リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回は独自解釈。捏造設定満載の説明会です。

独自解釈・捏造設定のタグの通り、この作品ではこういう設定で通すので、異論は受けぬ。

そんな今回です。



終焉の絶望編第六話 其々の思惑

1.

 カツンカツンと革靴が地を打ち、人気のない廊下に音が響く。

 

 非常灯だけが点けられた薄暗い道。非常用の鉄扉を通った先にある連絡通路を、白衣の男が歩を進めていく。

 

 その先にある資材搬入用のエレベーター。その前に立つには似つかわしくない、二人の屈強な男達が白衣の男の進む先を遮った。

 

 

「……失礼」

 

「ああ、構わんよ」

 

 

 白衣の男に魔力光が照射され、解析魔法が彼の素性を証明する。

 この先に進む権利を持つ人物である事を確かめた黒服の男達は、一礼だけして身を退いた。

 

 そんな彼らにご苦労と言葉を掛けて、ジェイル・スカリエッティは大型のエレベーターへと乗り込む。

 彼が乗り込むと同時にエレベーターの扉は締まり、その鉄の籠は地の底へとゆっくりと降りて行った。

 

 

 

 管理局地上本部からは僅かに離れた場所に、その施設はあった。時空航行部隊。通称海の管轄にありながら、ミッドチルダに建設された研究施設。

 

 無数にあるそれらの内の一つ。

 そんな名もない施設の奥底に、その深奥は存在していた。

 

 地下一階から降り続けていたエレベーターが停止する。

 体感にして数十秒。ゆっくりと時間を掛けて降下した鉄籠の扉が開く。

 

 その先にある広い空間は、スカリエッティが幾度となく足を運んだ管理局にとっての重要拠点であった。

 

 

「呼び出しには応じて貰えたようだな。……ジェイル・スカリエッティ」

 

 

 くぐもった声が聞こえる。はっきりと聞き取る事が難しい、というよりかは、まるではっきりと聞き取る事を本能が拒絶しているかの如き醜悪な声音。

 

 その声が聞こえる先に振り向いたスカリエッティは、黒色と言う風変わりな被衣にて顔を隠す女を見つけた。

 その姿は全身を隠す和装によって、垣間見る事も出来ない。で、あると言うのに滲み出る瘴気の如き気配は、生理的な嫌悪の情を掻き立てる。

 

 何故、それ程に気持ちが悪いのか。

 己の感情や彼女自身への忌避感ではなく、その異質さに興味を惹かれたスカリエッティは、舐め回すかのように観察を始めた。

 

 

「吾は黄泉戸喫為つ。我をな視たまひそ」

 

「む? ……古事記、の一文でしたかな。生憎、比較文明文学。それも古典の類には疎いのですがね」

 

「……余り女をじろじろと見るな、と言っているのだ。無粋が過ぎるぞ」

 

 

 軽い遣り取りの中で、スカリエッティは女の腹の底を探る。

 隠しようのない程に醜悪な気配。理解するのが難しい言葉。見るからに真面な状態とは言えないだろうが、こうして軽い掛け合いをする程度の余裕はあるようだった。

 

 

「それは失敬。……それで、此度は何故呼ばれたのですかな? 次の調整までには時間があると思っていたのですが」

 

「……それは、そうだな。彼らに語って貰うとしよう」

 

 

 女の言葉と共に、巨大な空間が震える。

 機械が駆動する音と共に上がって来るのは、まるで巨大な試験管。

 

 逆向きに建てられた試験管の内側には、異色の培養液。

 

 ごぽりと音を立てて気泡が浮かぶ。

 中に蔵されしは、剥き出しの脳髄。それしかない。それ以外にありはしない。

 人間の一部位を刳り抜いたその存在は、顔を隠す女とは別種の醜悪さに満ちていた。

 

 

《良くぞ来た。ジェイル・スカリエッティ》

 

 

 薄らと輝く培養槽の内側から放たれる意志。

 それを周囲の機械が拾い上げて電子音へと変える。

 

 脳髄の意志を、電子の音が此処に示す。彼らこそが、管理局の最高権力者。

 肉体を失ってなお、次代を求めて、己こそが法と正義の守護者であると自負して、世を正しく導く為に生き続ける者達だ。

 

 其は、管理局最高評議会。

 

 

〈先の大天魔襲来にて、我らは多くの力を失った〉

 

 

 最高評議会が、出現と共に語るは現状に対する言葉であった。

 

 天魔・大獄。彼の終焉の怪物は、余りにも多くを奪って行った。

 彼らが一切の余裕を失う程に、余りにも多くを奪われてしまった。

 

 

〈次への手札。隠さねばならぬ切り札。使ってはならない秘策。その全てを失った〉

 

 

 エースストライカーや局員達の犠牲。管理局最高の歪み者の敗北。

 アルカンシエルも通じず、決して使う訳にはいかなかった天魔・覆滅すら切ったと言うのに届かなかった。

 

 

〈御門顕明は最早動けず、再び展開された結界は長くは持たぬ〉

 

 

 至宝の一つ。聖なる槍は無事である。

 既に己の本性を隠す力すら失った女傑が、最後の力を以って結界を再展開する事は出来た。

 だが、それだけだ。次に砕かれれば、確実にもう戻せない。

 

 最早、彼らに余裕はない。手段を選ぶ余地などない。

 残っているのは、どうしようもない現状と言う絶望のみ。最早彼らの内に打開策などはない。

 

 

〈だが、そんな中で、お前は作り上げた〉

 

 

 だが、それでも希望の萌芽はあった。

 この狂人こそが、それを作り上げたのだと三脳は知っている。

 

 故にこそ、今、この狂人を懐の内へと招いたのだ。

 

 

〈高町なのは〉

 

 

 あの終焉の怪物に抗った一人の少女。

 未だ合一には至らずとも、それでも至れるやも知れぬと言う可能性を持った少女。

 

 

〈あれは一つの可能性だ。あれは一つの到達点だ。だが、我らが望むのは求道ではない〉

 

 

