リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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ヴィヴィオ回収とお母さん関係の話はアグスタ前にもうやってるし、今更地球虐めも特に必要ないし、六課最強もこの展開で持ってくるのはどうかと思った。

なので二週間の時間が飛んで、公開意見陳述会と六課襲撃になります。
サブタイトルはどっちにするかマジで悩んだ物の、六課襲撃の方が中身が濃いのでこっちで行きます。


推奨BGM
1.森羅万象太極之座(神咒神威神楽)
1の途中から.其の名べんぼう 地獄なり(相州戦神館學園 万仙陣)
2.若き槍騎士~Theme of Erio~(リリカルなのは)


第十九話 六課襲撃 其之壱

1.

 光陰は矢の如く、時の針は進んで行く。

 二週間。葉が色を変えるには短く、されど蒔いた種が芽を出すには十分な時間の流れ。

 

 夢追い人は白百合と共に。師の元で共に過ぎし、一つ一つと過去を取り戻す。

 答えを望み続ける少女は己を磨く。何時か答えに至る為、片時も休まず飛び続ける。

 聖なる王の写し身は召喚士の少女らと共に、当たり前の日々を過ごしていた。

 

 あの日以来、機動六課に出撃はない。地獄に一番近い日の後に、彼らはその身を暫し休める。

 全ては一路、この先の為に。公開意見陳述会。地上本部の運用方針が決議され、その会議の様子が全管理世界に中継されるこの日の為に。

 

 そして、その日は此処に訪れる。二週間と言うモラトリアムは過ぎ去って、公開意見陳述会は此処に開催されるのだった。

 

 

 

 

 

 常は人の数が故に行き来が激しく、ある種の熱気に満ちていた隊舎内。

 今は閑散としてしまっている古代遺産管理局の食堂内にて、ルーテシア・グランガイツは全国放送の瞬間を待っている。

 

 もうじきに始まる意見陳述会に先駆けて、映し出される映像の中には上司の姿。

 画面に映る先達の雄姿に羨望を抱きながらに、置いていかれた少女は深い溜息を吐いた。

 

 

「……居残り組とか、割と最悪」

 

 

 古代遺産管理局のメンバーは、その大部分が既に地上本部入りを終えている。

 総勢九百名にも至る局員の半数以上が移動を終えていて、此処に居るのは指令室勤めの数十人とその護衛くらいである。

 

 ルーテシアもまた、現場に向かうと考えていた。だがそんな彼女の期待に反して、与えられた指示は隊舎にて待機。

 この大一番に参加できない。その不満に対して、愚痴の一つや二つは漏れるのも仕方なかろう。そんな彼女の愚痴に対して、対面に座った少女は行儀悪く肩肘を突きながら言葉を返した。

 

 

「居残り組はフォアード全員よ。アンタだけじゃないんだから、ぼやくなっての」

 

 

 同じく居残りを命じられた少女、ティアナ・L・ハラオウン。

 包帯塗れで湿布の臭いを漂わせた彼女に向かって、ルーテシアは疑問の声を上げていた。

 

 

「先ずそれが解せないのよ。私やキャロ、それにティアナが足手纏いになるってのは、百歩譲って理解出来なくもないけど、なら何で一般の武装局員は連れてくのかって事」

 

「……寧ろ逆よ、逆。トーマだけは、絶対に連れてけないの」

 

 

 力不足が認めるが、それでも六課以外の機動部隊には勝る。そう考えるルーテシアに対して、ティアナは待機命令の理由はそれではないのだと返す。

 トーマ・ナカジマが居るからこそ、フォアード陣は居残りを命じられた。それは単純な実力だけが故ではなく、彼の少年に施されたある施術が故であったのだ。

 

 

「スカリエッティのクソ野郎が言ってたでしょ? トーマとエリオは繋がっている。アイツが居る所には、高確率で魔刃がやってくんのよ」

 

 

 望む望まざると関わらず、トーマとエリオは互いに引き寄せ合ってしまう。

 まるで運命がそう帰結するかの様に、引き寄せ合った彼らは同じ意志の元に傷付け合う。

 

 現状、トーマは一歩も二歩も後塵を拝している。エリオはエース陣でも手に負えない程に強大だ。

 故にこそ、彼が地上本部を襲撃する可能性を減らしたい。それが迷信にも似た物だったとしても、可能性を下げる為に行っておくべきなのだ。

 

 

「流石に魔刃は片手間じゃ相手に出来ない。だからまあ、私ら居残り組が用意されたって訳」

 

「……詰まり囮ってこと? それこそ最低じゃない」

 

