リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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戦慄のマッキー編。

推奨BGMはEinherjar Nigredo(Dies irae)


終焉の絶望編第四話 無間黒肚処地獄

1.

 堕ちて来たそれに、誰もが呑まれていた。

 

 その存在が放つ違和感。余りにも巨大な神相。絶対視していた結界が砕け散る様に、誰もが口を開いて茫然自失する。

 考えた事もなかった光景に衝撃を受けて、その戦列を維持できない。

 

 無理もなかろう。こんな形で現れる大天魔など初めてなのだ。

 ある種の信仰を集める程に絶対視されていた結界が砕かれる等、誰もが想定外だったのだから。

 

 

 

 強いか弱いか、天魔・大獄の存在を計る事は出来ない。

 それを理解するには強大過ぎる。人の身で理解しようなどとは驕りが過ぎる。

 

 だが、結界を易々と砕いた事実から予想はできる。

 単純な力の総量が他の大天魔を絶する事は、簡単に予想出来ていたのだ。

 

 勝てるのか、と言う迷いではない。

 勝つのだ、と言う不断の意志でもない。

 

 勝てる訳がない、そんな諦めに似た感情が、誰しもの心の内に湧いて来る。

 それ程に、ミッドチルダの者らにとって、大結界は心の支えとなっていたのだ。

 

 

 

 それはある意味、仕方のない事なのだろう。

 いざとなれば、時間が過ぎれば、それで助かると言う保険。

 強大な天魔に挑む為の心の支えを失えば、行動に支障を来たすのは当然だ。

 

 だが、その怪物は、怯懦の思いを汲んで進撃を止めるような存在ではない。

 震えて動けぬからと、それを考慮して立ち止まるならば、そもそも攻めて来ない。

 

 怯懦に震えて、衝撃に心を打ち抜かれて、動けぬ者ら。

 そんな彼らを後目に、黒き甲冑は、その随神相は、一歩を踏み出した。

 

 天魔・大獄が進む。

 僅か一歩で自壊しそうになりながらも、己の死を殺して更に一歩を踏み出す。

 

 その速度は、蛞蝓の如く遅い。牛歩の方が遥かに速い。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、迫る怪物は静かに進む。

 

 誰もが無意識に一歩を退いた。

 天魔・大獄が進む度に、誰もが一歩を退いていた。

 

 誰もがその怪物を恐れていた。

 

 

「っ! このっ! 馬鹿者共がぁぁぁっ!!」

 

 

 そんな怯懦に震える局員達の耳に、確かな肉声が届く。

 機械の補助などなしに、一人の男が震える声で叫びを上げる。

 

 

「何を無様を晒しておるかっ! 我らを何と心得るっ!!」

 

 

 その身に付ける衣服に輝く階級章は将校の物。

 人相の悪い髭面にビール腹と言う、年の行った中年の男が最前線にて声を荒げている。

 

 レジアス・ゲイズ。地上本部の最高権力者であり、間違っても前線に立ってはいけないであろう人物が、怯える者らの最前列に立って声を荒げていた。

 

 

「我らは何だ! 管理局員だ! 我らの役は何だ! 我らが背にある者らを護る事だ!」

 

 

 男は魔導師ではない。魔力資質すら持ってはいない。

 

 現在の管理局は魔力資質を持たない者を一切採用していないが、嘗て、男が入局した当時は違っていた。

 戦闘機人や人造魔導士が一般化されておらず、兎に角数を求めた当時の管理局は非魔導士であっても採用していたのだ。

 

 彼は当時の生き残りだ。大天魔の襲い来る場においては無力である非魔導士。

 広範囲を防御できる歪み者の傍にでも居なければ生存すら出来ない弱兵など、足手纏いにしかならない。

 

 世論を恐れて余り派手に捨て駒に出来ぬ以上、平時は兎も角緊急時には無駄飯ぐらいでしかない。その程度の扱いをされていたのが、若き頃のレジアスだ。

 

 そんな彼は、当然の如く武では役に立てなかった。

 そんな彼は、故に友との誓いを守る為に政治の道を志したのだ。

 

 そうして前線を離れたレジアスが、未だ最前線にその身を晒す理由。それは、悪く言ってしまえばプロパガンダの一環だ。

 

 

 

 魔力資質を持たない彼では、中将と言う地位に立つ事すら出来ない。

 魔力偏重主義が幅を利かせるように、影から扇動されているミッドチルダで、彼のような非魔導士がその地位に立つ事は非常に難しかったのだ。

 

 或いは、管理局が戦時下にあるのではなく、本局がより強い権限を持っていれば別だったのかも知れない。

 御門一門や最高評議会が、裏から主義者達に支援をしていなければ別だったかも知れない。

 

