リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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マッキーインパクト最終回。
終焉の絶望編の残りは、後始末だけになります。


推奨BGM。

1. Einherjar Nigredo(Dies irae)
2. 祭祀一切夜叉羅刹食血肉者(神咒神威神楽)



終焉の絶望編第五話 世界の終わり

1.

 乾いた砂の海。黒き嵐が吹き荒れる。

 黒き砂が満ちている。死が溢れている。其処には終焉以外ありはしない。

 

 其は無間黒肚処地獄。巨大な黒虎の内側にあるは、全ての幕を引く終焉の拳。人世界・終焉変生。

 

 そんな地獄の中を少女は飛翔する。

 何度も死にながら、何度も終わりながら、それでも少女は飛翔する。

 

 飛翔する少女の前に砂の嵐が渦巻く。

 触れれば幾度死ぬだろうか、それさえ分からぬ程の死を内包した物。

 

 

「ディバインバスターッ!」

 

 

 それに魔法の杖を向けて力を放つ。

 翠色の砲撃は嵐を逸らさんと、空を切り裂き嵐に向かう。

 

 だが。

 

 

「っ!」

 

 

 失速し、減衰し、消失する。

 砂嵐は消えない。今の彼女の砲撃魔法では消せない。単純に威力が足りていない。

 

 威力が足りない。本来ならば限界などなく、無限に火力を引き上げられる彼女の砲撃が、星を震わせる程の火力が、今の砲火には欠けていた。

 

 

〈Divine buster, power decline〉

 

「……やっぱり、そうだ」

 

 

 目覚めてから、魔法を最初に行使した時に感じた違和感。それを漸く理解して、レイジングハートの指摘に頷く。

 

 砲撃魔法の出力が落ちている。

 不撓不屈で生み出せる魔力量に制限が掛かっている。

 この地獄の中でも通じるだけの破壊を用意する事が出来ていない。

 

 

〈Master!〉

 

「っ! プロテクション!」

 

 

 思考に沈み掛けたなのはにレイジングハートが危機を伝える。

 

 砂嵐が眼前に迫っている。幾ら蘇れると言った所で、精神力をその度に消費する以上は有限。無駄遣いなど出来よう筈がない。

 

 駄目で元々、少しでも被害が減らせれば良い。

 そんな思考で咄嗟に展開した防御魔法は、しかし彼女の予想に反して、その被害を完全に防いでいた。

 

 

「……レイジングハート、これ?」

 

〈Protection, power increase〉

 

 

 シールド系の魔法の出力が上昇している。その事実に、高町なのははある一つの仮説を立てる。

 そうして、その思考が正しいかを確認する為に、マルチタスクを最大限に利用した。

 

 

「……やっぱり」

 

 

 予想は確信となる。展開されたマルチタスクの数は十二。元々然程マルチタスクを得意としていなかったなのはには展開出来ない数だった。

 

 

「……これ、ユーノ君の魔力資質」

 

〈The average value of master and yuuno〉

 

 

 高町なのはの出した結論を、レイジングハートが訂正する。

 今の高町なのはの魔力資質は、彼女と少年のそれを足して割った物。即ち平均値と化している、と。

 

 結界や障壁と言った魔法は嘗てよりも強くなっている。

 回復魔法と言った出来ない事も出来るようになっているが、反面、射撃魔法や砲撃魔法と言った攻撃系統の魔法は軒並み威力を落としてしまっている。

 

 

「それに加えて、異能の劣化。ううん、変質が起きてる」

 

 

 不撓不屈から再演開幕へ。即死に対する耐性を得た彼女だが、対して以前持っていた異能の力が変質を起こしていた。

 

 そのリソースが再演開幕へと傾いている。

 未だ残っている不撓不屈が、本来の性能を発揮していない。

 

 諦めない。その意志で行われる肉体再生は未だ健在だ。

 死んでも蘇る事の出来る再演開幕と合わせれば、外敵要因のみで高町なのはを殺し切れる存在はまずいない。

 

 意志の続く限り、無限に魔力を生み出し続ける事も可能である。

 それこそが不撓不屈の根源なれば、幾ら劣化しようとそれが不可能となる事は無い。

 

 無論、魔力を生み出す効率は遥かに悪化している。生成速度は落ちている。

 それでも時間を掛ければ幾らでも魔力を生み出せるであろう。

 

 ならば彼女が喪失したのは何か、単純に言ってしまえば一度に生み出せる魔力量だ。

 

 扱える魔力の総量が大きく下がっている。

 己の身体を削って大量の魔力を生み出す事が不可能となっていた。

 

 今の彼女には、嘗ての如く天を裂き、海を割る砲撃は放てない。

 唯の魔力弾で結界を揺るがす事は出来ない。星を滅ぼす一撃を放つなど、不可能だった。

 

 空を飛翔する少女は歯噛みする。

 これで勝てるのか、これで止められるのか、そんな不安が湧いて来る。

 

 何よりも痛いのは、集束と言う彼女が本来持っていたレアスキルが消えてしまっている事。

 

 これでは、スターライトブレイカーが使えない。

 

 

「……ううん。やれるか、じゃない。やらないと、いけないんだ」

 

〈I believe master, we can do it〉

 

