リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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日常回。戦闘はありません。


推奨BGM
1.The Blessing(PARADISE LOST)
2.Misscasting-2(リリカルなのは)
3.For you For me(リリカルなのは)


第七話 少女は想う

1.

 燃え盛る炎の中、その小さな身体で引き摺りながら進んでいく。

 

 崩れ落ちた少年の身体。二次性徴を迎え筋肉質になっている身体は、大人の手の平程度の大きさしかない少女にとっては、とてもとても重かった。

 

 引き摺りながら進んでいく。

 燃え盛る炎の熱を感じながら、大切な人よ燃えてくれるなと祈って進む。

 

 囚われているであろう被検体を逃がす為に用意した簡易型の転送装置。それは安定した場所でしか発動出来ず、故にこの火の中では使えない。

 

 少し先にある小部屋で展開した。魔法陣の位置はそう遠くない。

 だが、少女は少年よりも遥かに小さい。少年の手を握る事すら難しく、故に目と鼻の先にある小部屋ですら余りに遠い。

 

 だがそんな事、諦める理由にはなりはしなかった。

 

 

「兄貴。待ってて」

 

 

 あの瞬間。彼が選んだのは、己の身を守る事ではなく、迫る刃から逃れようとするのでもなく、諸共に引き摺り込まんと足掻く事でもなかった。

 

 防御も回避も反撃も、全てを度外視してエリオが選んだのは融合解除(ユニゾン・アウト)

 振るわれる刃を己の身体だけで受け止めて、その少女を無傷のままに守り切った。

 

 あの日もそうだった。あの日からも、そうだったのだ。

 

 囚われて、心と身体が壊されていく日々。

 実験動物として扱われていた自分を、気紛れで助け出した赤毛の少年。

 

 何時だって、何時だって、守られてきた。

 どこか不器用な優しさを見せる悪魔に、何時だって守られていたのだ。

 

 

「今度は、あたしが」

 

 

 だから今度は、だから今回は、必死になって引き摺り進む。

 じくじくと進行する胸の傷。魂が零れ落ちていく傷痕。

 此処から脱出出来れば、きっと助けられると信じて進み続ける。

 

 どれ程に重くとも、どれ程に苦しくても、その荷を下ろす理由などはない。

 

 

「……届いた」

 

 

 そうしてアギトは、意識を閉ざした少年と共に魔法陣の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 そんな光景を見詰めながら、トーマ・ナカジマは一歩も動けずにいた。

 限界を超えた力の行使。流れ込んで来た記憶の流入に曖昧となる思考。

 勝利によって緊張の糸が切れた少年は、消え去っていく敵手に何の対応も出来ずにいる。

 

 

〈トーマ!〉

 

 

 少女が叫ぶ。白百合の乙女には、それしか出来る事がない。

 同化した事で異常部位の殆どが修復されていても、まだ分離して支えられる程には正常化していない。

 

 同調を解除してしまえば、歩く事は愚か話す事さえまだ出来ないのだ。

 必死に引き摺って魔刃を救った烈火の剣精。彼女の真似事すらリリィには許されていなかった。

 

 

 

 崩れ落ちる身体を支えていた大剣が消えていく。

 己の武器を形成する事すら出来なくなった少年は、そのまま炎の中へと倒れ込んでいき――

 

 

「おっ、と」

 

 

 力強い腕が、崩れ落ちる少年を抱き留めた。

 

 

 

 燃え盛る炎の中、漸く辿り着いた彼が少年を抱き抱える。

 脱力した少年はその懐かしい声に惹かれて、視点の合わない瞳で青年を見上げた。

 

 

「ゴメン。遅くなった」

 

 

 その優しい声を知っていた。

 抱きしめる腕の暖かさを知っていた。

 困った様に微笑むその人を、少年は確かに知っていた。

 

 炎に照らされ、稲穂の如く輝く金糸の髪。空の如く澄んだ翡翠の瞳。

 その人を知っている。確かに知っている筈なのに――

 

 

「叱らないといけない事、怒らないといけない事、沢山ある」

 

 

 何故だか思い出せない。どうしてか、誰なのか分からない。

 抱きしめる腕の温かさを分かっているのに、その名を呼び返せない。

 

 不安だった。恐怖に震えた。何でも出来る様な万能感はあっさりと何処かへ消えてしまって、後に残るのは失ったモノの重さに対する認識。

 

 捧げた対価は、余りにも重い物だったのだと漸くになって理解した。

 

 

「けど、今は」

 

 

 そんな恐怖に震える少年に、青年は優しく声を掛ける。

 その恐怖の理由を知らなくても、彼が欲しいであろう言葉を確かに口にした。

 

 

「良く、頑張ったね」

 

 

 抱きしめた教え子の頭を優しく撫でるその掌。感じる温もりに不安が溶かされていく。

 

 何も分からないのは変わらない。

 けれど――彼の事が分からない事は変わらなくても、確かな安堵を其処に抱いて。

 

 

 

 限界を迎えたトーマは、瞳を閉じて意識を失った。

 

 

 

 

 

2.

