リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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上中下編から伸びそうなので、サブタイを変えました。

今回はティアナ虐め回。


推奨BGM
1.消えない傷痕(リリカルなのはStS)
2.Goin'Crazy(Paradise Lost)
4.Einherjal Rubedo(Dies irae)


第六話 誓約 其之弐

1.

 夢に見た事がない訳じゃない。

 願った事がないなんて言える訳がない。

 

 

「ゴメンね、ティア。帰ってくるのが、随分と遅れてしまった」

 

 

 涼やかな風が吹く墓所で、申し訳なさそうに表情を歪める青年。

 

 彼が帰って来る日を、夢に見た事がない訳がない。

 彼と過ごす日常が戻って来る。そんな奇跡を願った事がない筈がない。

 

 

「防衛戦で負った傷が中々治らなくてさ。……漸く帰って来れたんだ」

 

 

 あの日、伝えられた言葉は誤報だった。

 兄が実は生きていて、治療の目途が立たないから戻ってこれないだけなのだ。

 

 そんな都合の良い現実がある事を願った。

 そんな都合の良い現実が訪れてくれない事を、どうしてと疑問に思っていた。

 

 嗚呼、そんなのは幼い日の夢だ。

 

 

「……貴方、誰よ」

 

 

 ティアナはクロスミラージュをワンハンドモードで展開すると、その銃口を青年へと向けた。

 

 その手は震えている。余りにも似ているから。見間違えてしまった程に似ているから。そんな姿へ銃口を向ける事に、どうしても忌避感を抱いてしまっていた。

 

 

「……やっぱり、怒っているのかな? うん。連絡の一つも入れておくべきだったって、今更ながらに反省してる」

 

 

 その震えを怒りであると、そんな風に捉えて韜晦する。恍ける気だ。事ここに至って尚、騙し抜けると考える愚行。

 

 

「誰だって、聞いてるのよっ!」

 

 

 そんな彼の姿に、ティアナは激昂と共に引き金を引いた。

 

 

 

 殺傷設定で放たれた魔力が頬を掠める。

 生じた小さな傷口から零れ落ちる赤い血潮に触れたまま、ティーダは静かに目を閉じる。

 

 

「……僕はティーダだよ」

 

「違う!」

 

 

 否定の言葉は即座に零れた。

 

 分かっている。分かっているのだ。

 コレがどれ程に似通っていようとも、コレがどれ程に精巧に作られていようとも、その事実は覆せない。

 

 

「兄さんは死んだのよ! 死んでしまったの! もう戻ってこないのよっ!」

 

 

 ティーダ・ランスターはもう戻らない。

 

 

「…………けど、僕は戻ってきた」

 

 

 偽りの傀儡は己の身体を指し示す。

 

 

「ほら、足だってある。どこからどう見たって、ティーダ・ランスターだろう?」

 

 

 ぽんぽんと足を叩いて、くるりと身体を回して。

 その姿は何処までも兄と同じだ。記憶にある兄の姿と寸分足りとて変わりはしない。

 

 何処までも同じ顔。同じ声。分かっていても信じたくなってしまう程に精巧な傀儡は――

 

 

「ティア」

 

 

 其処で致命的なミスを晒した。

 

 

「信じられないのは分かる。認められないのも、分からなくはない。……けど」

 

「それ以上、兄さんの顔と声で喋るな! 偽物っ!!」

 

 

 今度の射撃は外さなかった。

 非殺傷に切り替えた魔力弾が頭部に直撃し、彼の言葉を遮る結果に収まる。

 

 

「出来が悪い! 趣味が悪い! 分かり易すぎるのよ、偽物だって!!」

 

 

 もう震えはない。もう迷いはない。

 これは間違いなく、己の兄ではないのだから。

 

 

「ティア、僕はっ!」

 

「兄さんはっ!」

 

 

 そう確信できる理由は唯一つ。唯一つの言葉の違い。

 

 

「一度だって、私の事をそんな愛称で呼んだ事はないのよっ!」

 

 

 ティーダ・ランスターは、妹を名前で呼んでいた。唯の一度も、彼女の事を愛称で呼ぶ事はなかったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 ティーダの偽物が黙り込む。所詮は愛称一つ、虚言を弄せば誤魔化せるかもしれない。

 だが、ティアナは既に結論付けている。間違いないと確信している。故にこれ以上の韜晦に意味はないだろうと判断した。

 

 

「……ああ、やっぱり残骸を材料にした傀儡では、上手く行きませんね」

 

 

 そして、糸を引いていた者が姿を見せる。戦没者の為に建てられた慰霊碑の上、その石を踏み台に舞い降りる少女が一人。

 

 

「“傀儡師”イクスヴェリアっ!」

 

 

 冥府の炎王。傀儡師イクスヴェリア。

 

 名を呼ばれた少女は優雅に一礼する。

 その姿は敗北の記憶と共に焼き付いて離れない。

 

 

「しかし呼び方の違い、ですか。……今後があるなら、考慮せねばなりませんね」

 

「アンタがぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 何処までも恍けた発言をする少女に、怒りを抱いてティアナが吠える。