「うん。行こう、一緒に」

 

 

 それでもやらねばならない。

 意志を固める少女に、魔法の杖は出来るのだと自信を持って語る。

 

 その言葉に頷きを返して、高町なのはは共に飛ぶ。

 その杖はこの無間地獄の中にあっても滅びる事は無い。

 

 あの日、燃え盛る業火の中で共に蘇った瞬間より、レイジングハートは高町なのはの一部となっている。

 

 なのはが死ねば共に壊れ、彼女が生き続ける限り傍らに在り続ける。

 デバイスと言う領域を、ロストロギアという規格を、既に超えてしまった杖は滅びない。

 

 

「レイジングハートと、ユーノくんが居る。……だから、やる前から諦めるなんて、絶対にしない!」

 

 

 胸に手を当てる。そこに感じる彼の魂。

 手にした杖と、胸の内にあるその魂の断片だけは、決して失われることは無い。

 

 故に、高町なのはの戦いは孤独な物になりはしない。

 彼女は一人で戦っている訳ではない。だからこそ、決して少女は諦めない。

 

 

 

 死の砂漠を超える。

 砂の海を乗り超える。

 吹き付ける嵐の中を超えていく。

 

 

「見つけた」

 

 

 そうして、その先にそれを見つけ出した。

 

 

 

 

 

 黒肚処地獄は決闘場だ。

 

 天魔・大獄にとって、己の存在する場所とは、即ち決闘の場でなくてはならない。そんな彼の思い入れこそが、この世界を生み出している。

 

 

 

 嘗て、ミハエル・ヴィットマンと言う男が居た。

 戦火の中で英雄と謳われた、戦車兵の男が居た。

 死の瞬間まで戦場を友と行き、戦い果てた男が居た。

 

 己は死んだ。戦いの中で、信頼する戦友と共に戦い、その果てに死を迎えた。

 それは至高とは言えない結末。それは誇らしいとは言える戦果ではなかった。だが確かに、己と友は戦士として死ねた。その筈だった。

 

 だが、悪辣なる蛇に魅入られた。第四の座を握った水銀の蛇に囚われた。

 気付いた時には決闘場の中に居て、右も左も分からぬままに殺し合いを強要された。

 

 逆らうなど出来ない。己が誰かも分からず、それに対して忌避感すらも湧かず、唯正しいと思想を操作されて、考える事も出来ぬままに殺し続けた。

 

 結局、意識を取り戻した時には、背負った重みで退けなくなっていた。

 

 それは蠱毒の壺。それは悪辣なる蛇が強き魂を求めて生み出した戦奴の決闘場。

 彼と友は、蠱毒の壺の中で、同じく囚われた戦士達と殺し合った。己が誰かも知れず、何を為すのかも分からず、唯只管に同胞殺しを強要され続けた。

 

 そうして、その果てに、彼は戦友を殺す。

 同じ戦場を、同じ戦車を動かして進んだ、唯一無二の親友を、己の手で殺してしまった。

 

 果てに、男は終焉を望むようになった。

 全てを諦めて、終わってしまった男が生まれた。

 

 それこそがデウス・エクス・マキナ。

 古き世界において、天秤の役割を負った黒き騎士。天魔・大獄の嘗ての姿だ。

 

 彼にとって己の居場所とは、決闘場でなくてはならない。

 終わってしまった己が存在を許されるのは、嘗ての蠱毒の中でしかないと知っている。故に彼の内面世界である此処は、決闘場なのだ。

 

 この地獄の中では、彼は決して加減など出来ない。この決闘場において、戦士と相対したならば、確実にその命を奪うであろう。

 この決闘場で無様を晒すと言う行為は、奪って行った同胞達、その全てに対しての侮蔑と裏切りに等しい。

 

 選べない。選ぶわけにはいかない。

 終わってしまった己にも、責務と義務はあるのだから。

 

 その支配者の想いを形とした世界は決闘場という形をしている。

 

 決闘場なのだから、戦士がいなければ成り立たない。

 故に居るのだ。その中央に。決して揺るがぬ怪物は地獄の中心に存在していた。

 

 

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、前に進み続ける黒き甲冑。

 

 彼の歩みは外界にある神相と同調している。

 その歩が進む度に、あの三つ首の黒虎は地上本部へと迫っている。

 

 外界の怪物を止める為には、まずこの内界に居る怪物の足を止めねばならない。

 

 

「…………っ」

 

 

 その姿を見て、心が震える。

 その恐ろしさが分かる領域まで、高町なのはは迫っていた。

 

 それは巨大な山の一合目で、その山の頂上を見上げるような物。

 山を見上げる事が出来るようになった分近付いているが、それでもその先に待つ距離の途方もなさを感じてしまう。

 

 大きいと言う事は分かっても、どれ程に大きいのかが分からない。

 その頂上は雲に隠れて、どれ程高く見上げてもまるで見えて来ないのだ。

 

 

「ディバインシューター!」

 

 

 杖を構えて放つ。撃ち放つは無数の誘導弾。

 威嚇はしない。勧告はしない。要請もしない。対話をすると言う選択肢はない。

 