 古代遺産管理局の敷地内に存在する白塗りの建物。

 医療班が管理担当するその場所は、機動部隊の傷病者や事件の被害者を一時的に預かり治療する為の医療施設。

 

 

「んで、その素性不明な子が此処に搬送された訳ね」

 

「は、はい」

 

 

 その入り口。病院のガラス戸を前に、三人は歩きながら言葉を交わしていた。

 

 金髪の女。アリサ・バニングス。彼女に先導され従うはキャロ・グランガイツとルーテシア・グランガイツ。

 古代遺産管理局は機動六課、バーニング分隊のメンバーが此処に揃っていた。

 

 

「ルー。病室のナンバーは聞いてる?」

 

「……確か、309号室だったと思います」

 

 

 アリサの問い掛けに、ルーテシアが敬語で返す。

 直属の上司故に、そして弄れる人を即座に見抜く目力故に、ルーテシアはしっかりとした返しを見せた。

 彼女の目力が言っているのだ。この人は弄れそうだが、下手に生意気な態度を取ると確実に粛清される、と。

 

 

(だがしかし、私の情熱は挫けない。必ずや、弄ってみせよう。この人を)

 

「ルーちゃん?」

 

 

 妙な所で情熱を燃やしているルーテシアに、首を傾げるキャロ。

 

 

「んじゃ、行くわよ。キャロ。ルー」

 

 

 そんな二人の内心に気付く事もなく、アリサは二人を引き連れて医療施設内へと進んでいった。

 

 

 

 中に入って直ぐ、三人はその異常に気付く。

 

 

「何か、忙しそうですね」

 

「何かあったのかな?」

 

 

 首を捻る桃と紫の姉妹。医療班のメンバーが慌ただしく動いている姿に、アリサは目を細める。

 何かがあった様だ。それも半端なく面倒な事が。そんな予感を感じ取って、女はその端正な顔を歪めた。

 

 

「あれ? アリサ」

 

 

 そんな彼女に掛かる声。色々と思う所がある友人の声に、アリサはしかめっ面を塗り替えて振り向いた。

 

 

「……何してんのよ。ユーノ」

 

 

 振り向いた先に居た金髪の青年は、常の様に柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 

「トーマと、リリィって子の付き添いさ。未だ目が覚めてなくてね」

 

「あの子、見つかったのね。……リリィってのは、聞かない名前だけど」

 

「トーマが見つけて来た融合騎――みたいな子かな。報告も上げて置いたから、後で連絡も来ると思うよ」

 

「ふーん。なら、こっちの用件が終わったら確認しておくわ」

 

 

 友人と言うにはやや硬く、報告と言うには温い対話。敢えて例えるならば、あまり親しくない職場の同僚同士が私的に交わす様な会話。

 そんな会話を交える金髪の二人の姿に、何処か違和の様なものを感じてキャロは首を捻った。

 

 

「何か、ちょっと距離がある? けどそれにしては、妙に近い様な気も」

 

 

 訳が分からないと言う体の少女に対し、もう一人の少女は弄れそうな場所を発見したとばかりに目を光らせてニヤリと笑う。

 

 

「これはアレね。大人の関係ってやつよ」

 

「お、大人!?」

 

 

 どんな想像を働かせたのか、顔を真っ赤にするキャロ。

 そんな姿をニヤニヤと笑って見守るルーテシアの頭頂部に、鋭い衝撃が降り注いだ。

 

 

「っっっっ!?」

 

「そこ、馬鹿な事言ってない! 私とコイツは唯の友人よ!!」

 

 

 振り下ろされた拳骨に悶絶するルーテシアを前に、アリサが一言で切って捨てる。

 感じる想いは未だあれど、彼女にとっては既に終わった事。蒸し返す様な邪推に対しては、温情など一切ないのである。

 

 

