リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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前話でミスがあったので修正。
具体的には、陸士部隊の部隊数と、現在の季節に関してです。

一年の半分近くが夜刀様の影響で秋になっている関係で、良く考えたら現在の時間軸は晩春じゃなくて初秋でした。

後陸士部隊って、公式で四百近くあるみたいですね。知らんかった。(ティアスバが六課前に配属されていたのは、陸士386部隊)

その辺りだけ修正しています。


副題 燻銀な部隊長と薔薇の夜。
   無限蛇の本気。
   面倒な少女は無茶をするようです。


訓練校の少年少女編第三話 人形兵団

1.

――NAQID―AQORI―QOROQ―IROQA―DIQAN

 

 

 落日の中、黒装束を身に纏った集団が蠢動する。

 顔を隠す覆面の下、虚ろな瞳を晒す彼らは傀儡。所詮、糸に括られた操り人形。

 

 意思がない。自己がない。己がない。

 

 明確な個我を奪われたその軍勢こそが、無限の蛇が毒牙の一つ。総勢三十人からなるは、一糸乱れぬマリオネット・イェーガー。

 

 

――我が愛は、永遠に我がものとなれり――

 

 

 這う蟲の王が無様を嗤う。傀儡師が現実を嘆く。罪悪の王が憐れみを抱く。

 されど、人形達は何も感じない。何かを思う情など、人形達には残っていない。

 

 

「さぁ、戦争を始めましょう」

 

 

 蟲の王が嗤う。蟲の王が嗤う。蟲の王は嗤い続ける。

 その歪んだ笑みで、その甘い言葉で、それしかない者らを馬鹿にするかのように嘲笑い続けている。

 

 

「貴女が望んだ戦争を、貴方が望んだ戦争を、この地に齎してあげましょう」

 

 

 その為の準備は出来ている。

 その為の用意は終わっている。

 

 嗚呼、嗚呼、だからこそ、人形が望む戦争を始めよう。

 ミッドチルダと言う世界を、戦火の色に沈めてしまおう。

 

 

――如何なる脅威も、この絆を断つことあたわず

 

 

 蛇の毒が牙を剥く。ミッドチルダと言う大地で、無限の蛇は動き出した。

 

 

 

 

 

2.

 人気のなくなった医務室内。一人残った紫髪の美女が、作業途中のままに放り出された書類を纏めている。

 

 窓から差し込む日の光は落日へと向かっている。

 黄昏時、逢魔が時を前にして、飛び出して行った子供達は未だ戻らない。

 

 歓待の為にと用意された茶はすっかりと冷えてしまった。

 穏やかな表情を崩さないその女性は、纏めた書類を籠に入れると、空いた手で茶器を取り、冷え切った茶を口にした。

 

 

「あの子達、上手くやれているかな?」

 

 

 自分が背を押した弟分の少年。トーマは今時では珍しい程に、真っ直ぐに育った人間だ。誰もが彼に手を貸したくなるような、そんな眩しさをその身に宿している。

 

 だが、彼が何とかしようとする相手は随分と捻くれてしまった少女である。その眩しさを直視出来ない程に、内心に思いを抱え込んでしまっている少女であるのだ。

 

 その存在自体が眩しい。自分にはない程の輝きを持つ者を前に、人は焦がれるか嫉妬するか、そのどちらかの情を抱くものだ。

 

 ティアナは後者であり、同時に彼女にはその妬みの感情を御するだけの器がない。

 育ちと年齢を思えば無理もない。未だ十三歳の少女なのだ。そんな年齢で、感情を御せる方がズレていると言えるであろう。

 

 一端他者に妬みを抱いてしまえば、それを拭い去る事は難しい。妬んでいる相手の言葉など、万言を尽くされても受け入れる事は出来ないであろう。

 

 人間全てに焦がれていて、未だその情を残している魔性の女には、ティアナが抱いているであろう劣等感を含んだ拒絶の情が痛い程に理解出来た。

 

 

 

 本来、ティアナに手を伸ばすべきなのは彼ではない。トーマではなく、元凶となった者が手を差し出すべきである。

 だが出来ない。彼女の手を握っていた女は既に亡く、すずかは彼女の心を揺らせる程には近くはない。

 救済の役を負うのに相応しい男は軟禁状態で、直接的な干渉は一切できない。

 

 トーマの師なら或いは、だが彼とて其処までティアナに近い訳ではない。その言葉にその場では頷いたとして、本心ではどの様に思うだろうか。

 

 結局、例外となるはトーマだけだ。訓練生と言う対等の立場にあり、何処までも純粋な彼の言葉だからこそ、心を閉ざした少女を揺らせる。

 それが負の方向ではあっても、心に響かない言葉しか言えない彼女達よりも遥かに適役ではあるのだ。

 

