リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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プロット修正に思いの外時間が掛かった。

副題 女の想い。
   少女の戸惑い。
   そして満ちるは星の輝き。


推奨BGM
1.尸解狂宴必堕欲界(神咒神威神楽)
3.星の輝き(リリカルなのは)


第五話 機械仕掛けの戦乙女 下

1.

 荒れ果てた大地に、粘り気のある黒い滴が落ちて来る。

 無数の毒を多分に含んだ黒い水が、天から降り注ぐ雨となって頬を濡らした。

 

 

(……フェイトちゃん)

 

 

 そんな中、高町なのは大地を這う様に飛翔していた。

 黒い雨に濡れながら、黄金の杖を手に地表すれすれを飛翔する。

 

 如何にバリアジャケットと言う名の防護服に守られようとも、これは危険な行為であった。

 

 

(心配だけど、……今はっ!)

 

 

 一歩でも制御を誤れば、途端に地面に激突する超低空飛行。

 原子力爆弾によって周囲にある物が一掃され障害物が存在しない状況でも、そんな飛行をしながらに行われる高速戦闘は精神力を削っていく。

 

 

「ふっ、考え事か? 余裕だな、高町なのは!」

 

「っ!」

 

 

 そんななのはに対して、魔力を纏わせた腕部ブレードで応じるイレイン。

 超高速度で行われる地上戦は、ドックファイトにも似た隙の奪い合いとなっている。

 

 真面に切り結べば、なのはに勝機はない。

 だがある事情により、彼女の得意な中遠距離戦に持ち込む事は出来ない。

 

 故にその選択は、自然と高機動戦の様相を呈する。

 接近と離脱を繰り返すなのはと、それを追い掛けながら迎え撃つイレインと言う形になるのだ。

 

 

「打開策でも思考しているのか? そんな物はないさ。お前は一人では何も出来ない。お前自身が、嘆いていた通りにな」

 

「……何でっ」

 

 

 大地を縫う様に疾走しながら、刃を手にしたイレインが嗤う。

 高町なのはの心中を良く知る金糸の女は、少女の芯を揺るがさんと言葉を紡ぐ。

 

 

「知っているさ。知っているとも。……忌々しいファリンの中で、確かに私はお前たちを見ていたのだから」

 

 

 偽りの殻の中で、確かにイレインは少女達を見ていた。

 他の者らが気付かずとも、確かにイレインはその歪みに気付いていた。

 

 彼女に言わせれば、考える他に特にやる事もなかったから。そんな答えが返る程度の事だろう。

 得られた愛によって歪んだ少女の思考を、得られぬ愛を求めている女が羨んでいたなどとは決して認めまい。

 

 そんな彼女は、何処か自嘲する様な響きを込めて嘲笑う。

 

 

「特別な力を得て、悦に浸る。私は凄いと自賛する。……だが、所詮根本は変わらん。変えられんのだよ! 私達はっ!!」

 

「そんな事はっ!」

 

「あるさ。ないと言うなら、示して見せろっ!」

 

 

 大地の上で、目まぐるしく位置を変える両者。

 その周囲に浮かんだ光球が、その背後に生まれた質量兵器が、轟音を立てて相殺する。

 

 そして煙が晴れる直前に、イレインは大きく後退する。

 瞳を閉じて、彼女が放つは兵器創形。その力が構成する質量兵器は紛れもなく。

 

 

「ふっ」

 

「っ! やらせないっ!!」

 

 

 勝利を確信した笑みに、やらせないと飛翔する。

 残った煙が消える前に、弾丸の様に飛翔する少女が生み出す衝撃波が、全てを吹き飛ばした。

 

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

 

 そして煙が晴れる中、高町なのはは全速力で突進する。

 前面に桜色の障壁を展開しての突撃は、ユーノの十八番であるプロテクションスマッシュ。

 

 

「かかったな」

 

「っ!?」

 

 

 だが、イレインの行動は囮であった。

 高町なのはに自ら接近させる為に、生み出したのは意図的な隙。

 

 障壁による突撃と言う攻撃手段は、相手の攻撃に障壁が耐えられる事。

 或いは相手がその速力に、全く反応出来ない事が使用の前提条件となる。

 

 その二点を満たせなければ、自らぶつかりに来る敵手などは獲物にしかならない。

 突進をすると言うのは近付く事。相手の間合いに自ら入り込むなど、常道で考えれば自殺行為に他ならない。

 

 

「そらっ!」

 

「っっっ!!」

 

 

 斬と容易く、障壁が切り裂かれる。

 慌てて振り回した杖が、辛うじてその刃を受け止めていた。

 

 だが拮抗は一瞬だ。

 武器として設計されているアームドデバイスならば兎も角、インテリジェントデバイスではイレインの刃は受けきれない。

 

 じりじりとレイジングハートが削れていく。

 即座に魔力を回して修復機能を発動させるが、修復速度より破損の方が尚早い。

 

 

「リアクターパージ!!」

 

〈Reacter purge〉

 

 

 このままでは持たない。

 そう判断したなのはが選んだのは、リアクターパージ。

 バリアジャケットを爆発させて、イレインより距離を取る。

 

 心身ともに消耗しながら、なのはは黒い雨の中で呼吸を整える。

 

 一瞬の休息。呼吸一拍分の小休止。

 直後にバリアジャケットを再び展開すると、高機動戦闘を再開した。

 

 

 

 戦線は不利である。戦況は絶望的だ。

 二人掛かりで互角だったのだから、一対一では勝機がない。

 

 ましてや、敵が得意とする地上戦。

 接近と後退を繰り返しているなのはは、常よりも遥かに消耗している。

 

