自身から発せられた腹の虫が鳴る音で目が覚める。壁に設置された時計を見ると時刻は朝の7時。毎朝この時間には腹が空いて目が覚める。我ながら面白い身体だ。寝ぼけた頭で部屋の見渡す。見慣れた部屋ではない…あぁそうだ、此処はアクシズじゃなくてシドニアだった。気持ちは切り替えた筈だったが、やっぱりまだ慣れない。
布団から這い上がり、衣服を取り替えてシドニア船員の制服な様なモノに着替える。安全帯も忘れずに装着。時間的にヒ山が朝ご飯を用意してると思うので大食堂へ向かう。
焼き鮭。卵焼き。納豆。海苔。
お新香。味噌汁。真っ白な米。
理想的な朝食が机に並んでいる。
年甲斐もなくガッツポーズをしてしまった。
「偉い喜びようね、普通の朝食よ?」
ヒ山が説明する。
これがシドニアの普通?
マジかよ、すげぇなシドニア。
合成食ばかりのアクシズとは雲泥の差だ。
シドニアの技術力に感心しながら焼き鮭を口にする。最後に食べたのは20年以上も昔だ。焼き鮭は素材の状態や焼き方によって味を大きく変化させるのだが、これは大当たりだ。大昔に母親に作ってもらった焼き鮭にそっくりだ。思わぬ懐かしい味に、目頭が熱くなる。
「な、泣いてるのかい?」
困惑しているヒ山を余所に次々と食事を口にする。あっという間に食事を終えてしまった。美味しかった、感想はこれに尽きる。食材が本物という理由もあるが、料理人の腕が良いのだろう。熊だと思って舐めていたがヒ山は良い人だ。
「小林と別れてヒ山と結婚する。もう決めた」
「いつの間に小林と結婚してたんだい…」
感激の涙を流しながらお茶を飲む。
…お茶まで美味しいとか卑怯だろシドニア。
「食事一つでここまで喜ぶ奴は初めてだよ。
以前の食事環境がかなりヒドかったみたいね…」
ヒ山の言う通り残党時代の食事環境は酷だった。
食事の大半が合成食もしくは保存食であったという理由もあったが、俺は好き嫌いもせず、質より量派の人間だったので食事そのものには問題なかった。問題は食事の雰囲気なんですよ…。働かない癖に(潜伏中なのでパイロットは凄く暇)人の3倍もの食事を必要とするので、自然と他の船員から白い目で見られ、「強化人間」関係の陰口を叩かれていた。意外と豆腐メンタルの俺にはキツい状況であった(タダ飯喰らいと言われたくなくて、整備とか教官の仕事とかをやってたけど、関係改善とは行かなかった)。あのイジメみたいな環境からすると此処は天国だ。元々未練とかなかったし元の世界とか知らん。俺は此処で生きていく。高らかに宣言をした。
「そ、そうかい、それは良かったよ…」
ヒ山がまたも困惑していた。
思わぬ食事で興奮して暴走してしまった。相変わらず食事関係では性格が変化してしまう。これじゃあ他の強化人間と大差がない。反省をしながらヒ山から出されたお茶を飲む。2杯目だ。これからどうしようかと考えていると、目の前の机に大きめの手提げカバンが置かれた。中身はなんだ?
「お弁当と間食用のおにぎりよ」
ヒ山が答える。
お弁当?此処で食べるから必要ないんだけど…
そう答えると信じられない答えが返った。
「必要ない訳ないでしょ。
だって今日から学校に行くんだから」
マジかよ。昨日の今日だぞ。小林鬼だな。
訓練生として授業を受ける為に、教室の適当な席に座っているのだが、説明の出来ない感情に心を支配されている。クローンと思われる11人の少女に背後から見詰められて、心臓バクバクで今にも吐きそうだ。三十路間近のおっさん予備軍が高校生ぐらいの年の子と勉学を共にする事に動揺しているのか?そんなのはありえない。俺はベテランパイロットだ。数々の戦場を渡り歩いた男だ。それぐらいの事で動揺する筈が無い。筈がないんだ……
「あの、大丈夫ですか?」
「小官は大丈夫であります!!」
突然声を掛けられ、直立不動で返答をする。
話し掛けてくれたのは少年とも少女とも言い難い子だった。服装と骨盤から察するに少年か?
