臨海咲SS置き場   作:タコピー

24 / 36
高校編二十一話

 

 

ネリー「ねえねえ、サキはもうきてる?」

 

 正午を過ぎた昼下がり。部室に顔を出したネリーに答えたのは、カップ麺を啜るダヴァンだった。

 

ダヴァン「サキデスカ? サキなら対局室にいマスヨ」

 

 ネリーは胸を撫で下ろす。

 

ネリー「そっか。ならいいけど」

 

 どうしたのかと訊いてくるダヴァンを適当にあしらう。徒に時間を費やしたくなかった。

 

 留学生との会話は実になる事も往々にしてあるが。

 

 時に、己の弱みを露呈させてしまう事もある。

 

 チームだろうと関係ない。油断すれば喰い殺される世界。

 

 日本で安穏と麻雀をする連中には浮世離れした話だろうが、それがネリーの生きてきた現実だった。

 

ネリー「……ねえ、メグ」

 

ダヴァン「ング。どうしたんデスカ?」

 

ネリー「サキのことどう思う?」

 

ダヴァン「ン……」

 

 しかし、そんな話題を振ったのはどういった心境からだったか。

 

 ダヴァンは口内で咀嚼したカップ麺を嚥下すると、

 

ダヴァン「べらぼうに麻雀強いデス」

 

 簡潔に答えた。

 

ネリー「そんなのみればわかるよ」

 

 麻雀が強い。それは、咲と相対した雀士の多くが感じるだろう。

 

 卓越したセンス。それを裏打ちする純粋な技術。両方を兼ね備える咲は、高校一年生にして世界ジュニアに通用する域に達している。

 

 息を落としながら落胆したように返すネリー。しかし、続く意見に相づちを打った。

 

ダヴァン「ノーノー。私が一番見てるのは、潜在能力といいマスカ……その成長性デス」

 

ネリー「成長性……たしかにね」

 

 成長性。そう、成長だ。

 

 咲が入部してきた時、ネリーは今ほどの評価を咲に下さなかった。

 

 入部した当日。留学生たちと卓を囲み、監督の指示で咲を抑え込むように各人が動いてはいたが、ネリーたち留学生は連携をとらなかった。

 

 各人が交互に牽制にかかり、波状攻撃じみたものを咲に仕掛けてはいたものの、それは一斉攻撃ではなかった。

 

 それでもネリーたち世界ジュニアレベルの選手相手に一進一退の攻防を演じ、わずかに一人沈む程度に済ませた咲を警戒しなかった訳ではない。

 

 しかし。

 

ダヴァン「尋常じゃない速度でサキは成長してマス。今となっては……私が奥の手を出しても、いや」

 

ネリー「サトハすら喰いかねないかもね。ほんと、シャレにならないよ」

 

 そう。入部当日は留学生たちが奥の手は出さず、恐らくは咲は全力を出してあの結果だった。

 

 だが今は、留学生たちが奥の手を出さない、その前提を覆しても勝負の行方はわからない。そんな状況になりつつある。

 

ネリー「ネリーたちと打ってることがそれだけサキの成長を促してる?」

 

ダヴァン「……強い打ち手と打つコトは大きな経験になりマス」

 

 「デスガ」ダヴァンが言葉を継ぐ。

 

ダヴァン「それだけとも思えナイ。ナニカがある……そんな気がシマス」

 

 それきりダヴァンは閉口した。ネリーも答えを得た訳ではないが、何となくこの件に関してこれ以上議論を重ねても無駄な気がした。

 

 この辺りが潮時か。すっかり長くなってしまった話を打ち切ろうかと思った時、ふとダヴァンがつぶやいた。

 

ダヴァン「サキは……時々寂しそうに麻雀を打ちマスね」

 

ネリー「え?」

 

 ネリーの胸がひとつ脈を打った。

 

ダヴァン「思いマセンカ? 気のせいでショウカ」

 

ネリー「うーん……そうかな」

 

 否定的に答えたものの、何か胸に引っかかる。そんな感触があった。

 

『ツモ。嶺上開花』

 

 ーー勝ったとき。

 

『……私が一位ですね。ありがとうございました』

 

 ーー他の三人を打ち負かし、一位になったとき。

 

 麻雀を打つ最中、凛々しく見える横顔が翳りを帯びる。

 

 いつしかネリーは目を閉じていた。左右に首を振るう。瞼の裏に浮かぶ光景を振り払った。

 

ダヴァン「ネリー?」

 

 呼びかける声を無視して部室の奥へと進んでいく。そこは咲がいる対局室とは別の方向。

 

 わからない。どうして意識してしまうのか。こんなにも。

 

 弱った時に看病してもらっただけ。それだけで、どうして。

 

 ーーチャリ。

 

 ポケットに入れたものがスカートの中で擦れ合って、軽妙な金属音を立てた。

 

 

 

 

 

 日が暮れ、夜のとばりが落ちようとする時分、次々と帰っていく部員を尻目に鞄を持ち上げる。

 

 寄り道をするつもりはない。さっさと帰ろう。

 

明華「今帰るところですか?」

 

 そう思っていたところに話しかけられる。

 

ネリー「そうだよ」

 

 努めて親しげに言う。

 

 正直煩わしい。態度にこそ出さないが、明華のように笑顔の裏で何を考えているかわからない、そんな相手と話すのは苦手だった。

 