 

 本命はやはり公開意見陳述会。だとすれば、己達は捨て駒同然の囮であろうか。

 そう思考したルーテシアは表情を苦々しい物に変え、そんな彼女の早合点を馬鹿にするかのようにティアナは鼻で笑った。

 

 

「馬鹿ね。義兄さんが私達を捨て駒にする訳ないじゃない」

 

「どういう意味よ?」

 

 

 抱いた疑問に首を傾げるルーテシア。そんな彼女に相対するティアナは、自分のペースを崩さない。

 空いた片手に握ったスポーツ飲料に口を付け、それを一息に飲み干してからヤキモキしている幼子にへと語るのだ。

 

 

「魔刃対策は完璧よ。この今に出来る、万全な対策は用意してる」

 

 

 来ると分かっているならば、対処の用意は出来るのだ。

 故にこそ今の機動六課に出来る最大の対策を、魔刃に対して割いている。

 

 だから心配する事はないのだと、ティアナはそう語って笑い――

 

 

〈ならぁ、魔群の襲撃はどうかしらぁぁぁ?〉

 

 

 そんな思惑を覆す女が、この場へと現れた。

 

 

 

 

 

 甘ったるい猫撫で声と共に、硝子の割れる音が食堂に響く。

 人の神経を逆撫でする蠅声の羽搏き音を耳にして、二人の少女は弾かれる様に椅子から跳び上がる。

 

 

「Sancta Maria ora pro nobis」

 

 

 直後、膨大な量の蟲が入り込む。窓から、扉から、換気口の隙間から、入り込むは無数の蠅。

 瞬く間に新築の隊舎を黒く染め上げていく羽音に交じり、嘲笑う声で紡ぐ歌声は背徳の讃美歌(オラショ)

 

 

「Sancta Dei Genitrix ora pro nobis」

 

 

 鼻が曲がる程の悪臭と、その膨大な物量に景色は塗り替えられていく。

 白い館内の壁は汚物に塗れて、黒へと変わる。無数の黒が集まって、太陽の如き形を作る。

 

 

「Sancta Virgo virginum ora pro nobis」

 

 

 魔群形成。見下し蔑み嘲笑う美女の顔。形ばかりが整って、中身は腐臭を漂わせているその姿。

 豊満な身体に密着した青い衣。風に靡く白衣を上から纏って、無数の蟲が茶髪の女を其処に織り成した。

 

 

「oh Amen glorious!!」

 

『魔群、クアットロっ!!』

 

 

 其は三柱の反天使。不滅の軍勢は此処に現れ、少女達へと嘲笑を向けていた。

 

 

「ウフフ、フフフ、アハハハハハ!」

 

 

 嗤う。嗤う。嗤い狂う。腹を抱えて心底可笑しい、そう嗤っている這う蟲の王。

 その姿を見上げながらに、ティアナは視線を動かし指示を出す。ルーテシアは無言で首肯を返して、二人は周囲を見回した。

 

 

「魔刃対策は万全なのよぉ。けどどうしてかしらぁ、此処に居るのは貴女達だけぇ。ああ、魔刃対策が万全だからね」

 

 

 嗤う魔群はそれに気付いて、しかしどうでも良いと見逃している。見下しているのだ。どうせ何も出来ないと。

 そしてそれは事実であろう。此処に居るのはティアナとルーテシアの二人だけ、最強の魔刃に対する手段を構築する代償に防備は穴だらけになっている。

 

 

「それはそう。当然の話。だって本命は別だから、どうしても割ける戦力には限りがある。その限りある全部をぶつけないとエリオが止められないんならぁ、なら此処はもう穴だらけ」

 

 

 機動六課の残存兵力は極めて少ない。本命は地上本部なら、当然その総数は少ないのだ。

 それで精鋭を魔刃に当てたと言うのだから、ならば当然残るは弱者。その数少ない戦力ですら、現在進行形で減っている。

 

 暴食の罪を宿したこの怪物が最も真価を発揮する状況とは、弱者を数で痛めつける殲滅戦に他ならない。

 

 

「誘っているの? そんなに露出を派手にして、男を誘っているのねまるで売女。良いわ乗ってあげる。その穴にぶち込むのは男の一物なんかじゃなくて、中から貪り喰らう蟲の群れだけどねぇぇぇっ!!」

 

 

 だから、何をしようとも無駄なのだ。そう確信するクアットロは、さて何をするかと見下し観察し続けている。

 そのあからさまな姿に苛立ちを抱きながらも、ティアナは頭に叩き込んだ地図と右目の歪みで判断して、一点の壁を指差した。

 

