意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
「ひぃぃぃっ!!」
一夏は何とも情けない悲鳴を上げていた。
彼がいるのは、IS学園の一年生寮。
女子生徒たちからの好奇の目を何とか一日乗り切り、ようやく自分に割り当てられた個室へと向かった。
しかし、その部屋は一夏だけのものではなかった。
そのことに気づかず、またタイミングの悪いことに、同室の箒が風呂から上がったときに入室してしまった。
ばったりと出会って固まった二人だが、先に立ち直ったのは箒だった。
どこからか木刀を取り出すと、一夏に向かって襲い掛かった。
慌てて扉の外に逃げたのだが、ズドンズドンと、なんと木刀で扉を貫通させて攻撃をしてきたのだ。
この騒動に、同じく一年の女子たちが外に出て集まってくる。
「ま、待ってくれ!謝るからやめてくれ!」
一夏は人目もはばからずに謝罪する。
その必死さが伝わったのか、ひとまず木刀での攻撃はなりを潜めた。
ドキドキと嫌な不安を抱えながら待っていると、ガチャリと扉が開いた。
そこから出てきたのは、箒ではなく、クラスで自分の目を引いた漆黒の少女だった。
一夏はその真っ赤な瞳と目があった。
血のように紅いその目は、一夏が目を離せなくなるほど美しかった。
「……もう大丈夫」
「お、おお……ありがとな」
少女がポツリと呟いた言葉に、一夏は一瞬何の事だかさっぱり理解できなかった。
しかし、この木刀攻勢のことだと分かると、お礼を言った。
少女はコクリと頷くと、一夏の身体をスルリと避けて、フラフラーと歩いて行ってしまった。
彼女の後姿をずっと見ていた一夏だったが、周りの視線もいい加減痛くなってきたので、開けられた部屋に戻る。
「…………」
「よ、よう……」
一夏をベッドで座って待っていたのは、同室である箒だった。
今は浴衣を着ていて、裸ではない。
それが少し残念に思える一夏であった。
部屋に嫌な沈黙が続く。
箒はその鋭い目で一夏を睨みつけているし、一夏はそれを感じてダラダラと冷や汗を垂らす。
「そ、そういえば、他の女子がこの部屋から出てきたんだけど、何か知っているか?」
一夏は気まずい雰囲気を何とか打開しようと、話題を上げる。
それは自分と入れ替わりに部屋を出て行った黒い少女のことだった。
箒もこれ以上睨み続けるのは疲れるらしく、はあとため息を一つついて話に乗ってやることにした。
「ああ、クロのことか。彼女も同室だぞ」
「えっ、そうなのか!?俺、一人部屋だとばかり思ってたんだけど……」
「本来ならば、私とクロが同室だったんだ。そこにお前が割り込んできたんだ。文句は言わせんぞ」
一夏はなるほどと思った。
彼がISを使えることが分かってから、まだ日はそう経っていない。
学園側も急ごしらえだったのだろう。
それに、少しして落ち着いたら新しい部屋も確保されるだろうし、それまでの間ということだろう。
「……私たちに手を出すなよ」
「出さねえよ!」
ギロリと睨みつけてくる箒に、強く言い返す一夏。
まあ、一度全裸の箒を見てしまっている以上、説得力はない。
ここで一夏はあることに気が付く。
それは箒がクロのことを、わりと親しげに話していることだ。
記憶では、この少女は人づきあいがそれほどうまくなかった。
「クロと結構仲良くなれたんだな」
「仲良くなったかは分からんが……あいつは静かな奴で、こちらも気楽に接することができるのは確かだ」
確かに、教室でもクロは静かな少女だった。
IS操縦者を目指す少女たちにとってカリスマ的存在である千冬が教室に入ってきたときも、他の女子生徒たちと違って大人しく座っていた。
自分でも話題性があると思う男の操縦者の自己紹介の時も、目は合わなかった気がする。
腫物のように扱ってこないので、一夏としても気楽に接することができそうだ。
それに、箒が木刀攻撃を止めたのはクロの説得があったようだ。
それは、彼女が部屋を出て行くときに言い残した言葉から推測できる。
帰ってきたらお礼でも言おう。
そう思って、箒にクロのことを聞いてみる。
「箒はクロがどこに行ったか知っているか?」
「さあな。私もそこまで聞いていない。ただ『【院長】に遊んでもらいに行ってくる』と言っていたから、友人のところではないか?」
「【院長】……?」
誰のことだろうかと首を傾げる一夏。
この学園に、【院長】という肩書を持つ人物はいただろうか?
