リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回で、地獄が一番近い日は御終いです。


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第十五話 地獄が一番近い日 其之伍

1.

 毒素に満ちた酸の池を、黒き炎が焼き払う。

 魂汚す魔群の毒も、魔刃の炎の前には赤子の如く、何一つ抵抗する事もなく燃え去り消える。

 

 右手に強く栗毛の少女を抱いて、懐に優しく眠る赤毛の少女を抱き締めて、そして赤い髪の少年はゆっくりと大地に降りた。

 

 

「……僕は、何をやっている」

 

 

 見捨てた筈だった。切り捨てた心算だった。

 こんな余分なんて、もう要らないと決めていた。

 

 だと言うのに、その二つが失われる光景に身体が動いた。

 今更ながらに身体が動いて、気付けば最大の好機を自分の意志で投げ捨てている。

 

 

「アギト」

 

 

 黒き鎧の隙間から、胸に抱いた小さな少女の吐息が聞こえる。

 世界崩壊の余波に巻き込まれていた小さな子供は、まるで父母に抱かれた赤子の如くに安堵の表情で眠っている。

 

 そんな安らいだ表情で眠るアギトの姿に、胸の奥を温める小さな熱を感じてしまう。

 

 

「イクス」

 

 

 右の腕に抱き抱えた少女の呼吸は、激しく乱れて安定していない。

 魔群と言う己を生かしていたモノに見捨てられ、肉体の機能が急速に劣化している冥府の炎王は意識を保てず熱に浮かされている。

 

 そんな今にも失われてしまいそうなイクスの姿に、心が張り裂ける程の痛みを感じてしまっている。

 

 

「本当に、無様だ」

 

 

 全部が余分だと知って尚、それでもこの余分が捨てられない。

 

 結局、己はそんな下らない存在だったのだろう。

 そんな風に自嘲して、エリオは天蓋に開いた穴を見上げた。

 

 視線の先では、未だ広がり続ける世界の滅び。

 

 天蓋は遠い。空の果ては遠い。全てが終わる場所は、この底からは遠過ぎる。

 この少女達を見捨てて飛び立てば大した距離ではないと言うのに、その僅かな距離が遠かったのだ。

 

 

「……僕は」

 

 

 手に残ったモノと、今にも壊したいモノ。

 アギトを守りたいのか、イクスを救いたいのか、トーマを殺したいのか。

 

 複雑に絡み合った感情が錯綜したまま、己は答えを出せずに居る。

 

 

「一体、何がしたいんだろう」

 

 

 咀嚼し切れぬ感情を持て余したまま、空を見上げるエリオの視界に影が映り込む。その青き瞳に映り込む一つの影は――

 

 

「……盾の守護獣」

 

「魔刃。エリオ・モンディアルかっ!?」

 

 

 二人の少女を両手に抱えた獣が、その場所へと降り立った。

 

 

 

 少年と獣が睨み合う。互いに二人の少女をその背に守ったまま、両雄は静かに睨み合っていた。

 

 

「どうした、僕と戦う心算か? 盾の守護獣」

 

 

 エリオがその左手に、壊れかけた槍を構える。

 穂先がごっそりと喰われた残骸に過ぎないが、それでも今のザフィーラを倒すには十分過ぎる武器である。

 

 

「君では無理だよ。如何に足掻こうと、君では魔刃に届かない。ましてや、その様な死に体で、その上そんな足手纏いが居たら尚更ね」

 

 

 足手纏いを両手に抱え、今にも消えそうな身体で歯を食い縛ったとして、それで勝てる程に魔刃は甘くない。

 今互いにぶつかり合えば、百度戦って百度魔刃が勝つ。ザフィーラには万に一つ、億に一つ、那由他の果てに一度すらも勝機はない。

 

 そんな事は余りにも明白で、口にする必要もない明確な事だから。

 

 

「……嫌に饒舌だな」

 

「なに?」

 

 

 その饒舌さが目に付いた。余りに語り過ぎだろうと、盾の守護獣は挑発するかの如くに口にする。

 

 

「そんなにも、その背に守るモノが大切か」

 

 

 今にも消えそうな復讐者。らしくないのは彼も同じく、だが守るべき者を守る為にこそらしさを捨てる。

 真面にやったら勝ち目はない。ならば手探りにでも探さねばならない。生き残るべき少女が背に居て、その少女を救う為にはこの魔刃が邪魔となる。

 

 如何にかして退けなくては、此処に全てが燃やし堕とされる。

 それを望まぬと言うならば、この僅かな違和に活路を見出さねばならないのだ。

 

 

「……こんなモノが、大切だと」

 

 

 睨む視線が強くなる。槍を握った拳が震えている。

 壊したくない程に感じる中途半端さに、憎みたくなる程の執着心を感じていた。

 

 それを自覚して、エリオ・モンディアルはザフィーラを見据える。

 憎悪に濁った視線を向けて。その槍の穂先に黒い黒い炎を灯した。

 

 

「だったら、どうした。だから、其れが一体何だと言う」

 

 

 認めよう。認めずには居られない。無価値な悪魔はこの少女らに、確かに執着心を抱いている。

 失いたくない。壊したくはない。無価値にしたくはないと、その弱さを切って捨てると決めたのに捨てられない。

 

 そんな無様さを認めた上で、苛立ちを吐き捨てる様に悪魔は語る。

 

 

「……お前が僕に勝てず、無価値になると言う未来は変わらない。先の未来に無価値と決まっているなら、ああそうだとも、この今にも価値はない」

 

 

 己に言い聞かせる様に、悪魔の道理をエリオは紡ぐ。

 

 彼の力は圧倒的だ。その存在感。その身が内包する力。他が追随しない程にエリオは強大だ。

 だがそれ程の実力に反比例する様に、彼の心は強くはない。執着心が生んだ弱さ故に、内に宿った悪魔の干渉が故に、その心は酷く揺れ続けているのである。

 

 だからこそ、その心の揺れこそを活路となる。

 殺意を前面に出す魔刃を前に臆する事もなく、盾の守護獣はその提案を口にした。

 

 

「……此処は、退け」

 

 

 それは戦闘を回避する提案。圧倒的優位にある敵に対して、退けと命じる命知らず。されど、確かな勝算がある言葉。

 

 

「確かに、今の俺では貴様には勝てんだろう」

 

 

 全力であっても、まず勝てないであろう強敵。

 魔刃に対して盾の守護獣の出した結論はそれであり、敗北は揺るがぬ事実である。

 

 

「だが、俺と貴様が戦えば、その子らは耐えられんぞ」

 

 

 だが、それでも被害はゼロにはならない。

 死に物狂いの獣を一方的に破れる程の実力差はないからこそ、成立する一つの賭け。

 

 魔刃が真実手の内にある誰かを大切に想えるからこそ、これは通用するかもしれない提案だった。

 

 

「それはこちらとて望まない。だから、今は退け」

 

「…………」

 

 

 そんな言葉を聞いて、魔刃の槍を握る手が僅かにぶれる。

 一瞬の内に敵を討てるだろうかと思考して、一方的な展開にはならないと結論付ける。

 決して己の勝利は揺るがぬが、守り通したこの命を失ってしまうかもしれないのだ。

 

 歯噛みする。どうしてもこの執着心が薄れない。

 苛立ちが募っていく。何故こんなにも大切に想ってしまう。

 

