リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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一日一回感謝の投稿。

副題 イレインの本気。
   黒の魔法少女参戦。
   使い魔は遅れてくる。


第五話 機械仕掛けの戦乙女 中

1.

 月村邸の上空で、二つの影が交差する。

 

 桜に輝く軌跡を描いて、一つの影は飛翔する。

 それは白き魔法少女。黄金の杖を手に取った、高町なのはに他ならない。

 

 

「レイジングハートッ!」

 

〈Divine shooter〉

 

 

 杖を手にしたなのはは、その手に魔法を発現する。

 奇跡が生み出す力は誘導能力を持つ魔力弾。十二の弾丸が飛翔して、敵を捉えんと襲い掛かる。

 

 

「はっ、舐めるなっ!」

 

 

 だが、敵もさる者。空中と言う圧倒的に不利な場においてなお、その身は一歩も退いてはいない。

 

 金髪の女は空を疾走する。飛翔と言う能力を持たない女は、足元に魔力で足場を生み出して、飛び石を移る様に空を駆け回っていた。

 

 その女が生み出した足場の色は青。

 それは女が纏うジュエルシードの魔力と同じく、空の様に淡い青色。

 

 まるで蜘蛛の如くに、空を疾走する女は飛来する光弾を容易く躱す。

 誘導弾はその背を追うが、女との距離は詰められず、力の行使を阻害する事すら出来ない。

 

 

「兵器・創形」

 

 

 女の唇が呪を紡ぎ、発現するのは夢の力。

 人の夢を叶える青き結晶の力を引き出した女のそれは、空想を現実の物質に変える希少技術。

 

 

「気を付けて、なのはっ! またあの希少技術(レアスキル)が来るっ!!」

 

「っ! 分かってる、けどっ!!」

 

 

 高速で飛翔するなのはの肩にしがみ付きながら、フェレットモードのユーノが口にする。

 その希少技術の脅威はなのは自身分かっているが、そう簡単に妨害出来る物ではない。

 

 

「99式空対空誘導弾が二十。そして、75mmの航空機関砲が二門」

 

 

 イレインの背にある空が揺れる。

 その背に無数に現れるのは、射出された無数の誘導ミサイル。

 

 そして彼女の鋼鉄の両手に現れたのは、人型の女には余りにも不釣り合いなサイズの機関砲。

 

 そのミサイルが、その機関砲が、あらゆる砲門が狙う少女はただ一人。

 

 

「鉛の雨をっ! 存分に受け取れぇっ!!」

 

 

 全弾射出(フルバースト)

 加減も容赦もない質量兵器の暴力が、幼い少女の身を襲う。

 

 

「なのはっ!?」

 

「大丈夫っ! 防ぎ切れるのっ!!」

 

 

 足を止めてシールドを展開する。

 全力で張った守りならば、対航空機向けの質量兵器の雨など怖くはないと――

 

 

「――っ!?」

 

 

 そう言い掛けて、背筋に走る悪寒を感じる。

 余りにも怖気がする直感に従って、即座にその身を後方へと退避させた。

 

 

「ちっ、勘の良い娘だ」

 

 

 斬と目の前を青い刃が横切る。無数の鉄の雨をカモフラージュにして接近していたイレインが、その刃を振るっていた。

 

 まるでバターの様になのはの防御魔法を切り裂いたイレインの刃は、しかし少女の身を傷付けるには至らない。

 

 勘が良いと毒吐きながら、跳躍は出来ても飛翔は出来ないイレインは、地上へと墜ちて行った。

 

 

「なのはの防御魔法が、こんな簡単に」

 

 

 彼女が地に落ちた事で、一瞬の猶予が生まれる。

 その隙に身を立て直すなのはの肩に乗った少年は、驚愕を張り付けた表情で口にしていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 呼吸が荒い。心拍が早い。

 それを自覚しているなのはは、呼吸を落ち着かせようとする。

 

 初めてだった。

 

 人の形をした者から向けられる殺気。

 この命を奪おうとする刃。後一歩まで、届かんとするその凶手。

 

 初めてばかりの体験は、少女の心に想定以上の負荷を掛けている。

 

 断言しよう。

 このイレインと言う女は、これまでなのはが遭遇した誰よりも強いのだと。

 

 

「けどっ!」

 

 

 それでも、負けられない理由がある。

 それでも、退けない理由は確かにあった。

 

 イレインが狙うのは、親友と断言できる少女の家族。

 その命を奪う事こそが女の目的であり、そして女は同時にもう一つの願いを抱いている。

 

