臨海咲SS置き場   作:タコピー

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高校編二十三話※冒頭台本部分抜け直しました

 

 

チュンチュン…

 

 

ネリー「……」

 

パチッ

 

ネリー「ん、朝か……」

 

ネリー「準備しなきゃ」

 

 

 

 

 

 

ネリー「おはよー」

 

ダヴァン「オハヨウございマス」

 

ハオ「おはよう」

 

明華「おはようございます」

 

ネリー「あれ」

 

キョロキョロ

 

ネリー「サキは?」

 

スタスタ…

 

智葉「来たかネリー。おはよう」

 

ネリー「サトハ」

 

智葉「ああ……咲だろ?」

 

ネリー「うん」

 

智葉「咲ならいない」

 

ネリー「え?」

 

智葉「朝早くに咲の縁者の人から連絡があってな。別口で会場入りするそうだ」

 

ネリー「そんな……縁者の人って」

 

智葉「……咲の母親の部下にあたる人らしい」

 

ネリー「っ! サキの、お母さんの……」

 

智葉「……大丈夫か? 昨日の事で相当堪えているだろ」

 

ネリー「……」

 

明華「あの……」

 

智葉「うん?」

 

明華「どうかしたんですか? ネリーも元気がないようですけど」

 

智葉「昨日一悶着あってな。咲の母親と会ったんだ」

 

明華「っ、咲さんのお母さんですか」

 

ダヴァン「そういえバ、あのとき明華はいなかったんデシタね」

 

ハオ「咲と一緒にいたからね」

 

アレクサンドラ「さて皆準備はいい? そろそろ出発するわよ」

 

 

 

 

 

 

衣「ついたーっ」

 

透華「あまり遠くまでいかないでくださいね」

 

純「今日は観戦か」

 

一「清澄の人たちと合流しなきゃね」

 

智紀「確かあっちの方で……」

 

 

 

久「あら。あれは」

 

まこ「おでましじゃのう」

 

衣「ノノカーっ」

 

和「わっ、危ないですよ」

 

優希「相変わらずのどちゃんにべったりだじぇ」

 

クラスメイト「アハハ……」

 

京太郎「ぐっ、羨ましいぜ」

 

透華「ハギヨシ。案内は頼みますわよ」

 

ハギヨシ「はっ」

 

 

 

 

 

 

えり「三尋木プロ」

 

スタスタ…クルッ

 

咏「ん?」

 

えり「あの、今日はよろしくお願いします」

 

咏「あ、うん。よろしくー」ヒラヒラ

 

えり「若輩者ですが精一杯頑張っていきますので」

 

咏「あっはは、もっと気楽でいいんじゃね? しらんけど」

 

えり「……ところで今日はシード校の初試合ですけど」

 

咏「白糸台、臨海、千里山、永水。錚々たる顔ぶれだねぇ」

 

えり「三尋木プロはどのシード校に一番注目していますか?」

 

咏「シード校限定? 難しい質問だ」ヒラヒラ

 

咏「わっかんねー。やっぱ白糸台じゃね? チャンピオンは別格でしょ」

 

えり「宮永選手ですか……」

 

えり「確かに門外漢の私でも彼女は一線を画しているのを感じさせます」

 

咏「アハハ、宮永選手、だともう一人と区別つかないよ」

 

えり「もう一人?」

 

咏「臨海にもいるんだよ。宮永咲っていうらしいね。しらんけど」

 

えり「宮永咲さんですか。チャンピオンとは何かご関係が?」

 

咏「さあ?」

 

えり「さあって……」

 

咏「わっかんないんだよねー」

 

咏「マスコミも気になってるらしいよ。でも何も出てこないって話」

 

えり「なるほど……まあ名字が被るくらいよくある事かもしれませんね」

 

スタッフ「すみませーん。そろそろスタンバイお願いしまーす」

 

えり「あっ、はい! わかりました!」

 

咏「……」

 

咏「今日は何か妙な気配がびんびんするんだよねー。何だろうね」ヒラヒラ

 

 

 

 

 

 

衣「ついた! ここが観戦室か」

 

和「さすがに控え室とは感じが違いますね」

 

優希「今日はどこの観戦をするんだ?」

 

