臨海咲SS置き場   作:たこっぴ

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高校編七話

 

 

咲「お疲れ様でした」

 

 長い、とても長く感じた対局を終え、咲はそれだけ口にした。

 

智葉「……宮永」

 

咲「先輩、ありがとうございました」

 

智葉「……ああ」

 

 個人戦決勝卓。

 並みいる強豪を下し、たどり着いた四人が凌ぎを削る戦い。

 制したのは、臨海女子所属、辻垣内智葉だった。

 

実況「個人戦、決着ーーーー!」

 

解説「良い試合でした」

 

実況「有数の参加者数を誇る激戦区、最後の試合となりましたが、一騎討ちの様相を呈しましたね」

 

解説「はい。団体戦では辻垣内がオーダーから外れ、一年の宮永が活躍した事もあって予想は荒れましたが、意地をみせてくれました」

 

実況「こうなると全国ではどのようなオーダーがなされるか気になりますが、どうなるんでしょうか」

 

解説「実力でいえば辻垣内でしょう。この試合で見た限り、宮永の一歩上をいっていたように思います」

 

実況「とはいえ、宮永も団体戦で大暴れ、個人戦も二位と健闘しましたね」

 

解説「オーダーの発表が楽しみです」

 

 

 

照「…………」

 

誠子「宮永先輩、どうしたんでしょう」

 

菫「予選がおわって気が抜けてるんだろう。おい淡、菓子を出してやれ」

 

淡「はいテルーお菓子だよー」

 

照「…………」

 

尭深「……」

 

 尭深がお茶を啜る。

 

誠子「食いつきませんね」

 

菫「これは重症だな」

 

淡「どうしちゃったのテルー!」

 

 言い募られども照からの反応はない。

 部長である菫はやれやれとため息をつく。

 

菫「まあ照抜きでもいい。全国出場校の研究をするぞ」

 

淡「面白い学校からやろうよ」

 

菫「お前は……まあいい。強豪からすればいいしな」

 

誠子「強豪というと神代のいる永水や園城寺の千里山ですかね」

 

菫「両校とも勝ち上がっているみたいだ。じゃあその二校か」

 

淡「その二人って大将なの?」

 

 されたくない質問をされて菫は嘆息した。

 

菫「……二人とも先鋒だな」

 

淡「えー! じゃあ私関係ないからパス!」

 

 ふざけるな、と菫は思ったが、他にもみておくべき学校はある。

 苦言を呈すのは後回しにした。

 菫の考えを察した誠子が助言してくれる。

 

誠子「番狂わせの出場を果たした学校……なんてどうですかね」

 

 いい案だ。淡も興味深そうに聞いている。探してみて何校か目星をつけた。

 

菫「奈良の古豪、晩成を下してきた十年ぶりの阿知賀、北海道は初出場……」

 

菫「長野は風越でも龍門渕でもないのか。清澄……こっちも初出場だな」

 

 長野、そう口にしたとき、照が僅かに肩を揺らした。

 次いで口を開く。

 

照「菫……長野の選手リストみせて」

 

菫「いきなりどうした」

 

照「選手リスト」

 

菫「おい」

 

照「リスト」

 

菫「……はあ」

 

 菫は出場選手の書かれた名簿を渡す。

 渡されたそれを読む照は、目を皿のようにしている。

 

照「……いない……違う……」

 

照「ありがとう」

 

菫「何を探してたんだ」

 

照「……言えない」

 

 ごめん、と手短に謝ってくる照に菫は諦めをつけた。

 こう言うときは決まって口を割らない。それなりに長い付き合いでわかっているから、時間の浪費を避けた。

 

淡「長野なんかあるの!? ビデオみようよビデオ!」

 

 「いない」や「違う」といった呟きを聞かなかったらしい淡が関心を示す。

 勘違いだがちょうどいいか。後でこれを種に言う事を聞かせよう。

 淡の提案を聞き入れる形で、長野の映像を見る準備を整えさせる。

 準備はまもなくして整った。

 

実況『大将戦、決着ーーーー!』

 

実況『名門の風越、前年度優勝を果たした龍門渕、初出場の鶴賀を下し、頂点に立ったのは清澄高校だーー!』

 

