もっと遅くなる予定だったけど、勢いで書き切れたので投下します。
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2.Jubilus(Dies irae)
1.
激しい爆音と閃光。圧倒的な熱量が空を染め上げ、消え去っていく。
その瞬間を見つめる事しか出来なかった少女は、震える唇からか細い音を零す。
「やった、の……」
天を覆う雲は消え失せる。
海の砂すら少なく見える程の、暴食の化身は何処にも見えない。
ならば勝利したのであろうか。
そんな風に思考する少女の前で、金色の女は歯噛みした。
「……見誤った」
女の表情は一色に染まっている。
それは憤怒。その相を垣間見たティアナが恐怖で何も言えなくなる程に、女は怒りを抱いていた。
見誤った。アリサ・バニングスはクアットロ=ベルゼバブを見誤った。
あの状況。あの晒し出した激情。彼我の絶対的な優位の差。
その全てが、奴が本気で向かってくると判断させていた。真実、あの状況下で戦闘を続けていれば、確かに絶望的な状況が待っていたであろう。
だからこそ相手は向かってくると断じた。
此処で切り札を切ったとして、互いのどちらかが落ちるまで止まらない激闘になると信じていた。
だがクアットロの選択は、アリサの想定とはまるで異なる形に推移する。その女の行動。それを一言で言うならば。
「逃げやがった」
逃走。そう。クアットロ=ベルゼバブは逃げ出したのだ。
それは確かに合理的な選択だ。アリサ達機動六課がミッドチルダにて全力戦闘を行えるのは三度のみ。それを超えた場合、政治的な問題で彼女らは詰まされる。
新たな権限の譲歩を引き出すに、どれ程の時間と労力が掛かるのか分からない。
どんな無理難題を課されるかも分からない。それを理由に、六課は最高評議会の干渉を受けてしまうであろう。
既にリニアレール事件にて高町なのはが一度。そして今日、この場でアリサが二度目を行使した。後一度しか、彼女らが全力を振るえる機会は存在しないのだ。
全力でなければ戦闘にすら持ち込めぬ程に強大な反天使達。対する六課の切れる札数が決まっているならば、それを浪費させるのは極めて有効な策であろう。
それを見抜けず、相手の策に乗せられた。
アリサの怒りとは、そんな自分に対する自己嫌悪――だけではない。
それだけなら、相手に対する賛辞が零れた。
良くぞ、見事、とその策略を認める程度の器はある。
そうならないのは見てしまったから、砲火を放つ瞬間にアリサは確かに見たのだ。度し難い女の一面を。
怒りに震えるアリサの耳に、嗤い声が響いた。
〈全く、馬っ鹿じゃないんですかねぇ~〉
それは魔群の声。ニヤニヤと嘲りの声が場を満たす。
彼女の置き土産とでも言うべきマリアージュの残骸。蟲の苗床として消費された死体が嗤いながら声を発していた。
〈勝率九割以下の戦いなんてぇ~する方が馬鹿なんですよぉ。そ~んなお馬鹿さん達となんてぇ、これ以上付き合ってられないのよねぇ~〉
空洞となった瞳の穴から響く嗤い声。そんな魔群に怒りを抱きながら、焔を纏った女は残骸を踏み潰す。
ドロリと強酸の液体となって周囲を溶かした残骸は、燃え上がる炎の女に危害一つ加える事は出来ずに土に返った。
「……どんだけ小物よ。あのクソ女っ!」
度し難い女の一面を思い出して、アリサは舌打ち交じりに吐き捨てる。
彼女が確かに見た光景。砲撃を放つ直前、クアットロの表情は恐怖に凍っていたのだ。
砲撃を放つ前に、リミッターを解除した時点で、あの女は訪れる可能性を理解して恐怖した。そして後先など考えずに、瞬時に撤退用の転送魔法を発動したのだった。
故にアレは一切の被害を受けずに、アリサの前から逃走出来た。僅かの損害を発生させる程度の戦闘すら、あの小物は避けたのだ。
クアットロは戦略的な思考ではなく、恐怖と言う感情を抱いたから逃げ出した。