まこ「第一試合になるんかのう。臨海女子、新道寺女子、苅安賀、栢山学院の試合じゃ」

 

優希「おお! 臨海突破!」

 

まこ「突破はいらん」

 

優希「臨海突破といえばのどちゃんとクラちゃんの友達がいるとこだじぇ」

 

まこ「突破はいらんて……まあ、だから観戦しようって話になったんじゃけえ」

 

優希「おーい、のどちゃんクラちゃん! 説明求む!」

 

クラスメイト「和は天江さんの相手で忙しいから私が……何の説明?」

 

優希「臨海突破の友達って確か強いんだじぇ?」

 

クラスメイト「……そうだね。咲ちゃんは強いよ」

 

京太郎「臨海って学校自体も強豪なんですよね。シード校だし」

 

まこ「まあ強豪中の強豪っちゅう話じゃ。世界中から麻雀の強い学生を集めとるらしいからのう」

 

優希「これは強敵だな! 目をタコにして観察しとくじぇ!」

 

クラスメイト「それ皿じゃない……?」

 

京太郎「あっ、そろそろ始まるみたいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

智葉「……もうすぐか」

 

アレクサンドラ「時間ね。貴女たちにとってはそう難しい相手ではないけど、新道寺には警戒して」

 

他一同『はい』

 

ダヴァン「気が引き締まりマスね……」ズルズル

 

ハオ「それで締まってるの?」

 

明華「咲さんが先陣ですね」

 

ネリー「……サキ、いってらっしゃい!」

 

咲「うん……じゃいってきます」ぺこ…

 

スタスタ…

 

智葉「……元気がないな」

 

明華「はい。体調が悪いといった感じではないですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

対局室前 廊下

 

咲「……」

 

スタスタ

 

咲「今日が、終わったら……」

 

咲「……」

 

ゴソゴソ…

 

 

ゴォォォォオオッ

 

 

スタスタ

 

 

 

バタンーーーー

 

 

 

 

 

 

 その日、初めて使われる対局室は静かな熱気に満ちていた。

 

 ひしひしと伝わる緊張感。スポットライトに照らされた雀卓には、唇を固く結ぶ少女が三人座っていた。そこに、四人目があらわれる。

 

咲「ーーーー」

 

 あらわれた少女は嫣然と笑う。凛とした立ち姿。最後の一人となった引け目はなく、唯一の一年生という気負いもないようだった。

 

 苅安賀の先鋒を務める少女が、彼女を視界に入れてつぶやく。

 

苅安賀先鋒「やっと揃ったか」

 

咲「ごめんね、またせちゃった?」

 

煌「いえいえ。試合が始まるまでまだ時間はありますし、気にしていませんよ」

 

 栢山学院の先鋒も同意を示してか会釈する。苅安賀の先鋒もまた、怒気をあらわすような事はなかった。しかし一方で。

 

他三人『……』

 

 三人の視線が咲という少女に集中する。咲は裸足だった。各々疑問や当惑の色を浮かべている。手には一足の外靴、確かに握られているのに、彼女はなぜか素足でその場に立っていたのだ。

 

咲「よろしくー」

 

煌「ええ。こちらこそよろしくお願いします」

 

栢山「……よろしく」

 

苅安賀「……どうも」

 

 咲が席につく。試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

東一局 ドラ⑤p

 

 最初にテンパイを入れたのは親番の苅安賀だった。八巡目に、三色崩れのドラ表示牌のカン4p待ち。

 

苅安賀(先制で、親番……この場一のドラ表示牌待ちでも、手牌にドラ1もあるんだ。ここは攻める!)