 

「ルー!」

 

 

 今は二人。真面にぶつかれば勝ち目はない。ましてやこの閉鎖空間で、膨大な数の魔群を相手取るは愚の骨頂。

 先ずは脱出しなければ、前提として話にならない。ティアナが指差す先を見て、首肯したルーテシアは此処に召喚虫を呼び出した。

 

 羽音を立ててぶつかり合う無数の蟲。だが如何に魔法生物であろうとも、這う蟲の王には届かない。

 一方的に貪り喰われ、飛んで火に入るかの如くに次から次へと消えていく。だがそれで十二分、僅か数秒の時間を稼ぐには十分だ。

 

 

「ガリュー!」

 

「そこっ! ディバインバスター!」

 

 

 本命たるは戦闘虫。人型をした昆虫であるガリューが拳を振るい、亀裂が走った壁をティアナが撃ち抜く。

 走った亀裂は穴に変わって、最も薄い場所が崩れた先には中庭が広がっている。二人は転がり込む様にその穴の先へと、そのまま隊舎裏へ向かって逃走を始めた。

 

 

「うふふふふ。お尻を振って逃げちゃって、一体何処に行く気かしらぁ?」

 

 

 蟲の包囲網を突破されて、しかしクアットロの余裕は揺らがない。揺るぐ筈がない。揺らぐ理由がないのだ。既にもう彼女達には何も為せないのだと、這う蟲の王は確信を持って思考している。

 

 いいや、確信と言うのも生温い。それは最早ただの事実であろう。

 司令部は既に抑えている。隠形に徹した彼女はゆっくりと、誰にも気付かれぬ内に動いていた。

 残っていた局員達は既に屍を晒していて、今や魔群を生み出す苗床に成り下がっている。司令部は誰も知らない内に壊滅していた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔刃対策に用意された精鋭達。そして今逃げる二人の少女。生き残りはもう後僅か。

 彼女ら以外を貪り喰らって、敢えて二人を最後に残したのは嬲り物にするためだけに。

 

 

「これで御終い。これで終わりよ。古代遺産管理局」

 

 

 壁の穴から逃げ出して、既に死んだ者らと合流しようとしている獲物が二匹。

 敢えて残した彼女らは、魔群が逆恨みの情を向けるあの女達の関係者。だからこそ、甚振り貪り、壊れた残骸を晒してやろう。

 

 

「出来損ないの陰陽合一。中身と同じ万年処女。あの糞女共がどんだけ悔しがってくれるのか、今から見ものよねぇぇぇ」

 

 

 完全な筈の己に先んじて、偉大な父の期待を一身に受ける高町なのは。

 自分に恐怖を与えたあの女。完全なる己を小物と蔑んだアリサ・バニングス。

 

 彼女達の部下を敢えて嬲り追い詰めるのは、魔群を敵に回した愚かさを教える為だ。

 

 人として、女として、あらゆる尊厳が蹂躙された後の死骸。それを見せ付けられた時、あの女達はどんな表情を浮かべるだろうか。

 憤怒か憎悪か哀愁か絶望か。その歪んだ表情を想像するだけで心が躍る。その壊れ切った先を思うだけで、クアットロは嗤いが止まらなくなってくるのだ。

 

 

「ウフフ、フフフ、アハハハハハハハハッ!!」

 

 

 蟲が溢れ出す。屍山から生まれた蠅が、羽音と共に溢れ出す。

 まるで黒い大洪水。津波すら思わせる物量に背を追われながら、二人の少女は足を動かす。

 

 

「ティアナ! どうするのっ!?」

 

 

 高町なのはのそれを真似したバリアジャケット。戦闘装束へと変わったルーテシアは、ガリューに抱き抱えられながらに問い掛ける。

 目に付く場所には死体の山。見知った顔が晒す屍に吐き気を催しながら、しかし死体を貪り羽化する蟲の姿故に吐き出している余裕はない。

 

 立ち止まれば躯に変わる。これらと同じく躯に変わる。

 虫は嫌いではなかったが、こんな苗床に変えられるのはゴメンであった。

 

 

「援軍は期待できない。けど、精鋭との合流もやめた方が良い」

 

 

 生き残りは、果たしてどれ程に居るであろうか。

 魔群に対抗出来る戦力は確かにあるが、それを動かせば魔刃が自由になってしまう。

 

 援軍が期待できず、合流も不可能。この最悪な状況に、救いがあるとすればたった一つか。

 

 

「……魔刃襲撃があると踏んでいたから、アイナさんやヴィヴィオが避難してたのがせめての救いね」

 

