リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

9 / 153
※注意。今回の話で原作キャラに死亡者が出ます。
 人によっては胸糞悪くなる展開・表現があるかもしれません。


副題 宿儺無双。
   使い魔の意地。
   降り頻る雨の中で。


推奨BGM
1.祭祀一切夜叉羅刹食血肉者(神咒神威神楽)
2.なまえをよんで(リリカルなのは)


第七話 永久の別れ

1.

 気持ちが悪い。

 

 高町なのはがその空を見て、まず初めに感じた思いがそれだった。

 

 幾何学模様が渦巻く空。黄色に染まった異様な景色。

 

 その世界は、まるでなのはの全てを否定しているよう。

 お前の存在を許さないと、そう言われている様に感じてしまう。

 

 吐き気がした。

 唯々、嫌悪と恐怖が募っていく。

 

 体が傷む。全身が軋む。

 土の味を感じながら、痛む身体を引き摺り立ち上がる。

 

 上空で戦っていた所を、急に落とされたのだ。

 身体の何処に、どんな異常が出ていてもおかしくはない。

 

 何時の間にか、バリアジャケットが解除されている。

 旅行へ行く為取り出したばかりの洋服は、泥に塗れて汚れてしまった。

 

 そんな事を現実逃避気味に考えながら、視線を空から移動させる。

 あの気持ちが悪い空を見続けていられなくて、逃げる様に逸らした先。

 

 その先に、もっと悍ましいナニカが居た。

 

 

「はっ、何だよお前ら、さっきの続きしねぇのか?」

 

 

 そこに嘲笑う怪物が居る。

 立ち並ぶ山よりも大きな、巨大な鬼が其処に居る。

 

 

「おいおいどうした、魔法少女? 見ててやるから、続きをやってみせろよ。魔法がない、この世界で」

 

「無茶振り此処に極まれりってねぇ。魔法がないなら、後に残るのは唯の少女じゃないの?」

 

「はっ、誰が頓智を望んだよ。……俺が見たいのは、遥か昔から変わらねぇ」

 

 

 異様な世界に響くのは、男と女の笑い声。

 薄い笑みを張り付けた鬼面の男。長い黒髪の隙間から、赤い瞳を覗かせる鬼女。

 

 巨大な鬼は、両面だ。

 男の首のその傍らには、女の生首が生えている。

 

 その両腕は男の腕で、肩口から覗くのは女の腕。

 男女合わせて両面四腕。そして其々の腕に、巨大な大筒を手にしている。

 

 

「さぁて、魅せてみろ。自称人間ども。お前たちが真に“人間”を語るなら、この地獄の中で魅せてみろ」

 

 

 男の顔が嗤う。女の顔が嗤う。

 両面四腕の鬼が、嗤い続けている。

 

 なまじ人間に似通った部位の多い造形だからこそ、その違いが悍ましい。

 

 

「それさえ出来ねぇなら――此処で終われ。■■■■■」

 

「ひっ!」

 

 

 目が合った。視線が交わった。

 覗き込む形相を見て、思わず悲鳴が零れる。

 

 まるでホラー映画の怪物の如き異形。

 その様相の悍ましさ。その身が放つ威圧感。

 

 それら全てが少女の胸から、闘志を、意志を、覚悟を剥ぎ取る。

 剥き出しの弱さを曝け出された幼子は、どうにかしようと奇跡の杖を手に取る。

 

 だが――

 

 

「あれ? レイジングハート?」

 

 

 レイジングハートは動かない。

 幾何学模様に染まった天の下、奇跡の杖は動作しない。

 

 

 

 魔法とは、高度に発展した科学である。

 

 魔力素と言う世界に満ちた力を、リンカーコアによって取り込み魔力に変える。

 その魔力を「変化」「移動」「幻惑」させる事によって、超自然現象を引き起こす科学技術こそが魔法である。 

 

 それは神秘ではなく、正しく人の文明の粋。

 人間が生み出した叡智の結晶であると、それは両面鬼とて認めている。

 

 だが、世界とは■である。

 故に世界に満ちた力とは、須らく■の欠片。

 

 魔力素と言う些細なプロセスだけで様々な変化を齎す万能の粒子とは、即ち■■■であり、それ自体が神秘に属する物である。

 

 ならば魔法とは、人間の技術の粋でありながらも、神の奇跡を強請る技術。

 如何に叡智の結晶であれ、神秘からは離れる事が出来ない代物だ。

 

 科学によって、神秘を為す。

 それが例えとしては、最も相応しいであろうか。

 

 故にこそ、この身洋受苦処地獄は魔法を許容しない。

 この領域下において、魔法は使えないし、魔法によって成り立つ物は須らく自壊する。

 

 それはデバイスとて、例外ではない。

 待機形態ならば兎も角、稼働形態のデバイスは自壊から逃れられない。

 

 故に赤い宝石は、色を失った。

 レイジングハートは壊れて、その機能を停止していた。

 

 

「あれ、嘘、なんで!?」

 

 

 動かなくなった杖を、必死に振り回す。

 杖に頼らず、覚えていた魔法を使おうとする。

 