明華「よければ忘れ物を届けてくれませんか?」

 

ネリー「忘れもの?」

 

 みれば明華は肩から二つ鞄を提げている。誰のものだろう。

 

明華「咲さんのものです」

 

ネリー「え?」

 

明華「確かアパートで隣部屋でしたよね?」

 

ネリー「ああ……うん」

 

 歯切れ悪く返す。なんだろう。大した手間じゃないし、即答で引き受けたっていいはずだ。

 

 なのに。どうして気が乗らないんだろう。

 

明華「咲さんの対応が気になりますか?」

 

ネリー「……対応?」

 

 明華が思案げに眉を寄せる。

 

明華「いえ気のせいかもしれませんけど……最近になってネリーにきつく当たっている気がして」

 

 え、と声が漏れる。

 

 困惑し何も言えずにいると。明華は眉を寄せたまま、話を続けた。

 

明華「最初は親しげにしていたと思うんですけど。咲さんが刺々しくなっているというか」

 

明華「言い方は悪いですが智葉に対するそれに近くなったような……」

 

 考える。明華の言葉は憶測だ。けれど、いざ振り返ってみると無視できない符合がある。

 

咲『それで……何の用?』

 

咲『そんなの……知らない』

 

 誰に対しても最初からよそよそしい感じではあったが、こんなに拒絶するような空気を前面に出していたか。

 

咲『あの……私こういうの慣れてないから、あんまり……』

 

咲『ネリーちゃんが学校にいくときとか、麻雀部の部室にいくときとか、できたら一緒にいてほしいの』

 

 はっとする。そういえば……付き添いを頼まれる事が最近めっきりなくなっていた。

 

 わずかな間の事だったから気にとめなかったし、別の人に頼んだんだと軽く受け止めていたけれど。

 

 考えてみれば、これは明確なサインだったのではないか。

 

 瞬く間に焦燥が募る。

 

ネリー「ミョンファそれ貸して!」

 

明華「えっ」

 

 ひったくるように明華から鞄を掴みとると、ネリーは猛然と家路を急ぐ。

 

 部室を飛びだし、校門を抜け、通学路を疾走して。

 

 学校にほど近いアパートに到着し、エレベーターを待ちきれず階段を駆け上っていく。

 

 三階。一直線の通路に等間隔に配置された扉、見慣れつつある自室の扉、今はその手前に。

 

 インターホンを鳴らすのを忘れ、うっかりノブに手をかけてーー開く。鍵がかかっていない!

 

 一瞬の迷い。瞬時に決断して扉を開く。その先には、

 

ネリー「サキっ!?」

 

 フローリングに倒れ伏した咲の姿。すかさず飛び込む。

 

 倒れ伏す咲に駆け寄ろうとして、ネリーは玄関の段差に足をひっかけた。

 

「うわああっ」倒れ込むと同時に二つの鞄が手からすっぽ抜ける。ぎっしり詰まっていたからだろう、咲の鞄の中身が滑り落ち、散乱していく。

 

 倒れ込む刹那、見えたその中身は大量の紙束ーー牌譜だった。

 

ネリー「サ、キ……っ」

 

 玄関口の傍で倒れる咲の元に慌ててにじり寄り、額に手を当てる。高温。猛烈な熱が伝わってくる。

 

咲「あ……っ」

 

 意識はあったらしい。呻き声を上げた咲は駆けつけたネリーに目もくれず、震える手を伸ばすと、

 

咲「あ……った、……姉……ちゃんのはい、ふ……っ」

 

 青息吐息で散乱した牌譜を掴もうとする。その姿にネリーはかちんときた。

 

ネリー「バカァァァァっ!!」

 

 大喝。あまりに自身を省みない言動にネリーは感情を爆発させる。

 

咲「う、……あ……っ」

 

 大音声を間近で叩きつけられた咲がふらつく。しまった。酩酊した咲を抱きとめ、素早く辺りを見回す。

 

 まずはソファーまで運ぼう。

 

 体格に差のある相手。咲が華奢とはいえ、ネリーには一先ずそれが精一杯だ。

 

 できるだけ引きずらないように咲を運ぶと、寝室から掛け布団をひっぱりだしてきてかける。咲の手にある鞄から出てきた牌譜は取り上げて、リビング中央の丸テーブルに置いた。

 

咲「う、あ……うう……っ」

 

ネリー「サキ……」

 

 横になった咲が熱に浮かされて呻くのを目に、ネリーは力なく呼びかける。

 

 どうみても風邪だ。そして、原因はやっぱりーー。

 

ネリー『サキ、なんか顔赤くない?』

 

咲『またからかってるの? はいはい、またあとでね』

 

ネリー「看病して……自分が風邪になるなんて」

 

ネリー「バカっ、サキの間抜け……!」

 

 埒のない事をぼやきつつ、どうするか考える。まずは風邪薬。常備薬を探すより、買ってきた方が早いだろう。後は……。

 

ネリー「病人食なんてつくれないよ……」

 

 コンビニかどこかでレトルト食品。それくらいしか思いつかない。

 

ネリー「よしっ……」

 

 頭の中で必要なものを整理し、すっくと立ち上がる。

 

ネリー「……サキ。いってくるからね」

 

 聞こえているとも思えなかったが、何となく一声かけて部屋をあとにする。

 

 ふと。背後から視線にさらされたような感覚に陥る。気のせいだろう。ネリーはアパートの部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。