 宿敵との決着よりも、抱える想いを優先してしまったこの無様。

 それでも掌に掴んだ無価値なモノを優先したから、今更それを捨てる訳にもいかない。

 

 そうとも、トーマを倒すよりもこの温かさを優先したのだ。

 ならばどうして、宿敵よりもどうでも良い相手(ザフィーラ)を前にそれを捨て去る事が出来ようか。

 

 出来ない。出来る筈がない。今更この執着心を、無価値と捨て去る事が出来ない。

 忌々しいと心の底から思いながらに、エリオ・モンディアルはその手に握ったストラーダを待機形態へと戻していた。

 

 

「……命拾いしたね」

 

 

 吐き捨てるのは、そんな言葉。隠せぬ程の苛立ちを抱きながらに、エリオは彼らに背を向ける。

 どうせ放っておいても勝手に死ぬ守護獣と、あの足手纏い(ティアナ)以下の力しかない子供達。

 

 魔刃が斬るには値しない。そう無理矢理に己を納得させて、エリオはこの場を立ち去る事を決めた。

 

 

「ちょっと待ちなさいよっ!」

 

 

 そんな彼を、呼び止める声が上がる。

 紫髪の少女が睨み付ける様な目付きで、去りゆく魔刃に声を掛けた。

 

 

「……何だ」

 

「っ」

 

 

 そんな彼女に返されるのは、不快な感情を持て余したエリオの眼光。

 その目付きだけでも人を殺せそうな視線に、ルーテシアは全身を恐怖で震わせる。

 

 それでも、彼女は歯を食い縛って、踏み止まった。

 

 

「私には何もないわ、けど」

 

 

 彼女には何もない。彼女には何も分かっていない。現状の把握さえ出来ていない。

 

 突然起こった衝撃波に巻き込まれて、かと思えば青い子犬が成人男性に変わって自分達を守り通した。そして地の底へと墜ちていき、其処で最悪の化身と遭遇した。

 そんな目まぐるしい変化に適応できる様な能力を持っていない彼女は、現状の変化を理解出来ていない。

 

 

「ほら」

 

「わっ、るーちゃん!?」

 

 

 それでも分かる事が一つある。

 今こうして戦う気のない魔刃と遭遇している現状は、妹の願いを叶える最大の好機であるのだと。

 

 

「聞きたい事があったんでしょ。なら今は、絶好のチャンスよ」

 

「……あ、その」

 

 

 だからこそ、彼女は腹を決める。臆しても戸惑っても、それでも少年へ言葉を掛ける。

 どんな恐ろしい相手であっても、妹の為なら物申せる。そういう存在こそが姉なのだと、彼女は心の底から信じていた。

 

 

「ほら、腹括りなさい!」

 

「わ、わわわっ!?」

 

 

 そんなルーテシアに背を押されて、キャロはふらつきながら前に出る。

 そんな彼女を冷たく見据える魔刃は、まるで路傍の石を見るかの如く、興味を寄せてすらいない。

 

 エリオは会話に付き合う価値を見出せない。それでも無視して去るには紫の少女が面倒だと判断する。

 話を聞かないなら噛み付くぞと、敵意を露わにしているルーテシア。彼我の実力差さえ分かっていないのではないかと、そんな少女を排除しようとすれば盾の守護獣が動くだろう。

 

 

「…………」

 

「え、えっと」

 

 

 敵対しない為にこそ、撤退すると決めたのだ。殺しに掛かれば犠牲が出るから、それを厭うて避けたのだ。

 今更また対立する危険を許容するぐらいならば、このどうでも良い桃色の少女が語る戯言に付き合う方がマシだろう。

 

 そう判断したエリオ・モンディアルは、心底から嫌そうな顔でキャロ・グランガイツに向き合った。

 

 

「……話すなら、さっさとしてくれないか」

 

「あ、え、ご、御免なさい」

 

 

 エリオの冷たい目に怯みながらも、キャロはぎゅっとその手を握り絞める。

 二度三度深呼吸をした後で、良しと一声気合を入れると、キャロは己の想いを口にした。

 

 

「……聞きたい事が、ありました」

 

 

 聞きたい事があった。

 キャロには、エリオに問い掛けたい言葉があった。

 

 

「けど、正直もうないんです」

 

「キャロ!?」

 

「えっとね。その、見ていたら、何となく分かったから」

 

 

 だが、それも過去の話。

 今の魔刃と、彼に守られた少女達の表情を見れば、キャロが問いたかった答えは既に出ていたから。

 

 そんな言葉に驚くルーテシアにそう告げて、キャロはエリオに向かい合う。

 自身の胸元にも届かない小さな少女が見上げる視線に、見下ろす視線が絡み合った。

 

 

「貴方はやっぱり、優しい人でした」

 

「っ!?」

 

 

 何を語るのか、思った疑問に答える言葉は想定外。

 予想を外す言葉を聞いて、エリオは戸惑いを隠せずに居た。

 

 

「……君に、何が分かる」

 

「見たら分かりますよ。その子達を見ている時の貴方、とっても優しい目をしています」

 

 

 路傍の石が、無視出来ないナニカに変わる。

 興味すら抱いていなかった少女が見せる慈愛の表情が、どうしようもなく疎ましいと思えて来る。

 

 

「優しい顔。悲しいけど、強い瞳。やっぱり貴方は、優しい人です」

 

「……弱いだけだ」

 

 

 勝手な妄想で、納得した様に話すキャロ。

 そんな彼女に反感を抱いて、エリオは零す様に口にする。

 

 

「僕は弱い。反吐が出る程に、泣き叫びたくなる程に、僕は弱い」

 

 

 弱いから、こんな無様を晒している。

 弱いから、切り捨てる事が出来ていない。

 弱いから、こうして奈落の底から出られない。

 

 

「これが弱さでなくて、一体何だと言うんだ」

 

 

 弱いから、奪われる。弱いから、守れない。弱いから、無様を晒す事しか出来ていない。

 そんな少年が語る弱肉強食。弱者は強者に奪われる、そんな彼にとっての絶対法則。

 

 

「弱さじゃなくて、優しさです」

 

 

 それを桃色の少女は、そんな風に否定した。

 

 

「誰かを想える、それが弱さな筈がない。誰かを助ける、その行為が弱さな筈がない。本当に弱い人が、何かを大切に想い続ける事なんて出来る筈がない」

 

 

 本当に弱いなら、きっと誰かを想う余裕はない。

 本当に弱いなら、きっと誰かを助けようとする余力がない。

 

 本当に弱い人は辛い中で、大切な物すら忘れてしまう。それが当たり前なのだ。

 

 

「私、貴方の事は良く知らないです。……けど、分かる事だってある」

 

 

 だが、エリオは忘れていない。誰かを大切に想う。その感情を失くしてなんかいない。ならばきっと、この少年は確かに強いのだ。

 

 

「沢山、辛い想いをしてきた事。沢山、苦しい想いを重ねた事。沢山、本当に沢山の想いを背負っているんだって、分かります」

 

 

 キャロは想う。この人は優しい人だ。

 キャロは想う。この人は悲しい人だ。

 

 

「そんな人が、弱い筈がない。そんな人の在り様が、弱いだなんて笑われて良い筈がない」

 

 

 キャロは想うのだ。この人はきっと、とても強い人なんだと。

 

 

「貴方は、強い人です」

 

「っ!」

 

 