 だが何も起こらない。一切の変化がない。

 その事実に、なのはは身の危険以外の恐怖を感じて。

 

 

「あはははは、大事な魔法が消えちゃったのね。悲しい? 辛い? どうかしら、なのはちゃん」

 

「どうして、名前を!?」

 

 

 そんななのはの姿を、女の首が嗤い蔑む。

 問い掛けに答えぬ鬼女の姿に、背筋が凍る様な恐怖を感じた。

 

 

「それで終わりか? 他にないのか? お前の全ては魔法だけか?」

 

 

 嗤う女とは対照的に、何処か冷えた視線で男は問う。

 

 だがその言葉には、明確な意志がある。

 ただ嗤っている女面と異なり、男面は冷たい殺意さえも混ぜて問う。

 

 

「答えてみろよ。高町なのは?」

 

「っ」

 

 

 覗き込む鬼の言葉から感じる。途方もない程の悪感情。

 

 それに恐怖を感じる。

 その恐怖に追い立てられる。

 

 なのはは得体の知れない恐怖に追い立てられ、涙目になりながら助けを求めた。

 

 

「ユーノくん! フェイトちゃん! アルフさん!」

 

 

 周囲へと助けを求める少女。

 魔法を失くした唯の少女は、そこでようやく気付いた。

 

 

「ユーノ、くん?」

 

 

 血に塗れて跪く民族衣装の少年。

 立ち上がる事すら出来ないその姿は、血の水溜りに沈んでいた。

 

 

「フェイトちゃん」

 

 

 泥まみれになりながら、金髪の少女が泣いている。

 涙を流しながら、ぐったりとして動かない赤毛の狼を揺さぶっている。

 

 

「アルフさん」

 

 

 己を活かす魔力を自壊させられた使い魔は、その命を終えようとしている。

 幾度再契約の魔法を交わしても、一度壊れた物はもう二度とは戻らない。

 

 

「み、んな」

 

 

 死屍累々。そうとしか言えない状況。

 今この場にて、無事だったのは魔法を失くした少女だけ。

 

 

『は、ははは、はははははははははっ!!』

 

 

 男の声が自暴自棄に嗤う。

 女の声が無様な姿を嘲笑う。

 

 二つの声が重なりあって、幾何学模様の宙に響いた。

 

 

「今の今まで気付かないなんて、よっぽど魔法が大切だったのねぇ」

 

「ダチなんて後回しか? ツレよりも自分が大切か? それがお前の回答かよ?」

 

 

 それがお前か? 諦めた様に問い掛ける。

 それがお前だ。その無様を嗤いながら、詰まらないと溜息を吐く。

 

 その突如現れた怪異を前に、少女の心は崩れていく。

 

 

「貴方たち、……何を」

 

 

 震える声で、何をしたのかと問い掛ける。

 問いに答える鬼の声は、何処までも楽しげながらも白けた色。

 

 

「別に何もしてないわよ、ただ」

 

「俺の身洋受苦処地獄に、神の奇跡は必要ねぇ」

 

 

 魔法。神の奇跡。不思議な力。

 それら全てを天魔・宿儺は否定する。

 

 そんな物に頼る者達を嘲笑する。縋る者達を愚弄する。

 人間の輝きを忘れたその姿は、見るに堪えぬと鬼は言う。

 

 

「魔法の根本。大気に満ちる魔力素は、本を正せばアイツの力だ。それを消費している以上、その技術を俺は認めねぇ。要はそれだけのことだ」

 

 

 故にこの世界に、奇跡は不要。

 無間身洋受苦処地獄の中では、如何なる魔法も使えない。

 

 魔法によって得られた恩恵は失われる。

 魔法によって成り立つ物は自壊する。

 

 なのはが魔法を発動できないのも、それが故。

 ユーノの表面だけを塞いだ傷痕を開かれたのも、それが故。

 アルフが魔力供給ラインを絶たれて死に掛けているのも、それが故。

 

 全て、この鬼の宇宙に飲み込まれたが故である。

 

 両面の鬼は何もしていない。

 ただ彼の宙がそのような法則に満ちているから、そう世界は書き換えられる。

 その宙が世界を塗り替えた今、彼女らは地に落とされた唯人に過ぎないのだ。

 

 もとより太極とは、神とはそういうモノである。

 

 それは人型をした単一宇宙。

 神はその内側に絶対の法を強いていて、太極の言葉と共に世界を己が宇宙で塗り替える。

 

 天魔・悪路が腐毒の王なれば、天魔・宿儺は神秘の否定者。

 非常識に対する最大の天敵こそが、この両面四腕の鬼である。

 

 その両面の鬼を前に、魔法少女に出来ることなどない。

 魔法を奪われた世界において、唯の少女に出来る事など、何一つとしてありはしない。

 

 

「本当に?」

 

「違うだろう」

 

 

 魔法を奪われた世界に、魔法少女は存在しない。

 抒情的に伝わる想いなどでは、この両面鬼は納得しない。

 

 

「“人間”ならば、示してみろや」

 

「戦う覚悟はあるんでしょう? ならやってみましょうよ」

 

 

 鬼が望むのは、唯一つ。

 

