遊矢にとって、その日はとても重要な意味を持っていた。彼が出場を目指す舞網市全域が対象の『舞網チャンピオンシップ』の出場をかけた最後のバトルがあるためだ。
対戦相手は分からないが、勝つことではれて勝率が六割となり大会に参加できる。少しでも、応援の声が欲しかった。
………なのに。
「みんな、どこ行ったんだよ」
遊矢はただ一人無人となった自分の家で、ポツリと呟いた。
話は数時間前に戻り、遊矢の家にとある一本の電話がかかったのがことの始まりだった。その電話に出たのは『榊 洋子』。
「はい、榊です。………………えっ、権現坂さん!?」
電話の内容は、息子の遊矢の親友であり彼の通う遊勝塾のライバル塾のあと継ぎ『権現坂 昇』に関することであった。一通りの話を聞き終えた洋子は、現在、同居させているスイゴの寝室へと行き彼が起きるのを待たずに無理矢理に権現坂 昇の通う『権現坂道場』へ連れて行った。スイゴの横で眠っていた筈の遊矢を起こさずに行ったその手際のよさは、流石に母親だったと言える。
「すっげえ首が痛い…」
「…あらら、首に痕が残ってるわね」
わたしは、そう感想を口にした。
「ごめんなさい、スイゴくん。何でも『ニコ』さんが出来るだけ速く来て欲しいって言うから」
「まさか、ここまで引き摺られるとは思いませんでした」
洋子さんと『ニコ スマイリー』が口々にスイゴにそう話した。ニコさんとは、黄色と黒色のストライプのスーツを着るちょい歳をとった男性だ。なんでも、デュエリスト専属の敏腕マネージャーらしいわ。
《そして洋子さんはあの細い腕のどこにそんな力があったのかしら、不思議ね》
シェレンは心の中でそう思った。そしてスイゴの方を見ると、彼は私に何かを訴えるような視線を向けている。
「シェレン。………おれは人の母親に苦しめられる呪いでもかかってるのか」
「だとしても、もう手遅れよ」
貴方がそんな目に合ってるのはしょっちゅうよ。最たる例が私のお母様ね。気にするだけ、無駄だわ。
「それで、私達をここに呼んだ目的は何かしら?」
私はニコさんに尋ねた。今、シェレンを含めて権現坂道場のとある一室には十人近くの人間が集まっている。
「ハイハイ、実は今日ここに呼んだのは遊矢くんの為なのです」
「どうして、遊矢なんですか?」
柚子は彼にそう聞く。部屋にいる人達の中では、彼女が一番浮かない顔をしている。
「皆さんも、ここに来たならもう分かるかも知れませんが。今日の遊矢くんの相手はあの『権現坂』くんです。権現坂くんは彼の親友との試合に気合充分です」
ただ、と前おく。
「遊矢くんはまだ一人で戦う心の準備が出来ているとは言えません。まだ、周りの人達からの声援を頼りにしている部分があります」
男は語る。舞網チャンピオンシップで戦うのは常に一人、優勝者も一人のみ。ならば、いつか親友相手にも決死に戦いを挑まなければならないのが事実。
《確かに、その通りよ》
私もそう思った。
遊矢くんが人を楽しませるエンタメデュエルを大切にしたい気持ちは分かる。……しかし、彼が上を目指す以上はその下には必ず敗者は生まれる。どれだけ楽しいデュエルであろうとその事実は変わらない。
……でも。
「けど、遊矢は戦えると思います!」
柚子ちゃんはニコさんにそう告げる。彼のことを信頼しているのか、その目に曇りはない。
「俺たちも遊矢兄ちゃんを信じてるよっ」
「僕もっ!」
「私もっ!」
フトシくん、タツヤくん、アユちゃんが次々に信頼の言葉を口にする。
「遊矢は戦えるよ」
母親の洋子も同意する。
「うーん、権現坂くんにも勝って欲しいが………。遊矢は遊勝塾の生徒だからな…」
「僕もゴンちゃんと遊矢なら、遊矢が勝つと思うよ」
塾長と素良くんの答えは、若干ずれてはいるが二人が戦うことを確信しているようだ。
「遊矢と知り合ってまだ数日だが……アイツなら戦える!」
スイゴもまた信じている。
「二人は親友らしいじゃない、なら出来るわよ♪」
親友だからこそ時には全力で向かいあう必要がある。私もスイゴとはそうだった。私が彼にそうしたように、遊矢くんが自身の信じるエンタメを貫きたいなら相手が『誰』であってもそうするべきなのだ。
《……それに、遊矢くんは一人じゃないわ》