 

 ガラリー。苅安賀は精神的に優位を得る。

 

苅安賀(臨海と新道寺の相手なんて散々だ……けどやるしかない。何としても二回戦に進んでやる)

 

 圧倒的な下馬評がある。それは、大勢が臨海と新道寺の勝ち抜けを確実視するといったもの。だが、負けるとみられているからといって、自分でも負けると決めつけたくなどない。

 

 そして。この局面において精神的に優位に立った。状況の面でも優位に立ったかに思われた。

 

 だが、テンパイしていたのは一人ではなかった。同巡、栢山学院も平和ドラ1の25s待ちで聴牌を入れ、ダマテンを選択していた。

 

咲「ツモ。リーチのみ」

 

 さらに十四巡目。緊迫した空気が走る中、後から仕掛けた臨海が和了する。30符2飜。安手で出鼻を挫かれた苅安賀は渋い顔をした。

 

東二局 ドラ4s

 

 親が栢山へと移り次局に流れる。先制したのは、またも苅安賀。

 

苅安賀(ドラ切りで平和高め一盃口テンパイになったところを見逃して九m打ったが……ツイてるな。次巡でヘッドの一mを暗刻にドラ単騎でテンパイ復活だ)

 

 十二巡目の事だった。遅い巡目だが他三人はリーチしておらず、実際この時点でテンパイにこぎ着けたのは苅安賀のみ。

 

 十三巡目、新道寺もドラを切れば平和高めタンヤオの①④p待ちテンパイになるが、①は既に河切れ、今さっきツモで入ったドラを残しテンパイを諦める。

 

 さらに十四巡目。栢山がリーチ。タンヤオ・ピンフ⑤⑧p待ちでテンパイのチャンスを得た。

 

苅安賀(くっ。出てこないか。私の山に残っていてくれよ……!)

 

 残り四巡。再び緊迫した空気が卓を包む。苅安賀は河からドラを拾うのを半ば諦め、自身のツモ牌に望みを託した。栢山の顔にもツモ切りする度冷や汗が伝う。

 

咲「おっかけ、リーチっ!」

 

 しかし十五巡目。元気な声が上がる。まるではしゃぐような様子だ。

 

苅安賀(やけに陽気なやつだな。映像だと確か……いや、それよりも、こいつは嶺上開花でアガる事が多いんだったな。暗カン以外は警戒しなくていいか)

 

 どこか嫌な予感を覚えながら、苅安賀は3sを切る。しかしそれが当たり牌だった。

 

咲「ふふん、ロンっ!」

 

 裏は乗らず子の跳ね満12000。

 

 晒された手牌をみてみれば、何と。栢山の待ち牌、最後の⑤⑧pを暗刻にして三暗刻ドラドラ、タンヤオの36s待ちでのテンパイ。この事実は苅安賀を動揺させた。

 

苅安賀(何だこいつ……他家の待ち牌をほとんど止めてる)

 

 偶然だろう。そう思いながらも、苅安賀の表情は苦い色を浮かべる。事情はどうあれ、一万二千点もとられたのだ。次局での挽回の気持ちも強まる。

 

 その時。

 

苅安賀(っーー!? 何だ今の……臨海のやつか?)

 

 一瞬、ぞっとする。臨海の少女から視線が送られていたのに遅ればせながら気づく。

 

苅安賀(私を狙いでもしてるのか……くそっ、普通新道寺を狙うだろ)

 

 狙われている確証はない。確証はないが、にじみ出す不安を苅安賀は自覚せざるを得なかった。

 

東三局 ドラ④p

 

苅安賀(良い流れで手が入ってくる……! もうテンパイしたぞ。否が応にも期待してしまうな、これならいけるんじゃないか)

 

 五巡でテンパイ。勿論、苅安賀の先制だった。期待が膨らむ。

 

二三四六七七八⑥⑧567東東

 

 手牌はこう。カンチャンカン⑦p待ち。これでさくさく決められるなら別に良いと思うが、リーチのみは打点効率が悪い。色々選択の余地がありそうだ。

 

苅安賀(東が自風だからシャンポン変化……⑤p引いての高めドラのリャンメンリーチもいい。イーシャンテン戻しからマンズ良形テンパイを狙うのも……いやいや、8s引いて三色同順確定狙うのも魅力だな。どうするか)

 

 親は新道寺。苅安賀はしばらく悩んだのち、

 

苅安賀(ええい……こっちで勝負だ!)

 

 打七m。テンパイ取りダマからの変化待ちだった。

 

 リーチが入ったのは十三巡目。苅安賀が手変わりなくツモ切りを続ける間に、手が伸びてきたらしい臨海からリーチの宣言。

 

苅安賀(ま、まずい……けど二巡で手が二手変化したぞ! 高め567s、安めドラの④⑦p待ちでテンパイだ!)