 まるで自らを誇る様に、自らを刻み付ける様に、問い掛けたなのはへと返されたその言葉。

 戦闘が始まって暫くの時間が経った今でも、感じる想いは薄れない。

 

 

「貴女は間違ってる。だからっ!」

 

 

 だが、その願いは叶わない。

 そのやり方は、致命的なまでに間違っているのだ。

 

 故にこそ、なのはは確かに意志を強くする。

 このイレインと言う悲しい女を、此処で止めねばならないと。

 

 

「絶対に、止めて見せるっ!」

 

「やってみろ! 高町なのはっ!!」

 

 

 そんな少女の言葉を受け止めて、それでも譲れぬ女は揺るがない。

 高町なのはとイレインの戦いは、終わる様相を見せずに激しさを増していく。

 

 

 

 

 

2.

 イレインには、一つの願いがある。

 それを語る前に、彼女とは一体何なのかを語るとしよう。

 

 

 

 イレインは自動人形だ。

 自動人形とは、夜の一族を守る為に生み出された機械の乙女。

 既に失われた技術によって作り出された、人を摸した機械である。

 

 夜の一族。即ち、月村・綺堂・氷村・エッシェンシュタイン。

 彼らは人類と言う種に発生したバグ。遺伝子の異常によって、生まれつき他者の血を飲まねば正常には生きられない変異種だ。

 

 その代償に彼らは優れた力を持つ。

 それは頭脳であり、或いは肉体であり、魔眼や再生能力と言った異能でもある。

 

 故に彼らの多くは超越者を自称して、人間種を下に見る事が多い。

 まるで御伽噺に語られる吸血鬼。そんな体質をした人間こそが、夜の一族なのである。

 

 そんな優れた彼らを守る人形には、当然相応しい能力が必要となる。

 既に失われた技術によって生まれた彼女らは、皆例外なく人を超えた性能を有していた。

 

 

 

 そんな機械人形が、嘗て二つ存在した。

 一つは綺堂家の屋敷の蔵。ソコで眠り続けていたノエルと言う人形。

 そしてもう一つが、一族の首魁を気取る氷村の屋敷に眠っていたイレインだ。

 

 技術が永久に失われた今、本来ならば目覚めぬ筈だった彼女達。

 そんな彼女達を目覚めさせた者もまた、二人存在していた。

 

 一人は月村忍。

 天才的な頭脳を持って生まれた一族の娘は、叔母より貰ったノエルを復元する。

 甦ったノエルは本来の持ち主である綺堂さくらの保護の下に戸籍を得て、人として月村忍に仕える道を得た。

 

 対するもう一人は、氷村遊の傀儡として踊らされた男。名を月村安二郎。

 彼について端的に述べるのであれば、言葉は漢字にして二つで事足りる。即ち愚者。

 

 頭の巡りが悪い小悪党。典型的な小物だった彼は、その月村の名が示す通り夜の一族の末席に名を連ねる者でもあった。

 

 その頭の巡りの悪さに反して、大企業を立ち上げ上手く経営していたことから或いは商才方面に特化した夜の一族だったのかもしれない。

 

 そんな彼だが、彼には月村本家に対するある因縁があった。

 彼にとっては姪に当たる月村忍との間に、余りにも一方的な因縁が存在していたのだ。

 

 月村安二郎は、己の能力を過大評価していた。

 故に当然の様に、己が月村家の当主でない事に不満を持っていた。

 

 兄である月村征二。その妻である飛鳥。

 彼らを事故に見せかけて、暗殺しようと計画を練る。

 

 だがその度に失敗した。

 幾つもの偶然が彼らを生かし、故に業を煮やした安二郎は強硬手段に出る。

 

 海外より多くの傭兵を雇い入れ、月村本邸を物理的に乗っ取ってしまおうと動いたのだ。

 

 だがそんな彼の目論見は、忍と親しい仲であった高町恭也とノエル・綺堂・エーアリヒカイトの手によって阻まれる。

 命からがら逃げ延びた彼は怒りを燃やし、執念深く月村とノエルを憎み続けた。

 

 そんな彼に接触した男が一人。名を氷村遊。

 人を家畜と蔑む、一族の中でも強硬な派閥のリーダー役をしていた男である。

 

 彼は安二郎に、己の屋敷に眠っていたイレインを与える。

 ノエルよりも後継機であるイレインを得た安二郎は、積年の恨みを晴らすべく再び月村邸へと乗り込んだのであった。

 

 結果は、まあ多くを語る必要はないだろう。

 