 遠距離で砲撃を打ち合っている方が、まだ勝機はあったであろう。

 それでも、不慣れな高機動戦闘を余儀なくされているのは、イレインが持つ切り札が故であった。

 

 

〈ユーノくん。結界の修復状況は〉

 

〈……順調、って言いたいけどあまり安定はしてない〉

 

 

 イレインとの高速戦闘を続けながら、なのはは肩に乗ったフェレットへと念話で問い掛ける。

 だが彼女の願望とは異なり、不慣れを強要する現状は打開されていなかった。

 

 

〈結界の修復は、殆ど進んでいない。維持だけは、何とか〉

 

 

 そう。それは封時結界の状態。

 今にも崩れそうな結界こそが、なのはが得意な戦法を許さぬ最大の要因。

 

 

〈今ある力の大半を維持に回してるけど、次に何かあったら……〉

 

 

 天を覆う翠色の結界は、所々に亀裂が入っている。

 その時間軸を切り離す魔法は、今にも崩壊しそうな有様である。

 

 

〈あの質量兵器。もう一度撃たれたら、次は持たない。それだけは防いで、なのは〉

 

〈分かってる。分かってるけど!〉

 

 

 封時結界というのは、強固な様でいて意外と脆い。

 過度な火力を直接ぶつけられると、あっさりと破られてしまうのである。

 

 その点、核兵器とは正しく過剰な火力だった。

 

 爆心地となったのは、なのは達が居た場所。

 結界自体を狙われた訳でもないのに、それでも結界は崩壊寸前だ。

 

 もう一度あれが使われたら、結界は打ち崩される。

 封時結界が失われれば、その被害は現実の物へと変わるであろう。

 

 

(これが、現実になる)

 

 

 なのはは眼下に目をやり、その惨状を目に焼き付ける。

 緑豊かで美しい景観を誇った月村邸の街路樹は吹き飛び、道は捲り返って土色を見せている。

 

 生い茂ってはいるが手入れされていた林は、草木一つ残さぬ有様だ。

 遠く見える月村邸は鉄は瓦礫の山となり、崩れ落ちた廃墟よりも見るに堪えない。

 

 

(これが、現実になっちゃうんだ)

 

 

 そんな光景が結界を砕かれれば、それは現実の物になってしまう。

 

 魔法でも元に戻せなくなる。それだけではない。

 もう一度放たれた爆発のエネルギーを結界が受け止められなければ、海鳴全土がこの光景へと変わるのだ。

 

 生きる人々が死に絶え、街が地獄と化すのだ。

 

 

(止めないと)

 

 

 それは駄目だ。それだけは認められない。

 

 少女は、まだ守るべきを知らない。

 少女は、力に振り回されているだけなのかも知れない。

 

 

(こんな不毛な光景が、世界を満たしてしまう)

 

 

 怖い。どうしようもなく恐ろしい。

 己に向けられる殺意も、こんな極限状況での戦闘も、唯の少女には荷が重過ぎる。

 

 戦う覚悟は持てないし、持つべきではない物だろう。

 殺し殺される極限状況。そんな状況で抱く覚悟など、幼い童には不要である。

 

 それでも、確かに抱いた想いがある。

 それでも、止めないといけない悲劇が此処にある。

 

 今、この場に居るのは少女だけで、退けない理由が其処にあった。

 

 

 

 幻視したのは、全てが焦土と化した世界。

 願いを正しく叶えない願望器に踊らされて、全てを焼き払った後に残った姿。

 

 このイレインと言う女は、歩く戦争だ。

 その力は正しく、世界を滅ぼして余りある。

 

 今ここでなのはが退けば、世界は核の炎に包まれて滅び去るであろう。

 

 そんな死の荒野には、誰も残らない。

 大切な人達は、皆いなくなる。守るべき人達は、皆いなくなる。

 

 そして一人残った女の、名を呼ぶ者も何処にもいない。

 

 

「そんな事はっ! 誰だって望んでいない筈だからっ!!」

 

 

 なのはは意志を確かに、此処に不要な覚悟を背負う。

 そうしなければ失われると知ったから、唯の少女は本当の意味で初めての戦場を飛翔していた。

 

 

「レイジングハート!」

 

〈Divine shooter〉

 

 

 自身の周囲に、12発の誘導弾を展開する。

 障壁を展開しながら、再び仕掛けるのはプロテクションスマッシュ。

 

 誘導弾を囮にして、本命たる突撃を覆い隠す。

 だがそんな物は、所詮は子供の浅知恵に過ぎない。

 

 

「無駄だ。見えているぞ、高町なのは!」

 

「っ!」

 

 

 仕掛けたなのはよりも早く、イレインが疾走する。

 足下で青い魔力を爆発させて、大地を飛翔しながら接近する。

 

 無数の光弾が、その身を傷付ける。

 創形した機械人形の器が傷付くが、そんな事は気にせずに魔力ブレードを振り抜いた。

 

 

「なのはっ!」

 

 

 魔力ブレードは障壁を切り裂く、レイジングハートも耐えきれない。

 結界の維持に専念していたユーノが、このままでは不味いと障壁を展開した。

 

 そして、二色の障壁と魔力ブレードが衝突する。

 激しい魔力の干渉音を立てながら、両者は至近にて目を合わせた。

 

 

「……非殺傷なのに」

 

 

 そう呟いたなのはの目に映るのは、十二の光弾に傷付いたイレインの姿。

 機械仕掛けのその身体は、大きく外装が剥げて所々でショートしていた。

 

 

