閣下が生きるハイスクールな世界   作:佐竹 リン

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最近ちょっと調べてみたのですが、猫を放し飼いで飼うことに関しては世間的に結構反対されているみたいですね。
飼い主のより知らぬところで「他人に迷惑をかけている」ことが一番問題視されているんだとか。

猫の特性上、飼い主の躾次第でどうこうなる問題というわけでもないようですね。親戚が飼っている犬としかペットと関わったことがない私には、あまりイメージがしづらい話ではあります。

…まあ何が言いたいかと言うと、「今作品における猫の放し飼いその他諸々について、細かい突っ込みは無しの方向でお願いします」ってことです、はい。勉強不足は恐ろしいものですね。



冥界合宿のヘルキャット
五十五話目


一学期も終わり、高校生活二度目の夏休みを迎えた。

夏休みといえば、おそらく誰もが心待ちにする長期休暇。海やプールにお祭りと、イベント盛りだくさんな季節の休み。誰もが心を踊らせるのは、当たり前のこととも言えるだろう。

 

このオレも、前世と今世の両方で夏休みほど楽しみだったものはない。いくつになっても長期休暇というのはいいものだ。自分の趣味を誰にも邪魔されることなく、のんびりと楽しむ事ができる。

 

そんな楽しい夏休みだが…今年ばかりは、オレもそれを悠長に過ごしてはいられないんだ。

 

オレは、オレ自身を強くしないといけない。心も身体も。そうでないと、魔石の支配力に負けてしまう。…そうなった時の結末なんて、想像したくもないからな。

 

だからこそ、今年の夏休みはずっと身体を鍛えまくる毎日だ。神さんは修行できる期間になったら、あの人がいる例の世界に来るようにと言ってくれた。けど、それをただボーッと待っているだけのつもりはない。どうせなら出来ることを精一杯やって、足掻けるだけ足掻いてやるさ。

 

で、だ。今日は朝からイッセーの家で部活をすることになっている。

実は昨日から、部長の眷属メンバー、つまりオレ以外の研究部員たちはあいつの家に居を構えることになったんだ。まだ朱乃先輩とゼノヴィアしか引越し終えてはいないみたいだが、いずれ全員あそこに住むことになるんだと。

親睦を深めることを目標に、サーゼクスさんが提案したらしい。だから今後、休日の活動はあいつの家で行われるんだろうな。皆住んでるなら、そこに集まったほうが早いし。

 

…あいつの家、そんな広くないから人口密度的に大問題だと思うんだけどな。兵藤家の三人に部長とアーシアの五人の時点で割といっぱいいっぱいだったのに、朱乃先輩とゼノヴィアで七人。そしてユウトと小猫とギャスパー全員が集まったら十人だろ? そんな住めるかねあそこ。

 

まあそう言うことで、もうそろそろ家を出ないといけない。早朝トレーニングを終え、リビングに戻る。

 

リビングはシンと静まりかえっていた。…やはり今日になっても、あいつは帰っていないらしい。

 

あいつと言うのは、前からずっと飼っていた猫、クロのこと。会談のあったあの日以来、クロは行方をくらませてしまったんだ。

いずれ帰ってくるかと、待てど暮らせど帰ってこない。探しに行っても、あいつが行きそうな場所、前にヴァーリが見たという公園のどこに行っても見つからなかった。あいつの頭の良さからして、事故にあったなんてこともないだろう。

 

…だから、もうあいつは逃げてしまったんだと思うようにした。元は外から拾ってきたんだし、元気になったから、もう外に出たかったんだろうってな。

 

「はぁ…」

 

それでも、クロがいなくなったことを再確認するたびにため息がでる。あいつがいなくなったってだけで、オレのテンションもだだ下がりだ。

 

餌箱も、布団も、なかなか片付けられない。もしかしたらヒョイと帰ってきてくれるんじゃないかと考えてしまい、比較的喜んで食べてくれた餌で冷蔵庫がいっぱいだ。自分でも未練がましいと思う。

 

「…………はぁ」

 

…もう出かけないとな。いつまでもこうしてたところで、あいつが帰ってくるわけでもなし。今日はオレにも関係のある話をするみたいだし、遅れちゃ皆に悪いもんな…。

 

〔ピンポーン〕

 

「…誰だ?」

 

不意に鳴りだしたインターホン。突然の来客だ。宅急便とか頼んだっけ?

