宴もたけなわ。盛り上がる皆をぼうっと眺めながら、咲はカラオケボックスで用意された唐揚げをつまむ。
ネリー「サキどうかした?」
咲「ううん。何もないよ」
予選は優勝。次鋒のハオであっさりトビ終了し、あっけない幕切れとなった。
予選は通過点でしかなく、もはやそれは咲の眼中になかった。咲の心中を占めるのは、個人戦、そして個人戦で当たるだろう先輩の事だけ。
ネリー「うーんそう? あ、次ネリーの番だって。いってくるね!」
順番だと伝えられマイクを手に駆けていくネリー。
ダヴァン「サトハはどんな歌が好きなんデスか?」
智葉「歌か。演歌をよく聴くな」
気にしている人物の声が聞こえて、咲は耳をそばだてる。
演歌が好きなんだ。
容易に想像できる趣味に咲が微笑を零していると、
ネリー「どれが理想ってやつなんだ♪ 彼が理想ってやつなんか? 答えてよデジタ~ルモグラ~♪」
智葉「あれはサカルトヴェロの歌か?」
ダヴァン「どうみてもJ-POPデスよ……」
そんな話があって込み上げる笑いを思わずこらえた。
ネリー「あれ元気になった?」
咲「う、うん。ちょっと気が紛れたかも」
その後、智葉が天城越えを歌ったりして盛り上がり、咲は悩み事を少し忘れる事ができた。
明華「歌といえば私。私といえば歌。私の出番が来たようですね」
智葉「座ってろ」
ハオ「私が歌いますね」
そんな一幕もあったが。予選を勝ち抜いた打ち上げは盛況の内に終わった。
咲「終わったね」
ネリー「帰ろっか」
智葉「ああ。さっさと帰るぞ」
ネリー「えっ、サトハ!?」
咲「先輩?」
いざ解散の段になりネリーと帰ろうとすれば、なぜか智葉がいて咲のみならずネリーも驚いた顔をした。
智葉「この前の事もあるからな……時間も遅いし送っていく」
咲「え、でも……」
智葉「前はネリーと帰らず家とも別の方向にいくからどうしたかと思ったぞ。危なっかしい。自覚しろ」
咲「は、はあ……」
生返事をする咲。
ネリー「ぷんぷん。今日はネリーいるもん!」
置いてかれ気味のネリーが気色ばむ。
智葉「ぶっちゃけこいつは足しにならん」
ネリー「ひどいよサトハ!」
ひどいよひどいよ、と文句を言うネリーをあやして、咲は思った。
この前のとき……そんなところから気づいてたんだ。それに今日も。
人を率いるのはやっぱりこういう人なのかな。
心配をかけてばかりの自分との違いを痛感した。
咲「じゃあお断りするのもなんですし……お願いします」
智葉「任せろ」
鷹揚に頷く智葉。
智葉「どこか寄るところがあるなら遠慮するなよ」
咲「あ……はい大丈夫です……」
智葉「本当に?」
咲「え?」
なんで、と不思議に思った咲は聞き返す。
ネリー「ペロッ! これは嘘をついてる味だよガイトさん!」
智葉「誰がガイトさんだ。……用事があるのか」
咲「えっ、と……しいていえば、本屋に……でも」
智葉「本屋だ。いくぞ」
ネリー「しゅっぱーつ!」
迷惑ですよね、という言葉を遮って智葉とネリーが歩き出す。咲は泡を食った。
咲「ちょ、ちょっと……!」
智葉「チームメイトに遠慮するな」
智葉「それがレギュラーを争う仲でもな」
咲「え……」
どんどん進んでいく智葉とネリー。
咲は言い返せず、戸惑いながらあとを追った。
▼
智葉「ここでいいか」
咲「はい。すぐに済みますから」
本屋。本に興味を示さないネリーを漫画コーナーに置いて、文庫本のコーナーに向かう。
目的の品は平積みされていてすぐに見つかった。
智葉「やはり本が好きなのか」
咲「えっ、先輩」
智葉「ついていっても問題なさそうだったからついでにな」
隣の棚の本を手にとりながら智葉が言う。
咲「そうですね。中学では元々文芸部に入ってましたし」
智葉「文芸部か。確かにそんな感じだ」
少しだけ会話に間が空く。咲は中学時代を思い出していた。
あのとき入る決意をしなかったら、ずっと麻雀をしないで過ごしてたんだろうな……。
それがいい事かはわからない。しかし姉との距離を縮めるきっかけは得られなかったろう。
智葉「お前の姉も……そういうのが好きそうだった」
咲「しってるんですか?」
智葉「ああ。去年インターハイで打ったからな」
咲「あ……そうでしたね」
個人戦全国三位。それは決勝で姉と卓を囲んだという意味だ。
咲はまだ見ぬ姉の姿を想像する。
智葉「やはり姉が気になるか」
咲「そう……ですね。私が怒らせちゃったんですけど、前は仲よしだと思ってましたから」
智葉「そうか」
また間が空く。記憶に残った最後の姉は、プラマイゼロに憤慨する姿だった。
智葉「だから……先鋒にこだわるのか」
咲「それもあります」
咲「お姉ちゃんに……勝たないといけませんから」
智葉「勝たないといけない?」
咲「約束してるんです。姉に勝てたら仲をとりもってくれるって、母と」
咲の話に智葉は眉をひそめた。
智葉「おかしな条件だな。そんなの無条件にするもんだと思うが」
咲「よくわかりません……ただ、私から何かする勇気もないんです」
智葉「……」
口をつぐむ智葉。
沈黙の時間。
店内に流れる音楽とざわざわとした客の声だけが耳に入る。
ネリー「サキー!」
そこに、ネリーが前触れなく背後から姿をあらわした。
咲「わっ」
ネリー「これみてこれみて! ズギャーン!」
ネリーの持つ開きかけの漫画。
それは、独特な立ち姿が特徴的な少年漫画だった。
咲「ネ、ネリーちゃん……」
智葉「後ろから驚かすな。子どもかお前は」
智葉にたしなめられ、ぷっくり頬を膨らましたネリーが子どもじゃない、とぴょんぴょん跳ねる。
その姿はまさしく子どもだった。
咲「あはは……ネリーちゃんそれ買うの?」
ネリー「うん! メチャカッコイイよ~コレ!」
智葉「何の真似かよくわからん」
揃って会計を済まし、店を出る。
明日はついに個人戦だった。