 

「ままならないもんだね。本当に」

 

 

 ぶつかって来いと背を押して、その実、裏では打算的に考えている。

 そんな良い大人に成れていない自分に溜息を吐いて、すずかは何もない天上を見上げた。

 

 

 

 緊急事態を告げるアラート。

 甲高い電子音が人気のない医務室内に響く。

 

 それを耳にしたすずかは慌てて、顔を端末へと向ける。

 医務室の壁に備え付けられた通信端末。緊急事態を示す赤い警告灯が付いている事を確認すると、すぐさま受信ボタンを押した。

 

 

「はいっ、こちら月村です」

 

〈俺だ。ゲンヤだ。……悪ぃが厄介な事になった。月村、少し出られるか!〉

 

 

 モニターに映るのは中年を過ぎて初老に近付きつつある男。

 白髪と皺の目立つようになって来た男臭い顔立ちの陸士は、開口一番にそんな言葉を口にした。

 

 

「ナカジマ部隊長!? 一体何が!?」

 

 

 焦りを表情に焼き付けた男の言葉に、すずかが問い掛ける。

 その尋常ではない様子に驚愕する彼女へ、ゲンヤ・ナカジマは現状を告げた。

 

 

〈人形兵団が動きやがった! 連中、全員エリキシルを服用してやがる!〉

 

「エリキシル。……まさか! ベルゼバブがっ!?」

 

 

 ベルゼバブ。這う蟲の王。無限蛇の幹部が一人。

 管理局が知っているその正体は、重度のエリキシル依存患者だ。

 

 不死の霊薬エリキシル。肉体を強化し、あらゆる病を払うと言う売り文句で捌かれる麻薬。

 それには副作用が存在している。エリキシルを一定濃度以上、継続して接種すると肉体が変異を起こすのだ。

 

 あらゆる体液が強酸に変わる。汗や唾液が全てを溶かす毒と化した彼らは、もう二度と他者と触れ合う事が出来ない。

 手足が捥げようと、頭が潰れようと、心臓を抉られようと、瞬く間に再生する。即死は出来ず、どんな状態からでも蘇生する不死身の怪物へと変わるのである。

 

 これを滅ぼすには、六千度を超える炎で焼き払わねばならない。それ程に悍ましい、人間性を否定する病原菌。

 

 人形兵団がエリキシルを服用したと言う言葉に驚愕を浮かべたすずかは、人形兵団全員がベルゼバブに変わったのかという懸念を問い掛けた。

 

 

〈いや、まだそのレベルで薬物漬けになってるのは出てねぇ。……けどな、どんな傷を負っても倒れねぇ集団ってのは厄介過ぎるぜ〉

 

 

 ベルゼバブに至らずとも、エリキシル患者は身体能力と再生能力を大幅に引き上げられる。

 現在ミッドチルダで暴れている人形兵団は、痛みに怯まず、どれ程傷付いても進行を止めない軍勢と成り果てていた。

 

 通信を続けるゲンヤの背後より銃撃音が響く。陸士部隊は質量兵器を携帯してはいない。使用する事は稀にあるが、基本的には持ち歩いていないのである。

 故に銃器を使うは陸士部隊に非ず。現在交戦している敵手こそが使っているのだ。

 

 

〈それに連中、最悪な事に周辺住民まで巻き込んでやがる。……ミッドチルダの住人を捕まえて、無理矢理エリキシルを打ち込んでんだよ! それに変な薬でも混ざってんのか、クソッタレな傀儡師も一緒にいるのか、どういう理屈かは知らねぇが、エリキシルを打たれた住民達が兵団と一緒になって襲ってくる! 守るべき人々が、次の瞬間には兵団の一員に早変わりって訳だ!〉

 

 

 彼らが動き出して、まだ時間は経っていない。だと言うのに膨れ上がり続ける戦力は、既にゲンヤの指揮下にある者達だけでは抑えられない程になっている。

 ほんの僅かに初動で後れを取った。その僅かが、致命的なまでの差を生んでいた。

 

 

〈発見時は小隊規模だったくせに、今じゃ俺らと同じ大隊規模だ。どうにか人気のない廃棄区画の方へ誘導したが、その際にこっちも結構な痛手を受けてる。このままじゃ長くは持たねぇ!!〉

 

 

 最早手が付けられぬ程に膨れ上がった人形の群れは、しかし蛇の第一の牙でしかない。

 

 焦るゲンヤも、口を閉ざし説明を聞くすずかも、そのどちらもが知っている。

 今のミッドチルダには、人形兵団だけではなく、不滅の蟲王もやってきている事を。

 

 この状況だ。まず間違いなく、あの女も動いている。

 