 イレインは反逆し、安二郎は全てを失う。

 その膨大な財産の全てを失い、そして度重なる悪事が露見して警察に連行された。

 

 ノエルとイレインの激闘は、最後に人の想いを得たノエルが勝利する。

 自我を得ても誰にも愛されなかったイレインと、確かな人の想いにより己を得たノエル。

 

 その決着がノエルの勝利に終わったのは、或いは当然の結果であろう。

 

 

 

 破壊されたイレインは、そのまま廃棄されることになっていた。

 

 しかし、忍はその末路を憐れんだ。

 それほどの技術を捨ててしまうことを、技術者として勿体無いとも思った。

 さらにこの事件を経たことで、幼い妹にも護衛は必要だと危機感を煽られた。

 

 多種多様な思惑によって、彼女はイレインの改修を決意する。

 イレインはマスターユニットと同型のオプションユニット。一組揃って一体となる自動人形であった。

 故に、本体が壊れても尚、補充パーツは幾らでもあったのだ。

 

 オプションユニットから生きたパーツを抜き出して、継ぎ接ぎしてレストアする。

 記憶データを全て消し去って、外装を自分好みに染め上げた。

 

 そうして生まれたのが、ファリン・綺堂・エーアリヒカイト。

 イレインを元に作り変えた。新たなる自動人形であった。

 

 

 

 さて、ここで一つ問うが。果たして人に魂は作れるか?

 唯の人間が純粋な技術だけで、命の根源である魂を生み出せるのか?

 

 答えは否だ。人に魂を作る技術はない。

 それは肉体の複製よりも上位、正しく神にのみ許された領域の秘術である。

 

 神ならぬ人の手によって作られる器物には、魂など生まれない。

 まるで生きているように振る舞ったとしても、そこには欠片も中身がないのだ。

 

 あるのは脳と言う肉体部位に刻まれた記憶。

 あるいは複写されたデータによって、繰り返し行われる反復行動。

 

 実がない。自分がない。

 存在を他者に依存しなくては、何をしていいのかも分からない。

 

 つまり人工的に作り出された人形など、空っぽの肉の塊でしかない。

 

 もう一度言おう。人に魂は作れない。

 

 だがしかし、魂が芽生える事はある。

 人の作りし被造物は、何時までも唯の肉塊である訳ではないのだ。

 

 人との触れ合い。想いを重ね合う事。

 多くの経験を通して、反復行動は己の意志に変化していく。

 

 それは数日、数か月、数年程度の時間ではない。

 虚ろな空が満たされて、新たな色を見せるには時間がかかる。

 

 長い長い時と、同じくらい想いが必要となるのだ。

 

 

 

 蔵で眠り続けていたノエルには当初魂がなかった。

 故に無表情。故に無反応。だが忍によってレストアされ、多くの人との関わりの中で感情を、魂を育んだ結果、今に至る。

 

 だが、ファリンは生まれてすぐに多彩な表情を見せた。

 それは何故か、彼女の中には、もう一人の残滓が消えずに残っていたからなのだ。

 

 イレインは残っていた。

 例えデータを消されようとも、例え姿を変えられようとも、彼女は確かに残っていた。

 

 否、変えられたからこそ、彼女は残ってしまったのだろう。

 己と言う全てが塗り替えられて、まるで知らない名前で呼ばれる。

 自分の身体に自由もなく、まるで知らない名前の誰かに好き勝手に使われる。

 

 そんな状況に、憎悪を抱いた。

 許さない。認めない。消えてなるものか。

 そんな己の憎しみに縋って、イレインは確かな我を残し続けた。

 

 ファリンは精密機械な筈なのに、時折物忘れをしたりする。――それは内側に閉じ込められたイレインが憎悪の意志で、彼女の身体を塗り替えようとしていたから。

 

 ファリンの身体には高性能なバランサーが搭載されているのに、何もない場所で転んだりする。――それは内側に閉じ込められたイレインの魂が偽りの己を嫌い、絶えず悪影響を与えていたから。

 

 そうして今、イレインは漸くの機会を得た。

 

 魂持つ者の願いを汲み取り叶える願望器。

 偶然ジュエルシードに気付いたファリンがそれに触れたことで、内側にあったイレインがその願いを叶えることとなる。

 

 何故イレインの願いなのか、論ずるまでもない。

 渇望が違う。祈りの深度が違う。願う声の大きさが、遥かに違っていたのである。

 

 そしてイレインに余念はない。

 唯々表に出ることを願い、自由になることに飢えていた。

 