 

 犠牲となったのは、戦闘メンバーと支援部隊の人間だけと言う点だろうか。

 非戦闘員の無事が保証された事、そんな僅かな幸運だけでも喜ばなければ、余りに状況は悪過ぎる。

 

 そんな中で、隊舎裏の林へと辿り着いたティアナは身を反転させて口にした。

 

 

「援軍も合流も無理なら、結論は一つ。私たちでアイツを叩くわよ! ルーテシア!」

 

 

 結論はそれだ。援軍が期待できないなら、逃げるか戦うしか道はない。

 だが逃げ続けても可能性は狭まっていく、ならば此処に覚悟を決めて向き合った方が未だ希望があるのだ。

 

 

「正気!? 私達だけじゃ、無茶にも程が――」

 

「無理でも無茶でもやるしかないのよ! ……それに、これは決して不可能なんかじゃないっ!」

 

 

 その右目に炎が灯る。蒼い瞳は見詰める先には、答えに至る方程式。

 可能性は極小で、道は険しく狭い断崖絶壁。だがそれでも絶無でなく、踏み出せるなら踏破の可能性は確かにある。

 

 だからこそ此処に来た。この場所へ来たのは逃げ伸びる為ではない。最初から勝つ為に、それだけを少女はその目に見ていたのだ。

 

 

「か細くても、道は確かに繋がっている。なら、私の目が答えに続く道を必ず照らし出すっ!」

 

 

 ならば後は為すだけだ。不退転を心に誓い、此処に暗闇を踏破するだけなのだ。

 無数の蟲を魔力弾で牽制しながら、ティアナ・L・ハラオウンは強い言葉で断言した。

 

 

「勝つわよ! 勝つのよ! この魔群クアットロに、私達でねっ!」

 

「ティアナ。……ええ、そうね。やってやろうじゃないの!」

 

 

 ガリューから飛び降りて、ルーテシアも同じくデバイスを両手に構える。

 ティアナに背中を預けて立つ幼子。そんな二人を守る様に、黒虫の戦士は一歩を前へと踏み出した。

 

 

「へぇ、言ってくれるじゃぁないの」

 

 

 広く開けた隊舎の裏。無数の蟲を従えた王は、冷たい目で少女らを見下す。

 舐めているのかお前達。そんな脆弱な存在が、この魔群に敵うと言うのか。鼻で笑いながらに、しかし明確な怒りを感じて言葉を紡ぐ。

 

 

「逃げるしか能のない小物が、この私に勝てるとでも?」

 

 

 逃げ回るしか能のない小物。此処まで追い詰められただけの小物。そんなティアナとルーテシアが、どうしてクアットロに勝るのか。

 

 

「……はっ、その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ」

 

 

 そう冷たく告げる魔群の声を、ティアナは鼻で笑って同じ言葉を此処に返した。

 

 

「逃げるしか能のない小物。そんなアンタが、この私達に勝てるとでも思ってるの? クアットロ=ベルゼバブ!!」

 

 

 強者と見れば直ぐ逃げ出し、恐怖を感じれば直ぐに逃げ出し、自分より圧倒的に弱い相手としか戦えないこの小物。

 先の遭遇戦でも見せたその惰弱さを鼻で笑って、ティアナはクアットロへと銃口を向ける。険しい道を歩むと決めたこの少女が、こんな小物を前に震える道理はないのである。

 

 

「……決めたわ。嬲り殺すなんて、そんな甘い終わりは与えない」

 

 

 その無様さを嗤われて、クアットロは怒り心頭。腸が煮えくり返る程に少女を睨む。

 この女は小物である。魔群と称されるには不釣り合いな程に、反天使の中で最も器が小さい外道に過ぎない。

 

 だが、だからこそ、そんな挑発すらも受け流せない。

 己が受けた傷は決して忘れない。己が受けた罵倒は決して忘れない。何処までも粘着質に、何処までも小悪党で――だが実力だけは高いからこそ手に負えない。

 

 

「生きたままに犯し抜いて、腸貪り喰いながらも生かし続けてやるからぁ。……無様に泣いて喚けよビチグソ共ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 神格域一歩手前。いや全力を出せば半歩まで、或いは無形太極にも迫るであろうこの怪物。

 心根は小物に過ぎずとも、その実力は折り紙付き。そんな魔群に相対するのは、最も弱い歪み者と、歪みすら持たない召喚士。

 

 援軍は全く期待できない。絶望的なこの状況下。

 それでも諦めると言う事を知らない少女らは、強い意志で襲い来る魔群を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

2.