藤田『これはまさかだな。清澄が優勝するとは思わなかった』

 

実況『二位に対し四万点のリードを抱え大将・原村にバトンを繋いだ清澄ですが、龍門渕の猛追を寸前でかわし切る結果になりました』

 

藤田『もしかするとこれは清澄の作戦勝ちかもしれないな。副将戦までに龍門渕を沈ませ、大将戦を逃げ切るつもりだったように思える』

 

実況『真っ向から戦っていたら厳しかったという事ですか』

 

藤田『十中八九負けていただろうな。原村が衣の支配を受けない体質とはいえ、真正面からやるには火力も何も違いすぎる』

 

藤田『龍門渕の最後の親を流していなければ順位は変わっていた。あれは風越の援護に近かったな』

 

淡「へー」

 

 淡が相づちを打つ。

 気が抜けているのは作戦で勝利を拾ったと言われていたからだろう。

 

『それでは選手にインタビューをしていきましょう』

 

和『咲さん勝ちました! 私、全国にいきます!!』

 

実況『……えー。これは』

 

藤田『宮永咲。インターミドルで活躍していた選手だな。今年高校一年生のはずだが』

 

実況『な、なるほど。その宮永さんに宛てたメッセージなわけですか』

 

和『本当に大変でした。何度も挫けかけましたが、その度に咲さんへの想いをバネに頑張りました』

 

和『チームメイト? ……ええもちろん、チームメイトとの絆も大きかったです』

 

衣『驚天動地。得がたい経験をさせてもらった』

 

衣『本音をいえば正面から衣を打ち破る相手を期待していたが、これもまた勝負。今回は衣の負けだ。認めよう』

 

衣『死に物狂いで点棒を守り切られた……天晴、という他ない』

 

衣『欲をいえば、清澄や風越の大将が絶賛するミヤナガサキとやらに見えたかったな』

 

衣『全国へは観戦にいこう。ノノカ達と共にな!』

 

『以上、中継席でした!』

 

淡「天江コロモ負けちゃったのかー」

 

淡「ねねスミレ、次みよ!」

 

菫「おいおい。まだ決勝以外が……」

 

 そこまで言って、菫は気づく。

 照がプロジェクターの画面を食い入るように見ている事に。

 

菫「ミヤナガサキ……」

 

 ミヤナガ。宮永。まさか、と菫は照の方を振り向く。

 

淡「ミヤナガ? テルーとおんなじ名字だねー」

 

菫「おい照」

 

照「…………」

 

 また黙りだ。菫のため息が再び中空に吐き出される。

 

 だがこの清澄は侮れない。

 レギュラー五人のうち、三人が一年生。先鋒、副将、そして大将。

 来年以降も出てくるなら脅威となる可能性は十分にあり得る。

 菫は清澄に警戒心を抱く。

 

 しかし。

 

実況『東東京予選、決着ーーーー!』

 

実況『圧倒的な強さでした。臨海女子、決勝戦まで先鋒のみ、そして決勝でも先鋒・宮永の稼いだ大量リードから、次鋒で決着ーー!』

 

健夜『相手になってませんね』

 

健夜『恐ろしいのは、来年以降も三年までに収まる選手が先鋒の宮永さんも含め、四人いる事でしょう』

 

健夜『臨海以外の学校には辛い現実となりましたね』

 

実況『臨海の宝刀、留学生選手を決勝に至るまで一人しかみられませんでしたが、そうみてよさそうですね』

 

健夜『はい、全国でもーーーー』

 

 衝撃の光景。

 菫は開いた口が塞がらなかった。

 淡、尭深、誠子もそうだったろう。

 それは、各県のビデオ観戦が佳境に達した頃だった。

 東東京は臨海で決まりだろうと思っていて、現実に臨海だったが、そのオーダーは驚愕すべきものだった。

 

誠子「弘世先輩、これ」

 

菫「ああ……」

 

 ちらりと視線を送られた照は、むっつりと押し黙っている。

 何度かコンタクトを試みたが、結果は空振りに終わる。

 

淡「このサキって子、超イケてんじゃん!」

 

淡「っあー! でもまた先鋒!?」

 

