リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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何の捻りもないサブタイトル。直訳しただけ。


尚、当作の難易度は基本的にルナティックです。



第三話 最初の警報

1.

 崩れた瓦礫の山。砕けたアスファルトの大地。

 照り付ける太陽の下に作られたのは、晴天とは不釣り合いな崩壊都市。

 

 地獄と呼ぶには生温く、されど天国と形容するには遠過ぎる。

 さすれば此処は煉獄か。地獄の業火で焼き尽くされるのではなく、竈で煮られるが如き痛苦を味わう彼らが居る場所としては、これ程相応しい言葉はない。

 

 そんな煉獄の中に、呻き声が木霊する。倒れ伏すのは三人の少女。一人、一人と各個に撃破され、もはや戦える者は一人しか残っていない。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ。くそっ、このままじゃ」

 

〈心拍数の急激な増加を確認。……落ち着いて下さい、トーマ。追い詰められた時こそ、冷静にならなければ敗れます〉

 

「分かってるけどさぁっ!」

 

 

 荒い呼吸を繰り返す茶髪の少年。エクリプスと膨大な魔力によって生き延びてしまっている少年は、空より雨の如くに降り注ぐ光を見上げる。

 既に彼以外は全滅したと言うのに、戦場の王者には一切の油断が存在していなかった。

 

 

 

 慢心はなかった。結成から三週間。只管に磨き上げたチームワークには、確固たる自信だけが存在していた。

 

 再生能力を持ち、莫大な魔力を保有しているが故に非殺傷ではまず落ちないトーマ・ナカジマ。

 単身で敵陣に切り込むフロントアタッカーとして、彼が最前線にて行動する。

 

 その脇を固めるガードウイングは、キャロ・グランガイツ。

 飛龍による移動力と補助魔法の加わった槍技。年少故劣る体力を、一撃離脱の戦術で完全に補っている才児である。

 

 フルバックにて支援に徹するはルーテシア・グランガイツ。

 召喚魔法によって呼び出された数多の蟲が戦場を撹乱し、前線で戦う彼らに補助魔法による強化を行う。

 

 そんな三者を指揮するのはティアナ・L・ハラオウン。

 センターガードに相応しい知略を持った少女こそが、指揮官として指示を出す。

 

 この四人は正しくバランスの取れたチームである。三週間に渡る訓練を経て、確かな自信と信頼を抱いていた。

 

 慢心ではない。僕らなら出来る。そう確信を抱いていたのだ。

 

 嗚呼、何て無様な考えなし。目の前に君臨する戦場の王者は、たった四人の子供で揺るがす事など出来はしないと言うのに。

 

 

〈トーマ。来ます!〉

 

「っ!?」

 

 

 喉がカラカラと乾く。握り締めた拳が震える。

 スティードが“敵”の接近を告げ、トーマは絶望にも似た感情を抱いていた。

 

 それでも、このまま負ける訳にはいかない。

 ごくりと唾を飲み干して、握り締めた拳を強く振りかぶる。

 

 敵はゆっくりと接近してくる。“彼女”に対して、生半可な攻撃では意味がない。

 自身の得意とする接近戦には持ち込めない。己の拙い射撃魔法では彼女を揺るがせる事も出来ない。

 故にトーマは選択する。質で届かぬならば、量で補ってみせようと。

 

 

「ディバインバスター! 無理矢理ファランクスシフトォォォォッ!!」

 

 

 右手からディバインバスターを放つ。次いで左手からディバインバスターを放つ。

 後はその繰り返しだ。十や二十。百や二百と重ねる事で、力技で“彼女”の技を模倣する。

 

 マルチタスクを使っている訳ではない。デバイスに頼っている訳でもない。単に馬鹿げた総量の魔力に頼って、無理矢理にディバインバスターを連射しているだけ。

 全く同時に全方位を囲む本家本元に比べれば、同じ名を冠する事すら憚れる稚拙な連続射撃。

 

 されど確かな威力を伴っている。

 降り注ぐ破壊の雨は、大地を抉りながら出鱈目に疾走する。

 

 防げる筈がない。躱す場所などない。

 盤面全てを埋め尽くす破壊の青が、確かに“彼女”に命中した。

 

 

「やったか!?」

 

〈これだけの数の魔力砲なら、いくら“彼女”が相手でも!〉

 

 

 爆発と共に巻き起こる閃光。

 大地から巻き起こる煙に包まれる標的。

 

 これならば倒せただろうと、そんな甘い願望を抱いて――

 

 

「うん。点や線じゃ無理なら、面での攻撃を行う。……その発想は悪くはないよ」

 

 

 その青きの中に垣間見えた翡翠色が、そんな甘い願望を否定する。煙の晴れた先に居る翠色の光が容易く希望を踏み躙る。其処に立つ女性は、全くの無傷であった。

 

 

「けどね。これはちょっとお粗末かな?」

 

 

 側頭部にて一つに結った腰まで届く長い髪は、とても美しいブリュネット。

 翠の輝きを反射する銀細工が膨らんだ胸元を鮮やかに彩り、くびれた腰つきを白き衣で覆い隠す。

 そんな若い女は優しげな笑みを浮かべながら、その稚拙さを指摘する。

 

 

「隙間だらけだよ? それに自分の攻撃の所為で敵を見失っちゃうのは減点だね」

 

 

 観測型デバイスである彼は、確かに起きた事象を理解していた。

 無数の魔力砲に対する女の対処法を理屈の上では不可能ではないと理解して、それでもそんな事が出来るものかと人を模した高性能のAIは疑問視してしまう。

 