 

〈それに今は大丈夫でも、このまま放って置けば兵団全員がベルゼバブになる。六千度の炎で焼かねぇと死なない一匹でも手に余る害虫だぜ、それが大隊規模にまで増えちまえば、本気でどうしようもなくなっちまう!〉

 

 

 指揮車両の中で現場に指示を出しながらゲンヤが語るは最悪のシナリオ。

 

 大量に摂取したエリキシルと言う麻薬が肉体を作り変える。時間が足りず変異し切っていない彼らが、時間を得る事で不死身の怪物集団へと成り果てる。

 

 総数三十一人の人形の群れ。常に認識を同期していて、一糸乱れぬ人形兵団。

 単純な軍としても厄介な彼らが、更に不死身になる。そんな最悪の状況が、目と鼻の先にまで迫っていた。

 

 そうなってしまえば、管理局全軍が動かなければどうしようもない。

 アルカンシエルでも使用して、クラナガンを焼き尽くさねば止める事など出来ないであろう。

 

 

「……それで、現在地は廃棄区画のどのあたりですか?」

 

〈来てくれるか!〉

 

「ええ、流石にこの状況で動かない訳には。……多分、現状を何とか出来るのは私だけですから」

 

 

 現在の管理局。エースストライカーは複数人残っているが、現状を如何にか出来るのはすずかを置いて他に居ない。

 

 高町なのはやゼスト・グランガイツでは殲滅力が足りていない。彼らでは人形兵団は兎も角、這う蟲の王は殺し切れない。

 クロノ・ハラオウンは動けず、アリサ・バニングスは海の任務で別の世界に居る。

 

 そうでなくとも、彼らでは殺す選択しか選べない。兵団にされてしまった民間人を救えはしないのだ。

 それが出来るのは彼女一人。現状で兵団と蟲の王に対処出来るのは、月村すずかだけであった。

 

 

〈悪ぃな。頼む。……座標はお前のデバイスに直接送る! 出来る限り早く来てくれ! 十分程度は意地でも持たせるが、そう長くは持たねぇからな〉

 

「ええ、今すぐそちらに向かいます!」

 

 

 通信を切ったゲンヤに伝えて、すずかは自身のデバイスを手に取る。

 

 

「……あの子達は、他の担当官に声を掛けて任せるしかないか」

 

 

 バリアジャケットを展開しながら、他の担当官へと連絡を入れる。

 

 緊急事態だ。隊舎の装甲車両では間に合わないだろう。手にしたデバイスで飛行魔法を使う事も考慮に入れて、現場に向かう為に医務室を出た。

 

 

「あっ!?」

 

「ティアナちゃん!」

 

 

 扉を開けた瞬間、その前に居た少女のぶつかりそうになった。

 

 

「……聞いてた?」

 

「あ、その」

 

「うん。聞いてたのなら、話しは早いわ。悪いけどそういう訳だから、他の担当官が来るまでトーマ君と待ってて!」

 

 

 しどろもどろに弁解をしようとする少女に、そう用件だけを告げてすずかは走り出す。追い詰められている少女の表情に気付かず、彼女は切羽詰まった戦場へと向かって行った。

 

 最悪一歩手前の状況で焦っていた女は、普段ならば見逃さなかった事を見落とした。トーマとの対話で、その心中を吐露したティアナの表情に気付けなかった。

 

 

「……廃棄区画」

 

 

 通信を盗み聞いていた少女は、静かに呟く。小さくなっていく担当官の背を見詰めながら、その手を強く握り締める。

 

 

「這う蟲の王と人形兵団」

 

 

 今、この瞬間に動かなければ、別の担当官がやって来る。その人物の指示の下、行われるのは御遊戯のような研修だ。

 だが、この瞬間になら動ける。別の担当官が来る前ならば、紛れもなく最高峰の死線へと参加できる。

 

 

「それを、倒せれば……」

 

 

 確かに己は成長する。倒せなくとも、それだけの脅威を経験して生き延びれば、確かに己の糧になる。

 

 それは研修に無駄な時間を割くより、訓練校に通い続けるより、確かに価値の高い経験になると思えた。

 それだけの経験を積めば、あの才能だけの気に入らない男にも勝る何かを得られると思えたのだ。

 

 

「…………」

 

 

 眩しい少年との対話にて自暴自棄になっている少女に、リスクを考慮する余裕などない。

 不幸になっても目的を達成する事を望む少女に、目的すら達成できない生存に拘る理由はない。故に、彼女の選択は決まっていた。

 

 

 

 月村すずかの背中が見えなくなってから、ティアナ・L・ハラオウンは走り出す。その進む先に、何が待ち受けているかも知らずに。

 

 

 

 

 

3.