淡「もう先鋒代わってよテルー!」

 

 一人相撲を繰り広げた淡にも無反応を貫く。

 

菫「おい」

 

 再び声をかけた瞬間。照が席を立ち、足早に部室を出ていく。

 露骨な追及の避け方だ。

 菫は、ため息をまた吐き出した。

 

菫「そこまでされると逆に確信を持てるけどな」

 

淡「スミレー結局臨海女子の先鋒はツジガイトって人とどっちが出るの」

 

菫「……ほんと自由でいいな、お前は」

 

誠子「こっちに書いてありますね」

 

菫「照のやつ、見ないでいったか。まあ自力で見つけるか白状するまでは隠しといてやろう」

 

 

 

 もやもやする。

 

 逃げだすように部室を飛びだし、意味もなく階段を駆け降りてきた照は、昇降口で靴を変えながら歯噛みする。

 先ほど虎姫の部員共々知らされた事実。咲が臨海女子で麻雀をしているという現実。

 校門前の並木道を仏頂面で歩きながら、ゆっくりと反芻する。整理できた頃には、やはり少なからず衝撃が尾を引く。

 咲が高校でも麻雀をやっていた。東京で、照と目と鼻の先で。

 母は咲の進学先に関して何も教えてくれなかった。今問い詰めればあっさりと認めるのだろう。照は臍を噛む。

 中学で咲が麻雀を始めたときもそうだった。長野に会いにいこうとして、勇気が出ない私をみて目を細めながら、母は平然としていた。

 

『咲が麻雀を……なんで教えてくれなかったの!?』

 

『訊かれなかったから。最近、話す時間も持てていなかったしね』

 

『でも……』

 

『反対しろというならお門違い。咲は自分の意思で始めた。関与していないわ』

 

『……私がこうやって騒ぐから黙ってたの?』

 

『それは心外。でも中学の三年間だけとは言ってたから照の望み通りになるわ』

 

『姉妹なら、妹がやりたいというなら応援してあげなさいとは言っておくけど』

 

 あのときの会話が思い出される。

 今思い出しても腑に落ちないやりとり。今回もまた蚊帳の外。

 そして中学でやめるという母の言葉に反して、高校でも咲は麻雀を続けている。咲の進学先を頑なに教えない事から薄々察するべきだったのだろうが、やはりショックを受けてしまう。

 咲が東京にいる。あの咲が。

 会いにいくべきか。そして告げた方がいいのか。無理に麻雀をする必要はないのだと。

 しかしインターハイのオーダーは既に変更の期限を過ぎている。

 選出されていれば咲の出場如何が学校の進退に関わる。

 もっと早く知っていたら咲を説得する事もできた。いや、だから今まで知る機会を与えなかったのか。

 照個人としては、それで咲のためになるなら、学校の事情を放ってもいいと考えている。

 だが咲が聞き入れるとは思えない。咲にとって照など親戚のお姉さんと変わらない存在だろう。

 そんな相手に進退に関わる話をされても迷惑だ。もし照が咲の立場なら断る。

 横断歩道の赤信号に立ち止まるのを余儀なくされつつ、雑踏の中でまた意味もなく足踏みする。

 日はまだ高い。

 人込みを避け物陰へと足を向けながら図書館を目指す。

 しかしいってみれば閉館の日で、そこに意識を向ける余裕もなかった自分に地団駄を踏みたくなる。

 仕方なく図書館の前に踵を返し、書店に足を運ぶ。

 静かではないかもしれないが文字を読んで紛らわそうと考えていた。

 だがそこで、思いがけない人物と遭遇する。

 

智葉「奇遇だな」

 

照「……辻垣内」

 

 去年のインターハイで凌ぎを削った強敵。そして、咲のいる臨海女子に在籍する麻雀部員でもある。

 照は静かに息を呑む。緊張を強いられる相手だった。

 

照「久しぶり」

 

智葉「ああ、久しぶり」

 

 間が空く。個人的に因縁浅からぬ相手、それも咲と無関係ではないだろう。

 先ほど他の部員を巻き込んでも、と思っていたところの人間だ。気まずい。

 何を話せばいいのか。迷っていると、智葉から話が振られた。

 

