リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回は厨二回。
存在しない数字って、厨二スメルがヤバいよね。


推奨BGM
2.Break Shot(リリカルなのは)
4.祭祀一切夜叉羅刹食血肉者(神咒神威神楽)


第十話 存在しない数字

1.

 モニタに映し出される映像。映っているのは、アリサ・バニングス。そして彼女の部隊に所属する二人の少女達だ。

 

 連日に渡り機動六課の活躍を報道するニュース番組を見詰めたまま、カリム・グラシアはカップを傾けた。

 

 

「現状は予定通り、とは言えないですが。そう悪くはないですね」

 

 

 芳醇な香りの紅茶を口に含み、吐息を漏らした後にそう呟く。

 穏やかながら底知れなさを内に含んだ瞳で、聖王教会の中核にまで上り詰めた女性は算段を練る。

 

 

「バーニング分隊に対して、スターズ分隊は少なからぬ不安要素を抱えていますが、……六課の持つ本来の役割は果たせていると言えるでしょう」

 

 

 画面内で語られるのは、八割近くがバーニング分隊の活躍。

 エースオブエースを中心に売り出していく予定だった彼女達の想定とは異なる形ではあったが、それでも当初の予定は果たせていると言えるであろう。

 

 

「なら、さて」

 

 

 機は熟した、と言えるのかも知れない。

 

 バーニングの活躍。スターズの抱える問題点。

 その二つの要素によって、時空管理局の上層部の意識は完全に機動六課へと向いている。

 

 元より戦場の華として、彼らの目を引き寄せる客寄せパンダ。無数の問題は未だ残っていても、その役割は確かに果たしている。

 今現在、機動六課はミッドチルダで最も注目されている。

 

 逆に言えば、六課以外へと向く視線は殆ど存在しないのだ。

 

 

「札を切るべきかも知れませんね」

 

 

 手元にある資料。ヴィヴィオと言う少女から聞き出した情報を辿って、漸く見つけ出した確かな痕跡。

 

 情報は水物だ。持ち続けていても腐らせるだけであろう。だが、今この瞬間ならば黄金にも勝る価値がある。

 今直ぐに札を切れば、これを腐らせてしまう前に上層部の弱みを完全に握る事さえ出来るかも知れないのだ。

 

 

「……ここは、彼らを動かしましょう」

 

 

 故に、カリム・グラシアは選択する。

 

 

「存在しない数字。零を背負った彼らを」

 

 

 公文書には記されていない部隊。

 公式には存在しない事になっている、古代遺産管理局の影。

 いざとなれば蜥蜴の尾として切り捨てられる事が決まっている精鋭集団。

 

 カリム・グラシアが聖王教会より最も信頼する二名を。

 クロノ・ハラオウンが古代遺産管理局より最も信頼する二名を。

 

 互いが指揮権を分け合う事により、片方の暴走を完全に防ぐ事を目的として作られた小隊の名を――

 

 

「機動零課」

 

 

 戦場の華に惑わされる管理世界の裏側で、暗闘を主とする彼らが動き出す。

 

 

 

 

 

2.

 暗闇の森の中、無数の獣が周囲を歩き回る。頻りに鼻を鳴らせて周囲を探るは、緑の輝きを纏った黒き犬。無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)

 

 

「さて、何が出ると思う。シャッハ」

 

 

 その力の主は、軽薄そうな表情を顔に浮かべて笑う。

 

 緑色の髪は腰まで届く程に長く、白いスーツのズボンに手を入れたまま語る優男。

 カリム・グラシアの義弟である彼は、名をヴェロッサ・アコースと言った。

 

 

「ヴィヴィオちゃん。良い子だったけどさ。あの子、多分相当厄いよ。遺伝子情報が98.77パーセント聖王陛下の記録情報と一致しているだけじゃない」

 

 

 ヴェロッサは傍らに居る短髪の女性へと語り掛ける。

 まだ通達されていない極秘情報を平然と口にする彼に、並び立つシャッハ・ヌエラは眉を小さく顰めた。

 

 