 それ程に女の取った対処法は、余りにも突飛な代物であった。

 

 瞬間的な魔力の使用可能量なら、リミッター付きの女よりも少年の方が上だ。

 真っ向から打ち合っていれば、確かにトーマの砲撃は彼女の障壁を打ち破っていたであろう。故に彼女の選んだ対処法は、己の魔力の一点集中。

 

 腕一本では見通しが甘い。掌一つでも未だ不足する。結論として出したのは指二本。

 

 中指と人差し指。たった二本の指に障壁数十枚に匹敵する魔力を集束させて、その二本の指をコロの様に回して砲撃の軌道を逸らし、砲撃同士を対消滅させたのだ。

 

 直接ぶつかるのではなく受け流すなら、確かに魔力は殆ど消費しない。だが、トーマの放った砲撃は十や二十では足りないのだ。それら全てを完全に見切り、指二本で捌き切るなど果たして人間業と呼べるのであろうか?

 

 少なくともスティードの記録内には、そんな神業を意図も容易く行える人間など存在しない。目の前の魔王が如き美女の存在を除いたならば。

 

 

「教えてあげるね。飽和攻撃はね。こうやるの!」

 

 

 女は黄金の杖を振るう。直後、周囲全方位を囲むように出現した膨大な数の誘導弾にトーマは絶句した。

 

 

「嘘だろ。……リミッターが付いてるんじゃないのかよ!?」

 

 

 零れ落ちるのはそんな疑問。万を超える誘導弾など、リミッターが付いている為に不撓不屈と言う異能を使用できない女では、用意する事が不可能な筈の絶対量。

 

 

〈トーマ! これは遅延魔法です!〉

 

 

 そんな彼に観測特化のデバイスがそう答えを返し、その答えに更なる疑問が募る。

 

 

「それこそ冗談でしょっ!? スティードが気付けないレベルの遅延魔法なんて、いったい何時仕掛けてたのさ!?」

 

 

 全方位を囲む数万を超える誘導弾。それら全てに隠蔽魔法を掛けて設置する。

 そんな手順すら観測型デバイスに気付かれない様に済ませるなど、一体誰が信じられようか。

 

 だが、それを易々と為すのが至高の魔導士。高町なのはに他ならない。

 

 

「最初からだよ。この模擬戦が始まった直後から少しずつ、其処に仕掛けて置いたんだ」

 

 

 詰まり彼女は、最初から今に至るまでの全ての道筋を予測しきっていた。

 見切られていたのだ。トーマの努力も限界も、何もかもが見抜かれていた。

 

 

「それじゃ、レッスンだよ。喜んで学びなさい! トーマ君!」

 

 

 万を超える誘導弾が、全く同時に動き出す。中央に位置するトーマ目掛けて、その身を打倒さんと疾駆する。

 その膨大な数は正しく壁。四方を取り込まれた壁の内側に、逃れる場所などありはしない。

 

 

「っ!? こうなりゃ自棄だ! 全部耐えきってやる!!」

 

 

 躱せないなら耐えきるのみ。己の防御能力と継戦能力への自信から、防ぎ切って見せるとトーマは判断して。

 

 

〈っ!? 駄目です。トーマ! それでは彼女の思う壺だ!!〉

 

 

 スティードがその可能性に気付いた時には、もう全てが遅かった。

 

 

「飽和攻撃って言うのはね。フィニッシュとするには、ちょっと威力不足なんだ」

 

 

 なのはは語る。教え子に教え諭す講師の如く、己の意図を口にする。

 

 

「量を揃えようとすると、どうしても質にムラが出る。総量では兎も角、一発一発はトーマ君レベルの防御力があれば、死ぬ気で耐えられる程度の威力にしかならない」

 

 

 飽和攻撃とは、相手の処理能力限界を超えた攻撃量で攻めると言う方法。

 一瞬でも相手の能力を超える量を用意出来れば、超過した分だけダメージを与えられるという考え方。

 

 元より必殺の技ではなく、如何に攻撃を当てるかという手段である。

 

 

「だからね。面攻撃はあくまで牽制として使うべきなんだよ」

 

 

 一撃で相手を落とせぬ火力しかないなら、それは牽制として使うべきだ。高町なのはは己の経験則によって、そう判断する。

 

 

「逃げ道を残して其処に敵を誘導したり、無数の攻撃で相手の体力を削ったり」

 

 

 意図的な相手の行動制限。飽和攻撃を一騎打ちで用いるならば、その扱いはその為の手段となる。

 

 事実、相手の次の行動を察知しながらも、無数の弾丸を障壁で耐えるトーマは行動を制限されている。

 訪れる痛みに恐怖する少年は、もう逃げ出す事も出来ないのだ。

 

 

「或いは、こうして足を止めさせたうえで、全力全開を叩き込む為の布石にするの!」

 

 

 トーマは悟る。恐怖に戸惑う思考の中で、終わった事だけは理解する。

 美女が振り上げた黄金の杖。その先端に集う魔力は、トーマのそれに比しても遥かに微弱な物。

 だと言うのに放たれる砲撃を防げる気も、耐えられる気も、全くと言って良い程にしなかった。

 

 

「ディバインバスター!」

 

 

 翠色の輝きが放たれる。さして大きくもなく、さりとて密度が高い訳でもなく、当たり前の如き砲撃魔法。

 だがそれだけではないと確信させる。底の知れない砲撃が放たれる。

 

 

「うぼああああああああっ!?」

 

〈トォォォォマァァァァッ!?〉

 

 

 放たれた翠色の砲撃によって、トーマは光の中へと飲み干されて逝った。

 全力行使していた障壁をさらりと貫通して来た砲撃に飲み込まれた少年は、黒焦げとなって地面に崩れ落ちるのだった。

 

 

 

 古代遺産管理局中央隊舎付属の第一訓練施設。

 五課までの通常戦力がクラナガンを駆け回り事件を解決する中、彼らでは対処出来ない大事を担当とする六課には出動もなく、故にこうして日夜訓練に励んでいる。

 

 何時も通りの訓練。何時も通りの光景。何時もの如き死屍累々。

 

 

 

 機動六課は、今日も平和であった。

 

 

 

 

 

2.