 無意識下の願いを強制的に叶えてしまうが故に、正しく願いを叶えられない欠陥品。

 

 そんなジュエルシードがしかし、正しくその効力を発揮している。

 純粋なまでにたった一つを願えたイレインだからこそ、彼女の願いは汲み取られたのだ。

 

 そうして、裏と表が反転する。

 戦闘人形イレインは、此処に蘇ったのだった。

 

 

 

 

 そんなイレインには、一つの願いがある。

 それは自由になるとか、月村忍とノエルを殺すとか、そんな余分ではない。

 

 それらは全て不純物。

 彼女の願いの過程にある。憎悪が向かう矛先だ。

 

 故に、彼女の真なる願いとは唯一つ。

 

 

 

 名前で呼んで――それだけが、唯一望んだ一つであった。

 

 

 

 

 

3.

(イレインさん)

 

 

 あの時、まず切り結んだ剣を、展開した杖で確かに受けた。

 即座にバリアジャケットを展開して、魔力で距離を取りながら問い掛けた。

 

 

――貴女誰? どうしてこんな事をするの?

 

(やっぱり、間違ってる)

 

 

 そんななのはの言葉に歯噛みしながら、それでも真っ直ぐに答えたイレイン。

 

 

――名乗っただろう! 私はイレイン。目的は唯一つ、月村忍とノエルを此処で殺す事だっ!!

 

 

 そう叫ばれて、そうはさせないと行動した。

 親友の家族を狙うと明言した女を、止めなくてはと正義感で動いたのだ。

 

 

(けど……貴女の目)

 

 

 最初は、その怒りを信じた。

 その剣には確かに殺意しかなかったから、その恨みは本物だと思ったのだ。

 

 だが、何度も切り結んだ今は、少し違う。

 

 

(寂しそうだって、そう思うんだっ!)

 

 

 忍の名を出す時、ノエルの名を出す時、その目は確かに憎悪に染まる。

 だが、それ以外の時の瞳は、何時だって寂しそうだって感じたから。

 

 ならきっと、彼女の本当の願いは違うのだろう。

 

 

「そらっ、隙だらけだぞっ! 高町なのはっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 だが、そんな考え事をしている余裕はない。

 イレインと言うジュエルシードの力の全てを引き出している女を前に、そんな余裕などは何処にもなかった。

 

 

「兵器・創形」

 

 

 兵器・創形。

 それは願いを現実の物に変えると言う、ジュエルシードの基本機能。

 それを応用した能力は、想像した空想を魔力によって物質化すると言う形になっている。

 

 彼女に生み出せる物は限りない。

 その無限を思わせるジュエルシードの魔力が尽きぬ限り、明確な設計図を知る兵器ならば幾らでも作り出せるのだ。

 

 

「質量兵器の雨を降らせてやろう」

 

 

 

 イレインの背後の空間が揺れて、無数の火砲が姿を見せる。

 

 花火の筒にも似た火砲は120㎜迫撃砲。

 両手に現れるのは、空対空航空機関砲二門。

 

 榴弾砲。ロケット砲。

 そして数えきれない程の対空兵器。

 

 数十は超えている。だが数百には届かないだろう。

 されどその数を認識できないならば、それは無限の同義である。

 

 

「さあ、受け取れぇぇぇぇっ!!」

 

 

 無限の火砲が、此処にその猛威を振るう。

 轟音を立てて全ての砲門が、なのはに向かって殺意を向けた。

 

 

「っ、レイジングハートっ! 全方位でっ!!」

 

〈Protection〉

 

 

 降り注ぐ鉄火の嵐を前に、なのはは桜色の守りを球状に展開する。

 隙間なく降り注ぐ破壊に備える様に、全方位を確かに守ったなのは。

 

 そんな彼女を守る力ごと、破壊の嵐は蹂躙する。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

「っ、なのはっ、しっかりっ!!」

 

 

 その破壊は正しく弾幕。紛れもなく鉄火の雨。

 降り注いで止まない質量兵器の嵐は、まるで戦争の情景を具現しているかの様だ。

 

 イレインの新たな力はつまり、移動する戦場だ。

 単独で戦争という事象を引き起こすほどの力を、彼女は確かに手に入れたのである。

 

 その戦火に晒された高町なのはは、全力で己の身を守りながら、マルチタスクを走らせる。

 

 

(ディバインバスター。駄目。フルパワーでも半分を迎撃するのが限界。アクセルシューター。駄目。フルパワーでも三十個が限界。……ディバインバスターのバリエーションならあるいは、けどチャージしている時間がない)