 気付いてしまえば、簡単だった。

 自覚さえすれば、それは何より分かり易い事だった。

 

 

「来るか」

 

 

 太陽の元、冷たく吹き付ける風は宛ら夜風の如く。温かい筈の春風を、恒星の熱を孕まぬ冷風と感じさせる存在感。雷光を思わせる速度でそれが迫っている。

 

 

「来るか」

 

 

 内なる鼓動。魂の共鳴故に宿敵の到来を理解したトーマ・ナカジマは、正面エントランスに背を向けたままに待っている。

 傍らに寄り添い咲く花と手を合わせ、無言の内に同調・新生・疑似形成。切っ先を磨り潰した斬首の刃を、両手に構えてその時を待つ。

 

 

「来いっ! エリオっ!」

 

「来たぞ。トーマっ!」

 

 

 轟。颶風と共に舞い降りた赤き槍騎士。共に黒き衣を纏った騎士たちが、その手にした武具をぶつけ合う。

 突進からの刺突強撃。鋭く重いその一撃に、大剣を合わせて受けたトーマの足が地面に沈む。力負けしている。その現状に舌打ちするが、力の差は変わらない。

 

 

「僕が神座に至る為に、君の可能性を貰い受ける」

 

 

 体感の温度が一度も二度も引き下がる。怖気を催す笑みと共に、振るわれた槍は黒き焔を此処に灯す。

 即座に表情を変えて、トーマは斬首の剣の刀身にエクリプスの力を纏わせる。全てを滅する炎を分解して、移動させた事に僅か安堵し――

 

 

「がっ!?」

 

 

 だがその一瞬の隙を突いて、笑みを深めたエリオの爪先が抉り込む様に胴に突き刺さる。

 思わず嘔吐(エズ)いた少年に、槍騎士は欠片たりとも動きを緩めず、更に鋭い回し蹴りが叩き込まれた。

 

 咳き込みながらも、如何にか態勢を整えるトーマ・ナカジマ。

 そんな彼を冷たく見下しながらに、白いコートを纏った黒騎士は此処に告げる。

 

 

「精々、足掻くと良い。その分だけ、僕は高みへと近付ける」

 

 

 エリオ・モンディアルは、トーマ・ナカジマと違い共鳴の理由を知らない。己の内に宿敵の一部があるのだと、彼は教えられていない。

 だが感じている。エリオは理屈を知らずとも、確かに此処に感じている。まるで引き寄せ合う磁石の対極の様に、近付き触れ合う事で確かに進んで行くと理解していた。

 

 故にこそ本能が告げる感覚に寄って、此処にやって来た。

 情勢も状況も知った事ではない。唯己が強くなる為に、コイツと戦うのが一番だと感じたからやって来たのだ。

 

 

「だけど――」

 

「っ!」

 

 

 目で負えない速度で飛翔する暗き雷光。鋭い刃を振るう少年の意志はしかし、達成感とは程遠い。

 如何にか刃を合わせる。それしか出来ずに防戦一方。それがトーマの現状で、ならばこそ実感などは湧き上がらない。

 

 魂は感じている。この少年を倒せば座への道は開かれる。

 だが理性と感情が否定している。成長していない。自分が成長をする為に、この今の少年は――

 

 

「やはり、君は弱いな」

 

 

 余りに弱過ぎる。そう断じたエリオは、其処でギアを一つ引き上げた。

 驚愕に染まるトーマの表情。先日までの交差よりも尚、今のエリオの動きは速かったのだ。

 

 

〈トーマっ!!〉

 

 

 白百合が危機を告げるが、しかしトーマは反応出来ない。純粋に力量が開いてしまったから、反応出来るだけの余裕がないのだ。

 迫る槍が大剣を吹き飛ばし、次いで襲い来る蹴撃が態勢を崩して、如何にか逃れようとした所に五指が迫る。槍を握る手とは逆の掌。開いた五指がトーマの顔を掴み取る。

 

 逃れようにも抜け出せない。万力を思わせる握力に、掴まれたままにその笑みを見る。

 

 

「堕ちろ。堕ちろ。――腐滅しろ」

 

 

 そして、燃え上がる。噴き上がるのは無価値の炎。万象全てを穢し堕とす黒炎を、防ぐ術などトーマになく。

 ならば焼き殺されるが必定。これで死ぬなら糧にもならない。冷たい笑みと見下す視線を向けたまま、さあどうなると燃え上がって――

 

 

「レイジングハートっ!」

 

〈All right. Accel shooter〉

 

「ちっ!?」

 

 