 中央隊舎食堂。備え付けのテレビより流れてくるニュースキャスターの声を背景音楽としながら、テーブルを囲んだ新人たちは顔を向け合っていた。

 

 

「さってと、第六回の対策会議を始めるわよ。アンタ達」

 

『えー』

 

「ナノハさん怖い。ナノハさん怖い。ナノハさん怖い」

 

 

 幼女二人の嫌そうな表情と、壊れたラジオの如く同じ言葉だけを繰り返している相棒の姿に、ティアナは苛立ちを感じて口元を引き攣らせる。

 

 

「真面目にやんなさいよ、アンタ達」

 

 

 ニュースで連日連夜取り上げられている古代遺産管理局の活躍。それに対して、未だ初任務も熟していない機動六課。

 

 訓練でボロボロにされるだけの毎日。そんな状況に劣等感を感じずには居られないオレンジの少女は、自分でも短気になっていると分かって、それでも苛立ちを抑えられてはいなかった。

 

 

「真面目にやれ、って言われてもねぇ」

 

「あの。こう言ってはアレなんですけど、無理があるんじゃないですか?」

 

 

 そんな少女の苛立ちに反して、現状を正しく認識している少女達は苦言を零す。

 

 

「訓練事態はちゃんと熟してる訳だし、ティアナの言うように模擬戦でなのはさんに一泡吹かせようってのは、無理あると思う訳よ」

 

「えっと、下手に戦略立てても覆されると言うか、各個撃破される隙にしかなってないですよね?」

 

「うぐっ」

 

 

 如何に無数の戦略を立てようと、相手は策略と言う面でも数歩先を行く女性だ。生半可な小細工など、隙にしかなり得ない。

 

 

「……今がチャンスなのよ。リミッター付いてるなのはさんは、異能も使えないから一般的なエースクラス。やり方次第なら、手の届く場所に居る」

 

 

 そんな幼子達の冷めた反応の前に、向上意識と反骨心の塊である少女は口にする。

 その星は手の届く場所にある。手を伸ばせば届くであろう距離まで落ちているのだから、それを目指して全霊を尽くすべきだろう。

 

 そうでなくとも、個人的な不満があるのだ。

 それを晴らす絶好の機会に、ティアナは憚る事無く意思を示す。

 

 

「あの万年発情系脳内ピンク! 口を開けばユーノさんがどうしたとか、ユーノさんとこうしたとか、リア充爆発しろな師匠をあっと言わせる最大の好機なの!!」

 

『そんな事に付き合わされても、正直困る』

 

「ナノハさん怖い。ナノハさん怖い。ナノハさん怖い」

 

 

 師への不満が籠ったティアナの言葉に、返るはやはり冷めた言葉。

 

 

「弱体化してても、相手は管理局のエース。こっちの最大戦力なお兄さんより格上で、その上知略型の極みって感じの人でしょ?」

 

「結局、変に小細工なんかしないで、トーマさんに突撃させて、私とるーちゃんで補助に徹するのが一番勝率高いと思うんですよね」

 

「ナノハさん怖い。ナノハさん怖い。ナノハさん怖い」

 

 

 そんな反応をされても、仕方がないとは分かっている。指揮官として結果を出せてない己では、どんな策を示しても説得力などないのだろう。

 それでも、ティアナがその分かり易いやり方を選びたくない理由は簡単だ。

 

 

「……けど、トーマに頼りっきりってのも、情けないと思わない?」

 

「うっ」

 

「それは、まぁ」

 

「ナノハさん怖い。ナノハさん怖い。ナノハさん怖い」

 

 

 コンビネーションでは役割分担が出来ていた。

 向こう見ずな相棒の隙を、確かに己が支えているという実感があった。

 

 だが四人組となった今、支援役は十分過ぎる。前線で活躍出来ない自分が、支援能力ですら幼女二人に劣る自分が、アイツの相棒を語るには小細工を極めるしか道がないのだ。

 

 だからこそティアナは、自身の目指す姿を示している師の全てを暴こうと、様々な策を講じている。

 敗れる事が前提で、それでも何かを掴もうと足掻いているのであった。

 

 

「……ま、私の不手際は認めるけどね。変に小細工しても、小細工の極みって感じな家の師匠には真面に通らないのは確かよ」

 

「ナノハさん怖い。ナノハさん怖い。ナノハさん怖い」

 

 

 無論。そんなのは己の都合でしかない事も分かっている。指揮官として、一番勝率の高い戦略を選ぶべきと分かっている。

 

 選ばない選択をしてしまえば小隊内での信頼を失うと分かって、それでもどうにかしたいと考えるのは劣等感と反骨心が入り混じるが故であろう。

 

 

「……結局、地力が足りないのよねぇ」

 

「せめて全員がお兄さんレベルなら、もう少し動きようもあるんだろうけど」

 

「地力って、そんな一朝一夕に上がる物じゃないですから」

 