「ははは。まあそんな訳で、泊まり込んでたんだけどさ」

 

 

 そんな女性陣の遣り取りに苦笑を浮かべて、ユーノが続ける。

 

 

「ちょっと病院が騒がしくなったからね。トーマの事はリリィに任せて、確認の為に動いていたのさ」

 

 

 面倒な事があったらしい。自分達に関わらなければ良いのだが。そう思いながら、アリサは先を促した。

 

 

「何があったのよ」

 

「入院患者の脱走。……309号室に居た子供が、何処か行っちゃったらしくて」

 

 

 困ったもんだね、と苦笑するユーノ。そんな何処か他人事な態度の彼に対して、他人事ではいられないのがアリサ・バニングスであった。

 

 

「309号室って、……はぁっ!?」

 

「……どうしたのさ。大声出して」

 

「その子に会いに来たのよ! ってか素性不明の子を逃がすとか、何してんのよ医療班!!」

 

 

 警備体制はどうなっているんだ、とまるで戦闘時の様な気炎を見せ始めるアリサ。

 そんな彼女の反応に、不味いと感じ取ったユーノは落ち着かせる様に弁護を始めた。

 

 

「リリィって子の検査もあって忙しかったんだ。僕が連れ込んだ所為もあるからね。医療班だけを責めないで貰えると有難いかな」

 

 

 リリィと言う少女は、人型デバイスと言う物の扱いに慣れていない医療班では持て余してしまう程の物であった。

 

 スカリエッティが戻って来ていない現状、解析一つですら手間取ってしまう。

 医療班のトップであるすずかをはじめとする実力派メンバーが付きっきりとなり対応していたのだ。

 

 その影響が他の場所に出てしまうのは、避けられない事だろうとユーノは弁護した。

 

 

「それに敷地内からは出られないだろうから、そう遠くには行ってない筈だよ」

 

「……全く、アンタは」

 

 

 そんな彼の弁護に、内心で的外れだろうにと思いを抱く。ユーノが少女を医療班に預けたのは当然の対応であり、彼に責任などは生じ得ない。

 

 あくまでも主原因は医療班の管理不足であり、そうなってしまったのは少数の精鋭を除けばどの派閥にも染まっていない新人ばかりを集めた古代遺産管理局の弊害とも言える問題であろう。

 

 指示を出す側が指示を出せない状況になり、その影響を受けて下の管理が杜撰になっただけの話なのだ。

 

 とは言え、現状でそれに激昂しても余り意味はない。

 叱責するにしてもアリサは門外漢であり、単純な人手不足自体はどうしようもないと言う問題も付き纏う。

 

 結局下が成長する迄は仕方がない話だろうと思考を切り替えて、アリサは苛立ちに任せるのではなく、建設的な対応をすべきだろうと判断した。

 

 

「……んじゃ、ちょっと手伝いなさい」

 

「了解、っと」

 

 

 自分の所為だと言うなら手伝え。そう端的に言うアリサに肩を竦めてユーノが返す。

 どの道、トーマは未だ目覚めない。多少時間を暇にしていたのだから丁度良いとばかりに、彼はアリサに協力する事にしたのだった。

 

 

「キャロ。ルー。二組に分かれて探すわよ。アンタ達は病院の中を見てきなさい。私達が外周部分を見て回るわ」

 

 

 今も看護師や警備員などが病院内を捜し回っている。そんな彼らと合流して、一緒に捜してくる様にとアリサが指示を出す。

 

 

「……複雑な関係の男と女が二人っきり、これは何かある」

 

「な、何かって、何が!?」

 

 

 指示を出されていながら、そんな風にひそひそと会話をして動かぬ幼子達。

 そんな駄目っぷりを披露する部下二人の姿に、引き攣った笑みを浮かべたアリサが激昂する。

 

 

「ほら、さっさと行く!」

 

 

 邪推ばかりしている部下の尻を蹴飛ばす。

 さっさと行けと怒鳴り付けられた子供たちは、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出して行くのであった。

 

 

 

 

 

 捜し出して数分もしない内に、目的の少女は見つかった。

 年齢は五歳前後。入院患者が着る衣服を纏い、金糸の髪を腰まで伸ばした少女は中庭で一人佇んでいた。

 

 

「んで、あっさり見つかったのは良いんだけど」

 

 

 その赤と緑、虹彩異色の瞳に宿った感情は怯え。

 小さな体躯は恐怖に震え、自分を見つけ出した青年の影に隠れて出て来ようともしない。

 

