ダヴァン「今日は散々でシタ」
卓につくなりそんな事をのたまうダヴァン。
心なしかげっそりとしていた。
同席しているネリー、明華、咲はただならぬ様子を間近で眺める羽目になったものの、抱いた感想はそれぞれ違った。
咲「あの……大丈夫ですか? お顔が青いですけど」
明華「心配する必要はないと思いますよ、咲さん」
どうして、と疑問に思う咲だが、続くネリーが白けた様子で言う。
ネリー「どうせラーメン絡みに決まってるよ」
咲「ラーメン?」
ネリー「そ。ラーメンのムゲンがどうとかいつも言ってるでしょ」
ダヴァン「実ハそうなんデス!」
消沈していたダヴァンが突然叫ぶ。
ダヴァン「昨日の朝、私ハ通学の電車の中でラーメンのムゲンを堪能するという幸運に拝謁しまシタ」
明華「朝の通学時間の電車でその様な事ができるとは思えませんが」
ダヴァン「それができたのデス! しかし、今日はできナカッタ……」
ダヴァン「それどころか無茶な挑戦で、カップ麺の中身を車内に撒き散らすという悲劇が起きてしまいマシタ……」
ダヴァン「ああ……不運な私……」
ネリー「それ不運なのは乗り合わせた乗客だよね」
明華「とんでもない事をしでかしますね。いよいよ病気です」
冷めた目でみられている事など意にも介していないかのように、ただ肩を落とすダヴァン。
もはや咲についていける会話ではなく、静観するしかない。
ネリー「あー。そういや今朝サキと乗った電車はいやに空いてたね」
ネリー「あれくらい空いてたらカップ麺食べれたかもね」
ダヴァン「オーウ……そういえば、私がカップ麺を堪能できたのも、サキと乗り合わせたときデシタ」
奇遇だね、とネリーが受け返す傍ら、明華は思案げな素振りをみせる。
明華「咲さんがいたから空いていたのでしょうか」
ダヴァン「ッ!! ッッ!!!」
カッと目を開いたダヴァンが蹴飛ばす様に席を立つ。
ダヴァン「サキっ!! 明日から一緒に通いまショウ!!!」
ネリー「ダメだよ。サキは、毎日ネリーと通うって約束したんだから」
咲「う、うん……」
ね? と念を押してくるネリーに曖昧に頷きながら、そっとダヴァンの様子を窺う。
ダヴァン「ウ、ウウぅ……」
血涙を流していた。
智葉「……さっきから何を騒いでるんだお前らは」
智葉「インターハイ予選も控えているというのに」
ネリー「真面目にやってよメグ!」
明華「お見苦しいところをお見せしました。メグが」
智葉「お前らも同罪に決まってるだろ」
驚き呆れた目で言い逃れようとする二人を睨む智葉。
視線を動かして、ちらりと咲をみる。
智葉「昨日は手厳しい洗礼を受けたみたいだな」
咲「凄く楽しかったですよ」
それが本心だというのは、今ネリーたちと平然と同卓している事で察したのだろう。
一つ鼻を鳴らすと咲を睨みつけた。
智葉「私はお前に先鋒の座を譲るつもりはない」
咲「はあ……?」
何を当然の事をと呆ける咲に智葉は冷然と言い放つ。
智葉「今のお前にはな」
そのまま何処かに立ち去ってしまった。咲には理解が及ばない。
(でも)
正直どうだっていい。智葉が何を考えていようと、やる事に変わりはないのだから。
頭の中が冷えていく。この冴え渡る感覚に身を委ねれば、意識は瞬く間に作り変わる。
『ーー咲、お前もその花のように、強くーー』
皆が望む私に。私が望む私に。
ネリー「サキー」
咲「どうしたの?」
ネリー「えっとね、麻雀打とう?」
明華「……」
言われなくても。
打って、打って打って打ちまくって。
私は強くなる。誰よりも。
ネリー「よーし、次はネリーの親からだよ!」
インターハイ予選まで、時間は刻一刻と迫っている。
▼
智葉「監督。こんなところにいたんですか」
幾つかの別室を渡り歩いた末に、智葉は探していた人物を発見する。
アレクサンドラ「ああ。私を探してたのか?」
長テーブルの上に数枚の牌譜が広がっている。
アレクサンドラはそれを熱心に観察していたようだ。
智葉「……昨日の留学生と宮永の牌譜ですか」
アレクサンドラ「わかるか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアレクサンドラ。
智葉は首肯した。
アレクサンドラ「さて、サトハは何のご用かな」
智葉「インターハイの県予選、宮永を先鋒に起用してください」
アレクサンドラの瞳が真剣味を帯びる。
アレクサンドラ「どういう心境の変化?」
智葉「試したくなった。インターハイ予選までに、あいつがどこまで力を伸ばすのか」
智葉の言葉に、アレクサンドラは考え込む素振りをみせた。
その瞳はテーブルに広がる牌譜に向けられている。
アレクサンドラ「私は、ネリー以外の三人に協力して宮永さんを抑え込むよう指示した」
アレクサンドラ「鼻っ柱を折っておくべきだと思ったから。でも」
智葉「失敗した。宮永は点数こそやや下回りはしたが、ほぼ互角の闘牌をしてみせた」
「はあ」溜め込んだ疲れを吐き出す様に、アレクサンドラがため息をつく。
アレクサンドラ「いかな強豪にいたといえど、所詮中学レベルの経験しか持たないはずの子が、こうも力を発揮するなんて」
常識が通用しない、とぼやくアレクサンドラ。
智葉「魔物……か」
智葉がふとつぶやく。
天才なら星の数ほどいる。
こと麻雀の分野において所謂『天才』といわれる人種は数多く存在する。
ツモ牌が分かる力、一巡先をみる力、特定の牌を集める力。
どれも、理屈を超えた超能力じみた力だ。
加えて分かりやすい力を持っていなくても、明らかに常軌を逸した読みや勘で勝ちを拾う者もいる。智葉もこれに該当するだろう。
だが、魔物はその上をいく。
アレクサンドラ「お陰で考えていた強化プランがパー」
智葉「でもまだ伸びる。あいつは中学レベルでしかなかった経験を、これから急ピッチで埋めていく」
アレクサンドラ「……宮永咲が臨海女子に入学した事はマスコミにもまだ知られていない」
アレクサンドラ「お金を出してる人はその話題性にも目をつけてる」
そして、と言葉を継ぐ。
アレクサンドラ「中国や欧州といった麻雀先進国で活躍する打ち手と連日打っていけば」
牌譜から外れたアレクサンドラの視線が、部屋をさ迷い、やがて智葉へと向く。
アレクサンドラ「臨海女子の先鋒として、全国で闘うに相応しい選手に化ける」
智葉「かもしれない」
アレクサンドラ「あれ。どこに行くの?」
智葉「練習です。時間は幾らあっても足りない」
踵を返し、別室を出ていく智葉。
その横顔から覗く瞳は戦意に満ち溢れていた。