臨海咲SS置き場   作:タコピー

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高校編二十話

 

 その日、ネリーは朝一番にアパートの隣室を訪問した。日曜日。諸事情で部活は昼からとなっていたが、ネリーは朝早くから行動を開始していた。

 

 しかし。かといって咲も朝早くから動くとは限らない。ぶっきらぼうですげない咲の事だから、無視される可能性だってある。

 

 だが、ネリーには秘策があった。

 

ネリー「サーキー! あーそーぼっ!」

 

咲「あ、朝っぱらからおかしな呼び方しないでください! 私まで誤解されますっ!」

 

 ふざけた、もとい遊び心に満ちたネリーの呼びかけの甲斐あって、瞬く間に玄関から咲が姿をあらわした。

 

ネリー「あー敬語! 敬語は禁止禁止! 禁止だよ!」

 

咲「あっ……えっと。そうだったね」

 

 入部の翌日に約束(?)したというのに嘆かわしい。ネリーは即座に指摘した。咲も直ぐ様悔い改めたようだ。満足したネリーは薄い胸を張った。

 

咲「……じゃなくてっ! ああいう近所迷惑な事はやめて。困るの」

 

ネリー「あーそういやそんな話何度かしたね」

 

 アハハ、と乾いた笑いを零す。

 

咲「それで……何の用?」

 

 虫の居どころが悪い。そう言いたげな咲に「うん!」と答える。

 

 何と伝えようか。やはり、こういう時は直球に限るのではないか。心中で結論づけて。ネリーは直球でぶつかった。

 

ネリー「咲のとこで朝ごはんごちそうになろうかなって!」

 

咲「帰ってください」

 

 即答だった。凍えるような目つきだった。

 

ネリー「そんなこと言わないでー冷蔵庫に何も食べもの入ってないんだようー」

 

咲「そんなの知ら……知りません。自分で何とかしてください」

 

 とりつくしまもない。

 

 しかしやはりネリーには秘策があった。

 

ネリー「サキ……この前ネリーを看病してくれたよね」

 

咲「あっ、あれは……あまりにひどい状況だったから仕方なく手を貸したんだよ」

 

咲「あと部屋もちらかってて、ごみ袋も溜まってるし、ご飯も薬も明らかにちゃんととってないし!」

 

咲「学校に斡旋されたアパートの、隣部屋の、しかも同じ麻雀部の子が救急車で運ばれなんてしたら、私にも迷惑なんだから!」

 

 咲は顔を真っ赤にしてそう言い切ったあと、息も絶え絶えに肩を上下させる。

 

 そこまでの反応をされるとは思わなかったが、ネリーはこれ幸いと自分の話を持ち出した。

 

ネリー「あのときはありがとね! ほんとに助かったよ!」

 

ネリー「嬉しかった……日本で、ネリーの体調を心配してくれる人なんて、それこそネリーに麻雀の活躍を求める人くらいだったから」

 

ネリー「ほんとに……ほんとに嬉しかったんだよ!」

 

 混じり気のない感謝を告げると、ちょっぴり咲が驚いた顔をする。呆気にとられて、戸惑っている感じ。

 

咲「そんなの……知らない」

 

咲「気まぐれに世話してあげようと思っただけ……勘違いしないで」

 

 言葉から逃れるように顔を逸らす。

 

 居心地悪そうな咲の頬はほんのりと赤く染まっていて。それが素直になれない猫のようで、微笑ましい。淡白で冷えきっていたネリーの心に、ぽっと灯りをともす。

 

ネリー「そうそう、おかゆとか冷蔵庫にあるもので色々つくってくれたよね」

 

ネリー「それで……冷蔵庫の中、空っぽなんだよね」

 

咲「……あっ」

 

 咲がはっとして手を口に当てる。話した通り、部屋の冷蔵庫は空っぽで、咲もそれを把握しているはずだった。

 

ネリー「だから……お願い! ちゃんとお金払うから!」

 

咲「お金あるなら外で食べたら……」

 

ネリー「サキは病み上がりに栄養の偏った食事しろっていうの?」

 

 実際には○○食堂に代表される栄養面も考慮する外食店もあったが、あえて言わないでおく。

 

咲「……ううっ」

 

ネリー「ねっ、おねがい!」

 

咲「わかったよ……じゃあ上がって」

 

 「やったー」と喜び勇みながら咲の部屋に上がり込む。

 

ネリー「あっ、脱ぎかけの服と下着発見!」

 

咲「うわああっ! 待って! 入るの待って!」

 

 ネリーの胸はいつになく弾んだ。

 

 

ネリー「ごちそうさまーっ!」

 

 丸テーブルの上に置かれた空の皿。そこにあったものを残さず平らげてネリーは日本式の作法で食事を締めた。

 

咲「口に合ったならよかったんだけど……大丈夫だった?」

 

ネリー「大満足だったよ! これイングリッシュ・ブレックファストってやつだよね!」

 

 今は空になった大皿には様々な料理が盛られていた。

 