 少女を狙うティアナの銃口。放たれる無数の魔力弾は、空を疾走していき。

 

 

「させない」

 

 

 兄を摸した傀儡が、その飛来する魔力弾全てを撃ち落とした。

 

 

 

 対峙する。怒りを隠しきれない少女と、感情の見えない青年は対峙する。

 ティアナとティーダが地上で向き合い、そんな二人を見下す様に傀儡師は眼下を見下ろしていた。

 

 

「さて、こちらの不手際はありましたが、一点訂正しておきましょう」

 

 

 己を守るように立つティーダ・ランスター。

 傀儡師は己が操る人形への不当な評価を覆すべく、その言葉を紡ぐ。

 

 

「これは、ティーダ・ランスターは、出来の悪い粗悪品ではありませんよ」

 

 

 糸に繰られた人形は、決して欠陥品などではない。

 操り手の知識不足故に演技を見破られ様とも、その性能には欠落など存在しないのだ。

 

 

「墓を荒らして回収した残骸をベースに復元したマリアージュに、ライアーズ・マスクの技術を応用して外装を作り上げた個体」

 

 

 これはマリアージュだ。墓を荒らして、埋められた残骸の一部を材料にした屍兵器。強酸の体液を持つ動く死体。自由などはなく、傀儡師の意のままに動く人形。

 

 スカリエッティの作り上げた変装技術“ライアーズ・マスク”によって、外装は本人と寸分変わらない。

 

 

「更に魔群と魔鏡の手も加わっているのです。一品物としては、実に優れた出来ですよ」

 

 

 そして中身も特別性だ。反天使が作成に協力したその内面は、彼を唯の屍兵器とは異なる領域へと押し上げている。

 

 

「さあ、貴方の力を見せなさい。ティーダ・ランスター」

 

 

 傀儡師の命を受け、暗い表情を浮かべたティーダが構えを取る。

 その手には二丁の拳銃。無限の蛇の牙へと堕ちた死体が手に取るは、スチールイーターと呼ばれる最強の質量兵器。

 

 

「……喰らい付け。黒石猟犬!!」

 

 

 ティーダの構えた二丁の拳銃から放たれたのは、紛れもなく生前の彼が使用していた歪みであった。

 

 

 

 

 

2.

 空を二発の弾丸が飛翔する。黒い靄が纏わり付いた血の弾丸。それは一発が致命傷へと繋がり得る魔群の毒。

 

 即座にティアナは身を捩って回避するが、猟犬は決して獲物を見逃さない。何処へ逃げようと、どう動こうと、必中の魔弾は何処までも追い続ける。

 

 

「加速する追尾弾!?」

 

 

 一分一秒おきに加速される魔弾。黒き靄は数分とせずに視認出来る速度を超え、ティアナの身体は撃ち抜かれた。

 

 

「っ! あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 体内に入り込んだ弾丸が、内から己を溶かしていく。

 そんな異質な痛みに、ティアナは蹲って悲鳴を上げた。

 

 痛みに震えて蹲るティアナに、掛けられるのは現実を教える言葉。

 

 

「これは、生前のティーダ・ランスターが使用していた歪みです」

 

 

 ランスターの魔弾。必中の黒石猟犬。

 

 

「魔鏡の力によって、彼の内部は生前と寸分違わぬ状態を形成しています」

 

 

 魔鏡によって再現された力には、嘗ての弱所が消えている。

 

 

「操り人形でしかない以上、繰り手の技巧次第では先の様に無様を晒してしまうのですが」

 

 

 その魔弾は必中であり、必殺だ。

 

 

「それでも、十分な性能があると言えるでしょう」

 

 

 その魔弾は一撃が死を齎す。その強酸はベルゼバブと同じ、魂を穢し貶める猛毒だ。

 

 

「このティーダ・ランスターは、生前よりも強力ですよ?」

 

 

 マリアージュと化した事で、ティーダの欠点は失われた。攻防一体の毒を得た彼は、生前よりも遥かに強い。

 ティアナ・L・ハラオウンが、如何にか出来る存在ではないのだ。

 

 

「……さて、こう言う時はどう言うべきでしょうか」

 

 

 内側から壊されながらもがき苦しむ少女を前に、傀儡師は追撃を行わない。

 

 

「ええ、そうですね。では、その様に」

 

 

 それは余裕か。それは慢心か。

 いいや、それは“彼女の内にある女の悪意”だ。

 

 

「ティアナ・L・ハラオウン」

 

 

 血の主は求めている。少女の破滅を。

 

 

「貴方の望んだ魔弾。貴方が目指した魔弾。貴方が誇りに想うランスターの弾丸」

 

 

 魔群は求めているのだ。ティアナと言う少女の終わりを。

 

 

「それがどういう物なのか、無能な貴方に私が教えてあげましょう」

 

 

 余りにも無様で、余りにも救いがなくて、余りにも滑稽な有り様を見せる事を期待している。

 

 その為に、態々ティーダ・ランスターの残骸などを用意したのだから。

 その為に、己の掌中にある傀儡師に対して、この策を吹き込んだのだから。

 