置き土産が語る口上は、そんな己の思考を隠して行動を正当化させようとする女の薄っぺらい見栄でしかなかった。
アリサが抱いている憤怒。その理由の大半はそれだ。
策略ではなく、単純な恐怖の発露故に逃走を選択した敵に怒りを抱いている。
圧倒的優位に居ながら、命が掛かった瞬間に恐怖する。例え僅かであろうとも、己が敗北する可能性が生まれた瞬間に逃げの一手を打つ。
それは戦士の在り方ではない。戦場に生きる者が選ぶべき選択ではないだろう。
アリサの怒りはそんな敵手の小物さと、それを見抜けなかった己の未熟さへと向けられていた。
そして同時に思考する。
魔群と言う異能。敗北の可能性が一割でも生じた瞬間に逃げを選ぶ小心な性格。他者を巻き込む事を厭わぬ外道の性質。
それら全てが混ざり合ったクアットロと言う女は、真面な方法ではまず倒せないと。
こちらが勝機を見出せば脇目も振らず逃げ出し、如何なる外道すら容易く行うクアットロ=ベルゼバブ。
誇りなどと言う物とは無縁の女は、有した力の量が身の丈に合っていない事も相まって打倒する為の手段がないのだ。
アリサが知っている味方のスペック全てを考慮しても、クアットロを確実に葬り去る手段など一切浮かばない。
あれがテロリズムに徹し無差別な破壊を繰り返した時、己達ではどうする事も出来ない。
自分の顔を見た瞬間に逃げ出す自分より強大な怪物。机上の上では笑い話になっても、実際に存在すると笑えない。性質が悪いにも程がある代物であろう。
「…………」
熱を孕んだ風が頬を吹き付ける中、満身創痍のアリサは思考する。
今回は勝利した。相手の意図がどうあれ、女の取った行動は敗走。
怯えて逃げ出した以上、この戦いはアリサ・バニングスの勝利であろう。
だが次はどうなる? その次は? その次は?
考えれば考える程に悪化している様にしか思えぬ状況。
手にした勝利と言う名の酒は、顔を顰めずにはいられぬ程に苦かった。
2.
黄金と蒼銀の影が衝突する。
振るわれる大剣と両手槍が金属音を響かせ、互いに一歩も引かぬ激闘を演出した。
雷光の黄金を纏った赤い少年。エリオ・モンディアルは人間として極まっている。
その技巧は対する敵の一歩も二歩も先を行き、その速度は雷光と見紛う程に速い。焔を纏った身の丈程の青き機械槍は、人を殺すには十分過ぎる刃である。
己一人しか頼らぬ無頼漢。己一人で全てを成し遂げてみせる。その意志の下に鍛え上げられた魔人の少年。
彼の個としての性能は、この世界に生きる全ての人間が届けぬ高みに至ろうとしている。
彼と個で相対し勝利を捥ぎ取れる人間など、どこにも居はしないだろう。
ならば、向き合う少年が拮抗しているのは如何なる理由か。
「ちっ」
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
退くエリオを追いかけるトーマ。その動きはまるで獣の如く。その動作に技巧などはない。その動作に理屈などはない。
唯、速度が速い。唯、威力が高い。唯、性能が圧倒しているのだ。
処刑の剣を片手に、燃え盛る通路を縦横無尽に掛ける少年の動きに技術などは一欠片も存在しなかった。
愛を示した母が、教えてくれた足運びの仕方があった。――嗚呼、でももうその笑顔が浮かんでこない。
情を示した父が、教えてくれた拳の握り方があった。――嗚呼、でももうその手の温かさが思い出せない。
生き方を示してくれた師が、体捌きの大切さを教えてくれた。――嗚呼、でも教えて貰った事が消えていく。
「エリオォォォォォォォォッ!!」
だがどうでも良い。今はそんな事はどうでも良いのだ。
唯、この瞬間に想うのは眼前の敵を討つ事。この宿敵に勝利する事だけを想って、全霊で魂を燃やし尽くす。
「
加速する。加速する。光となって加速する。