「そんな子が居た実験施設跡地。其処に残っていた情報を遡って行くと見付かる稼働中の非合法な研究施設。……これは、何かあると言っている様な物だよねぇ」

 

「……不謹慎ですよ、ロッサ」

 

 

 無駄口の減らない幼馴染に対して、生真面目な女性は返す。

 グラシア家の守護役を代々果たしてきた名家の騎士が、万が一が容易に起こり得る戦場に置いて気を抜く事などありはしない。

 

 

「ヴィヴィオと言う子の情報は確定ではありません。限りなく聖王様に近いモノの、ある一点がそれを否定しています」

 

 

 そして同時に彼の言に補足する。彼は知る資格がある立場だからこそ、独自に集めた確定ではない情報に踊らされる様では困るのだった。

 

 

「仮称“第五塩基”。人体を構成する四種とは別の塩基配列が、あの少女の体内には存在している。1.23パーセントの違いは、存外大きな差異となる物です」

 

 

 1.23パーセント。数字にすると僅かな違いだが、遺伝子配列と言う点では大きな差異となって現れる。

 人間とチンパンジーのDNAの差。それとほぼ同等の数値である。そんな僅かな数値の差が、それ程に大きな差となるのが遺伝子情報だ。

 

 無論。必ずしも少女が聖王ではない、と言い切る事は出来ない。

 

 その違いを生んでいる要素はその第五塩基だけであり、他の配列は聖王教会のデータバンクに残った聖王オリヴィエのデータと完全に一致しているのだから。

 

 そう。敢えて言うならば――()()()()()()()()()()()と言うよりかは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言った方が近いのではないだろうか、と。

 

 

「確定情報ではない物事を邪推するべきではありません。今は目の前の研究施設にて新たな情報を掴む事を優先するべきでしょう」

 

 

 そんな益体もない妄想を振り払って、シャッハは鋭い視線を森の奥に聳える岩肌へと向ける。生真面目な女の様子に、男はやれやれと肩を竦めた。

 

 

「相変わらず硬いね。シャッハは」

 

「貴方が軽すぎるんですよ。ロッサ」

 

 

 そうして岩肌に偽装された研究所の入り口へと、希少技能(レアスキル)によって生み出された数匹の猟犬が到達する。

 あっさりと幻影魔法によるセキュリティを突破して、猟犬達が内部へと侵入した瞬間に――轟音と共に膨大な量の魔力が降り注いだ。

 

 一切の容赦もない魔力弾の雨。加減など存在しない非殺傷設定。

 嵐の如く降り注ぐそれを前に、人体などは容易く砕け散っていたであろう。

 そんな猛威に晒されながら、されど魔法の獣達は傷一つなくその場に存在していた。

 

 

「僕の猟犬の性能は知っているだろうに、並みのセキュリティじゃ対処は不可能さ」

 

 

 自慢げに語るヴェロッサに応える様に、緑の輝きを纏った黒き獣は咆哮した。

 

 歪み者になる事は出来なかったヴェロッサだが、その保有する希少技術はそれらに勝るとも劣らないであろうと自負している。

 

 予め与えていた魔力が尽きぬ限り、猟犬達が倒される事はない。

 練り込まれた魔力量は、無人端末の非殺傷設定程度では覆される事はないと断言できるのだ。

 

 だが、そんな物は敵も熟知している。此処が彼らの標的に深く関係する施設である以上、ヴェロッサの希少技術が知り尽くされていると言う事は、考慮して然るべき問題なのだ。

 

 

「貴方の希少技術の性能は存じておりますが、油断は大敵と言う物です」

 

 

 降り注ぐ雨を目暗ましとして、三つの影が洞窟の中より疾走する。

 

 人間の視認速度を凌駕し、機械による追跡すらあっさりと置き去りにする速度で迫る三つの影が、その四肢に取り付けた無数のエネルギー刃によって獣達を八つ裂きにした。

 

 

「この様に、例外と言う物はある物ですからね――逆巻け、ヴィンデルシャフトッ!」

 

「量産型戦闘機人か。……それもトーレタイプ。厄介だねぇ」

 

