臨海咲SS置き場   作:たこっぴ

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高校編五話

 

 

実況「……強い強い強い。十六年連続全国出場のかかった臨海女子、東東京インターハイ予選」

 

実況「この春から加わった一年生、宮永を先鋒に投入。この配置が図に当たり、破竹の勢い……ここまでの試合、全てを先鋒戦で終わらせています!」

 

実況「レギュレーションの変更によるやむを得ないオーダー、昨年の個人戦全国三位・辻垣内を外した大胆な起用に、関係者の間では疑問の声が上がっていました」

 

実況「しかし蓋を開けてみれば、留学生の出番すらない独壇場。対戦した他校を圧倒しています!」

 

実況「いよいよ次は決勝卓。ベスト4に残った高校は意地をみせられるのかーー!?」

 

実況「決勝での戦いに期待です!」

 

 

 

 

 

ネリー「サキ。お疲れさま」

 

咲「うん。あとはよろしくね」

 

 決勝卓の帰り。対局室の近くまで迎えに来て労ってくれるネリーに、薄く笑って返す。

 

ネリー「セーブしとかなくてよかったの?」

 

咲「うん。監督の許可もとってたしね」

 

 話しながら、控え室へと戻る。

 

ダヴァン「おお、戻りまシタか」

 

ハオ「おかえりなさい」

 

明華「お疲れ様でした」

 

 口々に迎えてくれる部の仲間。

 

智葉「予選の相手ではものの数じゃないみたいだな」

 

咲「どうでしょう。臨海を意識する学校は先鋒がエースじゃないところもありましたから」

 

 先鋒に留学生を起用できなくなった事もあって、色んな目論みが交錯する先鋒戦ではあったが、結局はその全てを蹴散らす結果になった。

 大都市圏とはいえ、予選だとこんなものか。

 残る個人戦には期待があるものの、拍子抜けの感は否めない。

 慢心がある事を自覚していた咲だが、今のところ、智葉と当たるまで本当の意味で油断はなくせないだろう。

 その分智葉との直接対決には熱を入れている。

 

咲「……先輩」

 

智葉「どうした」

 

咲「それ……何ですか?」

 

智葉「ふむ。エトピリカになりたかったペンギン……略してエトペンだそうだ」

 

 智葉が腕に抱くぬいぐるみが気になって尋ねてみる。

 

咲「……なんというか、その……私物ですか?」

 

智葉「貰い物だ。懇意にしている子供達から貰ってな」

 

咲「そ、そうなんですか」

 

 正直、壮絶にミスマッチだったので聞きづらかった。

 いや意外と少女趣味でも合っているんだろうか。

 

咲「…………」

 

 部室で以前見た、長ドスを抜くかのような鋭い雰囲気で闘牌する智葉の姿が脳裏を過る。

 

 怖い。

 

智葉「……何か失礼な事を考えていないか」

 

咲「い、いえ」

 

ネリー「自覚あるんでしょ? エトペンが補食される寸前にみえるっあだだだだ!」

 

智葉「誰が肉食動物だ」

 

ネリー「うわあん、サキー」

 

 泣き真似して抱きついてくるネリーをよしよしと宥めながら、咲は思う。

 どちらかと言うとシノギに拐かされた被害者かなぁ……。

 

智葉「おい宮永。顔をみれば喧嘩を売ってると分かるぞ」

 

咲「え、えっと……その……」

 

智葉「いつもの威勢はどうした。まあいい。今日の試合が終わったら打ち上げをするぞ」

 

咲「わ、わかりました」

 

 咲だけしどろもどろながらも、皆が了承の意思を伝える。

 

ハオ「ではいってきます」

 

 出番の回ってきたハオが対局室に。

 二位に対して十万点近くリードしている事もあり、適度な緊張感で臨めるようだ。

 

 しかし一方の咲は。

 

(うう……やることはやったけど……なんかやりづらいよぅ……)

 

 弱気な性根を顔に出しているのを自覚する事もなく、内心の萎縮を仕草に滲ませてしまっていたーー……。

 

 

 

 眠れない。

 

 日々迫る刻限が真綿となってしめつける。

 インターハイ、レギュラーの選出。先鋒の席。

 もやもやとした不安に覆われ、埒のない疑問がかま首をもたげる。

 

 先鋒に固執する。でも本当にそれでいいのか。固執すればするほどわからなくなる。

 

ネリー「練習おわったー!」

 

咲「お疲れさま」

 

咲「なんだかやたら時間気にしてたね」

 

ネリー「晩ごはん! サキの晩ごはん食べれると思うと我慢できないよ!」

 