うーんと唸る彼に、箒の冷たい声がかかる。
「もう女にご執心か?周りが女だらけで、さぞいい気分だろうな」
「ちげえよ!」
「ふん!」
箒はそっぽを向いて、ベッドにもぐりこんでしまった。
一夏は「これからこいつと一緒に暮らすのかよ」と憂鬱な気分になり、クロが早く戻ってくることを祈るのであった。
◆
クロはギャーギャーと喚いている同室の女を見た。
身体にはバスタオルしかまかれておらず、豊満な肢体を揺らしながら木刀を振るっている。
半分寝ていたためあまり状況は理解していないが、どうやらシャワーを浴びていた時に誰かが侵入したらしい。
そんなに怒ることか、とクロは思う。
この学校とやらに来る前は、孤児院ではよく誰かと一緒にお風呂に入っていた。
一番多いのは院長で、その次が相棒であるシロだった。
子供たちに不思議と懐かれていたクロは、彼らとも一緒に入ったりしていた。
ただ、男の子たちと入るのは少なかった。
皆顔を真っ赤にして恥ずかしがるのである。
クロはそのことに首を傾げて疑問に思っていた。
「ふー、ふー……!一夏め、まさかこれほどまで腑抜けていたとは……!」
「……服着たら?」
「そ、それもそうだな」
クロの言葉を聞いて、自分がどのような恰好をしていたのかを思い出した箒は、木刀を一度手放して着替える。
風呂のことを考えたため、院長に会わざるを得なくなったクロは、早く彼の元に行きたい。
しかし、ここで乱闘されては邪魔である。
もちろん、障害となれば簡単に排除することはできるが、シロからきつくあまり目立たないようにと言いつけられている。
なるべく実力行使はしたくないところであった。
箒が着替えた後、扉に向かって歩き出す。
そして、扉を開けるとそこにいたのはきょとんとした顔でこちらを見上げる男子生徒の姿があった。
そんな彼に向かって、クロは「大丈夫」と言ってやる。
「もう大丈夫だから、さっさとそこをどけ」の短縮版である。
どうやらそれが通じたらしく、一夏は身体を退ける。
それを見てうむと心で頷くと、あの方の元へと歩き出す。
クロは、入学して間もない学園内の構造を理解していない。
しかし、院長を探すのであれば構造の理解は必要ない。
こうして鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぐと、すぐに院長のいる場所が判明する。
心の底から安心して身を預けたくなる最上の匂いを嗅ぎ取り、歩き出す。
ここにいる生徒たちが多いせいで、香水などの甘い匂いが邪魔をする。
とくに、嗅覚が優れているクロにとっては、中々の衝撃である。
孤児院では、そう味わうことのない匂いだ。
【外】から帰ってくるスコールやオータムなどが、たまにこの匂いをつけて戻ってくる。
クロは正直、そんな匂いが好きではなかった。
「クンクン……ここ」
クロはついに院長の居場所を突き止める。
扉の上には、「理事長室」と書かれてある。
意味がよくわからなかったが、とにかく一番偉い人がいる場所だと思うクロ。
そして、そこに院長がいるのは当然だと思った。
ノックをすることもなく、部屋の中に入るクロ。
シロからは強く怒られるが、そんなことは知ったことではない。
早く院長に逢いたいのだ。
「……久しぶり、いんちょー」
やっと手を上げて挨拶をすると、高そうな椅子に座った彼はニッコリと笑って出迎えてくれた。
その優しい笑顔を見ると、クロは豊満な胸の奥に心地よい痛みが走るのを感じた。
