臨海咲SS置き場   作:タコピー

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高校編十五話

 

 

 夕暮れ時。閑散とした部室で咲は牌を掃除していた。

 

 卓の端に牌を並べる。濡れたタオルで裏側を全面軽くふいて、すぐさま、乾いたタオルでしっかりとふく。

 

 部室に他の人はいない。窓から射し込む茜色の夕陽を浴びながら、咲は黙々と作業した。

 

 そこに来訪者が現れる。

 

智葉「……宮永、何をしている?」

 

 固い声が飛ぶ。入ってきた入り口の扉に手をかけたまま、智葉が言葉を発していた。対する咲は、平然としている。

 

咲「何って、洗牌に決まってるじゃないですか」

 

 「みてわからないんですか」と言いたげな目つきで智葉に視線だけ寄越す咲。挑戦的な態度で、目上への敬意が感じられなかった。

 

 その間も、咲の手は止まらず作業を続けている。まるで智葉の来訪など気にかけていないと言外に主張するようだった。

 

 一方で、ドアノブから手を外し咲を見つめる智葉の瞳は鋭かった。

 

智葉「私の記憶が確かなら、牌の掃除は一年全員に指示したんだがな。他はどうした?」

 

咲「帰らせました。邪魔だったので」

 

智葉「邪魔?」

 

咲「喋りながらだらだらと作業したり、やった作業も雑だし」

 

咲「あと遠回しに嫌みを言ってきたりしたので。反応しないとうるさいし」

 

咲「私一人でやった方がましかなって」

 

咲「だから言ったんです。私が責任持って全部やるって」

 

智葉「なるほどな……」

 

 咲の説明に智葉は口を開けて唖然とした。同時に、咲を含む一年の部員たちに憤りを感じていた。智葉の指示は「一年全員でやれ」というものであって、一人に任せるものではない。

 

 何か灸を据えてやらないとなと考えながら、智葉は部室をぐるりと見渡し、現状に嘆息した。

 

 この部室にいくつ卓があると思っているのか。十は軽く超えている。終わるまでやったら夜になってしまう。

 

智葉「ずいぶんと安請け合いしたものだ。下校時刻もある。今日中に終わるはずないだろう」

 

咲「そうでもないですよ。帰らせる前に終わってた卓も、まあ雑だけどあるし、私牌の掃除は得意ですから」

 

 反論しながら、背中部分をふいた牌を立てる。牌のケースで卓の端に揃え、頭部をふく。そして牌を横に寝かせーー。

 

 智葉は作業の様子を観察する。確かに掃除する手並みは鮮やかだった。みた限り、動きは機敏で、丁寧さも損なわれていない。

 

 これならもしかすると終わるのではないか。そう思わせるほど咲は手慣れていた。智葉の気持ちは一応納得に達する。

 

智葉「間に合うかもしれないが、様子はみさせてもらう」

 

咲「まあ……それくらいはしょうがないか。いいですよ、みてて」

 

 いちいち癪に障る言い回しをするやつだ。手近にあった椅子に腰かけて、卓をひとつ挟み対面する形で様子を見守った。

 

 それからどれくらい時間が経っただろうか。重苦しい沈黙に包まれた部室で同じような光景が繰り返され続ける。

 

 途中、手伝う事も頭をよぎったが、勝手な行動をする一年に甘い顔をするのもためらわれ、結局は観察に留まっていた。

 

 ただ話がしてみたくなって口を開いた。

 

智葉「中学でも牌の掃除をしていたのか?」

 

 作業する咲の目が向く。依然作業は続け、露骨に面倒くさそうな色を宿している。

 

咲「一年の頃は勿論してましたよ。当たり前です」

 

智葉「三年のときは?」

 

咲「三年って私部長してたんですよ。やると思います?」

 

 確かに、やる事はあっても頻繁にはあり得ないだろう。三年で部長ともなれば、やる事は幾らでもある。無名の弱小校ならともかく、咲のいたような、真剣に全中を目指す中学がそうとは思えない。

