「――――わかってくれたか?」
「なるほど、そうだったのだな。すまない。早とちりをしてしまった」
「いいや、構わんさ。確かに、あの状況ではそう誤解せざるを得まい」
――漸く、理解してもらえたみたいだ。
先ほどの金髪美女――名をミラ・マクスウェルというらしい――の誤解を解くのに、また結構な時間を取られてしまった。
あと、随分な世間知らずらしい。突然育児本の内容を引用されて話題に出されたときはどうしようかと戸惑ったものだ。
ところで、ジュード少年も驚いていたが・・・このミラという女性は、どうやらそのマクスウェルという名が示す通り、四大精霊の頂点にある存在のようである。
一見人間の女性のようにしか見えない、とジュードは思春期らしくミラの女性的な体をまじまじと見て頬を赤らめた上で、そう感想を述べた。私も人間にしか見えないという点では同意見だったのだが――
「そうなるように、造ったからな」
という話らしかった。
そう聞いてまさか、とは思ったが・・・どうやら、ミラは人間の約半数を占める男性に有利となるべく、女性という姿をとったとのこと。確かに、男性ならばその美貌が有れば交渉など有利に進められようし、情報もうまく引き出せる。それは、女性から見ても同じだ。
厳格な風貌の男性に話しかけられるより、同じ性別の者からの方が幾分応答のしやすさがあると思う。そして、それは実際に効果的であった。
「現に、こうやってジュード少年はミラのサポートをするため奮闘しているようだし、なあ?」
「か、からかわないで下さいよ・・・」
私は、数メートル前でイフリートの劫火で衛兵を吹き飛ばすミラを遠目にジュードに近づいた。
「・・・なあ、おい。私が離れている間に、どんな心境の変化があったんだ?」
「そ、それは・・・」
実は私、ミラの誤解を解く直前にナディアが弄っていた機械を調べ上げていた。
目的は、この施設において最も重要な場所。それらしい目星は簡単に付いた。ご丁寧に警備の強化がなされた目録のようなものがリストアップされているものを見つけたので、部屋の割り出しにそう時間はかからなかった。
御陰でミラとジュードの馴れ初め会話を聞くことができなかったのだ。
完全に信頼、してはいない。しかし、警戒がほぼなくなったのは感じ取れる。まさにその原因が知りたい。
「う、く・・・・と、とにかくさ! 早いところ移動したほうがいいんじゃない? ほら、ここで結構騒いじゃったし、衛兵の増援だって来るかも、だから・・・」
「まて、話をそらすな――」
「いや、ここで問答していられる余裕はない。ジュードの言う通りだ、行こう」
「うん!」
「――――む」
ジュード奴、うまく逃げ果せたか。ところで、
「ジュード。ハウス教授はいいのか? ここに来ている、ということは彼の身も危ういということにつながらないか?」
「あ・・・教授、は・・・・」
「代わりに答えよう。――ハウス、という者ならば・・・先程の部屋の機材に繋がれて、亡くなったそうだ」
「何? ・・・・そう、か」
答えられず言葉に詰まったジュードの気持ちが理解できた。
私の、以前住んでいたトラヴィスの屋敷が全焼したその後に首都イル・ファンへと赴き、それから随分と世話になっていたハウス教授。
教授は、既に両親のいない私にとって実の父にも値するほどに信頼を寄せていた、数少ない理解者の一人だった・・・その突然の消失の報せは、やはり私であっても堪えるものだ。
あの場で、私がもっと堂々と室内へと侵入していれば、まだ救命の余地はあったかもしれん。襲いかかるナディアを御し、カプセルのガラスを叩き割る時間くらいは、残されていたかも――
「行くぞ。今は感傷に浸るよりも先に、死んでいった者のために、成さなければならない事がある。そうだろう、エイダ?」
暗い後悔の念に囚われていた私を、ミラの言葉が光を刺すようにして連れ戻した。
・・・そうだったな。止まっているわけには、いかんなあ・・・・。――ハ、何をやっているんだ、私は。
「ああ、済まん――もう、大丈夫だ」
うむ、と満足げに頷くミラは、振り向くと速く、それでいて芯のある足取りで扉の向こうへと消えた。ジュードも後を追う形でそれに続く。
「・・・・」
残された私は、一度後ろを振り返り――ハウス教授が繋がれていたというカプセルが設置されていた部屋の方向を一蔑し、