 これがそれを聞いてくれないであろうと言う事は分かる。絶対に止めねばならぬと言う事は分かっている。対話などしている余裕は、ありはしない。

 故に初手より今出せる全力を、砲撃よりは誘導弾の方がまだ威力が安定する。その判断によって撃ち放つ。

 

 無数に展開される魔力弾。その誘導弾の総数は、嘗てよりも多い。その質は嘗てよりも高い。

 

 今のなのはは、彼女本来の資質とユーノの資質の平均的な資質となっている。

 魔力弾を得意としていたなのはに、制御力とマルチタスク量が極端に高かったユーノの資質が加われば、当然嘗てよりも優れた誘導弾を放つ事は出来るのだ。

 

 

「…………」

 

 

 だが、通じない。当然の如く、そんな火力では届かない。

 降り注ぐ翠色の雨は、その最強を揺るがせる事すら出来ていない。

 

 降り注ぐ誘導弾は、怪物に触れる事無く消えていく。

 近付く事すら出来ずに、死を孕んだ大気に消耗させられ、届かず消える。

 

 

 

 最強の大天魔は止められない。

 

 

 

 その怪物は何事もなかったかのように歩を進める。

 真実、それは未だ気付いていない。少女の存在も、彼女が放った力も、認識するに至っていない。

 

 最強の怪物は前に進む。唯一人の、戦友を求めて。

 

 彼を止める術などはない。戦友が、少し手を伸ばせば届く場所に居る現状、この怪物が退く道理など何処にもない。

 

 怪物は進み続ける。一歩、一歩、一瞬先にも自滅しそうになりながらも、確固たる存在を保ったまま進むのだ。

 

 その先には破滅が待っているとしても。その先には崩壊が待っている事を知っていても。その先には紅蓮地獄が待っている事を理解していても。

 

 それでも、怪物は戦友を求めて進み続ける。

 

 

「やらせないっ! やらせないんだっ!!」

 

〈Variable shoot〉

 

 

 誘導弾が死の世界に飲まれて届かぬならば、届くようにすれば良い。

 黒肚処地獄を超えられるように、再演の力を混ぜたバリアを無数に重ねて多重弾殻を形成する。

 

 何度消滅しようとも、外殻が内側の魔力弾を再演させる。其は無限弾殻弾。

 レイジングハートより放たれた魔力弾は、彼女の思惑道理に死の地獄を乗り越える。終焉の嵐では消えず、崩壊し続ける黒き甲冑に確かに命中した。

 

 

「これなら……」

 

 

 そう確かに届いた。だが、届いただけだった。

 

 

「…………」

 

 

 着弾の衝撃で生まれた煙が消えた先、其処にある怪物は無傷である。

 揺るがぬ怪物は己が被弾した事にすら気付く事はなく、無言のまま進み続ける。

 

 魔力弾などでは傷付かない。それに脅威すら感じてはいない。

 

 計斗・天墜。アルカンシエル。天魔覆滅。

 その領域に至らなければ、危険と思う事すらない。邪魔だと認識する必要もない。

 

 力の波動を感じる事も、天眼を使う必要すらも感じないが故に、怪物は攻撃を受けているという事実にすら気付いてはいなかった。

 

 蚊に刺された程度の痛痒にすら届かない破壊に態々対応する必要などないのだ。その怪物は、魔力弾一つで揺るがせる事が出来る者ではない。

 

 魔力弾をその身に受けた怪物は、傷一つ負う事は無く、少女の抗いを認識する事すらなく、当たり前のように歩を進める。

 

 その歩みは止まらない。怪物の進撃は止められない。

 

 誘導弾では届かない。多重弾殻では傷付けられない。砲撃魔法は役に立たない。

 高町なのはの手札では、その怪物は止められない。攻撃能力が不足し過ぎている。

 

 それでも、諦めないと言うのなら。

 

 

「止まって!」

 

 

 無駄だと分かっても続けるしか術はない。

 死に満ちた空を飛翔する少女が杖より放つは魔法の力。適正の不利を補う程に、不撓不屈を行使する。

 

 限界を超えた魔力生成が出来ぬなら、出来る範囲で放てる最強火力を撃ち続けるより他にない。

 その翠色の輝きは、大地を穿つ砲撃魔法は強大だ。並大抵の相手ならば、直撃さえすれば一撃で打ち倒せていただろう。

 

 大天魔が相手では、決定打となる事はないが、それでも多少の手傷を負わせる事が出来ただろう。

 だが、その程度。そんな物で、最強の怪物は揺るがない。

 

 

「止まって!!」

 

 

 杖より放たれる砲撃魔法。

 魔法に目覚めた頃よりは強く、しかし異能に目覚めた頃よりは弱い。

 

 そんな威力の砲撃では止められないと知っていても、無駄だと分かっていても、それでも撃ち続ける。

 

 この先に居るのだ。

 この背に守る先に、彼が居るのだ。

 

 ならばどうして退けようか。

 

 失う訳にはいかない。全てを凍らせる訳にはいかない。

 紅蓮地獄を望まぬならば、ここでこの怪物を止めねばならない。

 

 だからこそ、少女は歯を食い縛って魔力を放つ。

 無限弾殻弾と同じ感覚で、無理矢理に砲撃を再演させ続ける。

 決して届かぬ魔力砲を、怪物へと届かせようと、極限の祈りを以って抗い続ける。

 

