元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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2話、グレンダンとヘスティア・ファミリア

 槍殻都市グレンダン。

 

 別名、移動都市、空中都市など色々と呼ばれている、まさしく宙に浮いて移動する巨大な島のような光景は近くで見ても、グレンダンから見ても圧巻といえるものである。

 

 そんなグレンダンは一応自給自足もしてはいるが、もっぱらの稼ぎは移動しながらのモンスターの殲滅である。

 

 ダンジョンから離れたモンスターは本能に従い、種族を繁栄させるため子孫を残す。しかし、子孫を残すためには自身の魔石を削って子に与えるため力が衰退していく。長い年月を経てモンスターが体内に宿す魔石の規模は縮小していき、その力は地上に進出したオリジナルの先祖より著しく低い。しかし、例外もあるのだ。どんな方法かは未だ完全に解明されていない魔石の補充や突然変異種、人がモンスター化する等のレベル2や3の人でも対応できないモンスターが現れたとき、グレンダンが意思を持って殲滅しにいく。そして、倒したモンスターの魔石を他の都市に高値で売り、その収入で食糧や燃料等を買う。他にも謎の遺跡に入ったりして宝物を探したり、他の都市にレベル3以上の人を派遣したりして収入を増やしてもいる。

 

 そういう戦い関連で稼ぐ人達をグレンダンでは武芸者と言われている。僕の冒険者になる前の職業でもある。

 

 僕はそんなグレンダンで祖父と一緒に暮らし、孤児院で育てられた。そこで僕は物心ついた時から祖父が読み聞かせてくれた英雄譚が大好きで、怪物を退治し、人々を救い、囚われのお姫様を助け出す、最高に格好良い英雄達のように自分もなりたいとそんな夢を抱いていた。

 

 そしてそんな時、祖父は教えてくれた。

 

 英雄達の物語の中で最大の醍醐味は、可愛い女の子との出会いなのだ、と。

 

 それからは行動が早かった。小さかった僕は英雄になるために、愛読書となった【迷宮神聖譚】、この迷宮都市で業績を残した様々な英雄の物語の舞台へ行く為に、お世話になっていた孤児院を経営しているデルク・サイハーデンさんにお願いして稽古をつけて貰った。そこでサイハーデン刀争術と戦いの基礎を学んだ。

 

 そこからは実戦あるのみとグレンダンから出てモンスターと戦ったり、見たことない遺跡にもぐったりして、勝ったり、死にかけたりとかしたけれど最終的にグレンダンの武芸者達に見つかって、小脇に抱えグレンダンに連れ帰られるということを繰り返し、グレンダンでは【悪戯兎】と呼ばれるようになった。そんな生活を繰り返す内に僕にとあるスキルが発現した。

 

 名前は【憧憬一途】、英雄に憧れ、英雄になりたいと願った幼い僕に発現したスキル。効果は英雄達の事を考えれば考えるほど早熟するという成長スキルだった。

 

 その後はスキルに促されるまま成長し続け、他の道場へと入門し、レベルアップも果たし、気付けば四年でレベル6へと至り、天剣を賭けた試合に勝利して天剣授受者になった。その後も僕は戦い続けた。迷宮にもぐるためと出会いのための準備として……。

 

 際限なく戦い続けて、陛下から要請を受けてグレンダンから遠い場所へと戦いにいったとき、それは起こった。

 

 隻眼の黒い竜がグレンダンを襲ったのだ。グレンダンに居た天剣授受者が全員出ていたはずなのに黒竜を倒すことができず最終的に逃げられてしまった。この時の記録は死傷者がグレンダンの総人口の八分の一を越え、黒竜に吹き飛ばされたのか行方不明者も出た。その行方不明者の中に僕の祖父が入っていた。

 

 グレンダンに戻ってから、復旧を手伝い終わった頃、グレンダン・ファミリアを脱退した。脱退条件は簡単なものでステイタスの封印、レベル1からの再スタートだ。

 

