臨海咲SS置き場   作:たこっぴ

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高校編四話

 

 最近、日本で暮らす日々を楽しいと感じるようになってきた。

 麻雀を打つためだけに。

 お金のために雇われて仕方なく、という認識が薄れつつある。

 きっかけは四月に一般入学してきた同い年の女の子。

 名前は宮永咲。ネリーの隣人だ。

 

ネリー「サキー! 迎えにきたよ!」

 

 ざわめいている一般生徒の群れの中から、呼び声をかけた茶髪の少女が出てくる。咲だ。すぐさまネリーは駆け寄って、咲の手をとった。

 

 部室にいこう。提案するまでもなく目的は一致していた。二人で校舎を並んで歩く。

 

 道中、咲は積極的に話題を振ってきた。

 

咲「ネリーちゃんたちって授業なんかはどうしてるの?」

 

ネリー「授業なんてないよ。ネリーたちは麻雀のために雇われた傭兵だもん」

 

 試験やなんやと煩わされて麻雀が疎かになっては元も子もない。

 そのための支援を学校は惜しまない。

 

 ま、お偉いさんの意向だけどね。

 

 まだまだ馴染みの薄い一般生徒は沢山いるらしく、遠巻きにして好き勝手に噂されるのが現状だ。

 

 口さがない日本人に辟易する事もあったけど。最近は、気にならなくなってきた。

 例外もきちんといるから。

 

 その一人である咲は、下駄箱で上履きから外靴に変えながら、楽しそうにネリーの話を聞いている。

 

咲「ダヴァンさんや明華さんはもう部室にいるのかな?」

 

ネリー「メグって呼んであげた方がいいよ。『サキがよそよそしいんでス……』とかいってめんどくさいんだから」

 

咲「メグ……さん」

 

咲「……えへへ、なんだかちょっと照れちゃうね」

 

 ちょっぴり顔を赤らめて綻ばせた咲は、ニコ・ピロスマニの描く動物並みに愛らしかったが、見とれていたら咲と打てる麻雀の時間が減る。

 

 む、メグの事でそんな顔しちゃって。

 むくむくと謎の対抗心がわき上がり、自分もやってやれないかと目論んではみるものの、中々思いつかず断念した。

 ちょっと落ち込む。

 

ネリー「……メグたちならいると思うよ。ご飯の時間とか以外は部室だね」

 

 自分たち留学生はそのためにいるのだから、相応の振る舞いも見せないといけない。

 まあ、基本的に麻雀が好きなやつばかりだから、さして重荷ではないとも思う。

 「へー」と気のない返事を一見する咲。でも目つきが一瞬変わったのをネリーは見抜いていた。

 

(満足げに目を細めちゃって……麻雀の事になると変わるな、サキは)

 

 ネリーは、その変化にまだ慣れないでいた。

 智葉と真っ向から反目した、初めて対局したあの日など、あまりの変わりように別人に見えたほどだ。

 

 そして咲は、文句なしに強い。

 これは留学生四人の共通した感想だ。

 

咲「そういえば明日って祝日だよね。ネリーちゃんはどうするの?」

 

ネリー「うーん。特に用事もないし。学校で麻雀打つよ」

 

咲「よかった。私もいくつもりだったんだ」

 

 「お弁当作ってくるね」と柔和な笑みを浮かべる咲。ネリーは、もろ手を上げて喜んだ。

 

ネリー「やったー。ありがとう、サキ!」

 

咲「ううん。私も誰かに食べてもらえた方が嬉しいから」

 

 咲の作る料理はとてもおいしい。

 多様な日本食、その質の高さにはかねてから舌鼓を打ってきたが、その中でも咲の料理をネリーは一際気に入っていた。

 

 話しているうちに部室にも着き、ネリーと咲は寄り添って入っていく。

 

ダヴァン「来ましたね。今日もネリーと一緒でシタか」

 

ハオ「ネリーが教室まで迎えにいっているそうですよ」

 