 あの少女は神格に至り得る。だが、彼らが望むのは求道の神格ではない。

 

 

〈あれは一つの結論だ。あの無間地獄に耐えられる個我を生み出した。貴様の技術は正しくこの地の至宝である〉

 

 

 例え望む形ではないとは言え、あれ程の者を作り上げた。正しくその叡智は管理局の至宝と言えるであろう。

 

 ジェイル・スカリエッティには何の情報も与えてはいなかった。真実重要な情報は、彼に隠され続けて来た。

 

 三脳が恐れるは彼の反逆。その脅威がある限り、狂科学者は傀儡の域を出れないように調整されていた。

 

 だと言うのに至った。己の頭脳だけで、其処まで至った。

 故にこそ、最高評議会はスカリエッティを高く評価する。

 故にこそ、既に切れる札全てを失った彼らは、最後の札としてこの狂人を動かすのだ。

 

 

《故に、今こそお前に語ろう。真実の全てを》

 

 

 この場所には気狂いと死者しかいない。

 既に死した女と、残骸となってなおしがみ付く老人達に囲まれて、狂人はニィと笑った。

 

 

 

 

 

2.

 神座世界(アルハザード)と呼ばれる地。嘗て其処には、一つの文明があった。

 星々の果てまで手は届き、空間転移や時間旅行さえも可能となった高度な文明があった。

 

 傲慢し、増長し、何処までも進歩し続けた彼らは一つの禁忌を生み出す。

 

 其れこそが“座”。

 

 誤解される事を承知する形で言うならば、神座とは人が作り、人の世を滅ぼす過ぎた遺物。即ち、ロストロギアである。

 

 元は長距離を移動する為に作られた旅行用の空間操作装置。

 だが、それが真実、あらゆる奇跡を起こせる全能の願望器であると気付かれた時、崩壊は始まった。

 

 

「最初期の座とは、恐らく因果律に干渉する装置であったのだろう」

 

 

 最高評議会に促されて、あの世界に生きた女が語る。

 その真実を、この時代へまで語り継ぐ、生き証人が口にする。

 

 

「旅立つという原因と、辿り着くという結果。その間にある過程を省略する事で、如何なる場所へも一瞬で辿り着ける空間制御装置であったのだと私は推測している」

 

 

 だが、原因と結果を操ると言う事は、真実万能に至れる可能性を秘めていた。

 過程を省略するだけでなく、原因や結果の種類さえも自由に歪める事の出来る座と言う機構。

 零ではない可能性を百に変える。零しかない可能性すらも、望むままに出来る。そんな機構に、不可能などありはしない。

 

 

「だが、座を掌握出来るのは一人だけだった」

 

 

 因果の改竄は当然の如くに矛盾を生む。

 余りにも矛盾が大きくなり過ぎれば、世界が矛盾に耐えられない。

 或いは、座自体が意志を以って、神座の所有者を排除しようと怪物を産み落とす可能性もあった。

 

 座を握る者が二人居れば、当然の如く矛盾は大きくなる。

 互いの思惑が座の機構を狂わせる。恣意がなくとも、互いが互いの足を引く可能性を持つ。

 

 故に、神座に至れるのは、唯一人だけだった。

 座とは、誰か一人だけが神になれるロストロギアだったのだ。

 

 

「当然の如く、争いは起きた。……人が他者を信ずる事は難しい。己にとっての至高ならば兎も角、名も知らぬ他者を一切見ずに真に信じられる者など、気狂いの類と否定されても論破は出来まい」

 

 

 真に同胞達と信頼を築けなかった敗軍の将は、何処か悔しげに言葉を続ける。

 

 

「ましてや全能に成れる座と言う機構。それを握った者が、何時でも望む時に己を消し去れるとすれば? 或いは今ある人生の全てを一瞬で改竄されてしまうとすれば? 見ず知らずの者が其処に至るのを、どうして許容出来ようか」

 

 

 結果、争いは生じたのだ。座を廻る闘争が始まったのだ。

 

 其れは個の争いではなかった。最初は個々の争いだったのかも知れないが、気付けば世界全土を巻き込む争いになっていた。

 

 己では座に至れない。ならばせめて、己の信じる者を。

 掲げる象徴が座に至る事で安寧を得る為、或いはそれに協力する事で利益を得る為。恐怖と欲望に彩られた闘争は、何よりも凄惨な推移を見せた。

 

 きっと、真実正しい選択は、座など求めないと言う物だった筈だ。至高の願望器など、人の手には余るのだ。

 

 けれど、その無限の可能性を前に、誰もが正しい選択を選べなかったのだろう。

 そして否定したとて、何時か誰かが気付かぬ内に作り上げてしまう事を恐れたのだろう。

 故に、その闘争は、不理解と拒絶によって始まり、凄惨な過程を辿って、誰も救われぬ結末へと至ったのだ。

 

 

 

 始まりに座に着いた者。

 彼女は象徴として掲げられただけの唯人だった。

 強くなく、我欲はなく、座を求めてはいない少女だった。

 

 だが、余りにもその戦争は凄惨過ぎた。その世は余りにも悲劇に満ちていた。だからこそ彼女は思ってしまったのだ。

 

 私は悪くない。悪いのは、お前達だ。

 彼女は座の機構を、自己の正当化の為だけに行使した。

 

 世界には悪がある。悪は潰えず、必ず其処に在り続ける。そんな悪と対し続ける己は善だ。故に私は悪くはない。

 我が討ったのは悪であったのだ。そうでなくば、余りに皆が救われない。

 

 その理が因果を歪める。その現実逃避が現実を書き換える。

 善と悪の対立する世界と言う結果に至る為に、座と言う機構はその原因の悉くを改竄した。

 

 流れ出した法は即ち二元論。

 第一天の理。座の始まりこそがそれであった。

 

 

「そうして座によって再構成された世界。……だが、それは天上の楽土とはならなかった。無理矢理に改竄された世界は、当然の如く陥穽を持っていたのだ」

 

 

 世界は矛盾を嫌う。座がある事が必然として、世界はそれを受け入れるように変容した。

 

