意図せず世界を手中に収めよう   作:マーズ

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シロのお話

 

 

 

 

 

 

 

孤児院では、ある程度の年齢に達すると多くの者が外の世界に巣立っていく。

ゆえにここでは社会常識などの一般的なことを学ぶために、簡単な授業が行われている。

 

講師となるのは、外の世界に出た大人たちが主となる。

しかし誰も都合が合わなかった場合は、一人の少女が受け持つことになっている。

 

「じゃあ今日の授業始めるわよー」

『はーい』

 

そして今日も、大人たちと連絡が取れなかったので、その少女が教壇に立つ。

彼女が授業を始めることを告げると、子供たちは元気に返事する。

 

そんな素直な反応に、思わず頬を緩める少女。

彼女のたぐいまれなる美貌と合わせて、まるで名画の一枚を見ているような気持ちになる。

 

「……で?なんでここにあんたがいるのかしら?」

 

先ほどまで美しい微笑みを見せていた彼女は、ジトーッとした半目になる。

そんな彼女の視線を受ける男は、それでも何でもないように笑っていた。

 

小さな子供たちに混じって、一人大きなお友達も授業に参加していた。

どう見てもなじみきれていない様子である。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどねぇ……」

 

ニコニコとしながら授業を受けたいと言う院長に対し、彼女―――シロはため息をつく。

それはこれから起こる騒ぎのことをすでに理解しているからだ。

 

彼女に予知能力があるわけではない。

ただ何度も同じことが繰り返されているので、覚えてしまっただけである。

 

「わー、院長だー!」

「一緒に授業受けよー」

「俺院長の隣ー!」

「ずるいぞー!」

 

わーわーぎゃーぎゃーと元気に騒ぐ子供たち。

最早授業のできる環境ではない。

 

皆が皆、自身の慕う院長の元へと殺到する。

多くの子供たちに抱き着かれると、それは中々の圧力であるはずだが、院長は汗ひとつかかずに涼しい顔でそれを受け止めている。

 

彼のことを信頼しているのか、子供たちは遠慮なく身体を投げ出す。

もみくちゃにされている院長を見るのは微笑ましいのだが、しかしこのままではシロの仕事である授業がまったくできない。

 

「こら、あまり騒いでいると、ご褒美をあげないわよ」

『…………』

 

とくに声を張り上げたわけではないのだが、シロの聞き心地のいい声は部屋中に行き届いた。

 

『ご褒美』

 

それを聞くと、院長の近くで大騒ぎしていた子供たちが、一斉に静かになる。

さらに自分の席に大人しく座り、授業の開始を待っている。

 

「うん、よろしい」

 

子供たちの反応の良さに、シロは満足気に頷く。

これまでの教育の甲斐があったというものだ。

彼女は今日本来行われるはずであった授業内容を急きょ取り替え、院長が来たとき用の授業に変更する。

 

「じゃあ教科書50ページ開いて。今日はそこからやるわよ」

 

そしてシロは、子供たちとなにより院長のために教鞭を振るうのであった。

 

「じゃあこの問題の答えは、院長?……残念、外れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまでで終わりよ。復習はきっちりしておきなさい」

『はーい』

 

数十分の授業が終わる。

シロの言葉を聞くと、子供たちはいっせいに外に向かって走り出す。

 

休み時間が待ち遠しかったのだろう。

そんな子供たちの姿に苦笑するシロ。

 

「院長……」

 

シロの元に近づいてきた院長。

彼は優しい笑顔のまま、彼女に話しかける。

 

「あんたももっと勉強しなさい。また子供たちに笑われるわよ?」

 

そう言うと彼は困ったように笑う。

もう……とシロは嘆息する。

 

この反応を見る限り、やはり間違えたのはわざとだったのだろう。

ずっと……ずっと彼を見てきたシロは分かっていたが、今の受け答えで確信する。

 

子供たちの中には、勿論院長になじめていない子供もいる。

そんな彼らに、接しやすさをアピールするためにわざと間違ったのだ。

 

自分が笑われてもその子供をなじませようとする優しさに、シロはうっすらと笑みを浮かべる。

そんな彼女に院長は手を伸ばす。

 

その先はシロの純白の長髪である。

そこを優しく、丁寧に撫でる院長。

今より子供のときにされたことを思い出すシロ。

 

「もう……女性の頭を軽々しく触ってはダメよ」

 

そう言うとスッと手を離し、謝罪してくる。

さらに、クロなら喜ぶと言い訳をする。

シロは彼の手を取り、また頭の上に置いて撫でさせながら呟く。

 

「まああの子ならね……」

 

シロは自分の相棒的存在の少女を思い浮かべる。

彼女の頭の中で、クロが院長に頭を撫でられて大喜びしている姿が簡単に想像できた。

 

クロは感情表現が豊かではないが、深く長い間親交を重ねたのであれば表情の機微は察することができる。

とはいえ、クロの感情を完全に理解できているのは、世界の中でも院長とシロだけである。

他の子供たちが院長に撫でられて悦んでいるクロを見ても、無表情でただ頭を差し出しているようにしか見えないだろう。

 

「……ええ」

 

これからも子供たちを頼むと言う院長のお願いに、シロはコクリと頷く。

確かに彼女は、『院長がそれを望み続ける限り』子供たちを守り続けるだろう。

その後もしばらく頭を撫でられたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

院長が緊急参戦した授業を終わらせたシロは、自身にあてがわれた部屋に戻る。

この孤児院の中でも幹部である彼女には、クロと同じく自分の好きにできる部屋が与えられていた。

 

