意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
「でやぁぁぁっ!!」
とある国の孤児院の中で、元気のいい子供の声が響き渡る。
今までのこの国では、張りのある声など聞くことはほとんどなかった。
それが、身体能力的かつ経済的弱者である子供だとすれば、なおさらであった。
今では少しは改善されたが、それでもそのような声を聞くことができる機会は少ない。
しかし、この孤児院は違った。
子供たちが和気藹々と、切磋琢磨しながら共同生活を送っていた。
広大な土地面積を誇る孤児院の内部には、多くの施設が作られていた。
今、一番活気のある場所は室内訓練場であった。
近接格闘戦に関する知識や、身体の動かし方を学ぶ場所である。
ここでは、多くの子供たちが組手を取っていた。
普段は仲が良く、いつも一緒にいるような間柄であっても、戦闘はお互い真剣である。
弱点である顔やのどなどをちゅうちょなく攻撃し、相手を殺す勢いで拳を交わし合う。
それは何のため?
彼ら、彼女らの恩人である院長のためである。
たとえ、昨日まで同じ釜の飯を食った仲間であっても、院長に刃向うのであれば一切の容赦なく駆逐する。
子供たちはそのように【教えられていた】。
「甘い」
「うきゃぁっ!」
子供たちにそのようなことを教えるのは、孤児院メンバーの中の幹部連中である。
この室内訓練場の中にも、二人の幹部がいた。
たった今、自分に向かってきた子供を容赦なく投げ飛ばした女性。
子供たちはみな汗だらけになっているのだが、彼女は涼しい顔を崩さなかった。
「立て。院長の駒であるならば、これほど簡単に膝をつくな」
おかっぱ頭のように、短く切りそろえられた鈍い青の髪。
ぴったりと整った髪形は、彼女の性格を表すかのようだ。
鋭い瞳はツッと吊り上り、見る者が恐れを抱いてしまうほど鋭い。
しかし、顔は美しく整っており、瞳の冷たさを緩和させる。
とはいえ、冷たい印象を与えるのは事実で、そっちの気がない男でもM側に引きずり込むような苛烈さを感じさせる。
彼女は黒色を基調とした軍服を、ピチッと着こなしていた。
身体の線が出るほどフィットした軍服は、彼女のスタイルの良さを前面に押し出していた。
覆うと手のひらから少しこぼれてしまうDカップの乳房。
軍人らしく鍛えられたお腹はスッと引っ込んでいて、臀部にかける線を美しくしている。
短いスカートは彼女の長い脚をさらしていて、ニーハイソックスとガーターベルトとの調和は男心をくすぐって止まない。
「さあ、久しぶりに帰ってきたのだ。少しは歯ごたえを感じさせてみろ」
キリッとした表情で辺りの子供たちを見渡す彼女。
名前はクラリッサ・ハルフォーフ。ドイツ軍に所属している女軍人である。
周りを冷たい目で見渡すクラリッサに、孤児院の子供たちはタジタジである。
自分たちが複数でかかっても、あっけなく投げ飛ばされる。
絶対に勝てそうにもない相手に、誰が喜んで戦いを挑むだろうか。
なお、それは院長が関係していない時に限る。
「クラリッサ、やり過ぎ……」
「む、クロか……」
クラリッサと子供たちとの間で非常に大きな緊張感が漂う中、彼女に待ったをかける人物がいた。
幹部メンバーに意見ができるのは、同じく幹部メンバーのみ。
多くの幹部メンバーが孤児院の外に出て行っている今、クラリッサを制止できるのは限られていた。
そんな一人が、黒髪紅眼の褐色巨乳美少女、クロである。
孤児院を統べる院長の側近である彼女は、まさに大幹部と言っても過言ではない。
そんな彼女に制止されたクラリッサは、流石に止まらざるを得ない。
「しかしだな、院長の御身体を警護するには、この程度では……」
「だいじょーぶ……。クラリッサが強いだけで、こいつらも弱いわけではない」
クラリッサは苦言を呈すが、クロに反論されてしまう。
クロの言う通り、孤児院の子供たちが弱いわけではない。
もし、それほどの弱者であるならば、近くの武装勢力が侵入を試みてまで子供たちを誘拐しようとはしない。
ただ、軍人でもあるクラリッサが強すぎるだけである。
子供たちは年齢にそぐわないほどの実力は持っている。
少なくとも、同年代の少年兵くらいならば問題ない。
「それに……いんちょーを守るのは僕」
「……ふふっ、そうか。それなら安心だな」