 

「何でこんなに警戒されてんのよっ!?」

 

 

 まるで子猫の如くに警戒して、威嚇する少女。

 涙で滲んだ瞳で見上げる先に居るのは、アリサ・バニングスその人であった。

 

 

「うー!」

 

 

 自分の足に縋りついて、傍らに居る女へと威嚇を続ける幼子。

 このままでは会話にもならないと判断したユーノは、アリサへとちらりと目配せをする。

 

 

「うっ、分かったわよ」

 

 

 その視線を受けて、アリサが三歩後ろへと下がっていく。

 距離が開いた事で若干安堵したのか、ズボンを握る少女の手が緩む。

 その拍子に小さな手を優しく開かせると、ユーノは視線を合わせる為にしゃがみ込んだ。

 

 

「ほら、これでお姉さんは大丈夫だよ」

 

「……怖く、ない?」

 

 

 目の高さを合わせて、親子の様に似た様な声音で話し合う。

 今なお後方に居る女に対して怯える少女の言葉に対して、青年は少し苦笑しながらも柔らかく返した。

 

 

「怖くない、かなぁ。……うん。普段はあんまり怖くないね」

 

「おいこらフェレット擬き! 何のフォローにもなってないわ!!」

 

 

 戦闘時のあの態度を見ていると、怖くないとは断言出来なかった。

 そんなあんまりと言えばあんまりなユーノの発言に、アリサは思わず声を荒げる。

 

 

「っ!」

 

「ほら、アリサが大声出すから」

 

「私の所為!?」

 

 

 怯える視線と責める様な視線。

 その二つを受けて、何で自分がこんな目にと苛立ちを覚える。

 

 意味もなく怯え、直ぐに泣き、手を煩わせる。そもそも子供は苦手なのだ。

 それに加えて、これ程あからさま態度。この子供に対して良い感情は当然抱けず、アリサはふんとそっぽを向いた。

 

 

「僕はユーノって言うんだ。……君の名前、聞かせてくれるかな?」

 

 

 そんな友人の姿に苦笑しながらも、ユーノは視線を合わせた少女へと優しく言葉を投げ掛ける。

 視線を合わせる青年を見詰めて、少女はボソボソと小声で名を名乗った。

 

 

「……ヴィヴィオ」

 

「そっか。いい名前だね」

 

「うん」

 

 

 優しく髪を撫でる青年へ、少女は花が咲いた様な笑みを見せる。

 そんな少女を怖がらせない様に、青年は問い詰める事なく優しく言葉を重ねていった。

 

 

「ヴィヴィオはどうして、抜け出したりしたんだい?」

 

「……ママ、居ないの」

 

「そっか」

 

 

 母親が見つからないという言葉。そんな少女の理由を聞いて、青年は提案する。

 

 

「それじゃ、僕たちと一緒に探そうか」

 

「……」

 

 

 言葉を受けて頷きかけた少女は、青年の後方で不機嫌そうにしている女を見詰めて動きを止めた。

 

 

「何よ」

 

「……お姉さんも居るの?」

 

「……何でこんなに嫌われてんのかしら」

 

 

 恐怖と怯えが混じり合った瞳でそう言われて、アリサは更に不機嫌になる。

 

 懐かれるよりはマシだと強がる女の姿に、ユーノは苦笑を浮かべながらも少女を説得する為に言葉を続けるのであった。

 

 

「ヴィヴィオ。怖いかも知れないけど、我慢できないかな? お姉さんも凄く良い人だって、一緒に居れば分かるからね」

 

「……」

 

 

 青年の言葉に返されるのは懐疑的な視線。

 そんな少女の怯えと疑いの目に対して、青年は掌を差し出して口にする。

 

 

「一人で怖いなら手を繋ごう。そうすれば、少しは怖くなくなるからさ」

 

「手を、繋ぐの?」

 

「うん。手を繋いで歩くと、一人では見えなかった物が見えて来る。怖いって思いも、なくなっていくんだ」

 

 

 差し出された右手を見詰める。端正な容姿とは裏腹に鍛え上げられた拳は巌の如く、大人の男を感じさせる物。

 

 

「騙されたと思って、一度やってみないかい?」

 

「……うん」

 

 

 少女は頷いて、左の手で硬い掌を握り締める。

 握り返された小さな手を優しく握りながら立ち上がると、青年はゆっくりと歩き始めるのであった。

 

 

 