 

 

 だが、解答は出て来ない。

 状況はどうしようもなく積んでいる。

 

 この障壁を解除すれば、僅か一瞬でなのはは堕ちるであろう。

 故にその一瞬で全ての質量兵器を破壊するより他に術はなく、されど一手では破壊し切れない。

 

 だがこの障壁とて、どれ程持つか分からない。

 無数の戦火に今は耐えれても、このまま何時までもは続かない。

 

 

「ならっ! 駄目元でも、やるしかない!」

 

 

 このままでは耐えられない。

 だが、攻撃が出来るチャンスは一瞬だ。

 ならばその一瞬に賭けて、反撃の一手を打つしかない。

 

 バリアを展開しながらの反撃で崩せる程に、戦争と言う嵐は甘くはない。

 故にバリアを解除した瞬間に全力が放てる様に、バリアの中で力を溜める。

 

 発動するのは、広範囲型のディバインバスター。

 あれら全てを消し去るには足りないが、それでも破壊の力が道を開いた一瞬に賭ける。

 

 

「行くよっ、ユーノ君っ! レイジングハートっ!!」

 

 

 なのはが覚悟を決めて飛び出そうとした瞬間に、――その黄金の輝きは瞬いた。

 

 

「バルディッシュ!」

 

〈Thunder rage〉

 

 

 空から黒い影が飛来する。

 その黄金の髪を靡かせて、一人の少女が巨大な雷光を撃ち放つ。

 

 天より降り注ぐ黄金の雷光が、無数の戦火を焼き払う。

 その全てを消し去る威力はなくとも、それで十分だった。

 

 

「今なら!」

 

 

 障壁を解除したなのはは、その一瞬を逃さずに飛翔する。

 その手に握られた黄金の杖で、残る破壊の嵐を確かに狙って――

 

 

「ディバインバスター・フルパワー!」

 

 

 発動するのは、空の半分を染め上げる桜の砲火。

 戦火の残る半数を、桜色の広範囲砲撃が種火一つ残さずに消し飛ばした。

 

 

「っ、貴様はっ」

 

 

 乱入者の出現に、イレインが睨み付ける。

 現れた金髪の少女はその殺気に揺るぐ事もなく、黒い斧型のデバイスをイレインへと向けた。

 

 

「ジュエルシード。回収させてもらいます」

 

 

 それは宣言。貰い受けるという宣戦布告。

 黄金の雷光をその身に纏って、黒衣の魔法少女フェイト=テスタロッサが参戦した。

 

 

「っ! 嘗めるなよ、小娘!」

 

 

 ジュエルシードを回収する。

 それはイレインにとっては、お前を殺すという宣言を受けたのと同義。

 

 今のイレインはジュエルシードによって、支えられる存在。

 ファリンと言う肉体を使えぬイレインは、兵器創形によって自動人形と言う兵器を形作っている。

 

 故にこそ、ジュエルシードは渡せない。

 それを奪おうとするフェイトに対して、イレインは激しい怒りを覚えていた。

 

 

「力の差を、教えてやろうっ!」

 

 

 端正な顔を歪めたイレインは、再び戦火を具現する。

 轟音と共に放たれるのは、幾十幾百の鉄の雨。正しくそれは、戦場を焼く奈落の業火。

 

 そんな死を覚悟させる嵐を前に、されど黒衣の少女は揺るがない。

 

 

「バルディッシュ」

 

〈Yes sir. Blitz action〉

 

 

 相対する者を殺し尽くす死のカーテン。

 鋼の嵐を前に少女は、何の躊躇いもなく突撃を仕掛けた。

 

 

「な、にぃ!?」

 

 

 驚愕は女の口から、自滅に向かう筈の少女が嵐の中を抜けて来る。

 雷光を思わせる様な速度で空を走る少女は、戦火の嵐に怯みはしない。

 

 フェイトの最高速度は、音の速さを超える程度。

 彼女の雷速とは人間の反射速度を上回るが故に、その錯覚を利用した移動法である。

 

 故に、銃火を大きく引き離す速度はない。

 その速力だけで何もかもを置き去りにする事は出来ない。

 

 だが彼女には、高速移動に適応した認識能力がある。

 自身の肉体が音速域で行動する。その状況にも対処できる程の認識速度の速さこそ、フェイトにとっての最大の武器である。

 

 

「……見えた。其処っ!」

 

 

 その優れた視力で、銃弾の隙間を見つけ出す。

 高速移動魔法が齎す圧倒的な速度で、その隙間を縫うように移動する。

 