 

 時空管理局の正式採用モデルである量産型戦闘機人。その登場に、両者は確信を深めた。間違いなくこの施設には彼らの標的、管理局最高評議会が関わっている。

 

 三体のトーレがクラウチングスタートにも似た前傾姿勢を取り、対するシャッハもまた両手にトンファー型のデバイスを構える。

 一瞬即発と言うべき戦場を前に、しかしヴェロッサは余裕を崩さずに小さく笑みを浮かべた。

 

 

「……やっぱり、硬いさ。シャッハは」

 

 

 知っているのだ、彼は。そして彼女も気付いていた。此処に居るのは、先行した自分達だけではないと。

 

 

「僕の猟犬だけじゃなく、彼らも居るんだから。難しく考える必要なんてないのさ」

 

 

 瞬、と烈風の如く、頭上より二つの影が疾駆する。

 蒼き獣がその剛腕で機械仕掛けの女を力任せに吹き飛ばし、巨大な盾を背負った金髪の青年が流れる水の如き動きで一人の女の意識を奪い去った。

 

 

「追撃行きます。引斥転遷!」

 

 

 予想外の増援に驚く最後の戦闘機人へと、歪みを使用したシャッハがヴィンデルシャフトを振るう。

 

 咄嗟にトーレは、回避しようと上体を仰け反らせる。

 だが、まるで吸い込まれる様に、上体を逸らしたままシャッハの間合いへと引き寄せられる。

 見えない手に引き寄せられたトーレは、重量の肥大化したトンファーによってその身を撃ち抜かれた。

 

 重力操作の歪み。引斥転遷。触れた物。間合いに入った物。その対象を引き寄せ、或いは引き離すだけの単純な力。

 だが近接戦闘に長けたシャッハの近代ベルカ式魔法と合わさった時、その単純な能力は恐るべき異能へと変じるのだ。

 

 

「……さってと、これで全員合流かな」

 

 

 管理局の極秘研究所。それを前に機動零課は集結する。

 

 余裕の笑みを絶やさずに居る緑髪の優男。

 無数の猟犬を操る特別捜査官ヴェロッサ・アコース。

 

 生真面目そうな表情で、両手に武器を構えた女。

 重力を操る歪みを持つは、ベルカの騎士シャッハ・ヌエラ。

 

 両手に鉄甲を装備した浅黒い肌の獣人。

 時の鎧で命を繋ぐは、嘗ての守護獣。復讐騎ザフィーラ。

 

 そして最後の一人。

 身の丈よりも大きな機械盾。魔力資質を持たない彼の為に、狂人が用意した特殊武装を背負った金髪の青年。

 澄んだ瞳に僅かな焦りを宿す彼の名は、ユーノ・スクライア。

 

 彼らこそは六課の影。古代遺産管理局の指導者達が最も信頼する四人。

 華々しい機動六課の活躍に隠れて、真なる敵を表に引き摺り出す為に――四つの影が、暗き穴の中へと突入した。

 

 

 

 

 

3.

「さって、これからどうするか何だけど」

 

「既に警戒態勢。いえ、緊急対応に切り替わっているでしょう。……真っ直ぐに進むだけでは、後手に回りますか」

 

 

 警報が鳴り響く施設の廊下を疾走しながら、ヴェロッサが軽い口調で問い掛ける。

 そんな彼の言に応じる様に、周囲を警戒しながらもシャッハが自身の不安を口にした。

 

 

「……なら、僕が先行しよう」

 

 

 そんな二人に言葉を返すのはユーノ・スクライア。

 彼は背負った巨大な盾を左手に持つと、それを掲げながら提案した。

 

 

「この“ナンバーズ”には、御誂え向きな機能が搭載されているからね」

 

「非魔導士用特殊兵装ナンバーズ、ですか。……高密度AMF下でも稼働する魔力駆動兵器。AEC武装の試作品でしたね」

 

 

 試作AEC兵装“ナンバーズ”。ライディングボードと呼ばれる巨大な盾をベースに改造を施したそれは、非魔導士にインヒュレーションスキルと言う力を与える。

 