「……魔力による物質化。でも、作り上げた物は、純粋な物質にはならず魔力性質が優先される、のか」

 

 

 ユーノが何処か、場違いな考察をする。

 

 イレインの身体を傷付けたのは、確かになのはの攻撃魔法。

 

 人の形をした誰かに、確かな傷を刻んだ事。

 そんな状況が、なのはの心を大きく揺らしていた。

 

 

「障壁の中で考え事か? 余り私を舐めるなっ!」

 

 

 だが、そんな思考を割く余裕などはない。

 イレインと言う女は、そんな余裕を与えはしない。

 

 兵器創形。女の周囲に出現した質量兵器が、一斉に号砲を上げる。

 その魔力を伴った物理的な破壊力は、二重のシールドを大きく揺らした。

 

 そして、より強く輝く空の青。

 揺れ動いて消耗した桜と翠を、その青が断ち切っていく。

 

 

「っ、ユーノ君!」

 

「ああ、合わせて、なのはっ!」

 

『バリアバースト』

 

〈Barrier burst〉

 

 

 二人掛かりで展開した障壁を、同時の呼吸で爆発させる。

 大きく吹き飛ばされたイレインは、空中で傷付いたその身を捻りながらに力を行使する。

 

 

「兵器創形・GAU-8 Avenger!」

 

 

 イレインの両手に一つずつ。現れるのは、30口径のガトリング砲。

 対人用というにはあまりにも大きすぎるその砲門から、毎秒70発と言う膨大な量の弾丸がばら撒かれる。

 

 

「っ! ディバインバスター!」

 

 

 鼓膜を揺らす轟音の中、降り注ぐ質量兵器の雨に砲撃をぶつける。

 桜色の砲撃は無数の散弾を飲み干して、イレインの下へと迫っていく。

 

 イレインは砲火を軽々と躱すと、その両手のガトリング砲で再び弾丸をばら撒いた。

 

 

「レイジングハートッ!」

 

〈Flash Move〉

 

 

 弾丸の雨を交わす為に、砲火が空けた道を駆け抜ける。

 フェイトの様な神業は出来ずとも、二門の砲火ならば回避は出来た。

 

 

「シューター! アクセル!」

 

 

 このまま、一方的な展開にされてはいけない。

 誰かを傷付ける事に躊躇いを覚えながらも、それを噛み殺して杖を振るう。

 

 それでも、傷付ける事を肯定したくはなかったから。

 

 

「駄目だよ」

 

 

 故に言葉を投げ掛ける。

 飛来する光弾を質量兵器で迎撃する女へと、説得の言葉を投げ掛けた。

 

 

「それじゃあ、駄目だよ! イレインさん!」

 

 

 辛うじて拮抗する状況下で、僅かな隙に行う説得工作。

 攻撃も防御も甘くなり、徐々に追い詰められながらもなのはは言葉を止めはしない。

 

 

「怒ってる事、分かる! 憎んでる事、分かる! けど、寂しそうに感じるから!」

 

 

 その目が、寂しそうに見えたのだ。

 嘗てアンナに手を引かれる前の、自分と同じ様に見えたのだ。

 

 あの時は助けられたから、今度は自分が助けたい。

 それはこの内にある歪みを肯定する為に、きっと必要な事。

 

 

「それじゃあ、何よりも貴女が救われないっ!」

 

 

 そのやり方では、貴女の願いは叶わない。

 そんなやり方では、きっと貴女が誰より救われない。

 

 だから、必要ならば覚悟しよう。

 傷付ける覚悟。傷付けられる覚悟。

 

 戦う覚悟が、今必要だから。

 

 

「何がっ!」

 

 

 返る女の声は罵声。受け入れられるかと叫ぶ声。

 

 己が苦しみ続けた日常で、満たされていた少女。

 自分の存在にすら気付かぬ誰かの言葉で、その女が意志を翻すものか。

 

 

「貴様に何が分かると言うっ!」

 

「分からないよっ! だから!」

 

 

 そう。分からない。

 貴女の存在にも気付けなかった自分では、言われないと分からない。

 

 だからこそ、なのはは望む。

 

 

「聞かせてっ! 貴女の声でっ!」

 

 

 他の誰でもない、貴女の声で。

 

 

「聞かせてっ! 貴女の想いをっ!」

 

 

 他の何でもない、貴方の想いを。

 

 それを知れれば、分かり合えるかも知れない。

 傷付け合う事は避けられなくても、知らないよりずっと良い。

 

 

「聞かせてよっ! イレインさん!!」

 

「……良いだろう」

 

 

 そんな少女の声に、女は答える。

 何よりも、誰かに知って欲しいと願う女だからこそ。

 

 

「その身に刻めっ! この私の怒りをっ!!」

 

 

 この怒りを刻み込め。この憎悪を忘れるな。

 嘆きの叫びを上げる様に、イレインは己の想いを謳い上げた。

 

 

 

 

 

2.

 フェイト・テスタロッサは微睡みの中にいた。

 

 瓦礫の下で、痛みに震える。

 体の冷たさと、皮膚の痛みと火傷の熱さを同時に感じていた。

 

 体に力を入れようとしても、まるで力が入らない。

 堪えようのない眠気に襲われ、うつらうつらとしてしまう。

 

 死ぬのかな、と思った。

 死ぬのは、あんまり怖くはなかった。

 

 けれど、母の願いを叶えられなかったのは残念だった。そんな風に思考して。

 

 

「貴様には分かるまい!」

 

 

 声が響いた。

 

 それは怒号でありながら、悲痛の叫びのようにも聞こえる言葉。

 

 

「偽りの姿。偽りの名で呼ばれ続けるこの苦痛。己が全てを否定され続ける苦しみが!」

 

(偽りの、名前?)