どうせ出掛けようとしてたところだし、応対だけしたらそのまま出発しよう。カバンを持ち、靴はいて、扉を開ける。

 

「はいはい、どちらさ…ま……?」

 

扉をあけたオレは、予想外の客人に絶句することになった。

 

「おはようございます、シュウくん」

 

…なんで貴女がここにいるんだ、朱乃先輩。

 

休日で、しかも学校外に集合するからか、先輩はいつもの制服姿ではなく普通の私服姿だ。いつかの神社の時のような巫女服姿でもなく。

黒いキャミソールと少し透きとおる黒シャツを組み合わせて……あ、やめとく。これ以上まじまじと観察できんわマジで。

 

「…えっと、なんで先輩がここに?」

 

一応訊いてみた。一応ってのは、その……何となく、理由が読めていたからだ。

 

「シュウくんのお家が近くなったんですもの。折角だから、お迎えに行きたくて」

 

「ははは、デスヨネ…」

 

予想通りだった。もはや予想通りすぎた。

何となく昨日のうちから嫌な予感はしていたんだ。引越しが決まったって話が上がった時、ちらっとオレの方を見て微笑んでたし。

 

決して嫌という訳ではないんだが、先輩と朝から二人きりって状況は控えめに言って緊張するんだ。顔を合わせづらいし、うまく場を繋ぐことすら難しい。黙りこくったままでいるのも、それはそれで心臓に悪い。よくイッセーは部長とアーシア三人並んで歩けるものだと感心するぜ。

 

まあ、頑張って耐えよう。なに、ちょっとあいつの家まで行くだけの短い距離だ。それまでの辛抱なら何とかなるさ、うん。

 

「つっても、今日はあいつの家集合でしたよね? 先輩あっちに住んでるんだし、二度手間じゃないですか」

 

「二度手間でも構いませんわ。だって…一刻でも早く、シュウくんにお会いしたかったもの」

 

「っ…!?」

 

これだよ。毎度毎度この人はオレを殺しに来てるのか。頑張ろうと決めたばかりのオレの心に早速ヒビが入った。もうやだ。とても耐えられそうにない。

 

最近の先輩は時々すごいことをやってきてくれる。一学期の後半なんか毎日が大変だった。

何回かお弁当を作って持って来てくれたこともあった。気恥ずかしさから断ろうものなら、目を潤ませ、悲しそうな顔をする。仕方なく頂こうものなら、そこでパッと明るくなってアーンが始まったり。心臓に悪い。

学園で一瞬でも疲れを見せようものなら、そこで膝枕をしてこようとしたり。これもこれで断ったら、また悲しそうな顔をする。正直あれ、やってもらっても緊張して休めないんだよ。心臓に悪い。

 

…どこぞの滅殺姫よろしく、朝起きたら寝床に紛れ込んでるなんてことにならなければいいけど。

 

先輩は何やらクスクスと笑っている。…今となっては、その微笑む顔すら心臓に悪い。さっきから心臓に悪いしか言ってない気がする。

 

「ごめんなさい。今のは半分ほど冗談ですわ。きっとシュウくん、お一人で来られては混乱されるかと思いまして」

 

「半分……。てか、混乱って何のことです?」

 

「イッセーくんのお家が分からなくなる、という意味ですわ。きっと着いた時にご理解いただけるかと」

 

…どういう事だ?

そう言えば、前もイッセーのうちに部長が住み着き始めた頃、ご近所さんのうちを何軒か買い取って巨大な家を建てていたっけ。あの家、結局使われているのだろうか。

 

「それでは行きましょうか。遅れてしまっては、部長に怒られてしまいますし」

 

「え、まあ、はい。そうですね」

 

何はともあれ、先輩と二人で兵藤宅に向かうことになった。

うう…空気が重い。何も話題が思いつかない。つーか女の子と二人っきりっていう状況すら緊張するってのに、その相手が先輩ともなると、最早どうしていいのか全く分からん。

 

今日はいい天気ですねで始まる会話もあるというが、こういう日に限って曇り空。いっそ雨でも降ってくれた方が話題も増えるというのに、一番微妙な天気だ。神はオレを見放したようだ。オーマイゴッド、おのれ神さん。

 

そんなオレの腕を、ふわっと暖かい何かが包んだ。…ん? 包んだ?