 耳を劈く轟音と共に銃弾が飛来する。刃を手に、猟犬たちが迫っている。

 複数人の協力によって展開されたシールドでそれを防ぐ。指揮下にある者らが後方より放たれる魔力弾にて彼らを弾き飛ばす。

 

 装甲車より外に姿を晒したゲンヤ・ナカジマ三等陸佐は、そんな光景にも動じずに静かに告げた。

 

 

「来いよ、人形共。俺がこっちの頭だぜ」

 

 

 彼が姿を晒しているのは、己を餌に惹き付ける為。個としても軍としても劣ってしまっている以上は、こうした策を弄するより他にない。

 

 人形達は無言で襲い来る。その手に銃器を携え、その手に刃物を取り、その手にエリキシルの入ったアンプルを抱えて、同じ被害者達を増やす為に彼らは蠢動する。

 

 所詮は傀儡。与えられた指示のままに動く、自我を持たない群れ。この場に指揮官が居ない以上、どうしても対応は遅くなる。

 故にゲンヤの策は上手く嵌り、こうして終始優位に立っていた。

 

 

(……今の内は、だがな)

 

 

 己の身を晒す。それは指揮官に有るまじき選択だ。

 自分の鍛えた陸士部隊が、指揮官を失くしただけで動けなくなるとは思ってもいないが、それでも頭を討たれる危険を晒し続けるのは下策と言えよう。

 

 だが最悪な事に、もうその下策しか選べない程に108部隊は追い詰められているのだった。

 

 

(ちっ、他の部隊にも声を掛けたが、月村以外は来れそうもねぇ。……人形共が動いてるのは、ここだけじゃない。あちこちの隔離病院でエリキシル患者共の暴動が起こってる以上、手隙の連中なんてどこにもいねぇか)

 

 

 ミッドチルダに蔓延していたエリキシルと言う麻薬。それさえも、今日この日の為の下地であったのであろう。

 どういう理屈かは知らないが、エリキシルを打たれた民間人が、直後に人形兵団の一員になる光景を彼は見たのだ。

 

 ならば、既にエリキシルを服用していた者らが、遠く離れた場所で暴れ出してもおかしくはない。

 同時多発にて発生したテロ行為に、管理局は確かに追い詰められていた。

 

 

(だが、一体どういう訳だ。……こっちの情報網に一切引っかからず、これだけの事をやってのける? そんだけ無限蛇がとんでもねぇ組織だと? ……あり得ねぇな)

 

 

 人形兵団三十名。それだけの戦力が移動した事に気付けなかった。

 活動を始めるその瞬間まで、居ると言う事しか分からなかったのだ。

 

 そんな事が、本当にあり得るのであろうか。

 

 

(こいつらは確かに厄介だが、そんだけの隠密性もあるんなら、当の昔に管理局は引っくり返されてる)

 

 

 何処に居るかも分からない。何時行動に出るかも分からない。

 それだけの事が出来るなら、管理局を打倒する事も容易いであろう。

 

 無論、無数にある管理世界全ての戦力を相手には出来ない。

 エースストライカーである歪み者達だって倒せる程ではない。

 

 それでも無限蛇にはミッドチルダを落とせるだけの力がある。

 歪み者達に真っ向から挑まなければ、クラナガンを落とすぐらいは出来るのだと、こうして実際に向き合う事で実感していた。

 

 これだけの戦力を動く瞬間まで隠せるならば、彼らは何時だって管理局を潰せた筈なのだ。

 

 

(大天魔に対する盾として管理局を残してぇって思惑がある可能性は否定できねぇが、それよりも何処かに裏切り者が居るって考えた方が自然だ)

 

 

 何処かで得た情報を握り潰している者が居る。

 管理局の内部に、無限蛇の毒が存在している。

 

 もしくは、無限蛇と言う組織自体が或いは……

 

 

「全く、厄介にも程があるだろうがよ」

 

 

 入り込んだ蛇の毒。それに目星は付いている。

 

 ゲンヤの下には彼らを救える者が居る。依存患者達に対処出来る者が居たと言うのに、彼女が隔離施設へと立ち入る事を許可しなかった部署がある。

 間違いなく、其処は黒だ。本局医療班のトップは黒。或いは、その上もまた黒だろう。

 

 今はまだ、明確な証拠がない。

 今回の事件を理由に突いても、蜥蜴の尻尾切りをされるだけだ。

 

 けれど、何時までもそのままにしておく心算はない。

 

 

「……親父だろ。なら、テメェの餓鬼が戦場に出る前に、負の遺産は減らしてやらねぇとな」

 

 

 懐に仕舞った写真。映る光景は、今は亡き妻とこのクソッタレな戦場に出る事を決めた息子。

 