 

 

 何故だかその言葉は、フェイトの耳に強く響く。

 こびり付いた女の叫びが、嘗ての記録を想起させていた。

 

 朦朧とする意識の中でフェイトは見る。

 優しげに微笑む母に抱かれて、安らぎの中にある光景を。

 

 山猫のリニスと一緒になって、自然の中を遊び回る。

 泥だらけになって叱られて、一緒にお風呂に入った情景。

 

 忙しい中我儘を言って、苦笑する母に連れて行って貰った草原。

 小高い丘から眺めた風景は、それまでで一番美しいと思えたから、きっと忘れないと心に刻んだ。

 

 

(何で、そんな場所、行ったことも見たこともないのに)

 

 

 母は微笑む。見た事もない笑顔を浮かべている。

 抱きしめた愛しい娘の名を呼びながら、その髪を優しく撫でている。

 

 けれど、その名は――

 

 

(アリシア、って誰? 私はフェイトだよ)

 

 

 自分の名前では、なかった。

 

 気付いてしまうと、情景は遠くなる。

 何故だかその光景が薄れていく様に、消えていってしまう。

 

 胸の中には、漠然とした寂寥感。

 置いて行かれたくない一心で、微かに見える空へと右手を伸ばした。

 

 

 

 瓦礫の隙間から、天へと延びる小さな腕。

 その掌に何かを掴めそうな気がして、フェイトは――

 

 

「あ、ああ! 良かった! 見つかった! フェイト!」

 

「……ア、ルフ?」

 

 

 だが、その掌は何も掴めなかった。

 その代わりに、確かな温かさがその手を握り締めていた。

 

 何を求めていたのだろうか。

 何を見ていたのかも、霧の向こう側。

 もう何もかも、上手くは思い出せなくなっている。

 

 けれど、胸に渦巻いていた冷たさも消えていた。

 

 

「ど、う、して……」

 

 

 どうしてアルフがここにいるのか。

 

 問い掛けた声は掠れて消える。

 麻痺した舌は、上手く言葉を紡げなかった。

 

 

「帰ろうよ、フェイト! あの白いのが相手をしている内に」

 

 

 そんな憔悴した少女の姿を見て、アルフは口を開く。

 

 無論、フェイトをこんな姿にした元凶には怒りがある。

 ぶん殴って、ぶちのめしてやりたい気持ちが溢れている。

 

 だが、自分の感情など二の次だ。

 まずはフェイトを。その体の方が、ずっと心配だった。

 

 早く治療しなければ、命に関わる。

 それ程の重症で、だからこその提案は。

 

 

「駄、目、だよ」

 

 

 フェイト自身に否定される。

 使い魔契約のラインを通じて、アルフはその意志を確かに理解した。

 

 

「……フェイト」

 

 

 それは母の為、だけではない。

 

 核と呼ばれる質量兵器の凶悪さ。

 そして一時的な共闘とは言え、味方を見捨てて逃げられないという意志。

 

 幾つもの想いが混じりあって、故にフェイトは退けないのだ。

 

 

「だけど、だけどさ!」

 

 

 そう口を開くが、その言葉の先は閉ざされた。

 

 強い瞳で、フェイトが見詰める。

 そんな彼女の意志を、アルフは無為にすることが出来なかった。

 

 

「……分かった、けどあと一回だけだよ」

 

 

 主の意志は揺るぎそうにない。

 そう悟ったアルフは、せめてもの抵抗として条件を付ける。

 

 

「次の攻撃。それでもあいつをどうにも出来なかったら、私はフェイトに恨まれても無理矢理に連れ出して逃げるから」

 

 

 次の攻勢。それに失敗したなら脇目も振らずに逃げ出すと。

 

 

「う、ん。それ、で良い。……アル、フ、あり、が、とう」

 

 

 フェイトは微かに微笑んで、アルフは確かに頷いた。

 後一度、それだけが彼女達に許された。最後の機会である。

 

 

「それで、どうする気だい」

 

「……あの、子の手札次第。だけど、手は、ある」

 

 

 桜色の輝きを放ちながら、イレインと対峙するなのは。

 激しい高速戦闘を繰り広げながら、傷付け合っている彼女達を見る。

 

 

「あの子は味方、だと思って良いんだね」

 

「同、じ、ジュエル、シード、の探、索者だ、けど今、回、だけは」

 

「味方って訳だ。なら、あいつらの手札を確認してから勝負に出るよ」

 

 

 彼女の手札を知る必要がある。

 だが、息も吐かせぬ高速戦闘を続ける彼女に問い掛けては、その危ういバランスを更に傷付ける危険性がある。

 

 故にアルフが問い掛ける先は。

 

 

〈おいっ! そこの使い魔っ!〉

 

 

 なのはの肩にしがみ付いた、フェレットの少年となる。

 

 

 

 そんな言葉を投げ掛けられる少年は、己の無力に歯噛みしていた。

 

 

「なのは」

 

 

 しがみ付いた少女は、今も傷付きながら戦っている。

 誰かを傷付ける痛みと、誰かに傷付けられる恐怖。その二つを抱えたまま、強い覚悟で飛翔している。

 

 その状況に追い込んだ自分が、何も出来ていない。

 その事実が、何よりも忌々しく、そんな己が余りにも情けなかった。

 

 分かっていたつもりだった。

 普通の少女を、戦いに巻き込む愚かさを。

 

 だが、真実理解してはいなかったのかも知れない。

 

 

「イレインさんっ!」

 