 

 結局、其処に突き当たる。

 

 格上相手に小細工は効かない。

 その相手が自身よりも遥かに小細工に長けているなら尚の事。

 

 

「……ま、そうよね。そこはじっくりやっていくしかないわね」

 

 

 幼子達も、一人に全てを背負わせる現状に不満はあった。

 だから地力の不足を認めて、少女達は揃って溜息を吐いたのだった。

 

 

「そんな皆に朗報よ!」

 

 

 そんな風に揃って落ち込む少女達の前に、空中投影型のモニタが現れる。そのモニタに移る眼鏡の女性は、彼女達も見知った一人の人物。

 

 

「フィニーノ一等陸士?」

 

「硬いなぁ、ティアナは。偉い人も聞いてないんだし、シャーリーで良いよ」

 

 

 古代遺産管理局研究班の副主任。その見慣れた姿に少女達は首を傾げる。

 

 

「えっと、シャーリーさんは何の用が?」

 

「おっとそうだった。……三人の専用デバイスが出来たから、呼びに来たのよ!」

 

『専用デバイス!?』

 

 

 副主任である彼女がその技術の全てを込めた。そんな傑作が完成した。そして目の前には力不足に悩んでいる子供たち。

 

 

「これでラクラク、とまでは行かなくても、確かに地力は上がる筈だよ」

 

 

 そんな誂えたかの様な状況で、シャーリーは自慢するかの如くに胸を張って告げるのであった。

 

 

 

 

 

3.

 雪が未だ解けずに残る山岳部。一機のヘリが山の隙間を縫う様に飛行している。

 熟練の技術により危なげなく進むヘリの中、少女は一人その手を握り締めた。

 

 

「新デバイスに乗り換えた途端に出動とか、正直やめて欲しいのよね」

 

 

 四人の中心に立つ聡明な少女。ティアナ・L・ハラオウンは新デバイス“クロスミラージュ”を待機状態のままに、指先で弄びながら口にする。

 

 初めてのデバイス。初めての任務。それを前に自分はしっかりと出来るのであろうか。

 桃色髪の少女は翼と宝石の摸した待機形態のデバイスを、ぎゅっと握り締めた。

 

 

「何、不安なの? ハラオウン指揮官。なら、私が変わってあげようか?」

 

「ふん。冗談。……なのはさんの様な例外じゃなければ、私の敵じゃないわよ」

 

 

 両手に起動状態の“アスクレピオス”を装備したルーテシアが小生意気な態度で指揮官の弱音を揶揄い、ティアナは舐めるなと口にする。

 

 両者の表情に緊張の色は薄い。初の実戦を前にして動揺は大きい筈であろうに、それを押し殺した笑みを浮かべている。

 

 

「……なんで、僕だけ新デバイスなしなんだろう」

 

〈私だけでは不満ですか! トーマ!?〉

 

「いや、そういう意味じゃないけど……なんか羨ましい」

 

 

 四人の子供たちの内、この少年こそが最も自然体でいる。

 新たなデバイスを与えられる事もなく、鍛えた己の能力だけで事に当たれるであろうトーマ・ナカジマに、浮ついた様子はない。

 

 皆が程よい緊張で怯えを表に見せぬ中、キャロは己だけが不安に震えていると自覚する。

 皆が同じく初陣だと言うのに、己だけが恐怖に震えている。それが何だか、とても悔しかった。

 

 

「キャロ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 だからだろうか、突然掛けられた声に驚いて声がどもる。

 そんな醜態が恥ずかしくて顔を俯けると、その柔らかい指先が俯いた顔を持ち上げた。

 

 

「大丈夫。そんなに緊張しなくても」

 

 

 瞳に映る一人の女性。栗色の女性に見つめられて、その瞳の強さに僅か見惚れた。

 

 

「離れていても通信で繋がってる。一人じゃないから、助け合える。キャロの魔法は、皆を守れる優しくて強い力なんだから、ね?」

 

 

 だからきっと大丈夫。そんな風にほほ笑む分隊長の姿に、キャロは頷きを返していた。

 

 

「それでは皆さん。現状の確認と行きましょう」

 

 

 そうしてキャロの表情が和らぐと共に、作戦の説明が行われる。

 

 

「内部からロストロギア“レリック”らしき高魔力反応が確認された山岳リニアレールの暴走。現在もリニアレールは時速70kmを超える速度で移動中」

 

 

 ヘリに同乗する管制官。ウーノ・ディチャンノーヴェが投影型モニタに映し出す映像。

 衛星からのリアルタイム映像で、山岳地帯を走行するリニアレールが暴走する光景が映し出されていた。

 

 

「それを確認した五課の通信途絶。以って本件が通常戦力では対処出来ないと判断され、私達機動六課へと出撃命令が下されました」

 

 

 古代遺産を回収する古代遺産管理局。その通常戦力である機動五課が壊滅した。

 それは、今回のレリック回収任務に際し、極めて危険な敵勢力が居るという証に他ならない。

 故に本件は、通常戦力である機動部隊から、特殊戦力である六課へと移行されたのだ。

 

 

「六課に与えられた任務は二つ。レリックを安全に確保する事。そして、五課を壊滅させた謎の戦力への対処を行う事です」

 

 

 暴走列車が終着駅に着くまでに、時間はそう長くない。

 長々としたブリーフィングなどしていられないからこそ、ヘリ内部で作戦説明を行っているのだ。

 

 当然、質問や疑問を受け付ける余裕もない。

 新人のメンタルケアに時間を割くだけ、甘いと言える判断であろう。

 