 愛する我が子が戦場に出る前に、少しでも場を良くせねばとゲンヤは小さく呟く。鉄火に晒される中で、それでも今後の行動を考える余裕を彼は確かに持っていた。

 

 その余裕は慢心ではなく、捨て鉢な諦観でもない。無駄に戦慄しても意味はないという理性と、指揮官が怯えては部下が動揺してしまうと言う判断。

 そして、後僅かでも時間を保てば全てを引っくり返せる増援が来る。そんな希望から来ている。

 

 降り注ぐ鉄火の中、己の考えを纏めながらゲンヤは身を晒している。

 デバイスを手にせず、懐から取り出した煙草を口に咥え、あからさまな隙を見せている。

 

 その隙を狙おうと人形が鉄火を降らせ、ゲンヤの指揮下にある陸士達が応じるようにデバイスで魔法を使用する。

 

 標的を一点に絞る事で、彼らの行動を制限する。それだけして漸く、陸士部隊は人形兵団へと食らい付いている。

 既に本来の数を大きく下回り、中隊規模しか残っていない陸士部隊では、それくらいしか手段はないのだ。

 

 其処までしなければ、時間稼ぎすら出来ないのが現状であった。

 

 

 

 我が身を晒して餌にする隊長の下、従っている兵が震えていた。

 108部隊はゲンヤ自慢の配下であるが、その全てが歴戦の強者と言う訳ではない。寧ろ歴戦の兵たちの過半数が既に脱落していた。

 

 先の見えない状況下で、決して怯まぬ人形の軍勢を前に、強い意思を保てる者が全てではない。

 

 疲れ知らずな人形兵団に対して、彼らは疲労もすれば油断もする。

 そんな唯の人間なのだから、それは或いは当然の結果だった。

 

 

「う、うあああああああああっ!!」

 

 

 突如雄叫びを上げるのは少年兵。まだ新米の陸士の一人が、デバイスを以って魔法を放つ。

 撃ち放たれるのは砲撃魔法。殺傷設定で放たれたそれは、確かに人形兵の身体を消し飛ばした。

 

 

「っ! 何やってやがる!! 殺傷設定はやめろって言ってあっただろうが!!」

 

 

 ゲンヤ・ナカジマが新兵を怒鳴り付ける。

 それは彼が撃った敵兵が、元は守るべき民間人であったから――だけではない。

 

 頭が吹き飛んだ事にも気付かずに迫る敵兵。

 糸に括られ、不死の霊薬に侵された彼らに殺傷設定など意味はない。

 

 ぐじゅぐじゅと傷が塞がっていく光景が示している。

 肉を吹き飛ばしても意味がない所か、下手に傷付けてしまえば、エリキシルの汚染を進行させてしまう結果になると言う事実を示していた。

 

 

「殺傷設定は使うなっ! 捕縛魔法と補助魔法。電撃変換出来る奴は、それで麻痺を狙え! アイツらだって人間である以上、体が麻痺して筋肉が弛緩すりゃ動けねぇ! そう言っておいただろうが、……っ!」

 

 

 叫ぶゲンヤの声に弾かれて、肉が塞がっていく醜悪な光景に飲まれて、一瞬だけ陸士部隊の動きが鈍った。絶え間ない連携に、明確な隙が生まれていた。

 

 人形達はその隙を見逃さない。

 傀儡の兵団はその瞬間を逃がしはしない。

 

 襲い来る兵士たち。不死身の彼らは被弾を恐れず、その強化された身体能力で刃を手に襲来する。

 鉄火が降り注ぐ。味方ごと薙ぎ払わんとするその銃弾の雨は、最早防ぐ事も躱す事も出来はしなかった。

 

 

(……やべぇな。これで終わりかよ)

 

 

 視界がスローになる。部下たちは必死に対応しようとしているが、何一つとして有効な手などありはしない。

 

 個々人の防御魔法で防ぐには、人形兵団が持つ質量兵器は凶悪に過ぎる。

 スチールイーターと呼ばれる大口径の銃弾は、複数人の協力した防御魔法でなくては防げない。

 その銃弾はリロードの必要すらなく、無制限に撃ち続ける事が出来る。

 

 誰が作り上げたのか、無限蛇が携帯するその銃器は、金属分子の結合を破壊し、血液中の赤血球を破壊する寄生虫を宿している。

 金属を砕き、人の血肉を破壊するその兵器は、正しく魔弾。防ぎ切ることすら難しい脅威である。

 

 今この場で対処に動けるのは、数が減ってしまった熟練兵の一部だけ。そんな彼らが指示を出しても、防御魔法はもう間に合わない。

 

 対処をするには遅きに過ぎたと、妙に冷静な頭で理解していた。

 