 

「止まってよっ!!」

 

 

 だが、その怪物は止まらない。

 

 その破壊を理解する事はなく、少女の存在を認識する事すらなく、怪物は無言で進み続ける。

 

 高町なのはに、その怪物を止める事など、出来はしない。

 

 

(私の魔法じゃ、届かない)

 

 

 理解する。どうしようもなく理解する。打つ手がもうないと、そんな風に理解する。

 

 心が消耗する。心が摩耗する。心が折れそうになる。再演開幕、不撓不屈による消耗と、どうしようもない現実を前に、少女の意志は挫けそうになる。

 

 逃げたくなって、抗い続ける事が苦しくて、泣き喚きたい弱さが出て来て。

 ああ、それでも退く事は出来ないから、最後の博打に賭けるのだ。

 

 

「……それでもっ! 零距離からならっ!!」

 

 

 あの死の怪物に接近する。死に満ちた世界に在り続ける事すら難しいのに、その極致と零距離にて相対する。

 

 それは自殺行為だ。理に叶わない行為だ。

 そこまでしても、止められるかどうか分からない。

 

 それでも、他に打てる手段などない。

 

 あの怪物の崩れ続ける鎧の隙間から、直接魔力砲を叩き込む。

 それで止まらぬならば、己の五体で縋り付いてでも、あの怪物の歩を妨害する。

 

 もうそれしか、彼女に手段は残っていなかったのだ。

 

 

「全力、全開!」

 

 

 挫けそうになる心を胸に感じる熱で奮い立て、少女は死に満ちた空を飛翔する。

 近付く度に命を落とし、蘇る度に異能の質を上げ、急激に成長しながら少女は立ち向かう。

 

 そうして地獄を貫き飛んだ翠色の輝きは、天魔・大獄の間合いの内へと入り込んだ。

 

 

 構えた杖を黒き鎧に押し付ける。

 崩壊するレイジングハートを、再演させ続ける事で維持しながら、全力の砲撃を此処に放った。

 

 

「ディバイーンッ! バスタァァァァァァァァ!!」

 

 

 その砲火は、極限を超えた意志で強化されていた。

 魔力適正も、不撓不屈の限界も、そんなのは知らぬと、純粋になのはのスペックが向上していたが為に塗り替えていた。

 

 この一撃に限れば、高町なのはは嘗ての己を遥かに超えていた。

 この一撃だけは、あの友人を追い詰めた星の輝きに近付く程に、高まり続けていたのだ。

 

 だが、それでも。

 

 

「…………女、子供か」

 

「っ!?」

 

 

 怪物に認識される事は出来ても、それを止めるには至らなかった。

 その黒き鎧に僅かに痕を残しただけで、少女の砲撃などその程度の影響しか与える事は出来なかったのだ。

 

 そして、怪物は少女の存在を認識する。

 先に戦友を連れ去った少女と、同一人物である事を漸くに理解する。

 

 少女が何故抗うのか知らない。

 その戦う理由などに興味はない。

 進行の邪魔にすらならない彼女に、言葉を向ける意味すらない。

 

 故にその言葉は、彼にとっては善意の発言でしかなかった。

 

 

「子供が、戦場に出て来るな」

 

「なっ!!」

 

 

 唯の善意で、相手を思いやる言葉で、怪物は高町なのはの意志を否定した。

 

 怒りを感じる。憤りを感じる。その言葉に強い反発を抱く。

 

 この地を蹂躙した大獄がそれを言うのか。

 止めなければ世界を滅ぼす怪物が、守りたい者を守ろうと必死に抗う己を否定するのか。

 女子供だから戦うな、と、そんな偏見に満ちた言葉を口にするのか。

 

 そんな風にこの怪物に言い返そうとした少女は、しかし言葉を口にする事すら出来なかった。

 

 

「っ!?」

 

 

 視界が暗転する。何が起きたのか分からぬまま、驚愕を浮かべて砂漠に落ちる。

 

 

「其処で、寝ていろ」

 

 

 それは当然の結末。零距離、手の届く距離とは、大獄にとっての独壇場。

 

 最強の大天魔は、武においても最上級だ。

 彼の体技は、一挙一動須らくが武人の夢見る到達点。

 至高の武芸。究極の極致。死に瀕した今とて、その武には傷一つありはしないのだ。

 

 その挙動を、武芸も知らぬ子供が認識できる筈もない。

 何をされたのか分からぬままに転がされて、その死の極致である男に触れられた事で抗えぬ程の死に飲まれる。

 

 

「っ、あ、ぐっ……」

 

 

 地面に落ちたなのはは苦しみもがく。

 己に訪れる死の終焉に抗おうと、再演開幕の力を使う。

 

 そうして、その果てに、意志の殆どを使い果たした。

 何とか己の命を維持するが、その対価に何もする事が出来ぬ程に消耗しきってしまった。

 

 なのはに与えられた終焉。それは幕引きの一撃ではなかった。

 拳を振り下ろした訳ではなかった。明確な害意すら、其処には存在していなかった。

 

 武芸の極みに至る怪物は、少女を傷付けぬように優しく掴み、猫を放るように、軽く放り投げただけだ。

 