 

…え、いやちょっと。まさかそんなわけないよね。そんないきなり攻めてくるものかねコレ。気のせいだよね。きっとオレの気にしすぎだよね。包まれた腕は左腕。さっきまで先輩が左側を歩いてた気がするけど、そんなはずないよね。

 

そっと。そーっと、左側に視線を動かす。腕を包んだものはなんなのかを確認する。

 

 

 

腕組みしてた。

 

 

 

先輩が、よく見かけるカップルみたいに、腕を組んでいた。

 

 

 

…オレの腕と。

 

 

 

(〜〜〜〜〜っっ!!??!?!?)

 

 

 

え! ちょ、本気かよこの人! そう言うのって正式にお付き合いしたペアがやるもんなんじゃないの!?

 

いや、そんな悠長なことを考えてる暇はない! この状態のままだと色々死ぬ! 心臓がこれまでにないくらい蠢いてる!

 

頑張れ! 頑張るんだオレ! オレと先輩はまだ付き合ってるわけじゃない。そんな軽々しく腕組みなんかしてはいけないんだと、先輩の腕を振りほどくのだ!!

 

 

 

「えっと、あの〜。せ、先輩? な、何を、されてるんすか?」

 

 

 

「せっかく二人きりなんですもの。少し甘えさせてください」

 

 

 

先輩は、爆弾発言を投下した。

 

 

…はい死んだ。死にましたオレ。

何なのだろうかこの人。男性特攻にも程がある。言葉そのものが既に最強武器に近い重みを有しているというのに、あんたがそれを言ったら……。

 

 

 

 

 

控えめに言って…その……。か、かわ……

 

 

 

 

 

「あ…」

 

「っ!?」

 

交差点に差し掛かったあたりで、同じく集合場所に向かっていたのか、小猫と出会った。

 

危ないところだった。もう少しでオレの脳内がオーバーヒートでエクスプロージョンするところだった。

 

「お、おう小猫」

 

「おはよう、小猫ちゃん」

 

「……おはようございます」

 

小猫は小さくお辞儀して、先の道を一人歩いて行く。その後ろ姿は、どこか寂しげだ。

 

…やはりまだダメみたいだ。小猫は先日の戦いでゴオマに狙われてから、すっかり元気が無くなってしまったんだ。

命を狙われたとなればそのショックも当然なものだとは思うが、同時に、小猫の元気が無くなっているのはそれだけじゃない気がする。

 

最近やっと、少しずつ元気を取り戻して来た気がしていたんだが、まだ完全復帰には程遠いらしい。

 

 

 

「…先輩、ちょっといいですか?」

 

先輩は小さく微笑むと、何も答えずそっと腕を離してくれた。

ありがたい。オレは小走りで、前を歩く小猫に追いつく。

 

「小猫」

 

その後ろ姿に声をかけると、小猫はゆっくりと振り返った。

こうして近づいても、やはり元気がないことがわかる。

 

「一緒に行こうぜ?」

 

驚いたように目を見開くと、本当に小さくだが、頷いてくれた。

 

落ち込んでいる理由が分からない今、小猫のためにしてやれることはオレにはないのかもしれない。ただ、少しでも元気づけるために、寄り添ってやることくらいは出来る。

 

…ある意味小猫から元気がなくなったのはオレが原因でもあるんだ。だからせめて、それくらいのことはしてやりたい。

 

そして、オレは朱乃先輩と小猫の三人で、皆の待つ兵藤家の元に向かうことになったのだ…。

 

 

「…でも、シュウ先輩。もうイッセー先輩のお家に着いています」

 

「ほ?」

 

 

…いきなり出鼻をくじかれた。さっきからこんなんばっかだなオレ。

 

え、でもここ、あいつの家近くの風景じゃないぞ? 距離的にはだいぶ近いところにはいるとは思うが、この辺は全く見覚えがない。

 

つーか、本当にここはどこなんだ? なんか小規模くらいのビルが建っているが、こんなの街にあったっけ?

あいつの家の周辺一帯は住宅地で、アパートもマンションもない一般住宅ばっかりだったはず。少なくともオレはここ十年近く、こんな建物は見たことがない。

 

先輩と歩くことに意識しすぎて道間違えた? いやどんな間違え方だよ恥ずかしい。もうずっとあいつの家に来てるわけだし、間違いようはないと思うんだが…。

 

んなことを考えてると、そのビルの扉が乱暴に開け放たれる。中から一人の人物が飛び出して来た。

パジャマ姿で、いかにもまだ起きたばかりの様子のその男は、そのビルを見て愕然としている。

 

…つーか、あの後ろ姿。もしかせんでもイッセーだよなぁ。なんであいつがあんなところから出てくるんだ? 何してんだよ全く。

 

 

「あちらがイッセーくんの新しいお家ですわ」

 

 

 

………………………え?