一般の子供たちは大部屋で複数人での生活となる。

ちなみにクロは、自分にあてがわれた部屋があるのにもかかわらず、ほとんど活用していない。

 

普段はどこか日当たりのいい外で昼寝をしているか、警備隊に調練をしているかである。

眠るときは八割方院長の部屋に侵入し、残りがシロの部屋に侵入してくる。

 

さて、部屋に戻ったシロは扉を閉めると鍵をかける。

こうすることで、この部屋を開けられるのは自分以外だと、マスターキーを持つ院長と武力でこじ開けることのできるクロだけである。

そして外界と交流を遮断したシロは……。

 

「はぁぁぁ……いんちょぉぉぉ……」

 

顔をドロドロに蕩けさせていた。

 

「今日も優しく、美しかったわぁ。あの笑顔、あの声、全て完璧じゃない!あぁ、どうして院長はあんなにも素晴らしいのかしら?」

 

シロは一人身悶えている。

長く色素の抜けた白髪をブンブンと振り回している。

 

クロと同じく真っ赤な瞳は潤み、さらに充血している。

強い意志が感じられる凛々しい顔は、これ以上ないまでに蕩けて崩れている。

 

頬は真っ赤に紅潮し、よだれが垂れている。

豊満な身体を自身で抱き、くねくねと身体をくねらせている。

つい先ほどまで、子供たちに知識を与えていた厳しくも優しい教師の姿はなく、人気の高い娼婦よりも咽るような色気を放っている。

 

「んふふふ……」

 

血管が透き通るような白い肌の手を、自分の頭に置く。

そして感触を確かめるように、すりすりと撫でる。

 

勿論自分のことを撫でて悦に浸っているわけではない。

ここはつい先ほど、シロが敬愛してならない院長が触れていた場所なのだ。

そこを撫でていると、まるで院長と一緒になったかのような錯覚がシロを襲う。

 

「んはぁぁぁ……」

 

院長のことを考えていると、何だかいけない気分になってしまうシロ。

今はだれの目もない自室にいる。

 

自重する必要はなかった。

頭にのせていた手がするすると下に伸びていき―――――。

 

「んーーー!!んんんーーーっ!!」

「…………」

 

自分以外の声に邪魔をされる。

声のした方を見ると、そこには一人の男が転がされていた。

 

口には布が巻かれて声を出せなくしており、両手両足を縛り付けられて動きがとれなくなっている。

その男を見るシロの顔は、蕩けて赤くなっていた顔ではなく、冷徹なまでの無表情であった。

 

「……ああ、そういえばいたわね、あんた」

 

お楽しみを延長することにし、ツカツカと男の前まで歩くシロ。

男は彼女を怯えた表情で見上げる。

 

シロはそんな男のことなどまったく気にせず、乱暴に布を取り外す。

しばらく咳き込んでいた男だったが、すぐに言葉を発し出す。

 

「た、助けてくれ!私もあいつがあそこまで強硬な手段に出るとは想定できなかったのだ!謝罪はする!もちろん、金の援助もする!孤児院と言えば、経済的にもあまり裕福ではないだろう?それを私の金で……!」

「―――――うるさいわ」

 

唾が巻き散ることも構わず、命乞いの言葉をがなり立てる男。

そのマシンガンの如き言葉は、シロによって止められる。

 

ただ言葉で止めるような優しい制止ではない。

両手足を縛られて無防備となっている腹に蹴りがめり込む。

 

凄まじい痛みと衝撃に、男は言葉どころか息さえできなくなる。

とはいえ、シロはこれでも手加減している。

 

クロほどではないが、彼女の戦闘力も相当に高い。

思い切り蹴っていれば、ろくに鍛えていない男は内臓の一つでも痛めていただろう。

身体をくの字に曲げて苦しむ男を、恐ろしく無感情に見下ろすシロ。

 

「あんたね、院長に刃向って生かしてもらえると思ってるの?お金であろうが国であろうが、何を差し出そうとしても罪を減軽することなんてないわよ」

「うっ……ぐっ、ひぃ……っ」

 

男の頭に足を置き、ぐりぐりと力を込めるシロ。

強い力で地面にこすり付けられ、鼻から血が溢れだす。

 

今彼が上を見上げれば、肉付きの良い真っ白な肌の太ももとその先にある純白の布が見ることができるのだが、頭を地面に押し付けられて痛みに悶えている男にそんなことを考える余裕すらなかった。

 

「勿論簡単には殺さないわ。院長に手を出そうとしたことを後悔して、あの方に何万と謝罪の言葉を出すまで苛め続けてあげる」

 

ニコッと美しい笑みで恐ろしいことを宣告するシロ。

最早男の顔に色はない。

 

彼はどうして安易にこのような行動に出てしまったのか、激しく後悔する。

できることなら、数日前の自分を殴り飛ばしてやりたい。

しかしタイムマシーンが開発されていないこの時代では到底不可能なことで、彼に待つのはシロによるお仕置きであった。

 

「ちょっと苛めたら、院長に勉強を教えてあげようかしら」

 

男を死ぬギリギリまで苛めた後、シロは院長の部屋に向かうのであった。

なお、その時に身体を押し付けて甘えまくっていたクロと出会い、恐ろしいほど冷たい空間を作り上げたのは余談である。

 

 

 





オリジナルヒロインがまさかこんな性格になるとは……(愕然)

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