 

「座によって改竄された世界は、即ち意志によって成り立つ世界。故に、意志力でそれを塗り替え得る強力な個我が生まれる可能性を残した」

 

 

 生まれ落ちるは世界を塗り替える意志の怪物。即ち、神。

 

 

「神格と言う存在。それに似た者は第一天の生きた時代にも居たのやもしれぬが、明確な個として現れたのはこの時期以降だ。求道神。そして覇道神。世界を塗り替え得る怪物が生じる余地を、他ならぬ座を握った女が生み出した」

 

 

 個として極まった求道の神。

 流れ出す事で他を染め上げる覇道の神。

 それらが生まれる余地を、他ならぬ座が作り上げた。

 

 闘争が続く世に悲観して逃避した女が作り上げたのは、座を廻る永劫の闘争が起き続ける世界だったのだ。

 

 

「第一天の世界は、善と悪が永劫争う二元論」

 

 

 それは悪が善に勝利出来ず、善が悪を駆逐できない世界。常に悪と善はあり続けねばならない。

 

 覇権を狙うは常に悪。争いを生み出すは常に悪。世界を蹂躙するのは常に悪。

 善とは悪に対する者。世界を蹂躙する悪に抗する者。絶望の淵で足掻き続ける者こそ善である。

 

 そんな二元論の理屈の元に生まれた世界。善側の王として、男は生まれた。

 

 書き換えられた世界で、強大な個我を持って生まれた男。

 優れた王であった彼は、しかしどれ程足掻けど終わらぬ戦いに憤怒した。

 

 善では犯せぬ非道がある。善では倒せぬ悪が居る。

 それが分かっていながら、善であれと命じられた己には悪を為せない。

 

 その僅かな差が自らの民を殺すと分かっていながら、善であるからと言う理由で見殺しにしなくてはならない。

 

 そんな己の境遇が、唯の小娘の現実逃避の結果でしかないと理解して。そんな小娘の妄想に振り回されるしか出来ない己に憤怒して、彼は真実、覇道に目覚めた。

 

 

「善と悪が対立する世界の中で生まれ落ちた覇道の神性は、極限を超えて憤怒した。その意志を以って塗り替えんと流れ出し、遂に座を握っただけの小娘を追い出し自身が座を掌握した」

 

 

 流れ出す理は彼の願望に沿った物。因果を歪めるのではなく、己の意志を流れ出すという形で世界を塗り潰した法は、堕天奈落。

 

 人の子よ。罪を抱いて堕天しろ。

 悪を食らう悪となれ。非道を犯し、悪虐を極め、あらゆる悪意を蹂躙せよ。

 

 善では救えぬと抱いた祈りは、全てが悪意に染まると言う結末を齎した。

 

 

「座による因果改竄も、覇道神の流出には届かない。極限に極まった願いを覆す力を、座は持っていなかった。……故に、座を握りし歴代の神格達は、己が流れ出した法による欠点を克服する事が出来なかったのだ」

 

 

 善が救われる世を願いながらも、善が悪に食らわれる世界を生み出してしまった第二天。

 未知の結末を知りたいと願いながらも、永劫同じ事を繰り返すと言う自身の流出を覆せなかった第四天。

 

 彼らが示している。座と言う万能の願望器も、覇道流出を覆す事は出来ないのであると。

 

 

「座を廻る攻防は続く。悪による救済を望んだ堕天奈落。あらゆる悪の消滅を望んだ悲想天。原罪浄化による矛盾が呼びこんでしまった、生まれながらに死んでいた神、永劫回帰。永劫の果てに蛇が夢見た、万象を救済する慈愛の女神、輪廻転生」

 

 

 流れ出す法は、輪廻転生と言う例外を除いて共存する事が出来ない。

 我こそ至高。我が祈りこそ極致である。その意志の強さこそが神格の本質であり、故にこそぶつかり合えば食らい合いが発生する。

 そうして食らい合いの結果として座を手にし、座を得た神は己に都合の良い形にそれを改竄していった。

 

 人の手によって生み出された座と言う機構は、神の手によって真実完成に至る。

 深く、深く、人の手の届く位置にあった頃より場所を移し、世界の中心へと変わっていったのだ。

 

 覇道神の交代と共に太極座は完成し、そしてその争いの最後に訪れたのは最悪の破滅であった。

 

 

「第六天波旬。座を握りし最後の神。それこそが、歴代最悪にして最低の邪神である」

 

 

 その法下の元に、神座世界は滅びを迎えたのであった。

 

 

「前代の神。第五天は慈愛の女神であった。慈悲深き彼女は他の神格すら内に取り込む程であり、故に彼女を守る為に永劫回帰。修羅道至高天。……そして、永遠の刹那という守護者が共に在り続けた」

 

 

 永遠の刹那。天魔・夜刀。

 女神が愛し、女神を愛した守護者であった。

 

 共にあり、しかし座を狙う事は無く、唯彼女が見守る刹那こそが至高と信じて、彼は女神に寄り添い続けた。

 

 

「だが、それが破綻を生んだのだ。三覇道神と言う極限の神々を内包する彼女が生み出してしまった歪は、前代の誰よりも深く大きな物であった」

 

 

 三柱もの覇道神。それが同時に存在し続ける事。それこそが座に負荷を掛け過ぎた。

 

 その負荷を取り除く為に、防衛機構が生み出した最悪の化身。覇道三柱と女神。その四者を纏めて蹂躙できる怪物。

 

 

「それこそが波旬。三大の覇道神の悉くを蹂躙し、前代の神を踏み躙った悪鬼羅刹よ」

 

 

 第六天波旬。その願いは、唯一人になりたいと言う物。

 生まれながらに畸形嚢腫と言う異常を持ち、それを何よりも取り除きたいと願った痴愚は、己を抱いて祝福する神こそが不快の元凶であるのだと錯覚した。

 

 

――幸せになって、貴方も救われて良いんだよ

 

 

 そう微笑み語る女神を、邪神は理解しない。

 その思いやりの意味すら気付かずに、唯、邪魔だと排除に動いた。

 

