゃろなぁ?」

 

 

 壊れ難い玩具(ザフィーラ)で遊んでいた龍は、その言葉を聞いて興味の矛先を変える。さて、この女達は、一体己に何を捧げる心算であろうか、と。

 

 その瞳の向く先に立つは、一人の女。赤き服を身に纏ったその女、名をイレインと言った。

 

 無数のカートリッジを消費して、創形したその体は人と寸分違わぬ血肉を宿した物。その内に宿る魂は、確かにイレインの物である。

 嘗て得た力は未だ残っている。魔力さえあれば、まだ振るえたから、イレインはこうしてここにある。

 

 彼女がファリンを通じて提案したのは、とても単純な解法だった。

 イレインは魔力さえあれば己の身体を創形出来る。創形した体が破壊されようと、彼女の魂はファリンの元へと戻って来る。

 ならば、カートリッジを消費して彼女を再現し、それを贄とする事で空亡に一瞬の隙を作り上げる。

 その隙を突いて、ザフィーラに術者を止めてもらうと言うのが、彼女の口にした解決策だったのだ。

 

 彼女が口にして、皆が納得したのはその方法。だが、この解法には致命的な欠点がある。イレインが気付きながらも、誰にも語っていない陥穽が存在していた。

 

 

――万世界も御祖のもとに治めせしめ給へと、祈願奉ることの由を聞し食して、六根の内に念じ申す大願を成就成さしめ給へと、恐み恐み白す

 

 

 それは、血肉の通っただけの人形では、龍の意識は引けないであろうと言う事実。

 捧げる気のない生贄を見せびらかしても、より怒らせるだけであろうと言う考え。

 龍に食われれば、己の魂がどうなるか分からぬという当然の思考であった。

 

 だから、イレインは全てを捧げる気でいる。

 

 ファリンの中に返っていても力が戻らずに出て来られないだけなのか、それとも本当に死んでしまったのか。

 それを外部からでは判断できない。そんな立場の彼女だからこそ、全てを捧げたとしても誰にも気付かれない。

 

 

「汝、忠なるか? 忠なるか?」

 

 

 その在り方は忠であろうか? その命は忠に足りるか? 空亡はその贄に問い掛ける。腐った単眼で、その内心を判別しようと覗き込む。

 

 

「お前が、好きに判断しろ」

 

 

 己に対する供物に手を出そうとする渾沌を踏み潰しながら、万仙の陣がイレインに影響を与えようとしているのを妨害しながら、百鬼空亡はイレインを覗き込む。その宝物の蓋を開けてみようと、ゆっくりと腐った手を伸ばした。

 

 

(消えるのは嫌だな。死ぬのは望まん。……だがな、悪くない気分だ)

 

 

 元より、彼女はもう死んでいる。そう自覚がある。……そんな己が、あの桜色に輝く少女の道となれるなら、きっと、こんなにも素晴らしい事はないのだろう。

 

 

「っ! 待てっ!!」

 

 

 龍と対峙していたザフィーラは、イレインの瞳を見て理解する。死を受け入れ、自らを犠牲にしようとしている事を理解する。

 

 そんな事はさせんと飛び出そうとする。既に死に体な、ボロボロの身体を抱えて飛び出すザフィーラ。彼に来るなと視線で伝え、イレインは両手を広げて空亡を受け入れた。

 

 爆発的に増殖する渾沌が邪魔となる。降り注ぐ百鬼が壁となる。空亡がその手を届かせる速度に、盾の守護獣は間に合わず。

 

 

 

 その手がイレインへと触れた瞬間に、百鬼空亡は怒り狂った。

 

 

「オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ」

 

 

 薬師如来の名を呼び続ける龍は、真実癒される事を祈っている。この穢れを祓う為に、真実の忠を求めているのだ。

 

 誠意を見せろ。忠節を示せ。我が穢れを祓い清める為に、それが必要なのだ。

 