 そして、僕はグレンダンを出てからすぐにオラリオに向かわずに行方不明の祖父を探すために二年の間、放浪した。結局、祖父は見つからずに区切りをつけて、ここオラリオへと来たのだ。

 

 自分の夢を叶えるために……。

 

 今回のことで色々と考えることができた。ステイタスの封印がどれ程厄介かということを身に沁みた。グレンダンと同じような生き方ではダンジョンで生き残ることは難しいと、ただでさえ地上モンスターとダンジョンモンスターの強さは違うのだ。強さを測り間違えれば一瞬で全てを失う。それを失念していた。まだまだ、冒険は始まったばかりなのだ。ゆっくりと焦らず探索して強さを測っていけばいいだろう。それにしても、アイズ・ヴァレンシュタインさんか……あの人を見てると懐かしい気持ちになるなぁ。目的があって、ただただ強くなろうとがむしゃらに頑張っていたあの頃の自分を思い出した。

 

 そんな事を考えながら様々な種族で溢れる大通りを縫うように駆けていく。

 

 メインストリートを出て、細い裏道を通り、いくども角を曲がって、袋小路に辿り着いた。

 

 目の前の建物を仰ぐ。

 

 人気のない路地裏深くに建っているのは、うらぶれた教会だった。

 

 神様を崇めるために築かれたその二階建ての建物は崩れかけ、ところどころ石材が剥がれ落ちた外観からは気が遠くなるような年月と人々の記憶から忘れ去られた哀愁が漂っている。

 

 そんな廃墟のような建物の中に入り、何度も同じ謎解きをするかのように馴れた移動をしながら、そこまで深くない地下へと向かう階段を降りきった先にあるドアを開ける。

 

「神様、帰ってきましたー! ただいまー!」

 

 声を張り上げて、中に入ると、今日も無事に戻ってこられたという気分になる。ここが僕の、僕と神様の二人の拠点なのだ。

 

 ソファーの上に寝転がっていた神様、【ヘスティア】様がばっと起きて立ち上がり、笑みを浮かべながら僕の目の前まで来た。

 

「やぁやぁお帰りー。今日はいつもより早かったね?」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

 

 言葉にしてみると自分としては首を捻りたくなるが、あながち失敗したら死なのだから間違っていないと思う。

 

「おいおい、大丈夫かい? 君に死なれたらボクはかなりショックだよ。柄にもなく悲しんでしまうかもしれない」

 

 神様の小さい両手が活剄ですでに治っている僕の体に触れて、怪我はないか確かめてくる。その気遣いが嬉しくて、懐かしくて、心地よかった。恥ずかしいけど……。

 

「大丈夫です。神様を路頭に迷わせることはしませんから」

「あっ、言ったなー? なら大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しておいてくれよ?」

「なんか変な言い方ですね……」

 

 二人して笑みを洩らし部屋の奥に進んで、本日の成果とか出来事をソファーに座って夕食であるジャガ丸くんを食べながら報告しあった。

 

「……ごめんねぇ、こんなヘッポコな神と契約させちゃって」

 

 ファミリアの勧誘に今日も失敗した神様は僕に向かって謝る。

 

「そんな事はないですよ。行き倒れていた僕を助けてくれたのは神様じゃないですか、ヘッポコなんかじゃありません。素敵な神様です。それに僕はファミリアを一から神様と二人で立ち上げたいと思っていましたし」

 

 最後の言葉はファミリアを持っていない神だったら、どんな神でも良かったんじゃというような台詞だが、偽りはない。最初から僕は既にあるファミリアには入らずに一から立ち上げるつもりでいた。グレンダンで急いで強くなったのなら、オラリオではゆっくりと強くなろうと思っていたからだ。

 

「ベル君、君ってやつは……!」

 

 神様が僕のことを感動しながら見ている。どうも最後の台詞を『僕とヘスティア様の二人で』に置き換わっているようで間違いではないんだけど、何だろう、心が痛む。でも、何だっていいから神様には喜んで貰いたい。

 

