意図せず世界を手中に収めよう   作:マーズ

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エムのお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤児院の中には、広々とした庭がある。

この国では珍しい緑が溢れており、陽光も暖かなものである。

 

本来の気候はもっと暑く、厳しいものであるはずなのだが、不思議とこの孤児院は快適な環境に置かれている。

理由は分かっていないが、エムはすべて院長のおかげだと思っていた。

 

「ふわぁ……」

 

そして今彼女はそんな敬愛する院長と久しぶりに二人きりの時間を過ごせていた。

数日前、上司であるスコールと院長が密会していたことを知り、凄まじい勢いで帰還したエム。

 

しかしその場に院長はすでにいなく、彼女は慟哭した。

いつもより肌が艶々していて意気揚々と戻ってきたスコールに対し、エムはすぐにISを起動させて襲撃した。

 

普段ならスコールとは拮抗した勝負になるのだが、何が原因なのか、スコールはむちゃくちゃ強くなっていた。

我を忘れるほどの怒りでブーストされたのだが、それでも彼女に敗北した。

 

院長と会えないことにあまりにも悲しんでいるエムの様子を見て、流石のスコールも気の毒に思ったのか、彼女に数日の休暇を与えたのであった。

それを得たエムはすぐさま実家である孤児院に戻ってきたのであった。

今は崇敬する院長と日向ぼっこ中である。

 

「ああ、すまない。あまりに気持ち良くてな、つい欠伸をしてしまった」

 

顔をポッと赤らめてそう言うエムに、ニコニコとする院長。

そんな彼を、エムは穴が開くほど見つめ続けていた。

 

じーっと彼のありとあらゆる場所を、細部までじっくりと観察する。

またすぐ会えなくなってしまうのだ。

思い出の中だけでも会うために、今のうちに精巧なコピーを頭の中につくらせる。

 

「……(まだ見ているのか)」

 

ちりちりと小さな殺気が届く。

戦場であるならば、すぐさまその殺意を放つ者の前に行き、剣を振り下ろしているだろう。

 

だがその殺気を放つ相手が相手だった。

その相手は、遠くの柱の陰から顔だけをひょっこりと出す褐色のグラマラス美少女。

じーっとエムが彼を見るときのように見てきていた。

 

「(クロのやつめ、さっさとどこかに行けばいいものを……)」

 

だがこの場を離れることはめったなことがない限り、ないだろう。

何故ならクロの役目は院長の護衛。

 

何が何でも離れたりはしない。

……ただ護衛にかこつけて風呂や就寝まで共にしようとするのはどうだろうか?

 

時たまエムが本気で殺すつもりで攻撃を仕掛けていたりする。

しかしクロの戦闘力はエムを越えていた。

故に今も元気に院長とそれに近づく(エム)を監視しているのだ。

 

「ん?ふふ、腹が減ったか?」

 

ぽけーっと全身に暖かな陽光を浴びていると、く~っと気の抜けるような音が耳に入る。

それは同じく日向ぼっこ中の院長の腹の音だった。

 

恥ずかしそうに頬をかく姿を見て、微笑ましい気分になるエム。

それに、自分にそのような人間味のある感情があることに驚く。

だが彼の前では普通の少女に成り果ててしまうことは、エムは知っている。

 

「その……なんだ、今日はいい天気だからな。外で食べようと思って、これを持ってきたんだ」

 

そう言ってエムが差し出すのは、小さなバスケット。

蓋を開けると、中にはサンドウィッチが詰められていた。

 

どれもこれも市販のものに比べれば、パンの大きさや形が合っていないなど不恰好である。

これは朝早くに起きて、エムが一生懸命に作った手料理だった。

 

おや……とエムがあることに気が付く。

自分をじっと監視していた鬱陶しいクロが、いつの間にかいなくなっていたのだ。

 

まあどうでもいいことかと思い、すぐに院長を見る。

院長はそれを手に取り、しばらくその出来を確かめるように見た後、パクリと一口いただく。

 

「ど、どうだ……?」

 

エムは早口になりそうなのを抑えて問いかける。

サンドウィッチなんて失敗する要素がない料理だが、彼女にとっては大変な料理である。

 

不慣れな繊細な作業が必要なのが料理である。

いつもみたいにISで相手をぶちのめすだけではいけないのだ。

 

彼はしっかりと味を確かめるようにして噛みしめ、ニッコリと笑う。

その笑顔がサンドウィッチの出来を証明していた。

 

「そ、そうか。それならもっといっぱいあるからな」

 

心の中がぽかぽかと暖かくなるエム。

嬉しさのあまり、すぐに次のサンドウィッチを彼に突き出す。

 

一応自分も食べようと思っていたのだが、結局全て院長が食べてしまった。

その後すぐ、院長はエムにもたれかかるようにして眠りについた。

腹も膨れ、このぽかぽか陽気に眠気を増長されたのだ。

 

「い、いいいい院長……!?」

 

しかしもたれかかられたエムにとっては、一大事だ。

顔は一瞬で真っ赤になり、心臓は胸を突き破る勢いで早鐘を撃つ。

 

これが院長以外の人物であれば、頭を吹っ飛ばしているエムであるが、唯一敬愛する彼と身体を近づけるのは中々緊張する。

しばらくあわあわとしていたエムだったが、院長の安らかな寝顔を見てふっと笑う。

 

「まったく、仕方のない。私がこんなことをするなど、院長だけなのだからな……」

 

エムは院長を起こさないように繊細な動きで彼の頭を持ち、自分の膝に乗せる。

そして柔らかな黒髪を優しく撫でる。

彼を見下ろす彼女の顔は、まるで聖母のように慈愛に満ちたものだった。

 