ダヴァン「なるほど。ネリーに先んじて向かえバよかったんでスか」

 

明華「おや。私もいってみたいですね」

 

咲「変な噂が立ちそうなのでやめてください……」

 

ネリー「サキに迷惑かけるのはゆるさないよ!」

 

 会話もそこそこに雀卓に向かう。

 ネリーと咲の他に日本人の部員二人が同席し、卓を囲む。

 その日、ネリーと咲は思う存分麻雀を打って過ごした。

 

 

 

 翌日。

 朝から隣部屋に突撃訪問して咲と合流してから、ネリーたちは学校へと向かう電車に乗る。

 

ネリー「ううー眠いよう」

 

咲「わざわざあんな早い時間にくるからだよ」

 

 苦言を呈しながらもミント味のガムを手渡してくる咲。

 用意がいい。さりげない優しさが身にしみた。

 

 恙無く学校に到着し、二人揃って門を潜る。

 

 天気は快晴。澄み渡った朝の空気を吸い込めば、眠気も多少は晴れる。

 部室にいけばいつもの顔ぶれが集う。

 

明華「また二人ですか。仲が良いですね」

 

ネリー「ネリーとサキは同じアパートだよ。お隣なんだから」

 

 麻雀卓に座るダヴァン、明華、ハオ。そして智葉。

 対抗心を燃やす智葉の姿に咲が気炎を上げていたが、今日も智葉はそっけない。

 代わる代わる卓に入り、あぶれたメンバーはネット麻雀を打ったり、対局の様子を観察したり。

 そんな中、咲と智葉が同席する事は決してなかった。

 

咲「明らかに避けられてるよ。今日もダメかなぁ……」

 

 お預けを食らう咲はいつもの事ながら、今日は、目に見えてしょんぼりしていた。

 

ネリー「サキ……」

 

 智葉が咲を避けるのは監督の指示らしい。

 インターハイ予選まで時間もあまりなく、自分が先鋒に相応しいと分かりやすく示したいのだろう。

 その中で智葉と争う事もできず、かといって智葉の実力を目の前でみている以上、侮る事もできず、オーダーへの不安が焦燥を煽る。

 日に日にそれが強くなっていく咲の姿はあまり見ていたくないものだ。

 何とかしてあげたい。

 とはいえ、ネリーが監督や智葉に頼んでもあしらわれてしまったので、気休めにもならない励ましくらいしかできないのが現状だった。

 

ネリー「一度休もう? 朝からうちっぱなしだよ」

 

咲「でも……」

 

ネリー「体調崩しなんてしたらますます選ばれなくなっちゃうよ」

 

 体調を管理するのも立派な資質だ。

 それに、体調さえ万全なら他のポジションに選ばれる可能性は捨てきれない。

 そう伝えてはみるけど、咲の反応は芳しくない。

 

咲「先鋒以外じゃ……」

 

ネリー「……」

 

 どうしてそこまで先鋒にこだわるのか。

 はっきり言って咲の力は侮れない。

 留学生のポジションを奪ってもおかしくない可能性にネリーだって冷やりとさせられるのに。咲はというと、先鋒でなければ試合には出ないと監督に明言するほどだ。

 ネリーはオーダーから外されるわけにはいかない。

 だから、咲を心配する一方で、少しだけ安心してしまう自分に少なくない罪悪感を覚える。

 どうして、咲は先鋒にこだわるのだろう。

 後ろめたい自分の立場が、その問いを投げかける事を拒ませる。

 

ネリー「サキ、ごはん食べよう?」

 

咲「え?」

 

ネリー「お腹すいちゃった。朝つくるのみてたから、すっごく楽しみにしてたんだから」

 

 朝早くに押しかけて、ちょっとだけ弁当作りを手伝ったりして。

 咲を休ませるための方便。でも、楽しみにしているのは本音だった。

 

咲「……ネリーちゃん。そう……だね。お昼にしよう」

 

ネリー「校庭で食べよう。天気もいいしちょうどいいよ」

 