 十二のカートリッジを一つ消費する事で内部にある魔力炉心を起動させ、十二種の戦闘機人が持つ先天固有技能を魔法と言う形で再現する代物だ。

 

 

「全く、ユーノ先生の気が知れないね。あの狂人が手ずからに作り上げた代物を、好き好んで使うなんてさ」

 

 

 当然、その製作者はジェイル・スカリエッティ。

 その裏切りを警戒するクロノの指示の下、幾度となく思考を覗き込んだヴェロッサは嫌そうな顔を隠さずに吐き捨てた。

 

 

「……まぁ、あの人はあれで良い所もある人だからさ」

 

「定期的にあのイカレ科学者を思考捜査しないといけない。そんな僕の身にもなって欲しいものなんだけどねぇ」

 

 

 あらゆる守りを無視して、対象の精神を調べ尽くす事が出来る希少技術。

 思考捜査を持つが故のボヤキに、ユーノは苦笑いを返すとナンバーズを両手に構えた。

 

 

「ナンバーズ機動。モードセイン。ディープダイバー」

 

 

 バンと発砲音と共に空薬莢が排出される。無機物へと自由自在に潜航する事を可能にする技術が効果を発揮し、ユーノの身体は鋼鉄の床へと沈み込んでいく。

 

 

「ヤバくなったら退きなよ。先生が抜けたら、不味い子が居るんだからさ」

 

「……分かってるよ。無理はしないさ」

 

 

 戦闘機人の先天固有技能の再現。とは言え、完全なコピーは未だ出来ない。

 幾つかの劣化は起こってしまう物であり、このディープダイバーは本家本元と異なり、使用者以外は能力範囲に巻き込めないと言う欠陥を抱えていた。

 

 故に単身で先行するしかないユーノへとヴェロッサはそう言葉を掛けて、そんな彼の言葉に軽く手を振り返したユーノは研究施設の最奥へと向かって行った。

 

 

「やれやれ、先生も少し急いているのかねぇ」

 

「……無駄口を叩いている暇があれば、進むべきだな」

 

 

 軽口を言うヴェロッサに対して、無言を貫いていたザフィーラが冷たく口にする。その物言いに苛立ちながら、ヴェロッサは吐き捨てる様に言葉を返した。

 

 

「アンタに言われなくても分かってるさ」

 

「なら、黙って進め」

 

 

 会話はそれだけ。残された者らは無言で先へと進んでいく。

 ユーノが去った瞬間に冷え切った空気を出し始めた両者に挟まれて、シャッハは小さく溜息を吐いた。

 

 

(全く、この二人は相変わらず相性が悪いのですね)

 

 

 ザフィーラとヴェロッサは互いに嫌いあっている。

 その感情は、互いに向けられた情は同族嫌悪にも近い物であった。

 

 

 

 ヴェロッサ・アコースは、姉に対して負い目がある。

 守った姉。守られた弟。其処にそれ以外の感情も抱いているからこそ、彼の胸中は酷く複雑なのだ。

 

 何かを返したい。義弟としても、男としても、何かを示さずには居られない。

 だがカリム・グラシアは其れを求めてなど居らず、結局やる事為す事空回り。そんな彼は、しかし何処かで甘えているのだとザフィーラは感じている。

 

 未だ生きているから大丈夫。未だ何か出来るから大丈夫。そんな楽観に近い甘えが確かに其処にあるのである。

 

 そんな甘えを持つヴェロッサと言う男を、ザフィーラと言う騎士は嫌っている。

 失ってからでは遅いだろうに、と失った男だからこそそんな感情を抱いてしまうのだ。

 

 

 

 対して、ヴェロッサの嫌悪はザフィーラの行動に向けられた物だ。

 

 主を失くした復讐騎。己の役割を投げ捨て憎悪に全てを燃やす者。そんな在り方は手放しに称賛出来ないが、嫌悪する程ではない。そうではない。彼が嫌うのはそれではないのだ。

 

