臨海咲SS置き場   作:タコピー

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高校編十三話

 

 まどろみの中で記憶がおぼろげに映し出される。

 今はもう懐かしく、けれど未だ心を締めつけるありし日の残照。

 蓋をしてしまった思いで。

 

「もう一度よ。咲、もう一度」

 

 幼く、まだ咲が九九も暗唱できなかった頃、母は口癖のようにそう口にした。

 教育熱心だったのだろう。

 物心がついてすぐ様々な習い事を勧められ、姉の照と同様、多くの時間を費やしていた。

 そこらの教育ママの方針とやや毛色が違ったのは、バレエやスケートといった一芸で勝負する世界ではなく、茶道華道といった教養として通用するものに徹底していた事。

 だから咲は、周囲の大人たちは、夢にも思わなかった。

 タレント性のみではなく、プロとして暮らしていくのに必ず相応しい実力がなくてはならない麻雀に打ち込ませるとは。

 

「あなた達には才能がある。凡人が及びもつかないほどの」

 

 その一言で姉妹の教育方針は一変した。今まで熟してきた習い事など忘れろとばかりにすっぱりとやめさせ、母が抱える大勢の部下はあたふたしていたが。まさに鶴の一声で、仰々しい名前のつく茶道華道の家元とのあいだに生じた問題も切って捨てる。

 その際に被ったらしい少なくない損失、それを歯牙にもかけず、強行した母に疑問を呈す者もいたようだが、幼い咲には察しかねる話だった。

 

 とまれ、才能を見いだされ麻雀の腕を磨く幼少時代を姉ともども過ごす事になった。

 しかし母の意向といえど、麻雀は好むところであったので、姉妹はむしろ望んで打ち込んだ。

 プロ雀士のような講師を雇わず、内実は終始『家族麻雀』であったのは資金や人脈に糸目をつけない母にして奇妙ではあったが、咲がそのへんの機微を理解するにはまだ幼く、勧められるまま『家族麻雀』に没頭した。

 

「もう一度よ。咲、もう一度」

 

 それが母の口癖だった。

 

「そうね……真剣さが足りない。お年玉を賭けましょう」

 

 姉妹ははた目にも素晴らしい麻雀の才を有し『家族麻雀』でたゆまず努力を積み重ねたが、どうしても実力が伸び悩んでしまう時期があった。

 そんなとき母が提案したのは、子どもの貴重なお小遣い源であるお年玉を賭けるというものだった。

 姉妹はささやかな反発こそしたが、有無を言わせぬ母の語り口と、少なくとも負けなければ減りもしない、という説明で渋々受け入れた。

 

 そして姉妹はめきめきと腕を上げていく。中でも咲の成長は目覚ましく、姉の一歩上をいっていた。

 

照「咲っ、もう一回! もう一回勝負して!」

 

 負けん気の強い姉はその事実に屈せず、姉妹の勝負は白熱した。しかし咲は勝ちに頓着しない。実力の優劣にもこだわりがない咲にとって姉の情熱は少しばかり重く、辟易としてしまう事もあった。

 ただ結局のところ、大好きな姉と卓を囲める。それだけで咲は楽しかった。咲は、咲なりに麻雀を楽しんだ。姉も、姉なりに楽しんでいたろう。二人は仲睦まじい姉妹だった。

 

 詰まるところ何も問題はなかった。あの日までは。

 

咲「うわあっ! すごいっ、きれいだよおねえちゃんっ!」

 

照「高いから気をつけて。落ちたら危ない」

 

 その日。咲は、小高い山々が連なる、山頂からの景色が一望できる場所に来ていた。

 そこから見渡す景色は壮観。

 心の奥底まで訴えてくるプリミティブな情動に刺激された咲は、喜色に溢れた声でしきりに感嘆した。

 

照「……綺麗だね。ずっとこうしていたい」

 

咲「今日は麻雀の練習はおやすみだっていってたよ」

 

 手ごろな場所に座り、地べたの感触を確かめる。天候の影響もなく快適な座り心地だったのでこれ幸いと座り込む。

 

照「咲……おいで」

 

 手招きする姉に促されるまま姉の膝の上にちょこんと乗る。

 姉妹の体格にあまり差はない。妹の気遣いに姉はふっと笑みを零して返す。

 そこからの記憶は曖昧だ。不鮮明な映像が、切れ切れに脳裏をよぎる。

 