 ティアナ・L・ハラオウンは、彼女が縋ったランスターの弾丸によって死ぬ。それこそが、真なる魔群。這う虫の王が作り上げた最悪のシナリオだった。

 

 

「くっ」

 

 

 ティアナは苦しみながらも、歯を噛み締める。

 その手にしたデバイスをダガーモードに変えると、己の身体へと突き刺した。

 

 

「っ! っ!!」

 

 

 涙を堪えながら、自身の血肉を引き裂く。

 体内の毒素を取り除く為に、己の手で身体を切り開いていく。

 

 己の体内に入り込んだ魔弾が己を溶かす。

 ならば、この身が溶ける前にそれを取り除かねばならない。

 

 それは単純ながらも、どこか狂気を孕んだ行動。其処までする理由は、唯一つ。

 

 

「汚す、な」

 

 

 傀儡師は汚した。魔群は汚した。これが兄の歪みなら、コイツらは墓を暴いてそれに汚物を振り撒いたのだ。

 

 

「兄さんの、ランスターの弾丸を、お前なんかがっ!」

 

 

 この願いの意味を知らず、その渇望の由来を知らず、唯悪意で以って歪めている。

 ランスターの弾丸を嘲笑を以って貶める敵を前に、ティアナは決して折れる訳にはいかない。

 

 その名にLを遺した意味を忘れるな。己の命の意味を、決して間違えるな。

 

 

「私がっ、ランスターの弾丸を示すのよっ!!」

 

 

 故に、これは絶対に倒さねばならない敵である。

 

 

 

 

 

 されど、想いだけで覆る程に世界は優しくはなかった。

 

 

「っ!」

 

 

 黒き魔弾が右の肩を射抜く。即座に抉り出して回復魔法を掛けるも、右肩が動かなくなった。

 

 

「がっ!」

 

 

 黒き魔弾が左足の腿を射抜く。即座に抉り出して回復魔法を掛けるも、左足が動かなくなった。

 

 

「っっっ!!」

 

 

 魔弾が射抜く。魔弾が射抜く。魔弾が射抜く。

 立てなくなった。目が見えなくなった。腕が上がらなくなった。

 

 致命傷は受けてない。致命傷は狙ってこない。

 

 遊んでいるのだ。遊ばれているのだ。ティアナの醜態を見て嗤う悪意が居て、そいつの為の娯楽を提供している傀儡師が居る。

 

 

(何か、方法)

 

 

 身体が動かなくなる。意識が朧げとなっていく。

 

 

(答えが、欲しい)

 

 

 右の瞳と左の手。唯それだけしか動かない己の身体。

 霞んで消えていく意識の中で、唯それだけを強く願った。

 

 

(これ以上、兄さんの願いを穢させない)

 

 

 人形のティーダが浮かべる表情。その色が嘆きに見える。

 その嘆きが、兄の願いが汚されているのだと言う証左に想えた。

 

 だから、もう汚させたくはないのだ。

 何も出来ないとしても、それだけは許せないのだ。

 

 

(そんな答えが、あると言うなら)

 

 

 だから、そんな答えがあると言うのなら。

 だから、そんな可能性があると言うのなら。

 

 

「みぃぃぃせぇぇぇろぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 

 狂念を伴ってそう願った瞬間――少女の右目が、青く輝いた。

 

 

 

 

 

 何も起こらない。その瞳が輝いても、何かが起こる訳ではない。

 

 

「……何を企んでいるかは知りませんが、これで終わりです。ランスターの弾丸に、限りなどはない」

 

 

 だが、魔群は戯れを止めた。傀儡師はその意思を受け入れる。

 

 魔刃に訪れた理不尽な結果を知るから、一体どんな能力なのかまるで分からぬ歪みが発現したから、彼女らは揃ってティアナを脅威と判断した。

 

 ティーダの歪みが発現する。

 黒石猟犬が、その真価を発揮する。

 

 空を埋め尽くす黒き魔弾の雨。百を超え、千を超え、万を超えるは時間逆行弾。既に放ったと言う形で過去を歪めて、一瞬にして大量の魔弾を生み出した。

 

 

(これは、死ぬかな)

 

 

 必殺にして必中の魔弾。降り注ぐ雨を前に、真面に動けぬティアナは残る左の手に力を込めた。

 

 

(これで、見た通りの結果にならなかったら、恨むわよ)

 

 

 見た未来は、ランスターの弾丸を穢させぬ未来。

 その誇りを先へと繋ぐ。その願いの輝きを取り戻す。その為の回答。

 

 その瞬間へと至る為に、ティアナは片手で己の身体を引き摺り跳んだ。

 唯、前へと。死の雨の只中へと、己の意思で飛び込んだのだった。

 

 それは自殺行為だ。敵の必殺。絶殺の場へと入り込むその行動は、投身自殺と変わらない。

 ティアナは死ぬ。既に死に瀕した状況で、数え切れぬ銃弾に晒される少女が生き延びる道理などはない。

 

 その結末は揺るがない。だが――

 

 

(これが兄さんの歪み)

 

 

 だが、ティアナならば、彼女ならば可能性があった。そう。僅かではあるが、可能性はあったのだ。

 