「さらば――パレンジ酒は、いずれ墓にでも添えてやるさ」
そうしてジュード達が向かった方向へと向き直り、前を見据えて扉の先へ足を踏み出した私は、もう後ろを振り返ることはなかった。
「シルフ!」
「がぁあああ!!」
並みの精霊術士なんて屁でもないぜ、と言いたげな馬鹿げた威力の暴風が衛兵に襲い掛かり、食らった途端に壁際まで吹き飛ばされた後にぐったりと倒れ伏した。
「す、すごいですね・・・」
「・・・ああ」
驚愕を含ませるジュードの呟きに、私は曖昧に答えることしかできなかった。
それ程までに、目の前の光景には流石の私でさえ瞠目せざるを得なかったのだ。
技の一つ一つのキレ、そして精霊術の発動速度と威力がそのどれをとっても桁が違っていた。
特に、なんのことでもないかのように無詠唱で高威力の精霊術の行使、それどころか四大精霊の召喚までやってのける。なんという人外ぶりだろうか。
見れば、特に精霊術を事前にストックしているわけでもなく、その場で自由に選択して精霊術をぶっぱなしているようだ。私、要らない子かもしれない。
(ただ、戦闘に関しては全くのド素人らしいな)
推測だが、持っている力を巧く戦術的に行使出来ていないように伺える。ただ知性は大いに感じられるので、鍛錬をしていけば、これは何れ解決へと向かうだろう。きっと相当な実力者になっているはずだ。
「おや?」
「どうした?」
突然ミラが立ち止まったので、聞くと、ミラは懐から光る蕾のような物を取り出して見せる。
「リリアルオーブ、だね」
「成長したようだね。ジュード君の物も、先程から花弁が少しずつ広がっていた」
「? どういうものなのだ?」
「リリアルオーブとは、元はなんの力もない人間風情が魔物のように強力な生物と互角に戦う為に使う物だ。太古の昔からある不思議な物質で、主に兵士や傭兵、旅人などが持つな」
持った最初は蕾の形をしているが、ほかに持っている者と感覚を共有――つまりリンクしていくこと、または常日頃から戦場にいるような緊張状態を維持することで次第に成長し、花弁がどんどん広がっていく。
私も昔は八分咲き位には至っていたものだが、時というものは残酷である。随分長い間を勉学と趣味のステッキ造りに費やしていた御陰か、今ではすっかり萎んでしまっていた。
それでも精霊術の試し打ちを散々とやっていた私だ。流石にジュードやミラのような蕾ではない、大体五分咲きくらいか。
「エイダのリリアルオーブは、随分と開いているな・・・」
「そりゃ、経験が違うからな。これでも随分衰えた方だがね。以前はもっと咲いていたよ。どうやら長く戦場から退いていると衰えていく仕組みらしい」
即ち、体力トレーニングと同義という訳だ。
日頃から成長させる努力を惜しまなければ、どんどん、筋力が低下するかの如く弱まっていく。ここらで成長させたほうがいいかと考えていたので、今回の騒動は非常に迷惑ではあったが、同時に助かってもいた。
「え、戦場って・・・?」
「ジュード君には話していなかったか? 私は、医者になる以前は傭兵をやっていたよ。短期間だけどね」
「え、えぇ――――!?」
「ふむ、ならばこそのこれまでの身のこなし、というわけなのだな。納得した」
よほど驚いたのか、ジュードはここが何時衛兵に発見されるかもわからない場所であるというのにも構わず、大きな声を出す。
いつもは理知的な色を持つ瞳が、今ではその面影もない。みっともなく見開かれていた。
「それに、人間にしては精霊術の発動も早い。何か秘策でもあるのか?」
「ああ。とは言っても、それは私の精霊術師としての研究の集大成だ。おいそれとは公にできんよ。ま、精霊の主たる君にとっては稚拙極まりないものであるだろうが」
「いいや、謙遜の必要はない」
ミラは、私の皮肉混じりの自虐の言葉を否定した。
「発動速度は十分過ぎるし、何より欲しいと思った瞬間と位置に精霊術を放ってくれる判断力は私にはとても真似できないものだ。――これからしばらく、頼りにさせてもらうぞ。勿論、私のサポートをしてくれているジュード、君にも」
「うん、まかせてよ」
「ああ。ついでに戦いのカンを取り戻せる事だしね」
改めて視線を交わし、私達三人は共に陣形を崩さずに先へと進んだ。
「どうやら、ここで間違いはないようだな・・・・」
「先程の部屋にあった機材で確認した形状はまさにコレと同じ。そして、この存在は・・・・」