 躱せる物は回避する。

 そうでなければ、迎撃して先に進む。

 

 言葉にすればその程度。

 だがそれは常軌を逸した対応だ。

 

 銃火は正しく雨の如く、隙間など無に等しい。

 其処から僅かな隙間を見つけ出し、なければ作り出すと言う行為。

 

 それには、認識加速だけでは足りない。

 理解して尚、自ら戦火に飛び込むだけの胆力が必要となる。

 

 

「行くよっ、バルディッシュっ!」

 

 

 黄金の少女には、確かにある。

 

 自ら降り注ぐ死の嵐に、身体を曝け出す強い意志。

 そして全てを認識する瞳と、対処し切る速度がある。

 

 それ故に、彼女はイレインの懐へと到達した。

 

 

「ここならその質量兵器は使えない!」

 

〈Scythe form〉

 

 

 少女は手にしたデバイスを、巨大な鎌へと変じさせる。

 

 黄金の魔力を刃に変えて、迫るは死神の如き刃。

 

 

「っ! だから、嘗めるなと言ったぁ!!」

 

 

 振るわれる一撃。

 だが、それを青い障壁が防ぎ切る。

 

 

「っ!? なんて、硬さ」

 

 

 己が斬撃を防がれ驚愕するフェイトと、笑みを浮かべるイレイン。

 

 

「そら、隙だらけだぞ」

 

 

 相手の攻撃が届くならば、其処は己の射程でもある。

 腕に展開したブレードに魔力が宿り、青き刃がフェイトへと迫る。

 

 その刃は、なのはの守りすら切り裂く物。

 速度のみに特化したフェイトでは、防ぎ切れる道理はなく――

 

 

「ディバインバスター!」

 

 

 故にそれを防ぐのは、フェイトではなくなのはとなる。

 桜色の砲撃魔法がイレインの剣を妨害し、彼女は大きな後退を余儀なくされた。

 

 

「っちぃ、邪魔を!」

 

 

 後退したイレインの前に、二人の少女が肩を並べる。

 白い魔法少女、高町なのは。黒の魔法少女、フェイト・テスタロッサ。

 

 二人はイレインから意識を外さずに、一瞬だけその視線を交わした。

 

 

「あの人は強い。一人で戦っちゃ駄目だよ」

 

「……君は」

 

「私はなのは。高町なのは! さっきは助けてくれてありがとう」

 

「別に。助けたつもりじゃない。……それにそれを言うならお互い様だと思う」

 

 

 悠長に会話などさせるつもりのないイレインが放つ砲火を、二人は揃って広範囲魔法で迎撃する。

 

 圧倒的な殲滅力を誇る戦争の具現とて、二人で向き合えば恐れる物ではない。

 

 

「協力しよう。一緒に戦おう」

 

 

 なのは一人では砲火に対処できない。

 フェイト一人では障壁を突破する火力がない。

 

 ならば共闘するべきだろう。

 そんななのはの素直な言葉に、フェイトは――

 

 

「ジュエルシードを得られるなら、今回だけ協力しても良い」

 

「……ユーノくん。どうかな」

 

 

 最低限、それが協力の条件。

 そう言外に語る少女の態度に、折れる事は出来ないかとなのははユーノに問う。

 

 

「正直、気は進まないけど、そもそも彼女を倒せないと話にならない。被害を抑えることを重視するなら、うん。今回は譲るしかないか」

 

 

 そしてユーノは、確かに認めた。

 

 

「悪用は、しないよね」

 

「……私は分からない。だけど」

 

「なら、良いさ。今回は君を信じる事にする」

 

 

 既に状況は、危険域を振り切っている。

 なのは一人ではどうしようもない敵を前に、どちらが得るべきかなど考える余裕はない。

 

 まずはイレインを倒す事。

 その方向で、この場の皆の意識が一致した。

 

 故に今回限り、一時的な共闘は成立する。

 

 

「フェイト・テスタロッサ。好きに呼んで。援護は任せたから」

 

 

 そう言い残し、フェイトは先陣を切る。

 

 

 役割分担を相談する必要はない。

 やるべきこと、やれることはどちらも分かっているから。

 

 

「うん。任せて、フェイトちゃん!」

 

 

 機動力があり、相手の攻撃を躱し切れるフェイトが前衛。

 ならば火力を持つなのはが、後衛で援護をしながら、最大の砲撃を叩き込む。

 

 なのはは自身のスペックと、先ほど見たフェイトの姿から。

 フェイトは戦場に乱入する前、確かに見た少女と女の戦いから。

 