 この瞬間でなければならなかった。ティーダ・ランスターが歪みを最大出力で使う事。それがこの奇跡を引き寄せる。

 

 

(歪みは魂の断片。ならきっと、これは兄さんの意思)

 

 

 歪みの根源とは即ち魂の力。ティーダの歪みを再現した魔弾には、ティーダの意思が残っている。

 

 一つ一つは欠片でしかなく、傀儡師の操作に抗える程ではない。だが、これ程大規模に発生した力ならば話は変わる。

 

 塵も積もれば山となる様に、小さな欠片でも積み重ねれば確かな力に変わるのだから。

 

 

「そんな、事が……」

 

 

 驚愕に目を見開く傀儡師の前で、無数の弾丸がティアナの身体を摺り抜けていく。望んだ物だけを破壊する魔弾は、主の最愛を守らんとその力を示すのだ。

 

 カラカラと地面に落ちる血の弾丸。

 黒き靄は消え去り、だが、それだけでは終わらない。

 

 ティアナが望んだ未来は、ランスターの弾丸が正しい願いの下に振るわれる事。ならば、その答えが示す未来が此処に紡がれる。

 

 黒き靄がティアナの身体に残留している。

 その体を取り巻いて、染み込むように入っていくのだ。

 

 高位の歪み者に見られる再生能力。その一端を見せて、急速に治癒していくティアナの姿に傀儡師は焦りを浮かべて人形を動かす。

 

 

「っ! ティーダ!!」

 

 

 全力攻撃でなければ、先の様な結果にはならない。

 否、最早、この魂に抗うだけの力など残っていない。

 

 無表情のままに、ティーダがスチールイーターを構える。

 まるで鏡合わせの如く、ティアナがクロスミラージュを構えた。

 

 

『喰らい付け! 黒石猟犬!!』

 

 

 黒き靄を伴った二つの弾丸が、空中でぶつかりあって地に落ちる。ティアナが放ったのは、ティーダの歪みであったのだ。

 

 

「ティーダの歪みを、取り込んだ?」

 

 

 それこそが、ティアナの見た光景。彼女の望んで引き寄せた未来。

 

 

「ランスターの弾丸。それに対する拘り。そして歪みに残ったティーダの意思。それらが絡み合い、貴女は為す事が出来たと言うのですか……」

 

 

 慣れない力の行使。急速に引き上げられた力による肉体の汚染。

 その負担に膝を付いて荒い呼吸をする。そのまま呼吸は整わず、ティアナは地面に崩れ落ちた。

 抗って、力を得て、限界を超えて倒れた少女。しかし、その表情は何処か満足気ですらあった。

 

 

 

 心底から驚かされた。そんな事もあり得るのか、少女が起こした現象に傀儡師は目を見開いた。

 

 

「……ですが、それで終わりです」

 

 

 だが、これ以上の奇跡は起こらない。ティアナが望んだのは兄の魔弾であり、勝利の道ではなかったから。

 

 

「最早動く事すらままならぬ筈。……ここで死になさい」

 

 

 ここで死ぬのは避けられない。未だ目覚めきらぬ彼女の魔眼は、奇跡を好き勝手に引き起こせる程に便利な力ではない。

 

 故にティアナ・L・ハラオウンはここで終わる。

 

 誰かの干渉さえないのならば……

 

 

 

 

 

3.

 冥王はゆっくりと迫っていく。

 倒れ込んだティアナは歪みを継承しただけで限界を超え、その身は満足に動けない。

 

 後数分、時間を与えれば立ち上がるかもしれない。だが後数分。それだけあれば、殺し切るには容易い。

 もうこれ以上余計な事をされる前に、ここで仕留めよう。ティーダと言う傀儡に対して、そう命じた冥王の意思は。

 

 

〈駄目ですよぉ、冥王様ぁ。……折角動けないんだからぁ、もっと甚振らないとぉ〉

 

 

 甘ったるい女の声に邪魔された。

 

 

「……正気ですか、クアットロ?」

 

 

 脳内に響く声に、傀儡師は問いかける。

 魔刃さえ敗れた脅威。それを生かすなど何を考えている。

 

 

「彼女の危険性は理解しているでしょう! 完全に動けない内に殺害するべきです!」

 

 

 そんな彼女の言葉に対し、クアットロが返すのは一つの感情だ。

 

 

〈動けないんだから、遊んだって問題ないわよぉ〉

 

 

 それは悪意。彼女の血の中に溶け込んでいる。魔群と言う女の悪意。

 

 

〈そ、れ、に〉

 

 

 その女は望んでいるのだ。

 

 

〈一瞬。本当に一瞬。恐怖を感じたんですよ。この私が〉

 

 

 己に恐怖を感じさせた少女の苦しみを。

 

 

〈許せない。許せないですよねぇ。ドクターの生み出した完全なる存在である私が、ドクターの理想の存在へと進化するこの私が、こんな小物にですよ?〉

 

 

 己に恐怖を感じさせた少女の嘆きを。

 

 

〈だから、あっさり殺すのは不許可ですぅ〉

 

「……ですが」

 

 