「…もしかして緊張してます?」
「してる」
俺の返答を受けて、中性的な容姿の子が笑う。
「え〜っと、昨日救助されたナカザトさんで合ってます?」
既に名前が公表されているらしい。
シドニアにはプライバシーとかないのか?
「そうだよ。君は?」
「僕は科戸瀬イザナ、ナカザトさんおはようございます」
「どうもです…」
思わずお辞儀をしてしまう。
科戸瀬がまた笑った。そんなに面白いか?
「ナカザトさんって見た目は恐いのに行動が面白くて…ごめんなさい」
「むしろ緊張が解れて助かったよ。
ヒ山が作ってくれたおにぎりいる?鮭?梅?」
ヒ山から渡された巾着袋を机の上に出す。
おにぎり一個ぐらいなら渡しても支障がない。
「いらないです。噂通りによく食べるんですね」
侮蔑ではなく感心している様だ。
陰険さを全くの感じさせない気持ちの良い子だ。
……そう言えばこの子の性別が分からん。
星白みたいに地雷を踏みたくないから知りたい。
「男と女、どっちだと思います?」
俺の思考が読まれたのか先手を取られた。
悩むのすら失礼な質問だがどっちか分からない。
「実はどっちでもないんです。
中性と言って後天的に性が決まるんですよ」
様するに遺伝子操作ってやつか。
クローンだけならまだしも、光合成に中性。
もはや以前の世界と同等に考えたら駄目だな。
「その困った反応、久しぶりに見ました。
ナカザトさんの所には中性が居ないんですか?」
「……過去については俺の口から言えん。
どうしても聞きたかったら小林にでも聞いてくれ」
「小林艦長に?それは厳しいなぁ……」
なんとなく嘘を吐きたくなかっので誤魔化した。どうやらシドニア船員にとって小林とは畏怖と敬意の象徴らしい。艦長だし、謎仮面を付けてるから当然と言えば当然だ。そう考えると俺と小林の距離感が近過ぎる気がする……怒られてから直せばいいや。
科戸瀬と会話をしていると、教室内に見知った少女と見知らぬ少年が同時に現れた。少女の方は星白だ。少年の方は見た事がないが小林から特徴を聞いていたので誰か分かった。岐神開発の御曹司である岐神海苔夫だ。東亜重工に肩入れしている身としては会いにくい相手だし、小林からあまり接触するなと言われているので無視だ。星白と岐神を視界に入れないように科戸瀬と取り留めもない会話を続けていると、授業開始を示すチャイムが鳴った。気を引き締めなくてはな。
世界が変わっても学び方は同じだった。事前に配布された教科書を使って先生が実体験を交えながら説明をする。良くも悪くも教科書を元に授業をしているので難しくもない。今日は午前授業のみなので一時間目の歴史(シドニア出船紀元)と、二時間目のガウナ学を終えて自由時間となった。科戸瀬から衛人のシュミレーションを一緒にやろうという誘いを受けた。速攻で弁当を食べ終わり科戸瀬の案内で仮象訓練室へ向かう。道中で星白と偶然出遭ったので3人で向かう事になった。
科戸瀬と星白に案内され、シュミレーションルームもとい仮象訓練室に到着。それっぽい機械を見つけたので近くによって観察をする。見た目は小型のコンテナぐらいの大きさの真っ白な箱だ。箱の前面にディスプレイが備え付けられている。表示されている内容は訓練の順位。岐神が一位、星白が二位、そっから下はクローン娘達が占拠している。クローン娘達が優秀なのは当然として(優秀じゃなかったら複製する理由ないし)、星白が2位なのは驚いた、出来る娘だったのか。そして岐神が一位…全く素性は知らないがエリートボンボン臭がするので苦手意識が高まった。
「出来る奴の星白は置いといて、科戸瀬は何位なんだ?」
「あはは……恥ずかしいのでビリじゃないとだけ言っておきます」
科戸瀬どんまい。そもそも628期の訓練生は20人にも満たない、その半数が優秀なクローン娘達では上位は難しいだろうな。
「モビルスーツ……じゃなくて、衛人の操縦なんて結局は経験がモノを言うんだし、諦めずに訓練を続ければ正規操縦士程度には上達すると思うよ」
「…そう言うモノなんですか?」