 古き世界に失われた、その輝きを――

 この世界に残っているかも知れない。その輝きを――

 

 

「俺に勝てるのは、“人間”だけだ」

 

 

 そう。この両面に勝てるのは、その輝きを忘れぬ人間だけ。

 この地獄の主を打ち破れるのは、輝かしい人間の意志のみだ。

 

 

「魅せろや新鋭! お前らに次代があると言うなら、その価値を示せぇっ!」

 

 

 故にこの場に居る誰もに、鬼は魅せろと語り掛ける。

 その言葉に返せる物が一つもなければ、彼らは此処で終わるだろう。

 

 もう諦めている。――けれどまだ、最後に勝ちを求めている。

 もうないと嘆いている。――ほんの少しでも、信じられる輝きがあるならば。

 

 だからこそ、その見極めに容赦はない。

 誰が苦しもうと、誰が嘆こうと、誰が死のうと、その裁定は揺るがない。

 

 可能性は一つだけ――誰かが、それを見せる事。

 

 

「レイジングハート。……どうしてっ!」

 

 

 高町なのはは、駄目だった。

 彼女の覚悟とは、魔法ありきで定めた物。

 

 故にこそ彼女は何時までも、壊れた杖に頼ってしまう。

 晒された地金は、何も出来ないと自虐する、恐怖に怯えた無力な少女。

 

 

「っ、ぅぅ」

 

 

 ユーノ・スクライアは、駄目だった。

 彼の心に刻まれた恐怖。それが少年の身体を縛る。

 

 嘗て相対して、駄目だと断言された無力な少年。

 彼はまだ立ち上がれない。もう一度を与えられても、それでも動く事が出来ない。

 

 

「アルフ! アルフっ!」

 

 

 フェイト・テスタロッサは、駄目だった。

 プロジェクトFの産物。作られた偽りの命。

 

 故にこそ、まだ目覚めていない。

 母の言葉に依存する少女は、まだ明確な“人間”足り得ない。

 

 ならば、誰もが地獄に飲まれるのか。

 誰もが否定されたまま、ここで命を落とすのであろうか。

 

 

 

 いいや、否――

 

 

 

 彼女だけは、大切なモノの為に立ち上がれた。

 

 

「あ、ぐ、ああああああっ!」

 

 

 咆哮が轟く。

 まるで断末魔の悲鳴の如き絶叫。

 

 それでも確かな意志で、壊れかけた彼女が立ち上がる。

 

 

「あ、アルフ」

 

 

 起き上がった女の名は、アルフ。

 彼女の姿を他ならぬフェイトこそが、信じ難いものを見る瞳で見つめていた。

 

 主だからこそ、彼女には分かる。

 アルフは既に死に体だ。瀕死の状態で、立ち上がれる道理はない。

 

 使い魔とは、主の魔力で生きる者だ。

 主にその生を依存して、故に仕え侍る者だ。

 

 使い魔は、魔力供給を絶たれれば力を失う。

 その生命機能を維持できなくなり、そのまま鼓動を停止させる。

 

 安楽死に近い形で、ゆっくりとその存在が消滅する。

 最早その結末は避けられない程に、アルフの身体は終わっていた。

 

 

「何、で?」

 

 

 なのに何故。何故立ち上がれる。

 涙に暮れていた少女は、己が従者の動きに目を見開いた。

 

 

「守るんだ」

 

 

 アルフは何故動けたのか?

 そんな理由は、決まっている。問う事自体が愚かしい。

 

 

「あたしが、守るんだ」

 

 

 彼女は使い魔だ。

 主を守ると誓った使い魔だ。

 

 ならば何故、主の窮地に動けぬ道理があるというのか。

 

 

「あたしがっ! フェイトをっ!」

 

 

 動け。動け。

 動いてくれと、己の体に鞭を打つ。

 

 今こそが、己がその役割を果たす場所。

 その今に動けなくてどうすると、咆哮を上げて己を鼓舞する。

 

 

「守るんだぁぁぁっ!!」

 

 

 そうして、アルフはその場に立ち上がった。

 

 

「へぇ」

 

 

 人間に化ける事も出来ず、よろよろと立ち上がる赤毛の狼。

 泣きじゃくる少女を口に咥えて、震える四肢で抗う使い魔。

 

 その姿に、両面鬼は笑みを浮かべる。

 嘲りではない笑みを浮かべた鬼が、その奮闘を楽しげに見詰めている。

 

 

「それで、来るかい?」

 

 

 挑むのか、この両面の悪鬼に。

 戦うのか、この山よりも大きな怪物と。

 

 いいや、否。

 

 

「アルフっ!?」

 

 

 アルフはフェイトを咥えたまま、脇目も振らずに四本脚で走り出す。

 天魔・宿儺と言う怪物に向かってではなく、反対にあるであろう街を目指して。

 

 

(勝てない。アレは無理だ)

 

 

 獣が下した判断は、逃避すると言う選択肢。

 

 誰よりも早く。怪物と相対する以前から、その脅威を理解していた。故にこそ、挑むなど論外なのだと分かっている。

 

 

(フェイトを、安全な場所にっ! それがあたしのっ!)