「――人と精霊に害をなす、って本当なの?」
「ああ。だから“私達”が来た」
毅然とした態度で応えるミラ。
彼女が見据えている目の前にある物は、彼女と最初に会った際に聞かされた使命を果たすことに関わりがあるものらしい。
現在私達がやってきたこの部屋。これまでの部屋とは違いとても広く、円を描くような造りになっていて、四方から伸びる足場が中央に位置する巨大な、一見すると天体望遠鏡のような機械が設置されている場所へと続いている。
恐らく、あれこそミラのターゲットに間違いはない。
あまりにも無骨すぎたその外観から、言い様のない危険な気配を感じとったのか、傍に立つジュードまで、恐る恐るといった風に見上げていた。
「クルスニクの槍・・・・? 創世記の賢者の名前だね」
やがて好奇心が勝ったらしい。ジュードは機械の傍まで近づき、正面にあったコンソール・パネルを操作してディスプレイに映る文字を覗いた。
私もミラの後ろで立って、この巨大な機械の全景を見ていたが・・・恐らく砲筒の類か何かだろうということしか判断が付かなかった。
私だって研究者の端くれ、本来ならばジュードよりも早く動いてこのクルスニクの槍とやらを調べ尽くしてしまいたい衝動に駆られる、が――どうも、後方から接近する明らかな人間の気配、探るように近づくそれのおかげで実行できずにいた。
念のため、いつでもステッキの先端に氷を纏えるように準備しておく。
すると、とうとうミラが行動を起こした。
あまりにも大きすぎるマナの奔流、それを見事に制御して特大の一撃を放つ準備をする。
右に火、左に水、上に風、下に地。操るのは、やはりというか四大属性だ。
「ふん。クルスニクを冠するとは。これが人の皮肉というものか――やるぞ。人と精霊に害為すこれを破壊する!」
呟き、次の瞬間にはひとつひとつの膨大な属性の精霊術の式が膨れ上がり、それぞれが形を成していく。
火の精霊イフリート、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフ、地の精霊ノーム。この世界リーゼ・マクシアにおける霊勢にも関係する四体のマナの化身が、ここに顕現した。
「これは・・・・恐ろしいな。全く以てデタラメに過ぎるぞ、マクスウェル」
ただ、ここまで魅せられて、もし邪魔でも入ろうものなら勿体無い。どうせならその威力までしっかりと観察させてもらわねば、折角ここまで付いてきた苦労も水泡に帰すというもの。
私は一瞬たりとも見逃すまいとミラとその周囲の様子を注視しながらも、無粋な横槍を危惧して更に後方へと下がった。今のところ、入口に最も近い位置だ。
四大精霊たちがクルスニクの槍の上空へ向かい、巨大な術式を展開する様子も、この位置からならばはっきりと観察できた。
――そして、予想外な人物の影も。
白髪の赤黒ドレス――
「ナディア! まずい――」
「許さない・・・・! うっざいんだよ・・・・!」
直後素早く操作盤に何事かを狂した表情で打ち込んだナディア。
すると今度は、クルスニクの槍の方に変化が現れた。斜め上に突き出た筒の先端に近い部分が上下に開き、コンソール・パネルに砂時計のような筒が現れる。槍本体の先端、砲身のように変形したそれの先に、X状の光が現れて、その瞬間に私の躰にまで変化が訪れた。
「ぐ・・・・! なん、だ? マナが・・・抜けていくだと・・・」
「バカもの! 正気か? お前も、ただでは済まないぞ!」
ミラが信じられないといった様子でナディアを糾すように問いかける。
反してナディアは、やはり聞く耳すら持たず、それどころか一番槍に近い為か早くに力を失ってその場に倒れふしてしまった。それでも尚「死んじゃえー!」と叫んでいた辺りが、なんというかこう、ナディアらしい。
微笑ましい・・・・なんて馬鹿、言っていられる状況ではない。この槍とやらは、あろうことか対象を逃がすまいと拘束までやってきやがった! 見れば、四大の精霊たちまでもが、その縄に掛かってしまっている。
この、頭上からぐんぐんと、容赦も欠けらなく吸引してくるこの感覚。非常に気持ち悪いし苦しい。何とかせねばならんとも思い、先程からトランクの使い魔でも出そうかと考えているが、これは精霊術でできたマナの塊であるわけだし、せっかくの不死性も型無しであるため却下。