 真の忠とは、最も大切な物。それを捧げると言う事は、何よりも守りたい物を捨て去ると言う事。

 今の空亡は、唯の生贄だけでは祓い清める事が出来ない程に堕ちている。本来の姿に戻る為には、真なる忠が不可欠なのだ。

 

 イレインにとって、確かにその生は重要な物なのだろう。だが、それでも、自己犠牲で捧げてしまえる程度の物でしかない。

 彼女が望むのは、覚えてくれると言った少女の生きる世界。その為なら捧げてしまえる程に、彼女の命は酷く安い。龍神はそう判断した。

 

 彼女の忠を真実示すと言うならば、その桜色の少女こそを捧げねばならなかったのだ。

 

 

「くべろやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「がっ! がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 怒り狂った龍神が拳を振り下ろす。嬲るように、甚振るように、その身を少しずつ壊して行く。

 百鬼夜行の群れが黄泉路より溢れ出す。彼らは空亡の意志に従うかのように、イレインの身体を蹂躙していく。

 

 

「痛い? 痛いィ? 苦しい? 悲しいィ?」

 

「愛しい? 憎いィ? 辛い? 悔しいィ?」

 

 

 追い詰めれば、忠を示すだろうか。苦しめれば、忠を見せるだろうか。

 ああ、そうでなくとも、目に映る全てを滅すれば、この六算は祓われるかもしれぬから。

 

 百鬼夜行の群れが、イレインの身体を凌辱する。ありとあらゆる穴を犯し尽くし、振り下ろされる腐った腕がその体を削っていく。

 少しでも長く苦しむように、少しでも多く苦しむように。あらゆる尊厳を奪い去り、狂った龍は嘲笑う。

 

 

「痛い?痛い?痛いィィィィィィィィ――キャァァァァ、ぎゃぎゃぎゃはァ!」

 

 

 誰もが絶句していた。その蹂躙に、その痛ましい光景に、誰も彼もが言葉を失っていた。

 

 

「六算祓エヤ、滅、滅、滅、滅、亡・亡・亡」

 

 

 堕ちた龍は嘲笑いながらも、何処か悲しそうに、我を癒してくれと呟き続ける。その身が清められる事はない。

 

 

「っ! これ以上はっ!!」

 

 

 最早手遅れだとしても、見ているだけではいられない。盾の守護獣は龍に遊ばれる女を救いだそうとして――だが、未だ光を失わぬ瞳に止められた。

 

 ここまで龍が怒るのは想定外だった。こうも蹂躙されるとは思ってもいなかった。

 だが、それでも役は果たしている。狂った龍は、今、己だけしか見ていない。だからこそ。

 

 

(お前は、アレを止めろ)

 

 

 イレインは目で、ザフィーラにそう伝えていた。

 

 狂った龍がどうしようもないのなら、術者を止めれば良い。夜天こそを、真に討つべきなのだ。

 

 無数に増え続ける渾沌。蹂躙の限りを尽くす龍神。跳梁跋扈する百鬼夜行。

 それら全てを止めて、ザフィーラに道を作る為に、イレインは最期の力を振り絞る。

 

 

「兵器、創形」

 

 

 撒き散らされる放射能は、きっと停滞の獣が止めてくれる。生み出される被害は、結界を張って限定すれば良い。だから、加減は要らない。全力を以って、ここに示せ。

 

 

「ツァーリィィィッボンバァァァァァァッ!!」

 

 

 展開された結界の内側で、全てを滅ぼさんとする火が輝く。魔力を纏った人間の作り上げた最悪の兵器が、街を蹂躙した。

 

 己に群がる百鬼の群れを焼き払い、地に満ちた渾沌を消し飛ばし、百鬼空亡の目を曇らせて、己が体を焼き尽くしながら、その破壊の火は確かに続く道を生み出す。

 

 

「っ! おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 もう犠牲は出さないと誓ったのに、失われてしまった。滅びの火で自爆した女は、それでも確かに道を遺してくれたから。盾の守護獣は全力を以って、その道を進む。

 

 

「――っ。一体、何時まで痴れている心算だ!」

 