 

 

 

「「ええぇええぇぇぇぇぇぇっ!!?」」

 

 

オレとイッセーの、二人分の叫び声が木霊した。

 

 

なんと、イッセーの家は……倍の敷地を有した、六階建ての大豪邸と化していたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「リフォームしたんだよ。私も朝起きてビックリだ。寝ている間にリフォームなんてできるものなんだな」

 

と、朝食のトーストを片手にのんびり口調で語るのは、兵藤家の大黒柱。イッセーの父親だ。この家はこれから朝食を摂るらしく、食卓に新しい住民たちを含めて全員が並んでいる。先に着いたオレと小猫も、一足先に部屋に上がるのも変な話だからと、お茶をいただいてその席にご同伴させてもらってる。だから実質、この席には九人いるわけだ。

 

当然のように広くなったダイニングは、既に十人分は余裕で利用できる程。下手すりゃ二十人近くは利用できるだろう。キッチンも馬鹿みたいにデカくなって、兵藤母が一人で利用するには勿体無いくらいだ。多分部長たちも使うんだろうけど、それにしたってデカイ。

 

「リアスさんのお父さまがね、建築関連のお仕事もされてるんだって。モデルハウスの一環でここを無料でリフォームしてくれるっておっしゃったの」

 

そんな話ある訳ないだろう。部長の家が何か裏で動いたのは間違いないが、その言い訳は苦しすぎる。

それを信じるのは、兵藤家の器の異常なまでの大きさからなのか。それとも人を疑うことを知らないからか。どちらにせよ、お願いだから詐欺とか押し売りとかに騙されないでくれよ。これからは部長が一緒だからその心配も半減するだろうけど。

 

「お隣の鈴木さんと田村さんは?」

 

「…引っ越して行ったらしい。なんでも急に好条件の土地が確保できたとかで、そっちに移り住んだんだって」

 

ため息混じりにイッセーが答える。明らかに部長んとこの仕業だ。前の部長の家の時も、似たような手腕を使っていた。恐ろしい交渉術だ。

 

「大丈夫よ。平和的な解決だったわ。皆、幸せになれたのよ」

 

にっこり。これがホントの悪魔の微笑みというやつか。

この人が言うからには、間違いなく誰も不幸な目に合うことはないと断言できるのだが…。鈴木さんも田村さんも、親切な人だっただけに突然の別れは悲しいものだ。

 

「一階は客間とリビング、キッチンに和室。二階はイッセーとリアスさんとアーシアちゃんのお部屋。イッセーのお部屋を挟む形ね。それから……」

 

その後は、この豪邸の間取りの説明が行われた。ここに住まないオレは直接的に関係することはないが、ここまで来ると間取りに興味が湧いて来る。

 

しかし、二階は部長のわがまま全開だな。聞けば、それぞれの部屋には各部屋を行き来するための扉まで備え付けられているらしい。

 

「四階は、朱乃さんとゼノヴィアちゃんのお部屋。あと、今度来る小猫ちゃんのお部屋と、空き部屋が一つあるわ。小猫ちゃんと朱乃さんのお部屋の間に位置する感じね」

 

なんかまた変な位置に空き部屋なんてあるもんだな。ここまで広いと逆に十人じゃ使いきれねぇだろうし、当然といえば当然か。

 

せっかくの五階と六階も、空き部屋ばかりらしい。実家があるために引っ越しできなかったオレだが、今後次第ではそのうちの一部屋を借りてみたいものだ。

 

あとはまあ、屋上の空中庭園だとか、地下の大浴場やら室内プールやら映画館やらトレーニングルームやら様々な施設の紹介だ。エレベーターまであるらしい。

 

「もう言葉もないです」

 

「いいじゃねぇか、豪邸生活。羨ましいぜ」

 

愕然とした顔で告げるイッセーには、そんな言葉しかかけてやれなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「冥界に帰る!?」

 