 その慈愛に満ちた少女の笑みに、少年は激発した。

 当たり前の幸福の中で生きたであろう少女の決め付けに、奈落の底に足掻く少年は怒りを抑えられなかった。

 

 

「君に、何が分かると言うっ!!」

 

 

 もう路傍の石ではない。無価値だなどと断じられない。

 視界の中に入り込んだ少女は、無視出来ない程の存在感を示している。

 

 

「優しさだと、それが何の糧になるっ! 思い遣りなんて物に、一体何の価値があるっ! 僕が強いと言うならば、何故こんなにも無様を晒しているっ!!」

 

 

 その囀りが煩わしい。その笑顔が気に入らない。

 訳知り顔で語るその少女が、どうしようもなく不愉快だった。

 

 

「無関係な他人の君が、訳知り顔で語るなっ! 不愉快だっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 激発した少年は、誰も反応出来ぬ一瞬で少女の首へと手を伸ばす。

 その大きな手で握り潰す様に、その小さな首を手に掛けようとする。

 

 抱えたモノも、敵対の危険もどうでも良い。この不快な少女を、一秒でも早く黙らせたい。

 

 

「っ! キャロ!」

 

「エリオ、貴様っ!!」

 

 

 ルーテシアとザフィーラが反応するが、もう遅い。

 一秒先には魔刃の腕が、少女の命を奪うであろう。

 

 そんな追い詰められた状況で――

 

 

「……待っ、て」

 

 

 それでも、少女は彼らの行動を手で止める。

 それでもキャロは、慈母の如くに微笑んでいた。

 

 

「大、丈夫。私は、大丈夫、だから」

 

 

 その小さき腕を、エリオの頬へと伸ばす。

 小さな掌で触れると、慰める様に優しく撫でた。

 

 

「何、をっ!?」

 

「泣いている。今、貴方は泣いている」

 

 

 泣いている様に見える赤毛の少年。

 接点なんて殆どない彼が、どうしてこんなにも気になるのだろうか。

 

 

「辛くて、苦痛で、それでも捨てられなくて」

 

 

 優しくて、悲しくて、寂しくて、強くて、そんな少年から目が離せない。

 迷い、怯えて、震えて、傷付いている。そんな彼に、何かをしてあげたいと思ってしまう。

 

 

「どうしたら良いのか迷っていて、自分でもどうして良いか分からなくなっている」

 

 

 これは一目惚れだろうか、ならば何と尻が軽い女であろう。

 これは側隠の情だろうか、ならば何と身勝手で恥知らずな女であろう。

 

 

「けど、それでも手にした物を大切に想える貴方は、確かに強いんです」

 

 

 嗚呼、それでも、抱いた想いは拭えない。

 確かに胸に宿る想いがあるから、戸惑う彼に優しく触れる。

 

 

「だから、その強さを忘れないで」

 

 

 貴方は強い。その事実を、忘れないで欲しい。

 

 

「だから、その優しさを否定しないで」

 

 

 貴方は優しい。その事実を、否定しないで欲しい。

 

 

「私、思うんです」

 

 

 喉を抑え付けられて、呼吸もままならない。

 そんな白む視界の中で、それでも少女は確かに伝える。

 

 

「大切な者があるなら」

 

 

 臆病で怖がりな少女だけれど、今この時だけは確かな意志で。

 そうでなくては、この悲しい人には伝わらないと感じたから。

 

 

「誰だって、憎むよりも愛したい。奪うよりも、守りたい」

 

 

 きっと、貴方は救われるのだと。

 

 

「誰かを本当に想う事が出来るなら、きっと分かり合える筈だって」

 

 

 慈母の笑みを宿した少女は、優しい瞳でそう口にした。

 

 

「…………」

 

 

 少年の手が離れる。圧し折ろうとした腕が止まる。

 その首を掴んだ腕から解放された少女は、蹲ったまま咳き込んだ。

 

 

「……綺麗事だ。君は憎悪を知らないから、そんな風に言える」

 

 

 蹲って咳き込む少女に、魔刃が口にするのはそんな言葉。

 己の心を揺さぶった少女の笑みを、否定する為に言葉を重ねる。

 

 

「憎むモノがあるか? 恨むモノがあるか? 絶望した事があるか?」

 

 

 そんな筈がない。そんな筈がない。そんな筈はない。

 

 憎悪を抱いて、こんな綺麗な言葉は言えない。

 恨むモノを残して、こんな綺麗な言葉は言えない。

 絶望を抱いたままで、綺麗事なんて言えてたまるものか。

 

 

「何もないと言うなら、お前の言葉は余りに軽いぞ」

 

 

 そんなエリオの突き放す様な言葉に、呼吸を整えたキャロは口にする。

 何とか少女を拒絶しようとしている少年に、彼女は己の全てを此処に明かす。

 

 

「……私は、ル・ルシエの里の生き残りだそうです」

 

 

 己の生い立ちを、抱える物を、己と言う存在を。

 彼と向き合う為に、己の全てを口に開いて言葉にする。

 

 

「たった一人だけの、生き残りだそうです」

 

 

 綺麗な事も、汚い事も、目を背けたい思い出も、その全てを届かせなければ彼に想いは伝わらない。

 

 だからキャロ・グランガイツは、残されたル・ルシエとしての想いを語った。

 

 

「アルザスに、滅ぼされるだけの悪行があった訳じゃない。ル・ルシエは、滅ぼされて当然な場所だった訳じゃない。……私の本当のお父さんとお母さんは、殺されて仕方がない人じゃなかった筈なんです」

 

 

 そこに、憎悪がない訳がない。そこに、怒りが湧かない訳がない。

 例え物心付く前の出来事だったとは言え、故郷が滅ぼされたと言う事実に何も感じない訳がない。

 

 

「奪った人を、憎む気持ちは確かにある。どうしてって、疑問だって沢山ある。復讐をするべきなんじゃないかって、そう思う気持ちだって確かにある」

 

 

 怒りは知っている。恨みの情は知っている。

 憎悪と言う感情は知っていて、或いは復讐は使命なのではと思わない事もない。

 

 

「けど、私はそれを望みません」

 

 

 それでも、少女は憎悪に身を委ねない。

 怒りも恨みも憎しみも、全てを乗り越えて笑っている。

 

 

「……何故、君は」

 

 

 何故なのか、そう問い掛ける少年の言葉。

 優しく微笑んだ少女が返すのは、彼女が憎むよりも大切だと思う事。

 

 

「私には、大切な人が居ます。大切な人達は、私の事を本当に大切にしてくれます」

 

 

 それは、過去よりも大切な今があるから。

 本当に大切にしたいと思える、優しい今が其処にあるから。

 

 

「多分、私が不幸になったら、皆が悲しみます。自惚れではなく、幸せになって欲しいと確かに想ってくれている。そんな愛されている実感があるんです」

 

 

 愛しい日々の大切さに、憎悪の想いは勝らない。

 奪われた物に対する痛みよりも、今ある人の想いを大切にしたいと感じるから。

 

 

「きっと大切な人達は、憎むよりも愛して欲しいと思っている。傷付けるよりも守って欲しいって、そう思っている筈です」

 

 

 それは或いは、過去を軽く見ていると言えるかも知れない。

 確かにキャロにとっては伝聞で、悪夢以上に心を動かす物がないから、その憎悪は軽いのだと言えるのかも知れない。

 

 それでも、確かに想う事は――

 

 