 だが、この状況下で魔力資質を有していない者が上に行ける道理はない。

 レジアスが上に行くには実績とは別に、その不利を覆せる何かが欲しかったのだ。政治の道を進む為に、箔付けと言う物は必要だったのだ。

 

 その為に始めた前線に立ち続けると言う行為。己が命を切り捨てる事で名声を得る為のロビー活動。

 利や情で味方に付けた歪み者に身を守らせて、最前線で指揮を執り続ける事で現場の支持を集めようとしたのだ。

 

 始めた当初はそんな物。損得の判断の結果、他に術が全くないから、一発逆転を求めて始めた賭け事でしかなかった。

 

 

「確かに、あの怪物は強大だ! だが、お前達はそれで逃げ出すような者ではないだろう!!」

 

 

 思惑がどうあれ、確かに彼は地獄に赴いた。

 一般局員であった頃には非魔導士であるが故に参加を許されず、金とコネを得てから無理矢理に立ち入った戦場で地獄を理解した。

 

 そこで見たのだ。そこで聞いたのだ。

 悲痛を、悲劇を、意思を、強さを、その全てを目に焼き付けたのだ。

 

 彼は前線の誰よりも硬く守られている。

 高性能な魔力障壁を張る魔導師達に守られ、他人を守れる防御型の歪み者を引き連れている。

 命の保証のない戦場の中で、だが一番助かるであろう可能性が高い場所に居る。

 それでも防げぬだろう死を、自己犠牲によって防いでくれた者等が居た。

 

 誓いは最早、友とだけの物だけではない。

 

 戦場で幾度も死に掛けた彼を死ぬ気で助けた陸士部隊の者らは、同じ釜の飯を食った者らは、政治と言う分野でレジアスがこの現状を変える為に動いてくれる事を信じた。

 

 現場を知る上位者が、この地獄の様な日々を変える切っ掛けを作ってくれるのではないかと期待したのだ。

 

 そんな名もない者らの手によって、レジアスは確かに命を繋いできたのだ。

 

 

「忘れるなっ! この肩に背負っているものを! お前達は! 絶対にそれを投げ出すような者ではないのだと!」

 

 

 だからこそ、彼は現実を、上層部の誰よりも深く知っている。

 変わり続けるそれを、忘れない為に地獄の最前線に居続けると決めている。

 

 そして彼は誰よりも、己の様に守られていないのに、現場に立つ事が出来る戦友たちの強さを知っている。

 

 だからこそ、何の力もない男は叫んだ。

 

 

「アレは敵だ! 倒さねば、全てを失うぞ!!」

 

 

 怒声は震えていた。レジアスもまた、恐怖に震えていた。

 そんな震える声に弾かれるように、誰もが顔を上げて前を向いていた。

 

 下がり続ける足は、ここで踏み止まる。

 崩れかけた戦列は、確かに崩れる事はなかった。

 

 その姿を見て、レジアスは一つの指示を口にした。

 

 

「全軍、砲撃開始ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 

 唯、撃てと。複雑な命令を受け入れる余裕も、何かを考える余力も、そんな物は誰にも残されてはいないだろうから、唯撃てとレジアスは命じた。

 

 

 

 轟音が響く。爆音が鳴る。大地を砲弾が疾駆し、空を魔法の輝きが駆け巡る。

 

 その砲撃は出鱈目だ。その破壊は非効率だ。

 前を行く質量兵器の弾丸を、後から迫る魔力光が消し飛ばし、その魔力光を更に後に放たれる光学兵器が散らせてしまう。

 弾丸の速度も射線も距離も、一切考慮せずに唯放たれ続ける破壊の砲火は、互いに邪魔をしあっている。

 

 それでも、一心不乱に彼らは迎撃を続ける。

 絶え間なく続く砲火は、巨大な三つ首の黒虎へと降り注ぎ続けた。

 

 だが、それでは届かない。

 

 どれ程の砲弾を放とうと、どれ程の魔力光を放とうと、光学兵器が周囲を消し飛ばしながら接近しようと、最強の怪物は揺るがない。

 

 触れる事さえない。当てる事すら出来ない。

 そうなる前に、全てが黒き砂になって終わってしまう。実弾も、魔力も、光さえも、強制的に終わって消滅してしまう。

 

 降り続ける砲火の雨の中、天魔・大獄は何もないかの如くに進む。

 ゆっくりと、ゆっくりと、一歩、一歩と進んで来る。

 

 

 

 その怪物は止められない。

 

 

 

 最前線の砲火では止められない。

 今更戦闘機人部隊を出したとて、時間稼ぎにすらならない。

 

 ならば別の手を用意するより他にない。

 

 

「我らの出番か」

 