 そしてーーーー

 

咲「リンシャンカイホー? 何それ」

 

照「麻雀の役の名前だよ。『山の上で花が咲く』って意味なんだ」

 

咲「咲く? おんなじだ! あたしの名前と!」

 

照「そうだね、咲」

 

照「森林限界を超えた高い山の上、そこに花が咲くこともある」

 

照「咲。おまえもその花のように、強くーー」

 

 今と昔を繋ぐ言葉。姉の言う通りの強さを手に入れようと思った。

 狂おしく咲き乱れる桜に人が心奪われるように、私もまたそんな花であろう。

 咲き誇る花のイメージ。嶺山開花。

 それはーーーー

 

咲「カンっ!」

 

咲「ツモ……リンシャンカイホー!」

 

 家族の仲を裂く引き金となった。

 

「咲、あなたその打ち方、どこで覚えたの?」

 

「やめなさい……その打ち方は」

 

「あなたにはもっと相応しい打ち方がある。誰もたどり着けない、考えもつかない、神に愛されたものがなせる闘牌。あなたにはそれができる」

 

「才能を示すものは、すべからくそれを磨く義務が生じる。腐らせてはならない」

 

「……一見華々しく見えるそれは、あなたの才能を曇らせる……」

 

「だから、そんな打ち方はやめてしまいなさい」

 

「そう……それは照から教わったの」

 

「大丈夫。怒ったりしない。咲のためを思ってしたことだもの」

 

「姉はいつだって妹を想っているもの」

 

「……あなたは、その打ち方さえやめればいい」

 

 暗転。

 

智葉「宮永、上がったか」

 

咲「はい先輩、……みていたんですか?」

 

 合宿所の練習ルーム、その一室。広々とした部屋の壁に背を預けていた智葉が、対局を切り上げた咲に声をかけてくる。

 

智葉「様子を見ておきたかったんでな。調子はどうだ?」

 

咲「……正直、エンジンがかかりすぎて……力を制御しきれてない感じです」

 

咲「見苦しいところをお見せしました」

 

智葉「気にするな。それより……何かあったのか」

 

 尋ねるというより確認する風に話す智葉にぎくりとした。

 

咲「鋭い……ですね」

 

智葉「そんな事はいい。話せるのなら聞いておく」

 

咲「……強い人と戦ったんです。その影響で」

 

智葉「そうか……稀にある事だな」

 

智葉「相手は?」

 

咲「えっと……それは」

 

 衣の屋敷に出向いて対局した事は伏せたい。はやりとの関係も露呈するかもしれないから。

 今さっき対局したばかりの部員も居合わせている。

 どうしよう……答えないとまずいかな。

 言い淀んでしまう。しかし智葉から追及はなかった。

 

咲「……その……」

 

智葉「いや、いい。忘れてくれ」

 

 「無理はするな」とだけ釘を刺し、智葉は踵を返す。

 

智葉「ネット麻雀の用意をさせておいた。慣らしに使えそうなら使え」

 

咲「わ、わかりました」

 

 どきりとした。どこまで見抜いてたんだろう。咲は若干焦りつつ、返答する。

 既に智葉は入り口の方に歩いている途中で、そのまま別れるかと思われたが、ふいに頭だけ振り返って告げる。

 

智葉「夜、時間を空けておけ。団体戦のメンバーも含んでミーティングがある」

 

 全国に出場する内輪での話だろうか。智葉も個人戦を一位で通過している。咲はそれに頷いて返した。

 

咲「ネット麻雀か……ちょっと苦手なんだよね」

 

 伝言すると智葉は今度こそ退室し、咲は備えつけのPCに向かい、準備されていたネット麻雀に取りかかる。

 

咲「えいっ。……これ? ………………」

 

咲「こ、これなら…………このっ、…………」

 

咲「あ…………負けちゃった」

 

明華「そうみたいですね」

 

咲「わっ!」

 

 身がすくむ。意識の外からかかった声。後ろから明華が覗き込んできていた。

 

咲「みょ、明華さん……」

 

明華「驚かせてしまいましたね。ふふ、ごめんなさい」

 

咲「……むう、からかってますね」

 

 悪びれない笑みでしとやかに振る舞う明華に、じっとりとした目つきで抗議する。

 なのに当の彼女はますます相好を崩した。

 