「私がその立場だったなら、そう思うから」

 

 

 自分が奪われる立場にあっても、大切な人には幸せになって欲しいと望む。

 愛しい日々を一緒に生きた人々が、怒りと憎悪に狂ってしまうのは悲しいと思うから、幸せになって欲しいと望むのだ。

 

 

「大切な人が、そう思ってくれるなら、きっと幸せにならないといけない」

 

 

 きっと、己を大切に想ってくれたであろう人は、そう思ってくれたと信じている。

 憎悪を晴らして欲しいと願うのではなく、幸せになって欲しいと願ってくれたと思うのだ。

 

 

「誰かに大切だと思われる人は、幸せになって良いんです」

 

 

 なら、そう想われた誰かには幸せになる権利がある。

 いや、そう思ってくれる誰かが居るなら、その人は幸せにならなくちゃいけないのだ。

 

 

「ならきっと、貴方も幸せになって良い。ううん。ならなくちゃ、いけない」

 

 

 それは目の前で泣いている、赤い髪の悪魔だって変わらない。

 きっと彼が大切に想った少女達は、同じく彼を大切に想っている筈だから。

 

 

「誰かを大切に想える貴方は、同じ様に誰かに大切に想われている筈だからっ!」

 

 

 だから貴方は、救われなくてはいけないのだ。

 そんな風にエリオを見詰めて、キャロは己の意志を此処に示した。

 

 

「ならばっ! この憎悪は何処へ行く!」

 

 

 だが、そんな言葉だけで、救われる程に魔刃の地獄は浅くない。

 彼が積み重ねて来たモノは余りにも多過ぎたから、幸せにならないといけないと言われても聞けないのだ。

 

 

「あったんだ! もう無価値にしてしまったけれど、確かにそこにあったんだ!!」

 

 

 奪った命がある。殺した命がある。

 無価値と蔑み、喰らってきた命が多くある。

 

 

「直向きに生きた命があった! 未来を信じた命があった! 当たり前の幸福を、無情に奪われた命があった!」

 

 

 彼らには可能性があった。彼らには愛するモノがあった。彼らには生きるだけの価値があった。

 その全てを奪ったのは、他ならぬエリオ・モンディアルと言う誰でもない怪物であった。

 

 

「直向きに生きた命を喰った! 未来を信じた命を喰った! 当たり前の幸福を信じた人々を、踏み躙って僕は此処に居る!」

 

 

 死んだ者は例外なく弱者。弱き者に価値はない。

 そう思う悪魔の在り様に、されど染み込む様に垂らされて異物が一つ。

 

 強くなる為に、彼らの生涯全てを追体験した。

 彼ら全員の人生を追体験した事で、その想いの全てを受け継いだ。

 

 

「ならば、彼らが抱いた憎悪は何処へ行く!!」

 

 

 故にこそ、エリオは無価値な筈な彼らを背負ってしまったのだ。

 無価値と蔑み、弱いと嘲笑いながらも、それでも確かに背負ってしまったのだ。

 

 

「……僕が果たさねば、その想いは何処へ行くのさ」

 

 

 自分が殺して喰らった糧の想いが、拭えぬ憎悪となって少年を縛っている。

 植え付けられた憎悪と複雑に絡み合って、その身を突き動かす原動力となってしまっている。

 

 

「本当に、貴方は優しい人ですね」

 

 

 そんな姿を優しいと、キャロは微笑んで口にした。

 

 

「憎悪を捨てられない。憎しみを乗り越える事が出来ない」

 

 

 どうせ他人。どうせ無価値と、踏み躙る事だって出来た筈だ。

 本当に彼が救いようのない悪魔なら、そうして全てを嘲笑っている筈であろう。

 

 

「けど、それで良いんです。きっと、それで良いんだと思います」

 

 

 それでも憎むのは、それでも恨むのは、それは彼が優しいからだ。

 無価値と断じ、弱さと蔑み、それでも捨てられないからこそ、エリオはまだ取返しが付くのであろう。

 

 

「憎んだままでも、救われてはいけない理由なんてない」

 

 

 憎悪を抱いていたら、救われてはいけないと言う道理はない。

 

 

「恨みを抱いたまま、それでも誰かを助けてはいけない理由なんてない」

 

 

 誰かを恨んでいる人間が、誰も守ってはいけないと言う理屈もない。

 

 

「憎いモノは憎い。嫌いなモノは嫌い。守りたいモノは守りたい」

 

 

 憎しみは拭えずとも、憎悪を乗り越える事が出来なくても、誰かを愛する事は出来るのだ。

 

 

「それで良い。それで良いんだって、私は想います」

 

 

 そんな少女に肯定されて、少年の表情が歪む。

 今にも泣きそうな顔で、悪魔は憎悪の叫びを上げた。

 

 

「僕は、憎悪を拭えない。……トーマが憎い。スカリエッティが憎い。ミッドチルダの全てが気に入らない!」

 

「拭う必要なんてない。辛いと思って、なら許せないのは当然です」

 

「なんでお前達は笑っている! なんでお前達だけ笑えている! 当たり前の幸福に踏み躙られて、何で僕らは奈落の底(ココ)に居るっ!!」

 

「それで良いんです。それでも良いんです。だって、それが貴方の全部じゃない」

 

 

 吐露する言葉に頷いて、キャロはエリオの傍へと近付く。

 泣き喚く少年の頭を両手に抱いて、優しくその頭を撫でる。

 

 

「この世界は、誰かの犠牲の上に立っている! こんな世界を守るために、誰が犠牲になったと思っている! 今を生きる人々に、犠牲になった人の分までも価値があるものかっ!!」

 

「許せなくて良い。許さなくても良い。憎んだままでも、恨んだままでも、それでも良い」

 

 

 慈母の様に優しい笑みを浮かべて、余りにも優し過ぎた悪魔を想う。

 その傷付いた心を癒す様に、疲れ果てた翼を癒す為に、少女は優しく言葉を告げた。

 

 

「僕は、トーマを許せない。きっとトーマも、僕を許さない」

 

「憎み合うのは悲しいけど、それでも良い。愛する心を持ち続ければ、それでも良いんだって、私は想います」

 

 

 それは少年にとって、初めての事だった。

 悪魔と罵られる事には慣れていても、抱きしめられるのは不慣れだった。

 

 

「だから、貴方は救われて良い筈です」

 

 

 だから、その言葉に心が動いた。

 救われて良いと言う慈母の許しに、救われたいと願ってしまった。

 

 泣きたい程に、逃げ出したい程に、救いを求めたい程に。

 微笑む少女の小さな身体は、今まで感じた何よりも優しい温かさに満ちていた。

 

 

「……無理、だよ」

 

 

 それでも、その優しさに溺れない。

 その救いに逃げ出す事が、彼には出来なかった。

 

 

「愛したいと願ったとして、その先なんて何処にもない」

 

 

 何故ならば、彼は知っているから。

 己には先などない。未来などない程に、詰んでしまっていると知っている。

 

 

「守りたいと祈った所で、この行く道の果てには破滅しかない」

 

 

 悪魔の王が勝てば、世界は滅ぶ。

 神の子が勝てば、当たり前の様に悪魔の王は消滅する。

 

 己は勝とうが負けようが、消滅を避けられない。

 そしてその先には、自分が愛した者など何も残らない。

 

 

「何れ滅びる。必ず滅ぼす。この身は悪魔の王だから、その道以外は選べない」

 