「……そうね。あのビアダル親父が身体を張ってるんだもん。やんないとならないわよね」

 

 

 その事実を前に彼らが動く。

 管理局の切り札と言える者達。エースストライカー達が動く。

 

 この場に居るのは二人だけだ。あの怪物を前に、先ずは生存性の高い二人だけを当てる事とする。

 それを以って、何処まで出来るのか、誰を対処に向かわせるのかを決める。それこそが彼らが下した判断だった。

 

 

「外から攻めても駄目だと言うならば」

 

「ま、当然! あのデカブツを、中から崩してやりましょう」

 

 

 高町なのはのデバイスに残った映像から、アレに内部空間がある事は分かっている。外側から崩せないなら、その内側から対処すれば良い。

 

 停滞の鎧を纏った青き守護獣。無限の残機を持つ鉄拳の女傑。

 先ず以て動くのは、どのような状況下でも即死はしない彼らである。

 死に満ちた世界においては、彼ら以外は行動すら出来ないであろう。

 

 

「んな訳で、砲撃止めて道あけといてよ、髭親父」

 

〈ふんっ! 中将と呼ばんか、馬鹿娘がっ! ……死ぬなよ〉

 

「当然。……これから、私はお母さんになるんだからっ!」

 

 

 クイントが通信端末で連絡を取る。大天魔襲来の直前に、あの少年から了承を貰ったクイントの戦意は、今までにない程に高まっていた。

 

 連絡直後に砲火は止み、彼らの前に道が生まれる。そうして出来た道を、駆け抜けるように飛翔して怪物に迫る。

 

 ゆっくりと動く怪物が、逃れようなどと言う意志を見せる筈もなく、彼らは己に掛かる負荷を感じながら、その巨大な口より体内へと侵入した。

 

 

 

 だが心せよ。

 怪物の終焉は、想いだけで揺るがせる事など出来ない。

 

 その死に満ちた世界は、たかが歪み程度で、神から奪い取った断片如きで、抗える程に安くはないのだ。

 

 

 

「がっ!?」

 

「っっっっっ!!」

 

 

 両者は口から入り込んだ直後に、弾かれるように外へと逃げ出していた。遮二無二、逃げ出さねば死んでいた。

 

 ザフィーラは感じ取る。内に入った瞬間に停滞の鎧を突破されそうになった事実を、後一秒でも長く其処にいれば、己の命はなかったと言う事実を認識した。

 

 ザフィーラとて、全力ではない。最大駆動した停滞の鎧ならば、もう暫くは耐えられただろう。

 だが、それでも十秒か、二十秒か、あれを倒すにはまるで足りない。

 終焉の黒き砂漠の中を進む為には、全力を出しても魔力が足りないのだ。

 

 これに挑めば己は死ぬ。確実に、何も為せずに死に絶える。

 復讐を果たせていない獣には、そんな選択は選べない。命を賭しても極小の可能性すらない戦いなど、彼には選べよう筈がなかった。

 

 絶対的な守りを持つ獣であってもそれなのだ。

 ならば当然、彼ほどの守りを持たない女の被害は、彼よりも遥かに大きかった。

 

 

「っ! クイントっ!!」

 

 

 叫び声を上げる。

 声に返す言葉は、酷く弱弱しい物だった。

 

 

「……生きては、いるわ。……まさか、一瞬で、全部持ってかれるとは、思わなかったけど」

 

 

 蹲って、血反吐を吐いている女。彼女は終焉に触れた瞬間に、十五の残機全てを奪われていた。

 

 死を分身に押し付ける。押し付けた死の総量が、十五人を一瞬で殺し尽くし、それでも零にする事が出来ない程に強大であったのだ。

 

 その結果、クイントは身動きできぬ程に衰弱している。吐けども血反吐は止まらず、生命力を流し続けていた。

 

 

「何故だ」

 

 

 そんな風に動けなくなった女を片手で拾い上げて、最強の怪物より逃げ出しながらザフィーラが問う。

 

 

「何故、お前は、此処にいるお前を残している」

 

 

 それは当然の疑問。クイントにとって、分身と本体の差などない。

 押し付け切る事が出来ず、もう挑めぬと分かっているならば、逃走の手間を減らす為にも此処にいるクイントを分身として切り捨てるのが正しい判断と言えたであろう。

 

 

「そう、する、心算、だったんだけど、ね」

 

 

 クイントもそう判断していた。己の押し付けた死に、分身たちが悉く耐え切れずに消し飛んでいく中、退避しながらも別のクイントを本体として使用しようとしていた。

 

 だが、出来なかった。しないのではなく、出来なかったのだ。

 

 

「……御免、返しの風、来ちゃったわ」

 

 