 傷付けぬように、殺してしまわぬように、細心の注意を払って退かされた。

 

 それだけだった。それだけの事に、抗えなかったのだ。

 

 柔肌を撫でるように、押し潰してしまわぬように、優しく掴まれる。

 だが全身が死の呪詛に満ちた怪物に触れられる言う事は、即ち黒肚処地獄に満ちる死より濃度の高い死に触れると言う事。

 

 その終焉に抗う為に、高町なのはは己の精神力のほぼ全てを使い果たしたのだ。

 

 

 

 力の大半を使い果たしても、なのはが死ぬ事はない。

 

 彼女は既に太極域に限りなく近付いている。この終焉に特化した今、黒肚処地獄に対してのみ神格域の耐性を得ている。

 

 故に少女は再演開幕が真面に使えなくとも、僅かに残った意志力と少年との繋がりだけで此処にある事が出来る。

 

 直接終焉を叩き込まれぬ限り、繋ぎ止める力が終わることは無い。

 だが同時に、何かを出来る程の精神力は、もう残ってはいなかった。

 

 それさえも怪物は見越していたのであろう。天眼で見て理解していたのであろう。

 死にはしないが、もう戦う事は出来ない。そんな絶妙な状態へと、唯の一手で少女を陥れたのだ。

 

 

「世界は時の揺り籠に落ちる。お前達は死ぬ訳ではない」

 

 

 怪物は幼子達の死を望んではいない。

 戦友が愛した子らを、どうして望んで奪えようか。

 

 彼が敵意を以って排除するのは、戦友に危機を齎すかもしれない愚かな子だけだ。

 親の腸を食らい続ける子らですら、依代を傷付けぬならば放置する。

 

 余りにも多くを傷付ける事など望まぬから、彼はゆっくりとゆっくりと動くのだ。

 

 その気になれば、彼は全力で動ける。その神威を更に高める事は容易い。その力は、真実全盛期のままである。牛歩の如き速度でしか進めない理由など、ありはしない。

 

 瀕死の重傷など、死を殺し続けて生き続ける彼にとっては、己を劣化させる要素にすら成りはしないのだ。

 

 だが、無差別な死など望まぬから、逃げられるように、抗えるように、ゆっくりとゆっくりと動くのだ。

 

 高町なのはに止めを刺さないのも、地に落ちた彼女を死なせないのも、そんな感情が故の事でしかない。

 

 倒さねばならない敵ではないと、戦士ではないと認識されているが故の結果であった。

 

 

 

 嘗て、天魔・大獄は一度だけミッドチルダを訪れた。

 大天魔の襲撃に抗い続ける子らを見る為に、揺り籠が不要になったのかを確かめる為に、彼は一度だけ動いた。

 

 その時に、彼は一つの結論を下した。

 己に抗えず、飛んで火にいる虫の如くに潰えていく命を前に、彼の見極めは一つの結論に至ったのだ。

 

 

「まだ揺り籠が必要な幼子達よ。今は唯、奴の愛に抱かれて眠れ」

 

 

 そう。この子らはまだ幼過ぎる。

 今はまだ、揺り籠を出て歩き出すには早い。

 

 夜刀の愛がなければ、彼らは生きていけないと判断した。故にこそ、この怪物は次代を求めてはいない。

 

 訪れれば良い。そうなれば良い。あの男が望むように、世界を引き継いでくれれば、それ程に嬉しいことは無い。

 そんな風に願ってはいても、あの夢見がちな男の宝石達が自滅する結果にしか辿り着けぬならば。

 

 まだ巣立ちには早いのだ。

 そして、もうそれを待つ時間すら残されてはいないから、今になって彼は動き出したのだ。

 

 

 

 去って行く。黒き甲冑は戦友を求めて、神の依代を求めて去って行く。

 その背を茫然と見詰める。精神力の尽きかけた少女は起き上がることも出来ずに見つめ続ける。

 

 

(行かせちゃ、いけない)

 

 

 なのに身体が動かない。なのに心が奮わない。なのに勇気を出す事が出来ない。

 全てを語り終えた怪物は少女を一瞥する事すらなく、唯前を見て先へと進んでいく。その果てに訪れる紅蓮の世界を、望まぬならば止めねばならない。

 

 

(行かせちゃ、いけない)

 

 

 分かっていても身体が重い。分かっているのに心が重い。動き出す事が、こんなにも大変だと思うなんて、初めてだった。

 

 去って行く怪物を邪魔する者は最早ない。

 クロノ・ハラオウンも御門顕明も管理局の歪み者も、誰もこの怪物を止められないだろう。

 少女は最後の砦なのだ。怪物に抗う、最後の“人間”なのだ。

 

 

「行かせちゃ、いけないっ!」

 

 

 想いは尽きても、また生まれる。

 心に繋がりがある限り、僅かにだが生まれ得る。

 

 そのきっかけとなる熱量は、まだ僅かに残っている。

 

 高町なのはの身体が黒き砂に飲まれていく。

 この地獄に抗う為の、生きる為の意志力すらも戦う為の力に変えて、黒き砂に飲まれながら、少女は杖を握り締める。

 