 

「よって、本件ではそれぞれの任務ごとに分かれて、二つの部隊で動いて貰います」

 

 

 二つの部隊とは、レリック回収の為の部隊と、そして謎の敵勢力に対処する部隊。

 この場に居る機動戦力五人を二つに分け、列車が衝突事故を起こす前に事態を収束する事こそ彼らの役割。

 

 

「本来なら、スターズとバーニングで分かれるべきなんだろうけど」

 

 

 分隊制は本来その為にある。スターズ三名。バーニング三名で行動する事こそ、最もバランスの取れた選択であっただろう。

 

 

「ここ数日、ミッドチルダを騒がせている麻薬の調査に出てるアリサ分隊長は、今回参加できないんだ」

 

 

 だが執務官であるが故に、アリサ・バニングスは此処に居ない。

 ロストロギア疑惑が発生する程に凶悪な麻薬“グラトニー”への対策に追われる彼女は、現場から遠い場所に居る。

 その上、彼女自身飛行魔法を得手としない事もあって、どうしても間に合いそうになかったのだ。

 

 

「よって戦力を均等にする為に、貴方達には四人一組で動いてもらいます」

 

 

 故に分けるのは、隊長一人と新人四人。戦力的にもバランスが良く、訓練で四人一組に慣れている彼女達ならば大丈夫だと言う判断であった。

 

 

「私が敵に対処している間に」

 

「皆さんがレリックを回収するという形になりますね」

 

『はいっ!』

 

 

 新人たちの勢いのある返事に頷くと、高町なのははヘリのパイロットであるヴァイス・グランセニックへと声を掛ける。

 

 

「それじゃ、先に行くね。ヴァイス君」

 

「うっす。なのはさん。健闘を祈ってます」

 

 

 親指を立ててグッドラックと語った男は、そのまま片手で背面部のカーゴドアを操作する。

 

 ゆっくりと音を立てて開く扉から、なのはが飛び出そうと乗り出した所で――

 

 

『イミテーション・スターライトブレイカー!!』

 

 

 偽りの星光が空を染め上げ、少女らを運んでいたヘリは爆発した。

 

 

 

 

 

 落ちる。墜ちる。堕ちて行く。

 バリアジャケットを展開する余裕もなく、落下を防ぐ手段もない。

 

 このまま墜ちれば、落下による追突死は免れないであろう。

 

 

 

 それを望まぬと否定するならば。

 

 

「竜魂召喚!」

 

 

 桃色の少女が如く、己の持つ力で抗うより他に道はない。

 

 

「蒼穹を走る白き閃光! 我が翼となり天を駆けよ!」

 

 

 小さき飛龍は桃色の閃光に包まれて、空に巨大な翼が羽ばたいた。

 

 

「来よ、我が竜フリードリヒ!」

 

 

 叫ぶようにその名を呼ぶキャロの下、白き翼の飛龍がその真なる姿を見せる。

 全長十メートルを超える白銀の飛竜は、その背で少年少女を受け止めた。

 

 

「……いつも通り、ちゃんと出来た!」

 

 

 不安に押し負けそうになりながらも、何時もの訓練通りにフリードを扱えた事に安堵した。

 

 

「やるじゃない」

 

「悪い。助かったよ。キャロ」

 

「あ、いいえ、はい。……えっと、トーマさんが障壁を展開していなければ、フリードごと全滅していましたから、私一人の手柄じゃ」

 

 

 二人の賛辞に顔を羞恥で染めながら、自分一人の手柄ではないと語る。

 同時に己の魔法が仲間を守った。その満足感を感じて、僅かに表情を緩ませた。

 

 

「ほら、キャロ。嬉しいのは分かるけど、まだ終わりじゃないわよ」

 

「あ、そうだね。るーちゃん!」

 

 

 寧ろここからが本番だと、キャロは表情を引き締める。

 同じく飛龍の背に身を預けた新人達は、冷静さを取り戻した思考で現状把握に努めた。

 

 

「なのはさん達は」

 

「三人とも無事、みたいね。いや、まぁ、うちの師匠は殺しても死ななそうだけど」

 

 

 トーマとティアナの視線の先。空中に展開された翠のバインドとシールドによって守られているヴァイスとウーノの姿。

 

 そして彼らを守る様に立つなのはの姿に、エースは健在だと理解する。

 

 

「んで、いきなりヘリを吹っ飛ばすようなバカはどこのどいつよ――って」

 

 

 呟くティアナの目の前で、なのは目掛けて無数の閃光が放たれる。

 一発では済まない。二発や三発でも足りない。十と言う数の閃光が、絶え間なく放たれ続けていた。

 

 

「あれは」

 

「ルネッサの持ってた大型拳銃……」

 

 

 その射線の先、射手の姿を目に移す。顔の上半分を覆うバイザー。身体つきを強調するかの様な戦闘用スーツ。肥大化した右肩から先にあるは、プロトタイプ・スチールイーター。

 

 同じ顔。同じ体形。同じ武装を持った女性達。

 彼女らの素性が何であれ、その武装より分かる事実は唯一つ。

 

 

『無限蛇!?』

 

 

 彼女らは紛れもなく、無限の蛇の先兵だった。

 

 

 

 

 

「っ、厄介だね。これ」

 

 

 絶え間なく降り注ぐ星光を防ぎながら、高町なのはは舌打ちをしたい気分に駆られた。

 向けられる砲門に切れ目はなく。チャージが必要な筈の殲滅砲を、彼女らは一切の隙なく放ち続けている。

 

 