 ハーレム云々や後先何も考えずに行き倒れていた僕だけど、神様はこの街に来て孤独で消えそうになっていた僕の手を優しく引っ張ってくれた大切な人だから、この神を助けてあげたい。

 

 それは神様と出会ってから僕の心に深く刻み込まれた、一番最初の自分への約束だ。

 

「ふふっ、君みたいな子に会えてボクは幸せ者だよ。それじゃあ、ボク達の未来のために君のステイタスを更新しようか!」

「はい!」

 

 ソファーから立ち上がり、部屋の奥にあるベッドへ向かう。

 

「じゃあ、いつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」

 

 冒険者用のライトアーマーを外してインナーも脱ぎ、僕は神様に言われたとおりベッドにうつ伏せで体を沈める。すると神様は僕のお尻の辺りに座り込んだ。

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

 

 そう言えば、ミノタウロスの件だけはきちんと話していなかった。

 

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

 口を動かしている間、神様はステイタスの更新の準備をしていた。

 背中へポタリと神様の血が染み込んでいくのがわかる。

 

「ゴブニュへ預けた武器が帰ってきたから試しに下の階層って……君もほとほとダンジョンを甘く見ているよね。あんな物騒な場所に出てくるモンスターも確かめもせず降りていくなんて、しかもミノタウロスの強さを確かめたいからってわざと袋小路に突っ込むなんて死んだらどうするんだい」

「ううっ、あの時はいけるって思ったんですよ」

「結局、コートとその武器をダメにしちゃったと。まぁダンジョンは何が起こるかわからないからね。君の過度な地上の戦闘経験は役には立つけど、相手によって力量を測り間違えて身を滅ぼすこともあるとボクは思うな」

「……ううっ」

 

 神様に厳しい助言によって自己嫌悪で枕に埋没する僕を尻目に、神様は今回、僕が体験した【経験値】を付けたし、僕の能力を向上させていく。

 

「それにアイズ・ヴァレンシュタイン、だっけ? 本来なら9階層に出ないミノタウロスが居た時点で下層から何かから逃げてきたことも考える必要があったんだよ。今回は戦わずに逃げればよかった。ミノタウロスは別にダンジョンのレアモンスターじゃないからね」

 

 確かにそうだ。いずれ、ミノタウロスとも戦える。

 

「でも、良かったじゃないか、ベル君。今回、君の故郷に居た兄弟子がどこのファミリアに所属しているか、わかったし。君はこうして生きているから会いにも行ける」

 

 鞭は終わったのか、優しげに僕を励まし続けてくれる神様に心があったかくなる。

 

「ま、ロキのファミリアに入っている時点で、ヴァレン何某とか君の兄弟子とか簡単には会えないんだけどね」

「……」

 

 遠い目をして言う神様に止めを刺された。

 

「はいっ、終わり! まぁ今回のことは教訓として覚えておいて、明日からどうするか考えてみなよ。挨拶とお礼だけが君の人生の全てじゃないんだからさ」

「……はい」

 

 ステイタス更新が終わり、僕は着替えを行っている最中、神様は準備した用紙に更新したステイタスを書き写していた。僕はステイタスに使われている【神聖文字】なんて読めないから、神様が下界で用いられている共通語に書き換えてステイタスの詳細を教えてくれる。そもそも、背中に書き込まれた文字というのはちょっと見えにくい。

 

「ほら、君の新しいステイタス」

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :I 77→I 82

 耐久:I 13→I 15

 器用:I 93→I 99

 敏捷:H 148→H 175

 魔力:I 0

«魔法»

【】

«スキル»

【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】

 ・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。

 

 今回のステイタスはまぁ、こんなものなのかな?