 手に取る魔法の杖。

 死に掛けながら選択するは、星の輝き。

 

 集束適正はもうない。以前のように、当たり前のようにその一撃は放てない。

 ならば、無数のマルチタスクを以って代用とする。世界に満ちる魔力。それを集める為に必要な力を計算し、計測し、弾き出す。

 

 感覚ではなく、何処までも数理による計算によって、星を滅ぼす輝きを取り戻そうと足掻いていた。

 

 杖の先端に、ゆっくりと光が集まっていく。その速度は遅い。余りにも遅過ぎる。

 一定量が集まれば霧散し、維持する事すら真面に出来ず、それは当てる事は愚か、発動する事すら難しい有り様だ。

 

 ゆっくりと動く怪物が立ち去る前に、集束出来るかは分からない。集束した砲撃を、放てるかどうかは分からない。

 

 命綱さえ攻撃に回して、その攻撃の瞬間まで生きていられる保証はない。

 素の状態での耐性が上がっていなければ、今この瞬間にも死んでいた。

 

 そんな最悪の状況下で。

 

 

「止まれぇぇぇぇぇっ!」

 

 

 それでも少女はそう叫び声を上げて、立ち去る怪物に砲撃を放たんとした。

 

 

 

 だが、その一撃が放たれる事はなかった。

 

 

「其処までだ。黒甲冑!」

 

 

 集まりかけた砲撃が放たれる前に、高町なのはの命が終わる前に、その怪物の足を止める声が場に響いた為に。

 

 

 

 

 

2.

 唐突に身体が楽になる。死に掛けていた命が繋がれる。

 

 高町なのはは知っている。この感覚を知っている。

 三年前に己の心を完膚無きまでに圧し折った、この地獄を知っている。

 

 黒肚処地獄の内側に展開される宙。

 幾何学模様を浮かべる神秘の否定が、少女に訪れる終焉を自壊させていた。

 

 高町なのはは途切れそうな意識でそれを見上げる。

 ニヤニヤと人の悪い、悪童の様な笑みを浮かべる鬼を見上げる。

 

 

「……何の心算だ、ゲオルギウス」

 

 

 黒き甲冑は足を止める。

 己の対。夜刀の片翼の行動に、疑念を抱いて口を開いた。

 

 同時に死の波動が強まる。

 己の内に自壊の法を流すその太極を押し潰さんと、その神威を増して行く。

 

 両翼が争い合えば世界は崩壊する。相を討つ結果にしか至らない。それが対である彼らの本来の形だが、今はそれも崩れている。

 

 自滅の地獄が押しやられる。終焉に押し潰され、その界を揺るがす事も出来ずに消えかける。それ程に、今の彼らの実力差は大きい。

 その事実を実感して内心で冷汗を流しながらも、飄々とした笑みを崩さずに両面の鬼は口にした。

 

 

「おいおい。何の心算かって? そりゃ、お前、こっちの台詞だろ」

 

「……何」

 

「忘れた、とは言わさねぇぜ。……あの日、決めた筈だぜ。俺らの役割を」

 

「…………」

 

 

 この地に堕ちて来た時より、両翼は一つの約定を定めた。

 口にした訳ではない。互いに誓った訳ではない。唯共通した意識として、己の役割をこうであると決めた。

 

 彼の言葉を聞ける彼らだからこそ、彼の為に何を為すのか、その合意に至ったのだ。

 

 

「覚えているとも、忘れてはいない」

 

 

 忘れていない。覚えている。

 それは何よりも重要な決め事だからこそ、天魔・大獄は忘れていない。

 

 

「お前が見つけ」

 

「てめぇが見極める」

 

 

 自由に動ける道化が全てを嘲笑いながら次代を見つけ出し、その見つけ出されたそれが真実全てを託すに足りるか最強の力を保つ絶望が見極める。

 

 それこそが、彼ら両翼が定めた約定。己に課した役割だ。

 

 

「その俺が言うんだ。まだ終わっちゃいねぇ、まだ可能性は残っている。次代に繋がる灯は、僅かであるが残っている」

 

 

 両面の鬼は語る。次代の可能性。彼が見出した輝きは、今正に生まれようとしているのだと。

 

 

「必要なのは時間だ。それ以外の要素は全部揃えた。必要なもん揃えて、不要なもん間引いて、漸く形になりつつある」

 

 

 遊びながら、彼は成長に不要な者らを間引いていた。

 毒は必要だ。薬も必要だ。だが、そのどちらにも慣れぬ者らは必要ない。怠惰に流れるようならば、嘲笑いながら蹂躙した。

 

 残るのは、可能性の申し子であるあの少年を育てるのに、必要な者達。

 あの子が真実の想いを見つけ出せるであろう、美しさと醜悪さを内包したミッドチルダと言う世界。

 

 愛を教えてくれるであろう母親を見つけた。

 人の輝きを見せてくれるであろう少年を見つけた。

 先駆者として、力持つ者の姿を見せてくれるであろう歪み者達を見つけ出した。

 

 脅威として、その心に怒りや憎しみを刻み込める宿敵を残した。

 それを超克するきっかけになるであろう、そんな悪なる者達も残した。

 