 

 

 真っ先に、敵前逃亡を選んだ使い魔。

 誇りがないと笑うなら、存分に笑うが良い。

 意気地がないと蔑むなら、好きなだけ蔑んでいろ。

 

 この身は主の為にある。

 故に求めるは、彼女の無事だけなのだ。

 

 誇りも賛辞も、そんな物は必要ない。

 フェイトが無事なら、それ以外など要らないのだ。

 

 だから逃げる。だから逃げた。

 脇目も振らず、他の全てを見捨てて、ただ主人だけを救う為に。

 

 

「正解だ。従者としては、模範解答だろうよ」

 

 

 そんなアルフの選択を、見事な解だと確かに認める。

 その魂が放つ輝き。守りたいと言う意志を確かに認めて――

 

 

「だが、無意味だ……ってね」

 

 

 両面の鬼が四腕に持った銃。否、大筒を構える。

 その砲口が狙うのは、一心不乱に逃げ続ける主従の背中。

 

 逃げようとすれば、逃げられるとは限らない。

 これは現実なればこそ、確定逃走などと言う術などない。

 

 さあ、試すとしよう。

 その輝きが真ならば、この鬼の魔手からも逃げ切れるだろう。

 その輝きが真ならば、確かな結果を引き寄せて見せる筈だろう。

 

 故に、鬼は此処に見定める。

 

 

「駄目! やめて!」

 

 

 なのはが悲鳴を上げて、その行動を制止する。

 ボロボロのアルフの姿を見て、アレを失ってはいけないと。

 

 だが――

 

 

「で? お前に何が出来るんだ?」

 

「あ……」

 

 

 何もできなかった。

 問い掛ける言葉に対して、何も返せない。

 

 

「魔法のない魔法少女。さて、それに一体何の価値があるのやら?」

 

「今はテメェの番じゃねぇ。黙って見てな」

 

 

 魔法を手にして変われたつもりだった。

 奇跡の力を得て、もう無力ではないと思っていた。

 戦う覚悟を胸に抱いて、確かな意志で進んでいると思っていた。

 

 

「……やめ、て」

 

 

 けれど、神様の奇跡が失われれば、後に残る地金は酷く脆い。

 

 覚悟も意志も、全ては魔法と言う力があってこそ。

 自分には何も出来ないと、嘆いている本質が変わらねば意味などない。

 

 その小さな掌。年相応のその腕。

 年相応の事も出来ない自分が、あんな怪物に何か出来るはずもない。

 

 出来たのは、唯、言葉を紡ぐ事。

 やめて欲しいと、願う言葉を口にする事。

 

 

「やめてぇぇぇぇっ!」

 

 

 されど魔法を無くした少女の静止など、何の力も持つ筈がない。

 なのはの叫び声を背景音楽に、その巨大な大筒から轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 一発目。僅か狙いの逸れた弾丸は走るアルフの眼前を飛んでいき、遠く見える山を砕いた。軽々と放たれた一撃が地形を変えたことに、なのはは恐怖を感じる。

 

 二発目。意図的にずらして放たれた砲弾は、アルフの背後数メートルの位置に着弾する。粉塵が舞い、地が裂け、アルフは衝撃に吹き飛ばされる。

 

 地面に叩き付けられる。

 それでもフェイトだけは傷付けぬと、アルフは吠える。

 

 野生の獣が我が子を守るように、全身で彼女を庇いその傷を請け負った。

 

 

「アルフ! アルフ!」

 

「う、うぅ……フェイト、あたしは」

 

 

 ボロボロの獣に縋りつく少女。共に泥まみれな惨めな姿。

 

 その姿に、何も思わぬのか。

 その姿に、何も感じる事はないのか。

 

 

「終いだ」

 

 

 制止の叫びは届かずに、無垢なる祈りは届かずに。

 両面四腕の悪鬼は何の躊躇もなく、三発目の砲撃を放った。

 

 

 

 朦朧とした視界の中、想い出すのは嘗ての光景。

 死病にかかり群れから追放されて、出会った一人の少女の姿。

 

 

――ずっと傍に居る事。

 

 

 そうして結んだ一つの契約。

 その寂しげな少女をあらゆる事から、守る事こそアルフの願い。

 

 だから――

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 最後の力を振り絞って、アルフは再び立ち上がる。

 失ってはいけない人がいるから、どんな状態でだって立ち上がるのだ。

 

 

「アルフっ!」

 

 

 それは、如何なる奇跡であろうか。

 否。身洋受苦処地獄に奇跡は存在しない。

 

 あるのは唯、人の意志。

 唯人が唯人のままで、踏破せねばならぬ地獄。

 

 そこを進む為に必要なのは、たった一つの意志に他ならない。

 

 

〈フェイト。捕まってて! 必ず、あたしがっ〉

 

 

 もう良いよ。そんな言葉は出ない。

 

 諦めの言葉は、最早侮辱だ。

 ならばフェイトは従者を信じて、その身にしっかりとしがみ付く。

 

 そうして、着弾。

 大地を揺らす号砲が、二人を大きく吹き飛ばす。

 

 それでも、アルフは止まらなかった。

 