何でもないように言うクロに、毒気を抜かれたクラリッサはクスクスと微笑む。
冷たい彼女が笑うところを見て、子供たちはポカンと口を開ける。
クロもまた、彼女を見てきょとんと首を傾げる。
どこに面白いところがあったのか、わからなかったからだ。
しかし、クラリッサは安心する。
そうだ、クロとシロの二人がいれば、万が一にも院長に危害が及ぶことはないだろう。
側近が彼女たちというのは少し……いや、かなり【納得がいかない】が、今のうちは我慢しよう。
それに……。
「(シロはともかく、クロは萌え萌えだからなっ!)」
脳内で盛大に蕩けるクラリッサ。
この女、実を言うと可愛いものが大好きであった。
また、彼女は日本のオタク文化にも精通しており、日本の少女漫画を愛読していただけだったのだが、それからどんどんとのめりこんでいってしまっていた。
ちなみに、彼女が今一番好きなジャンルは、悪のボスとそれに仕える女主人公ものである。
「さて、もう訓練は必要ないみたいだから、私はお暇させてもらうとしよう」
「……ん」
クラリッサはカツカツと綺麗な姿勢で、軍靴を鳴らしながら歩いて行った。
クロは彼女がどこに行くかは悟っていたが、彼女のことはそれほど嫌いでもないので見逃すことにしたのであった。
◆
「院長、これは中々いいアニメですね」
クラリッサは訓練場から出た後、直接その足で院長の私室に向かった。
幹部しか入れない格式高い場所。
都合のいいことに、他の幹部連中の姿はなく、快くクラリッサを迎え入れた院長とは二人きりとなっていた。
二人は今、日本のアニメを見ている。
まるで恋人同士のように、一つのソファーに座って寄り添うようにしている。
自立した強い女軍人であるクラリッサが、男に甘えるようにしている姿は、普段の彼女を知る者なら腰を抜かすほどのことである。
「(あいつが見ていたら小言を言うだろうが……今は私の番だからな。許せ)」
クラリッサはある人物のことを、脳内に思い描く。
幹部連中の中で一番仲が良いと言えるメイドである。
まあ、仲が良いといっても、前に【比較的】とつくのだが。
主従関係をはっきりとさせ、上下関係を重視する彼女に見られたら、目がまったく笑っていない笑顔と共に強烈な殺気が飛ばされてくるだろう。
だが、今はこの場にいないのでセーフである。
この時、イギリスにいるとあるメイドが強い不快感を抱いたのだが、余談である。
そんな考えをしていると、甘えるように身体を傾けていた院長から話しかけられる。
「楽しそう……ですか?ええ、これは勉強になりますから」
院長は優しく自分を見降ろしながら、嬉しそうに笑っている。
その笑顔は嘲笑ではなく、クラリッサのことを心の底から考えているとすぐに分かる、柔らかい笑みだった。
クラリッサは自分がどのような表情を浮かべているかはわからないが、もし院長の言う通り楽しそうにしているのであれば、それは院長のおかげだと思う。
確かにアニメや少女マンガはよく見るが、正直勉強のつもりで見ているのでとくに面白みは感じない。
ただ、側に敬愛してやまず、自分より上位に位置する絶対守護存在の彼がいるから、楽しいのだ。
完全に自立し、どのような状況の中でもスッと仁王立ちすることができるクラリッサは、院長の近くでのみ安心感とぬくもりを得ることができた。
「……こんな感じでしょうか」
アニメの中では、主要人物である眼鏡をつけた美少女が縦横無尽に駆け回っていた。
それを見た院長は、クラリッサに眼鏡が似合いそうだと独り言をつぶやく。
耳ざとくそれを聞いたクラリッサは、どこからかスッと眼鏡を取り出し装着する。
院長の要望や命令には絶対遵守の彼女は、彼が求めることを何でもするつもりでいた。
求められたものをすぐに出せるように、こういった技術は比較的関係がマシな部類にあるメイドに教えてもらっていた。
眼鏡をつけたクラリッサは、彼女の賢明さと冷たさをさらに明確に表していた。
しかし、彼に甘える今の彼女は、氷のような肌を薄く染め、下から院長を見上げる。
これでは冷たさなど一切感じさせない。
ちなみに、この時一瞬で軍服のボタンを数個外して、胸元を強調するのも忘れない。
幹部連中の中では小さめに部類されるが、クラリッサも平均より豊かな胸を持っているため、立派な谷間が見えていた。