 

 だから無価値だと、己と言う存在は無価値なのだと断言する。

 そうと分かって、そうと知って、それでもこの道しか進めないから、己と言う存在は無価値なのである。

 

 

「何時か滅びるとしても、今を蔑ろにしてはいけない。何時かなくなるんだとしても、大切なら無価値だなんて言っちゃいけない」

 

 

 そんな彼に伝える言葉は、嘗て金髪の少女が消えゆく夢に語った言葉。それと同じ言葉を口にして、されど同時に否定する。

 

 

「それは多分、強い人だから言える事」

 

 

 何も見返りがなくても、大切ならば無価値にするな。

 全てが無くなってしまうとしても、それでも自分で台無しにしてはいけない。

 

 そんな言葉は、本当に強い人間にしか言えないであろう。

 

 

「無くなっちゃうって分かったら、消えちゃうんだって思ったら、大切だって思い続けるのは難しいんだって思います」

 

 

 少なくとも、キャロには無理だ。

 ゼストが、メガーヌが、ルーテシアが、大切な家族が居なくなるとして、それでも前を見続ける強さは彼女にない。

 

 キャロが強くあれるのは、大切な人と過ごす今があるから。

 エリオに強く伝えようとするのは、彼に救われて欲しいと思うから。

 

 

「私は知りません。貴方が何を知っているのか」

 

 

 キャロは知らない。渦中にいない彼女は、何も知らない。

 

 

「私は知りません。貴方が何に絶望しているのかを」

 

 

 世界の滅びも、トーマの役割も、エリオの役割も、キャロは何一つとして知りはしない。

 

 知ったとしても、出来る事はないだろう。何一つとして出来る事はない。

 キャロには特別な力も、特別な意志も、何一つとしてありはしないから。

 

 

「それでも」

 

 

 それでも少女の言葉は、彼を動かすには足りる。

 奈落の底で泣き叫ぶ悪魔を、救い上げる言葉になり得る。

 

 

「“もう僕たちは自由で、何時だって、何だって、望んだ事を望んだだけ出来るんだから”」

 

「……それは」

 

「気付きました? 貴方が言った言葉です」

 

 

 勝手に借りちゃいました、とはにかむ少女。

 そんな少女の笑顔に見惚れて、エリオは其処に光を見つけ出す。

 

 

「貴方が言った、とても素敵な言葉です」

 

 

 それは奈落の底に届いた光。

 絶望の底に居る魔刃に届けられた、優しい世界で生きる人の想い。

 

 世界に愛された人々の中で生きて、それでも魔刃を想える少女。

 彼女の存在こそが、全てが破綻に向かう世界の中で、確かな可能性を作り出す。

 

 

「きっと、出来ない事なんてない。きっと、成れないものなんてない。きっと、避けられない絶望なんてない」

 

 

 竜の巫女は、渦中にはいない。

 世界の滅びの只中にあって、彼女は中心となれるものを持つことはない。

 

 それでも彼女の言葉は、悪魔の王に道を示す。

 世界全てに呪われた魔刃に、救済への道を提示する。

 

 

「だって、私達は望めば、何にだって成れる。私達は信じ続ければ、何処にだって行けるんだから!」

 

「っ!?」

 

 

 その言葉は、エリオの言葉を捩ったモノ。

 独創性がある発言じゃなくて、保証なんて何処にもなくて、実現性など何もない。

 

 それでも、魔刃の心に刻み込まれた。

 だから、その言葉に心を揺り動かされて、エリオは初めて年相応な姿を見せる。

 

 

「フ、フフフ」

 

「え?」

 

「アハハ、アハハハハハハッ!」

 

 

 少女の腕を振り解いて、エリオは腹を押さえて笑う。

 余りにも可笑しいと、生まれて初めて笑い転げる程に笑った。

 

「ハハハ、アハハハハハハハハハハッ!!」

 

「あ、あの、何か変な事言っちゃいましたか!?」

 

 

 涙が出る程に、腹が痛くなる程に、呵々大笑と笑い続ける。

 そんな彼を見ながら、何か変な事を言ったかとキャロは戸惑う。

 

 

「いや、違うよ。……自分の馬鹿らしさに、笑ってしまっただけさ」

 

 

 そんな少女の姿に、更なる可笑しさを感じながら、エリオは語る。

 自分の愚かさ。そうなるしかないと決め付けていた、そんな愚かさを笑った。

 

 

「嗚呼、そうだ。何を勘違いしていたんだろう」

 

 

 そうだ。勘違いしていた。

 

 自分は悪魔の王にしかなれない。

 結局変わる事は出来ないと、そんな風に思っていた。

 

 

「悪魔の王にしかなれない? それこそ、ヤツが与えた枷に過ぎないじゃないか」

 

 

 それこそが勘違い。

 

 己にその役を課したのは、他ならぬジェイル・スカリエッティ。

 ならばその掌中から逃れた今、態々其処まで付き合う必要もないのである。

 

 そんな簡単な事に、言われるまで気付けなかった。

 そんな下らない事に悩んで、迷い続けていた事が馬鹿らしい。

 

 

「嗚呼、本当に、馬鹿らしい。僕は自分で言っておきながら、何よりも自分が一番信じられていなかった。……それだけの話じゃないか」

 

 

 そうとも、何処へだって行けるし、何だって出来るのだ。

 

 ならば悪魔の王になる必要なんてない。

 彼らの憎悪にも、その思惑を乗り越える事こそ最大の手向けとなろう。

 

 

「けど、もう見えた。もう決めた」

 

 

 願いを定める。己の進むべき道を、エリオは此処に見付け出した。

 

 

「何にだってなれる。何処へだって、行けると言うなら」

 

 

 何かが変わった訳ではない。現状はまるで何も変わっていない。それでもエリオは答えを見付けた。

 

 

「僕が生きるべき道。エリオ・モンディアルが望む道は、決まっている」

 

 

 大切だった。その想いを受け入れよう。

 守りたいのだ。その想いを認めて進もう。

 

 

「嗚呼、本当に。考えてみれば、単純な事じゃないか」

 

 

 結論は簡単な事。守りたいから守れば良い。

 守れないなら、その理由を変えてしまえば良い。

 

 進むべき道は唯一つ。目指すべき頂きは此処に見えた。

 だからエリオは優しく微笑んで、目を丸くしている少女に感謝を伝える。

 

 

「ありがとう」

 

「え?」

 

「ありがとう。君のお陰で、僕が進むべき道が見えた」

 

「わ、私は大した事はしてませんよ!?」

 

「いや、大した事さ。……少なくとも、僕にとってはね」

 

 

 彼女がそうしてくれた様に、その桃色の髪の毛を優しく撫でる。

 ありがとう。そう微笑む少年の表情は、まるで天使の様に和らいでいた。

 

 

「名前を、聞いていいかな?」

 

 

 優しく撫でた少女の名すら知らない事に、今更ながらに気付く。

 己にとっての最大の恩人。その名を知りたいと、エリオはキャロに問い掛けた。

 

 

「キャロ。キャロ・グランガイツです!」

 

「そうか、キャロ。……本当にありがとう」

 

 

 二人の家族に向ける情とは、少し違う感情を少女に抱く。

 

 それでも、この邂逅はこれで終わりだ。

 そう断じるが故に、エリオはキャロに背を向けた。

 

 

「行くんですか?」

 