 既に死に体。致命傷を抱えたままで、それでも走り続ける。

 爆風すらも追い風にして、どれ程に傷付いても立ち止まることはない。

 

 

 

 四発目の弾丸は、放たれることはなかった。

 

 

 

 その銃口の先には何もない。

 標的である彼女らは見事、両面の鬼から逃げ延びていた。

 

 

「巨体ってのも考え物ねぇ、林に逃げ込まれたら見えないわ」

 

「根こそぎぶっ飛ばすのもありっちゃありだが、ま、流石に無粋だわなぁ」

 

 

 林の中へと消えた主従。

 その従者の健闘を称えて、両面宿儺は確かに笑う。 

 

 

「ほんと、やるものねぇ。こっちは殺す気満々だったのに」

 

「ま、良いもん見れたし、逃がすのは吝かでもねぇさ。……お前の勝ちだよ。使い魔アルフ」

 

 

 見事だった。見応えのある逃走劇であった。

 その意志には、値が付けられぬ程の価値がある。

 

 鬼は確かに認める。

 あの場に居た四者の中で、唯一人アルフだけは確かな“人間”だった。

 

 使い魔であるとか、種族が人でないとか、そんなものはどうでも良い。

 己の意志で確固たる現実に立ち向かい、そしてままならぬ中でも確かな物を掴み取る者こそが“人間”なのだ。

 

 

「嗚呼、だが少し残念だ」

 

 

 そう認めたからこそ、鬼は残念だと口にする。

 アルフと言う女が使い魔だからこそ、逃れられない末路を語る。

 

 

「フェイト・テスタロッサは、これで助かる」

 

「けど、貴女はそれで御終いね」

 

 

 フェイトは、確かにアルフが守り抜いた。

 だが、当のアルフは、もう助かる道がなかった。

 

 

「……何を」

 

 

 その言葉を聞いて、なのはは震える声で口にする。

 何を言っているのかを問う少女に、鬼は答えをくれてやる。

 

 

「俺の身洋受苦処地獄が、どこまで広がっているか分かるか?」

 

「本来は次元世界一つくらい覆えるんだけどね、今はこの国全体を飲み込んでいるくらいの広さかなぁ」

 

 

 この日本と言う国土の内に、逃げ場はない。

 この身洋受苦処地獄が生み出した被害は、彼女だけには留まらない。

 

 

「うそ……それじゃあ」

 

 

 何処かで、長き時を生きた狐が絶命した。

 何処かで、闇を宿した古の書物に致命的な自壊が生まれた。

 

 この両面宿儺の支配する世界の内で、如何なる異端も生きられない。

 あれほど必死になって主を逃がしたアルフは、この鬼が作り出した地獄から逃れられない。

 

 否、逃げる先がない。

 この国全土を覆っているのだから、逃げ場など何処にもないのだ。

 

 

「だから、あいつは遅かれ早かれ死ぬ。この地獄に飲まれた時点で、もうそれは揺るがねぇ」

 

「……そんな」

 

 

 残念だ。本当に残念だった。

 そんな風に語る両面の鬼を前に、なのはは一つの可能性に気付いた。

 

 

(……もしかしたら)

 

 

 そう。それはほんの僅かな可能性。

 既に終わったアルフと言う女が、助かるかも知れない可能性。

 

 長くこの異界に飲まれていれば、確実に助からない。

 だがもしも、手遅れになり切ってしまう前にこの異界を壊せれば――

 

 

「そうだ。……俺を倒してみせろ」

 

 

 或いはアルフも、助かるかも知れない。

 

 それに気付いたなのはに、天魔・宿儺は笑みを深くする。

 力を失くした少女に与えられたのは、誰かの為に戦う試練。

 

 

「万が一、億が一くらいの確率で、あの女も助かるかもしれねぇぞ?」

 

「ならっ!」

 

 

 その可能性を前にして、なのはは震える足で立ち上がる。

 或いはであっても、恐怖に震える少女にとっては確かな可能性。

 

 もしかしたら救えるかもしれない。

 僅かに見えた光明に、なのはは全てを賭けようとして――

 

 

「けど魔法なしで、貴女に一体何が出来るのかしらねぇ」

 

「あ……」

 

 

 その光明は、一瞬の内に闇に飲まれる。

 希望なんて、もう何処にも存在しなかった。

 

 

(無理、だよ)

 

 

 そうだ。無理だ。

 無力な自分に、何が出来るというのだ。

 

 魔法を使えないこの世界。

 全てが自壊する身洋受苦処地獄。

 

 その只中で己の体だけを頼りに、この山より大きい鬼を倒さなくてはいけない。

 

 

(そんなの、出来る筈がない)

 

 

 何だそれは、不可能だ。

 そもそも勝負という形になっていない。

 

 仮に兄姉のような武芸をなのはが身に付けていたとしても、こんな怪物に対して何が出来るというのだろうか。

 

 天魔・宿儺が語るのは、神話の再現をしろという言葉。

 

 伝説に語られる英雄が行った鬼退治。

 一騎当千の兵が、それでも小細工を必要としたその偉業。

 

 それを生身で果たせと、鬼は告げている。

 