朝食後、イッセーの部屋に集まった部員たちの前で告げられた部長の言葉。それはこの夏の間に、冥界に帰ると言うものだった。ちなみに既にユウトとギャスパーも到着し、全員集合している。

 

悪魔の皆様の会話だ。んなら、オレはこの部屋の観察でもしよう。すっげ、ベッドが四人分くらいのサイズあるぞ。

 

「夏休みだし、故郷に帰るの。少しくらい里帰りしておかなきゃね。……って、どうしたのイッセー。涙目よ?」

 

「うぅ、部長が冥界に帰るなんて突然言い出したから、俺を置いて帰っちゃうのかと思いましたよぉ…」

 

「そんなことある訳ないでしょう? まったく。あなたと私はこれから百年、千年単位で付き合うのだから安心なさい。あなたを置いてなんか行かれないわ」

 

「部長ぉぉおおおぉぉ〜」

 

ヤベェ〜。小さなブラウン管のテレビが最新型薄型テレビになってやがる。オレだってまだこの機種には手をつけてないってのに。

うわ、最新ゲーム機まで完全網羅かよ。前世以来めっきりゲームからは離れていたけど、最近のゲームってオープンワールドとか言って凄いの多いからなぁ。今度遊びに行っても面白そうだ。

 

「そう言う訳で、もうすぐ皆で冥界に行くわ。長期旅行の準備、しておいてちょうだいね?」

 

「え!? 俺たちも冥界ですか!?」

イッセーの驚きの声で、ピクッと意識が皆の話題に戻る。皆、暫くいなくなるのか?

 

「そうよ。あなたたちは私の眷属で下僕悪魔だから、主人に同伴するのは当然になるの。そういえば、アーシアとゼノヴィアは初めてだったかしら?」

 

「は、はい! 生きているのに冥府に行くなんて緊張します! し、死んだつもりで行きたいと思います!」

 

「うん。冥界、地獄には前々から興味があったんだ。私は天国に行くため、主に仕えていたわけなのだけれど…。悪魔になった以上は天国に行けるはずもなく…。天罰として地獄に送ったものたちと同じ世界に足を踏み入れるとは、皮肉を感じるよ。地獄か。悪魔になった元信者には、お似合いだね」

 

アーシアとゼノヴィアが、初めての冥界にそれぞれの興味を示す。

冥界か…オレは確か、ライザー戦で治療を受けるときに一瞬冥界にいたんだっけ。本当に一瞬で、気を失ってたからあんま覚えてねぇんだけど。

 

「お前は行ったことあんのか?」

 

「あぁ、俺も少しだけ冥界で治療を受けたことがあるんだ。シュウと一緒の時にさ」

 

それもそうか。イッセーはイッセーで、ライザーとの戦いで大怪我したんだろうし、そこで治療を受けたとしてもおかしくないな。

 

「八月の二十日過ぎまで残りの夏休みをあちらで過ごします。こちらに帰って来るのは、八月の終わりになりそうね。修行やそれら諸々の行事を冥界で行うから、そのつもりで」

 

部長の言葉に、部員たちは多種多様の返答を返した。

イッセーは最初に考えていた夏のプランが気がかりなようで、若干渋っているが、多分部長と一緒に過ごすことに軍パイが上がるだろう。部長が冥界には温泉もプールもあると言った瞬間、顔がスケベ顔に変わったのがいい証拠だ。

 

「んなら、部長。オレは皆が帰って来るまでオフってことで?」

 

「それでもいいのだけれど、私としては貴方にもついてきて欲しいのよね。うちの家族には貴方のことも紹介したいし」

 

「了解っす」

 

本当は人間界に残って、神さんのところに行くのも悪くないと思っていた。けど、さっきの言い分だとあっちで修行できるらしいからその時でいいだろう。

 

皆が冥界での話に花を咲かせている間に…オレは視線を、チラリと上にあげた。

 

誰も気がついていないが、部長が冥界に帰ると言う話をし始めた頃から、この部屋に侵入して来た不敬者がいる。気配を抑えてまで入ってくるとは、一体なんのつもりなんだか。

 

不敬者は、誰も自分の侵入に気がついていないのをいいことに、優雅に席に座ろうとしているようだ。オレがその存在に気づいてることなんて知らずに、な。

 

 

そして不敬者は席に座り、足を組んで、満を持したように口を開いた。

 