「十人一組で放たれる殲滅攻撃。……三列から放たれる連続射撃を、九十七管理外世界では三弾撃ちと呼ぶのでしたね」

 

「って、んな事はどうでもいいでしょうが、ウーノさんよ」

 

 

 彼女らの行動は単純だ。三列に分かれた女達が交互に攻撃を繰り返す事で、互いのチャージや冷却と言う隙を補い合っている。

 その膨大な量による飽和攻撃は、高町なのはをして身動きを取れなくさせる程。

 

 

「問題は俺らが足手纏いになってるって事だよ。……なのはさん。一応俺もウーノさんも防御魔法くらいは使えるっす。ある程度の高度に降りたら下して貰えれば」

 

「そう出来たら良いんだけどさ、そうもいかなそうなんだよね」

 

 

 例え一度に来る閃光が十であれ、それが絶えず続くならば対処は非常に難しい。

 リミッターにより力押しは出来ず、背後には守る者らが居るからこそ回避も移動も選択出来ない状況。

 

 高町なのはは、完全に封殺されてしまっている。

 

 

「暫定人形兵団は、私達二人を狙っている模様です」

 

「うん。そうみたいだね。……二人の前から動けばあの子達は突破できるけど、二人ともアレに一瞬でも耐えられる?」

 

「……無理っす」

 

「不可能ですね。地形を書き換える様な砲撃が三十。エースストライカーでも対処できるのは一握りでしょう」

 

 

 それが結論だ。

 

 高町なのはを封殺する為だけに、足手纏いを狙い続ける人形達。

 なりふり構わなければ突破も出来ようが、彼らを守ろうと思考する限り、リミッター付きのなのはでは彼女達を倒せない。

 

 出来るのはその技巧を以って、トーマに対した時の様に飽和攻撃を受け流し続ける事。それくらいしか、今の彼女には術がない。

 

 

「幸いなのは、外の連中は私達だけを標的にしてる事かな?」

 

 

 白銀の飛竜に対して、人形達は攻撃を加えていない。

 高町なのはを止めるには外に居る全戦力が必要だと指揮官が理解しているが故に、新人達の下へとこの砲火は向かわないのだ。

 

 

「……あの子たちなら、取り付ける。レリックに注意が向いて、一瞬でも攻撃が途切れたら反撃開始だ」

 

 

 ならばこの身は囮として、砲火に耐え続けるとしよう。そしてその隙を突いて、新人達がこの状況を変える切っ掛けを生み出してくれることを期待する。

 

 

(御免ね。大変な役目を負わせて)

 

 

 地上にて無数の砲門を向ける人形達。それだけが、敵の総戦力ではないだろう。新人達には、荷が重い任務となりそうである。

 

 

「けど、貴方達なら、きっと出来る! だから、今は目の前の敵を!」

 

〈Master, Please call me〉

 

「うん! 行くよ、レイジングハートッ!!」

 

〈All right〉

 

 

 けれど、彼らならばどうにか出来ると信じて、高町なのはは白き衣と共に黄金の杖を構えるのであった。

 

 

 

 

 

 白銀の飛竜が晴天の下、暴走する列車を追って飛翔する。

 

 

「目標、七両目の重要貨物室!」

 

「障害は、……当然あるわよね!」

 

 

 窓から除く車両の中。そして屋根の上。肥大化した右腕の魔砲を以って白銀の竜を狙うのは、同じ顔をした人形達。

 

 

「上空からじゃ不利よ! あの大砲を使わせないよう、内側に突入してから車両内を進行する!」

 

 

 偽りの星光は凶悪だ。如何に巨大な魔法生物と馬鹿魔力による障壁が合わさったとしても、アレを受ければ唯では済まない。

 故に対策は単純。撃たせたら不味い武装は、撃てない状況へと落とし込む。車両の中に侵入した後ならば、砲撃は強大過ぎて使えないのだ。

 

 

「一気に貫きます! ケリュケイオン、ランスモード!」

 

 

 飛竜の騎手席に座ったキャロが、デバイスを変形させる。

 それは竜騎士である彼女の為に用意された形態。十メートルの飛竜の上からでも使用できる、とてつもなく巨大な馬上槍。

 

 

「スピーアアングリフ!!」

 

 

 飛竜の突進と共に、列車の天井に穴を開ける。

 フリードが元のサイズに戻り、飛び降りた少年少女は車両の六両目から中へと侵入した。

 

 

「突入っと! うげっ!?」

 

「…………っ!!」

 

 

 そうして入り込んだ少女達は、目の前の光景に絶句する。

 人。人。人。それは無数の人の群れ。それは無数の――先ほどまで人であったであろう死体の山。

 ティアナが絶句し、ルーテシアが竦み、キャロが吐き気を抑えきれずに蹲る。

 

 

「乗客の死体。……こいつらぁぁぁぁっ!」

 

 

 そしてトーマは、怒りに任せて走り出した。

 

 乗客を殺害したであろう同じ顔の人形。その数は十。

 その内最も近い敵へと、魔力を込めた拳で殴り掛かり――その右手が異音と共に焼け爛れた。

 

 

「……お兄さんの手が、溶けた?」

 

 

 唖然とするルーテシアの下へと、右手の甲を抑えながらトーマが退く。

 魂を穢し溶かす感覚。この痛みは、忘れられない程に強く覚えていた。

 

 

「っ!? これ、コイツ等もルネッサさんと同じ!?」

 

「はっ、これ全部ベルゼバブって訳? ……あの大型砲で推測しては居たけど、マジで洒落になんないわよ」

 