 そうでなくば、死人が出るぞと。

 そう告げられて、しかしなのはは何も出来なかった。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 無理なのだ。不可能なのだ。

 どんなに覚悟を決めた所で、出来ない物は出来ないのだ。

 

 魔法と言う奇跡を手にしなければ、己には何もないと感じていた少女。

 そんななのはに、魔法なしでこの絶望の化身に向かい合う胆力などありはしない。

 

 仮に彼女の兄のような武芸の達人でも、決死の覚悟をして、相応しい武具を得て、絶望を乗り越えることを誓い、あらゆるモノを掛けてなお、倒せる可能性は極めて低いのがこの怪物だ。

 

 己が無力さを知る少女に、出来ることなどありはしない。

 

 カランと黄金の杖が地面に落ちる。

 ただ茫然と、無力感に苛まれてなのはは立ち尽くす。

 

 無力である。何も出来ない。

 だが何もしなければ、アルフは死ぬ。

 

 そんな状況で何も出来ない少女は、涙目になって首を振る。

 

 耳を塞ぎ、目を閉じて、現実から目を逸らした。

 恐ろしいモノが何処かに行ってしまう事を祈りながら、子供は震えて蹲った。

 

 

「ちっ。……アイツの末が、コレかよ」

 

 

 挑むどころか、現実を見ようともしないその姿。

 そんな姿に毒吐く様に口にして、天魔・宿儺は詰まらなそうに視線を移した。

 

 

「んで、お前はどうすんだ?」

 

「……っ、あ」

 

 

 血塗れで跪いていた少年を見据える。

 お前は何もしないのか、何をしているのか、と。

 

 

「女の影に隠れて、バトル解説してるだけか? んな男、死んでいいだろ」

 

「男気見せなよー。詰まんないと潰しちゃうぞ」

 

「う、うううう」

 

 

 鬼に睨まれて、ユーノは竦みあがる。

 足が震える。動かなくてはいけないと、分かっているのに動けなかった。

 

 傷は理由にならない。

 死に体でも動き続けたあの使い魔がいるのだから。

 

 ならば、違いは意志にある。

 ならば、その違いは覚悟にある。

 

 明確に示されてしまった。

 少年が少女を守りたいと思うよりも強く、あの使い魔は守ろうとしていた。

 

 恐怖に怯えるのは同じで、傷付いているのも同じ。

 なのに自分は、震えるだけで何も出来てはいない。

 

 悔しい。情けない。

 そう思う事は出来ても、身体が動いてくれない。

 

 彼に足りないのは、確かな自信。

 守り抜くと言う意志がないから、少年はまだ立ち上がれない。

 

 

「詰まんねぇなぁ、お前ら」

 

 

 何も出来ないと結論付けて、何もしようとしないその態度。抗う所か、最初から諦めているその姿。

 

 そんな二人の姿に、心底から呆れ果てて、鬼は銃口を向ける。

 

 

「魔法魔法と、それがなければ何も出来ねぇ」

 

「さっきの狼さんくらいには魅せて欲しいよね、追い詰めれば何か出るかしら」

 

「さあな、取り合えずだ。……躱せなけりゃ死ね」

 

 

 情けも容赦もなく、二発の砲弾が放たれた。

 

 運動音痴ななのはも、傷だらけで身動き出来ないユーノも、魔法を奪われた今その砲撃に対処など出来る訳もない。

 

 

 

 訪れる死は揺るがない。

 命奪われることを恐怖し、ユーノが目を閉じた瞬間――

 

 

「はーい。そこまで、ストップ!」

 

 

 聞き覚えのある声が響いた。

 

 

「え?」

 

 

 目を開いて確かめる。

 何時の間にか、周囲は真っ黒な影に包まれていた。

 

 それは自身だけではなく、少し離れた場所で震えるなのはも同様。

 彼らは影に囲まれて、その暗い海の中へと飲み込まれていく。

 

 恐怖はなかった。

 敵意はない。悪意はない。

 

 つい最近嗅いだばかりの、少女の香りに包まれていると自覚する。

 

 

(あれ、は?)

 

 

 飲み込まれる寸前に、見知った誰かの横顔を見た。

 

 

 

 

 

 そして、少年達が影に飲まれた後。

 その場に残った両面宿儺の前に、その少女は姿を見せた。

 

 

「んで、なんで止めたんだよ、姐さん」

 

「そんなにあの子がお気に入りなの? 趣味悪ーい」

 

 

 男の鬼が見定める様に、女の鬼は茶化す様に。

 四つの赤い瞳が見据える中、立つ和装の女は揺るがない。

 

 死人の様に血の気のない肌をした和装の少女。

 彼らの同胞の一柱でもある天魔・奴奈比売は、倦怠感を隠さずに口にした。

 

 

「うっさいわよ、馬鹿共。兎に角、さっさとこれ閉ざしなさい。居心地悪いったらありゃしないのよ」

 

「そうかい? 俺は居心地良いんだけどなぁ」

 

「アンタみたいな不感症。どうせ何処でも同じでしょうが」

 

 

 嘯く鬼の前に立ち、四眼の少女は苛立ち紛れに命令する。

 