 その為に必要な物は揃っている。殺すよりも苦しめる方法があるのだから、クアットロは圧倒的な優位を前に増長する。

 

 

〈逆らうのも禁止よぉ。……逆らったら、貴女の中に流れる血を破裂させちゃうかもぉ〉

 

「…………」

 

〈分かったら、私の言う通りに動きなさい。め・い・お・う・様ぁ〉

 

 

 その策略の悪辣さに、抗えぬ己の無力さに、諦めたイクスは崩れ落ちたティアナを見下ろす。

 その瞳には、己の芯を圧し折られる事が確定したティアナを憐れむ色が込められていた。

 

 

 

 

 

 荒い呼吸を整えながら、何とか立ち上がろうとしているティアナ。

 そんな彼女を見下ろして、イクスヴェリアは彼女の言葉を反復する。

 

 

「良かったですね。お兄ちゃんの力が手に入って」

 

 

 投げ掛けられた言葉は賛辞の言葉。

 だが、その言葉は字面通りの意味ではない。

 

 それに続く言葉が、その意味を悪意で塗り替える。

 

 

「これでもう無能じゃない。これでもう凡人じゃない。これで漸く、ランスターの弾丸を受け継げた」

 

「……何を」

 

「……けど、ならお兄ちゃんはどうなるのでしょうか?」

 

 

 返される疑問に反応せずに、イクスはクアットロの言葉を代弁する。

 その悪意に塗れた真実を前に、ティアナの思考は停止した。

 

 

「知っていますか? このミッドチルダと言う世界は、修羅の神によって守られている」

 

 

 修羅道至高天。その力がミッドチルダと言う世界を守っている。

 

 

「その対価に、この世界で死した魂はこの土地に囚われる。今は亡き神の墓所に繋がれ、自然消滅する瞬間まで縛られ続ける」

 

 

 だが、その影響によって、死者は輪廻の輪に戻れない。

 黄金の法下において死者は戦場奴隷となり、永劫の闘争を繰り返す。

 

 黄金が不完全な今、この世界を満たす理は死者を輪廻に返さずに消滅させる。それだけの法則となってしまっている。

 

 

「ですが、神は未だ目覚めず。故に其処に干渉する事が可能となっている」

 

 

 故に、彼女ら反天使は其処に干渉したのだ。

 

 

「……話は変わりますが、ドクター=ジェイル・スカリエッティは過去に一つの実験を行いました」

 

 

 それはジュエルシードを巡る戦いの中で、彼が知った一つの事実に関する証明実験。

 

 

「それは魂の輪廻に干渉する実験。魂は肉体に惹かれると言う現象の解明実験」

 

 

 その果てに、この世界の真実の一端を解明しようとした実験。

 

 

「その結果、彼は一つの結論に至った」

 

 

 得られたのは、予め知っていた事の確証。

 至った結論は、その現象が発生する細かな条件。

 

 

「極めて近似する器を用意出来れば、魂の憑依はミッドチルダにおいても起こり得る」

 

 

 黄金の法化では魂は永き時間、その場に留まり続ける。

 その魂が消滅する迄に新しい器を用意すれば、その魂はそちらに流れ得る。

 

 

「プロジェクトFATEにおけるクローン。或いは量産された戦闘機人。全く同じ構造の物に、モデルとなった人間の魂は宿る。……それは、本人の遺体を材料に作り上げた傀儡であっても変わらない」

 

 

 無論。条件は難しい。魂が己の器だと勘違いする程に、精巧な器が必要となる。だからこそ、魔群と魔鏡はこの器を作り上げたのだ。

 

 

「なぜ、ティーダが歪みを使える? 歪みとは肉体の汚染と精神の発露。そして魂が混ざり合った三位一体の力。どれか一つでも欠けていれば、発現すらしない異能」

 

「……まさか」

 

 

 にぃと嗤う。幼い容姿に相応しくない歪んだ笑みを浮かべた女は、もうイクスヴェリアではない。

 

 

「そう。……そのティーダ・ランスターの器は偽物なんだけどぉ、中身は本物なのよねぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 少女の浮かべる絶望の色が、余りにも見ていて愉しかったから――血の内側に潜んでいた魔群が、イクスの意識を押しのけて表に顔を見せる。

 

 

「ティーダちゃんの魂は摩耗しているのぉ! 悪路王に腐らされてぇ、黄金の法で無理矢理に縛られてぇ、十年に渡る歳月で彼の魂を消滅寸前にまで磨り潰されていたのよねぇ!」

 

 

 ベルゼバブは魔群の細胞だ。

 彼ら全てが、クアットロの端末に変わり得るのだ。

 ケラケラとクアットロは嗤う。その笑みは、余りにも悍ましい。

 

 

「輪廻は出来ず、この地に縛られ、壊れかけだった魂。……そんな魂が歪みを使い続ければ、どうなるか分かりますかぁ?」

 

 

 やめろ、聞きたくない。ティアナが耳を塞いで首を振ろうとも、嗤う悪意は言葉を止めない。

 

 

「消滅するのよぉ! ティィィアナちゃぁぁぁん!!」

 

「っっっ!」

 

 

 それは、余りにも残酷な現実であった。

 

 