 

智葉「いや、久々にしてはブランクを感じさせないからな。少し気になっただけだ」

 

咲「……」

 

 数秒の間。押し黙った咲の手が止まる。

 

 手を止めたのは智葉のみる限り初めてだ。少し驚きながら気になって様子をみていると、

 

咲「……してました。やりたかったので」

 

 咲がぽつりと漏らしてすぐ作業に戻った。

 

智葉「へえ珍しいな」

 

咲「そうですか?」

 

智葉「ああ」

 

 うなずく。本心だ。

 

 智葉とてやるべき事なら洗牌だろうと文句など口にせず取り組むが、別に好きでする訳ではない。

 

 その点、好んでするというなら智葉にはわからない感情だ。

 

咲「変わっていますか」

 

 咲がつぶやいた。

 

咲「私、こういう作業が楽しいです。麻雀を打つよりこうしている方が好きかもしれません」

 

 今度は手を止めなかった。

 

 淡白な声。興味なさそうに乾いた表情。けれどその瞳だけは、ほんの少し哀しみを帯びて揺れている。

 

 よくみなければわからない変化。本人も自覚していないかもしれない、些細な違い。

 

 目の当たりにしている智葉ですら気のせいかと思うが、あえて聞き出す気にはなれない。

 

 ただ。

 

 こうしている方が好きかもしれない。その言葉に嘘はない気がした。

 

 椅子から立ち上がり、入り口である扉に歩いていく。

 

咲「帰るんですか?」

 

 答えず扉を開き、廊下に出る。この対局室を始め、幾つかの部屋に繋がった廊下。

 

 そこの棚に用意していた掃除道具、濡れタオルと乾いたタオルを一枚ずつ手にとって。

 

 対局室に戻る。

 

智葉「こっちの卓で最後だな」

 

 咲が作業する卓ではないもうひとつ、唯一手つかずの卓の前に立つ。

 

 咲をみる。意味がわからないといった顔をしていた。

 

咲「な、何を」

 

智葉「最終下校時刻。時間切れだ」

 

 一人でやるならな、とつけ加える。

 

咲「……辻垣内さんに手伝わせたら余計嫌みを言われます」

 

智葉「残念だったな。一人でやりきれなかった、お前の計算ミスだ」

 

 そう告げてやると咲が悔しそうな表情を浮かべる。

 

 まんまとやり込めた智葉は鼻で笑ってやった。

 

 

 

 大会を運営する、壮年に差し掛かろうかという男性のスタッフが壇上に登り、細々とした説明を述べている。

 

 抽選会の熱気は収まりつつあった。戦いを前にし厳かさを醸しつつある会場の中で、臨海の生徒が位置する一角は静かながら、一抹のぎこちなさが漂う。

 

智葉「おい、しゃんとしろ。いつまで放心してるんだ」

 

 気遣わしげな智葉の声がネリーに向けられる。時と場所の都合があり、音量を潜めた最低限の声だったが、耳に入っているのかいないのか、ネリーはさしたる反応をみせない。

 

 明華と咲が姿を消して以来、こうして肩を落ち込ませるネリーだが、事の仔細がわからず、智葉は頭を悩ませる。

 

 こういうとき、近しい存在であるという事は癌になる。

 

 勝利を目指す以上、メンバーの私的な事情に振り回されるのは、チームにとって毒にしかならないからだ。

 

 チームにとって、大切なのは人の和。

 

 そして、個々人の実力も当然大きい。

 

 優勝を狙うにあたって臨海女子の分析をすれば、実力の面はクリアしている。非常に高い水準にあると言えるだろう。

 

 しかし一方で、和が乱れる要因を回避できているか、と言われたらその面は危うい。

 

 以前は問題なかった。

 

 臨海女子は、メンバーの一人を除いて留学生、それも雑誌編集者などに傭兵と表される存在で大半が占められている。

 

 傭兵は不必要な干渉はしない。彼らは勝つべくして雇われたのであって、仲を深めたり、メンバーに影響を与えるのが目的ではないからだ。

 