つまり、打つ手が残念なほどに無い。
取り敢えず、この部屋から出さえすれば範囲外に出られるかなと少しずつ後退して行ってはいる。範囲外が有ればこちらでも何か策が講じられるというものだが、さて。
「すこし、予定と、変わったが・・・・些かも問題は・・・ない!」
「ミラ、あの光る筒、のような・・・もの。それが、起動する際に現れた。カギである・・・可能性が高い!」
「分かった!」
ミラは渾身の力を振り絞るようにして、足を引きずって筒まで近づく。
徐々に手を伸ばし、近づけ・・・とうとう掴むことに成功した。
すると、突然四大精霊たちの躰から光が発され、まるでミラの身代わりになるかの如く、槍の砲身へと吸い込まれて消えた。
膨大なマナを吸い込んだ御陰でオーバーロードでも引き起こしたのか、槍はマナの奔流を御することができずに周囲に余波をばら撒いた。
それに煽られる形で、ジュードの立っていた、私のちょうど目の前の足場が崩れていく。ジュードと、余波でその近くまで吹き飛ばされたミラが、落下してしまった。
最後に見せたジュードの決意のこもった表情から、なにか考えかあってのダイブだったのだろう。こちらが心配する必要はあるまい。
「さて・・・・」
ひとまず、ポーチの中にしまっておいたパイングミとレモングミのふたつを口に含む。噛んだ拍子に、二種類の風味が口内に広がり、気力と体力共に回復した感覚を得る。そして・・・・
――私は先端を鋭く尖らせた氷を纏ったステッキを後方へと突き出した。
瞬間、金属がかち合った音がしてステッキの位置が若干ずれる。受け流されたらしい。
「あっぶね」
「何用だ?」
「おいおい。ちょっと待てって! 別に俺は、お前さんをどうこうする気なんかさらさらない。寧ろ、手を貸してやりたいって思っているんだぜ?」
声からして男で間違いはないだろう。真後ろの気配は決して弱くはないが、危険なものではないと判断し、私はステッキを自分の下へと引き寄せながら振り返った。その際に氷を解いておくことも忘れない。
「ふう。話を聞いてくれる気になった?」
「一応。ま、聞くだけならタダだからね」
見れば、随分な優男だった。
万人にどうかと見せれば、大半から良い評価が返ってくること間違いない容姿である。
腕の方も十分によろしいようで、先程の私の攻撃を片手に持ったあの大剣で躱したのであれば、それも自然と伺えた。
「ふむ。君も私と同じく、ここへ侵入していたクチか?」
「お、よく分かったな。ご明察だぜ。いやぁ、まあ、結局のところ無駄足に近かったけどな」
「なるほど、ご苦労なことだったな」
――嘘だな。
まず、そんな馬鹿でかい得物を引っさげて彷徨いて衛兵に見つからないわけがない。そして、戦闘の痕跡らしき傷などが武器の刀身や彼の服に見受けられない。
(もうひとつだけ、気になることがあるが・・・)
どういうわけか、この男はクルスニクの槍の近くに身を潜めていたのにも関わらず、私やミラとジュードのように疲労を感じている様子が全くないことだ。
気配は後ろの扉のすぐ向こうから感じられたので、間違いなくマナ吸収の効果範囲内に入っていたはずなのだが。
グミを使ったとしても、これは即効性のあるものではないため、どうしても回復し切るまでに疲労の痕跡が伺えるものだというのに・・・
「ところで、さ。落ちた友達、探してやらなくていいわけ?」
「・・・・あ」
「忘れていましたって顔しているな。・・・こんな辺鄙なところに入ってきて、よくわかんないけど、この如何にもって感じのやつを壊そうとしていたんだ。ワケアリってことだろ?」
「まあ、概ねそうと言えるかな」
「なら・・・おたく、手を借りてみないか? 俺、こう見えて傭兵やっているんだよ。ここを離れるにしろ、どうせ追われることになっちまうわけだ。身を守るための戦力にだって役立てられるぜ?」
「ふむ。そういう事ならば、よろこんでその手を取らせてもらおうかな」
こういう怪しい手合いは、なるべく自分の目が届く範囲内に留めておいたほうが監視しやすいという利点も有る事だしな。
それに、メンバーに一人大人の男性が混じってさえいれば、旅先で舐めて掛かってくる面倒な連中とかの相手をしなくて済むことでもある。そういうわけで――
「エイダという。よろしく頼むよ」
「交渉成立、こちらこそってね。俺のことは、アルヴィンって呼んでくれ」