柚子ちゃん達はこの部屋から彼らのデュエルを見ることが出来る。彼らからは見えないが、心から信頼で繋がっているようなら遊矢くんは大丈夫に違いない。心中でそう結論付け、わたしは柚子やスイゴ達と共に二人を見守る。目前のデュエルフィールドでは、『榊 遊矢』と『権現坂 昇』のデュエルが今始まろうとしていた。
おれの目の前では、遊矢が襷を頭に巻いた男『権現坂 昇』と壮絶なデュエルしている光景があった。アクションカードを積極的に扱う遊矢に対し、それを全く使わない『不動のデュエル』で戦う昇。二人のデュエルは一進一退で進んだが、途中で事態は急展開を迎える。
『《俺は、レベル2のチューナーモンスター、『超重武者ホラガ-E』を召喚!》』
「チューナーって、まさか…!」
「ノラウが使ったのと同じね!」
シェレンの時にもやった、シンクロ召喚を昇が決めて来たのだ。これには控え室にいた全員が度肝を抜かれた。
『《『超重荒神 スサノ-O』》』
守備力3800を誇る最硬のモンスターが、フィールドという戦場に出現した。
これから一体どんな展開になるのかと皆が期待をしていた時。突然、権現坂の親父さんがデュエルにストップをかけた。『息子の昇を敗けにする』、と告げたからだ。
「はあっ!?何言ってんだよ!」
「全くよ……何を考えているのかしら」
控え室の皆に衝撃が走り、おれとシェレンも当然に驚く。
《つーか、この世界にはデュエルに流派なんて物まであるのかよ。そっちの方にも、ビックリだ……》
しかし、昇の真剣な演説もあり何とかデュエルが再開された。彼は新たな不動のデュエルを目指す過程で、シンクロ召喚を物にしたらしい。曰く『必用ならば、敵であれその教えをこう』と。
おれは、その潔さには感心する。どこか胸の中でストンと落ちるものを感じたからだ。
「デュエルは進化していく…か」
確かに同じ様な戦い方をするだけじゃ、その内に対策されて通用しなくなる。馬鹿正直に儀式召喚ばかりを使っていた自分がいい例だ。おれは、昇の言った内容に耳が痛い心地だった。
二人の試合はさらに加熱さを増していき、圧倒的力で遊矢を攻める昇はついに相手墓地の魔法カードすらも使いやがった。
「遊矢もペンデュラム召喚で対抗しているが…」
シンクロ召喚の使いを相手に、戦況は厳しいように見える。また彼自身この目で直接ペンデュラム召喚を見たのは初めてだ。しかし、デュエルの展開を追うのに忙しくてそれに感傷を感じる暇がない。そして………。
『《出でよ、秘術振るいし魔天の龍『ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』》』
戦況は一変する。遊矢がペンデュラム召喚からの融合召喚を決めたのだ。
「あれが、遊矢の言ったペンデュラムのその先か!」
「しびれすぎる~!」
《は?》
フトシの謎の動きにスイゴの思考が固まる。少しだけ感動を台無しにされた気分だ。
……そうこうする間にも試合は動く。ルーンアイズによる怒濤の攻撃の連打、それを昇は鉄壁の守りで防ぎきる。そして勝負を決めたのは、遊矢の限界を越える跳躍で得たアクションカードを用いた罠カード効果による、必殺のドローだった。
『《出でよ、野獣の眼光りし獰猛なる龍!『ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』》』
スイゴは、遊矢が一ターンに二回も融合を決めたことに感心する。強力な召喚を一ターンに二度以上決めるのは中々見られる光景ではないからだ。
《まあ、おれ達の世界じゃそもそも『エクストラデッキ』なんか対して…………》
「ん?」
彼がそこまで考えた所で試合は終わりを告げる。遊矢がついにビーストアイズによる一撃を与えこの二人の勝負が決着を迎えたために……。
この瞬間、遊矢の舞網チャンピオンシップの出場が決定した。
皆が遊矢に駆け寄り賛辞の言葉を話す中、昇は遊矢に再戦を誓う言葉を残す。おれもアイツに拍手を送る。こうして、遊矢達のデュエルは感動的な決着を向かえた。
「遊矢、おれも必ず後ニ連勝して本選に出場する」
「ああ、スイゴのこれからの試合は俺も応援するよ!」
試合が終わった後に、彼は遊矢とそう約束する。スイゴはまた一つ、敗けられない理由が増えるのを感じた。