「ああ、いい天気だ……」

 

エムは再び空を見上げる。

今日帰ってきてよかったと思う彼女であった。

 

なお、柱の陰から送られてくる強烈な殺気に関してはスルーである。

またいつの間にか戻ってきていた褐色の美少女が物凄い目で見てきているのも、知らんぷりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある国の砂漠地帯。

人の手による開発がされておらず、最寄りの街から遠く離れたこの場所には人影がまったくなかった。

 

辺りを見渡しても周りには砂丘しかない。

しかし、何もないはずのこの場所から、小さく音が聞こえていた。

 

さらに地震のように小さな揺れもたびたび起こっており、砂がぱらぱらと転がる。

その音と衝撃の原因は、地下にあった。

 

砂しかないはずの砂漠の地下には、この国の軍隊が所有するIS研究所があった。

今ではISは、国防をいっぺんに引き受ける超兵器である。

 

IS一機で小国の軍隊を相手取れると言われるほどだ。

そんな国家の要である兵器を、秘匿性の高い場所で開発するのは当然のことであった。

 

宇宙技術の発達した今では、空の下に研究所を作ってもすぐに何をしているのかばれてしまう。

それ故に空からの目がなく、偶然一般人が立ち寄れるはずのない砂漠の地下に基地を作ったのであった。

 

だがその絶対安全であるはずの基地が、何者かの襲撃を受けていた。

研究室のある通路。

 

そこでは襲撃者を射殺しようと果敢に立ち向かった警備隊の軍人たちが、物言わぬ骸となって地面に倒れ伏していた。

その凄惨さは一般人が見ると、胃の中のものをすべてぶちまけてしまいそうなほどだ。

 

切り裂かれた腹から大量に出血して息絶えている男。

上半身から上を弾丸で吹き飛ばされた男。

 

壁に縫い付けるようにして剣を胴体に突き刺された男。

皆死に絶えていた。

 

結果、ここに無人の基地が出来上がったのであった。

……いや、まだこの基地には生きている人間が二人いた。

 

「くっ……!」

「…………」

 

二人は正面から向かい合っていた。

しかし片方の人間は片膝をついてもう片方の人間を見上げていた。

 

片膝をつく女性は、この基地に所属するISテストパイロットであった。

この国の中では最高の技量をもつエースパイロットである。

 

そんな彼女が、今身体中から出血しながら片膝をついていた。

彼女が敗者であることは目に見えて明らかであった。

 

一方だんまりを決め込む片方の少女。

彼女の表情はISのバイザーによってうかがえない。

 

それが女性にとって無気味であった。

その少女―――否、襲撃者は女性と違って目だった傷を負っていない。

つまり襲撃者は世界トップレベルのIS操縦者にも圧勝してしまうほどの実力を持っているということだった。

 

「ふむ……貴様がこの国一番のIS操縦者か?大したことないな」

「……っ!こ、この……!」

 

口元だけが窺える襲撃者。

口角をクッと上げ、嘲笑を浮かべる。

 

バイザーで見ることはできないが、おそらく彼女の目は恐ろしく冷たく馬鹿にしたものだろう。

そしてそれが分かってしまうテストパイロットは、怒りの表情を浮かべる。

 

今すぐ立ち上がって横っ面をぶんなぐってやりたい。

しかしそう思っても、もう脚は立ち上がってはくれなかった。

 

「……ふふっ」

「……何がおかしい?」

 

テストパイロットの女性は笑みを浮かべていた。

先ほどまで怒りの表情を浮かべていたのに、急激な変化だ。

 

それに今の状況は彼女の絶体絶命。

仲間もすでに皆殺しにされているし、街から遠く離れたこの秘密基地に援軍が来るのもまだまだかかるだろう。

だというのに、なぜ彼女は笑っているのか?

 

「いや、別に何でもない。ただテロ組織に盲目なまでに従っているお前が、哀れに思えただけだ」

「…………」

 

女性から見ても、襲撃者の少女は若い。

自分よりも一回りも若いかもしれない。

 

そんな彼女のこれからの人生が、テロ組織の先兵として闘争に明け暮れることを思うと、あまりにも悲しく、また滑稽であったのだ。

襲撃者の少女は何も言い返さない。

 

「……何か勘違いしているようだな」

「うぐっ!!」

 

襲撃者はヌッと腕を伸ばし、女性の首を掴む。

そして指が食い込むほどに力を入れ、女性の身体を持ち上げる。

 

呼吸ができなくなり、苦しげに顔を歪める女性。

そんな彼女の様子を見て、心底楽しそうに嘲笑する襲撃者。

 

「私は今まで一度も『亡国機業(ファントム・タスク)』に忠誠など誓ったことはない。私が組織に所属しているのも、全てはあの方のため。いずれあの方の望む世界を構築するため、今は雌伏の時なのだ。この基地にあるISをいただくのも、そのためだ」

「…………っ!?」

 

女性は驚愕して目を見開く。

この少女はテロ組織のことを何とも思っていない?

 

「喜ぶがいい。貴様らの努力と成果は全てあの方のしもべである私の糧となる。地獄で見ていろ。私とあの方が作る、新たな世界を」

 

そこまで言うと、襲撃者は銃を彼女の頭に当てる。

この基地で何人もの人間の命を奪ってきたものだ。

それが今女性の命も奪おうとしている。

 

「(世界の構築……?『あの方』っていったい……)」

 

不穏な言葉に対して、疑問が次々に浮かび上がる。

しかしもうその疑問を解決するすべはない。

 

最初の銃声から二時間後。

この秘密の基地で、最後の銃声が鳴り響いたのであった。

 

 

 

 




クロちゃん、食物兵器から逃走のため、院長をいけにえに。

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