「良かったわねぇ。お兄ちゃんの魂を磨り潰して、貴女は摩訶不思議な神通力を獲得しましたぁ!」

 

 

 悪意は続ける。どれ程にティアナが耳を閉ざしても、その言葉は止まらない。

 

 

「あ? 怒った? 怒りましたぁ? ……け~ど、残念。貴女が攻撃してもぉ、みぃ~んなティーダさんが受けてくれますぅ」

 

 

 怒りに任せて攻撃をしようにも、弾丸を撃てば兄の魂を壊してしまう。

 

 

「殺す? 殺す? 殺しちゃう? 良いんじゃないかしらぁ、だって歪み貰った後なんだから、もう空っぽのゴミでしょう?」

 

 

 魔群がどれ程に嘲笑おうとも、その言葉を止める事さえ出来ない。

 

 

「あ、しないの? ざ~んねん。じゃ、どうしよっか?」

 

 

 女の悪意は止まらない。ティアナを傷付ける為だけに、その姿を見て愉しむ為だけに、女の悪意は止まらない。

 

 

「あ、そうだ! お兄ちゃんに銃を持ってもらってぇ、ティアナちゃんで的当てでもやりましょう? それともぉ、無抵抗なお兄ちゃんを的にして、磨り潰す? 磨り潰しちゃう?」

 

 

 力を得た。確かな力を得たのに、それを振るう事すら悪意は許さない。

 

 

「も・ち・ろ・ん。お兄ちゃんの意識を戻してあげちゃう! ああ、私ってば、な~んて優しいのかしらぁ」

 

 

 ティーダの目に光が灯る。何かを訴えようとして、しかし身体の自由が利かない青年は表情を変える事しか出来ていない。

 

 

「お兄ちゃんに殺されたい? お兄ちゃんの魂に止めを刺したい? 良いわよぉ、どっちでも笑えるものぉ」

 

 

 ティアナの表情が絶望に染まる。ティーダの瞳が憎悪に染まる。

 だが、如何なる感情を抱こうとも、ランスター兄妹に出来る事など何もない。

 

 

「ぶっちゃけぇ、何しようと無駄よぉ。貴女、力使い過ぎだものぉ」

 

 

 ティアナはもう立ち上がるので精一杯。まだ覚醒してすらいない歪みに頼るなど、もう出来ない。

 ティーダに自由はない。無理矢理に戻された意識の中で、唯憎悪を抱くより他にない。

 

 

「だ・か・ら、もうな~んにもできませ~ん!」

 

 

 そしてそんな感情など、この女にとっては無価値でしかない。

 

 

「例えば、私がこ~んな事をしても、な~んにも出来ないのよぉ?」

 

 

 女が声を上げると、ティーダの身体が内側から破裂した。

 

 

「BANG!」

 

 

 ティーダの右腕が弾け飛ぶ。

 

 

「……やめて」

 

「BANG!」

 

 

 ティーダの右足が吹き飛ぶ。強酸の血を垂らしながら、その表情を苦痛に歪める。

 

 

「やめて!」

 

「BANG! BANG! BANG!」

 

 

 左足が飛んだ。左手が飛んだ。眼球が飛んだ。胃が破裂した。腸が溢れ出した。

 

 甘ったるい声が嗤う中、ティーダ・ランスターが壊れていく。

 

 

「やめてぇぇぇぇっ!!」

 

「い・や・よ」

 

 

 ニヤニヤと嗤う悪意は止まらない。

 少女がどれ程に慟哭の叫びを上げようと、クアットロの遊びは終わらない。

 

 

「BANG!!」

 

 

 一際大きな声と共に、ティーダの頭が破裂した。

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁ」

 

 

 二度目の兄の死を前に、呆然自失するティアナ。

 甘ったるい笑い声が止まる事無く、周囲を満たし続けていた。

 

 

「っ、アンタはぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 嗤い声に反発して、銃を取る。

 例え死しても、この女を殺したい。

 

 その怒りと共に限界を超えて、放たれたランスターの弾丸は――

 

 

「な~んちゃって」

 

「え?」

 

 

 ぐしゃりと、甦ったティーダの胴を吹き飛ばす。

 即座に復元したティーダが盾となり、彼を苦しめるだけに終わった。

 

 

「キャハ、ハハハ! もしかして~、本当に自爆させるかと思いましたぁ? ばっっっかみたぁい!!」

 

 

 弾丸を放った後の銃をだらしなく垂らしたまま、ティアナは目の前の現実を理解出来ずにいる。

 

 

「ベルゼバブってばぁ、ほんとぉ~に死に難いのぉ。だ・か・ら、こ~んな扱いしても死なないのよねぇ」

 

 

 ベルゼバブは死なない。ベルゼバブは滅びない。

 主である魔群がその死を心底から望まない限り、物理的な破壊では殺せない。

 

 だが――歪みは別だ。魂に干渉する力なら、不死身の怪物すら殺せるのだ。

 

 

「け・ど、ティアナちゃんも酷いのねぇ。お兄ちゃん、今ので死ぬかもしれなかったじゃなぁい」

 

「あ、あぁ」

 

 

