シドニアに救助されて数日が経ち、本日は土曜日。シドニア船員にとって週に一度の「食事の日」だ。普段は俺とヒ山しか利用していない食堂に多くの訓練生が集まっている。この人数の食事をヒ山一人で用意するのは大変そうだと思ったのだが、「食事の日」には別所から人手を回しているらしく厨房にはヒ山の他にも数人のスタッフが居た。年齢から察するに訓練生だ。当番制かな。
行列が苦手なので人の波が収まったタイミングを狙って厨房へと向かう。
「ヒ山、大変そうだったけど大丈夫か?」
「何年も寮母をやってるんだから、この程度は平気よ。それに最近は手助けをしてくれる娘が居るから大変なんて言ったら罰が当たっちゃうわ」
ヒ山が義手の指部分をプロペラみたく回転させる。とにかく大丈夫そうでなによりだ。
「ところで今日のおすすめは?」
「貴方の為に新作料理を作ったんだけどいるかい?」
「おっ、新婚っぽい」
「…次に馬鹿な事を言うと食べるわよ?」
その言葉も新婚っぽい、とは言えずに牙を見せるヒ山から丼を受け取る。丼に蓋がされているので中が見えないが美味しそうな匂いがする。賑やかな雰囲気が苦手なので隅っこの席に座って食事をしようとしたが、星白、科戸瀬、仄姉妹といった628期生の訓練生が続々と俺の席の近くに集まって来た。
「席なんか幾らでも空いてるのに何故に此処に集まる?」
俺の真正面に座っている仄姉妹の一人に話し掛ける。未だに仄姉妹の識別は出来ないがなんとなく煉の気がする。間違ってたら悲惨だから確かめないけど。
「ナカザトと一緒に食べたいんだからいいじゃん」
仄に直球で返答されて思わず顔を顰める。
これが妙齢の女性なら年甲斐も無く舞い上がっていたのだろうが、相手が実年齢5歳児の子供では喜ぶに喜べない。そもそも仄達が抱いている感情は恋愛ではなく尊敬と言った感じだろう。下手に反応するのも馬鹿らしいので適当に受け流す。
「ふん、好きにしろよ……」
自分で言ってて何だかツンデレっぽくて悪寒がした。隣に座っている科戸瀬が笑いそうになっている。
「科戸瀬、言いたい事があるならどうぞ?」
「いや、ちょっと気持ち悪かったなって……」
自覚はあったが科戸瀬に指摘されたのが癪だったので後でちっちゃな意趣返しをしてやろう。若干ナメられている気がするが、そうだとしても皆から友好的に扱われるのは悪くない。やっぱり仮象訓練で高得点を叩き出したのが大きな分岐点だった、アレで「正体不明のオッサン」から「出来るオッサン」に進化した。自分から呼び捨てで良いと言ったのもあって、今では星白(仄姉妹の一部を含む)以外からは呼び捨てだ。
「私は週替り定食ですけど、ナカザトさんは何を食べているんですか?」
星白が訪ねる。週替り定食とはものぐさだな。
「ラーメン丼、ヒ山の新作料理だって」
星白に器の中身を見せる。真っ白いご飯の上に油そばみたいなモノが乗っている。炭水化物と炭水化物の合わせものなのだがヒ山が作っているだけあって、ちょっと食べ難いけど美味しい。油そばの部分をかき揚げみたく固めたらもっと食べ易いかも。後で伝えておこう。
「一口食べる?」
「私の分だけでお腹一杯になるので大丈夫です」
星白にやんわりと断られた。
星白さん、拒絶感が顔を出てますよー
ついでに他の者の食べているモノを観察。
科戸瀬は星白と同じで週替り定食。仄姉妹は全員別々のモノを頼み、仲良く分け合いっこをしている。行儀が悪いかも知れないが遠足みたいで楽しそうだ。別世界に居た似た境遇の娘達を思い出して、何とも説明し難い気持ちで見詰めていると仄姉妹の一人と目が合う。
「一口食べます?」
「おぉ、じゃあ分け合いっこする?」
「……そっちのは大丈夫です」
またもや断られるヒ山のラーメン丼。
仄姉妹の一人から唐揚げを一つ貰う。流石に唐揚げを箸で口に運んで貰う訳にはいかないので、丼に盛って貰った。やったーちょっと嬉しい。気持ちが表情に出ていたのか他の仄姉妹に次々と食べ物を丼の上に盛られる。
「それじゃあ改めて頂きます」
原型が分からなくなった丼に改めて箸を付ける。
「それにしてもナカザトってよく食べるね」
仄姉妹(多分だけど焔?)の一人に感心される。つい2時間前にも戦闘糧食をつま食いしていたのを見られていた。光合成が出来るシドニア船員にとっては珍獣そのものだろう。
「俺からすれば一週間に一度の食事で済む方が信じられないな。本当にお腹が空かないのか?」
『「そうだよ」』
仄姉妹から口々に肯定的な返答を貰う。
11人が一斉に同じ声で同じ台詞喋るので、脳がパニックを起こしたのか軽い頭痛がする。それにしても光を浴びるだけで腹が満たされるなんて凄く合理的だ。
「僕のお祖母ちゃんにそっち系に詳しい人が居るらしいから紹介しようか?ナカザトならシドニアが費用を出してくれるかもよ?」
科戸瀬から光合成の手術を受けないかと提案される。俺みたいな大飯喰らいには必要な手術だとは思うが……
「うーん……このままでいいや」
シドニアに迷惑を掛けるが俺はこれでいい。
科戸瀬が不思議そうな表情を浮かべる。
「なんで?」
「いや、だって、食べるのが趣味だし」
「……ナカザトって普段何してるの?」
「訓練だけど」
「他には?」
「寝てる」
科戸瀬はおろか星白と仄姉妹にまでドン引きされる。そんなに食べるのが趣味なのが駄目なのか。他に趣味が無いんだからしょうがなくね。
(言われてみればナカザトってよく仮象訓練室に居ない?)