 残していた彼女に訪れた被害は、終焉に触れた結果だけではなかった。

 その身に宿す歪みの力が、彼女の制御力を超えてしまっていたのだ。

 

 

「もうちょい、持つと、思ったん、だけど、なぁ」

 

 

 予兆はあった。限界を理解はしていた。

 ここ暫く、体調が不安定だった。歪みの制御が上手くいかない事も少なくはなかった。

 

 彼女の妹分も気付いていたその異常。それこそ、クイントが歪みを制する事が出来なくなりつつあった証である。

 

 限界スレスレで拮抗していた天秤。それが、終焉と触れた事で一気に傾いてしまっただけの話なのだ。

 

 

「ちぃっ! もう良い。無理して喋るな!」

 

「聞いといて、それ、言う? まぁ、死にたくないけど、動けないし、後、頼む、わ」

 

 

 クイントが異形に変わる事は無い。彼女はその領域にまでは到達出来ないからこそ、己の歪みによって命を落とさんとしている。

 全身を襲う痛みと虚脱感で意識を失ったクイントを抱えて、ザフィーラは走り抜けた。戦う為ではなく、終焉より逃れる為に。

 

 最も生存性の高い彼らであってもこの様だ。

 他の歪み者では近付く事さえ出来ない。エースストライカー達は、この瞬間に打つ手を失ったのだ。

 

 

 

 終焉の怪物は止められない。

 

 

 

 一歩、一歩。ゆっくりとした速度で、最強の大天魔は迫り続ける。

 その歩みは淀みない。その歩みを止める事は出来ない。その怪物は止まらない。

 

 

「……まぁ、通じないとは思うが、多少は抵抗させてもらおうか」

 

 

 そんな中、地上本部の訓練施設に立つ青年は、そんな言葉を口にする。

 長い黒髪を後ろで束ね、白を基調とし黒き呪の刻まれた和装を身に纏う青年。

 顔を青痣で腫らした彼は、通用しないと分かっていても己の異能を行使する。

 

 

「万象、掌握」

 

 

 言葉と共に、地形が変わった。

 

 天魔・大獄が進む先、その道が突然に消え失せる。

 其処にあった筈の大地が消え去り、代わりに出現するのは彼の随神相よりも巨大な渓谷。

 

 その力は、彼の大天魔が進むべき大地を奪っていた。

 既に万象掌握は、星の地形すらも思いのままに置き換える事が出来る程に至っている。

 

 眼下に広がる深き穴。大地を踏み締め進む怪物は、物理法則にそうならば当然落下するであろう。

 

 だが、そうはならない。

 

 

「まぁ、当然だな」

 

 

 当たり前の如く、何もない虚空を踏み締めて進む大嶽。まるで常識を馬鹿にしているような対応だが、天魔・紅葉ですら物理法則を軽々と無視していたのだ。それ以上の怪物が落下するなど、楽観視が過ぎる話である。

 

 故に、その姿も想定内でしかない。だからこそ、続けざまの一手を用意していたクロノ・ハラオウンは、即座に行動に移った。

 

 

「ざんざんびらり、ざんざんばり、びらりやびらり、ざんだりはん」

 

 

 それは、御門一門に囚われ続けた間、彼らの使う旧世代の力を解析してクロノが編み上げた、疑似的な術式。古き世に使われた一つの力の模倣である。

 

 

「ふくもふしょう、つかるるもふしょう」

 

 

 彼が手を軽く振るうと、随神相の頭上に巨大な質量が生まれる。

 その強大な質量は、彼の歪みと術が作り上げた凶兆である計斗星。

 

 

「鬼神に王道なし、人に疑いなし、総て、一時の夢ぞかし、ここに天地の位を定む」

 

 

 それは山。それは山脈。ミッドチルダという惑星に存在する全ての山々を此処に集め、巨大な凶星を作り上げる。

 

 

「八卦相錯って往を推し、来を知るものは神となる 天地陰陽、神に非ずんば知ること無し」

 

 

 まるで巨大な隕石の如く、連なった山々は歪みと術式を混ぜ合わせた力によって大火球へと姿を変える。その膨大な質量全てが破壊の力へと変じていく。

 

 その絶大の質量をもって、天より墜落する計斗星の如き衝撃を生み出した。

 

 

「計斗・天墜――凶に破れし者、凶の星屑へと還るがいい!」

 

 

 空を裂き、大地を穿たんと墜ちるは計斗星。落下に巻き込まれれば、誰の命も残らぬであろう。

 

 だが前線にあった陸と空の部隊は既にない。

 逃げ続けていたストライカー達の姿もない。

 初手の環境変更の際に、避難民を含めて全て地球へと逃がしている。

 

