当麻には双子の兄が居た。
いつも明るく笑っていて、いつも優しく家族を愛していて、いつも弟を引っ張って遊びまわる。
そんな絵に描いたような理想の兄だった。
昔の当麻は、いつも兄の後ろを追いかけていた。
小さな頃は周りの大人がすごく大きく見えて、当麻は引っ込み思案な性格をしていた。
そんな当麻を外に連れ出して、世界の大きさを教えてくれたのは兄だった。
同じ日、同じ時間、同じ母から生まれた筈なのに、兄は何でもできた。
言葉を話せるようになったのは兄が先だし、立って歩けるようになったのも兄が先だった。
小学校での勉強は誰よりもできたし、身体を動かす遊びでも兄に敵う者は居なかった。
自慢の兄だった。
大好きな兄だった。
そんな兄の後ろをくっついて行くのが、とても楽しかった。
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優しい兄はいつだって弟を気に掛けてくれた。
当麻が自分がツイてないことに気付き始めた時も、兄は自分のツキを分けてくれた。
アイスを落としてしまったら、自分の食べていた当たりのアイス棒をくれたし、
財布を無くしてしまったら、自分の小遣いをはたいて新しい財布を買ってくれた。
失敗してしまったら、失敗を取り戻すまで一緒に手伝ってくれたし、
両親よりもたくさん遊んでもらったし、一人で泣いている時は真っ先に来てくれた。
そんな兄がずっと自分を見守ってくれるのだと、信じて疑わなかった。
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幼稚園に通い始めた頃、当麻はイジメに合い始めた。
理由は当麻がツイてないから。
一緒に居ると巻き添えを食らって不幸になる。
そんな馬鹿な話が当然であるかのように周りに認知され、
子供たちの親や、更には一部の教師にまで誹謗中傷、果ては傷害未遂に発展する事まであった。
助けてくれたのはいつも兄だった。
慰めてくれたのはいつも母だった。
護ってくれたのはいつも父だった。
優しい家族に囲まれて、当麻は幸せだった。
ツイてなかったけれど、確かに幸せだった。
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そんな幸せが無くなってしまったのは10才の頃。
当麻は一人の少女に恋をした。
特に美少女と言う訳では無かったし、何か一芸に優れている訳でもなかった。
ただ、彼女は他の男の子にするのと同じように当麻と接してくれた。
イジメたり、嫌ったり、無視したりしなかった。
他の子と同じように話して、他の子と同じように遊んで、他の子と同じように友達になってくれた。
そんな優しい彼女に当麻は恋をした。
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しかし、当麻の小さな初恋は長く続かなかった。
偶然、そう偶然、彼女の好きな人が兄だと聞いてしまったのだ。
当麻が彼女に告白して振られた訳でもなければ、彼女が兄に告白して付き合い始めた訳でもない。
しかし当麻は幼く、そんな風には考えられず、漠然と胸に痛みを抱き、理不尽な怒りに身を焦がした。
怒りの矛先は兄だった。
自分より優れている兄。
自分よりツイている兄。
―――自分より、彼女に好かれている、兄。
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気が付けば兄に怒鳴り散らしていた。
兄の顔を見た瞬間に、心が爆発したようだった。
支離滅裂に、脈絡も無く、滅茶苦茶に、ただ叫んでいた。
自分の成績が悪いのも。
自分がイジメられるのも。
自分が不運なのも。
全てを兄の所為にしていた。
そして 「―――僕のシアワセを返してよ!
兄ちゃんなんか……兄ちゃんなんか、大嫌いだ!!」
言ってしまった最悪の言葉。
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この時の兄の顔をはっきりと覚えている。
いつまでも忘れられずに覚えている。
とても困ったような、それでいて今にも泣き出しそうな傷付いた表情を。
そして震える声で告げられた 「……ごめんな―――。」 言葉を。
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この日を境に、兄は姿を消した。
家に戻って来ず、両親の捜索でも見つからず、警察に捜索願も出した。
だが、未だに兄は見つからない。
兄が居なくなってイジメがエスカレートしても、誰も助けてくれる人は居なかった。
常に側に居てやれる訳も無く、父は仕方なく当麻を学園都市へ入れた。
学園都市に入ってから5年経った今も、兄はまだ見つかっていない。
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あの日、あの時の、兄の表情が、今も当麻の心に楔となって刺さっている。
困っている人を見れば、助けずにはいられない程に。
誰かの泣き顔を見ていられない程に。
困り顔を見る度に思い出す。
泣き顔を見る度に思い出さずにはいられない。
そして思い出す度に『傷』が痛む。
忘れたことなど無いが、意識すると殊更に疼く。
自分からシアワセを壊してしまったあの日。
家族を無くしてしまったあの瞬間。
それが上条当麻の消せない『傷』。
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物語が動き出すのはあの日から5年後、舞台は学園都市。
一人のシスターを救おうと、当麻が学園都市を駆けずり回り、魔術師たちと戦い、
とうとう少女の枷を壊し、白く輝く羽が降る中、やっとの思いで少女を腕の中に抱きしめた時。
当麻の頭に降り注ぐ災厄の羽を掴み取る『左手』があった。
「―――まったく、目を離すといつも怪我してるな、当麻は。」
「に、兄ちゃん……?」