元天剣授受者がダンジョンにもぐるのは間違っているだろうか?   作:怠惰暴食

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3話、ダンジョン前の穏やかな日常

「……ん」

 

 ヘスティア・ファミリアの本拠、教会の隠し部屋。

 

 地中に作られているため朝日も鳥の鳴き声も届かないこの場所で、僕はしっかり早朝を認め、起床を定められている時間に目を覚ました。

 

 放浪生活をしていると、どうしても人里に辿りつけずに野宿をすることも結構ある。だから一定の時間に目が覚めるように習慣をつけた。

 

(……五時、ぴったし)

 

 ソファーの上から頭を巡らし、壁に備え付けられている時計を確認する。

 

(ん? 体に何か乗っかっている?)

 

 普通なら気付いて目を覚ましそうなんだけど、シーツ以外の丸いものが僕の上にもたれるようにして乗っかっている。とても軽い。

 

 疑問を感じながらその丸い何かに手を伸ばすと……神様だ。神様が僕の胸に顔を埋めるようにして眠りこけている。びっくりしたけど、すぐに苦笑した。

 

(寝ぼけちゃったのかな?)

 

 寝ぼけていたのなら、寝ている僕が気付くわけがない。珍しいと考えながらも神様の頭を伸ばした手で撫でた。

 

 グレンダンに居た頃、たまに孤児院で眠っていると、体の上に誰かに乗られて眠られていることが多々あり、それについてたまにリーリンに何故か怒られたこともあった。

 

(出よう)

 

 名残惜しいけど、新しい武器を手に入れるために今日は早朝からダンジョンにもぐって稼ごうと思っていたので、神様を起こさないようにソファーから抜け出し、顔を洗ってから身支度をし、朝食に干し芋を齧りながら部屋を出た。

 

 少し肌寒くも感じる朝の空気に息を吐く。

 

 昼間とは趣が異なったメインストリートを一人で歩く。喧騒も人ごみもない大通りはやけに広く感じられ、道の左右に軒を連ねる石造りの商店は、どこも鎧戸をびっしりと閉めていた。

 

 東の空は既に明るく、早朝といっても人影がまばらにあり、それぞれ目的があって行動している。

 

 持参している水筒に入っている水で軽く口の中を湿らせる。

 

(えーと、とりあえず、今日はコボルトとゴブリンをメインに戦って、様子見で一種類か二種類ほど戦ってみようかな)

 

 水筒を鞄に仕舞いこみ、ダンジョンに向けて足を運ぶ……

 

「……!?」

 

 前に、ばっ、と後ろに向かって振り返った。

 

 ……嫌な感じ。この感じは盗賊か何かに値踏みをされた感じに視られていた。でもこの無遠慮過ぎる視線は盗賊関連ではない彼らの視線は値踏みをするが相手に探られないように気配を抑えている、一体誰なんだろう。

 

 ゆっくり周囲を窺い、警戒したまま移動しようとする。

 

「あの……」

「!」

 

 後ろからの声に、すぐさま反転し身構える。周りからみれば大げさ過ぎだと思われただろう。声をかけてきたのは僕と同じ、若葉色のウェイトレスの衣装を身に包んだ薄鈍色の髪と瞳をしたヒューマンの少女だった。

 

 明らかに無害な一般市民……な、なんて真似を!?

 

「ご、ごめんなさいっ! ちょっとびっくりしちゃって……!」

「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって……」

 

 慌てて謝るとあっちも頭を下げてきた。申し訳なさ過ぎる。

 

 さっき周囲を窺っていたときに、カフェテラスで準備をしていた店員さんかな? テーブルを一人で頑張って運んでいた……。

 

「な、何か僕に?」

「あ……はい。これ、落としましたよ」

 

 差し出された手の平に乗っていたのは、紫紺の色をした結晶、【魔石】だった。

 

「え、【魔石】? あ、あれっ?」

 

 首をひねって、いつも魔石を入れる腰巾着を見る。いつも紐はきつく縛ってあるけど、何かの拍子で緩んでしまったんだろうか。昨日の換金の際に、魔石は全部ギルドに渡したんだけど。残っていたのかな?

 

 冒険者じゃない人が魔石なんか持っているはずなんてないし……うん、きっとそうなんだろう。

 

「す、すいません。ありがとうございます」

「いえ、お気になさらないでください」

 

 ほわっとする微笑みが返ってきた。すまなさそうに眉を下げながらも、僕もつられて笑ってしまう。純粋な善意に触れて肩の力はすっかり抜けていた。

 

「こんな朝早くから、ダンジョンへ行かれるんですか?」

「はい、ちょっと長めにもぐろうかなぁなんて」

 

 店員さんは間を繋ぐように話しかけてくれる。この場をどうまとめようかと迷っていたので、正直助かった。あと一言二言交わしてから別れの挨拶を告げよう。

 

 ……なんて、そんなことを思っていた矢先、グゥと僕の腹が情けない声を吐いた。

 

「……」

「……」

 

 きょとんと目を丸くする店員さん。顔を赤くする僕。やっぱり、干し芋一つだけじゃあ、足りなかったか。

 

 すぐに彼女はぷっと笑みを漏らした。痛烈なダメージ、僕はうつむいて頭のてっぺんから煙を出す。

 