 そうして真実何も理解しないままに、痴愚なる邪神は女神を踏み潰して、三覇道神を蹂躙した。望まぬままに座を手中に治め、結果として流れ出した。

 

 流れ出す法は大欲界・天狗道。

 己こそを至高と信じる痴愚の群れが、唯一人になるまで殺し合いを続ける畜生の地獄。御門顕明が生まれ育った、もう終わってしまった世界だ。

 

 

 

 其処に、何者かの作為がなかったとは言えない。

 座の継続を願う観測者の、座を破綻させ得る女神を除きたいという策謀もあったのであろう。

 

 防衛装置と座の観測者。

 その意志の元に生まれた怪物は、彼の予測すら上回った。

 

 他ならぬ彼らが生み出した怪物の手によって、観測者は握り潰され、座は崩壊するという結末に至ったのだから。

 

 

「かくて黄昏の守護者は堕天する。唯一人生き延びた永遠の刹那は、もう失うものかと愛する女の子らを抱き締めたまま、座より追放された」

 

 

 故に誕生と共に崩壊する筈だった天狗道は、時間停止の力によってその破滅を遠のかせるという形で継続した。

 

 何時まで経っても終わらぬ世界に業を煮やした邪神が介入し、誰も彼もが狂騒したまま、真実全ての命にとっての恩人である刹那を殺さんと牙を剥いても、失うものかと耐え続けた。

 

 

「天狗道許すまじ、我らの黄昏は奪わせん。……もはや潰れてしまった残骸を抱き締めて、彼は戦い続けた。全てが終わってしまわぬように」

 

 

 そんな彼の元に英雄達は集った。嘗ての世界に生きた彼らは刹那に抱かれながら、彼を守りたいと願ったのだ。

 それこそが天魔夜都賀波岐。在りし日の刹那を守る為に、共に在り続けた化外の者共。

 

 

「彼は望み続けた。次代の誕生を。終わってしまった己を踏み越え、あの邪神を超える者らを求め続けた」

 

 

 その為に、彼を裏切った英雄も居た。彼を終わらせ、その果てに波旬へと挑む戦士達を育てようと、汚物に塗れながらも這いずり回っていた者も居た。

 その彼女。御門龍明が選んだ者こそ、彼女の教え子である顕明であった。

 

 

「だが、我らは至れなかったのだ」

 

 

 東征の軍は至れなかった。将と任じられた彼女は、真実配下の者らと絆を結ぶ事が出来なかった。

 

 万象全てを切り裂く経津主神の剣。

 決して己を明かさぬ霧の如き摩利支天。

 己の望みを叶えると言う原初の祈りを持った八意思金神。

 抗えぬ宿業を超えようと、他者の幸福を奪うと言う形に変化した血染花。

 

 彼ら四者は、御前試合にて相討った。その破滅を止めんとしてくれる英雄は現れない。顕明に惚れたと言ってくれる青年は、そこに居なかったのだ。

 

 そして愛する男を失った禍津瀬織津比売は、狂気に囚われた。その現実を認めず、周囲に禍つを振り撒きながら、己の命を血染花へと捧げた。

 

 彼女の狂気に奔走された者達は、皇の御前にて暴れ狂う。

 龍水と言う女を失った摩多羅夜行は神の如きだった力の多くを失い、その式神であった爾子と定禮は制御を外れて狂える白狼と化した。

 

 狂う白狼を打ち破る為に力を使った龍明は残り滓の如き有り様と化し、そうして討たれた白狼は天狗の法下で消滅した。

 

 己の愛する者の血を吸った血染花はもう止まれない。己を作り上げていた女を失くした閻魔はその存在を保てない。力を使い果たした紅蓮の魔王はもう戦えない。

 

 そして、四者の争いを食い止めんと身を挺した姫君は、首を断ち切られたのに生きていた。死ねぬ身体を、その異常を衆目に晒していたのだ。

 

 久雅の姫は異形である。

 

 そんな言葉が秀真の里で知れ渡り、異形の将と共に死地に赴こうとする者など、一人も残らなかった。

 

 当然の結果として、彼らは初戦、不破の関を乗り越えられずに壊滅する。

 血染花と紅蓮の魔王は旧世界の姿へと戻って回収され、波旬の触覚であった閻魔は跡形も残らぬ程に磨り潰された。

 

 滅びぬ姫は無間地獄に飲み込まれ、そうして東征の軍は敗北した。

 

 

 

 彼らは知らない。一人の男が現れぬ結果がその結末であった事を。

 波旬を打ち破れる。畸形嚢腫の男が現れなかったからこそ、東征の軍は壊滅した事を。

 

 彼が現れなかったのは、本来辿るべき形とは僅かにズレていたから。坂上覇吐と言う男に、ほんの少しだけ勇気があったから、彼らは滅び去ったのだ。

 

 波旬の畸形嚢腫。邪神の兄弟である男は、臆病者だった。

 目と耳を塞ぎ、真実を知りながらも恐ろしいから見ようとしない。

 結果として、彼は東征軍一の益荒男として将の傍らにあった。姫を守る英傑足り得たのだ。

 

 だが、この世界の彼は僅かに勇気があった。

 あの邪神に抗った者らを忘れてはならないと感じていた。

 耳を塞ぐ事はせずに居た。その目を強き意志で開き続けていた。

 

 故にこそ、彼は穢土の意味を知っていた。

 故にこそ、それを滅ぼす東征には参加しなかったのだ。

 

 それが破滅を呼んだ。それだけの話である。

 

 

 

 後はもう、語る事もない。

 東征軍も夜都賀波岐も邪神を前に敗北し、その法が完成して神座世界は滅んだ。

 

 己を苦しめ続けた兄弟を磨り潰し、策謀を企んでいた観測者を踏み躙り、神座を破壊し尽くした邪神は、覇道から求道へと戻り自閉した。

 真実求め続けた静寂を得たあの怪物は、もはや動かない。再び、己の静寂が乱される事がない限り。

 

 

「敗れた夜刀殿は、この地、座の外側へと堕ちた。残骸と化してなお、失わぬと宝石を抱き締めたまま、流れ出した。それこそが、今を生きる世界の真実だ」

 

 

 

 

 

3.