(そもそも此処と仮象訓練室以外で見かけたことがないよ)
(それじゃあさっきの話は本当だったんだ)
(つまり無趣味ってこと?生きてて楽しいのかな?)
(ナカザトって30歳だっけ?それまでずっとこんな調子だったんだ)
(戦う事しか知らないなんて…可哀想)
「聞こえてるぞ仄姉妹」
距離が近いからお前達のひそひそ話全部聞こえてるんだよ。なんだよ最後の可哀想って、率直過ぎるだろ。言っとくがお前達に同情される覚えなんてない。頑張って生きてんだぞ。
「そう言う仄姉妹はどんな趣味を持っているんだ?」
ブチ切れる寸前だが、純粋な興味本位で聞く。
俺の質問を受けて仄姉妹が口々に説明をする。
「私達?私は毎日身体を鍛えてるわ」
「趣味って言えるか分からないけどシドニアの探索かな?」
「家族以外には見せた事ないけど絵が好きです」
「私は、なんだろう…映画鑑賞?」
「あ~燻に言われた!!じゃあ私は読書で」
「シドニア百景を制覇するのが夢……じゃなくて趣味です…あれ、燥と被った?」
「私の趣味は重力式マッサージ!ナカザトさんにもやりましょうか?」
「お部屋に飾るお花を育てたりしてます」
「爆と一緒に冬用のマフラーとか小物を編んでるよ」
「自宅の亀助の世話を担当してるけど、これって趣味かな?」
凄まじいチームプレイで無趣味の俺を攻めてくる。俺を殺す気かよ。ってか食べ物でもそうだっけど仄姉妹ってクローンなのに個性が出過ぎだ。
「ってかお前等のが趣味だったら俺のも趣味じゃん」
『「違うよ!!」』
仄姉妹に反論したら否定的な意見を11倍で返してきた。要約すると生きる為に必要な行為は趣味じゃないらしい、って事は仕事も趣味じゃないのかよ。
「仄姉妹がイジメてくるんだけど。
星白と科戸瀬はどう思う?趣味とかあるの?」
星白と科戸瀬に助けを求める。
どうか二人は無趣味であってくれ。
そして俺の軍団に入ってくれ。
「私は…恥ずかしいけどお花を生けるのが趣味です。あっ、でも、最近始めたばっかりだから、全然ダメで、そんなに上手じゃないです」
星白が恥ずかしそうに答える。
…なんだよ花を生けるって。
星白は名家の令嬢かなにかなの?
最後の望みとばかりに科戸瀬の方を向く。
「僕は……」
科戸瀬を見詰める。科戸瀬が口淀む。
「僕もー、ナカザトと一緒でー、
これと言ってー、趣味はないかなー」
待ってました無趣味。
俺に気を使ってくれた雰囲気がしたけど、
俺の圧力に科戸瀬が負けた気がしたけど、
聞いた事のないぐらいの棒読みだったけど、
それでも俺の勝ちだ。
散々イジメてくれた仄姉妹達に勝利宣言をする。
「見たか仄姉妹!」
「一つぐらい趣味を見付けないと死ぬ時に後悔するよ」
「ぐはぁ!?」
仄姉妹から即死級の一撃を喰らう。
その姿で突然暗い事を言うなよ。吃驚したわ。
仄姉妹の言いたい事は凄く分かった。現在シドニアは平和だがガウナという脅威が排除されていない以上は明日にでもガウナに襲われて死ぬ可能性もなくはないって事だ。だから皆は悔いが残らない様に楽しく生きているのだ。俺は一度死んでいる、正確には死んでいないけど死んだも当然だ。言ってみればオマケみたいな人生を与えられた、仄姉妹に言われたからではないが残りの人生を楽しむのも悪い話ではないのかも知れない。
うん、分かった。自分探しの旅に出よう。