 

 この馬鹿者は、何時まで狂っているのか。どれ程の犠牲を生み出してしまうのか。己は何処まで守れないと言うのか。

 怒りと共に咆哮する。その力を最大限に発動する。駆け抜ける道は、最早障害一つありはしない。

 

 

「いい加減に目を覚ませぇっ! リィィィンフォォォォスッ!!」

 

 

 何よりも速く。光となって加速する。その無人の道を突き抜けて、振るわれた拳がリインフォースの頬を撃ち抜いていた。

 

 

 

 拳に撃ち抜かれた瞬間、名前を呼ばれた瞬間、何かが脳裏を過ぎっていた。

 

 

――何時か、貴女に名前を付けてあげたいです。夜天、なんて名前じゃ女の子らしくないですからね。

 

 

 そんな風に語った、優しき少女が居た。その少女は、彼女に名前を与える前に消えてしまった。

 

 

――祝福のエール。リインフォースとかどないやろ?

 

 

 そんな風に、戯れであっても、己に名を付けてくれた少女が居た。今に至るまで忘れていた。それが己の名前であった事さえも。

 

 亀裂が走る。夢が崩れる。僅かに戻った自我が、確かな亀裂となって夢界に走る。

 そうして、空に桜色の輝きが花開く。美しき輝きが閃光となって、空を切り裂いた。

 

 

「……ああ、本当に」

 

 

 最期にその輝きを見て、イレインは終わりを迎える。蹂躙され、凌辱され、己が炎に焼かれて原型を留めず、龍にその魂すら食われ、消滅する直前にその輝きを見た女は、優しく微笑んだ。

 

 

 

 白き衣を纏って、黄金の杖をその手に取り、桜色の輝きを背負いながら、太陽の少女は目を覚ます。

 

 高町なのはが、ここに舞い戻った。

 

 

「嗚呼、もう、夢は終わるのだな」

 

 

 リインフォースが呟く。僅かに戻った正気の中で、狂気に苛まれながらも、漸く終わるのだと呟いた。

 

 

「そうだ。もう、夢は終わるのだ」

 

 

 これで終幕だ。最早先などない。悪夢はここで終わるのだと、正気の欠片を取り戻した同胞に語る。

 

 百鬼空亡が動く。四凶混沌が動く。夢界の核を失い、滅びるしかない彼らが、滅ぶまいぞと高町なのはに手を伸ばす。

 元より、この神々はリインの制御下にはいない。僅かに戻った正気では、彼らを止めることも出来ぬから。

 

 

「撃て」

 

 

 増殖する渾沌を抑えながら、リインが口にする。

 この身は未だ制御が効かぬ、この正気は後僅かで再び狂気に飲まれるであろう。

 

 高町なのはを失った夢界を支える為に、内にある者らに対する簒奪は遥かに引き上げられている。一分一秒で死者は加速度的に増えていくから、対処策など考えている暇はない。

 

 だからこそ、リインは私を殺せと高町なのはに告げていた。

 

 

「撃て、撃ってくれ!」

 

 

 百鬼空亡を食い止めながら、そんな同胞を終わらせてくれとザフィーラが口にする。致命傷の身体で、消えかけた空亡を抑え付けながら、ザフィーラが叫び声を上げる。

 

 彼ではできない。悪辣なる蛇の神が生み出した技術で作られたリインを殺し切る事が、ザフィーラには出来ない。

 火力が足りない。断頭台の刃では、殲滅するにはまるで足りない。質ではなく規模が不足している。太極からでも生き延びる彼女を終わらせてやる事が、ザフィーラには出来ぬから。

 

 

『撃て! 高町なのはっ!!』

 

 

 闇の残り香達が、揃ってそう告げていた。

 

 

 

 高町なのはは、全てを見ていた。

 夢界と化して、内にあった人々を、外にあった人々を、その全てを見詰めていた。

 

 

「全力、全開」

 

 