 今日は一緒に夕食を摂ると約束していた。

 大体、隔日くらいで提案がある。毎日は忍びないと考えているのだろうか。きっちり食費まで入れてくれて義理堅い。

 

咲「ふふ。下ごしらえしといたから、すぐに用意するね」

 

ネリー「うん!」

 

 元気爛漫な返事に気持ちの凝りが少しなくなる。

 独り暮らし。独りの時間がもっと増えていたら。今より鬱々とした時間を過ごす羽目になっていただろう。

 紛らわしてくれるネリーには感謝が絶えない。

 

 ただ。

 

ネリー「じゃ帰ろう!」

 

咲「あ、ごめん。ちょっと寄るところあるから先に帰ってもらってていい?」

 

ネリー「そうなんだ。でもついてった方がよくない?」

 

咲「行き慣れてるとこだから大丈夫だよ」

 

 今だけは突っぱねた。

 今、咲の頭の中はぐしゃぐしゃで、収まりがつかない。

 気分転換しよう。ネリーとの夕食の席で水を差すような真似をしたくなかった。

 

 ネリーを帰す。名残惜しそうにしていたが、少しの時間だ。我慢してもらおう。

 

 校門を通り、いつも帰るときとは違う角を曲がって繁華街の方面に抜ける。

 その間も堂々巡りの問いかけは続く。

 自分は先鋒の座を勝ち取れるのか。本当にそうしなければならないのか。

 先日の母との会話が思い出される。

 

『あなたがその気になってよかったわ。中学の三年間を麻雀に費やせたのは本当に大きい』

 

『高校。ここでどれだけ実績を残せるかが、今後に直結する。そのための地力をあなたは中学で身につけたのよ。おめでとう、咲』

 

『さあここから。まずは臨海女子で先鋒になりなさい』

 

『そしてインターハイ本選で姉……照を倒す。それができたら』

 

『私が照との仲をとりもってあげる……約束する』

 

 先鋒に。そしてお姉ちゃんに……。

 

 姉との縁を戻す事は切実な願いだ。そして約束を抜きにしても、咲には姉を下す理由がある。

 雑多な人が行き交う繁華街の往来にぽつんと立ち、もう何年も会っていない姉の顔を思い浮かべる。

 

 お姉ちゃん……。

 

 辻垣内智葉を差し置いて先鋒になれるのか。ネガティブな感情が胸を埋め、後ろ向きにしか考えられなくなる。

 自分で嫌になるほどの意気地の弱さ。

 表面的に取り繕う術は身につけても、変わらない本質が悲しい。

 

 寝不足の体は悲しみに沈む心とは裏腹に熱く、もわりとした熱が頭全体に広がっていた。

 体の動きが鈍い。このまま突っ立っていたら危ないか。倦怠感もひどい。

 気分はまるで入れ換わった気はしないが、仕方なく帰路につこうとする。

 しかし意識しないところから現れた誰かの体に行く手を阻まれた。

 

「あのさーちょっといい?」

 

「さっきからみてたんだけどさ、一人でぼーっとしてるよね。暇なの?」

 

咲「は、はあ……?」

 

 男の二人組。然して歳の差もなさそうな異性に突然話しかけられ、咲は困惑した。

 都会からは離れた長野に暮らし、休日に街へ繰り出すような習慣もなかった咲には、彼らの目的もわからずとりわけ不審なものに映った。

 

「暇なら俺らと遊ばない? いいトコしってんだけど」

 

咲「いえ……その……」

 

 寝不足故に上手く働かない頭を回して考える。

 全く覚えのない相手だ。その割にやけに馴れ馴れしいのはどういう事か。

 

「いいじゃん。暇なんでしょ?」

 

「ってかさあ、どっかで見た事あるよね君。何だっけ」

 

咲「あの……帰りたいのでそこを通らせてくれませんか」

 

 体調が悪くて、と控えめに伝える。しかし彼らが退く気配は一向になかった。

 

「え、体調悪いの。なら休まないと」

 

「すぐそこにいいトコあるし。いこういこう」

 

 話が通じない。咲は困り果てた。

 見た目はそこそこ整った感じで、衣服や装飾にも気を配る普通の男性にみえるが、えもいわれぬ悪寒がした。

 なんだか不気味だ。さっさと立ち去ろう。

 道を譲ってもらえないのなら横に回ろうとすると、

 

「まあまあ」

 

 がしりと腕を掴まれた。いよいよ狼狽してしまう。

 

咲「ちょ、ちょっと……!」

 

 さすがに我慢の限界だ。柳眉を吊り上げ、掴まれた腕を振りほどこうと力を込める。

 