 故に被害など気にする必要はない。無人の渓谷を、焼け野原に変える事も辞さない。

 あれを止める為に、クロノはクラナガン全土を壊滅させる力を持つ凶星を墜としたのだ。

 

 

 

 迫る気配を、同胞の力たる歪みを感じ取った大獄は、僅かに視線を動かす。

 見えている訳ではない。唯、反射的にそちらを見て、視力ではなく感覚で力の総量を理解する。

 

 

「……少し、邪魔だな」

 

 

 その猛威は、クラナガンを消し去る程の物。ミッドチルダに癒えぬ破壊を残す程の物。多くの命を奪い去るであろう程の強大な破壊力。

 

 そんなそれを邪魔だと切って捨て、巨大な神相はその手を振るう。

 轟と音を立てて迫っていた隕石は、腕の一振りで黒き砂へと変わって消えた。

 

 計斗・天墜は足止めにもなりはしない。

 そのゆっくりとした歩みは、一度たりとも止まることは無い。

 

 

 

 最強の怪物は止められない。

 

 

 

「……分かっていた事だが、流石にそうもあっさり防がれると自信を無くすな」

 

 

 そんな光景を分かっていたと口にして、クロノは己の歪みを行使する。

 最早、己には何も出来ない。自身の伏せ札は、切り札にすらならずに消えてしまったから。

 

 

「後は任せた」

 

 

 続く一手の邪魔にならぬように、己を安全地帯へと転移させた。

 

 

 

 そして、ミッドチルダ宙域にて待機していた海の部隊が動き出す。

 時空管理局の戦艦が立ち並ぶ。L級の航行船ではなく、純粋に戦争の為に作られた戦闘艦が其処に並んでいる。

 その戦列にある航行艦は、全ての主砲をミッドチルダへと向けていた。

 

 

「本当に、やるのですか?」

 

 

 若き副長が声を上げる。自らの手で、自らが生まれ育った世界を焼き払う事に躊躇いを見せている。

 

 

「やらねば、ならん」

 

 

 海の総大将として戦列を指揮するラルゴ・キールは、自身の副官へと重苦しく言葉を返す。

 やらずに済めば良い。だが他の手立ては全て潰された。故にやらずに済ませる事などもう出来ない。

 

 アレは何処までも追って来る。

 確実に倒さねば、己達が死ぬのだ。守るべき者らを失うのだ。

 それを防ぐ為には、母たる大地を焼き払う焦土戦すら許容せねばならない。

 

 そんな老提督の覚悟に、若き副官は頷きを返して指示を出す。

 彼の指示を聞いた全ての艦長が始動キーを差し込み、安全装置を解除してその瞬間を待った。

 

 

「アルカンシエル! 連続斉射!!」

 

 

 赤く染まった艦内より叫ばれる老提督の言葉。

 それと共に、数十にも及ぶ戦艦の全てから、三つの巨大魔法陣が展開される。

 

 展開された魔法陣より放たれるのはアルカンシエル。管理局の誇る最終兵器がミッドチルダの大地に向かって放たれた。

 

 

 

 アルカンシエル。

 放たれる弾丸が魔力反応を発生させ、結果として生じる空間歪曲と反応消滅によって対象を殲滅する管理局の最終兵器。

 その威力は一発で百数十キロを消滅させ、周囲の次元を狂わせてしまう程の物。

 

 防げない。耐えられない。そんな道理などありはしない。それ程の猛威が、雨霰の如く降り注ぐのだ。

 

 戦列より放たれた最終兵器は、十や二十ではない。

 百や二百には届かないが、立て続けに放たれ続ける破壊の光は、まるで無限に降り注ぐかの如き錯覚を与えていた。

 

 

 

 だが、それでも怪物は止まらない。

 

 

 

 アルカンシエルが齎す破壊の光。

 それが消えた後に残る巨大な怪物は、無傷だった。

 

 傷一つない。その身に唯一つの痕さえ残らない。

 その歩みが揺るぐ事はなく、唯破壊が振り撒かれただけだった。

 

 その姿に心が折れる。だが、それでも諦めるなと口にして、次弾を装填して放つ。

 積み上げれば、重ねて行けば、何時かは届くかもしれないと。

 

 

 

 そんな何時かは訪れない。

 

 

 

 これが求める者を傷付けるかも知れない。

 破壊の光は己には害がないが、唯人を器としている戦友には影響が出るだろう。

 

 天眼によってそう判断した大獄は、その神相は、巨大な口を大きく開く。

 

 

「……此処で、死ね」

 

 

 その顎門より放たれるのは破壊の光。

 全てを滅ぼす終焉の輝き。三つ首より放たれた光は空を焼く。

 宇宙にあった海の部隊全てが、一秒とせずに消し飛んだ。後には何も残らない。

 