「高町、なのはっ!」

 

 

 名を呼び合う女の戦いは、互いに退く意志を見せない。

 その覚悟の裏で、なのははどれ程に傷付いているのか。

 その覚悟の裏で、何も出来ない自分は一体何をしているのか。

 

 臆しても良い。逃げても良いんだ。

 そんな風に彼女に言ってあげたい。だけど出来ない。

 

 そうすれば、失われてしまう現実がここにあるから。

 そんな不退転の場に引き摺り込んで、無用な覚悟をさせたのは正しく少年の責だ。

 

 そんな事実を前に悔やんでいるしか出来なくて、そんな己が情けない。

 激しい戦いに振り回されながらも、力ない少年はそんな葛藤を抱えていた。

 

 

〈おい! そこの使い魔! 聞こえてるのかっ!〉

 

〈……君は〉

 

 

 そんな彼は、何度目かの念話で漸く気付く。

 その聞き覚えがない声に、抱いた疑問を問い掛けた。

 

 

〈あたしの事はどうでも良い。聞きたい事は一つだっ!〉

 

 

 だが答えは返さない。

 橙色の従者はどうでも良いと切って捨て、己の疑問を問い掛ける。

 

 

〈その白いのは何が出来る!?〉

 

 

 彼の内心など知らぬアルフは、なのはの性能と手札を問う。

 使い魔と言う勘違いを正す余裕もないユーノは、流されるままにそれに答えた。

 

 

〈……フェイトが言ってる。もしかしたら、いけるかも知れないって〉

 

 

 そして、その情報を又聞きしたフェイトから、一つの策が提案される。

 

 

〈勝機がある。儚い希望かもしれないけど、確かに其処に道がある!〉

 

 

 それは勝利の為の策。

 ここから打てる逆転の策。

 

 彼らに残された、正しく最後の切り札であった。

 

 

「……なのは、君はイレインを撃てるかい?」

 

「ユーノくん」

 

 

 僕は恥知らずなことをしている。

 ユーノは内心でそう自責しながらも、なのはへと問い掛ける。

 

 そんな彼に、返る答えは強い頷き。

 太陽の様に光る少女は、何処までも強く輝いていた。

 

 

「それで、行けるんだね」

 

「可能性は、一番高い」

 

「なら、行こう」

 

 

 策への疑問はない。行う行為への戸惑いはない。

 あるのは唯、戦う覚悟と貫く意志。それだけあれば十二分。

 

 

「終わらせるんだ。イレインさんの悲しい戦いを、その先には何もないからっ!」

 

 

 強い瞳でイレインを見る。

 誰かを傷付ける魔法で、彼女を止めるのだと決心する。

 

 

 

 その瞬間に、少女達の反撃は始まった。

 

 

 

 

 

3.

「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 赤熱した地を二本の足で立ち、雄叫びを上げながらアルフが走り出す。

 一歩ごとに足の裏を焼かれながら、それでも速度は落とさずにイレインへと向かって駆け抜けた。

 

 

「邪魔だぞ、獣が!」

 

 

 兵器創形にて、生み出された巨大な機関砲。

 イレインはその銃口を、接近するアルフへと向ける。

 

 

「やらせないの!」

 

〈Divine shooter〉

 

 

 だが、誰かに意識を向ければ、他の誰かへの警戒が甘くなる。

 その隙を突いて、高町なのはの誘導弾がイレインを襲った。

 

 

「ちぃ」

 

 

 数秒ほど撃ち続けた機関砲をその場に破棄し、なのはの迎撃を行うイレイン。

 

 二人が大砲の撃ち合いを始める。

 その隙とは言えない状況下でも、アルフは更に接近する。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 数秒の発射とは言え、空対空で用いられる強力な質量兵器。

 直撃すれば人間の体など、一瞬で挽肉に変えてしまうだろう。

 

 なのはが迎撃したとは言え、まだ僅かに残った弾幕。

 それらに対し、アルフは無謀にも生身による突撃を敢行する。

 

 なのはの様に、障壁で耐えるのではなく。

 フェイトのように、高速で躱し切るのでもない。

 

 魔力で強化した肉体一つで、アルフは耐え抜き敵に迫る。

 

 

「貴様っ!」

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 

 懐に潜り込んだアルフが、その右の拳を放つ。

 

 そして血飛沫が飛んだ。

 

 

「っ!」

 

「貴様っ、何の心算だっ!?」

 

 

 彼女の拳撃は、イレインの鋼鉄の体を傷付けることも出来ない。

 魔力で強化された獣と、同じく強化された金属。そのぶつかり合いは当然の様に、アルフの敗北。

 

 彼女の攻撃は敵を砕けず、自らの拳を砕く結果に終わった。

 

 

「ディバインバスター!」

 

「ちぃ、こいつは囮か」

 

 

 そんな戸惑いの隙に、撃ち込まれる桜の砲火。

 それを見て、アルフは囮と判断する。砲撃を打ち込む為の、囮であったのだと。

 

 囮如きに良い様にされた。そんな無様に苛立ちながら、冷静な判断は揺るがない。

 迫り来る砲撃を躱せないと判断したイレインは、青き魔力障壁を展開した。

 

 障壁はなのはの砲撃を防ぐだろう。

 当然だ。イレインの障壁は、この場の誰よりも強力な物。

 

 なのはの砲撃威力では、揺るがすことも出来はしない。

 そしてそれがある限り、どんな攻撃をしたとて倒しきれないであろう。

 

 この戦闘に置いて、もっとも厄介な障害。

 故にこそ、それが展開される瞬間を待っていた。

 