〈我らには義務がある。我らが為さねばならぬ責務がある〉

 

 

 培養槽の輝きが薄暗く照らす室内で、御門顕明は語りを終えた。

 

 

〈偉大なる神。慈悲深き神。万感の想いを込めてこう告げよう〉

 

 

 そんな嘗てを生きた者の言葉を引き継ぐような形で、最高評議会は語る。この今を生きる者ら、全ての意志を代表して語るのだ。

 

 

〈有難う。貴方のお蔭で今がある〉

 

 

 感謝を。真実、貴方が居なければ今はなかった。

 

 

〈後は我らに任せておけ。御身が守りし世界、確かに繋いで見せようぞ〉

 

 

 それは何処までも真摯で、どこまでも純粋で、どこまでも穢れなき言葉。その意志には一切の傷はない。

 

 

〈そう。我らは覇道の器を求めている〉

 

 

 ならば、彼らは善であるか?

 ならば、彼らは純粋であるか?

 

 

〈世界を継ぐべき覇道の器。それこそが、我らにとって必要なのだ〉

 

 

 その定義は難しい。

 その想いは善であり、その意志は正義であり、真摯に次代を求めている。

 

 だが、同時に――

 

 

〈我らにとって都合が良い。そんな神が必要なのだ〉

 

 

 彼らは我欲に満ちている。

 

 

〈魔道の神。魔法の神。即ち、聖なる王〉

 

 

 覇道神と言う世界を染め上げる存在。どうせ生み出すのならば、出来れば己にとって都合の良い神になれば良い。

 

 それはそんな単純な、誰でも抱いてしまう欲望であった。

 

 

〈聖なる槍を手に、聖なる王は行く。偉大なる神の魂を食らい、ゆりかごに乗って神座を目指す〉

 

 

 トーマでは駄目だ。あの依代は、望む方向へと至れない。永遠の刹那と言う魂を持つ以上、その願いに引き摺られる可能性が高いのだ。

 

 故に彼らが求めるのは聖なる王。

 在りし日に彼らが見た、信仰を捧げる聖王オリヴィエ。

 

 

〈彼の邪神を打ち破り、以って我らの理想郷を作り上げる〉

 

 

 生まれながらにして都合の良い渇望を植え付け、それを育て上げる。足りない分は、依代と槍を食わせて補えば良い。

 

 それで降りて来るのだ。彼らにとっての、魔導師にとっての理想郷が。

 

 

〈そして我らは御使いとして、聖王の元に永劫続く魔導師の理想郷を作り上げる〉

 

 

 夢想する。今の夜都賀波岐と同じように、神の眷属と化した己の姿を。

 永劫の楽土の中で、人々を正しく守り導く、肉体を取り戻した己達の姿を妄想する。

 

 それこそが、老人達が望む結末。

 

 故に。

 

 

《スカリエッティよ。我らの神を用意せよ。聖王の器を作り上げるのだ》

 

 

 何者にも染まらぬ器を。覇道へと至る聖なる器を。

 その神域へと到達しつつある叡智を以って作り上げろと命を下す。

 

 そんな法と正義と我欲に満ちた言葉を受けて、狂気の科学者は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

(そんなに都合良く行くものか)

 

 

 そんな老人達の言葉を内心で否定しながら、顕明は静かに思う。

 彼女と最高評議会の企みは異なる。魔導師の理想郷など作り上げる心算はサラサラない。

 

 

(だが、槍の担い手は必要だ。聖なる王の器たる、聖餐杯は必要なのだ。……新たに新生する黄金の王の器として)

 

 

 彼女と最高評議会が協力し合えるのは、途中まで辿るべき道が同じだから。その最終地点こそ異なっているが、其処までならば協力し合える。

 

 

(座は失われている。覇道流出は滞りなく行われるが、座は覇道神にとって不要な物か?)

 

 

 覇道流出は覇道神の権能である。

 生態に過ぎず、座がなくても流れ出し、世界の中心となって法則を書き換える。

 

 ならば彼らに座は不要か?

 

 

(否、だ。……覇道の神の流出とは、己を流れ出させると言う物。当然の如く無限に流れ続ければ、どれ程強大な神であれ何れは滅ぶ)

 

 

 今の夜刀がそうであるように、流れ続ければその総量は少しずつ減っていく。その力が尽きた時こそが、本来の覇道神の寿命なのだろう。

 

 座と言う万能の機構は、それを破綻させるのだ。流れ出すという原因と、覇道神の死と言う結果。それを狂わせる事で、真実覇道神を永遠の存在へと昇華させる。

 

 

(仮に魔道の神が生まれたとして、その後が続かん。それは依代もまた同じ事)

 

 

 故に、座がなき今、覇道神が生まれても長くは生きられない。

 単独で完結した求道神とは違い、外界と遮断できない覇道神は少しずつ摩耗して何れ必ず消滅する。

 

 永遠の刹那が億年と言う気が遠くなる時を耐えたのは、彼の中に蛇が作り上げた永劫破壊と言う、座を模倣した小型の神座があったからだ。

 彼の強き意志と、歴代最高位の力と、永劫破壊と言う機構が、この世界を支えている。

 

 そのどれも引き継げない次代の神格では、その力の総量にも左右されるだろうが、数百年も持てば良い方と言った所であろう。

 

 

(故に必要となるは次代へと繋ぐという機構。次の次へ、次の次の次へ、永劫繋いでいく仕組みこそが必要なのだ)

 

 

 覇道神が長く持たないならば、次の覇道神が生まれる余地を生み出すしかない。

 誰か一人ではなく、全ての民の魂を高める事で、次代に続く次代を求めるのだ。

 

 

(必要なのは修羅道だ。無限に続く闘争の中で、全ての魂を磨き上げる。闘争と進歩と言う在り方をその根底に刻み込む。……悲鳴と絶望に彩られた地獄を生み出す結果になろうとも)