 天魔・大獄は無人と化した荒野を進む。一歩、一歩と進んでいく。

 

 

 

 その怪物は止められない。

 

 

 

 御門の御所。その最奥に突き立てられた槍の前で、禅を組んでいた女は目を開く。

 

 

「……使う他、ないか」

 

 

 その視線の向く先、目に映るは黄金の槍。心弱き者は目にしただけで死に至る。それ程の輝きを担い手なき今でも維持するその至宝。

 手にした者は、世界全てを制すると信じられた、それこそが至高の聖遺物。

 

 聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)

 

 それに依って己を支える御門顕明は、それさえ捨てねばならぬかと判断していた。

 

 その場にいる者は彼女だけではない。

 彼女が手ずから指導した御門の術者達。

 彼女が振るう力、その増幅器としての役を負わせた者らが居る。

 

 

「大結界、再起動!」

 

 

 その力を借りて、再びミッドチルダを結界で覆う。

 元より、その気になれば何時でも展開出来た。双子月が重なっている間であろうと、大結界で天魔達を追い払うことは出来たのだ。

 

 それをしなかったのは、しない方が都合が良いと言う判断があった事と、急速展開を行った際の負荷が大き過ぎる事が理由。

 

 

「っ!」

 

 

 己に掛かる負荷を、唇を噛み締めて耐える。

 ボロボロと外装が崩れ落ちていき、その裏側に本来の姿が垣間見える。

 

 それはこの世の民とは異なる姿。神座世界に生まれた彼女は、この世界の民とは決定的なまでに生きるべき場所が異なっている。

 天狗道に生まれた民が持つは、悪意に塗れた邪神が与えた、糞尿と塵芥で塗り固められた瘴気を放つ異形の相。

 

 そんな忌避しか感じさせない姿が垣間見えようとも、其処に居る術者達に怯えも困惑もありはしない。

 

 彼らは知っている。彼らは理解しているのだ。

 御門の精鋭たる彼らは、絆こそ覇道と掲げる彼女の元に集った彼らは、その真意の全てを理解した上で協力しているのだから。

 

 ミッドチルダ大結界とは、ある術式を応用した物だ。

 本来は、一瞬のみに極大の効果を発揮するそれを、長く安定して効果を発揮するように改変した物こそ、この大結界なのだ。

 

 その真なる姿を、本来の形を、アレを止める為に、世界を滅ぼさぬ為に此処に使う事を彼女は決めた。

 

 

「聖槍十三騎士団黒円卓に連なる者! 第七位、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン!」

 

 

 迫り来る最強の怪物。その魔名を口にする。

 敗者の型に嵌められた彼らを、滅ぼす為の力を行使する。

 

 

「その存在は獣に容認されていない! 故に、その愛にて果てよ!」

 

 

 既に獣はいない。その残滓は、嘗てとは異なる形で復活を果たそうとしてはいるが、未だ其処まで至ってはいない。

 己は残滓を振るえるだけの力を残してはいない。無数の術者達に支えられて、一瞬だけ嘗てと同じ力を取り戻す事が精々だ。

 

 それでも、これを大天魔は防げない。一度たりとも膝を屈した事がない両面の鬼と彼らの将を除いて、これに耐えられる大天魔はいない。

 

 

「受けよこの一矢! 天魔・覆滅!!」

 

 

 放たれるのは矢ではない。深奥に刺された槍は動かない。

 その力のみが、大地を切り裂いて、最強の大天魔へと迫っていった。

 

 

「…………っ」

 

 

 揺らぐ。不動だった最強が揺らぐ。立ち止まる。迫り続けていた怪物が立ち止まる。

 その黄金の輝きを受けて、その力を受け止めて、天魔・大獄が苦悶の声を漏らしていた。

 

 元より、彼は獣の戦奴隷。修羅道至高天に囚われていた者。人であった頃の彼は、獣の近衛である黒騎士だったのだ。

 

 故にこそ、その力は良く通る。例え残滓であろうとも、敗れた過去が彼を縛る。

 

 逆らえなかったという過去がある限り、この一撃を耐えられない。

 必然として滅び去る。そうなる前に逃げ出すのが唯一無二の対応策だ。

 

 そう。それが道理だ。それが当然の結果だ。――だと、言うのに。

 

 

「……今更、こんな物で」

 

 

 動けぬ筈の怪物が動く。

 耐えられぬ筈の怪物は耐える。

 

 そして、それだけでは、終わらない。

 

 彼はこんな終焉を認めない。至高の終焉はこれではない。

 嘗て得たその終わりを、投げ捨ててでも戦友の為に次を共に生きたのだ。

 