一体何が起きたのかわからず、キョトンと首を傾げる。
そうしていると、院長が心配そうに尋ねてくる。
「……ううん、なんでもない」
クロは首を左右に振って否定する。
胸に手を当ててギュッと握ると、その痛みもひいて行った。
病気ではないだろう。大丈夫だ。
そう思ったクロは、ここに来た目的を果たそうとする。
「……いんちょー、お風呂入ろ?」
◆
理事長室には、立派な浴室も備え付けられていた。
そこにクロと院長は入っていた。
モワモワと大量の湯気で、周りがほとんど見えない。
とくに、クロは今院長に頭を洗ってもらっていて目を瞑っているため、何も見えなかった。
ただ、後ろにいる院長を気配で察知し続けていた。
「あふー……」
あまりの心地よさに、だらしない声を上げてしまうクロ。
顔も普段の鉄仮面ではなく、ゆるゆるの笑顔になっている。
それを見て院長は優しげな笑みを浮かべる。
クロは院長の笑顔を見ることが好きだった。
もちろん、向けてくれる相手が自分なら尚更いいが、彼が笑ってくれるだけで自分も幸せになれる。
だから、孤児院から院長が出ることには少し不安を覚えていた。
もし、院長が嫌なことにあったらどうしよう。
その場合は、すぐに院長を連れて孤児院に戻り、その嫌なことを押し付けた者と学園行きを決めた束を殺すつもりであった。
ただ、長い付き合いであるクロでも院長が嫌がっていないことを感じて、その案は【先送り】にされた。
「……ん~」
院長は一言クロに告げてから、お湯を頭にかけた。
あわあわと泡立っていたシャンプーが流され、より艶やかさが増した黒髪が露わになる。
クロは犬のように頭をプルプルと振り、水けを除いた。
「…………」
あとは自分でできるかと院長に問われ、少し考えるクロ。
孤児院にいたころもよく院長と一緒にお風呂に入っていたが、ほとんどは頭を洗うだけでとどまっていた。
クロとしては全身くまなく洗ってもらってまったく構わないのだが、シロやシャルロットからの激しい妨害にあったのだ。
彼女たち曰く、自分たちがいない間に院長がコロッといってはたまらないらしい。
クロはその意味がいまいちわからなかったのだが、彼女たちはやけに自分の身体を見て言っていたことを思い出す。
視線を落とすと、自分の身体が目に入る。
健康的に焼けた褐色の肌。
そこには雫が浮かび上がって、艶やかな雰囲気を醸し出している。
胸部は豊かに盛り上がり、母性を強く主張している。
鍛えられた腹回りはキュッと引っ込み、魅惑的な括れを作りだしている。
そこから大きな曲線が描かれ、安産型の臀部がある。
引き締まりつつも肉ののった太ももを通り、雫が下に落ちていく。
「……?」
クロは自分の身体を院長の手で洗ってもらうことを想像すると、背筋にゾクゾクとした感覚が走った。
戦いの中で得られる感覚に近いものであったが、決して不快になるものではない。
分からない感覚に、クロは首を傾げる。
孤児院にいたころ、院長と一緒にいたりすると時々このような感覚に襲われるのであった。
「身体も洗って?」
クロはそうお願いした。
そうした方が、気持ちよさそうだからだ。
院長は彼女のお願いを、嫌な顔一つせずに了承した。
【自分に】優しい院長に、またほっこりとするクロ。
自分の身体に伸びてくる手に、何故か豊満な乳房の奥がドキドキとするのを感じながら、待つのであった。
更新はもう少し早くなる予定です。予定です。