今、こうして院長のために働くことだけでも幸せなのだが、もし彼に求められたらどれほどの幸福を味わうことができるだろうか。
それは幹部メンバー全員の疑問であり、だからこそ皆彼を誘惑しようとするのだ。
ただ、時と場所を考えないと、他のメンバーから凄まじい殺気と、下手すれば実弾や拳が飛んでくるので気を付けなければならない。
とくに、独占欲が非常に強いメンバーが相手とならば、余計にだ。
「あ、ありがとうございます」
自分の意見をしっかりと持ち、またそれをちゅうちょなく発信することができるクラリッサにして、珍しくどもった返事を返す。
しかし、それも仕方がない。
至高の存在たる院長に、優しく鈍い青髪を撫でられ、自分の眼鏡姿を褒められたのだから。
今にも昇天してしまいそうなほどの幸福感を味わうクラリッサ。
これで、院長のために戦って死ねたらまさに言うことなしである。
結局、今回も誘惑の甲斐なく終わってしまったが、こうして優しく受け止めてもらうだけで、彼女はとても大きな幸せを感じるのであった。
◆
「……遅いわね」
クラリッサを出迎えたシロが最初に言い放ったのは、そんな言葉だった。
場所はシロの私室。彼女に呼び出されたクラリッサは、そこに足を運んでいた。
クロと対を成すように真っ白なシロ。
共通するのは、爛々と輝く血よりも紅い瞳である。
見つめられたら命まで吸い取られてしまいそうなその目を細くし、不機嫌であることを隠さないシロ。
そんな瞳に睨みつけられながらも、とくに反応を示さないクラリッサ。
「すまない。だが、院長に対するご挨拶を省略することは許されないだろう?」
「当たり前でしょう。でも、あんたはじゃれついていただけじゃない」
クラリッサの疑問に、シロはすぐに返答する。
もし、外に出ているメンバーが帰ってきたとき院長に挨拶をしなければ、それは不敬である。
シロやクロは当然のことながら、他の幹部メンバーも黙ってはいないだろう。
むしろ、鬱陶しい奴らを減らせると喜んで攻撃を仕掛けるに違いない。
まあ、院長至上主義を臆面もなく掲げる彼女たちが、そんなへまをすることはありえないのだが。
「それで?今の状況はどうなの?」
「ああ、多くの軍人を引き込むことはできそうだ。それにいざというときの仕掛けも、簡単にできそうだ」
シロとクラリッサが話しているのは、彼女たちの野望のためのこと。
皆それぞれ動機や求めることは違えど、最終的な結果は同じである。
そのために、彼女たちは人知れず暗躍していた。
「そう。あんたが何をしようが勝手だけど、仕事はちゃんとしてよね」
「勿論だ。ドイツ軍のことは任せておけ」
シロは話し合いをすぐに切り上げた。
クラリッサのことをどう思っていようが、彼女が優秀なことは認めているのである。
つまり、院長の役に立つ駒であることは、シロも、そしてクラリッサ自身も認識している。
だからこそ、シロは彼女を排除していない。
役に立たない人間など、この孤児院にいる資格はない。
クラリッサもまた、早々に立ち去ろうとする。
扉に手をかけ、思い出したように振り返り、シロに言う。
「そうだ。そこにいるゴミだが、そろそろ処分したらどうだ?」
クラリッサの言うゴミという言葉に、シロは視線を後ろにやる。
そこには二人の人間がいた。
しかし、身体は正常な人間のものではなく、腫れや壊死、部位の欠損などが数か所にわたってある。
この人間たちは、シロに院長の敵だとして拉致され拷問されていたのだ。
クラリッサの頭は、もう二人の寿命は長くないと告げていた。
まあ、これだけいじめられてまだ生きているだけでもすごいのだが。
「ふふふ、流石は武装勢力の幹部よね。中々死なないから、私もやりがいがあるってものよ。片方はあげるけど、どうかしら?」
「じゃあ、もらおうか」
シロの問いかけに、クラリッサは頷く。
そのまま流れるように腰から拳銃を抜き、発砲した。
銃弾は的確に男の頭を貫き、生命を終わらせた。
「あのお方に刃向う者は皆死罪だ。院長の鉾である私が、貴様らを皆殺しにしてやる」
人の命を奪った直後の者の顔とは思えないほど、恐ろしく冷たい表情。
クラリッサはそのままシロの私室を出て行ったのであった。
「……これ、だれが掃除すると思っているのよ」
残されたシロは、はあっと憂鬱気味にため息をついたのであった。