 

 

 ミッドチルダはそのモデルケースだ。この大結界の内側に作られた蠱毒の壺は、何れ至るべき世界の雛形なのだ。

 

 最有力なのが依代なのは変わらない。

 だが彼の後に続く者がいないのではいけない。

 

 だからこそ、御門顕明は今一度、黄金の獣を呼び戻さんとしている。

 

 

(ミッドチルダで死した者らは輪廻に戻らない。黄金に食われ糧となる。刹那の残滓と管理局の戦士達と、そして己に集う信仰によって、獣の残滓は再誕を迎えようとしている)

 

 

 既に対話が叶う程に、槍の中で眠る黄金の復活は近付きつつある。

 既に槍の担い手は顕明ではなく、内側で蘇りつつあるラインハルト・ハイドリヒへと移っている。

 

 壊滅した御門の本陣より、この最高評議会の下へと移送された聖槍。

 今、彼女らが立つ地下室の更に深き場所に突き立てられたあの槍が、真に目覚める時こそ新たな世界の誕生を意味するのだ。

 

 

(聖餐杯と言う器を以って、聖なる槍によって夜刀殿を弑逆すれば、……黄金の君は蘇る)

 

 

 黄金の完全復活。その為に永遠の刹那を槍にて貫く。

 特別な事など必要ない。彼が現実世界で力を振るう為に、その神威を受け止めるだけの肉の器を用意すれば良い。

 

 そうすれば、後は肉体を得た彼が夜都賀波岐を打ち破り、そして神を食らって覇道神として復活を果たすだろう。

 

 ジェイル・スカリエッティならば聖餐杯の創造は可能であろう。

 そう判断出来るだけの実績が、それだけの力がスカリエッティにはあった。

 

 それでも、ほんの僅かにだけ、迷いはある。

 

 

(龍明殿。私は己の選択が正しいとは思えない。この所業が素晴らしいとは思えんのだ)

 

 

 修羅道という地獄を生み出す事。

 先の為にと、多くの人々が賛同してくれた彼女の思惑。

 

 賛同者達を失った今、女は僅かに弱さを見せている。

 

 

(だが、為さねばならぬ。……この先へと繋ぐ事、それだけが久雅竜胆鈴鹿に残された、唯一つの遺志なのだから)

 

 

 無間地獄の中で見続けた彼の想い。敗れ去った時に残された師の言葉。そして敗軍の将としての意地。

 

 それだけが彼女に残った全てなのだから、彼らが望んだ次代を生み出す前に膝を折る事だけは出来ないのだ。

 

 

 

 

 

4.

「次の為に今を犠牲にしよう? 次の次の為に、次は地獄に変えよう? ハッ、バッカじゃねぇの?」

 

 

 そんな女の想いを、天眼によって見ていた鬼は嘲笑う。

 

 

「言ったろ? アイツは選べねぇのさ。……次の地獄か、次の次の滅びか、そんな二択を迫られりゃ、アイツはどっちにしようか悩んで、結局答えが出せねぇ」

 

 

 優柔不断なんだよ、アイツ。と己の親友を思って、両面の鬼は笑みの質を変える。

 

 

「愛し子に地獄か滅びを与えるならば、その分自分が苦しみもがいて解決しようとしやがる。そんな馬鹿なんだよ、俺の親友はよ」

 

 

 馬鹿にするように、誇るように、両面は相反する想いを乗せて友を語る。己の将の想いを分かっていないと、女の策略を嘲笑う。

 

 

「だからって訳でもねぇがよ。お前の策謀はマシだが、それだけだ。正直詰まんねぇ、萎えるんだよ、そう言うの」

 

 

 それは否定だ。女の企みを否定する両面の鬼が狙うは、異なる形の結末だ。

 

 

「次の為に、今を犠牲にする。要は今日より明日が大事って事だろ?」

 

 

 次の次の為の地獄。それは次を否定している。それは今も否定している。

 生きるべき今が苦痛に彩られて、その次の未来も地獄が続いて、それでその先に希望を見出せるだろうか。

 

 

「はっ、くだらねぇ。昨日より今日。今日より明日。先の方が大切か? 今に比べたら過去は価値なんてねぇのかよ!」

 

 

 違う。そんな地獄が続く事が、彼の望みである筈がない。

 

 

「ちげぇよ! 過去も現在も未来も全部等価値だ! 明日の為に今を犠牲にするってのは間違いで、現在の為に過去を蔑ろにすんのも間違いだ! 履き違えてんじゃねぇっ!!」

 

 

 今を蔑ろにして未来だけを見詰める。それは真面目に生きていない。

 

 

「今の刹那を精一杯に生きてっ! そんな今と同じような明日が続くように生きるっ! それが真面目に生きるってもんだろうがよっ!! あっ!? 何か異論があるなら言ってみやがれっ!!」

 

 

 届かない。届ける意志がない。

 だと言うのに両面の怪物は己の拘りを口にする。

 

 元より異論など聞く気がないのだ。

 答えを返す必要性と言うのを求めていない。

 所詮は彼の独特の感性が持つ、下らない拘りに過ぎないのだから。

 

 

「言葉に偽りはないだろうが……、今を犠牲にして未来を求めている貴様が言う言葉ではないな」

 

 

 そんな彼の自虐に満ちた言葉を、終焉の怪物が否定する。

 ゆっくりと穢土を目指す怪物は、両面の鬼に言葉を掛ける。

 

 

「自虐は止めておけ、百害あって一利ない」

 

「はっ、俺だから言うんだよ」

 

 

 そんな終焉の怪物の珍しい忠告を、両面の鬼は笑って逸らす。

 真面目に生きる事を夢見て、けれど終ぞ出来なかった鬼だからこそ、己と他者の過ちを嗤う言葉を口にするのだ。

 

 

「それで、どうよ? お前さん。俺の企みに乗るのかい?」

 

「…………」

 

 

 相反する両翼がこうして共にあるのは、両面宿儺が己の言を守り彼の思惑を口にしたからだった。

 その企み。その真意。両面は己の策謀の一面を、終焉へと明かしている。

 