 アルフはニヤリと笑みを浮かべ、無事な左手に魔力を集中させる。

 

 

「バリアァァァブレイクゥゥゥ!!」

 

「な、何ぃ!」

 

 

 振り抜いた拳に発現した魔法は、剛腕によるバリアブレイク。

 

 バリア系列の魔法である限り、破壊できない道理はない。

 硬度など無視して粉砕する。対障壁用魔法こそがアルフの切り札。

 

 真面に放てば、警戒されよう。

 初撃で使っていれば、容易く躱されていた。

 

 だからこそ腕を一本。その代価に、己の戦力を誤認させる。

 自分は無害だと錯覚させた事で、この一撃に対する回避を封じたのだ。

 

 無論、この密度の障壁を一息には砕けない。

 だが揺るがす事が出来るなら、それでもう十分だった。

 

 

「ちぃっ!?」

 

 

 桜の砲火が襲い来る。揺らいだ障壁では防げない。

 故にイレインは、大きく後方に跳躍する事で回避する。

 

 無理な回避にバランスを崩しながら、辛うじて着地に成功したイレイン。

 

 その身に襲い来るのは、更なる少女達の攻勢だ。

 

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 

 

 ボロボロの身体で立ち上がったフェイトが、その詠唱を紡ぎ上げる。

 其は儀式魔法。フェイト・テスタロッサが有する攻防一体の切り札。

 

 アルフが態々雄叫びを上げ、注意を引いていたのは彼女の動きを気取らせぬ為。

 その詠唱に気付かせぬ様に、その魔法を邪魔させぬ為に、そしてその思惑は此処に成る。

 

 イレインの周囲全域を、黄金の輝きが包み込む。

 大きくバランスを崩しているイレインに、回避の術は何処にもない。

 

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー!」

 

「き、さまらぁぁぁ!!」

 

 

 放たれるのは1064発のフォトンランサー。

 揺らぎ掛けた障壁さえも貫いて、黄金の雨がイレインを襲った。

 

 雷撃の槍に、手足を撃ち抜かれる。

 全身を砕かれながら、その外装を破壊されながら、それでもなおイレインは動き続ける。

 

 イレインには、まだ切り札がある。

 どれ程に消耗しようとも、逆転の手札は其処にあった。

 

 

「纏めてぇぇぇっ! 消し飛べぇぇぇっ!!」

 

 

 後悔しろ。絶望しろ。

 最早加減などしてやらぬ。

 

 私と共に、纏めて消し飛べ。

 そう結論付けて、その禁じ手を放とうとする。

 

 

「兵器創形。ツァーリィ――」

 

「させない! ストラグルバインド!」

 

「がぁぁぁっ!?」

 

 

 緑色の鎖がイレインを縛り上げ、魔力で己を形成している彼女を傷付ける。

 赤熱する大地に焼かれながら、四足歩行のフェレットはそこで魔法を使用していた。

 

 

「きぃ、さまぁぁぁっ!?」

 

 

 これまでの所作から、推測は出来ている。

 彼女が持つレアスキルは、高度な集中力を要する魔法である。

 

 魔法を解除する鎖。魔力で出来た身体に痛みを与えるストラグルバインドならば、発動の妨害は可能なのだ。

 

 そう判断したからの行動であり、そしてそれは確かに効果を発揮した。

 

 故に、後に残されたのは――

 

 

「白いの!」

 

「高町なのは!」

 

「なのは!」

 

 

 高町なのはに他ならない。

 

 三者の言葉を受け、上空に佇むなのはは杖を向ける。

 ディバインバスターを使用した直後、少女は今の場所に移動していた。

 

 僅かな隙すら見逃さぬと、上空にて戦場を一人見詰めていた少女。

 彼女は役割を果たした仲間たちの奮闘に感謝して、そして己の役割を此処に果たす。

 

 アルフは囮と障壁破壊。

 フェイトがその隙にダメージを与える。

 弱った敵を捕縛し、切り札を封じるのはユーノの役目。

 

 ならば最後、なのはの役目は唯一つ――

 

 

「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション」

 

 

 この戦いに幕を引く、星の輝きを放つ事。

 

 空に高く舞う少女。

 その手に掴んだ杖の先に、無数の光が集まっていく。

 

 桜色の光が、輝く球体を生み出す。

 そしてその輝きの中に、星の光が集っていく。

 

 フェイトの持つ黄金の輝き。

 共に感じる想いは、何処か悲しい嘆きの色。

 

 ユーノの持つ翡翠の輝き。

 共に感じる想いは、何処か辛い屈辱の色。

 

 アルフの持つ茜色の輝き。

 共に感じる想いは、何処か強い怒りの色。

 

 そして、イレインの持つ青き輝き。

 共に感じる想いは、きっと……

 

 皆の魔力が集いて、星の光は強くなる。

 周囲に満ちる魔力を集めて、桜の光は強く輝く。

 

 世界に満ちる魔力とは、即ち■■■の欠片である。

 故に人の色に染まった■を集めるそれは、想いを集わせると言う行為となる。

 

 そう。此処には、皆の想いがある。

 この星の輝きは、人の願いを集めた光。

 

――ならば、いけるはずだ。

 

 

「全力全開!」

 

 

 集った希望が、破壊の光へと変化する。

 黄金の杖より放たれるのは、全てを滅ぼす星の輝き。

 

 

「スターライトォ! ブレイカァァァァァァッ!!」

 

 

 暴発寸前まで膨れ上がった煌めきは、流星の如き軌道で天より降り注ぐ。

 その輝きを前に動けぬイレインを飲み干して、巨大な閃光が世界を満たした。

 