 目玉焼き、ソーセージ、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、ハッシュドポテト、トマト、ベーコン、そしてトースト。

 

 どれも素朴なものだが、咲の腕もあってか、非常に美味しく仕上がっていた。

 

ネリー「看病の食事でも思ったけど、サキって料理うますぎじゃない?」

 

 調理風景から眺めていたが、料理人志望かと疑うほど鮮やかな手並み、そして繊細な味つけ。

 

 ネリーも多少の期待はしていたが、健常な状態で口にする咲の料理は、冗談抜きで食べるたび舌鼓を打つものだった。予想を遥かに越えている。

 

咲「あ、えっと……子供の頃にちょっとね。大きくなってからも家事をする機会多かったし」

 

ネリー「へー」

 

 咲の言い回しに少し違和感を覚えたが、すぐに気にならなくなった。それよりも咲自身の事が気になったから。

 

ネリー「サキってさ、好きな男の子とかいるの?」

 

咲「へ?」

 

 咲が硬直した。鳶色の瞳が面白いくらい丸くなって、ネリーは思わずぷっと吹き出す。

 

咲「な、なんなの」

 

ネリー「いや料理できて、麻雀できて、可愛くて。ネリーが男なら即結婚申し込みだよ」

 

咲「え、ええっ」

 

 咲の顔が沸騰したように赤くなる。面白い。弄り甲斐があるのも好評価だ。

 

咲「私……男の人にもてないよ」

 

ネリー「なんで?」

 

咲「告白された事ないし、デートにも誘われないし……」

 

 話していくうちに段々元気がなくなっていく。

 

咲「中学のとき、あだ名魔王だったし……」

 

 そう呟いた瞬間、効果音が出そうなくらい肩を落とす。本気で傷ついているようだった。

 

ネリー「ぷっ、っくく、ぶはっ! 魔王! 魔王って呼ばれてたの!」

 

咲「わ、笑わないでよ! 本気で気にしてるんだから!」

 

ネリー「いいじゃん、魔王。そこらの男じゃ手に負えない高嶺の花ってことでしょ?」

 

 本心からそう思った。咲が麻雀をする時に見せる冷俐な一面や、周囲に撒き散らされる威圧感をもってそういっているのなら、

 

 それは、十把一絡の男には魅力を感じるだけの度量もないという事。咲と同じ土俵に立てる、ネリーのような才ある人間には寧ろ魅力的に映る事さえあるというのに。

 

 そんな気持ちを余さず伝えてみると、咲はぽかんと口を開けて唖然とした。

 

咲「ネリーちゃんは変わってるね……」

 

ネリー「ネリーが変わってるんじゃなくて、サキのみてきた男がへっぽこなだけ!」

 

 実際、咲のように威圧を飛ばす人間は何度もみてきた。雀士に限った話ではなく、スポンサーの中にもそういった人間はいた。

 

 そして、そんな人間の殆どは何かの道で成功し、一目置かれる存在だった。

 

ネリー「ふふん、そのうちサキにもわかるよ。ネリーのいってる事が」

 

咲「……」

 

ネリー「うん? どうしたの?」

 

 急に黙りこくった咲に首をかしげ、疑問を呈す。

 

咲「ううん……前に同じように言われた事があったから……ちょっとびっくりしちゃった」

 

ネリー「へー。それはきっと大物だね!」

 

咲「あはは……ネリーちゃんが言うかなそれ」

 

ネリー「それってどんな人なの?」

 

咲「それは……」

 

 言い淀んだ咲の言葉を待つ。しかし、咲の口からそれが語られる事はなかった。

 

咲「……忘れちゃった」

 

ネリー「えー」

 

 せっかく咲の事が知られると思ったのに。心の中で残念がる自分がいる事にネリーは気づきつつあった。

 

 会話が消化不良に打ち切られたあと、咲はネリーが食べた食器を洗いにいった。

 

 もやもやする。咲ともっと話したかった。

 

咲「ネリーちゃん」

 

ネリー「なに?」

 

 この時、あわよくば部活の時間まで一緒にいられるのではないかと期待していた。

 

 しかし、そんな淡い期待はあっさりと裏切られる。

 

咲「麻雀のことで研究があるから今日は帰ってもらっていいかな?」

 

ネリー「え……」

 

 衝撃。そして落胆。

 

 咲の提案は一緒にいる事を拒むものだった。

 

ネリー「そ、そっか。部活には出るの?」

 

咲「うん。だからまた部活でね」

 

 少しだけほっとする。もう顔も合わせたくないとかそういう流れじゃない。

 

 そんな訳ないとは思いつつも、ネリーはもぞもぞと胸に嫌な感覚を覚える。

 

 咲の顔を見上げる。特に感情の浮かばない表情。

 

 ふと、気づく。

 

ネリー「サキ、なんか顔赤くない?」

 

咲「またからかってるの? はいはい、またあとでね」

 

 それとなく促され部屋をあとにする。

 

 やはり、嫌な胸騒ぎがした。

 

 

 

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