 だがびくともしない。咲は青ざめた。元々腕っぷしも強くなく、不良を訴える体調が余計に力を失わせていた。

 掴まれた腕がひっぱられる。今の体調からしてあまりに乱暴な扱い。とうとう目眩が襲った。

 

咲「う……やめ……っ!」

 

 男たちはにやにやとしている。周りをみれば咲の体調不良などわからないからか、異常に気づく人はいない。

 慌てる。見向きもしない通行人、どこかに連れ去ろうとするかのような男たち。背筋といわず総身を寒気が這い上がる。

 

咲「誰か、助……っ」

 

智葉「うちの部員に何やっているんだ」

 

 そんなとき、男たちの前に立ち塞がったのは咲も知る先輩だった。

 

「は?」

 

「なんだこいつ」

 

智葉「何してんだって聞いてんだよ。おいお前ら、そいつの腕離せ」

 

「し、知らねえし」

 

「関係ないだろ……」

 

智葉「ああ? 知り合いだって言ってんだろうが。いい加減にしとけよ」

 

 颯爽とあらわれた智葉はただ毅然とするだけでなく、鋭い眼光で相手を竦み上がらせていた。

 尋常ならざる迫力に男たちが怯んでいる。それは咲の目にも明らかで、しかし咲と同年代の女の子が相手と知ると血相を変えた。

 

「は、はあ!? ふざけんじゃねーぞ!」

 

「女相手になめられっぱなしでいられっかよ!!」

 

 何を血迷ったか、男たちは智葉に近づき手を上げようとする。咲は驚いた。なんて男たちだ。

 咲を離して二人がかりで智葉に向かっていく。

 

 危ない! 咲は思わず服の裾を掴んで男たちを止めようとした。しかし手が空を切り、いよいよ男たちが智葉の襟を掴もうとする。

 

 その刹那、智葉が機敏に反応した。

 

智葉「ふんっ!」

 

 襟に伸ばされた手を逆手にとって投げ飛ばす。

 したたかに打ちつけられた男が苦悶の声を上げる。

 あっさり仲間が倒されパニックを起こしたもう一人が、同じ様に襟を掴もうとして投げ飛ばされた。

 

智葉「調子に乗ってんじゃねーぞバカヤロー!!」

 

「ひいっ……」

 

「な、なんなんだよこいつ……」

 

智葉「ああ?」

 

 眼光を飛ばす智葉に狼狽えて、今度こそ男たちは逃げ出す。蜘蛛の子を散らすようだった。

 

智葉「ふん……腰抜けが」

 

智葉「おい宮永、大丈夫だったか?」

 

 もう意味がわからない。驚愕の連続で混乱し、胸の鼓動は早鐘を打つ。

 お、おわったの……?

 咲はへたりとその場に座り込んでしまった。

 

智葉「お、おい……大丈夫か」

 

咲「なんか……腰が抜けちゃって……」

 

 智葉に助けてもらいながら立ち上がり、咲はひどく頭痛のする頭に鞭を打つ。

 

咲「先輩……その、ありがとうございます……」

 

 感謝の言葉を絞り出す。智葉の顔を窺うと、本調子ではない自分を気遣うような色があって、本当に頭が上がらなかった。

 

智葉「ったく、体調が悪いのに無理してんじゃないぞ」

 

咲「あう……ごめんなさい」

 

智葉「姉……照もこんな感じなのか? 本当に心配かけさせる」

 

咲「どうでしょう。お姉ちゃんとは何年も会ってませんから……」

 

 智葉がびっくりしたような顔をしていた。一瞬遅れて、咲も失言に気づく。

 

咲「あっ」

 

智葉「いや……すまん。そういうつもりじゃなかった」

 

 それが偽りでないのは見ていてわかった。何となくだが、そういう小細工をするような人ではない。そんな気がした。

 とはいえ、動揺は隠せない。姉が妹はいないと言う以上、伏せておきたい事実だったから。

 

咲「あの……この事は」

 

智葉「わかっている。他言はしない。約束する」

 

 智葉がそう言うならと咲は納得する。それよりも感謝の気持ちが上回っていた。

 

智葉「だがあいつは……いや何でもない。怪我はないのか」

 

咲「あ……はい、腕を掴まれただけなので」

 

智葉「家まで送っていく。そんな状態で一人では帰さんからな」

 

咲「うぅ……すみません……」

 

 智葉に連れられて帰宅した咲がネリーに衝撃を与えたりしていたが、その後は何事もなかった。

 せっかくだからぜひ夕食をと誘う咲に断りきれず智葉も食卓を囲む珍事はあったものの。

 この日の事は、智葉に対する咲の心証を大きく変える出来事になったのだった。

 

 

 

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