振るう刃は我武者羅で、足の動かし方なんてデタラメで、それでもトーマは過去最高の性能を更新し続けている。
虎は何故強い。野生の獣は、元々強いから強いのだ。
トーマの強さはそういう物。性能が圧倒してしまえば、細かい技術など必要ない。複雑な思考など必要なく、唯一瞬の反射だけで多くの敵を圧倒できるのだ。
「舐めるなっ! トーマ・ナカジマッ!!」
だが相対する少年はその僅かな例外。圧倒的な性能だけでは揺るがぬ悪魔だ。
振るわれる剣が野生の極みならば、対する槍技は武芸の境地。
二十七万と言う魂の内側に残された記憶より抜き出した、死人の武芸を身体に染み込ませた物である。
エリオは二十七万人の人生経験を完全に取り込んでいる。それだけの命を繰り返したのと同等の経験を得ているのだ。
その武芸。等級にして玖。極みの一歩手前へと、数を束ねて至っている。
野生の獣、何するものぞ。所詮は合理などなき動き、ならば負けよう筈はない。
敵が速さで圧倒するならば、その速ささえ利用した柔を示そう。
その剛の刃を真っ向から受けられるだけの身体能力に、圧倒的な技術が合わさるのだ。
故に勝利は確定する。身体能力しかないトーマでは覆せぬだけの、確かな差が其処にある。その勝敗は揺るがない。
そう。それが単純な身体能力と技術だけで決まる戦いだったならば――
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「っ!」
されどこの戦いは互いの異能を含めた物。全霊のぶつかり合いならば、その差が違いを分ける。
打ち合った刃が欠損する。無価値の炎にさえ耐える刃。奈落より抜き出した血肉を材料にしている生体金属。規格外の兵器であるストラーダが罅割れていく。
其処にエリオが、トーマの斬撃を真っ向から受けられない理由があった。
「ちぃっ!」
追い縋るトーマの腹を蹴り飛ばし、距離を開くと魔法を行使する。
広範囲を焼き尽くす雷光の刃は、空中で上体を泳がせるトーマへと迫る。
一瞬先にも己を焼き尽くすであろう雷光を前に、されどトーマは怯む事もなく。
「
振るわれた正義の剣が、魔力の結合を解除し魔法を消し去った。
それは世界の毒と同じ物。魔力を分解し、吸収すると言うその機構。手にした処刑の剣の刃には、それと同じ力が宿っている。
世界のあらゆる物質は魂によって生み出されている。魂と魔力とは同じ物であり、この刃が魔力を切り裂く物ならば。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「くっ! おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
トーマに切り裂けぬモノなど何もない。
その刃と切り結ぶ事は出来ない。技巧を以って刀身の側面、剣の腹を打つ。真っ向からぶつかり合わない事で、漸くその勢いを止められるのだ。
それは両者に技巧の差があるから出来る事であろう。だがその技巧さを補う程に、トーマは加速し続けていた。
振るわれる刃が身体を傷付けていく。その処刑の剣に引き裂かれて、内包した魂が喰われていく。
その刃を首に受ければ、その瞬間に死ぬであろう。
そんな風に直感して、エリオは致命傷を避けながら後退していく。
魔力切断攻撃に対して、有効打を打てない限り戦闘はもう詰んでいる。
〈なんでだ〉
その光景を見て、アギトが呟く。彼女は知っている。理解しているのだ。
エリオ・モンディアルには、これを乗り越える力がある。魔力切断攻撃を相殺する。その力を有している。
〈なんで腐炎を使わねぇんだよ、兄貴!〉
なのに何故使わぬのか、そう叫ぶ様にユニゾンした少女は問い掛けていた。
「っ!」
少女の言葉に歯噛みする。圧倒的不利に居ながらも、エリオ・モンディアルは腐炎を使わない。
無価値の炎は全てを燃やす。悪魔を宿したエリオ本人と、そして奈落の断片より作られた機械槍。この二つを除いて、全てを燃やし堕とすのだ。