 

 気分が高揚してくる。④pと5sは残念ながら河で切れてしまっているが、それでも待ちは三種。特に67sは手牌の一つ以外河には見えない。期待値は十分だった。

 

 十五巡目。

 

咲「あれ、索子の6引いちゃった」

 

 臨海が漏らした言葉に苅安賀は思わずガッツポーズしそうになった。

 

苅安賀(よ、よしっ……! 臨海はリーチしてる! これならーー)

 

咲「じゃ、わたしのアガりだね。ツモ。三暗刻、発」

 

苅安賀(は、はあっ!?)

 

 苅安賀は耳を疑った。そして、倒された臨海の手牌をみてみると、

 

一一二三四666777発発発

 

苅安賀(ば、馬鹿な……)

 

 67sの暗刻。これでは、苅安賀の待ちは⑦p単騎のようなものだ。ふざけた話だった。

 

 また、まただ。また待ちが潰された。妙だ。何かがおかしい。

 

苅安賀(どうなってんだよ……大体こいつ、全然カンしないじゃないか。カンして有効牌をツモって嶺上でアガる。そういうスタイルじゃなかったのか……?)

 

 都予選とは全く違う打ち筋。こんなふざけた話があるのか。あれだけ予選の敵を圧倒して勝ち抜いたスタイル。あれが、すべて全国の場のための隠れ蓑だったというのか。

 

咲「……あー」

 

 ふと、臨海の少女がつぶやくように声を漏らす。

 

咲「うん、大体わかった。ここらへんでいいかな」

 

苅安賀(何がだ……?)

 

 目を向ければ新道寺や栢山もきょとんとしている。苅安賀同様、意図するところがわからないのだろう。本当に訳のわからないやつだった。

 

 点数の表示された電子ボードを見やる。

 

臨海122000

苅安賀84000

新道寺95500

栢山96500

 

苅安賀(くっそ……断ラスかよ。まだ、諦めるような段階じゃないけど)

 

苅安賀(……さっきの臨海のツモ。シュンツがアンコだったら四暗刻だった……そう考えたらマシなのか?)

 

 ポジティブに、悲観的にならないよう考える。気持ちが折れたらおしまいだ。そう思っての事。

 

 しかし次の局、苅安賀含む三校は度肝を抜かれる事になる。

 

 

東四局 ドラ北

 

 配牌。

 

咲「ダブルリーチ!」

 

 第一打。臨海はリーチを宣言した。

 

煌「っ……!」

 

栢山「う……」

 

 他校に動揺が走る。今までどちらかというと重い立ち上がりだった臨海の、これ以上ないテンパイ。臨海が親というのもあって他校の警戒は半荘で最大のものとなる。

 

咲「……」

 

 しかしその後、何事もないまま八巡目まで回る。

 

苅安賀(テンパったけど……このままいけるのか?)

 

 テンパイする苅安賀。他校も手が進んでいるように見える。その頃には他校の警戒は幾分薄れ、自分や他の相手の手を気にする余裕が生まれてくる。

 

 しかし。

 

 その時、三校は気づいていなかった。三校がいずれもテンパイしーー、

 

苅安賀(うーん、来ないな……)

 

 全員が、来るはずのない牌を待っていた事に。

 

 九巡目。

 

咲「カンっ!」

 

 臨海が動く。暗カン。晒されたのは2m。

 

 ついに嶺上開花か。飛び上がりそうになる身体を抑え、臨海の挙措に釘づけにされる苅安賀。

 

 他の二校も心中穏やかじゃないだろう。カンで有効牌をツモるというのなら、和了が決まったようなものだ。必ずかどうかわからなくとも、それだけで身構えるには十分な条件だった。

 

咲「うん? ……どうぞ、次ツモってください 」

 

栢山「あ……え? いいの?」

 

 そう問い返す栢山の少女も、研究を重ねたのだろう。すわ和了見逃しかと言うように戸惑うのも無理はない。

 

 臨海が不思議そうに頷くのに合わせて山から次の牌をツモる栢山。ちょうど東家である苅安賀の山がなくなり、北家、臨海の山に差しかかったところだった。

 