 後、必要なのは時間だけだ。

 あの幼子が、生まれたばかりの少年が、進む為に必要なのは時間だけなのだ。

 

 

「だから、ここは退け、黒甲冑」

 

 

 そんな言葉を、両面の鬼は口にしていた。

 

 

 

「……だが、その時間がない」

 

 

 そんな己の対の言葉に、黒き怪物は言葉を漏らす。

 

 

「貴様も対ならば、気付いているだろう。感じているだろう」

 

 

 彼らは神の対であるからこそ、そのどうしようもない事実を理解していた。

 

 

「世界は、終わる。もう、間もなく」

 

 

 世界の終焉は迫っている。

 後僅かな時間しか存在せず、この世は必ず滅ぶのだ。

 

 

 

 

 

 嘗て、決闘場より解放されたマキナに、水銀の蛇は問い掛けた。

 終焉と疾走、相反する二つを内包する現状、どちらかを選ぶとすればどちらを選ぶかと。

 

 既にマキナは終わった男だ。故に彼が選ぶは終焉。それ以外に存在しない。

 結果、その純度を下げる不純物である疾走は、彼の内より取り除かれた。

 

 マキナに殺され取り込まれて、それでも消える事のなかった彼の戦友が、その内より取り除かれた。

 

 そうして、取り除いたロートス・ライヒハートというマキナの半分を材料に、水銀の蛇は己の血を混ぜてツァラトゥストラ・ユーバーメンシュを作り上げた。

 

 夜都賀波岐の主柱は、そうして生まれ落ちたのだ。

 

 故に、天魔・大獄にとって、天魔・夜刀とは兄弟だ。

 守るべき弟。己に至高の結末を与えてくれた、己を大切だと語ってくれた、何に変える事も出来ない最愛の弟だ。

 

 故に、天魔・大獄にとって、天魔・夜刀とは戦友だ。

 在りし日に奪ってしまった戦友。その記憶を取り戻し、その願いを継承し、その意志を宿している彼は、大獄にとってたった一人の戦友だ。

 

 決して譲ってはならない。その奮闘を眺めているだけなど出来ない。絶対に守り抜かねばならない戦友だった。

 

 神の裏面である両面宿儺とは異なる形。

 だが同じく夜刀の対である。最強の怪物もまた神の半身と呼ぶべき存在であるのだ。

 

 

「あの夢見がちな男は、もう持たん」

 

 

 彼の声が遠くなっていく。その存在が薄れていく。常に認識し続ける事が出来る両翼だからこそ、その終わりを実感している。

 

 

「ああ、気付いているさ。どんなに抗ったとしても、何をしたとしても、もう大将は長くねぇ」

 

 

 終焉の怪物は重い声音で、両面の鬼は軽い声音で、互いに推測した時間を口にする。終わるまでに残された、彼らの予測する年数を口にする。

 

 

『後八年』

 

 

 それが世界に残された、最後の時間であった。

 

 

「八年だ。後、八年しかないのだ。……この子らは、至れぬよ」

 

「ま、俺らがどんだけ足掻こうが、大将がどれ程に抵抗しようが、ま、十年は持たねぇわな。……けどな、まだ八年ある。まだ八年もあるんだぜ。ならこいつらは至れるさ」

 

「……ならば、全てが終わる前に、奴の願いを砕き、奴の命と宝石達を残すとしよう」

 

「……ならよ、全てが終わる前に、アイツを殺して、その願いを叶えよう」

 

 

 両翼の結論は、何処までも正反対だ。

 神の対である彼らは、何処まで行っても噛み合わない。

 

 嘲笑う鬼と、不動なる終焉。

 対を為す彼らの行く道は何処までも交わることは無く。

 

 ならば、その先に待つのは。

 

 

 

 終焉の怪物が拳を握る。両面の鬼を取り除かんと、その拳を握り締める。

 魂だけを保存できる彼ら夜都賀波岐にとって、神体の有無などどうでも良い。肉体を破壊し、内側にある魂のみを回収する。

 

 見つけ出すと言う役割を果たせなかったと断じて、此処に両面の鬼を消し去ろうと判断した。

 

 

「はっ、やる気かよ」

 

 

 その怪物の気配が変わった事を理解した鬼は、軽薄な笑みを消し去り言葉を続けた。

 

 

「ま、それも良いけどな。……此処で退くなら、俺の企み明かすってのはどうよ」

 

「…………」

 

 

 鬼は語る。相対すれば敗北を避けられぬ鬼が口にするは、上から目線の命乞いだ。

 

 死ぬ訳にはいかない。次代を紡ぐ前に消える訳にはいかない。

 その為なら誇りも拘りもどうでも良いが、それでもこの男にだけは頭を下げたくはない。故に鬼が口にするのは、彼にとっての最大限の譲歩である。

 

 

「どの道、今回で分かっただろ? お前がその気になれば、何時でも回収出来る。抗える術なんて、まだガキ共には一つもねぇ。……ならよ、八年程度は待ってやろうぜ」

 

 

 それは揺るがない事実だ。

 天魔・大獄が望んで動けば、一晩とせずに依代は回収されるだろう。

 

 故にこそ、今は待てと両面の鬼は語っていた。

 

 

「…………」

 

 

