身体に柔らかいものが触れている感覚がある。ぼんやりと視界にかかる光が眩しい。
《……ん》
あまりそこから動きたくない欲求にかられる。確か、寝起きは良かった筈だが今は例外みたいだ。
《すげぇ……気持ちいい》
ふと……腕に妙な感触がした。自分が寝ている場所と違う軟らかい感じだ。
《……何だ……?》
なぜだか、それが物凄く気になった。眼をゆっくりと開きそれを視認しようとする。
「あら、目が覚めたみたいね♪」
「……ん?」
息のかかりそうな距離に『女』の顔があった。そして、『おれ』の腕に触れているものは…………。
『《………………ッーーーーーー!?!?》』
次の瞬間、とある家の中に声無き絶叫が響き渡った。
「はあっ……はあっ…はっ……」
「も~、そんなに気にすることはないじゃない♪」
手が、指が、身体全体が震えている。頭を必死にベッドに打ちつけて、先程までの記憶を消そうと試みた。
「くッ……」
しかし、無理だった。
「スイゴとは小学生の時はよくやったわよね♪」
「その度にメイリンやリアンに殺されそうになった記憶も残ってるけどなッ!!」
毎回彼女がそのイタズラを仕掛けるときはスイゴが寝た後だった。そして、それが二人に見つかると何時も数十発のボディーブローを食らった思い出がある。
「……大丈夫よ、ここには彼女たちはいないもの」
「ん……ああ、そうだな」
シェレンのセリフにようやく自分の現状に気がついた。今おれ達がいる場所は異世界。そして、この部屋は……。
「うおォォォォっ!起きたかい!スイゴくん!!」
勢いよく扉を開け、騒がしく部屋に入ってきたその人物。
「塾長ッ!?…………つーことは、ここは……」
「おおっ!俺の家だっ!!」
どうやら、『あの時』に意識を失ったおれはここに運ばれて眠っていたようだ。
「……シェレン!遊矢はッ!ユーゴはどこにいった!?ユートは…………!!」
「一辺に話すのは止めなさいっ!」
「……悪い」
彼女の眉が不機嫌そうに形づくる。それを見てスイゴは慌てて従順な姿勢をとった。普段は怒らない人間が怒ると誰であれそれなりに怖いものだ。
「……遊矢くんは無事よ。今は自宅で寝ていて、柚子ちゃんとお母さまに看護してもらっているみたいね」
「……よかった」
「…………ユーゴくんとユートくんはどこかに居なくなったわ」
「…………そうか。ユーゴの方は多分元の……」
最後まで言い切る前におれは口をつぐむ。目の前には彼女の他に塾長もいる。安易なことは話せない気がしたからだ。
「ねえ、スイゴはあの時どうしてボーっとしてたの?」
「あの時……」
シェレンの疑問におれは昨晩のことをより鮮明に思い出す。暴走する二人に共鳴しあう二体の竜、そして一瞬だけ見た緑色の竜。
「『ネームレス・リチュアル・ドラゴン……』」
「何のこと?モンスターの名前かしら」
「分からない……けど。あの時に視てたことでハッキリ覚えているのはそれだけなんだ」
「つまり、それが昨日の謎の行動の理由なわけね」
おれはそれに頷く。
「にしても、『リチュアル』……」
何か気になることでもあるのか。彼女は黙って昨日のことについて考えている。
…………昨日?
「げッ!」
「シェレン、今日は何日だッ!?大会は……」
「落ち着きなさい、大丈夫よ。スイゴが寝ていたのは一日だけだから」
「……そうか。つまり、試合は明日か」
おれはそのことを聞いて安心した。再び、ベッドの上寝転がる。
「すまない、スイゴくん」
「ん?」
スイゴが休んでいると、先程まで無言だった塾長が話しかけてきた。
「病み上がりの君にこんなことを尋ねるのもなんだが……一昨日はいったい何があったんだい?」
「!」
真剣な口調で彼は自分に質問を重ねる。
「シェレンちゃんはどうやら話してくれないようでね。もし知っているなら、スイゴくんには話して欲しい」
「…………言えません」
塾長の言いたいことは解る。おそらく、生徒である遊矢のことを心配しているのだろう。
「どうしてもかい?」
「…………おれの口からは……無理です」
彼が塾生をどれだけ大切に想っているのかはこの十数日で十分に知っている。
……しかし、話すことはまた別の話。一昨日のことを打ち明ければ彼らを巻き込んでしまう。
「…………そうか。仕方ないか」
「……すみません」
「いや、気にしなくてもいいよ。スイゴくんにも何か事情があるんだろう」
塾長は本当はもっと問い詰めたいはずだ。けど、おれ達に気を使ってこういってくれているに違いない。事情があるとはいえ何も話せないことがひどく歯痒い。
「ところで、君は素良のことを知っているかい?同じく一昨日から行方不明なんだが……」
「…………」
その質問は不意討ちだと思った。確かにあの日アイツはいなくなった。しかし、その事実を伝えるべきか。
「素良は…………元居た場所に帰りました」
「どういう意味かな?帰ったとは……」
「アイツは遊勝塾に来る前、別の塾に通っていたらしいです」
これ以上は言えないと口を閉じる。多少ウソは混じるがこれが伝えられることの内最大限の譲歩だ。
「わかった。素良は自分の意思で帰ったのかい」
「…いつかは自分から元の塾に戻るつもりみたいでした」
「なるほど!なら、これ以上は聞かんっ!スイゴくんはゆっくりと休みなさい!」
「いや……でも遊矢が」
「遊矢のことなら心配要らない!洋子さんと柚子も看ているんだっ!」
塾長は『それに遊矢はこれくらいで目を覚まさなくなるようなヤツじゃない』、ともつけ加えた。そこには言葉では表せない彼なりの強固な信頼がみえた。
「君も病み上がりなんだ。明日、試合もある。その為にも今日はしっかりと寝ておけっ!」
「……はいッ!ありがとうございますッ!!」
「いい返事だっ!俺はこれから生徒たちのことを見てくる!!それじゃ、スイゴくんっ!!!」
「うおぉぉぉーーーー!熱血だーーーっ!!」
入ってきた来たとき同様に彼は暑苦しく部屋を去っていった。
「いい人よね」
「本当にそう思うよ」
残された二人はお互いの意見に頷きあう。
「で、スイゴはこれからどうするのかしら?」
「それなんだが。大会の対戦相手のことを知りたい」
「それなら、確かもう決まっていた筈よ」
二人はそう言うと、デュエルディスクに登録カードを差し込む。
「えーと、梁山泊塾の『炎勝 シズル』か」
「わたしはLDS所属の『森山 ジュウ』」
写真を見るにスイゴの相手は水色の髪の女性でシェレンの相手は赤い髪の男だ。
「アカデミアやユートたちのことは考えなくちゃいけないが、今は試合に集中するかッ!」
「そうよ!ここで敗けたら元の世界へ戻る手がかりを失うことになるわ」
それこそが彼らがこの大会に出た本当の目的。故に、ここで躓くことだけは絶対に出来ない。
「何か、やることがわかったら…気抜けてきた……」
「そうね……わたしも寝てなかったし…」
片方は未だ疲労が残っており、もう片方は眠気がピークに達していた。ならば、意識を保てなくなるのも当然の話。
「シェレン……明日は勝つぞ………」
「ふふ…………もちろん………よ」
その言葉を最後に二人は同時にベッドに倒れこむ。一緒になって眠る姿は恋人のようであり仲の良い姉弟のようでもあった。
……翌日、柚子が起こすまで彼らはずっとそのままだった。