 その事実を理解して、ティアナの心は折れた。

 己の手で、実の兄に二度目の死を与えそうになった。その事実が、少女の心を抉ったのだ。

 

 

 

 嗤い狂う魔群を前にして、クロスミラージュが地面に落ちる。

 ティアナ・L・ハラオウンの中にあった芯は、最早見る影もない。

 

 

 

 

 

「……折れましたか」

 

 

 戦おうと言う意思を失くして、呆然自失する少女。

 彼女を見下ろして、肉体を取り戻したイクスヴェリアは複雑な感情を抱いていた。

 

 

「彼女の悪意を前に、抗えないのは当然です。その姿には、哀れみすら感じている」

 

 

 それは哀れみ。だが、それだけではない。

 彼女の言葉に、彼女の願いに、彼女の在り様に、確かに抱いた情が一つ。

 

 

「ですが同時に、そう。これは憤りですかね。……貴女に対して、そんな情も抱いています」

 

 

 その何もかもを失くした、と言わんばかりの哀れな姿。だが、だからこそ感じる怒りがある。

 

 クアットロがティアナを壊す為に、イクスは彼女の情報を集めさせられた。

 だからこそ知っている。彼女の周りには、多くの人々が居たのを知っているのだ。

 

 

「貴女が真に抱いた渇望は分からない。ですが、表層に抱いた望みは明らかです」

 

 

 今なお己に抗おうとしている、自由を剥奪された兄が居る。

 現在も生きて、彼女の為にあろうとしている人達が居る事を知っている。

 

 

「……ランスターの弾丸の強さを見せ付ける。それが私の願い」

 

 

 そんな優しさを、彼はどれ程に焦がれていたと思っている。

 

 

「兄の強さを知らしめる。私が天魔を倒して示して見せる。私にはそれしかないから。私にはそれしか残っていないから」

 

 

 そんな誰かの存在を、私達はどれ程に求めていたと思っている。

 

 

「……その発言は、愚かにも程がある」

 

 

 己や彼にはない。守ろうとしてくれる誰か。それを持つと言うのに、不幸のヒロインを気取る少女が気に入らない。

 

 そう。これは個人的な怒りであった。

 

 

「誰かの為? いいえ、違う。その本質はもっと醜悪だ」

 

「いや」

 

 

 語られる言葉に、まるで幼児退行を起こした様に少女は小さく首を振る。

 

 

「兄さんの為。兄さんの為。兄さんの為。兄さんの為。兄はもっとずっと強かったから、私が兄さんの為にそれを示す」

 

「いや。違う」

 

 

 否定する声に力はなく、責め立てる声には怒りがある。

 

 

「だからお願い。頭を撫でて。私を褒めて。よく頑張ったねって、沢山愛して」

 

「違うの、私、そんなんじゃ」

 

「結局、そのお題目の根底にあるのは承認欲求。愛する誰かに褒められたいと言う自己顕示欲。誰かを理由にしただけの、薄汚い自己愛です」

 

 

 心を折られて、願いを否定され、その醜悪な一面を明かされた少女は蹲る。

 

 

「貴女の兄は、貴女に戦って欲しいと願う人間でしたか? 貴女の兄は、貴女に苦しんで欲しいと願う人間でしたか? 貴女の兄は、貴女に仇を取って欲しいと願う人間でしたか?」

 

 

 蹲る少女を前にしても、一度枷を外れた不満は吹き出し続ける。

 

 

「そうだ、と言うならティーダ・ランスターは、どれ程に人でなしでしょうか? 違うと言うならば、ティアナ・L・ハラオウンは余りにも醜悪だ」

 

 

 泣き喚く子供を虐める子供。その子供すら泣いている様な光景は、余りにも救いがない。

 

 

「理由とされる誰かの内心を考慮せず、相手の抱いた願いを知らぬと踏み躙り、自分にとっての感情だけを見ている」

 

 

 その言葉が指し示すのは、二人の少女。イクスヴェリアは自覚している。その言葉はそっくりそのまま、己にも跳ね返る事を。

 

 

「結局、貴女にとって大切なのは自分だけ。兄の願いなんて、本当はどうでも良いんでしょう?」

 

 

 戦う理由を他に求めた。生きる理由を他に求めた。

 自分の中にある彼が大切で、その実現実に生きている彼を見ていない。

 

 そんな事が分かって、そんな自分が変えられない。

 

 

「だって、皆が貴女を置いてった。皆が貴女を忘れていた。……ひとりぼっちの貴女が構ってもらう為には、そんな方法しかないんだから」

 

 

 二人の間にある違いなど、自覚しているかいないか、それだけだ。

 

 

「結局、貴女は何も見ていない」

 

 

 自閉している。己に閉じて、己に都合の良い物だけ見たがっている。

 その姿は醜悪なのだ。その醜悪さを理解しようとすらせずに、綺麗に取り繕っているティアナで、取り繕う事すら出来ていないのがイクスである。

 

 感情を吐き出したイクスと、震え続けるティアナ。二人を見て、クアットロが笑っている。

 

 

〈キャハハ! 冥王様も、言いますねぇ。Goodですよぉ、その責め方〉

 