 その抗いを見ている。その想いを知っている。繋いだ道を分かっている。

 だからこそ、彼女は迷わない。だからこそ、彼女は揺るがない。その悪夢を終わらせる為に、この手に魔法の力を行使する。

 

 光が集う。輝きが集まる。限界を超えて発現する不撓不屈が生み出すは、この狂った夜天を終わらせるに足る破壊の輝き。星々を滅ぼす星光の一撃。

 

 

「スタァァァァライトォォォッブレイカァァァァッ!!」

 

 

 桜色の輝きが、空を満たした。

 

 

 

 その輝きに身を焼かれながら、漸く終われると安堵する。

 主の矜持を汚し続けたこの悪夢が、漸く終わりを迎えたのだと理解した。

 

 

「……ユーリ。はやて」

 

 

 悔いはある。心残りはある。

 唯一度で良い、この名を貴女達に呼んで欲しかった。

 

 狂い穢した己には、余りにも多くを奪ってしまった己には、きっとその程度の悔いが残った方が良いのであろう。

 

 だって、そんな悔いがなければ、余りにも恵まれ過ぎていたから。

 だって、そんな悔いが掠れてしまう程に、優しい時間が確かにあったから。

 

 そんな風に思えた。だから最期は微笑んで。

 

 

「私は、世界で一番、幸福な魔導書でした」

 

 

 桜色の砲撃が女を終わらせる。

 その星々の輝きが消える頃には、何も残りはしなかった。

 

 

 

 

 

 終わりを迎えた。夜天が残した夢は、最早影も形も残らない。

 空亡は消え、渾沌は消え、肉塊に囚われた人々が解放されていく。

 

 解放された友や想い人の元へと駆け寄っていく高町なのは。過ぎ去っていった危機に、安堵の息を漏らす恭也と忍に那美。解放された人々を救う為に動き出したノエルとファリン。事態の収束を管理局へと告げるヴァイス。

 

 そんな風に千路に動く彼らの中で、唯一人、青き獣は立ち尽していた。

 

 

 

 そうして雪が降り注ぐ。

 空から、全てを覆い隠すような純白な雪が舞い落ちた。

 

 

「悪夢は終わりだ。今度の夢は真実、幸福な夢となるだろう」

 

 

 その美しい純白が、全ての罪を覆い隠し、犠牲者達を弔ってくれる事を祈る。

 

 奪われた命が、身を捧げてまで己に道を遺してくれた機械の乙女が、そして狂乱より覚める事が出来た同胞が、確かな安らぎに包まれる事を祈って、ザフィーラは静かに呟いた。

 

 

「故に、眠れ、リインフォース。……今は唯、主と共に」

 

 

 守護の騎士はここで終わる。同胞を守る為に、そうあったのはこれで終わりだ。後は唯、復讐鬼として。舞い落ちる雪景色を背に、ザフィーラはこの地を後にした。

 

 

 

 こうして、闇の残滓が起こした桃源の夢は、儚い夢のままに終わったのだった。

 

 

 

 

 

4.

「んー。うっわ、マジで何も残ってないの」

 

 

 管理局が救助活動を続けている中、青髪の女が海鳴の街に姿を現していた。

 その身を人の姿に擬態させ、何かを探していた女は、何も残っていないと溜息を吐く。

 

 

「はっ、本当に綺麗さっぱり消しやがって。……少しでも残っていれば、再利用してやろうと思ってたのによ」

 

 

 彼の想定では、この世界の人々では滅し切れない筈だった。夜天の書は、まだ利用できる予定だったのだ。

 だが、その星光の輝きが、確かに跡形も残らずに消し飛ばしていた。だからこそ、もう一度酷使してやろうと思っていた夜天が、もう使えなくなってしまった。

 

 つくづく、あの娘は思惑を超えてくれる。そんな風に高町なのはを評価しながら、両面の鬼は肩を竦める。

 

 

「で、どうすんの? ……拾えたの、それだけだけど」

 

「ま、これはこれでありだわな。……画竜点睛を欠くって言うよりかは、怪我の功名って感じか? 使い方次第だが、或いは夜天を再利用するより役に立つだろ」

 