 返る言葉はない。

 返す言葉はない。

 

 唯、無言で終焉の怪物は立ち尽くす。

 

 一秒か十秒か百秒か。

 余りにも長く感じる時の果てに、終焉の怪物はその拳を解いた。

 

 黒き砂嵐が収まる。その地獄が消えていく。三つ首の黒虎は、地上本部に触れる直前で消え去っていた。

 

 それこそが彼の解答。

 最強の大天魔が下した無言の結論であった。

 

 

「……おい、ここで無言かよ、てめぇ」

 

「…………」

 

 

 両面の言葉に返す事もなく、無言のままに怪物は歩き出す。

 その歩みは先までとは逆方向。一瞬にて移動する事の出来ない怪物は、ゆっくりと穢土を目指して去って行く。

 

 

 

 終焉の怪物の脅威は、こうして過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

「……全く、嫌な汗搔かせやがって」

 

 

 飄々とした態度で、そう口にする両面の鬼。

 内心を外面には見せない彼は、そう愚痴りながら視線を変える。

 

 その目の向く先は、意識が薄れて今にも気絶しそうな高町なのは。

 

 

「理解したか? アレがてめぇらが何時か倒さねぇといけない怪物だ。乗り越えないといけねぇ、でっけぇ壁だ」

 

 

 その終焉こそが、絶対に倒さねばならぬ敵。

 次代を願うならば、乗り越えねばならぬ障害。

 

 夜都賀波岐と言う嘗ての英雄達の残骸が残す、最後の試練だ。

 

 

「それが出来なきゃ、どうせ後が続かねぇ」

 

 

 あの怪物は最上位の神格だが、最上位でしかない。

 

 覇道の神格ならば、あれと同格程度にはなってしまう。

 純粋な力だけならば、あれを超える怪物が居る。それ以上すらも生まれる可能性がある。故に此処で躓くようでは、次代を得たとて先がない。

 

 

「諦めるなよ。絶望してる暇なんざねぇぞ。必死で抗って、乗り越えていけ。……俺ら夜都賀波岐って言う、残骸をな」

 

 

 所詮我らは残骸だ。踏み台でしかないのだ。

 故にこそ乗り越えろ。当たり前の様に、鼻歌混じりに、知らぬ存ぜぬと踏み躙っていけ。それこそを、両面の鬼は望んでいる。

 

 

「ま、今のお前に言う必要はねぇわな。その目を見りゃ分かる」

 

 

 言葉も喋れぬ程に消耗し、心折られる程に追い詰められて、それでも少女の目は死んではいなかった。

 精神力を使い果たして、それでも抗えぬ程の絶望を前に、それでも少女は諦めていなかった。

 

 だからこそ、その瞳の輝きに次代の萌芽を幻視して、両面の鬼はにぃと笑う。

 

 

「期待してるぜ、新鋭共」

 

 

 笑みを浮かべたまま、両面の鬼は霧散していく。魔力と化して消えていく。

 

 

 

 嵐の如くにミッドチルダを蹂躙した夜都賀波岐の両翼は、現れた時と同様に嵐の如く過ぎ去っていったのだった。

 

 

 

 

 

 少女は掌を握り締める。

 頭に過ぎるのは、一つの言葉。

 

 善意によって口にされた、己の意志を否定する言葉。

 

 

「……負ける、もんか」

 

 

 再演開幕によって己の傷を癒しながら、少女は誓う。

 己を最後まで眼中に入れる事はなかった、あの理不尽な怪物に抗う事を此処に決める。

 

 追い付くのだ。追い越すのだ。乗り越えるのだ。

 その怪物こそが、己の目指すべき到達点であると、少女は心に決める。

 

 

「……絶対に、負けるもんか」

 

 

 悔しさに歯噛みして、眼中にさえなかった事に涙を零して、その終焉の怪物の圧倒的な力に恐怖して――それでも絶望だけはしてやらない。

 

 

 

 勝ちたい。アレに勝ちたいと、純粋に願う。

 高町なのはは、乗り越えるべき星を見つけた。

 

 

 

 

 

 




マッキー「…………ふう」(疲れたので一休み)
なのは&宿儺『帰れ!』


そんな訳でマッキーインパクトは今回で終了です。


以下、オリ異能解説。
【名称】再演開幕
【使用者】高町なのは
【効果】終焉が訪れた時、その終わりが望む形でなければ始まりに戻すと言う異能。その効果範囲は自身と、自分から放たれた力や触れている物に限定される為、他者や外界を戻す事は不可能である。

 何度でも繰り返す舞台劇は、しかし同様の物とはならない。
 アンコールによる演技を繰り返せば役者達が劇に慣れていくように、始点に戻る度になのはは成長を続ける。

 特に終焉であるマキナと相対した時の成長は凄まじく、人の域を出ていない現状であっても、防御面では上位神格域へと片足を踏み出している。

 ただしこの力はユーノ=スクライアが生存していなければ発動さえ出来ない。


 攻撃能力の劣化はこの異能の弱点と言うよりかは、不撓不屈の劣化とリンカーコアの変質が理由。

 高町なのは自身の力が半減してしまった結果であり、混ざり切っていない事が理由なので、真の合一に至れば解消されるであろう。




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