 ならばなぜ、こんな終わりを許容できようか。

 否、出来る筈がない。こんな物では終われない。

 

 

黄金の残滓(ラインハルト)程度で、俺を倒せるとでも思っているのかっ!!」

 

 

 最強の大天魔は喝破する。それは過ちなのだと、そんな終わりを出されようと、己は止まらないのだと一喝した。

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 悲鳴が上がる。物理的な衝撃を伴った喝破に、跳ね返された力に悲鳴が上がる。

 破壊の光を無理矢理に振り解いた際に生じた波動が、効果を発揮せずに押し返された力が、術者である御門顕明と彼女の配下の者らを襲っていた。

 

 術者達はまるで柘榴が弾けるように、力の奔流に耐え切れずに弾け飛ぶ。余りにも強すぎる力に耐えられず、誰も生き残る事が出来なかった。

 己を信じて着いて来た者らの死に涙を零しながら、旧世界より生き続けた女傑は崩れ落ちる。

 

 この瞬間に、管理局はあらゆる札を失った。ここに万策は尽きたのだ。

 

 そして再び、足を止めていた怪物が歩き出す。

 

 最早抗う術はない。何一つ出来る事はない。

 静寂に満ちた世界を、己が戦友を求めて怪物は進む。

 

 

 

 終焉の絶望は止められない。

 

 

 

 

 

2.

 静かだった。とても静かだった。

 

 迫る怪物は静の具現。求道の極致。故にゆっくりと来るそれは、激しい音も極端な事象も引き起こしはしない。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、その巨体が迫って来る。静寂な夜を切り裂く事は無く、余りにも静かに破滅は迫っている。

 

 そんな中で、少女は一人、地上本部の屋上へと姿を見せていた。

 その足運びは安定しない。目覚めたばかりの彼女は、未だふらついている。

 

 それでも、此処に来た。襲い来る終焉の絶望を食い止めにやって来た。

 心は震える。身体は震える。あれに挑むなど、正気の沙汰ではない。

 

 だけどそうしないといけない。そうしなければ全てが終わる。

 だから、揺らがぬ想いを感じる為に、ゆっくりと目を閉じて胸に手を当てる。

 

 

「感じるよ。ユーノ君の(こころ)

 

 

 其処に感じているのだ。温かい想いを。

 とても、とても、とても強い想いを。

 

 まだ戦うなと言われた。

 術後数時間と経ってはおらず、無理をすれば命に関わると口にされた。

 

 それでも、君は行くのだろうとあの科学者は口にしていた。それにうんと頷いて、高町なのはは此処に居る。

 

 

「目覚めない君が其処に居る。私に伸ばしてくれた手が其処にある。……だから、失いたくなんてないんだ」

 

 

 目を向ける。先にあるのは巨大な怪物。

 逃げ出すのが、正解なのかもしれない。挑むなんて、馬鹿らしい事なのかもしれない。進む道は間違っているのかもしれない。

 

 けど、アレを見逃せば世界が凍る。その瞬間まで、アレは止まらない。

 それは困るのだ。これから先の世界を共に生きる為に、凍ってしまうのは嫌なのだ。

 

 だから――

 

 

「風は空に」

 

 

 少女は謳う。もう一度、あの場所に立つ為に。

 

 

「星は天に」

 

 

 諦めない。諦めてはいけない。その時が今、此処にある。

 

 

「輝く光はこの腕に」

 

 

 溢れ出し、輝く光は翠色。温かな輝きこそが、彼と共にあるという証。

 

 

「不屈の(こころ)はこの胸に!」

 

 

 そう。見ていてくれている。ならば、この身は諦めない。

 不屈の意志は挫けない。例え、終焉の絶望を前にしたとしても。

 

 

「レイジングハート、セットアップ」

 

〈Stand by ready, set up〉

 

 

 そうして、白き星は再び空へと駆け登る。

 天高く飛び出した少女が目指すは、あの死に塗れた黒き砂漠。

 

 打ち破るのだ。乗り越えるのだ。笑って語り合える、明日の為に。

 

 

 

 ゆっくりと迫り来る怪物。

 それに対抗するように無数の魔力弾をばら撒く。

 

 だが揺るがない。外界からの干渉では、これは揺るがせない。

 故に破るならば内界より、その地獄を乗り越えねばならない。

 

 迷いはない。戸惑いはない。元より覚悟の上である。

 三つ首の獣。その開いた顎門の隙間より、黒肚処地獄の中へと突貫した。

 

 

「っ!」

 

 

 直後、襲い来る砂嵐。唯人は即死し、神格であれ長期間は耐えられない。そんな死に満ちた世界。

 

 其処に入り込んだ高町なのはは、当然の如く命を終える。

 

 

「まだ終われないっ!」

 

 