 この悪童はこれでいて、穢土・夜都賀波岐のナンバースリー。単純な力量ならば少女の遥か上を行く。

 

 故にこそ、この地獄は他の大天魔にとっても息苦しい世界となる。

 神秘の否定は、主柱である“彼”を除いた全ての天魔に通用するのだ。

 

 

(さぁて、どうするかねぇ)

 

 

 そんな風に顔を顰める少女を前に、どうしたものかと鬼は思案する。

 

 この身洋受苦処地獄の限定展開には、ある一つの企みが秘められている。

 その結果を知るまでは、自分の意志で解くのは避けたいと言う思惑もあった。

 

 そしてたった今、獲物を目の前で攫われた恨みもある。

 大して興味も持てない塵芥だったが、重要なのは獲物の価値ではなく横入されたという事実であろう。

 

 どこぞの吸血鬼の様に、苛立ちだけで身内に切り掛かるような無様は晒さない。

 だが居心地悪いであろう宙を八つ当たりとして、展開し続けるくらいは良いんじゃないか。悪童は、そのようなことを考える。

 

 そんな悪童の笑みに、少女は溜息を吐く。

 そして天魔・奴奈比売は、掌に持った二つの石を見せた。

 

 

「あ? んだよそれ」

 

「うっわー、真っ黒で微妙な石」

 

「……ジュエルシードよ。転送ついでにあの子のデバイスから抜き取った、ね」

 

 

 輝きばかりか、色までも失ったジュエルシード。

 半眼になりながら掌でそれを弄び、奴奈比売は言葉を続けた。

 

 

「あんたの太極は、魔法関連のもん全部自壊させるんでしょうが。……封印魔法で封じられた励起済みのロストロギアなんて、葱しょった鴨じゃないの」

 

「……マジかよ。んなに脆いのかよ、ロストロギアって」

 

「当然でしょ、魔法で作った魔法道具なんだから。分かったら、さっさと太極を閉じなさい。まだ励起前のジュエルシードは無事だろうけど。下手したら二十一個全部がゴミに変わるんだからね」

 

 

 苛立ちながら口にされる言葉に、宿儺は軽く肩を竦める。

 僅か浮かんだ笑みには気付かせずに、両面宿儺は己の太極を閉ざした。

 

 

「へぇへぇ、分かりましたよっと」

 

「あんた、本気で分かっている? あれば良い、程度のジュエルシードなら兎も角、本命のアレまで壊したら、本気で洒落にならないわよ」

 

「……アレの方は平気じゃないの? 流石に彼の欠片がこの程度で壊れるとは思えないんだけどなー」

 

 

 彼ら、穢土・夜都賀波岐の本命は別にある。

 ジュエルシードなど、その過程で見つけたあれば便利な物にしか過ぎない。

 

 だからこそ、こうして遊び惚ける鬼が動いているのだ。

 だからこそ、本来ならば動いた方が良い者らが動けずに居た。

 

 

「中身は兎も角、外装はあんたの太極で壊れるでしょうに。そうなったら、中のアレがどうなるのか、全く分かっていないんだからね」

 

「あー、そうですか。そいつはすいませんでした、っと」

 

「……あんた、この星とその周辺で太極開くの、もう禁止だから」

 

 

 元に戻った空の下で、宿儺が空々しい返事をする。

 そんな返事に頭を抱えて、奴奈比売は腹の底から息を吐き出した。

 

 

「はぁ、これで残りは安心として。……大分厳しいわね。こいつは下手に動かせないし。やっぱり彼女に動いてもらうしかないかしら」

 

「頭脳労働は専門外なんでお任せします、と」

 

「やろうと思えば出来るけど、敵をハメるんじゃない頭脳労働とか、やりたくないんで?」

 

「こいつらは!」

 

 

 頭を抱える策士ポジションな少女は、この悪童をどう扱うかと思い悩む。

 

 そんな少女を煽りながら、天魔・宿儺は笑う。

 僅かに期待していた相手は駄目だったが、それなりには面白い物が見れた。

 

 ならば次は、どの様に自体が動くであろうか。

 これから先、彼の見たい光景は見れるであろうかと。

 

 

(世界が終わる前に、信じさせてくれよ? ガキ共)

 

 

 可能性は低いが、絶無ではない。

 今回の様に、確かな輝きはまだ微かに残っているのだから――

 

 

 

 

 

2.

 山道へと繋がる街外れの道の上。

 曇り空の下で、アルフは静かに倒れ込む。

 

 

「アルフ! アルフ!!」

 

 

 涙を流す主人が、必死で呼び掛けて来る。

 それに言葉を返す事も出来ず、アルフは虚ろな瞳で見上げていた。

 

 その背後、何時しか空は当たり前の色に戻っている。

 そこで漸く安堵を覚えて、アルフは静かに瞳を閉じた。

 

 

(ああ、良かった)

 

 

 主を救えた。あの窮地から。

 それだけで、誇らしい思いで胸が一杯になった。

 

 だから、もう十分。

 だから、もう泣かないで欲しい。

 

 優しいフェイト。

 

 

「何で、もう魔法は使えるのに、何で!」

 

 