そう。アギトと言うユニゾンデバイスとて例外ではない。
この状況で使用すれば、まず真っ先に融合している少女が燃えて腐るであろう。
知っている。分かっている。二十七万の魂を完全に取り込んだ時、その記憶から己に起こった変化を確かに理解している。
あの日、悪魔に近付いてしまったあの時より、己は失くした物を大切に思えなくなった。
嘗ては失った人々の為に、犠牲者の為にと生きる理由を求めた。そんな記憶を取り戻しても、今では何とも思えないのだ。
失ってしまえば無価値になる。
死んでしまった弱い物なんて、何一つとして感情を抱けない。
大切な記憶すら、唯の記録に堕ちてしまうのだ。
悪魔に近付いた己は、そんな死者を抱けない男となった。
もしも今、無価値な炎を使えばアギトは死ぬ。
もしも今、アギトを殺してしまえば、この胸にある熱すらも無価値になってしまうから――
「あんな物、使わなくても――」
無価値の炎は使わない。そんな物などなくても、勝てるのだと証明する。
「僕が必ず、勝利するっ!!」
これは弱さだ。エリオに取って絆は弱さに他ならない。だがどれ程に足を引かれても、どれ程に重荷となったとしても、失くしたくないなら――
「強く。強く。お前なんかに負けない程に、僕は強くっ!」
その足を引く手を引き摺って歩く。重荷を背負ったままに進む。
それでも相手を置いていける程に、強くなるしか道を知らない。だからその道を最速で駆け抜けていくのだ。
エリオの速力が上昇する。その腕力が上昇する。
魂を削られ、力の元を喰われていき、弱くなり続けている筈なのに、エリオは強くなっている。
純度が上がっている。質が上がっているのだ。
圧倒的な数を削られていった結果の弱体化よりも、その高まっていく魂が手にした成長の方が上回っている。
誰にも頼らない。誰も必要としない。
この熱を抱いたままに、誰よりも強くなってみせる。
だから。
「お前にだけは、絶対に負けないっ!」
全ての不利を覆す程に極まった個我が、トーマを圧倒した。
押し遣られる。アドバンテージなど関係ないと、圧倒する力に押し負ける。猛攻から一転、心技体が一致した攻勢を前に後退を余儀なくされる。
この刃が防がれる事などあり得ない。攻撃が通れば、その瞬間に勝利出来る。それ程の優位を得て尚押し負けるのは、単純に力が足りていないから。
トーマも成長している。圧倒的な速度で成長を続けている。
刃がエリオの身体を掠り魂を欠落させる度に、その魂を取り込んでトーマは強くなっている。
それでも届かないのは、相手の成長の方が尚早いからに他ならない。
「負けない」
足りないのは執念か。実力か。魂か。
いいや、そんな理屈なんて要らない。劣っているなどと言う思考をしている暇さえ惜しい。
相手に劣る面があるならば、それさえ乗り越えてしまえば良い。
「お前にだけは、絶対に負けないっ!」
気迫と共に加速する。想いの力で強くなる。
足りない力を魂より引き出して、汚染と引き換えに強くなる。
圧倒し、圧倒され、拮抗する。それはさながらシーソーの如く、片方が上がれば片方が追従し、片方が乗り越えれば片方がさらに追いかける。
繰り返される戦闘は、加速度的に少年達の力を底上げしていく。
〈トーマ!〉
「リリィ。行くぞっ!」
少年は少女と共に、戦場の中で蒼銀に輝き加速し続ける。
〈兄貴っ!〉
「黙っていろ、アギトッ!」
少年は少女を抱えて、戦場の中で黄金に輝き進化し続ける。
まるで鏡合わせ。コインの裏表。拮抗する両者の実情は真逆を進む。
一秒ごとに壊れていくトーマは、その心を白百合によって支えられている。
忘却する記憶。自分が誰かも分からなくなる度に、トーマと呼び掛ける声が己を取り戻させる。
一秒ごとに成長を続けるエリオは、その心を烈火の剣精によって苛まれる。