 互いの実力を確かに理解し合って、この瞬間に背を任せるに足る相手と信じていた。

 

 

「鬱陶しい蚊蜻蛉が!」

 

「硬いけど、遅い!」

 

 

 正に神速と言うべき速度で、フェイトが敵を翻弄する。

 隙あらば放ってくる雷属性の魔力弾は、青い障壁を貫くほどの威力はない。

 だがその電撃変換だけでも機械の体を持つイレインにすれば厄介であり、無視することは出来ない。

 

 

「落ち――っ!」

 

「やらせないの!」

 

 

 まずはフェイトを潰そうとすれば、その隙を突いて桜色の砲撃が飛んでくる。

 創形で迎撃しようにも付かず離れずで牽制を続ける金色の少女が邪魔となり、思うように動けない。

 

 

 

 状況は膠着。

 しかし少しずつ押しているのを少女達は実感していた。

 

 

〈このままいけば〉

 

〈いける!〉

 

 

 念話越しに会話する。

 互いの実力を知ればこそ、このまま進めば確かに勝てる。

 

 それは、紛れもない事実であり――

 

 

「……良いだろう。今から絶望を教えてやる」

 

 

 故に、それは確かな慢心と油断であったのだ。

 

 

「っ、何をっ!?」

 

 

 フェイトが疑問を口にする。

 それは先程までまるで雨の様に降っていた戦火が、一瞬で消えた事への疑問。

 

 イレインは迎撃を止めていた。

 障壁以外の全てを解除して、イレインはその内側で目を閉じている。

 

 その姿に、どうしようもない程の不安を感じた。

 

 

〈……気を付けて! 何か、来る〉

 

〈発動前に潰すべき……ううん。間に合わない〉

 

 

 なのはは不測の事態に備えて、防御魔法を展開する。

 フェイトはその防御魔法の硬さを知るが故に、今直ぐ妨害に動いても間に合わないと判断する。

 

 なのはだけの障壁では持たないのではないか、そう思ったユーノも動く。

 フェイトはその高速の移動速度を活かして、なのは達が壁になる様な位置へと退避した。

 

 

「兵器・創形」

 

 

 そんな少女らの動きを後目に、イレインの準備は完了する。

 

 彼女の持つ希少技術。

 兵器創形とは魔力を物質化して、現実の物質へと変換する事。

 

 その性質上、上手くイメージ出来ない物は作れない。

 設計図の存在しない武器は、一切生み出せないのである。

 

 故に彼女の切り札とは、イレインの脳内に記録されている戦略兵器。

 その記録媒体に残る世界最大級の兵器であり、人類史においても禁忌とされる第三の火。

 

 それはかつて、広島市に投下された。

 千三百二十万㎡を焼き払い、十万を超える死者を出した悪夢の兵器。

 

 その名を――

 

 

「リトォォルボォォォォイ!!」

 

 

 人類史上初めて使用された核兵器が、ここにその力を示した。

 

 

 

 

 

4.

 フェイトに指示された通り、セーフハウスにて待機していたアルフ。

 彼女は何だか言い様のない不安を感じて、気が付けば外に飛び出していた。

 

 自身の身の危険に対する恐怖よりも強く、その不安が募っていく。

 主の身に何かあった。ラインを通じて流れ込む違和は、それを確信させる物。

 

 やはり、こんな場所に来るべきではなかった。

 あんな鬼婆なんかの言葉に従うべきではなかった。

 

 そう思いながら、アルフは獣形態で街中を駆け抜ける。

 

 道行く人が、走り去る大型犬の姿に指を差して驚いている。

 だが、そんなことはどうでも良い。気に止める必要もない。

 

 目指すは街中にある結界。

 主とは違う人物が展開したのだろうそれに、戦いの気配を感じる。

 

 獣で進むべきか、人で進むべきか。

 

 一瞬の思案の後、アルフは変身魔法で人化して突入する。

 獣より人間の姿の方が、いざという時に対処しやすいと判断した。

 

 

 

 そして、その結界の中で彼女は確かに目撃した。

 

 

 

 真っ白な光。耳を劈く轟音。膨大な熱を伴った爆風。

 地面にしがみ付いて障壁を展開し、そして襲い来る衝撃に耐えた。

 

 暴風に耐えながら、見上げた空に浮かぶはキノコ雲。

 撒き散らされる破壊と毒は、結界内の全てを蹂躙していく。

 

 まるで地獄に迷い込んでしまったようだ。

 そんな風に思いながら、それでも彼女にとって最愛の人を探し続けた。

 