 

 

 その刃の群れはゲンヤの身を引き裂くであろう。

 その銃弾の雨は、ゲンヤの身を磨り潰すであろう。

 

 我が身を餌にする以上は常に付き纏うその危険。今まで勝ち続けてきた博打に、ここに来て敗れただけだ。

 

 そんな風に自覚して、ゲンヤは降り注ぐ人の群れと鉄の雨を見上げる。

 

 

 

 口に咥えた煙草が地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「枯れ落ちろ」

 

 

 一人の男の命が終わる。

 その直前に、涼やかな音色が響いた。

 

 空より降り立った魔性の女は、その身に纏った暗き影の力を最大限に行使する。

 

 スチールイーターより放たれる弾丸が、黒き霧に触れる。

 魔弾に込められた人の血肉を壊す寄生虫たちは、その瞬間に死滅した。

 

 速度自体は殺せず、人体を引き裂く力を残した銃弾をその身に受けながら、しかし美女は暗く笑う。

 唯の銃弾と化したスチールイーターに、夜の王を殺す力は残っていなかった。

 

 

「無駄だよ。……私を銃弾で殺したければ、金属とか血液とかそんな物を壊す寄生虫より、銀の弾丸を持って来た方が速くて良い。魔弾なんかより、聖なる銀の方がずっと効果的だからね」

 

「月村、……間に合ってくれたか」

 

 

 如何にか体勢を立て直したゲンヤの前に立ち、月村すずかがその手を振るう。

 紫の髪の美女は妖艶に笑って、その身から黒き霧の如き瘴気を撒き散らしていた。

 

 手の動きに連動した黒き霧が、接近していた数名の兵団を包み込む。

 如何なる攻撃を受けても怯みすらしなかった彼らが、その霧に包まれた瞬間に意識を失い地に倒れた。

 

 

「遅れました、ナカジマ部隊長。……取り敢えず、これで彼らは大丈夫かと。血中のエリキシルを全部吸い殺しましたから」

 

 

 二大凶殺の瘴気が、エリキシルのみを吸い殺す。汚染された器と、それによる変質だけを食らっていた。

 

 病毒を食らい尽くせば、後には健康な体を取り戻した民間人だけが残る。エリキシル患者を、そんな形で救う。

 そんな真似が出来るのは、管理局の中でも彼女だけだ。月村すずかだけが、この傀儡の兵団を救えるのだった。

 

 

「いや、ありがてぇ。……悪ぃな。こっちが十分持たせらんなくてよ」

 

 

 起き上がりながらゲンヤが指示を出す。

 指揮に頷く者らの数が本来よりも遥かに少ない事に、すずかは眉を顰めた。

 

 

「……言ったろ。ここに誘導する迄に痛手を受けたってよ。……向こう見てみろ」

 

「皆。……それに、ラッドさんまで」

 

 

 月村すずかの登場に、人形の兵団が身を固める。その強大な異能者を前に、彼らは“指揮官”へと判断を仰いでいた。

 そんな傀儡の軍勢の中に、108部隊の仲間達の姿を見つける。共に笑い、共に過ごした同胞達の変わり果てた姿に、すずかは無言で手を握り締めた。

 

 

「新人共は、仲間がああなっちまった影響で浮ついてやがる。ベテランの数ももう少なくてな。……壊滅寸前なんだわ、これが」

 

 

 エリキシルが兵団を増やす。ならばその対象は民間人に限らない。

 倒れた味方が敵になる。そんな状況下で、辛うじて戦いになっていたのはゲンヤが居たからであろう。

 彼の指揮能力の高さが、壊滅して然るべき陸士部隊を持たせていたのだった。

 

 

「なら下がっていてください。直ぐに全滅させますから」

 

 

 すずかの瞳が吸血鬼の様に赤く染まる。

 溢れ出る瘴気は、黄昏を迎える空を一足早く夜に変えんとするかのように、暴虐の意志を宿して荒れ狂っていた。

 

 

「……悪ぃな。そうさせてもら――」

 

 

 言い終わる前に、ゲンヤの表情が変わる。すずかの表情が固まる。それ程に、人形兵団の対応は異質であった。

 

 

「……逃げた、だと!?」

 

 

 まるで蜘蛛の子を散らすように撤退していく人形兵団。

 不死不滅であり、怯えなどとは無縁の彼らが、一切の躊躇をせずに逃げ出していた。

 

 

「ちっ、厄介な」

 

 

 その余りにも的確な対応に、すずかが舌打ちする。

 彼女の二大凶殺は、未だ広範囲から簒奪する対象を選択できる程には極められていない。

 

 “夜”ならば使えるが、それでは敵味方無差別に食らい尽くしてしまう。

 エリキシルのみを吸い殺すなどと言う繊細な行動は、よほど接近していなければ使えない。

 