 そして、その直後に蘇った。

 

 終わってしまう事を避けられないならば、もう一度始めからやり直せば良い。

 相手の拳が幕を引くならば、終わってしまった舞台を再公演すれば良いのだ。

 

 それは、そんな当たり前の対抗手段。

 

 

「私の舞台は終わらない! こんな形での終焉なんて認めない! 終わってしまうと言うのなら、何度だって繰り返す!!」

 

 

 それは幕引きに対する再上演。終焉に対するは新たな始まり。

 天魔・大獄の齎した幕引きの拳(デウス・エクス・マキナ)に適合する形で変質を起こした、高町なのはの再演開幕(アンコール)

 

 たった一人でも彼女を見てくれる観客(ユーノ・スクライア)が居る限り、彼女の舞台は終わらない。

 

 此処に終焉を乗り越える形で、魔法少女は復活を果たした。

 

 

 

 

 

3.

「ふむ。経過は順調、と言った所であろうか」

 

 

 飛び立っていく少女の背を、手術室で眠るユーノ・スクライアの傍らに居る白衣の男は見送りながら言葉を呟く。

 

 魔力光が翠色に変化する。

 不撓不屈から再演開幕への異能変化。

 天魔・大獄と戦う為だけに変化していく少女の力。

 

 其処に幾つかの想定外を内包してはいても、大凡は男の筋書通りに動いている。

 

 

「太極。道家の思想である太一と同義とも考えられる、世界そのものを差す言葉」

 

 

 それは男の考え付いた一つの理論。

 太極と言う一つの界である神々を、その座より追い落とす手段。

 

 

「陰陽思想においては、陰陽とは太極より分かたれた物。世界を二元論にて思考する言葉だ」

 

 

 そんな物はなかった。だから、用意するのだ。

 神を人の領域まで堕とすのではなく、人を神の領域まで至らせる。

 

 神を殺す神を生み出すのだ。

 

 

「太極は両儀を生ずる。ならば、何故、逆はあり得ないと言えようか」

 

 

 神とは、太極とは異なる二つを内包する物。完全なる一つ。

 それ自体を用意出来ないなら、既にある二つを完全な形で混ぜ合わせれば良い。太極に至るべき器を用意するのだ。

 

 

「詰まりは二元論の内包だ。両極なる両儀を揃え、混ぜ合わせる事が出来れば、即ち、それは太極(かみ)へと至る」

 

 

 魂の質。合一に至れる相手が居る事。

 それら全てを含めても、神殺しの器足り得る者は彼女以外にありはしない。

 

 

「太陽は陽であり、月は陰である。女は陰であり、男は陽である」

 

 

 太陽の如き少女(たかまちなのは)と、月の如き少年(ユーノ・スクライア)は、既に太極図を構成する為に必要な要素を満たしている。

 

 

「太極図は、陰を内包した陽と、陽を内包した陰が混ざり合う姿を描いている」

 

 

 まるで都合が良い程に符合していた。

 その為に用意されていたかの様に、彼女は必要な全ての要素を揃えていたのだ。

 

 

「陽を象徴する陰の少女と、陰を象徴とする陽の少年。二人の魂が混ざり合い、合一を果たせば、そう、その先にある者こそ」

 

 

 足りないならば補えば良い。補ったならば、より高くなるように調整すれば良い。

 他には何も要らない。他には何もする必要はない。既にアレに施す物はもう他にない。

 

 後は経験を積み、互いにより深く分かり合えば、その瞬間こそが。

 

 

「神殺しの、誕生だ!」

 

 

 未だ其処には届かない。そのレベルでの合一は果たせていない。

 だが、それでも、この黒肚処地獄にて死ぬ度に、高町なのはとユーノ・スクライアの結び付きは強くなる。

 

 死地から蘇る度に、彼女の魂はより強き輝きを放っていく。

 最初は一分持たなかった地獄の中で、成長を続ける少女は死を遠ざけ続けている。その位階は爆発的に成長している。

 

 ならば、何れは必ず至るのだ。

 

 

「ふふふ、ふはは、はーっははははははっ!!」

 

 

 ジェイル・スカリエッティは終焉を迎えつつあるミッドチルダにありながら、本当に楽しそうに腹を抱えて笑い続けた。

 

 

 

 

 

 




今回はマッキーの蹂躙回でした。


そろそろ分かっていると思うので明かしますが、三人の主人公はそれぞれ大天魔の中でも最重要な人物である彼ら三柱に対応しています。

トーマが夜刀様。ユーノが両面宿儺。なのはが天魔・大獄となります。


再演開幕のスペックは次回にでも、マッキー特化になったなのはちゃんは、ある意味強くなっているけど、同時にある意味弱くもなっています。



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