「ああ、もう此処に居る理由はないからね」

 

 

 戦場の邂逅はこれで終わり。

 竜の巫女と悪魔の王は、決して同じ道を進めない。

 

 

「また、会えますか?」

 

「……いいや、もう会わない方が良い」

 

 

 名残惜しいと言う少女の声に、同じ情を抱きながらも少年は返す。

 

 

「僕は決めたから、次に会った時は敵同士で、敵に対しては容赦できない」

 

 

 選んだ道は、憎悪と愛を果たす為の道。

 この道を行く限り、エリオとキャロは必ずや敵対する。

 

 故に出会わない方が良いと、彼は寂しげに微笑んだ。

 

 

「それでも、……私はエリオ君とまた会いたいと思います」

 

「……エリオくん、か。全く、君は何というか」

 

「えっと、駄目ですか? こう呼ぶのが、一番しっくり来たんですけど」

 

「いいや、好きにすると良いよ。キャロ」

 

 

 だが、それでも彼女はまた会いたいと願った。

 そんな少女に敵わないなと苦笑して、エリオはその手に大切な家族を抱く。

 

 もしも出会い方が違えば、或いは彼女と。

 そんな風に夢想して、悪くはないなと微笑みを浮かべる。

 

 だが所詮は妄想だ。故にこの邂逅は、此処で終わる。

 

 

「……じゃあ、またね」

 

「はい。また会いましょう。エリオ君!」

 

 

 イクスとアギトを抱きしめて、エリオは奈落の底から去って行く。

 少しでも早く、少女達を安全圏へと連れ出す為に。もう手にしたモノを二度とは取り零さない様に。

 

 そんなエリオと再会の約束を交わして、キャロはその背を見送った。

 

 

 

 

 

2.

 そして崩壊する世界の中で、たった一人を救う為に青年は立つ。

 その背を見守るは三人。高町なのは。ゲンヤ・ナカジマ。ジェイル・スカリエッティ。

 

 

「さて、分かっているね。ユーノ君」

 

 

 声を掛けるスカリエッティ。

 彼が語るのは、現状の認識。トーマを止める為に、必要な一手だ。

 

 

「今のトーマは、エクリプスウイルスの暴走状態。先の対話とて、あれで打ち止めだ。これから先は、言葉が届かないと思い給え」

 

 

 再び暴走状態となった少年は、もうこちらを認識できない。

 自動防衛機構を起動している銀十字を破壊しない限り、トーマはもう止まれない。

 

 

「ゼロ・エクリプス。魔力を分解し、物体を解体する。この力に最も有効なのは、何か。君は知っている筈だ」

 

「……覚えていますよ。他でもない、クイントさんが見つけ出したんですから」

 

 

 ユーノの言葉に、ゲンヤが瞼を伏せる。彼らの脳裏に映るのは、嘗てトーマが暴走した日の光景。

 あの日、命と引き換えにトーマを止めたクイントが、見つけ出したエクリプスが持つ最大の欠点。

 

 

 

 エクリプス最大の弱点とは何か。魔力の結合を分断し、魔力素に返した上で吸収するエクリプス。

 その力の性質上、より結合力が強い物質に対して、分断の力は働き難くなる。物質として強固な物程、エクリプスは分解に時間が掛かるのだ。

 

 魔法よりも質量兵器が通りやすいのは、その構成する魔力にそれを維持しようとする力が働くから。

 だが、その質量兵器よりも通りやすいモノがある。何よりもゼロが解体しにくいモノとは、間違いなく――

 

 

「意志を持った人間。魂を持った人間こそが、一番解体されにくい」

 

「然り、一点に収束しなければ、ゼロ・エクリプスは人間を解体する事が出来ない。生身の人間がその領域に入り込む事こそ、あれを攻略する唯一つの回答だ」

 

 

 あの白い力場の中に、生身で入り込む事。

 己を襲う解体の力場に耐えて、その手を届かせる事。

 

 それこそが、唯一無二の解決手段。

 

 

「だがその代償は、大きいぞ。あの日、クイントが致命傷を受けた様に。エクリプスの領域に生身で立ち入る事は、間違いなく自殺行為だ」

 

 

 高町なのはが息を飲む。

 ゲンヤ・ナカジマが目を伏せる。

 ジェイル・スカリエッティは笑っている。

 

 そしてユーノ・スクライアは、迷わない。

 

 

「だったら、やっぱり。一秒でも短く、一瞬でも先へ、ただ一撃で決めるしかないですね」

 

 

 それが答え。トーマを救う、唯一つの回答。

 クイント・ナカジマが嘗て達成した、たった一つの解決策。

 

 ならば、彼女の弟子として、彼の師として、その生き様をなぞるだけだ。

 

 

「まあ、そう言うだろうと思っていたよ」

 

 

 所詮は現状の認識にしかならない。そんな事実だけで、揺らぐ程にユーノは弱くない。

 だから青年は空で震える教え子を見上げて、背に負った巨大な盾を大地に下した。

 

 そうして、飛び立とうと心に決めて――

 

「待って、それならっ!」

 

 

 それを高町なのはが阻んでいた。

 

 

「なのは」

 

 

 青年は女の名を呼ぶ。向き合った彼女は、切羽詰まった表情を見せていた。

 分かっている。気付いているのだ。魂が同化し掛けているが故に、高町なのはにはユーノの現状が確かに分かっていた。

 

 ユーノ・スクライアの身体は完治していない。

 所か、以前よりも遥かに酷い。どうして動いていられるかも分からないのが現状だった。

 

 

 

 眠るユーノにスカリエッティが施した施術。それは治療と呼ぶのも烏滸がましい愚行である。

 この狂人は眠る青年の身体を切り拓いて、機能を停止していた臓器を取り除き、中身を入れ替えただけなのだ。

 

 生きていないが死にもしない。それが先のユーノの状態。再演開幕が繋いだ命。

 その性質。何をしても死なないと言う状態を利用して、スカリエッティは無理矢理に動ける身体を作り上げた。

 肉体を継ぎ接ぎし、この有り様でも動ける様に繋ぎ足し、死んでいる部分を抜いて生きてる部分だけを身体に残した。

 

 まるでフランケンシュタインの怪物だ。動く部分しかないから、今此処に動けているだけ。それが今のユーノ・スクライア。

 

 その魂は歪みに汚染されていて、その肉体は継ぎ接ぎだらけで、呼吸をするだけでも苦痛であろう。

 それでも揺るがず、大地を踏み締めて前を進み続ける青年。彼は教え子を救う為に、その有り様で死地に乗り込もうとしていたのだ。

 

 

「ユーノ君じゃなくて、私がっ! 私の方が――」

 

 

 それが分かって、なのはは止めようと言葉を紡ぐ。

 其処には確かな打算も一つ。強固に保とうとする意志がエクリプスの弱点ならば、唯人の彼より異能者である自分の方が相応しいと。

 

 

「それじゃ、駄目なんだよ。嬢ちゃん」

 

「ゲンヤさん?」

 

 

 そんな少女の言葉を遮ったのは、今も苦しむ少年の父親だった。

 なのはと同じくらいに歯がゆさを抱えているであろうその男は、自分達では出来ない理由を此処に語る。

 

 

「俺達じゃ駄目だ。俺じゃあ辿り着けなくて、嬢ちゃんじゃ伝わらないんだよ」

 

「……伝わらない?」

 

 