 

 その脅威を知る二人は、冗談ではないと表情を険しくする。

 

 一人一人がルネッサ・マグナスと同じベルゼバブ。

 それが外と内で四十を超えるとなれば、最早洒落で済ませられるレベルの脅威ではない。

 

 

「ええ、……これは洒落ではありませんから」

 

「誰!?」

 

 

 鈴の音の如き声が車両の内側に響く。

 誰かと言う誰何の声に答えを返すは、後方車両より近付いてきた少女。

 

 キャロやルーテシアと同じくらいの年齢か。

 薄い茶髪を後頭部で纏め、民族衣装の上から純白の胸当てを付けた人物。

 

 翡翠の如き瞳に僅かな輝きを宿して、少女は王侯貴族の如く優雅に礼をした。

 

 

「……無限蛇より、傀儡師の号を受けました。名を、イクスヴェリアと申します」

 

 

 涼やかな声音で名乗り上げる。その姿は、死臭に満ちた車両には不釣り合いにも程がある。

 

 

「そして、この子達が新たな人形兵団。名をマリアージュ=グラトニー」

 

 

 軽く少女が指を振る。指揮者に従う演奏者の如く、一斉に構えるマリアージュ。

 

 

「彼女達は一人一人が、嘗て人形兵団の指揮官であった女性と同等の性能を誇っています。……貴方達では、どう足掻こうと超えられはしません」

 

 

 それは厳然たる事実。今更揺るがぬ真実。

 その十の怪物は、一人一人が少年少女を大きく上回るのだ。

 

 

「はっ、だから何! 投降すれば楽に殺してやるとでも言う気!?」

 

「投降するなら、いいえ、尻尾を巻いて逃げるなら見逃して差し上げましょう。……そちらの男性は例外ですが」

 

「……舐めてくれるじゃないの! クソガキがっ!!」

 

 

 その下に見る言い分に腹を立てる。見下す哀れみに反吐が出る。

 舐めるな、と語るティアナは両手に展開した銃型デバイス“クロスミラージュ”の銃口を向ける事で答えを示した。

 

 

「……交渉決裂ですか。少し残念です」

 

 

 本当に見逃す気があったのか、目に見える程に分かり易く落ち込むイクスヴェリア。

 

 

「ええ、はい。そうですね。……仕方がありません」

 

 

 誰かと会話するかの如くに独り言を呟いて、イクスヴェリアは無手のままに宙に浮かびあがる。

 一斉にスチールイーターを向けるマリアージュ達が、彼女の意思を代弁した。

 

 

〈……分かってるわね。アンタ達!〉

 

 

 ティアナが念話を行使する。その思考は浮かべた表情に反して冷静だ。

 それも当然、彼女の言葉の半分程は相手を油断させる為の演技である。

 

 

〈ああ、皆でコイツを倒す。だよね? ティア〉

 

〈分かってないじゃないの、馬鹿トーマ! 全っ然違うわっ!!〉

 

 

 そうまでするのは、彼女が己が力不足をよく知る為。

 

 

〈私達じゃ、傀儡師には勝てない?〉

 

 

 そして同時に、このメンバーでは傀儡師には勝てないと断じた為であった。

 

 

〈……三年前、私とトーマが二人掛かりで何とか出来たのがルネッサよ。相手の話を信じるなら、それと同格が数十ってとこ。正直どうしようもないわよ、こんな奴〉

 

〈……なら、どうすれば〉

 

 

 吐き気を何とか耐えながら、弱音を零す桃髪の少女。

 そんな彼女に返すのは、追い詰められた指揮官の、されど自信を感じさせる笑み。

 

 

〈元より、殲滅はうちの師匠に任せるべきよ。……私達の役割は!〉

 

 

 ティアナはその策略を皆に念話で伝え、そして皆は指揮官を信じて一斉に動いた。

 

 

「吾は乞う。小さき者、羽搏く者。言の葉に応え、我が命を果たせ! 召喚、インゼクトツーク!」

 

 

 まず初めに動いたのはルーテシア。

 精密機械に干渉し、その構造を狂わせる召喚虫を無数に呼び出す。

 

 如何に凶悪な大砲であれ、それは機械仕掛けの質量兵器。狂わせる程に影響は与えられずとも、ある程度の害を為す事は可能である。

 

 

「重ねるわ、キャロ!」

 

「はいっ! ティアナさん!」

 

⦅Boosted illusion》

 

 

 続いて動くはキャロとティアナ。訓練中に生み出した二人の合体技が召喚虫の数を霧で隠し、十の怪物の目を曇らせた。

 

 

「これでっ!」

 

「敵の大将は丸裸っ!」

 

 

 此処に傀儡師が居る限り、此処にレリックがある限り、此処が室内である限り、偽りの星光が放たれる事はない。

 

 ならば敵の主武装は魔力の散弾。同士撃ちを避けるなら必然範囲は狭まり、その程度ならば召喚虫を盾にして防ぎ切れる。

 

 それは一瞬の隙だろう。犠牲を恐れなければ、味方ごと殲滅出来る。無数の召喚虫とて、散弾を受ければ一度か二度で撃墜される。故に致命的な隙にはなり得ない。

 

 

「一気呵成に突破するっ!」

 

 

 されど、少年が進む道を生み出すには十分だ。

 翼の道を作り上げた少年が、開いた隙間を駆け抜ける。

 

 

「……大将狙い。良い判断です。確かに私は、彼女達と大差ない性能でしかない」

 

 

 その判断は正しい。己を狙うのは理に適っている。

 そう理解してイクスヴェリアは、己に迫るトーマを見据える。

 