 燃やし尽くすよりも前に、妨害者が此処に一手を撃つ。無数の誘導弾は一発だけなら取るに足りずとも、全く同じ場所に数十数百と打ち込まれるなら堪らない。

 伸ばした左手を翡翠の光に焼かれ、緩んだ隙にトーマがその刃を振り上げる。苛立ちと共に舌打ちしながらに、処刑の刃を如何にか躱したエリオは大きく一歩を退いた。

 

 

「高町なのは? エースオブエースを、此処に残したのか……」

 

 

 見上げた先の上空には、白き衣を纏った不屈の魔導師。

 エリオに手傷を与えた女は、得た戦果とは真逆に浮かない表情を浮かべていた。

 

 

「すみません。なのはさん。……予定より、持たせられませんでした」

 

「……仕方ないよ。ある程度強くなってるのは想定通りだったけど、此処までとは私達も読んではいなかった」

 

 

 感じる圧力。寒気を漂わせるその威圧。この少年は既に一歩以上先に居る。

 陰の拾とは無形太極。色を持たない神の域。腐炎なしでもその領域に、エリオ・モンディアルは手を届かせていた。

 

 そして力への意志を定めた今、彼は更に其処から進んだ。彼は既にして、夜都賀波岐の神々と同じ域に居る。

 それでも彼が流れ出せない理由は唯一つ。己の魂強度が脆いから、内包する数ばかりが膨れ上がって個として統一出来ていない為。

 

 だが逆説的に言うのなら、既にエリオは何時流れ出してもおかしくない。

 その領域にまで至っている。まだ半歩手前で足踏みしているトーマでは、端から相手になる筈がないのだ。

 

 想定ではトーマより頭一つ上、その程度を予想していた。

 だがこれは更にそれより一つ二つは図抜けている。下手をすれば、桁が一つは違っている。

 

 流れ出していないだけ。今のこの少年は求道神と何も変わらない。

 内に抱いた願いが覇道である事を考えれば、差し詰め“流れ出せない覇道神”と言った所であろうか。

 

 

「クロノ・ハラオウンめ。随分と思い切った真似をする。だけど――」

 

「――っ!」

 

「来るっ! 全力で!」

 

 

 だからこそ、実力が違い過ぎている。その僅かな差が、明確な程の断絶として此処にある。

 そんな事は最初から分かっていて、それでも想定よりも差異が大き過ぎたからこそ僅かな手傷が限界だった。

 

 トーマが足を止め、意表を突いたなのはがダメージを与える。

 文字で表記すれば、当初に立てた算段は全て達成されている。だが予定していたダメージと見比べれば、彼の手傷は遥かに小さい。

 

 そして結果を見誤る程に差があると言う事実は、その後の見通しを崩すにも十分過ぎた。

 

 

「たった二人で僕を止められると、そう思う事が侮辱と知れっ!」

 

「くっ!」

 

「っぅぅぅ!!」

 

 

 暴力的な颶風を纏って、魔法と腐炎を使い分けながらに攻勢へと移るエリオ。

 対するなのはとトーマは、互いに補いながらに喰らい付く。だがそれでも、その差は未だに大きくあった。

 

 高町なのはは耐えられない。彼女の再演開幕では、腐炎に耐えられないが故に前衛には立てない。

 トーマ・ナカジマでは追いつけない。無数の魔法を手足の様に操りながらに迫る魔刃に、有効打一つ打てていない。

 

 魔刃の脅威を前にして、二人掛かりですら防戦一方にしかなっていない。

 それこそが明確な程に此処にある、確かな互いの実力差の証明となっていた。

 

 

「相手にならんぞ。無知蒙昧」

 

 

 雷光の魔法。炎熱の魔法。氷結の魔法。多重に展開されるは属性変換。

 二十万と言うリンカーコアを取り込んだが故に可能となったその物量は、魔導師の軍勢による総攻撃を思わせる光景を作り上げる。

 

 

「制限付きのエースと足踏みしてる神の子ではなぁぁぁ」

 

 

 身を躱し、躱せぬ一撃を手にした刃で防ぐトーマ。魔力を動かし、必要最低限の魔法を防いでいる高町なのは。

 その両名が猛攻を前にして、接近する事も出来ていない。唯こうしているだけでも、エリオはそう遠くない内に勝利する。

 

 それが分かって、魔刃は此処に切り上げる。

 同じ事の繰り返しなどで仕留められると、そう考える程にこの少年は温くはない。

 

 

「僕を止めたくば、その三倍は持って来いっ!!」

 

 