 

 

 

 

 そして、桜の輝きが去った後、なのはは静かに着地する。

 星の輝きは正しく、唯の一撃で勝負を此処に決していた。

 

 

「……お、おの、れぇ」

 

 

 壊れかけた人形が、意志だけで動いている。

 最早己を保つ事も出来ずに、ゆっくりと解ける様に崩れていく。

 

 

「……まだ、だ」

 

 

 それでも、僅かに残った執念でしがみ付く。

 このまま消えてしまえるかと、憎悪の形相で噛り付いている。

 

 

「まだ、わた、しはぁぁぁぁぁっ」

 

 

 それでも、もう無理だ。

 這う様に動く人形は、既に半身を失くしている。

 

 だから、その場で射撃魔法の一つでも使えば、それだけでイレインは終わるだろう。

 

 腰から下を失って、それでも執念だけで蠢く機械の乙女。

 その姿は恐ろしいと言う想いよりも、ただ哀れみだけを感じさせた。

 

 

「……イレインさん」

 

 

 そんな女へと、近付く少女が一人。

 空より舞い降りた高町なのはは、己の意志でイレインの下へと歩いて行く。

 

 

「なのは!」

 

 

 相手はまだ動ける。そんな場所に居ては危険だ。

 そう告げる声を無視して、なのはは眼前の女性を見つめた。

 

 片腕が消し飛び、下半身が圧し折れ、片目が潰れている。

 全身からは絶えず火花が飛び散り、いつ機能を停止してもおかしくない状態。

 

 そんな様でありながら、イレインは体を引き摺り、残った腕をなのはへと伸ばす。

 

 周りの三者が動こうとするが、しかしなのはは反応を見せない。

 

 

「みと、める、ものかぁっ、この、まま、きえ、さ、るのを。ま、たわ、す、れられ、るの、を……みとめる、ものかぁぁぁぁっ!」

 

 

 血を吐くような叫び声。

 イレインの壊れた手が、なのはの首を掴み。

 

 

「忘れないよ」

 

 

 そんななのはの一言で、その手は止まった。

 

 

「忘れない。イレインさんが居たこと、居ること。その思いを私は忘れない」

 

 

 無垢な瞳がイレインを見詰める。

 

 その瞳は、何処までも透き通っている。

 その言葉は、本気で口にした誓いの言葉。

 

 それが分かってしまったから、イレインは――

 

 

「……はっ、そんな言葉一つで、諦めろとでも言う気か、高町なのは」

 

 

 まるで笑い飛ばす様に、そんな言葉を口にする。

 それでも、太陽の少女は揺るがない。その瞳が確かな真を見せたから――

 

 そう言えば、と思い出す。

 戦いの中で、少女が己の名を間違えたのは最初の一度だけ。

 

 何度もその名を呼んでくれた少女が居た。

 己の憎悪と殺意に、真っ向から向き合ってくれた少女が居た。

 

 その身体を震わせて、その心を震わせて。

 それでも、なのははイレインの事を確かに見ていた。

 

 

 

 だから、願いはもう叶っていたのかも知れない。

 

 

「まぁ、良いさ。二度目があったのだ。三度目だって、あるんだろうさ」

 

 

 そう苦笑しながら、イレインはその機能を停止した。

 

 

 

 

 

4.

「リリカルマジカル、ジュエルシード、封印!」

 

〈Sealing〉

 

 

 なのはの封印魔法が、ジュエルシードを封印する。

 輝きの晴れた後には青く輝く宝石と、鼻提灯を膨らませながらベタな寝言を呟くファリンの姿が残された。

 

 ファリンが五体満足なことを確認して、ほっと一息吐く。

 そうしてなのはは、ジュエルシードを持って黄金の少女へと手渡した。

 

 

「はい。フェイトちゃん。約束のジュエルシード」

 

「……確かに、受け取った」

 

 

 アルフに支えられたフェイトは、ボロボロになった手で大切に扱うよう握りしめる。

 

 バリアジャケットが消し飛び、私服も焼き切れている。

 半身に火傷を負った肌が、曝されているその姿は酷く惨めに見える。

 

 なのははその姿に大丈夫かと声を掛けそうになるが、フェイトの強い意志の込められた瞳を見て踏みとどまる。

 

 きっと彼女は大丈夫だと。

 

 

「聞いていいかな、フェイトちゃん」

 

「……何? 体調が厳しいから、手短にして欲しい」

 

「あ、うん。ごめんね。……そうだ、ユーノくん、フェイトちゃんを」

 

「分かったよ、なのは」

 

 

 フェイトの傷を見てふと気付いたなのはは、ユーノに頼む。

 それに二つ返事で頷いたユーノは、一つの魔法を発動させた。

 

 

「これ、治癒魔法?」

 

「うん。魔力が大分厳しいから、全快は無理だけど、痛みを失くすくらいならね」

 

「……ありがとう」

 

「あたしからも感謝しとくよ、ちっこい使い魔」

 

「ははは、……僕はこれでも人間なんだけどね」

 

 

 和やかな空気がしばし流れる。

 そんな中、なのはは先ほど聞こうとして、止めた疑問を再び口にした。

 

 

「さっきの話だけど、聞きたいのは、ジュエルシードを集める理由なんだ」

 

「何で? 知っても、意味がない」

 

「ううん。意味はあるよ。内容次第だけど、協力できるかもしれないし、もし争わなくちゃいけなくても、何も知らずに傷付けあうことはしたくないんだ」

 

「…………」

 

 