 最後の山から栢山が牌をツモする。そして現物を切る。次に新道寺。

 

 打七m。

 

咲「ロン」

 

 十巡目にしてついに臨海は和了を宣言した。

 

咲「ダブルリーチ、裏4」

 

咲「18000」

 

②②②② 77⑤⑥⑦⑦⑧⑨五六 七 裏①

 

 親の跳ね満だ。決して小さくない衝撃を新道寺以外にも与えつつ、新道寺の点数を一気に削る。

 

咲「連荘は……いいや。ここでおわり」

 

 三校の頭に疑問符が浮かぶ。オーラスならともかく、今の局面で和了止めなどルール上できないはずだ。

 

 試合の行方を見守る会場のスタッフも発言の意図を測り損ね、困惑している。臨海の少女が告げる。

 

咲「あ、次いってください。気にせず」

 

 気になる。とはいえ、試合の進行は絶対なので全自動卓が働き始め、状況は流れていく。臨海以外が歯に挟まるものを感じているかのような顔をする中、苅安賀の内心もっとも気になる部分はまた別の場所にあった。

 

苅安賀(連荘いいやってなんだ? いやそれより、まただ。おかしい。これはどう考えてもおかしいって)

 

 臨海の手牌。そう、また待ちの潰しだ。⑥pは一つ止めているだけだからともかく、②pはおかしい。狙っているとしか思えない。

 

苅安賀(くっ、被害妄想か……? でも最初のリーのみツモから流したり、潰したりばっかだぞ。偶然でこんなことあるのか……?)

 

 確率論的にどれほどのものかわからないが、この理不尽な感覚、一目でわかる確率の偏り。今までの対局経験からいって一部の雀士が持つ不可思議な力というやつから受ける印象と同じだ。純粋な技術という可能性もあるが……そちらは正直考えたくない。

 

東四局 一本場 ドラ中

 

煌「ノーテンです」

 

栢山「……ノーテン」

 

苅安賀「ノーテンだ」

 

咲「はい、わたしもノーテン」

 

 流局。あっさりと一本場が終わる。

 

 三校の間に妙な空気が流れた。

 

苅安賀(いや……これ狙ってたとかじゃないよな。親以外がアガったらどっちにしろ流れたわけだし。はは、まさかな)

 

 乾いた笑いをこぼしそうになって、ぎりぎりで苅安賀は思いとどまる。

 

咲「……」

 

苅安賀(いやなんでどや顔なんだよ。偶然だから。偶然、偶然……)

 

 臨海の憎たらしい少女の笑顔は、不気味なほど堂に入っていた。そうなると仕草の一つ一つがやたら意味深に見えてきたが、苅安賀は頭を振るって疑念を振り払い、戦いに集中しようとする。

 

 そして。東場は終わり、勝負が南場戦へと移る。

 

 この時、苅安賀先鋒の戦意はまだ挫かれていなかった。

 

 しかし、続く南場戦が、東場戦の流れをそっくりそのまま焼き直した内容になった時。

 

咲「この中には……いないかな」

 

 異常な戦局に冷や汗を足らす三人を前に、臨海の少女は悠然と佇みながらそんな呟きを残し、前半戦を終えた対局室から一時的に退室していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室へと繋がる広い廊下。そこを、一人の少女が息を切らし、走っていた。

 

 青みがかった瞳。高校生にしても小柄な体躯。そして、民族衣装めいた異邦の様相を呈す装い。

 

 臨海女子が擁する留学生、ネリー・ヴィルサラーゼだった。

 

ネリー「サキっ!」

 

 廊下の向こうから歩いてくる少女にネリーは呼びかける。ゆったりとした歩み。ネリーの姿を認め、快活で柔らかな笑みを浮かべるその少女を。

 

咲「あ、ネリーちゃんっ」

 

 ぱたぱたと駆け寄ってくる。ここ最近の物憂げな様子が嘘のように明るい反応だった。

 

 広いといってもよく使われる通路。二人の距離はあっという間になくなり、向かい合う事となった。

 

ネリー「あれ……」

 

咲「うん? どうしたの?」

 

ネリー「えっと、サキ?」

 