 

 過去のステイタスがスキルで上がりまくっていたため判断がつかない。そして、スキルがいつも通り一つだけ、神様が言うには同じファミリアの仲間や神様が危険な目にあうと発動するもので、擬似だけどランクアップと同等の効果を得られるらしく、役目が終わると元のレベルに戻る。しかし、自分が危なくなったとしても効果が発動しないので、実質、有望なスキルでもソロでは役に立たないらしい。だからこそ、神様は必死でファミリアに誰か加入してくれないか駆けずりまわっているのかもしれない。

 

 急いで仲間を集める必要なんてないんだけどなぁ。

 

「…………」

 

 神様が何か思いつめた表情で僕を見つめている。ミノタウロスに殺されかけたからだろうか眷属集めを必死になるかもしれない。たった一つのスキルに振り回されて適当な人をファミリアに入れられたくはなかった。

 

「とりあえず、明日からは五階層には降りずに一人で頑張ります。そうだ、ギルドからの帰りに買ってきた焼き菓子があるので、今から食べませんか、神様?」

「それは素敵だね。ベル君、お茶を入れてくれるかい?」

「はーい」

 

 にこっと笑う神様に背を向けてキッチンへ歩む。

 

 そんなベルの様子をヘスティアは静かに溜息をついた。

 

(彼は自分に宿っているスキルがもう一つ増えたことに気付いていないんだね)

 

 多分、それほどまでに眷属守護者の効果が気に入らないのかもしれない。気が置けない仲間に対して使うならまだしも、眷属守護者目的の仲間に対してスキルを何回も発動させられたら彼はモンスターと戦うための道具に成り果ててしまう。それはヘスティアとしても勘弁だった。

 

(……あー、やだやだ。彼にこんな隠し事をすることになるなんて、しかも現在よりも過去がいいかもしれないって思っている彼に対する懸念を考えている自分が堪らなく嫌だ。認めたくないっ)

 

 グシャグシャと頭をかき乱したくなる衝動を抑えて、ヘスティアはベルの背中に刻まれたステイタスのスキル欄を見た。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力 :I 77→I 82

 耐久:I 13→I 15

 器用:I 93→I 99

 敏捷:H 148→H 175

 魔力:I 0

«魔法»

【】

«スキル»

【眷属守護者(ファミリア・ガーディアン)】

 ・所属ファミリアを守ろうとする間、階位昇華する。

 ・外部の精神作用の無効化。

 

【追憶戦線】

 ・早熟する。

 ・前回到達したレベルまで効果持続。

 ・追憶の丈により効果向上。

 

 彼に話していない二つのスキルとその効果、眷属守護者は彼には魅了や誘惑、催眠術などが効かない。そして、それは恋愛にも当てはまる。出会いだ、ハーレムだと言っているが、彼はファミリア以外の異性に惹かれることはない……と思う。それはいいのだが、彼がヘスティアを見限ると話は別だ。眷属守護者の効果は発動すらしない。

 

 そして、今回発動した追憶戦線、過去を思い出せば思い出すほど彼は強くなる。しかし、効果を実感すれば、彼は今よりも過去が良かったと考えているのかもしれない。ホームシックになられたら等の様々な負の思いがヘスティアの胃にずっしりと重くのしかかった。

 

 今、ヘスティアにできる事と言えば、ベルに過去の思い出と比べられ、幻滅されないように精一杯頑張るしかないのだ。

 




 眷属守護者:ベル・クラネルの『今度こそ大切なものを失うことなく守りきるために』という願望から出た出現スキル

 追憶戦線:アイズ・ヴァレンシュタインを自分に重ねたためか、ゴルネオ・ルッケンスの存在を確認したためかはわからないが、過去を懐かしんで出現したと思われるスキル。スキルの内容的にここでは出ていないがベル・クラネルの目的が関わっているのかもしれない

グレンダンではレギオス感を出したいので空中移動都市に、憧憬一途は過去発現したスキルとしてベルが英雄に憧れ、一途に頑張り続けたというものにしました。
オラリオの外では強いモンスターがいないため偉業が限られてとかレベル3以上はいないとかありますが、ここではダンジョンの外に強いモンスターはいるけどグレンダンが刈り取っているためグレンダンにはレベル3以上がいるということにしました。

ちなみにグレンダンの神様はサヤ、団長はアイレイン、陛下=副団長としてアルシェイラ、都市を移動させているのは精霊グレンダンとなっております。

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