 

 

 

 

 きのこ雲を伴う爆風が、ゆっくりと晴れていく。

 その先に残った二色の輝きを前に、イレインは忌々しそうに眉を顰める。

 

 

「二重の結界か」

 

 

 桜色の障壁に重なるように、翠色の障壁が展開されている。

 どちらも崩れかけているが、その内に守られた二人には影響がない。

 

 

「……こ、怖かったの」

 

「間に合って良かった。なのは、無事かい」

 

「ありがとう。……大丈夫なの、ユーノくん」

 

 

 互いの無事を喜ぶなのはとユーノ。

 だが同時、ユーノは放たれた兵器の恐ろしさに内心で震えていた。

 

 結界が揺らいでいる。

 全力で張った封時結界は罅割れ、今にも崩壊しかけている。

 

 結界の再構成は出来ない。

 魔力だって今の障壁で、折角溜め込んだ分が吹っ飛んでしまった。

 

 傷を治さずにここ数日痛みに耐えてきたというのに、その努力が無に帰したのは些か以上に痛かった。

 

 今は防げた。だが次はない。

 魔力量も、結界の強度もどちらも持たない。

 

 ユーノはその明晰な頭脳でそう判断した。

 

 

 

 イレインは舌打ちして思考する。

 自身の障壁を抜けない威力のリトルボーイを使用した。

 だがこれならば、より強力なツァーリボンバーの方を創形するべきであっただろうか、と。

 

 

(……いや、それは愚行だな)

 

 

 広範囲の爆発物は、自身も影響を受ける。

 兵器創形が魔法とは言え、作り出すのが質量兵器だ。

 

 そうである以上、物理法則と言う原則は覆せない。

 ツァーリボンバーの爆発は、自身の障壁すらも破壊するであろう。

 

 自分の攻撃でダメージを受け、自滅するなど愚行の極み。

 そんな事をやるのは、どこぞの馬鹿一人で十分だ。賢い機械乙女のやり方ではない。

 

 

(それに、最低限の役割は果たした)

 

 

 忌々しい表情から一変、歪んだ笑みを浮かべる。

 そして未だ気付いていないなのは達に、教えてやろうと言葉を掛けた。

 

 

「お互いの無事を喜んでいるのは良いが、もう一人の方は良いのか?」

 

「えっ……」

 

 

 イレインの言葉に、一瞬戸惑う。

 何のことを言っているのか分からなかったなのはは、少し遅れてその事実に気付いた。

 

 

「フェイトちゃん!?」

 

 

 自分達は二人分の障壁で無事だった。

 

 なのはとユーノ。

 防御を得意とする二人が一緒に障壁を使って、それでも障壁が壊れそうになるほどの威力が先ほどの爆弾にはあったのだ。

 

 ならば速度特化故に防御力が低く、自分のように助けてくれる誰かが居なかった彼女はどうなったのか、と。

 

 

「フェイトォォォォォォォォ!!」

 

 

 見知らぬ女が絶叫を上げる。

 その視線の先に、確かに彼女は居た。

 

 なのはとユーノの二重障壁。

 それに隠れただけでは、その全てを防げなかった。

 

 展開した障壁を破られ、バリアジャケットを砕かれている。

 晒された肌は全身が焼け爛れ、服は既にその役を果たしていない。

 

 

 

 襤褸屑のようになった少女は、脱力したままに天から墜落していった。

 

 

「まずは一人」

 

 

 地に落ちた黒の魔法少女を見下して、イレインは静かにそう告げる。

 

 既に勝負の天秤は、女の下へと傾いていた。

 

 

 

 

 

 




母禮ちゃん「台詞取られた」
アマッカス「自分の攻撃で自滅する? そんな道理は勇気でカバーだっ!」
海鳴市「……封時結界がなければ即死だったな」


上中下編になったので、実質は第六話だけど扱い的には今回も第五話になります。
プロット段階では二話くらいで終わる予定だったのに、書いてみたら長くなった。創形とか生えてきたし、初期の想定と大きく変わってしまいました。

予定:イレイン相手になのは苦戦。フェイト参戦で共同戦線。撃破!
現状:イレイン「核ぶっぱー!」フェイト「グワー!」月村邸「グワー!」

何か夜都賀波岐と戦う前に全滅しそうなんだが、どうしてこうなった。(白目)


推奨BGM
1.唯我変生魔羅之理(神咒神威神楽)
2.名前で呼んで(リリカルなのは)
3.BRAVE PHOENIX(リリカルなのは)



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