 病院内を連れ立って進む。優しく語り掛ける青年の声に、警戒心を完全に解いた少女は嬉しそうに言葉を返していく。

 まるでその様は親子の如く、数歩退いて後に続くアリサは何処か羨ましく感じてしまう。

 

 

「ヴィヴィオのママは、どんな人なんだい?」

 

「分かんない」

 

「そっか。なら、何か分かる事はあるかな?」

 

 

 青年が行っている事は、唯の散歩だ。病院内を歩いたとしても、彼女の母が見つかる事はないだろう。

 そんな事は分かっている。分かっていてそうしているのは、これが唯の時間稼ぎだからだ。

 

 

「思い付いた事、纏めなくて良いから言ってみよう? その中に、ママを見つける為の何かがあるかも知れないからね」

 

 

 問い掛ける青年は、少女に見えない位置で機械式の無線機を操作している。

 少女の情報を聞き出しながら、その情報を即座に遺産管理局の司令部へと連絡しているのだ。

 

 繋がる先で彼女の母に関する情報を調べさせると同時に、彼女の素性を見極めんとしている。

 余りにも手際が良く器用に進めていく青年の姿に、不器用な自分じゃ真似出来ないなとアリサは内心で感嘆の声を漏らしていた。

 

 

「研究所。暗い場所。洞窟の中。ゆりかご。ベルカ。王様。虹色。天使」

 

 

 青年の言葉を理解して、少女は自分が覚えている言葉を口にする。

 そんな姿に年齢以上の発達具合を見出して、アリサは少女の正体に当たりを付けていった。

 

 

(年不相応な冷静な態度。所々でガキっぽい歪な在り方。間違いなく人造生命体ね。それも誰かの情報を元に作られたプロジェクトFの関係者。……だとすると問題は何を元にしたのか、よね)

 

「火。怖い。赤。嫌」

 

(ってか、何でこんなに嫌われてんのよ。……もしかして、それがモデルに関係あるとか)

 

 

 言葉を口にする際、アリサを一度見上げた少女。

 己と火を結び付けて、それに恐怖を抱いているその姿に、もしや自分が捕らえた犯罪者の誰かが関係しているのかと一瞬邪推するが。

 

 

(ないわね)

 

 

 それはないな、と結論付ける。プロジェクトFならば容姿も似通う筈であり、アリサが対処した犯罪者の中にこんな容姿の少女は居なかったのだから、あり得ないと断言する事が出来たのだ。

 

 

「お姉ちゃんは、まだ怖いかな」

 

「……うん」

 

 

 だが、恐らくこの恐怖心は彼女のモデルとなった人物から来ている。

 ならば死因が炎や熱と密接に関係している人物なのだろう、とアリサは推測していく。

 

 

「手を繋いで居ても、まだ怖い?」

 

「……さっき、よりは怖くない」

 

(炎が死因。或いはトラウマになる人物か。ぶっちゃけ、それだけで絞れるかっての)

 

 

 青年と少女の会話を聞きながら、アリサは思考を巡らせていく。

 答えを出せない苛立ちを抱える少女の脳裏に、執務官として独自に動いていた頃に調べた記録が過った。

 

 それは非合法の実験施設で見つけ出した極秘の計画書類。

 歴史上の偉人をプロジェクトFにて再現し、管理世界の導き手として復活させようと言うイカレた計画だ。

 

 その第一弾として予定されていたのが、聖王オリヴィエ。虹彩異色の瞳も、その金糸の髪も、教会の肖像画に描かれた聖なる王と確かに似ていると言えなくもない。

 

 

(聖王オリヴィエ、ね。……親交のある一族が森ごと焼き殺されたとか、戦火の中で生き続けたとか、炎がトラウマになる可能性は十分過ぎるけど、……ちょいこじつけが強すぎるわよね)

 

 

 寧ろ焼き殺されたクロゼルグ一族の方が、炎に対して強いトラウマが生まれるだろう。

 そもそも、聖王の死因はロストロギアを使用した代償とされている。炎に対して此処まで恐怖を抱くなど、らしくないとしか言いようがなかった。

 

 仮にもし本当に聖王のクローンだとするならば、教会の対応が恐ろしい事になる。そんな嫌な思考が頭を過って、埒もない妄想であって欲しいと願いつつ首を横に振った。

 

 

(そもそも、何で私と炎を結び付けたのかって話よね。……この子の前で炎なんて使った事ないし、考えれば考える程変じゃない)

 

 