 

「……奴を、殺すか」

 

「応よ。トーマにアイツを殺させる。それが俺の企みだ」

 

 

 思い返すように呟く終焉に、両面はヘラヘラとした笑みを浮かべたまま告げる。それは彼らが愛する主柱を殺す、そんな自滅因子の策略。

 

 

「アイツを殺して、中身を入れ替える。俺らの大将の精神を磨り潰して、トーマを其処に据えるんだよ」

 

「……結果生まれるのは、奴の力をそのまま保った新たな覇道神、か」

 

 

 両面の企み。それはトーマと夜刀の中身を入れ替えると言う物。

 

 トーマ・アヴェニールと天魔・夜刀は元が同じ物。その内側に存在する二重人格のような存在だ。

 故に完全復活した際に、片方が欠落していれば、必然もう片方が主となり蘇る。トーマ・アヴェニールが彼自身の願いを持ったまま、夜刀の力を獲得するのだ。

 

 

「大将の全部を引き継げば、聖遺物だって引き継げる。数億年は保てるだけの力も、今の波旬を潰せるだけの力も、どっちも一手で満たせんのさ」

 

 

 だが、それは無謀な策だった。

 上手くいけば全てが解決するが、同時に余りにもリスクが高い企みだった。

 

 トーマが至る流出が、彼らの望むような素晴らしい物にならない可能性がある。

 彼の流れ出す法が、もしも邪神のそれであれば、その瞬間に全ての希望は絶たれてしまう。

 

 そうでなくとも、トーマという個我が、夜刀という極みに至った精神に打ち勝てなければ、消えるのはトーマの方となるのだ。

 

 その勝利を願いそれに賭けると言うのは、余りにも博打が過ぎるであろう。

 

 

「ま、当然、他の面子は抵抗すんだろうな」

 

 

 成功の可能性は極端に低く、上手くいっても訪れるのは夜刀の完全なる滅び。

 

 最早輪廻する事も出来ず、残滓も残らず、別人格に食われて終わる。

 そんな結末を、刹那を愛した夜都賀波岐が座して見るとは思えない。

 

 

「けど丁度良い。俺らみたいな残骸を潰せねぇようじゃ、全部が全部トーマ頼りじゃどうにもなんねぇ」

 

 

 トーマが夜刀と精神戦を繰り広げるならば、その力を万全に保つために、夜都賀波岐を相手取る者が必要となる。

 

 次代の神格を抜きに、彼ら残骸達を打ち破れる力が必要となるのだ。

 

 

「だから、トーマ抜きで俺らを潰して、その果てにアイツが引き継ぎを終える。それこそ俺が望む結末だ」

 

「……それで、次代の次はどうする?」

 

 

 そんな鬼の言葉に終焉が問い掛ける。

 御門顕明が思い悩んだ、詰んでしまっている先を問い掛ける。

 

 

「知らねぇよ」

 

 

 終焉の怪物の問い掛けを、知った事かと両面は笑った。

 

 

「俺らが面倒見るのは次までだ。後はその時を生きる奴が、必死に動けば良い」

 

 

 彼女の葛藤を、終焉の問い掛けを、そんな風に鼻で笑う。

 

 

「どの道、世界なんざ何時か終わるもんだ。その終わりを引き延ばすのは、その時を生きる奴らの権利で義務だ」

 

 

 永遠などない。終焉は必ず訪れる。

 それが目に見えているかいないか、違いなどそれだけでしかないのだ。

 

 ならば、今ある危機を全て解決出来たとしても、何れ必ず別の危機が訪れる。

 その時まで面倒を見ると言うのは、余りにも履き違えた答えであろう。

 

 

「何から何まで全部面倒見るのは違うだろ? 億年用意してやんだ。後はお前らで繋げていけ。……その繋いでいく力を計る為の夜都賀波岐なんだからよ」

 

 

 次を託す子らは何も出来ぬ赤子であるのか?

 次の次まで面倒を見ねばならぬ幼子であるのか?

 

 きっと違う。そう信じさせてくれる、そんな輝きがあったのだ。

 だからこそ、鬼は子供達が己を乗り越えると信じている。

 

 

「で、どうよ? 乗る気はねぇのか」

 

 

 そんな風に己の企みを明かした鬼は、協力しないかと己の対に持ちかけた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 そんな彼の問い掛けに、一拍程の呼吸を置いて、天魔・大獄は答えを返す。

 

 

「……ふん。無意味な問いだ」

 

「へぇ」

 

 

 それは否定。両面の鬼の企みにではなく、彼の発言そのものに対する否定だった。

 

 

「貴様の言、その全てが真ならば、その企みに乗ってやっても良い」

 

 

 その目指す先は、確かに求める形を描いている。

 天魔・夜刀の滅びと言う過程は見過ごせないが、それでも地獄に染まるよりは良い。幼子に食い殺されるよりは良いのだ。

 

 己自身との戦いの果て、トーマと言う己に敗れる形で希望を掴むならば、それは確かに至高の結末だろう。

 

 それを受け入れないのは、その企み自体への問題点ではなく、それを口にしたのが両面の鬼だからだ。

 

 

「だが、あり得ん。例えこの世が滅びようとも、貴様が俺に真意を語る事はない」

 

 

 そう。あり得ない。例え何が起きようとも、この道化が己に真意を明かす訳がない。他の誰かに真意を語ったとしても、天魔・大獄にだけは絶対に話さない。

 

 それはある種の信頼だった。己の対である男を、確かに信じているからこそ口にした言葉だった。

 

 全てを話すと口にして、信じて動けば最大の落とし穴を用意している。己の対である男は、そんな性悪なのだと信じている。

 

 

「……一体何を隠している。幾つ嘘を混ぜた?」

 

「はっ、全部が嘘って訳じゃないぜ」

 

 

 そんな黒き甲冑の言葉に、平然と両面は虚言を認めた。

 

 

「だから、貴様は信が置けんのだ」

 

 

 己と決定的に相性が悪いだけでなく、嘘偽りばかり口にするからこそ、この鬼は気に入らない。

 