 

 そんなイクスの醜態すら嗤いながら、クアットロが毒を吐く。

 自分の無様さを自覚している少女は、己の愚行を恥じ入りながら口にした。

 

 

「……もう、十分に楽しんだでしょう」

 

 

 もう良いだろう、と。此処まで追い詰めれば、もうクアットロも満足だろうと。

 怒りはある。だが同情も哀れみもあった。だからこそ、こうして最後まで追い詰めたのだ。

 

 この兄妹を終わらせる為に。

 

 

〈ええ、ええ、もう満足したわぁ。……ティアナちゃんもぉ、ティーダちゃんもぉ、もういらな~い〉

 

 

 これで終わる。悪意が興味を失くした事で、漸く彼らは終われる。イクスは偽善と分かって尚、彼ら兄妹が死ねる事に安堵した。

 

 

「さて、月並みですがこう言いましょう」

 

 

 さあ、終わりにしよう。

 この哀れで醜悪な少女の生に、幕引きを――

 

 

「レスト・イン・ピース」

 

 

 

 

 

4.

 その赤は、全てを終わらせる直前に現れた。

 

 

「全弾、発射!!」

 

「なっ!?」

 

 

 銃声が響く。爆発物が破裂する。炎が全てを赤く染める。

 それは余りにも過剰過ぎる破壊の爪牙。何もかも一切合切消し去る赤が狙うのは、傀儡とされるティーダ・ランスター。

 

 

「兄さんっ!」

 

 

 咄嗟に上がった少女の声に、彼女の兄は小さく微笑んで――言葉は声になる事はなく、破壊の赤が肉片一つ残さずにティーダ・ランスターを殺害した。

 

 

「あ、あああ、あああああっ!!」

 

 

 涙が流れる。涙が溢れる。

 失った。また失った。その痛みに耐えられない。

 

 痛い。痛い。心が痛みで張り裂けそうで――

 

 

「泣くな、小娘!!」

 

「っ!?」

 

 

 その苛烈な声が、涙を零す事すら許さなかった。

 

 

「どの道、救う術などなかった! なら、一刻も早く終わらせる事こそ、慈悲と知りなさい!」

 

 

 だから泣くな、と。あの男はもう眠れるのだから、戦士たる者が戦場で泣くなと女は背中で告げていた。

 

 

 

 金糸の如き長い髪。管理局員の制服をキッチリと着こみ、その胸には執務官の証たる階級章。整った容姿の美女は、可憐さよりも苛烈さを強く見せる。

 

 破壊の戦火を伴い現れた女傑は、守るべき者を背に仁王の如く立ち塞がった。

 

 

「アリサ・バニングス。……どうして」

 

 

 その存在に冥王は驚愕する。彼女の内側に潜む魔群は、聞いていないと混乱する。

 彼女が動いたのは、エースストライカーが不在と言う絶好の好機だったからだ。その前提が覆ってしまえば、これは罠と変わらない。

 

 

「貴女は、貴女方はトーマ・ナカジマを追っていたんじゃ」

 

 

 確かに、エース陣はトーマを捜しに行った。

 消息の知れない少年を捜す為に、人手は多く必要だった。

 

 アリサが残っているのは偶然だ。

 自分よりも、彼の方が弟子を捜しに行きたいだろう。そう思って、身を引いただけ。

 

 それが功を奏した。それだけの話で、そんな事実は――

 

 

「答える義理など、ない!」

 

 

 敵に語る言葉ではない。

 

 

 

 熱風の如き銃火が吹き荒れる。何もかもを焼き尽くすかの様な炎が放たれる。

 

 視界を染め上げる赤に対しイクスヴェリアは即座にマリアージュを展開するが、それすら時間稼ぎにもなり得ない。

 

 墓地と言う立地。無数の屍。リミッターの有無。

 そんな無数の優位など知らぬと、小細工の全てを力尽くで蹂躙していく。

 

 圧倒的な火力は数の理を覆し、追い詰められた冥王は大きく後方に跳躍して距離を取った。

 

 アリサは追わない。此処から一歩でも進めば、心折れた少女の身を危険に晒すと分かっている。

 それに、この程度の相手ならば、このまま勝利してみせよう。

 

 

「家の新人相手に、好き勝手やってくれたみたいじゃない」

 

 

 この手で焼き殺した青年の声を聞いた。

 その末期の言葉、声にならない声を確かに聞き届けた。

 

 ありがとう。そう口にしていたのだ。

 一番大切な人を死なせずに済んだ事に、あの青年は感謝を抱いていた。

 

 肉片一つ残さぬ様に偏執的なまでの破壊を与えた女に対して、あの青年は感謝の言葉を残したのだ。

 

 

 

 そんな青年を利用した。その下劣さには反吐が出る。

 己らの居ない隙を狙った。空き巣の如き小物さには、怒りの情しか抱けない。

 

 故に――

 

 

「ドタマに来てんのよっ! この私はっ!!」

 

 

 此処に、アリサ・バニングスが参戦した。

 

 

 

 

 

 

 




クアットロさんは原作に比べて、小物成分と外道成分が七割増しくらいを目指しています。


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