圧倒的な不利を覆せる手札。それを封じて戦う少年は、内に宿した少女への気遣いと苛立ちを同時に抱いてしまう。
絆。それは強さにも弱さにも繋がる。
片方にとっては力の源であり、片方にとっては己の力を削ぐ足手纏いにしかなり得ない。
それでも互いに退かない。
共にある女に抱いた感情は違えど、両者が抱く想いは同質だ。
「僕が」
大切にしたい。大切だと思いたい。大切なままで居たい。そんな少女を守る為に、互いが選んだ道は真逆である。
勝ちたい。負けたくない。許容出来ない。そんな宿敵を打ち破る為に、互いが選んだ道は真逆であった。
「俺が」
何もかもが反対で、けれど根本の部分は同じ物。
互いが抱いているであろう感情が、誰よりも分かってしまう程に近いから。
『お前に勝つ!!』
だからこそ、この相手には負けたくない。
この相手に負けてしまえば、それは己の全てを否定されるのと同じなのだ。
焔に燃える研究施設。一秒先には崩れ去りそうな地獄の中で、少年達の戦いは終わる素振りすら見せずに続く。
空気が足りない息苦しささえ忘れてしまう程に、少年達は互いの存在を意識する。
どうすれば良い。どうすれば勝てる。目の前の敵はどうすれば倒せる。
思考が一色に染まっていく。それだけが頭の中にあって、それ以外の全てがどうでも良くなっていく。
勝つのだ。勝つのだ。己が勝利するのだ。
その為に先へ、その為に次へ、その為に成長し進化しろ。
一秒でも早く。奴よりも強く。
螺旋の如く、相克なる者は互いを鍛え上げていく。
それは誰かが意図した様に、それは誰かの意図すら超えて、際限なく高まり続ける両者は、この世界の中心へと迫っていく。
「エリオォォォォォォォォッ!」
「トォォォマァァァァァァッ!」
神と神を殺せる者。両者に違いなどは何一つとして存在しない。
神に至れる者と、神殺しに至らんとする者。その両者に違いなどは何一つとして存在しないのだ。
両者は王冠へと到達し得る。神座へと至れる器である。
このまま相克を続ければ、その身は超深奥へと至るであろう。
そうなる様に作られた。そうなる様に育てられた。
積み重ねた痛みも、重ねられた罪科も、全ては今この瞬間の為に――そうなる瞬間へと至っている。
まだ流れ出すには至らない。まだ穴は開かない。
だが後一歩。後半歩まで迫っている。その半歩先へと、先に到達するのは。
『おぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
赤き瞳。銀の少年は、その身に青き輝きを纏って。
黄金の瞳。赤き少年は、金色に輝く光を全身に纏って。
甲高い金属音を立てて、両者は激突する。
互いに傷付きながら、相手の一歩先を行く。
負けないという闘志を露わに、勝ちたいと言う願いを胸に、互いを否定する武器をぶつけ合う。
誰かが想定した様に、誰かが望んでいる様に、誰かが望んでいない様に、その激突は世界に亀裂を走らせる程へと――
〈トーマ〉
至る前に、少女の声によって踏み止まった。
リリィは夢に見ていた。少年の姿を、何時か己を迎えに来る彼を夢に見ながら、その身を待ち続けていた。
己を振るう人。己と共に生きる人。その想いの美しさを知っている。その願いが例え偽りであったとしても、その願いの尊さを知っているのだ。
何となく感じている。このままでは、良くないことになると。
分かるのだ。このままではいけないと、このまま進めば良くない結果に終わるであろうと。
だからこそ――
〈思い出して、貴方の願いを〉
時の止まった世界が好きだ。永遠に同じ事だけを続けていたい。
夕焼け空を見上げた子供が抱くような、楽しい事だけしていたいと言う身勝手な願い。
けれど確かに綺麗な、永遠を望む刹那の夢。
〈忘れないで、貴方の願いを〉
そんな夢に流された願いがあった。塗り潰されて、もう思い出せない願いがあった。