 辿り着けない。その意味は分かる。

 今は小康状態となっているが、一度近付けばまた降り注ぐであろう光の雨。

 高町なのはでも接近が難しい今のトーマに、後方指揮ばかりで鍛錬を怠っていたゲンヤが届かないと言う理由は分かった。

 

 だが伝わらない。それが分からず問い掛ける。

 そんななのはの疑問の声に、白衣の科学者は笑いながらに答えを返した。

 

 

「エクリプスの領域に生身で立ち入り、暴走状態を維持する銀十字を破壊する。それでトーマは止まるだろう」

 

 

 トーマを止める方法は簡単だ。暴走する少年の恐怖に反応して、自己防衛機能を発揮している銀十字。それを壊せば彼は止まる。

 

 

「だが誰でも良いと言う訳ではない。トーマは確かに暴走していて、それは銀十字だけが理由じゃない」

 

 

 だが、それだけでは意味がない。否、それだけでは終わらない。

 

 トーマが暴走している理由は、己の抱いた恐怖が故。内側から浸食する神の記憶に恐怖して、だからトーマは暴走している。

 仮に銀十字を破壊したとしても、それだけではトーマは帰って来れない。恐怖に震えて再び暴走するか、或いは神に今度こそ飲まれて消えるだろう。

 

 それを望まないと、そう言うならば――

 

 

「あの子自身の意志の発露を強要する。大切な人間をあの子の手で、傷付けさせる事で思考を意図的に誘導するのさ」

 

 

 それがスカリエッティの狙いだ。自分を救おうとした人が、自分の所為で傷付く姿。

 銀十字を破壊した瞬間にそれを刺激して、神の記憶に向かい合おうとする意志を固めさせるのである。

 

 だからこそ、高町なのはではダメなのだ。

 誰かと同一視されている誰かではなくて、神の記憶にはいない人に救わせる必要があるのだ。

 

 

「トーマにとって大切な人間が、真正面から全力で向き合う必要があるんだとよ。アイツの心を傷付けて、それで其処から救い出す。……嬢ちゃんは其処まで近くねぇ。んで俺は、アイツの前に立てるだけの力がねぇのさ」

 

「全力で、向き合う。助ける為に、傷付ける」

 

 

 トーマは傷付くだろう。だがその傷こそが立ち向かう為に必要となる。

 ユーノは傷付くだろう。それでもその傷こそが、確かな絆を示す物となる。

 

 全力全開で向き合って、相手の為に傷付け合う。それこそが此処に必要な答えであった。

 

 

「ああ、そうだ。私はそれを、してこなかった」

 

 

 高町なのはは思う。自分は傷付けてきたのであろうかと。

 少なくとも自分は教え子(ティアナ)に対して、ユーノとトーマ程に踏み込んだ事など一度もない。

 

 傷付く事は恐れずとも、傷付ける事を恐れていた。

 無理をさせれば折れてしまうからと、相手を慮るその感情。それは確かに大切な物だが、そんな感情を抱いていては本気で向き合えない。

 

 心の何処かで対等だとは思ってなかったから、其処で踏み込むのを止めていた。

 傷付けてしまうから、折れてしまうからと踏み込む事を恐れていて、それで何故本気で向き合えていると言えるのか。

 

 

「ああ、そうさ。俺もそいつをしてこなかった」

 

 

 そんななのはに同意する様に、ゲンヤも己の過ちと口にする。

 クイントが死んだあの日から、彼は何処かトーマに対し壁を作っていたのかもしれないと。

 嫌った訳じゃない。憎んだ訳じゃない。けど傷付けない為に、仕事を理由に疎遠となっていたのかも知れないのだ。

 

 だからスカリエッティがユーノを選んだのは、仕事ばかりで不摂生していた身体の不自由さだけが理由ではない。

 それだけならば運動不足の中年と瀕死の青年のどっちがマシかなど断言出来ず、だから彼が救いにいけないのはそんな愚かさが故なのだろう。

 

 

「そのツケをテメェの子供世代に支払わせるのは業腹だがな、それしか出来ねぇのが現状なのよ」

 

 

 歯がゆく思う。情けないと思う。

 それでも今はどうしようもないから、我が子の如き年の若者に全てを託す。

 

 

「だから、頼むぜユーノ。援護しか出来ねぇ駄目親父に代わって、家のガキを頼むわ」

 

「ええ、勿論です」

 

 

 そんな男の言葉に頷きで返して、ユーノは巨大な盾を起動する。

 それはライディングボードをベースに改造した魔導兵器ナンバーズ。

 

 

「ナンバーズ起動! モードウェンディ! エリアルレイヴ!!」

 

 

 カートリッジが消費され、ライディングボードが飛翔する。

 大きく跳び上がったボードに乗って、ユーノ・スクライアは空に飛んだ。

 

 

 

 トーマの赤い瞳が、周囲を見回す。ユーノの接近を理解する。

 銀十字が静かに輝き、防衛機構が再起動する。溢れ出す白い力場の中、無数の光線が宙を焼いた。

 

 

「ちぃっ!!」

 

 

 遥か後方から翡翠の輝きと、装甲車両から放たれる質量兵器群。その支援を受けながら、ユーノは前へと進んで行く。

 ライディングボードで飛翔しながら近付く彼は、しかしその限界に舌打ちしていた。

 

 白い力場は解体の力場。長く留まれば、己の身体が分解されていく。支援砲撃だけでは無くならない。

 このままエリアルレイヴを続けても、速度が足りない。トーマの下に辿り着く前に、己とライディングボードの双方が解体されると理解した。

 

 

「エリアルレイヴ解除!」

 

 

 故に、機能を停止する。トーマの頭上を陣取って、エリアルレイヴを解除した。

 

 

「ナンバーズ。モードオットー。レイストーム!」

 

 

 そしてこちらへと向かってくる光を、同じく光弾にて迎撃する。

 相殺は出来ないが、減衰ならば可能である。破壊の雨に力をぶつけて、道を開く事は出来るのだ。

 

 ならばそれで十分。

 

 

「レイストーム解除! ナンバーズ。モードトーレ。ライドインパルス!」

 

 

 更にカートリッジを消費して、起動するのは高速移動。

 頭上から真下へと、空いた隙間を超音速で突撃する。

 

 

「っっっ!!」

 

 

 真面な守りはない。身体がバラバラになりそうな痛みがする。

 スーツの下に着込んだ機械駆動の強化服。それだけが音の壁に対する命綱。

 

 

「来ないでっ!」

 

〈キエロ〉

 

 

 二重に伝わる子供の声。瞠目したトーマの周囲に集った光が、ユーノを消そうとその牙を剥く。

 迫る分解と簒奪の光。そして音の壁にぶつかり傷付きながら、それでもユーノは立ち止まりはしない。

 

 その必要がないと、もう分かっている。

 

 

「免職覚悟で持ち出した怪物だ。貫けぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 ゲンヤが構えた巨大な銃。血肉を喰らいて放つのは、管理局に押収されていたプロトタイプスチールイーター。

 

 

「合わせますっ! スターライト、ブレイカーー!!」

 

 

 杖を構えたなのはが、ゲンヤの隣で魔力を集めて翡翠の光を此処に撃ち放つ。

 虚偽と真実の星光。二つの破壊が簒奪の光を振り払って、其処にユーノが進む道を生み出した。

 