 

――オン・コロコロ・センダリマトウギソワカ

 

 

 その巨体は見る影もなく、その零落した姿は小さく萎み今にも消滅しようとしている。だが、確かに残っているそれを、両面の鬼は掌で転がせて遊ぶ。

 

 右手で小さな空亡を遊ばせながら、男の鬼は左手に青い宝石を取り出した。

 

 

 

 あの日、ジュエルシードを廻る戦いにおいて、天魔・宿儺は己の太極を開いた。

 その気になれば太陽系全土を包み込めたと言うのに、日本全土と言う限定した空間のみを対象としたのは、そうするだけの理由があったからだ。

 

 ジュエルシードの総数は二十一。内、高町なのはが集めた数が八。フェイト・テスタロッサが集めた数は九。アンナが集めた数が三。……そして残る一つが、宿儺が現れた瞬間に奪い合っていたジュエルシード。

 

 だが、あの時、奴奈比売が見せた壊れたジュエルシードは二つだけだった。あの夜、少女達が奪い合っていたジュエルシードは、二人のどちらも持ってはいなかった。

 

 それは何処へ行った?

 

 天魔・宿儺が欲しかったのは、ジュエルシードが壊れるという光景。数が足りなくとも、宿儺が壊したのだと同胞達に思わせる判断材料こそが欲しかったのだ。

 

 故に彼は日本全土と言う狭い範囲にのみ太極を展開した。故に彼は神体で子供達を嘲笑しながら、怯えた子供達が取り零したそれを人の姿で拾い上げていた。怪物の姿で蹂躙する事で、誰も彼もの目をそちらに惹き付けていたのだ。

 

 忠義の使い魔は主の危機にジュエルシードを確認する事などせず、賢き少年は心折られていたが故に気付けなかった。

 二人の少女より預けられた宝石を、両面の鬼が掠め取っていた事に気付けなかったのだ。

 

 先に展開した太極では壊れないように加減して、回収して安全圏へ離脱した後で力を全力で発現させた。

 そうして、確かに一つのジュエルシードを隠し持っていた。要はそれだけの話である。

 

 

「で、だ。人々の夢から生まれた怪物と、人の夢を叶える願望器。合わせるとどうなると思う?」

 

「答えは実際に試してみましょうか、ってね」

 

 

 掌で遊ばせる堕龍に、願望器を与える。忠なるか、忠なるか、とその宝石に堕龍は手を伸ばし――触れた瞬間に、その神威を取り戻した。

 

 

「おっと、まだ暴れんなよ」

 

 

 膨れ上がり、巨大化していく龍神を己の太極を応用して抑え付けながら、宿儺はニヤニヤと笑う。

 

 まだこれを使う時期ではない。これには相応しい舞台を用意してやるべきだろうと思ったから、大きくなろうとしている龍を小さいままでいる様に圧力を掛ける。

 

 

「さぁて、お前は何処で使い潰してやろうかねぇ」

 

 

――六算祓エヤ、滅・滅・滅・滅

 

 

 可愛らしい声音で鳴きながら、己を縛る掌に噛み付こうとしている小さき龍を見下ろして、両面の鬼は嘲笑う。

 

 

――亡・亡・亡

 

 

 狂った悪夢は終わる。だが、その夢は終わらない。

 百鬼空亡は両面鬼の掌の上で、未だ狂い続けている。

 

 

 

 

 

 

 




○ネタ


あ! やせいの てのりくうぼうが とびだしてきた!


どうする?
 たたかう
 わざ
>どうぐ
 にげる


すくな「いけ、ジュエルシード!」


すくなは ジュエルシード をつかった!

ポーンポンポンポン ポムポムポム


すくな「AAAAAAA(ボタン連打)」


ポーン テンテレテンテンテンテンテンテンテン

やったー! てのりくうぼうを つかまえたぞ!

てのりくうぼうの データが あたらしく ポケモンずかんに セーブされます!


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