 名前を呼んで問いかける。ネリーは困惑する。何とも言えない違和感があった。

 

ネリー「ほんとにサキ?」

 

咲「なにそれ? ネリーちゃんおかしーこというね」

 

 咲がからからと笑う。違和感がさらに強まる。

 

 咲はこんな喋り方をしていただろうか。こんな笑い方をしていたか。

 

 控え室で対局を観戦していた時から気になって仕方がなかった。カメラに映された表情、仕草、その一つ一つが、別人を見ている気にさせて。

 

 二回戦が、対局が近づく毎に思い詰めたようにしていた咲の物憂げな顔を思い出す。

 

ネリー「サキ……」

 

 ふと猛然と足音が近づいてくる。ネリーの来た控え室の方角からだ。

 

 正体は対戦校の選手たちだった。映像で見たことがある。あれは白水哩に鶴田姫子。あとの数人も、制服からして苅安賀や栢山学院の部員だろう。

 

 ネリーの背後から来た彼女らはすぐに二人のところにまでやってきて、少しもしないうちに横を通りすぎていく。

 

 その瞬間。咲に対してきっとした視線を数人が残していった。

 

咲「あー、嫌われちゃったかな」

 

 あっけらかんとして咲が言う。

 

 そして、たった今対局室から出てきた選手達と、激励などの目的で駆けつけただろう選手達。彼女らを大して興味なさそうに眺める。その反応も、ネリーには違和感しかない。

 

 咲はこういうことを気にしてしまう性質だ。ナイーブで、仕方ないとはわかっていても、誰かといがみ合うような関係になるのを喜ばない。大体の場合は尻込みしたり、落ち込んでしまうはずだ。

 

 その一面は、惰弱といってしまえばそれまでだけれど。その甘さがどうしてか、ネリーには好ましく思えていた。だからこそ、そんな咲の姿を見誤りたくない。わき上がった気持ちがネリーに問いを投げさせた。

 

ネリー「ねえサキ、それって誰のまねしてるの……?」

 

咲「っーー」

 

 その発言が空気を如実に変える。飄々と振る舞っていた咲が息を呑む。

 

 今までどこか掴みどころのない雰囲気を漂わせたーー演じていたーー彼女が、対局室にいた時も含めた中で初めて挙措を失する。

 

咲「っ……、っ……」

 

 表情に焦燥じみた緊張を浮かべる咲、その瞳がもの問いたげに何度も揺れ動く。その瞬間、咲は間違いなく咲に戻った。そうなのだとネリーは思った。そして、胸裏にふとした思惟が浮かぶ。

 

ネリー「……巧い麻雀だったね」

 

咲「え?」

 

 咲が目を瞠った。

 

ネリー「あんな打ち方、できたんだ。むー、ネリーたちには一度も見せてくれなかったのに」

 

 拗ねたように口を尖らせる。謎が残る咲の振舞いにはもう言及しない。日常話を楽しむように明るく振る舞った。

 

咲「……え、えーと」

 

ネリー「あれってどういう能力なの……って、それはまずいか。ああもうっ、いくら? いくら出したら教えてくれる?」

 

咲「……あは、お金の問題じゃないし」

 

 ネリーは、どうして咲があんなことをしていたか、考えてみて、無理に聞き出さないことにした。やはり、咲は別人のように振る舞ったけれど。その目は今までと違い、会話を本心から楽しんでいるように見えた。

 

ネリー「お金だけじゃないよ! サトハはジャニパーズ自由業見せてくれるし、ミョンファはサキの従者になるし、ハオは満漢全席作るし、メグは……あー、カップ麺くれるよ」

 

咲「カップ麺の箱いっぱい積み上がりそーだね」

 

 どちらともなくくすりと笑いが漏れる。

 

 インハイ二回戦の前半戦と、後半戦の間。その短い時間、ネリーと咲はたしかに壁を一つ取り払い、歓談にふける。

 

 流れるように過ぎていく時間。後半戦を前にし、咲は対局室へと戻っていく。

 

 その間際。

 

 「……ネリーちゃん、ありがとう」聞き逃しそうなほど小さな声で短く、たしかに咲の言葉がネリーの耳に届いた。

 

 

 

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