 モデルが誰なのか、と言う問題は置いておいても疑問は残る。

 どうして己と炎を結び付けるのか。違和は考えれば考える程に強くなり、女は視線を鋭くする。

 

 それはきっと、流してはいけない疑問だ。其処にはきっと、重大な何かが隠されている。

 アリサの中にある執務官として培った経験が、全力で警鐘を鳴らし始めていて――

 

 

「……」

 

 

 じっと見つめる少女の視線が、そんな思考の海に沈み込んでいたアリサを引き摺り上げた。

 

 

「何よ」

 

 

 怯えが籠った視線を受けて、何の用なのかとアリサが問う。

 女の言葉に少女は答えを返さず、唯、少し間を置いた後に行動で示した。

 

 

「手、繋ぐ」

 

 

 その言葉を聞いて、アリサは唖然としてしまう。

 差し出された右手は震えていて、何故そんな事を言い出したのかまるで理解が出来ず。

 

 

「……お兄ちゃんと、繋いだらあんまり怖くなくなった。だから」

 

「全く理由になってないでしょうが、このガキんちょは」

 

 

 手を繋げば怖くない。だから怖い人と手を繋ごう。そんな矛盾した理論を見せた少女の姿に、アリサは頭を抱える。

 

 意味が分からない。訳が分からない。

 どうしてそんな事を、この子供は希望するのか。

 

 そんなアリサの呆れの籠った視線を返されて、ヴィヴィオはその瞳を涙で濡らす。

 

 

「そんな目、してんじゃないのよ。……ほら」

 

 

 そんな目で見られるのが嫌だったから、柄じゃないけれどアリサは左の手を差し出した。

 

 

「繋ぐんでしょ。貸してやるから、しっかり握ってなさい」

 

「……」

 

 

 差し出された手を、目を丸くして見る。自分で言っておきながら握り返されるとは思っていなかったのか、戸惑うヴィヴィオ。

 

 そんな動かぬ少女の小さな手を奪い取るかのように握り締める。握られた手を握り返しながら、ヴィヴィオは複雑な感情を抱いてアリサを見上げた。

 

 見つめ続けるその視線に怯え以外の感情を見つけ出して、アリサが面倒臭そうに口にする。

 

 

「何よ。まだ、何かあるって言うの?」

 

「名前」

 

 

 そんな女の言葉に、少女はか細い声でボソボソと呟く。

 

 

「言いたい事があるなら、はっきり言う!」

 

 

 声が小さくて聞こえない。そう断じる女の人に、手を繋いだまま大きな声でヴィヴィオは言葉を口にした。

 

 

「名前! まだ聞いてない!」

 

 

 それは歩み寄りの第一歩。恐怖を乗り越えようとする少女の奮起。

 怖い誰かではなく、手を繋いだ女性として、その名前を教えてと少女は口を開いていた。

 

 

「アリサよ。アリサ・バニングス」

 

 

 そんな少女の歩み寄りに対して、アリサは端的に答えを口にする。

 

 散々怖がっておいて、何を今更。そう言わんばかりに不機嫌な態度を崩さない女性。

 けれど確かに手を握り返してくれる。そんなアリサを見上げたまま、ヴィヴィオは呟く様に口にした。

 

 

「怖くない」

 

 

 あれ程怖かった女性の手も、左手に握る男性の手と同じく温かかった。

 その温かさが、怖い人も優しい人も、同じ人間なのだと幼子に教えてくれるから――

 

 

「手を繋ぐと、怖くなくなる。……本当だね」

 

 

 そんな風に呟くと、男は笑顔を返し、女は顔を逸らして鼻を鳴らした。

 両手に繋いだ二人の熱。確かめる様に手を握ったり開いたりしながら、少女は笑顔を顔に浮かべる。

 楽しげに笑うヴィヴィオを見詰めて、不機嫌そうな表情は崩さずにアリサは呟いた。

 

 

「……柄じゃないけど、少しくらいは構ってあげるわ」

 

 

 泣いていたり、怯えられたり、そんな状況よりはマシだろう。

 子供相手など面倒だし、懐かれるなど論外だが、その為なら多少は構ってやっても良い。

 

 そんな風に内心で正当化を続けるアリサの横顔には不満以外の表情が浮かんでいたから、ユーノとヴィヴィオは確かに笑みを深めるのであった。

 

 

 

 

 

3.