「俺も冥界にいくぜ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

今の驚きは部員皆のものだ。皆からしてみれば、この男がどこからともなく現れて、気づかないうちに椅子に座ってんだ。ホラーに近いものがある。

 

紹介が遅れた。皆に気づかれないように部屋に侵入してきたこの不敬者は…そう、堕天使総督のアザゼルだ。

 

なんとこの男、アザゼルはうちの学校にオカルト研究部の顧問として就任してしまったんだ。本人曰く、制御できていないレアな神器を見るのはムカつくからまとめて面倒を見ておいてやる、だそうだ。

グレモリー眷属の持つ未成熟な神器を正しく成長させることを条件に、生徒会長さんが承認したとかなんとか。事実、神器の知識が豊富なだけあってその教えは効果覿面だ。本人も教えるのが上手いから、神器所有者の皆は何かしら掴み始めている。オレもいくつか教わって、神器をより上手く応用する術を手に入れた。

 

『禍の団』とかいう反勢力を相手にするための将来的な抑止力として、我らオカルト研究部の名が挙がったらしい。その為にもオレたちのパワーアップは必要不可欠なものになるとのことだ。その為にアザゼルがオレたちを鍛えてくれるんだろう。

 

だから今こうして、人間界で活動しているんだ。前のようにどこかの家に居を構えているのかもしれない。

 

敵じゃなくなったし、イッセーとも意気投合してしまった今、顧問として素直にアザゼルを受け入れようとはしてるんだが…時々こんな風に妙に掴み所がないことをしてくるのは何でだろうか。オレたちをからかって遊んでるとしか思えない。

 

「ど、どこから入ってきたの?」

 

「ん? 普通に入ってきたぞ。玄関から入って、そこの扉から」

 

「…気配すら感じませんでした」

 

「そりゃ修行不足だ。俺は普通に来ただけだからな」

 

困惑したように問う部長に、アザゼルは平然と答える。人の気配に敏感な方であるユウトは、自分がアザゼルの存在に気がつかなかったことに驚いていた。

 

「それより、冥界に帰るんだろう? なら俺もいくぜ。俺はお前らの先生だからな。

冥界でのスケジュールは、リアスの里帰りと現当主に眷属悪魔の紹介。あと、新鋭若手悪魔たちの会合。それからお前らの修行だな。俺は主に修行に付き合うだけだが、お前らがグレモリー家にいる間はサーゼクスたちとの会合か。ったく、面倒なもんだ」

 

アザゼルは、本当にめんどくさそうな息を吐いた。これでもこの男、部下からの信頼が厚い組織の総督なんだから驚きだよ。

 

「では、アザゼル先生もあちらまでは同行するのね? 行きの予約をこちらでしておいていいのかしら?」

 

「ああ、よろしく頼む。悪魔のルートで冥界入りするのは初めてだからな。楽しみだ、いつもは堕天使側のルートだからな」

 

悪魔のルート? そういや、今回はどうやって冥界に行くんだろうか。

 

 

確か前回、冥界からこっちに帰って来るときは、サーゼクスさんに見送られて…

 

 

…変な空間に取り残されんだっけ。

 

 

 

 

 

『冥界から人間界に移動するとなると、そうもいかないんだ。君には、『世界の狭間』で少し待ってもらうことになる』

 

 

『何で送られた狭間で『モンスターが現れた』って事が起きるんだよ!』

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

 

「部長、やっぱオレ行きません」

 

「え! どうしたのいきなり!?」

 

 

だってトラウマ思い出したもん。




やってみたかったことpart.2
If.もし八神の悪戯心が発動していたら?


皆が冥界での話に花を咲かせている間に…オレは視線を、チラリと上にあげた。

誰も気がついていないが、部長が冥界に帰ると言う話をし始めた頃から、この部屋に侵入して来た不敬者がいる。気配を抑えてまで入ってくるとは、一体なんのつもりなんだか。

不敬者は、誰も自分の侵入に気がついていないのをいいことに、優雅に席に座ろうとしているようだ。オレがその存在に気づいてることなんて知らずに、な。


……………(ピーン)


不敬者が椅子に座ろうと、腰を下ろす。

その瞬間、オレはパッと、その椅子を後ろに下げた。


[ズダーン!]


「「「「っ!?」」」」


今の驚きは部員皆のものだ。皆からしてみれば、この男がどこからともなく現れて、気づかないうちに部屋の中でこけたんだ。コメディに近いものがある。

「この野郎…」

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