 受け入れてくれた事にとびきりの笑顔を浮かべて。

 先行して部室を飛び出していく。

 追いかけてくる咲が後ろの方で何事かをつぶやいた。

 

咲「……ありが……と……」

 

 

 

 

 昼下がりの校庭は、祝日という事情もあって先客もおらず、空いていた。

 しかし完全に人気がないわけではないようだ。運動場の方から部活に励む生徒の声が聞こえる。

 

ネリー「サキ、このタンドリーチキンすごくおいしい!」

 

咲「ん。おいしくできたみたいでよかった」

 

 咲お手製の弁当を広げ、暫し歓談に耽る。

 しかしすぐに食欲が勝り、中々箸は止まらなかった。

 

ネリー「ごちそうさま!」

 

 完食。米粒一つ残さず平らげて満足げなネリーに、咲は笑顔で受け答える。

 

咲「お粗末さまです。ふふ」

 

 それから麻雀や学校の話をしようかとネリーが考えていると「飲み物がなくなったから何か買ってくる」と言って咲が立ち上がった。

 

ネリー「ならネリーもついてくよ」

 

咲「大丈夫。すぐそこだし、ネリーちゃんは休んでて」

 

 咲の迷子になる癖が心配だったけど、さすがにあの距離なら大丈夫かな。

 無理を言ってついていく必要もないと思ったネリーは、咲の言葉に従う事にする。

 咲の姿が見えなくなり、一人になった。

 

ネリー「うーん。ひまだな」

 

 手持ちぶさたになって思わず口を突いて出る。

 最近、誰かと一緒にいる時間が増えた。具体的には、咲と一緒の事が多い。相対的に一人の時間が寂しくなった。

 グラウンドから聞こえてくる部活に励む声。

 ほどよく鼓膜を揺さぶる音に段々と眠気が降りてくる。

 咲、早く戻ってこないかな。

 まどろみに落ちていく。

 いつしか目蓋は閉じ、意識はどこか遠いところに旅立っていた。

 

 

 心地よいまどろみが意識をやさしく包んでいた。

 そよ風が草木を撫でる音、淡い木漏れ日が射し込む。

 そして、横になった頭の裏に感じる柔らかな感触。

 薄目を開けて咲が膝枕をしているのだと気づくのに、ネリーは数秒の間を要した。

 

(寝ちゃってたんだ……サキが膝まくらしてくれてる)

 

(気持ちいいな……もうちょっとだけ)

 

 狸寝入りを決め込むネリーに気づく事なく、咲は文庫本を手に佇んでいた。

 心地よい時間が過ぎていく。

 やがて時間の境がなくなって、またまどろみの中に入りかける。だが、その直前に知らない声が耳朶を打った。

 

「あ、誰かいる」

 

「あれ宮永さんだ。同じクラスの子」

 

 闖入者の存在に咲も気づいたのだろう。わずかに膝を動かして反応を示した。

 

「宮永さんも部活?」

 

咲「うん。麻雀部だから……」

 

「麻雀部! うちってめちゃくちゃ強いんだよね」

 

「えー。すごい!」

 

咲「あの、ネ……この子が寝ているので、できたら静かに」

 

「あ、本当だ。ごめんね」

 

「っていうか外国人……? 制服着てないけど」

 

 留学生だと答える咲に闖入者たちは関心を示した。

 

「その子しってる。ネリーって子でしょ」

 

「そうなの?」

 

「うん。有名だから」

 

「有名?」

 

「なんかお金の話ばっかしてるって」

 

「日本に来たのもお金もらって麻雀するためだよね」

 

 「えー」と非難がましげに声をあげる闖入者たち。気分が沈む。

 

 ネリーはそういった認識をされる事が多かった。度を越した吝嗇家だとか、お金に汚いという風評だ。

 お金への執着がある事は否定しないし、事実お金のために留学しているが、咲の前でそのような言われ方をするのは嫌だった。

 日本ではお金への執着を意地汚いとみられる事が多い。咲のように、親しく接してくれる日本人は稀だった。

 咲に嫌われたくない。

 何か言い返すべきかと考え始めたネリーに、しかし先んじて言い返したのは他ならぬ咲だった。

 