 男と女に挟まれて、少女は散策する。

 既に連絡を受けて落ち着きを取り戻した医療施設内。

 病院の中庭を歩き回る少女の笑顔は、時間の経過と共に曇り始めていた。

 

 

「ママ。いないの」

 

 

 理由は一つ。母親がいない事。

 見つからない母の姿に少女が落ち込み、女は何とかしろと視線を男へと投げ付ける。

 

 

「ママ。見つからないの」

 

 

 暗く沈んでいく少女を気の毒に思いつつも、青年は首を横に振る。

 古代遺産管理局のデータベースでも少女の母に付いての情報は一切見つからず、彼女が居たと思われる研究施設の情報が見付けられた程度。

 すぐさま部隊を動かしてはいるが、彼女の母に関する情報は得られそうもないのが現状であった。

 

 

「……ヴィヴィオ。どうすれば良いの」

 

 

 涙交じりに呟く少女。その言葉を聞いて、アリサはヴィヴィオが本当は何を望んでいるのかを漸くに理解した。

 

 この少女は不安なのだ。知性が高いからこそ、現状を理解してしまっている。

 或いは、母親が居ない人工生命である事にすら気付いているのかも知れない。だから縋れる対象を求めている。

 

 それが母親だったのは、この少女の記憶の中では母が最も頼れる人物だったからなのだろう。

 一人ぼっちで居るのが不安で、傍に誰かが居て欲しくて、握られた手が震えているのが理解できたから。

 

 

「んな目ぇ、してんじゃないのよ」

 

「え?」

 

 

 その弱さを焼き尽くしてやろうと決めた。

 目を丸くする少女の前に立ちはだかって、女は口を開く。

 

 

「私は一人ぼっち、誰も傍に居てくれない? 馬鹿かアンタは」

 

 

 確かに少女には身寄りがない。寄るべき所がなく、行くべき所がない。

 漠然とした状態で抱える不安は、幼子の小さな背には重過ぎる荷であると言えよう。

 

 けれど。

 

 

「誰も居てくれない訳じゃない。この繋いだ手は、嘘偽りなんかじゃないのよ」

 

 

 己があっさりと見捨てる様な女だと思われているのは不快だ。

 理由がなくては一緒に居てくれないと考えている思考が不快だ。

 

 ガキはバカみたいに笑っていれば良いのに、泣きそうになっているその顔がとにかく不快だったから。

 

 

「それすら、信じられないっていうなら。信じられる関係が欲しいって言うなら」

 

 

 視線を合わせてはやらない。歩調を合わせてなんかやらない。気に食わない子供の為に、口にする言葉なんて唯一つ。

 

 

「本当のママが見つかるまで、私が母親代わりをしてあげるわ」

 

 

 柄じゃないと分かって、泣き虫な小娘に苛立って、それでもアリサは口にした。

 

 

「だから、泣くのは止めなさい」

 

 

 子供の相手は得意じゃなくて、生意気なガキや泣き虫な子供は嫌いだ。

 だからこれはこの子の為ではなく、泣いている子供の姿を見たくない自分の為の言葉なのだ。

 

 そう内心で断じるアリサの声には、彼女自身が想う以上の優しさが込められていたから――

 

 

「ママ」

 

「何よ。不満?」

 

 

 つんとした不機嫌そうな表情が、どこか優しげな笑みにも見えたのだった。

 

 

「アリサママ」

 

 

 言葉にして呟いてみる。不快はない。不満はない。

 頼れる誰かを見つけた少女は、縋れる人の名を口にする。

 

 

「アリサママ!」

 

「聞こえてるわよ。……そう何度も呼ぶなっての」

 

 

 鬱陶しいと返す声は、何処か機嫌の良さも孕んでいる。

 歩調を合わせようとすらしないその背を追いかけるのは大変そうだが、悪い気分はしなかった。

 

 

 

 男と顔を合わせて微笑み合う。

 女は何を笑っているのだと鼻を鳴らす。

 

 そんな遣り取りが心地良いから、もう少しだけ欲が出た。

 

 

「ママがアリサママなら、パパはユーノパパ?」

 

「ぶっ!?」

 

 

 不意打ち気味の一撃に、思わず噎せ返る程に吹き出してしまう。

 何も飲料を飲んでいる途中でもないだろうに、と呆れた視線をユーノは向けた。

 

 

「……何吹き出してんのさ」

 

「ちょ、アンタそれで良いの!? なのはの奴に浮気だぁ、とか!!」

 

「子供の言う事だろ。実際にそういう関係がある訳じゃないし、なのはもきっと分かってくれる筈。……多分。きっと。そうだと良いなぁ」

 

 

 赤面して妙に慌てるアリサに対し、冷静に返すユーノ。

 だがその言葉は途中で不安げな物となり、青年は乾いた笑みを浮かべていく。

 

 もしも、この娘にパパと呼ばれている姿を彼女に見られたらどうなるだろうか。

 

 

――少し、頭冷やそうか?