 逃げ出した兵団を追い詰めるのには、一体どれ程の手間が掛かるか、考えるだけで嫌な気持ちにさせる対策であった。

 

 

「廃墟を盾に逃げ回る。……単純だが、だからこそ厄介だ。ましてやアイツらはエリキシルを保持してる。一人でも逃がしたら被害は拡大しちまうぞ!」

 

「けど、こっちにはアレを包囲出来る程の兵力は残ってない。……勝てないと分かったら嫌がらせに移るとか、本当に嫌な手を使ってくれるね」

 

 

 ゲンヤは頭を抱え、すずかは舌打ちをする。

 唯逃げる、そんな行動で人形達は遥か格上の相手を嘲弄していた。

 

 

(狙いは何? 時間稼ぎ? ……だとしても、乗らない訳にはいかない)

 

 

 追わずにはいられない。時間が掛かるとしても、それ以外に対処の術はない。

 

 

(嫌な予感がする。外れてくれれば良いんだけど)

 

 

 恐らく杞憂では済まないだろう。

 この地にはまだ、這う蟲の王が潜んでいるのだから。

 

 

 

 

 

4.

 荒い息を吐くティアナは、そんな攻防を見詰めていた。

 月村すずかに大きく遅れる形で廃棄区画に辿り着いた彼女は、逃げ回る兵団の姿を確認する。

 

 

(自我の無い人形。それが人形兵団。……けどそれにしては、適格な対応。多分、近くに指揮官が居る)

 

 

 先程まで優しいお姉さんという印象を見せていた美女の、魔性を最大限に見せ付ける活躍。その蹂躙劇に唾を飲み込みながら、ティアナは観察し思考する。

 

 

(それが、這う蟲の王)

 

 

 その兵士の動きから推測する。その逃げ回る位置から想像する。自分なら、何処に隠れ潜むであろうか、と。

 

 

(単純に考えれば、兵団の中心。或いは最後方。指揮範囲がどの程度か分からなくても、この廃棄区画の何処かには居る筈、……なら)

 

 

 冷静に思考する。恐らく、今一番のアドバンテージを持つのは自分だ。

 前線で争う陸士部隊や吸血鬼には落ち着いて考えるだけの余裕がなく、敵の指揮官もまた追い詰められている現状には余裕がない。

 

 

(まず、兵団は自分の近くには近付けない。逃げる方向は逆の方へ。ただ一方だけだと分かり易くなるから、多少は変化を付ける。けど多少だ。真逆に逃がすようなヘマはしないけど、逆に一方向にだけ逃げないとその方向に何かあると示すような物よ。それは結局、自分の場所を教えているのと同じ)

 

 

 そう。今ならばその隙を突いて、己が首魁の首を取れる。その下まで自分だけが到達する事が出来るのだ。

 

 

(なら、兵団が逃げる方向と、その逆の方向は無視して良い。その上で、全ての兵団が逃げる方向とは異なる位置。中心近くにいるのが)

 

 

 確信を持って向かう。確かな自信を持って進む。

 妙に少ない兵団の数に、僅かな違和感を覚えながらも、己の思考が導いた解答に絶対の自負を持ってティアナは進む。

 

 

「BINGO!」

 

 

 その先で、一人の女を見つけた。

 

 

 

 金髪の女だ。三眼を思わせる額の飾りに、管理局の鑑識官が着る黒い制服を着こんだ気真面目そうな女が立っている。

 

 

「……想定より兵の減りが速い。やはり凶殺血染花を相手取るには、まだ不足か」

 

 

 磨り潰されていく兵団の傷が、その身に刻まれていく。操る傀儡達の被害の数パーセントをフィードバックとして受ける女は、しかし揺れることは無い。

 その意味がないのだ。ベルゼバブである女には、そんな傷など如何ほどの痛痒も与えない。僅かなフィードバックなど、一秒後には完治するのだから。

 

 

「アンタが“這う蟲の王”ね!」

 

 

 淀んだ瞳をした女に対して、ティアナ・L・ハラオウンはその手にした銃型デバイス“アンカーガン”を向ける。その声を聞いた女は顔を向けると、その制服を見て眉を顰めた。

 

 

「……訓練生? 舐められたものですね」

 

 

 ティアナが身に付けるは訓練校の制服。戦争の場に立つ以前の、弱兵ですらない見習いだ。

 そんな弱卒を向ける程に、管理局は無限蛇を甘く見ているのか。女は苛立ちで表情を歪めて。

 

 

「まあ、別に良いでしょう。管理局の判断など知りません。私は唯、あの人の願いを叶える為だけに生きている」

 

 