咲「お金のために麻雀して何が悪いんですか」

 

 咲の雰囲気が、麻雀で全力を発揮するときのそれに近くなっている。急激な変化をネリーは感じとっていた。

 別人のように冷たい態度。そしてネリーですら痺れる威圧。

 気勢を削がれたのは鋭い瞳を向けられているだろう闖入者たちだった。

 

「え、何この子いきなり雰囲気が……」

 

「そ、その子寝てるんでしょ? そんな庇わなくても」

 

咲「あなた達には関係ありません。さっさと他のところにいってください」

 

 場所はいくらでもあるでしょう、と冷たく言い捨てる。

 闖入者たちは言葉通りさっさと移動していった。本気で凄む咲に堪えかねたのだろう。

 二人きりになって、咲はネリーの頭を撫でながらつぶやいた。

 

咲「ろくに麻雀を打てない人たちに、ネリーちゃんの麻雀を馬鹿にしてほしくない……」

 

(サキ……)

 

 嬉しかった。純粋に咲の好意が胸に響く。

 頭を撫でられる心地よさに身を委ねながら、ネリーは考えていた。

 起きた方がいいのかな……。

 踏ん切りがつかないまま、ほどなくして。

 不意に機械的な音が鳴る。

 それが携帯の着信音だと気づくまで、暫くの時間を要した。

 

咲「あっ……電話」

 

咲「えっと……あれ……ええっと……?」

 

 やけに時間がかかっている。

 

咲「ここを……こうして……そっちを…………あれ」

 

 おかしいよ! 何でそんな手間どるの!

 

 こっそり薄目を開けて窺ってみれば、悪戦苦闘する咲の姿。

 助言するべきか。いやでもこれはーー自力でいけるか。

 

 いける! あとその横のボタン押すだけだよ! 最初からそのボタン押すだけでいいんだけど!

 

咲「…………はい。もしもし」

 

咲「お母さん? ……うん。私だけど」

 

 お母さんか。どうしよう。今は邪魔しちゃ悪いかな。

 起きる機を逸して聞き入っていると、話は続く。

 

咲「今は学校……だけど。うん……お昼の休憩をとってたとこ」

 

咲「わかってる……練習はきちんとしてるから……」

 

咲「うん……お姉ちゃんも学校に……いってるんだね……」

 

 話を聞いていて、何となく違和感を抱いた。

 いつもに近いけど……ちょっと違うような。

 他人行儀というか。気のせいかといえばそんな気もするけど。

 

 姉の存在と、母親との少しぎこちない会話。あと機械音痴。

 ここに来て盗み聞きがまずいかと思い始めて、ネリーは焦った。

 ど、どうしよう。起きた方がいい……かな。

 

咲「それも……わかってる。うん……うん……」

 

咲「……え、待って。そんなの」

 

咲「……そんな事されたら…………私、臨海女子やめるから……!」

 

 サキが臨海女子をやめる!?

 不穏極まる話に、ほぼ反射的に身動ぎする。これ以上盗み聞きすべきじゃないという気持ちも大きかった。

 

咲「っ、ネリー……ちゃん? 起きた?」

 

咲「あ……うん。同じ麻雀部の子もいるから」

 

咲「……わかった。それじゃ」

 

 早々と会話を打ち切り、咲が囁きかけてくる。

 

咲「…………ネリーちゃん……?」

 

ネリー「……ん、う……うん……サキ……?」

 

 起き上がり、今目が覚めた風にきょろきょろと辺りを見回す。

 

咲「よく寝てたね。疲れてた?」

 

 いつもの咲だ。何となく安心する。

 飲み物を渡してくる咲にお礼とお金を返しながら、思う。

 ネリーはサキのこと……何にもしらないんだな……。

 喉を潤すお茶の苦みが妙に頭に残った。

 

 

 

 

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