「そう言うモノです」
特に18式衛人は操縦の大半が自動化されている。
思考の前に身体が動くぐらい練習を熟せば、それだけで一定の戦力を保てる。操縦の自動化とはそういうモノだ。と言う事で俺も練習をして身体に覚えさせなくてはならない。
「じゃあ、適当にやってみよっかな…」
衛人の操縦に関してはサマリのを見たり、小林から渡された資料を何回か読んだので大きな問題はないだろう。実戦ではなくシュミレーションなので軽い気持ちで仮象訓練装置を試そうとした最中、突然悪寒がした。悪寒の正体を確かめようと周辺を見渡す。仮象訓練室に居た訓練生が俺と星白、科戸瀬を取り囲んでいた。
「何これ?カチコミか?」
「ナカザトさんの実力を知りたいんだと思います。だってその年で訓練生に選ばれるなんて異例中の異例ですし…」
「そっか」
見世物になるのは不愉快だが仕方がない。指導教官だった頃を思い出してやればいい、彼等は教え子だ。訓練装置の中に入ってシステムを起動する。メインモニターに簡単な訓練内容が表示される。訓練内容は味方拠点を占拠しているガウナ一体の絶滅。評価基準は知らないが損害無しで迅速にやれば問題ないだろう。訓練内容を表示していたメインモニターが暗転、シュミレーションが始まったのだ。
目標地点である味方拠点に向けて加速を始める。
ヘイブス粒子を温存しようと思ったのだが、機体内部の通信機から味方拠点からと思われる悲鳴が聞こえる。ガウナに襲われているのだろう。嫌にリアルだな。とにかく急ぐ必要があるのでヘイブス粒子の配分を考えずに最大まで加速をする。
通信機から次々と発せられる味方の悲鳴に苛つきながらも、ようやく味方拠点が目視出来る距離まで近付いた。ガウナの攻撃方法と倒し方は教本頼りだが理解している。セオリー通りにやろう。
ガウナとの戦闘距離に入った。ガウナは此方に気が付いていない。先制攻撃だ。腕部に格納された近くにグレネードランチャーみたいなモノをガウナに向けて2発発射する。ガウナに命中、表面のエナを弾き飛ばしたが撃破には至らない。それどころかエナが回復している。やはりカビザシで仕留めないと駄目なのか。
此方の先制攻撃により、ガウナの目標が俺に移る。自身の身体を触手の様に伸ばして此方に攻撃を仕掛けた。距離を取れば楽に避けれそうだが、一度離れると近付くのが面倒臭い。どうせカビザシで仕留める必要があるのだ、突っ込んでしまえ。フットペダルに力を込めて機体を加速させる。
加速する機体、迫りくる触手。このままでは機体が串刺しになるのが目に見えている。二本の脚を別方向に向け、脚部の推力を思いっ切り吹かした。機体を縦横無尽に回転させて、ガウナの攻撃を避けると同時に近付いた。普通の人間なら知覚はおろか気絶してしまう程の重力を感じるのだろうが、強化された身体には心地よい刺激だ。そもそもシュミレーションなので重力は再現されないけど…
ガウナとの距離は目と鼻の先だ。全ての武装が有効射程に入った。腕部の振動ブレードを使ってガウナの触手を削ぎ落とし、ガウナの頭部にバルカンを叩き込む。エナが弾き飛ばされ、僅かだが本体が露出した。近距離戦をする為に槍の柄を短めに持っていた。機体の拳で本体部分を殴る様に槍を突き刺した。カビザシが有効に作用したのかガウナが胞状分解を始めた。
モニターが再び暗転。シュミレーションが終わった事を告げる。点数は表示されていない。外に出て確認しろという事なのだろう。不便だ。救助は遅れたかも知れないが、無事にガウナを殲滅した。機体は無傷だが、調子に乗って手持ちの弾薬を6割も消耗してしまった。もしも2体目が隠れていたとしたら一戦目よりも苦戦していだろう。う~ん、どういう評価をされるのか微妙だ。面目を保ちたいので上位だと助かるんだけどなぁ。恐る恐る仮象装置から出ると、拍手喝采で迎えられた。
箱の前面に設置されているディスプレイに目を向ける。先程まで岐神の顔と名前があった場所に、自身の顔と名前が塗り替えられていた。2位との点数差は倍以上にもなる。拍手喝采も納得だ。