 

「……ゴメン。やっぱパパは無理だ」

 

 

 笑っているのに目が死んでいる。その手に凶器を持った狂気の笑顔。

 そんな恋人の姿を思い浮かべてしまったユーノは、そんな風にヘタレるのであった。

 

 

「駄目、なの」

 

「あー。うん。……どうしよう」

 

 

 再び泣きそうになるヴィヴィオ。どう返せばこの子を納得させつつ、命の危機を回避できるかを思考するユーノ。

 

 

「ごほん」

 

 

 咳払いをして思考を切り替えたアリサは、そんな我儘を言う少女の額にデコピンをかますと、その髪の毛を乱暴に撫で回した。

 

 

「全く、欲張り過ぎよ。泣き虫娘」

 

「アリサママ?」

 

「取り敢えずはママだけで我慢しときなさい。……二人分くらいは構い倒してあげるんだから」

 

 

 不安げに見上げる少女を抱き上げて、アリサは視線を移動する。

 その視線の先には、柱の陰に隠れた小生意気な少女達の姿。

 

 大方先ほどのパパママ発言をネタにしているのであろう。

 ニヤニヤ笑うルーテシアと、顔を真っ赤にしているキャロ。

 

 

「んで、とりあえず今は! あのクソガキどもを全力でボコる!」

 

「やば、見つかった!?」

 

「え? きゃぁぁぁぁっ!」

 

 

 そんな二人の姿に青筋を立てて、戸惑うヴィヴィオを抱えたままアリサは走り出す。

 悪鬼もかくやと言わんばかりの形相に悲鳴を上げて逃げ惑う二人を、即製親子は追いかけ回していく。

 

 病院で走り回ってはいけない。

 だが中庭ならば、そこまで煩くは言われないだろう。

 

 小さな中庭を逃げ回る二人を同じくらいの歩調で追い掛けながら、アリサはヴィヴィオに言葉を伝える。

 

 

「ほら、ヴィヴィオ! アンタも降りて、アイツら追い掛けなさい!」

 

「え? え?」

 

 

 子供は笑顔で居れば良い。

 落ち込んでいる暇があれば、走り回っていれば良いのだ。

 適当に遊んでいれば、難しい事なんて考えている余裕はないだろう。

 

 あの二人には精々、子供の相手をしてもらおう。

 散々人を馬鹿にしたのだから、それくらいは手を貸してもらうのだ。

 

 無論、もう二度と揶揄いなど出来なくさせる為に、捕まえたらキッチリとお仕置きをする予定だが。

 

 

「返事、どうした!」

 

「お、おー?」

 

「声が小さい!」

 

「おー!」

 

 

 必死で逃げ回る少女達と、それを追いかける子供の声。

 恐怖に染まった悲鳴は子供の笑い声に変わっていき、決死の覚悟の追走撃は子供同士の鬼ごっこへと変わっていく。

 

 

「全く、不器用だね。本当に」

 

 

 そんな光景を見詰めながら、ユーノは小さく呟く。

 その瞳には、眩しい物を見守る温かさが込められていた。

 

 

 

 ヴィヴィオと言う少女はこの日、二人の友人と一人の母親を手に入れる。

 その小さな体躯に課せられた罪は呪いの如く重くとも、これから経験する日々は大切な想い出としてその心に残り続ける事であろう。

 

 

 

 

 

 

 




副題 アギトの祈り
   ヤムチャしやがったルーテシア
   アリサママ爆誕


ヴィヴィオがヴィヴィオ・バニングスとなった事で、StS新キャラ勢の殆どの名字を変更出来ました。やったぜ!(小並感)


割と冷静に考えると、現状でなのはは心が圧し折れたティアナに付きっ切り。復帰後のトーマも担当しなくちゃいけなくて手一杯。
発見者がルーキャロな事も考慮に入れると、アリサがママ探しイベントをするのが自然なんですよね。


聖王擬きなナニカとなったヴィヴィオは、バーニング分隊の面々と深く絡んでいくこととなります。







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