「うふふっ、お腹、空いてらっしゃるんですか?」

「……はぃ」

「もしかして、朝食をとられていないとか?」

 

 恥ずかしくて堪らず、僕は店員さんに目を合わせられないまま鞄から干し芋を一つ取り出す。

 

「……それだけ……ですか?」

 

 店員さんの憐れみを含んだ言葉が痛い。彼女は何かを考える素振りをすると、急にぱたぱたと音を立ててその場を離れる。例のカフェテラス……そこを越えて一旦店内へ消え、ほどなくして戻ってきた。

 

 ここを離れた際にはなかったもの、ちんまりとしたバスケットが、その細い腕に抱えられていた。中には小さめのパンとチーズが見える。

 

「これをよかったら……。まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど……」

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれって、貴方の朝ご飯じゃあっ……?」

 

 店員さんはちょっと照れたようにはにかんだ。

 

 ううっ……この人、体の内から可愛さが滲み出るタイプだ。

 

 神様や昨日あったヴァレンシュタインさんみたいに、思わずはっとするような顔立ちではないんだけど……接すれば接するほどその魅力に惹かれていくような。

 

 何ていうか、良い人だと思う。

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」

「ず、ずるいっ……」

 

 そういう言い方をされたら断れるはずがない。その笑顔でそんな殺し文句、卑怯だ。

 

 困り果てながら僕が返答に窮していると、店員さんはちょっとの間、目を瞑る。

 

 次に瞼を開けた時、今度は少し意地悪そうな笑みを浮かべて、僕の目の前に顔をすっと寄せてきた。

 

「冒険者さん、これは利害の一致です。私もちょっと損をしますけど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに……」

「か、代わりに……?」

「……今日の夜、私の働くあの酒場で、晩御飯を召し上がって頂かなければいけません」

「……」

 

 今度は僕が目を丸くする番だった。

 

 ああ、この抜け目のなさはただの良い人ではなさそうだ。

 

 にこっと笑う店員さんを前にして、僕は初対面の人に対する壁みたいなものを完璧に取り払われてしまった。

 

 思わずくしゃっ、と破顔してしまう。

 

「もう……本当にずるいなぁ」

「うふふ、ささっ、もらってください。私の今日のお給金は、高くなること間違いなしなんですから」

 

 遠慮することはありません、と店員さんは言ってくれた。

 

 今日は武器を買うために節約することなんてできっこない。できるだけお金を貯めないといけないかな。

 

「……それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいますっ」

「はい、お待ちしています」

 

 最後まで店員さんは僕のことを笑ってくれた。終始やりこめられた感じなのに、孤児院に居たときのように心地が良い。何だか急に照れくさくなってしまった。

 

 バスケットを片手に持って店員さんに見送られる。

 

 長いメインストリートが続く先、都市の中央部、摩天楼施設が澄んだ朝空を突き上げている。あそこの下に、ダンジョンがある。

 

 白亜の摩天楼を目指し少し歩いて、ふと、思い出したように振り返った。

 

 不思議そうに僕を見つめ返してくる店員さんに向かって言う。

 

「僕、ベル・クラネルって言います。貴方の名前は?」

 

 瞳を僅かに見開いた後、彼女はすぐにぱっと微笑んだ。

 

「シル・フローヴァです。ベルさん」

 

 笑みと名前を、僕等は交し合った。

 

 

 

 場所は変わり、ゴブニュ・ファミリアの本拠、三鎚の鍛冶場でロキ・ファミリアのアイズとティオナはここで武器の整備や注文に来ていた。

 

 アイズはゴブニュに会いに奥の部屋に行き、ティオナはというと気絶した相談相手が起きなければ交渉できないので、三鎚の鍛冶場の中に珍しい物はないかと見ていた。

 

「なんだろ、これ?」

 

 彼女の目に留まったのは巨大な糸巻き機のような機械だ。彼女がそれに手を伸ばすと、気絶していた親方と呼ばれていたゴブニュ・ファミリアの団員が目を覚まし、すぐさま、ティオナに触られないようにその機械を保護する。

 

「何のつもりだ。これはお前が触っていいようなものじゃないぞ!」

「その言い方、酷くない?」

 

 ティオナはむぅと口を尖らすが、親方と呼ばれた団員は耳を貸さず、その機械を他の団員に渡して避難させるように指示をする。

 

「いいか、あれはな。持ち主がいるんだよ。数年経過しても使い手が良かったのか、ほとんど損傷もなく、丁寧に手入れもされていて、作り手冥利につきるってもんだ」

 

 しかし、持ち主がミノタウロスの血を浴びて、涙目で現れたときは何ともいえない気分を味わった。しかも、そのミノタウロスはロキ・ファミリアが取り逃がしたものと噂を耳にした時は持ち主に憐れんだ。それを思い出したのか親方と呼ばれた団員の目に涙が浮かんでいる。

 

「ともかく、あれはお前さんが触って壊していいものじゃないとだけ言っておく」

 

 使い手がほとんどなくあのアンティークと言っていい代物を一から作りなおすことは時間がどれだけかかるか、わかったものではない。そんな物言いが切っ掛けでティオナと口論となったのは言うまでもない。

 




干し芋はなかったかなー

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