 そんな苛立ちは直ぐに消えた。金髪の若い女は、どうでも良いと切り捨てる。そんな女の表情には、真剣みと言うものが欠けていた。

 

 

「戦争を起こしましょう。拭い去れない程の戦争を起こしましょう。傷付き、傷付け、その痛みを与えましょう」

 

 

 無表情な顔で語る女の言葉。女の言葉は前後の文脈と言うものがない。虚ろな表情も相まって、まるで夢遊病者の如くに思えて来る。

 だがその瞳だけは違っている。表情は人形の如き能面でありながら、その瞳にだけは強い意思があったのだ。

 

 相対するティアナを圧倒する程の意志で、ドロドロに濁った瞳。その激情に淀んだ瞳を、ティアナは何処かで見た事がある気がしていた。

 

 

「私が、人形兵団がそれを全ての世界に齎す」

 

 

 ミッドチルダは手始めだ。無限に連なる次元世界の全てを焼くのだ。

 三千世界を包む戦場の炎は、決して絶やされる事は無く、その痛みを以って、真に大切な物を刻んでくれる筈なのだ。

 

 

「それが我が父、トレディア・グラーゼが抱いた、最期の願い」

 

 

 それはトレディアと言う男が抱いた夢想。

 罪悪の王に焼き殺された男が、最期の瞬間まで抱いていた願い。

 

 ミッドチルダは美しい。その世界は素晴らしい。

 それは戦争を知るからだ。痛みを知るからこそ、彼らの日々は輝いている。

 

 だからこそ、世界全土を焼こう。

 その痛みを以って、本当に大切な物を分からせよう。

 

 内乱続くオルセアという世界に生まれ育ち、ミッドチルダという戦場の中で輝く世界を知っているからこそ、トレディアと言う男はそう夢想した。

 

 

「彼の娘である私には、もうそれしか残っていないから」

 

 

 トレディアに庇われ、罪悪の王に見逃された女。

 無限の欲望に染められ、蛇の毒へと堕ちた彼の義娘には、もうそれしか残っていない。

 だからこそ、ベルゼバブとなった女は擦り減って摩耗した笑みを浮かべるのだ。

 

 

「さあ、戦争を始めましょう」

 

 

 ルネッサ・マグナスは濁った瞳で開戦を告げる。

 何もかもをなくして、最後に残った物に縋り付いている蛇の毒牙は、そんな風に笑っていた。

 

 

「アンタ」

 

 

 その姿に何を見たのか。

 その瞳に何を理解したのか。

 

 その言葉で漸くに理解した。

 

 これは己だ。己と同じ瞳だ。

 毎朝鏡で見る濁った瞳と同じ色を、この女の瞳は浮かべているのだ。

 

 悟る。理解する。その瞳を見て共感する。

 この女はティアナ・L・ハラオウンの成れの果て。彼女が辿るべき結末の一つである、と。

 

 兄の残した弾丸に縋るティアナと、父の残した夢に縋るルネッサ。

 其処に如何ほどの違いがあるのか、あるとすれば、それは程度の違いだけだ。

 

 彼女の方が追い詰められて、彼女の下には手を差し伸べる人が居なくて、彼女には選択肢がなかった。だからこそ、これはティアナがこれから歩く道の先を行っている。

 

 最後に残された一つに縋り、それを為し遂げようとする。その為に手段を選ばず、助けようとする手を跳ね除け続ければ、ここまで墜ちる。

 

 堕ちてなお執着し続ける姿に、同類であるのだと分からされる。何とはなしにそう思って、だがティアナの選択は変わらない。

 

 そこに何も思わない筈がない。そこに何も抱かない筈がない。

 それでも、余分な感情としてそれを切り捨てて、ティアナは揺るがぬ瞳で女を見詰める。

 

 例え同類であるとしても、この先に進めばああなるとしても、ティアナは止まらない。

 

 あの輝かしい英雄達の様に、選ばれし一握りの天才達の様に、腐毒に満ちた戦場を行く為に、ルネッサと言う女は超えるべき壁に過ぎないのだから。

 

 

「ここで捕まえるわ、這う蟲の王!」

 

 

 一つの戦いが幕を開ける。

 余りにも無謀な、少女の挑戦が始まった。

 

 

 

 

 




デザード「見たか! これが私(の能力)の真価だ!」
ギース「俺の(能)力も混ざってチートと化しているな!」
アズラーン「さあ、無限蛇の力の前に滅びろッ!!」


そんなかませ三人衆の合体技でした。
え? アズラーン関係ない? 寧ろジューダス混ざってるだろ?

……私のログには何もないな。(すっとぼけ)


次回以降暫くの間、作者の都合により更新が遅くなりますのでご了承下さい。




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