 なのはの言葉に、フェイトは僅かに戸惑う。

 どう答えるべきか、その視線が横で自身を支えているアルフに向かう。

 

 

「フェイトの好きにすれば良いんじゃない。そいつが唯の甘ちゃんなら、何も語る必要はないけど一緒に戦った奴だし、傷を治してくれた奴らでもあるしね」

 

「アルフ」

 

 

 動物を素体とした使い魔であるアルフは単純だ。

 見ず知らずの他人が、こんなことを問えば、ふざけるなと罵倒もしよう。

 

 だが一時とは言え、共に戦った仲間には情が湧く。

 今後敵になる相手とは言え、情の湧いた相手なら憎みあう必要もないだろうと割り切ってしまうのだ。

 

 

「私の理由はね。ユーノくんの手助けがしたいから。街を危険から守りたいから。それが理由」

 

「……聞いてないのに」

 

 

 発言を促すかのように、自分の理由を口にするなのは。

 そんな彼女の態度に、ちょっと憮然としながらもフェイトは返した。

 

 

「私は、母さんが必要だと言ったから。……何の為なのかは、知らない」

 

「そっか、教えてくれてありがとう。フェイトちゃん」

 

 

 そんな風に少女たちは、自身の目的を語り合う。

 

 

「それで、協力は出来るの?」

 

「……あー、ユーノくん?」

 

「……もう分かっていると思うけど、ジュエルシードはとても危険なんだ。フェイトには悪いけど、君のお母さんが何を望んでいるのか分からないと協力は出来ない。……一度本人と会えれば、交渉も出来なくはないと思うけど」

 

「良いよ、別に、期待していないから。……それに母さんは会ってくれないと思う」

 

 

 語り終えると同時に、ユーノの治療も終わる。

 

 この場にいる理由を失った金の少女は己の使い魔を促すと、なのはらに背を向けた。

 

 

「次に会ったら敵同士。手加減はしないから」

 

「あんたらは気の良い奴らだけどさ。フェイトの邪魔するならガブっといくよ」

 

 

 退いて欲しい。傷付けないようにする。そんな言葉は口にしない。

 

 何故ならそれは、相手を下に見る言葉だから。

 その本質が優しさとは言え、見下す言葉は必要ない。

 

 この戦いの中で見た、桜色の少女の力。

 正しく自分以上だとフェイトは感じていた。

 

 何故これ程の魔導師が管理外世界にいるのか。

 理由は分からないが、自身が全力で挑んでも勝てるか分からない強敵である。

 

 対等の相手に、優しい言葉は必要ない。

 必要なのは唯、己が目的を貫く意志を示すこと。

 

 そう知るから、何も語らないフェイトに対し。

 

 

「またね、フェイトちゃん」

 

 

 なのははそんな、邪気のない言葉を掛ける。

 

 

「君は……ううん。何でもない」

 

「にゃ?」

 

 

 その言葉に気が抜ける。張り詰めた意志を挫かれる。

 凄腕の魔導師なのに、在り様はその辺の子どもと変わらない。

 

 

「……また」

 

 

 そんなギャップに、心が揺らされる。

 思わず同じ様に返してしまった自分を恥じながら、フェイトはアルフに抱き抱えられて空へと去った。

 

 

 

 

 

 後に残されたのは一人と一匹。

 

 

「帰ろっか、ユーノくん」

 

「うん。けど、その前に結界内の修復からだね。後、その、なのはの服も、どうにかしないと」

 

「にゃっ!?」

 

 

 言われて、なのはは気付く。

 自身も激闘の中で服が破れ、間から肌や下着が垣間見えているのを。

 

 

「どうしようユーノくん、服がボロボロなの!」

 

「ぼ、僕は、見てないよ、見てないからね!」

 

「にゃ? 何をそんなに慌ててるの?」

 

 

 極力少女を見ないように、余りにもあからさまに動揺するフェレット。

 そしてそんな仕草を何故するのか理解できていない。思春期前の無垢な少女。

 

 まあ一桁の年齢ならば、恥じらいを覚えていないのも珍しくはない。

 既に異性に興味が芽生えているユーノの方が成長が早い。あるいは耳年増なのだろう。

 

 

「けど、本当にどうしたら」

 

「あ、うん。結界内を直したら、家に着替えに戻るしかないんじゃないかな」

 

「にゃー。めんどくさいの」

 

 

 そんな言葉を交わしながら、ユーノは結界内を修復していく。

 戦いの傷跡が消えていく様子を、なのははもう一度だけ振り返って目に焼き付けた。

 

 

(イレインさん)

 

 

 その光景を忘れないように、心に刻み付ける。

 

 

(絶対に、忘れないの)

 

 

 彼女に告げた約束を守るために。

 

 

 

 

 

 そうして全てが終わった後。

 服が変わったことや、トイレと言うには長く席を外し過ぎた事。

 色々と問い詰められたなのはが、返答に苦労する事になるのだが。

 

 まあ、それはまた別の話であろう。

 

 

 

 

 




イレイン戦。決着。ある意味王道な終わり方にしました。

ユーノくんの魔力ないない詐欺。
何気に一杯魔法使っているユーノ君ですが、実は自分の傷を治す分の魔力すら他に回しています。そうでもないとこんなに魔法使えない。

本人の傷は変身魔法の応用で表面上を治しただけ、なので変身解除すると中身がプシャーします。

そんな彼の状態を知らないとはいえ、頑張って溜め込んだ魔力を他人の治療の為に平然と使わせるなのはさん。彼女が魔王の資質を持っているのは確定的に明らか。


後、そろそろ天魔出す。


7/14 誤字修正
2016/08/16 大幅改訂



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