 ヴェロッサが嫌うのはアルザスの生き残りに対して、ザフィーラが捨てた筈の守護の獣として対応している点だ。

 

 まるで主を守護する様に、暇さえあればあの少女の傍に控えている。その身を守る事を、復讐に次ぐ第二の命題として己に課している。

 それが愛情だとか、他の俗な感情によってなるものならば、或いは受け入れたかも知れない。

 だが、思考捜査と言う希少技術を持つ彼には分かる。このザフィーラと言う男は、少女に対して罪悪感を抱いているのだと。

 

 嘗て狂った夜天に飲まれた際に得た記憶。闇の書を起動する為に、鉄槌の騎士がアルザスを滅ぼしたと言う真実。

 それを知ってしまったからこそ、ザフィーラは唯一人の生き残りであるキャロ・グランガイツを放置出来ない。

 盾の守護獣である事を復讐の為に捨てながらも、それでも割り切る事が出来ずに居る。その癖、己の素性を明かそうともしていないのだ。

 

 それがヴェロッサは気に入らない。同族嫌悪と分かっても、それでも受け入れられない。同族嫌悪だからこそ嫌っている。

 

 多くの局員達に期待されながらも、残り僅かな命をそんな迷いで浪費している獣が――守るならばその事情の全てを語れば良いのに、ゼストを含めたごく少数にしか伝えていない中途半端な獣が――どうしようもなく気に食わないのだ。

 

 

(両者共に職務中は割り切って行動できるのですが)

 

 

 互いに水と油の様な関係。両者はぶつかり合って変われる程に若くなく、それ故に相容れないと諦めてしまっている。

 

 その双方が認めるユーノが間に入れば、連携し合う事くらいは出来る。だが彼が抜けてしまうと、その空気は最悪と言って良いレベルに悪化するのだ。

 

 相性が最悪でも、仕事はきっちりと果たす二人。それでもその空気の悪さに挟まれる立場から言わせてもらえば、正直冗談ではないと言う話である。

 この二人を上手く纏められる金髪の青年に、頭を下げてでもその極意を聞き出したいくらいだ。

 

 

(けれど、まあ余計な心配をしている余裕はなさそうですね)

 

 

 研究施設内を駆け進む三人の前に、新たな戦闘機人達が姿を見せる。

 

 トーレタイプが十。チンクタイプが十。あまり見かけぬノーヴェタイプが更に十。

 純粋な戦闘能力に長けた大量の量産機を前に、いがみ合っている余裕などはないだろう。

 今は証拠を押さえる事に集中するべきだ。そう思考して、シャッハは両手にアームドデバイスを構えるのであった。

 

 

 

 

 

4.

 ユーノ・スクライアは一人、研究施設の最下層区画を進む。

 研究員達が居る区画ではなかったが、恐らくは重要な研究に関連する物が収められているのであろう特秘区画。

 

 その中を進む彼には、僅かな焦りがあった。

 それは彼の愛弟子。師匠より預けられた彼女の子に関する懸念。

 

 

(あの子の傍には、今は一人でも多く支えられる人間が必要だ)

 

 

 その少年の現状を共に居た少女より聞き出して、ユーノはそう結論付けた。

 精神を汚染する記憶。自分が誰かも分からなくなっていく現状。それに抗うだけの強さをあの子は未だ持てていない。

 

 

(リリィちゃんと、僕の事は認識出来ている。ゲンヤさんの事も。なら)

 

 

 僅かな救いは、あの子にも認識できる人が居る事。その誰もが、あの子の為に動く事を良しとする。そんな愛されている環境がある事。

 

 

(僕らが傍に居て、あの子の精神を安定させてやる事が現状で唯一の――)

 

 

 故にユーノは、なるべく早くに戻らなくてはいけない。

 あの子が眠っている夜の内に、あの子の下へと戻れる様に、と。

 

 

――まぁ、そう考えるわな

 

「っ!?」

 

 

 それは単純な思考の帰結であるが故に、当たり前の様に読み切られていた。

 