 そんな風に語る終焉に、この程度は単なる戯れ合いだろうにと肩を竦めながら両面は詰まらなさげに呟く。

 

 

「アイツなら、嘘ばっか言っても、無論信じているって一言で済ませてくれんだけどなぁ」

 

「奴の度量の深さに感謝する事だな」

 

 

 真実、この鬼は最後には夜刀の為に動く。

 だからこそ、過程でどう遊ぼうと構わないと認めてくれる主柱も今は居ない。

 

 そんな現状に寂しげに笑って、懐かしそうに笑って、彼が居ない現状に詰まらなそうに笑う。

 

 

「んで、お前さん。これからどうするよ」

 

「……待とう。お前が見出した子らが、新たな道を歩き出す日を」

 

 

 両面の問い掛けにそう答え、終焉は歩を進める。彼の戦う時は、その日はもう決まっている。

 

 

「俺の出番は、その時だ」

 

「そうかい」

 

 

 去って行く終焉に、両面宿儺は裏面としての言葉を掛ける。

 

 

「見極める前に、死ぬんじゃねぇぞ」

 

 

 既に死に体の終焉。全力で戦えば、己の自滅を殺せなくなり死に至るであろう。それでも、死ぬならば役割を全うしてから死ね。そう言外に告げて、鬼は笑う。

 

 そんな鬼に、終焉の怪物は共に肩を並べる戦友として言葉を掛ける。

 

 

「貴様こそ、己の策に溺れて無様を晒さぬ事だ」

 

 

 先に続く道を見つけ出す貴様が、何を企んでいようと構わない。唯、それを為す前に墓穴を掘る事だけはするな、と忠告する。

 

 

「ふん」

 

「はっ」

 

 

 そんな風に、珍しく互いを思いやる言葉を掛け合った両翼は、小さく笑みを零す。

 

 愚問だったな。意味がない忠告だった。そんな風に笑い合う。

 

 

「何しろお前は」

 

「何しろ貴様は」

 

『俺の次に愛されているのだから』

 

 

 笑い合っていた男達は、その言葉に顔を顰める。

 相手の言葉に機嫌を損ねる。互いに互いを嫌悪する両翼たる姿を見せる。

 

 双方共に、自分こそが、女神を愛するあの男にとっての二番手であると自負するが故に――

 

 

「やはり貴様は」

 

「やっぱテメェは」

 

『気に入らない』

 

 

 それでも為し遂げるのであろう。

 そう己の対を信じて、両翼は道を違えたのだった。

 

 

 

 

 

 用意された道は三つ。

 今を生きる子らが如何なる結末を選ぶのか、未だ答えには遠い。

 

 

 

 

 




歴代の神が座を改竄した、と言うのは公式設定。水銀が最も改竄したらしい。

本来の座は因果律操作装置。全世界流出は覇道神固有の能力。
唯流れ出す為には座は要らないけど、永劫展開する為には必須。
座が生まれる前から神格っぽいのは居たけど、完全に今の形になったのは座の影響。

この辺りが独自設定です。


覇道神でない存在が流れ出すには座は必要だが、元から覇道神ならなくても世界改変は可能。

その辺りはパラロス時点の座が科学力で到達出来たような演出だったのに、Dies時代以降の座が流出しないと行けなかった事からの裁定です。

水銀以降の神々、座に到達する前から、君ら世界改変出来てたよね、と言う話。
全世界規模に流れ出さないと極まった創造と何が違うのって話しにもなるので、こんな設定です。


座があると座が永劫展開してくれるけど、座がないと流出の負担が全部覇道神自身に掛かって来る。

どんなに強い神様でもその負荷に永遠に耐える事は出来ないから、永劫に流出する為には座が必要となります。



因みに今回明かされた三つの道+夜刀様復活ルートの四つが現状での選択肢です。
覇道神が覇道神の世界を引き継ぐ云々は、原作での覇道神同士の戦いが魂の奪い合いなので、その延長で世界そのものも奪えるよなという判定。特にこの世界、全部魂で構築されてますからね。

それぞれ簡単に解説すると。

○最高評議会ルート
 魔導師の神様作ろうぜ! 以上。
 割とマジでそれだけ。そんな神様生み出して、順当に引き継ごうとしている。

 欠点は顕明が語った通り、生まれる神様が長持ちしない点。
 今の弱った人々の魂では、数百年程度では次の神格は生まれないと顕明は判断しています。

 成功率は言う程低くないので、ハイリスクという程でもないが、実入りは少ないのでローリターン。


○顕明さんルート。
 獣殿復活させて全世界修羅道だぜ、ヒャッハー!
 獣殿の流出が不死化と無限闘争なので、その中で弱った人々の魂を鍛えようと言う計画。
 グラズヘイムの次にトーマ、その次に修羅道で鍛えられた誰か、と言う形で次の次まで視野に入れた企み。

 欠点は暫く地獄が続く事。苦しみもがいて、その果てを望み続ける策なので、成功したとしても闘争がなくなることは無い。

 獣殿やベイ中尉はすっごく生き生きしそうな世界。ローリスク・ローリターン。


○宿儺さんルート。
 トーマと夜刀様の中身を入れ替えようぜ!
 あくまで表向きの策だけを判断するなら、物凄い博打。
 トーマが神格に至る事。邪神の法にならない事。夜刀様に勝てる事。それら全てを満たす必要がある。

 その分成功すればあらゆる問題が解決する為、ハイリスク・ハイリターン。

 彼の表向きの策が自滅因子として、未来の為に作った策ならば、その裏面は司狼個人の願いであり、過去の為の策である。


○常世ちゃんルート。
 皆、凍っちゃえ。

 神座ないので、夜刀様何時か死ぬ。
 その死が訪れるか、停止した世界で新たな神格が生まれるか、博打所の話ではない。

 ノーリスク・ノーフューチャー。



 これら四つの選択肢から一つを選ぶか、それとも五番目の選択肢へと進むか、それを選ぶのは次代に生きる主人公たちとなる予定です。



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