 

「ですが、そう簡単にやらせると?」

 

 

 イクスヴェリアが両手を広げると、その異変は起こった。

 車両の座席に座っていた乗客たちの死体が、ゆっくりと起き上がったのだ。

 

 

「マリアージュは死体さえあれば幾らでも用意できる」

 

 

 そうして死体が道を塞ぐ。ゆっくりと形骸を変えていき、マリアージュへと変化して道を塞ぐ。

 

 

「……この世界には、余りに死が満ちているから」

 

 

 その数は十や二十では届かない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 エースストライカーですら死を覚悟する。

 そんな不死者の群れを前に、小細工など意味がない。

 

 

「はっ、勘違いしてんじゃないのよ!」

 

 

 そんな死者の軍勢。無限に湧き出すベルゼバブを前に、ティアナは会心の笑みを浮かべる。

 

 それは彼女の策にイクスヴェリアが嵌った証。

 人形に己を守らせた少女は、故にその場所の警戒を怠った。

 

 

「一体、何時、私達がアンタを相手にすると言ったのよ!!」

 

「遠隔召喚、ガリュー!」

 

 

 ルーテシアが呼び出した黒き虫。忍び装束の如き甲殻に身を包んだ人型の召喚虫が、イクスヴェリアを守るマリアージュへと体当たりを仕掛ける。

 

 

「続いて行きます! やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 フリードを子馬サイズに変化させたキャロが、馬上槍を手に突貫する。

 

 己の身を強酸で焼かれながらも、マリアージュを押さえつけているガリューの下へと掛け付けると、そのまま二人掛かりでイクスヴェリアを壁側へと突き飛ばす。

 

 

「……元より貴方達の目的は」

 

「そういう事よ!」

 

 

 そう。ティアナの狙いは唯一つ。

 

 

「穴は開けたわ、行きなさい! トーマ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 再び開いた道を、トーマが疾走する。

 散弾が、肉塊の爆弾が、強酸の血潮が阻もうとするが少年は止まらない。

 その痛みは己の身に刻んでいる。ならばこの程度、トーマ・ナカジマは踏破出来るのだ。

 

 

「その向こうが貨物室、なら!」

 

「そいつを回収出来れば、私達の任務は達成よ!!」

 

 

 この痛みに耐えられるトーマだけが、その狭い道を踏破出来る。

 

 そして乗り越えてしまえば、あとはもう十分。

 元より彼女らの役割とはレリックの回収唯一つなのだから、後はエースに任せてしまえば良いのである。

 

 

「……はぁ」

 

 

 そんな風に己を出し抜いたティアナの笑みを見て。

 

 

「哀れですね。貴女達は」

 

「何をっ!!」

 

 

 心の底から哀れみの籠った言葉を、イクスヴェリアは口にした。

 

 

「その選択を、貴女はきっと後悔する」

 

 

 それは、どうしようもない現実が其処にあるから。

 自分よりも恐ろしい彼が、此処には居るから。

 

 

「何故なら、……此処に居るのは私だけではないのだから」

 

 

 ティアナがこう動く事など、彼は最初から読んでいたのだ。

 

 

 

 

 

「見つけた! あれがっ!」

 

 

 七号車重要貨物室。その中央に見つけ出す。

 球体形のその機械。その魔力反応こそは、間違いなくロストロギア。

 

 

「駆け抜けて、回収すれば!」

 

 

 それを目にしたトーマは気付かない。

 

 容器にも入れずに、ロストロギアが放棄されていると言う異常。

 貨物室内にマリアージュ=グラトニーが一体たりとも存在していないと言う異常。

 

 そして、その貨物室の奥に座る。ある一人の男の姿。

 

 

「ストラーダ。セットアップ」

 

 

 ダンと震脚が列車を揺らす。

 飛翔する斬撃は列車の連結部を切断し、少年少女を完全に分断した。

 

 

「っ!? お前はぁぁぁっ!!」

 

「久しぶりだね。……嗚呼、何年振りかな?」

 

 

 血の様に赤き髪。海の様に青き瞳。鋭い瞳の下に、刻まれているのは濃厚な隈。黒き軽鎧の上に、白きコートを羽織ったその姿を知っている。

 

 数年振りに出会った宿敵は、成長した己の体躯に見合った長槍を片手で軽々と振るって身構える。

 

 

「こうして古代遺産(エサ)を用意すれば、食い付いてくれると思っていたよ」

 

 

 元より、今回の騒動はその為に。その為だけに用意したサプライズ。

 

 

「さあ、今回は一騎打ちだ。僕らの戦いを始めよう。トーマ・ナカジマ!」

 

「エリオッ! モンディアルッ!!」

 

 

 肉を抉り取られた傷跡が見える。魔人故の治癒能力で塞がった傷跡は、まるで絞首台に掛けられた囚人の如く。

 

 

 

 少年の首に、黒く輝く首輪はない。

 

 

 

 

 

 




山岳リニアレールが大惨事に。

原作と違って乗客が居るのは原作アニメだと重要貨物室に直接乗り込んでたのに対して、ここだとその一つ前の車両に入り込んだからです。

原作でも新幹線っぽい見た目だったし、別の車両には居たんじゃないかな、と妄想。


そんなこんなで、次回はVSエリオ二回戦です。

なのはさんは足手纏い+リミッターで封殺状態。
フォアード陣の三人は傀儡師イクスヴェリアと戦闘中。

もう誰も援護に来れない中、首輪なしエリオとの一騎打ちが始まります。





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