 轟音と共に砲撃が放たれる。ナンバーズの機能よりライドインパルスを起動させながら、その砲撃を躱したユーノは空を見上げた。

 

 

「だがよぉ、……それじゃ困るんだよ」

 

 

 幾何学模様の空が広がっている。奇跡に頼る弱さを否定する鬼の悪意が、宙を染め上げ渦巻いている。

 

 吐き気を催す様な宙の下で、機能を停止したナンバーズが鋼鉄の大地を叩いた。高速移動を強制解除されたユーノは、身体を捻りながらも着地する。

 

 

「お前、は……」

 

「よう。ユーノ・スクライア」

 

 

 眼前の敵を前に思わずと言った体で漏れた声に、言葉を返すは両面の鬼。煙を吹き出す小筒を投げ捨てて、眼前へと飛び降りて来た鬼が笑った。

 

 何故此処に居るのか、どうやって侵入したのか。

 そう問い掛けようとして止まる。あの終焉の怪物が動いた時にも、この鬼はミッドチルダに出現していたのだ。

 

 ならば、あり得る事だと想定する。理由など知る必要はない。ただ宿敵が現れた事を理解して、意識を研ぎ澄ませる事だけに注視しろ。

 

 

(嗚呼、本当に惜しいな)

 

 

 そんな青年の内心を天眼で読み解いて、両面の鬼は僅かに嘆息する。

 今のユーノ・スクライアには多少気に食わない面もあるが、それでも未だにこの青年は両面の鬼のお気に入りだ。

 故にこそ、潰さなければならない現状に僅かに悲嘆して、役割に専念する事でそんな己の感情を押し潰す。

 

 

「ちょっとさ、お前が邪魔になったんだわ」

 

 

 彼が動いたのは、とても単純な理由。青年を排除する事が必要だからと言う、とても単純な理由だ。

 

 確かに支える人間が居れば、トーマ・ナカジマは立ち直れるかもしれない。だが、それでは彼は依存する。

 誰かに支えられなくては記憶の残滓すらも乗り越えられないと言うならば、何を為そうと神の本体には届かない。

 

 白百合はまだ良い。あれは魂が持つ繋がり故に、最後の決戦に置いても傍らに在れるであろう。

 だがユーノ・スクライアは駄目だ。両面の思惑通りに事態が動けば、最後に待つのは精神世界における一騎打ち。

 其処に混じる事が出来ない青年は、トーマの成長には邪魔なのだ。

 

 だからこそ、こうして一人になる瞬間を待っていた。邪魔の入らない戦場を用意して、その時が今成立したが故に――

 

 

「お前には、此処で潰れて貰うぜ」

 

 

 両面の鬼はそう断ずる。必要な役は既に果たしたと、その命を摘み取る為に姿を見せた。

 

 それを望まぬならば、今この瞬間に己を倒してみろと歪に笑う。

 それを為す為の条件を整えた上で、両面の鬼は歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

「天魔・宿儺っ!」

 

 

 無間身洋受苦処地獄(マリグナントチューマー・アポトーシス)

 神の奇跡の一切を否定する世界の只中で、ユーノ・スクライアは宿敵の名を叫んだ。

 

 

 

 

 

 




そんな訳で、宿儺さん登場。
潰されたくなければ此処で俺を倒せ、と相変わらずの無茶振りです。



以下、オリ歪み解説。
【名称】引斥転遷
【使用者】シャッハ・ヌエラ
【効果】その名の通り、引力と斥力を操作する歪み。シャッハが持つカリムやヴェロッサを守る騎士でありたいと言う渇望が生んだ歪みである。
 射程範囲は二メートルちょっと。あくまでも拳が届く範囲内にしか効果がない。

 守るべき人を近付け、憎むべき敵を遠ざけると言う歪み。
 己が守ると言う意志がある為に効果範囲は狭いが、その効果自体は単純であるが故に強制力は歪みの等級に反して高い。

 守りたいと言う願いの性質故に、彼女は同質の願いを持つクロノに対して執着している。
 なお二人が戦闘した場合、歪み者としての等級を無視してもシャッハの完全敗北で終わる模様。





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