 だから、傭兵とその周囲の関係は、一見仲良く見えたとしてもビジネスライクなものに終始していた。

 

 咲がその態度を大きく変え、チームに馴染むようになるまでは。

 

ネリー「うん……わかった」

 

 俯いたまま小さな声を返すネリー。聞こえていたらしい。随分と間が空いたが、受け答えただけましか。

 

智葉「ネリー。……その、だな」

 

 掛ける言葉に悩む。ネリーと咲の事情を智葉はよく知らない。なら、どうすべきか。

 

智葉「咲の事を知りたいか?」

 

 束の間の逡巡を挟み、核心から切り出す。

 

ネリー「……え?」

 

智葉「お前に一つ雑用を与える」

 

ネリー「雑用ってそれとなんの関係があるの?」

 

智葉「話は後だ。今は抽選会に集中しろ、直に終わる」 

 

 壇上では抽選会の締めくくりにかかる運営スタッフが形式に則った閉会の辞を述べている。今、長々と話し込むのは得策ではない。智葉は壇上に視線を移し、そう締めくくった。

 

 

 

 閉会を迎えた抽選会場の混雑は人込みで出口が見えないほどだった。思ったように動く事が儘ならない。

 

 出口の傍で待っていないとならない智葉たちは他の人が粗方掃けてから行動に移す事にした。といっても、全員が咲たちを待つ必要はなく、残るのは団体戦のメンバーと智葉だけだ。

 

ネリー「ねえサトハ、さっきの話どういうこと?」

 

 智葉以外の日本人の部員が会場を後にした頃、見計らったようにネリーが疑問を投げる。ハオやダヴァンは静観していた。

 

智葉「ああ、それはーー」

 

 智葉は説明する。

 

 各校が団体の一回戦を終えた後、つまり四日後の夜、智葉にある仕事が任せられていた。

 

 それは出資者との座談会。

 

 日本人選手の運用に関して、意見や話し合いの場が持たれる。今年から苦肉の選択で彼らをチームに組み込む事になった臨海が、避けては通れない道。大事な会合だ。

 

 そんな概要をざっくばらんに伝えてやると、ネリーは渋い顔をした。

 

ネリー「えっと……それネリーと関係ないんじゃないの」

 

智葉「参加する出資者の中に宮永という女性がいる。そう聞いてもか?」

 

ネリー「っ!」

 

 ネリーの顔色が瞬く間に変わる。ここまでは問題ない。予想した反応が得られた事に満足しながら、智葉は話を続ける。

 

ネリー「……ミヤナガ?」

 

智葉「この春から加わったスポンサーだ。

新参にも拘わらず、既にスポンサーの中でもまとめ役を務める大物。大口中の大口といっていい」

 

ネリー「そんなのどうでもいいよ! サキと関係あるの?」

 

 説明を一言で切って捨てる。抽選会も終わり、人目を憚る必要があまりなくなったネリーは、声を抑える事もなく気炎を上げていた。

 

智葉「落ちつけ。どうでもいい事はないだろう」

 

ネリー「それは……まあそうだけど」

 

智葉「それと関係だが……わからん」

 

ネリー「は?」

 

 ぽかんとするネリー。目も丸くなっている。

 

 見守っていたハオとダヴァンも呆気にとられたようだった。

 

 座っていた席から立ち上がり、智葉は出口に向かって歩き始める。この後時間を空けて開会式もあるため、あまりもたもたする余裕はない。

 

 どたどたとネリーがついてきた。ハオやダヴァンも慌てた様子で続く。

 

ネリー「ちょっとサトハ!」

 

智葉「知らないんだからしょうがないだろ。実際に行って確かめろ」

 

ネリー「ええ……」

 

智葉「まあ、行く行かないは自由だ。早めに決めてくれ」

 

 話を切り上げて前をみる。粗方人の掃けた抽選会場は、思ったより歩きやすくなっていた。

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