明華「いつもネリーがいますから。私だって、たまにはコミュニケーションを図りたいんですよ」

 

咲「……その言い方はずるいですよぅ……」

 

明華「まあまあ。ネット麻雀の方はよろしいんですか?」

 

咲「うーん、やっぱり現実に打とうかと……」

 

明華「ネットの世界は能力が通じにくいですね。大分と苦戦したようで」

 

明華「ところで……それはチャットが来ているのではないですか?」

 

咲「え?」

 

 指摘されて視線を移す。敗北を示す表示画面の端、チャットコマンドが点滅している。

 たどたどしい操作でウィンドウを開くと、簡素なページにメッセージが記されていた。

 

『あなたは宮永咲さんですか?』

 

咲「あれ……」

 

 なんでわかったんだろう。目をしばたたかせる傍ら、明華が厳しい表情を浮かべた。

 

明華「咲さん……本名でしてたんですか?」

 

咲「え? はい、名前を入力してくださいとあったので……」

 

明華「そういうときはハンドルネームを使うものですよ。ネットでは大体そうです」

 

明華「まあ、そうそう本名だとはばれないと思いますが……って待って、待ってください」

 

咲「はい?」

 

明華「何してるんですか」

 

咲「宮永咲かと訊かれたので『はい。そうです』と……」

 

明華「何してるんですかっ!」

 

 素早くマウスが取り上げられる。きょとんとした。

 

『咲さん、本当に咲さんなんですか?』

 

『まさか……いやでもこの感じ……』

 

明華「しかもネット麻雀では有名なプレイヤーではないですか……いえ、まるでわからないプレイヤーも、それはそれで不安ですが」

 

『咲さん? 返事をしてください』

 

明華「……困りましたね」

 

『私は宮永咲じゃありません。さっきのは冗談です』

 

『……あなた、さっきまで打っていた人と違いますね。代わってください』

 

明華「は?」

 

『いやいや。同じ人ですよ』

 

『ジョークジョーク。フレンチジョーク』

 

『そこをどきなさい。次はありません』

 

咲「ど、どうしたんですか……」

 

明華「…………」

 

明華「……咲さん、私の言う通りにキーボードを打ってみてもらえますか?」

 

咲「え……は、はい……構いませんけど」

 

 明華の指示に従って人差し指でキーボードを叩く。

 

咲「えーっと……『おかしな事を言いますね』……っと」

 

『咲さん!? 咲さんなんですか!?』

 

咲「え?」

 

明華「は?」

 

『いや……ちょっと違いますね。咲さんの言葉じゃないような……』

 

『邪魔をしないでくださいっ!!』

 

咲「ひいっ……」

 

明華「この人は……いったい……」

 

『咲さん? 咲さんっ、返事をしてください!』

 

『くっ、さっきから邪魔してるのはどこの誰ですかっ! この女狐! 泥棒猫っ!』

 

明華「…………」

 

咲「……ひいぃ……なんなの……」

 

明華「咲さん、PCの電源を落としましょう」

 

明華「あとそのネト麻のアカウントも消します」

 

咲「わ、わかりました……」

 

明華「これは注意を怠った私の責任ですね……すみません、咲さん」

 

咲「よくわからないですけど……明華さんのせいじゃないです……」

 

明華「いえ、アレをただの人間と侮った私が悪いです。正直日本をなめていました」

 

咲「え……ええっと……?」

 

明華「咲さんのようなか弱い女性をお守りするのがフランスの誇

り。騎士の誓い」

 

明華「あのような怪物に狙われているとは……咲さん、大丈夫です」

 

 ふわりと明華の身体がかぶさる。優しい抱擁に照れくさい気持ちになった。

 

咲「あの……ちょっと恥ずかしいです……」

 

 困ったような笑みとともに、明華の身体が離れていく。

 自分の顔が赤くなっているのがわかる。

 頬に手をやる。熱い。

 

明華「日本の方は奥ゆかしいですね。照れなくてもいいのに」

 

 柔らかく笑ってそう言う明華に苦笑を零し、咲はーーーー。

 

 それらを追体験する意識は、恐いのか恥ずかしいのか、それとも最初に覚えたもの悲しさか。

 いろんな感情があふれて、ない交ぜになっていくのを感じながら、咲の意識は浮上していった。

 

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