 そしてユーノはその瞬間を、決して見逃すことがない。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 血反吐を吐きながら、落下する身体で力を行使する。

 超加速でライドインパルスに変わって発動する力は、師である彼女の十八番。

 

 

「ナンバーズ。モードノーヴェ! ブレイクライナー!」

 

 

 翼の道が繋がれる。それは少年へと届く空への翼。

 一歩を踏み込む。今にも崩れ落ちそうな身体で、確かな一歩を踏み込んだ。

 

 

「これで、届かせる。この一撃で、君を助ける」

 

 

 神速。圧倒的な速度で、道を蹴り上げる。

 飛び出した状態で、全身から力を抜いて、脱力したままに放つのはその系譜に受け継がれた力。

 

 

「これが、僕らが受け継いだ! あの人の拳だ!!」

 

 

 だが、相手も唯黙っているだけではない。

 銀十字が白く輝き、向かってくるユーノを撃墜せんとディバイドゼロを撃ち放つ。

 

 

「っ!? ユーノ君っ!!」

 

「くそっ! 間に合わねぇっ!!」

 

 

 迫る相対速度と力の充填速度。この瞬間には間に合わせられない。

 だから危ないと、だから止まってと、そんな周囲の声に従う事なくユーノは更に加速した。

 

 

「オォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 躱せない。これを躱せば、次の一撃は打ち込めない。

 防げない。ユーノの持つ力の中に、これを防ぐ術はない。

 

 どの道傷付くと決めたのだ。傷付けて傷付いて、それでも救うと決めたのだ。故に、彼が選んだ選択は――

 

 

繋がれぬ拳(アンチェイン・ナックル)!!」

 

 

 その白い光を受けて尚、拳を振り抜く事。

 右腕に全てを解体する力を浴びながら、ユーノはそれでも拳を振り抜いた。

 

 

 

 そして、その一撃が刻まれる。

 カートリッジの魔力を纏った拳が空を飛んで、銀十字は砕かれた。

 

 書の頁がバラバラと散って崩れ落ちる。

 壊れた書に囚われていた意識は、此処に舞い戻る。

 

 トーマは泣きそうな瞳で、必ず助けると語った師の姿を見た。

 

 

「先、生」

 

 

 涙で滲んだ蒼い瞳が、その姿を捉える。

 全身に解体の光を浴びて、ボロボロになったその姿。

 

 抱きしめる青年の胸元で、少年は静かに涙を零す。

 

 

「先生、僕は」

 

「もう良い。もう大丈夫だから」

 

「けど、先生の腕が!?」

 

 

 ディバイドゼロの直撃を受けた部位が、残らずに消え去っている。

 ユーノ・スクライアは右肩から先、右腕の全部位を完全に失っていた。

 

 

「気にしなくて良い。先生は、そんなに柔に見えるかい?」

 

 

 その笑みが、母に重なる。

 あの日、己が傷付けた母に、力強い笑みが重なるのだ。

 

 

「僕は」

 

「取り敢えず、さ。……お帰り、トーマ」

 

「先、生ぃ」

 

 

 何も変われていない。そんな風に、少年は涙を零す。だから変わりたいのだと、此処で確かにそう思った。

 泣き喚く中で、溢れ出す想いが塗り潰す記憶を上回る。この一瞬は恐怖よりも悲しさと無力さが上回って、だから変わりたいと思ったのだ。

 

 少年は此処に傷付いた。傷付けたと言う傷を得た。

 だからその傷に報いる為に、変わろうと心に決めるだろう。立ち向かうと誓うのだろう。

 

 きっとその意志が、神の記憶に打ち勝つ為の一助となる。

 此処から先には手を貸せないと、そう分かってユーノは優しく抱き締めた。

 

 残った片手で髪を梳く。優しく撫でる青年は、この先には関われない。

 神に立ち向かえるのは、トーマだけ。これから先も自分を保つ為に、きっと彼は苦しみ続けるだろう。

 

 だから今だけは、安心させる様にと頭を撫でた。

 お帰りと言葉を呟いて、今にも途切れそうな意識を保って微笑むのだった。

 

 

 

 かくして、ここに地獄が一番近い日は終わる。

 

 女は自身の為すべきを理解して、少女は絶望の中に居る。

 戻って来た青年はより深く傷付き、同じく傷付いた少年は立ち向かう理由を得た。

 

 そして、彼は――

 

 

 

 

 

3.

 胸に宿るこの熱が、初めて大切だと思えたモノ。

 守りたいと心に誓った。この温かな者を守り抜く為に、進むべき道は定まった。

 

 

「至れる筈だ。きっと、なれる筈だ」

 

 

 それは無意識に、無理だと決め付けていた事。

 絶対に不可能だと、目指す前から諦めていた事。

 

 それでも、今ならば言える。

 決して不可能なんかじゃないと。

 

 その道を進めば、全ては解決する。

 エリオは胸に抱えた憎悪を晴らして、その上で大切なモノを守り抜ける。

 

 不可能ではない。

 決して不可能ではない。

 

 それは確かに目指せる場所なのだから。

 それは確かに其処にある道なのだから。

 

 

「トーマ」

 

 

 冷たい風が吹き抜ける中、空で師に抱きしめられた宿敵を見詰める。その彼の無様な姿に眉を顰めて、エリオは此処に宣言する。

 

 

「その席は貰うぞ。その先を奪うぞ。神座は僕が貰い受ける」

 

 

 要らないんだろう。お前は人で居たいんだろう。

 

 ならば寄越せ。その道を譲れ。その座を渡せ。

 必要だ。必要なのだ。守る為に、救う為に、この温かさの為だけに。

 

 そう。この僕こそが――

 

 

「僕が、新たな世界の神になる」

 

 

 新世界を紡ぐ神となろう。

 

 神と神を殺せる者に、違いなどありはしない。

 少なくとも力と言う一点において、全能の神を殺せるならば神殺しもまた全能なのだ。

 

 ならば其処にある違いは唯一点、それは願いの違いのみ。

 それが誰かの為(ハドウ)の願いなのか、それとも己の為(グドウ)の願いなのか、神殺しと神の違いなどそれだけしかない。

 

 願いは変えられる。想いは変えられる。

 この手に抱いた熱を大切だと思えるならば、この身は覇道の神へと至れる。

 

 悪魔の王は愛する命を救う為に、そして己の憎悪を晴らす為に、全能の神になると決意したのだ。

 

 

「僕たちは何にだって成れるし、何処にだって行けるのだから」

 

 

 少女の言葉が、胸に炎を燃やす。

 腕に抱いた二人の体温が、目指すべき頂きへ向かう想いを強くする。

 

 誰かを愛する事を知った今、もうエリオは悪魔の枠に囚われない。

 既に行く道を定めた魔刃は、新世界を求め始めている。

 

 

「また会おう。トーマ」

 

 

 これより先の戦いは、悪魔と神の子の戦いではない。

 

 神座を求める者と神座に至れる者の争い。

 神の座を心より欲する少年と、神になるしかない少年の争い。

 

 即ち、神座闘争である。

 

 

 

 

 




エリオ君覚醒イベント終了。
以降、神座を目指すエリオ君は、一切ぶれない鉄心キャラと化します。


そして、身体は継ぎ接ぎだらけ。
魔力汚染によって魂はボロボロ。
そしてエクリプスで遂に右腕を失くしたユーノ君。

彼の明日はどっちだ!?


※20170123 全面改訂。
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