 主が嘆きの声を上げている。

 その手が使おうとしている魔法には覚えがある。

 

 かつて子狼だった頃、初めて感じた魔法の力。

 自身と彼女の間に絆を結んだ。使い魔契約の魔法。

 

 病を患い群れから追放された彼女を救った、その温かな魔法を覚えている。

 

 だが、それが成立しない。

 何となく、その理由は彼女にも分かっていた。

 

 契約のラインがぐちゃぐちゃに裂かれている。

 肉体の内側にあるリンカーコアが、異常な動作を起こしている。

 

 自壊させるとあの鬼は語った。なら、これがそうなのだろう。

 もう繋ぎ合わせることが出来ないほどに、アルフの体の中は壊されている。

 

 後少し早ければ、或いは。

 否、それでも無駄だったのかも知れない。

 

 ただ、何れにせよ。

 そんな可能性など、もう無意味であろう。

 

 あるのは唯、手遅れと言う現実だけ。

 

 

〈もう、良いよ、フェイト〉

 

「アルフ!?」

 

 

 もう良いよと伝える。

 口が動かないから、僅かに残った念話で意志を伝える。

 

 もう契約など成立するはずもない。

 仮に死体に戻った後に再契約をしようとしても、このぐちゃぐちゃな魔力ラインの痕が残る限りは不可能なのだ。

 

 だから、自身に魔法を使うのは魔力の無駄だ。

 ただでさえ消耗しているのだから、それはフェイト自身の為に使わなければいけない。

 

 

〈それはさ、フェイトの為に。取っておかないと〉

 

 

 きっとこの主は、これからも無茶をするのだろう。

 それがあの鬼婆の為というのが、少しばかり気に食わない。

 

 だけど、それでもフェイトは止まらないだろうから。

 

 その魔力は、彼女自身の為に。

 アルフは前足を器用に使って、己に魔法を使おうとするフェイトを押し止める。

 

 

「やだ、やだよ。そんなのやだよ」

 

 

 彼女が泣いている。

 泣かせたくなかったのにな、と唯そう思った。

 

 

「そうだ! 母さんなら、きっと!」

 

〈良いよ、もう、良いんだ〉

 

 

 あのフェイトの母が、自分の為に何かをしてくれるとは思えない。

 きっと断られて、フェイトの傷は広がるだけだろう。

 

 だから、アルフは首を振った。

 

 

「やだ、やだ! 一緒にいるって、ずっと一緒にいるって約束したのに!」

 

〈ああ、そうだね。……ごめんね〉

 

 

 約束を守れなくて、ゴメン。

 嘘吐きな使い魔で、本当にゴメン。

 

 初めて契約した頃の約束を覚えていてくれた。

 それだけで胸が温かくなる。そんな馬鹿な使い魔でゴメンね。

 

 告げる想いも、伝えたい想いも山ほどある。

 届かせたい想いも、一緒に居たいと願う後悔もある。

 

 だけど、もう届かない。

 その全てを伝えられる時間が、アルフには残っていなかった。

 

 

 

 ぽつぽつと雨が降り始める。

 頬を濡らす冷たさと抱きしめてくる腕の温かさを感じながら、アルフは思う。

 

 主を守って、主の胸の中で逝くことが出来る。

 主との約束を守れなかった大馬鹿者には過ぎる程、これは幸福な結末ではないか。

 

 だから、一つだけ、フェイトに伝えよう。

 最後に残った僅かな時間で、一番の想いを伝えよう。

 

 

〈フェイト、大好きだよ〉

 

「っ!」

 

 

 それが最期の言葉となった。

 魔力を失った使い魔は、唯の死体に変わって崩れ落ちた。

 

 

「あ、ああ」

 

 

 遺した言葉を聞いて、残った遺体を抱きしめる。

 既に命を失くした躯は、雨に打たれて冷たくなっていく。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 その現実を前に、フェイトは慟哭する。

 誰にも届かぬその場所で、唯一人の為に泣き続けた。

 

 

 

 雨音が激しくなっていく。

 それはさながら、全てを覆い隠すかのように彼女らを包み込む。

 

 少女の泣き叫ぶ声は、豪雨の音に擦れて消える。

 降り頻る雨の中、フェイトの嘆きは誰にも届かずに消えた。

 

 

 

 

 




蹂躙ものというのは、蹂躙する側に立って見ると爽快だが、される側に立って見ると理不尽さや悲壮感が凄い。

きっと無双される敵キャラモブ達も、こんな風に其々の背景はあったんじゃないか、書いててそんな風に思った今回でした。

唯一つ言えることは、アルフの頑張りを褒めてあげて欲しい。


今回出てきた独自設定。
宿儺の太極はロストロギアにも影響を与える。ただし励起した後の物に限る。
自分のイメージで彼の太極は神秘や異能ありきの対象を、対象自身の力で自壊させるという印象。
なので対象ロストロギア内に魔力が残留していると、その魔力が暴走して壊れます。
励起していないのが壊れないのは、封印された時代が古く、その内部魔力のほとんどが大気中に霧散してしまっているから。僅かな魔力では暴走しても自壊する程ではないと想定しています。


2016/08/18 大幅改訂。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。