それは渇望の域にはまるで届いていなくて、ただそうある事が綺麗だと思って、唯それだけの願い事。
それを思い出して欲しい。それを忘れないで欲しい。
それを胸に抱いていられたら、道を間違えずにすむと思えるから。
〈思い出せないなら、私が語るよ〉
それを伝えよう。幼い貴方が信じた、その願いを私が語ろう。
〈忘れてしまうなら、私が語り続ける〉
それを伝えよう。流れ込む記憶に塗り潰されてしまうなら、その度に私が語るから。
思い出せなくても、忘れてしまっても、迷わぬように導こう。
夢に見た君が好きなのだ。夢追い人に焦がれたのだ。
まだ知り合ったばかりの己が何を言うかと言われても、この感情は変わらない。
共にある少年へ、共にある少女は伝えよう。
何れ至らねばならぬ少年へ、傍らに咲く白百合が伝えよう。
〈トーマの答えは、最初から決まっている〉
道を見失った少年の手を、白百合の乙女が引いて歩く。導いてくれと望まれたから、その未来へと導こう。
〈貴方はずっと、誰かと共にある事の素晴らしさを信じてきたのだから〉
少年の動きが止まる。成長を止めた少年は、この瞬間に追いつけない。
悪魔が歪んだ笑みで嗤う。成長を続ける悪魔は、この瞬間にも強くなる。
対処など出来ない。振るわれる魔槍を前に、トーマは反応すら出来ない。
鋭い凶器は狂気と共に、絶殺の刃がその胸を貫く。
今度こそ、今度こそ殺し切ると紅蓮の業火が燃え上がり――
〈一人ぼっちな悪魔なんかに、負ける筈がないんだよ!〉
「なっ!?」
ディバイドゼロ・エクリプス。
舞い散る銀十字の書と共に、白き輝きが膨れ上がる。
燃え上がった炎が霧散して、エリオの手にした槍が崩れ去っていった。
トーマ一人では無理だった。個としての極みに至ったエリオに対し、一人で勝てる者など何処にもいない。
胸を貫かれても死なないだろう。だが死なずとも痛みで動きは鈍る。その瞬間に、蘇生不能なレベルで燃やされて終わりだ。
トーマ一人では、辿る結末などそれ以外にありはしない。
けれどトーマは一人ではない。彼が反応出来ずとも、確かに見詰める人が居た。
胸を貫かれた痛みで動けぬトーマの変わりに、その力を使える白百合がいたのだ。
彼女が死を防いで、故に絶死の瞬間は勝機に変わる。
「終わりだ。エリオ」
「っ! トォォォマァァァァッ!」
〈兄貴!!〉
驚愕を抱いたエリオの隙を埋められる者など存在しない。
助けたいと思う者は居ても、余りに距離が大き過ぎて手を出せない。
その身は一人でも生きられる程に強くなり過ぎてしまったから、助けようとする感情でさえ足を引く要因にしかなり得ない。
「俺達の――」
「私達の――」
少年と少女の声が重なる。
罪悪の王へと、断罪の刃が振り下ろされる。
『勝ちだぁぁぁぁぁぁっ!!』
斬と音を立てて振り抜かれた処刑の剣が魔刃の胸を切り裂き、罪悪の王は遂に崩れ落ちる。
燃え盛る炎の中、決着がつく。
誰かを信じた少年と誰も信じられなかった少年の三度目の戦いは、此処にこうして終わりを迎えたのであった。
これにて第三回戦は終了。
今回で強くなりまくりな二人ですが、今後はこんなペースでは成長しません。
此処まで急成長したのはトーマが覚醒直後の為パワーアップしやすくなっていた事と、トーマが強化されると強化されると言う性質を持つエリオ君が引き摺られて互いに相乗効果が発生していたからです。
現時点で両名とも力は三騎士級。
一瞬ルートヴィヒ級(準神格域)に迫ったものの渇望力の不足故に安定せず劣化。神格域は未だ遠いです。
エリオの方は腐炎抜きでコレなので、ナハトが完全顕現すると原作スペックよりアカンくなるかも。
Q.因みに今回リリィが止めなかったらどうなってたん?
A.渇望力が足りない神格(初期夜行)みたいに無色太極な求道神になっていたか、練炭汚染進行による大紅蓮地獄流出で先輩大勝利ENDになっていました。