智葉「本当に奇妙な縁だ。この書店の系列店で宮永……妹とも一緒になった事がある」

 

照「っ、咲が……姉と言ったの?」

 

 その言葉が照に与えた衝撃は小さくない。内心の嬉しさを隠しつつ、努めて無感情に話す。智葉は「ああ」と頷き「他言はしないという約束だが」と加えた。

 

智葉「一応、当人だ。それに……そうも言っていられなくなった」

 

照「どういう事?」

 

智葉「……咲の事だ」

 

 雲行きがあやしい。

 

 照はもう一度「どういう事」と尋ねる。通りすがる客の様子を窺いながら、智葉が厳しい面持ちで返す。

 

智葉「先に聞いておきたい事がある」

 

智葉「それに明確な返事をしないなら話さない」

 

 その言葉に最初、言い知れない不快さが胸をつく。また蚊帳の外に置かれそうな不安がかま首をもたげたからだ。

 その感情を抑え込む。今は関係ない。教える気のない母のときとは違う。

 

智葉「詳しい事情はわからないが……咲の話を聞く限り、お前たちは……昔はともかく今は疎遠なんだろう」

 

智葉「それでも咲のために動けるのか。咲を思い慕う気持ちがあるのか」

 

 それが知りたい、と智葉の表情に真剣味が増す。

 

照「それはできるし、ある」

 

 はず、と加えかけて口をつぐむ。

 なぜそんな言葉を言いかけたのか。

 続く智葉の指摘に思い当たる節があった。

 

智葉「ならどうして妹はいないなんて言った」

 

照「それは……」

 

 中学で麻雀をやめると聞いていた咲に自分が姉という事で余計なプレッシャーを与えたくなかったから。遠い長野にいる咲を見守るのはできないし、託せるような人にも心当たりがなかったから。

 言葉にして頭に並べてみれば何だか言い訳じみていて。苦し紛れに「咲は中学で麻雀をやめると聞いていたから」とだけ伝えると、

 

智葉「中学で……」

 

 いまいちぴんときていない、智葉はそんな様子で思案げに押し黙った。

 照としても話す気はない。

 これ以上は家族の事情だ。踏み込まれたくない。

 

照「だから……高校でも麻雀をしている事に驚いている」

 

智葉「まるで麻雀をやめてほしいみたいじゃないか」

 

照「咲は競技麻雀に向いていない。……やらせるのは酷」

 

 智葉が非難の視線を向けてくる。随分と勝手な言い分だとは思う。しかしこの件に関して照は麻雀を捨てる覚悟があった。

 それほどに咲を麻雀に関わらせる事に懸念を抱いている。

 

 長い沈黙が落ちる。先に均衡を破ったのは智葉だった。

 

智葉「…………お前は……」

 

智葉「咲の才能が……恐ろしかったんじゃないか?」

 

 照自身、何度も考えてきた事だ。だからその問いに対する答えは決まっていた。

 

照「子どもの頃、咲の才能が末恐ろしいと思った事はある」

 

 手の届かない場所にいってしまうのではないかという不安。

 嫉妬ではなく、咲が心の底から麻雀に打ち込めば、咲がいなくなってしまう、そんな漠然とした恐れが渦を巻くのだ。

 

照「だけど、自分の感情に怯えて咲が傷つくのを見過ごすより……私は咲の平穏を選ぶ」

 

 人が生きていればどうしたって傷つかないで過ごすのは無理だ。

 でも悲しみを減らしてあげる事はできるはず。

 照はその思いを支えに今日まで過ごしてきた。

 だから。

 

智葉「なら傍にいてやらないとだめだろう……」

 

 智葉のその言葉は、深く胸に突き刺さった。

 

智葉「……私の口からは教えない」

 

 智葉の足が動く。まるで話は終わったとばかりに。嫌な予感がした。追いすがるように慌てて名前を呼ぶ。

 

照「辻垣内……」

 

智葉「知りたければ自分で確かめに来い」

 

 待って、と言いすがる前に智葉は立ち去った。後に残された照に残ったのは、言い様のないもどかしさと逼迫する不安だった。

 

 

 

 

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