 弾と大地を蹴り上げて、飛翔する赤い騎士。迫る先にて構える女は、余りの速さに舌を巻く。

 あの海上での決戦。その日に見た金色の少女を思わせる様な高速飛翔に、彼女の対処は一手遅れる。

 

 その一手は、この魔刃を前にしては致命となる。

 再生する。蘇生すると言うその異能ごと、燃やし貶めようと黒炎が燃え上がり――

 

 

「お前こそ、舐めるなぁぁぁぁっ!」

 

 

 同じく飛び出したトーマ・ナカジマが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ! 速度が増した!? だがこの程度!」

 

 

 その理由は美麗刹那・序曲――ではない。既にそれは展開されていて、だがそれだけで詰められる程に差は小さくはない。

 だが速度が増している。速力が確かに上がっている。一体何が起きたのかと戸惑うが、しかしこの程度と結論付ける。

 

 黒炎を纏った槍にて迎撃して、大地に落ちるのはトーマ・ナカジマ。多少速さが増した程度では、彼はまだ届かない。

 

 

「くそっ! けど――」

 

「合わせる! ディバインバスター!」

 

 

 だが、それでもトーマは一人ではない。そして戦力を増したのは、彼一人と言う訳ではない。

 振るわれる黄金の杖。魔法展開速度が上がっている。放たれる翡翠の輝きの、その威力さえも増している。

 

 先とはまるで別人の様な鋭さ。降り注ぐ翡翠の光を焼き払いながら、エリオは何が起きているかと舌打ちする。

 

 

「ちっ! コイツもか! コイツも先より速度が増している!」

 

 

 最初から三味線を弾いていたのか。手を抜いていたと言うのであろうか。

 いいや否、演技と言うには必死に過ぎた。そもそも弱さを演じる事に意味はない。

 

 ならばそう。その視線の先にある輝き。二重の正方形を内包した真円形の色は桃色。その輝きこそが、彼らを変えた元凶だ。

 

 

「強化魔法の重ね掛けか! だが、一体誰が、――っ!?」

 

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ!」

 

 

 その解答に至る直前に、エリオの視界を埋めるは白色。

 白き飛龍を前にして、エリオは反射的に動き掛けた腕を思わず止めてしまう。

 

 その声を知っている。目の前に迫った脅威に、刃を振るえば涙が零れるのではと思ってしまった。だからその僅かな揺れは、此処に明確な隙となる。

 

 

「竜魂召喚! ブラストレイ!」

 

 

 最大限に強化された白き飛龍が、その顎門より巨大な焔を吹き放つ。

 限界を超えるまでに強化魔法の重ね掛けを受けて、その業火はSランク砲撃よりも尚威力が高い。

 

 正しく決め技。必殺と呼ぶに足る切り札。それを無防備に受けた魔刃は、立ち上る爆炎の中に膝を付いた。

 

 

「やったか!」

 

「ううん! まだ傷は浅い! けど、これなら通る!」

 

 

 トーマ・ナカジマが手を握り絞める。高町なのはが冷静な思考で判断する。

 だがそんな二人の姿すら、今は気にもならない。その意識は唯一点、彼ら二人の背後に立つ小さな少女に集中している。

 

 風に靡くは光と同じく桃色の髪。自信のない表情は其処になく、確かな意志で槍を構えた幼い姿。

 キャロ・グランガイツ。エリオに道を示してくれた優しい少女。恩人とすら呼べる、そんな彼女が其処に居た。

 

 

「……キャロ。君が」

 

 

 身体が煤に塗れ、手足に軽い火傷を負った。この少女の全力を無防備に受けて、それでもその程度でしかない。

 そんな魔刃は僅か悲しそうに瞳を揺らして、それでも手にした刃の矛先は揺るがせずに問い掛ける。

 

 

「君が、僕の道を阻むのか」

 

「エリオ君」

 

 

 返る瞳は揺れている。交わす瞳が互いに揺れるのは、果たして何故であるのだろうか。

 それ程に近くはない筈だった。それ程に言葉を交わした訳ではなかった。白衣の狂人や悪辣な蛇の様に、裏で手を引く者が居た訳でもない。

 

 唯互いに強く感じている。唯理由などなくとも、互いにどうしてか強く求めている。

 そんな結び付きを感じている幼い少女は、同じ様に感じている黒衣の少年に向かって、それでも強き意志にて断じる。

 

 

「貴方を、止めます」

 

 

 被害者にして加害者。その身を血の赤に染めた虐殺者。神の座を簒奪せんとする魔王。

 そんな少年を前にして、キャロ・グランガイツはケリュケイオンをその手に構える。

 

 ランスモード。そう名付けられた槍形態。それは奈落(アビス)の呪詛に染まった黒きストラーダとは似ていない。

 だが何処か似ている。似ているのは、きっと本来あり得た形。青と白の槍と変わったケリュケイオンは、ストラーダの本来の形に酷似していたのだ。

 

 

「……くくっ」

 

 

 何故だろうか。笑えて来る。嗤うしかなかった。

 そんな魔刃を前にして、機動六課の三人組は即座に動く。

 

 

「皆! この調子で行くよ! キャロはフルバックから、強化魔法を続けて! 私達の強化限界は考えなくて良い!」

 

「はい! それに隙があったら、私とフリードでも狙っていきます!」

 

「きゅくるー!」

 

 

 高町なのはとトーマ・ナカジマ。その強化の理由はキャロの強化魔法だ。

 本来ならば数度で限界となる強化魔法を、キャロはカートリッジを消費してまで無数に重ね掛けしていたのだ。

 

 一度や二度なら問題ない。三度や四度も重ね掛ければ身体に異常を来たす。そんな強化魔法を、既に十は重ねている。

 打撃力に速力をそれだけ強化して、それで漸く追い付けるのがこの魔刃。三人掛かりで其処までせねば、抗えぬ程にこの魔刃は強大なのだ。

 

 

「トーマはフロント! 魔刃の攻撃に耐えられるのは君達だけだから、壁をやってもらうよっ!」

 

「ええ、勿論。ですが――リリィ」

 

〈分かってるよ。トーマ〉

 

『隙があったら、()達がその瞬間にも倒してみせます!』

 

「その意気だよ、二人とも! 率先して狙っていきなさいっ!!」

 

 

 誰もが既に限界を超えている。強化魔法の余剰魔力で圧迫されているなのはとトーマに、強化しているキャロとて脂汗を搔いている。

 彼女の魔力だけではこんな真似など本来出来ない。その無理を通す為にベルカ式のカートリッジに頼って、既に自分の力量を超えた魔力行使を行っているのだ。

 

 其処までして、漸く追い付いた。其処までしなくては、対等にすらなれはしない。だが此処までしたから、もう戦力は拮抗した。

 

 フロントアタッカーに腐炎を封じるトーマを、ガードウイングにはフリードが入って隙を補う。高町なのはは司令塔たるセンターガードで、キャロ・グランガイツがフルバック。

 即席ながらの四身一体。それでもこのフォーメーションは、そう簡単には崩せない。この組み合わせこそが機動六課の用意した、魔刃に対する対抗策だ。

 

 

「そうか。ああ、そうか。……相も変わらず、因果な道だね」

 

 

 一頻りに自嘲した後、エリオは再び槍を構えて炎を灯す。

 戦いたくない相手が加わったからと言って、今更に止まれる様な道は歩いていないのだ。

 

 出会いたくはなかった。此処で出会いたくなんてなかった。

 そんな感情を信念にて押し込めて、エリオ・モンディアルは敵を睨み付ける。

 

 

「良いさ。潰してあげるよ。この道を阻むなら、誰であろうと例外はない」

 

 

 例外はない。例外などは作らない。神に至る道を阻むなら、誰であろうと己の敵だ。此処に明確な意志を以って、その敵を排除する。

 

 

「それが僕の――力への意志(ヴィレ・ツァ・マハト)だ」

 

 

 それこそエリオが掲げる覇道。力への意志なのだから。

 

 

「来る!」

 

「皆、行くよ!」

 

 

 戦意を明確に、冷酷なまでの殺気で場を満たす魔刃。

 今正に襲い来るであろう最強の反天使。それを前にして、トーマ達は確かな意志で迎え撃つ。

 

 

「ここで、僕らの手で――魔刃エリオを打ち倒すっ!!」

 

 

 魔刃エリオを此処で討ち取る。その意志を確かに定めて大地を蹴る。

 処刑の剣と奈落の槍。互いの武器が宙でぶつかり合って、大きな金属音を立てるのであった。

 

 

 

 

 




クアットロ「雑魚敵しかいない。楽してズルして頂きね!」
エリオ「……相変わらず、僕の道がハードモード過ぎる件について」


魔群と魔刃で両極端な展開になった六課襲撃。
エリオはキャロと一度戦わせたかったので、こんな流れになりました。

反天使両名がこっちに来てるので、実は妨害者が来ない公開意見陳述会。
内通者が居る訳ですから、態々完全防備を固めた所に行くより、手薄になった場所に集中するよねと言う展開です。



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