魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第09話

 

 さやかが魔女を倒してまどかと一緒に帰っていった後、杏子はふらりと姿を消してしまい、残された3人はほむらの勧めで彼女の家に集まっていた。風華とイブにしてみれば昨日の今日で舞い戻る羽目になった為、どこか居心地が悪そうに何度も座り直したり、手の位置を動かしたりする。

 

「それでほむら、話って何?」

 

 手持ち無沙汰でいるとどうにも良い気分にはなれない為、早く話をと風華が急かす。それと同時にイブがリンゴを囓るシャコッという気持ち良い音が響いた。

 

「さやかの事よ」

 

 そのキーワードが出て、二人の表情に真剣さが増した。杏子も彼女なりにさやかの事を案じてはいたようだったが、しかしこの場の誰もがあの時の杏子よりも深刻な顔をしている。それは杏子とここにいる3人の持っている情報量の差を表すものであった。

 

「彼女の精神状態は、今はとても不安定……パンパンに張り詰めた風船のようなものよ」

 

「つまりはあと少し空気を吹き込むか、それとも外からちょっとした刺激が加われば……ボン!!」

 

 その”ボン!!”が一体どういう意味を指すのか、彼女達は知っていた。

 

 ほむらは懐に手を入れてそこから取り出した物を机に転がした。グリーフシードだ。黒い宝玉が3つ、その内二つがぶつかり合ってかちんという綺麗な音を立てた。

 

「恐らく彼女のソウルジェムは、今頃……」

 

「ご明察の通りさ、暁美ほむら」

 

 3人の誰とも違う声が場に響いて、全員の視線がそちらに集まる。暗がりから出てきたのは、キュゥべえの小さな体だった。

 

「美樹さやかの消耗は予想以上に早い。魔力を使うだけでなく、彼女自身が呪いを生み始めた」

 

 ”呪いを生む”。これは一種の暗喩(メタファー)であるが、その意味が分からない者はこの場には一人もいなかった。厳しかった三者の顔が、一層厳しくなった。その様を観察して、魔法の使者は「やはりね」と漏らす。

 

「このままではワルプルギスの夜が来るより先に、やっかいな事になるかも知れない。注意しておいた方が良いと思うけど?」

 

 ”やっかいな事態”。これについてもそれがどんな状況を指すのか、3人は理解しているようだった。イブは組んだ手に、ぎゅっと力を込める。キュゥべえはもう一度「やはりね」と漏らした。

 

「君たちが何処でその知識を手に入れたのか、僕はとても興味があるのだけど……」

 

 それに答えてくれるようなお人好しは、ここには居ない。キュゥべえにとってもこの問いは物は試しという程度の事でしかなかった。諦めたように首を振ると、現れた時の逆回しのように、暗がりの中へと消えていった。

 

「……そういう事よ、彼女のソウルジェムは”穢れ”を溜め込みすぎた。早く浄化しないと……」

 

 キュゥべえは招かれざる客ではあったが、説明の手間を省いてはくれた。風華とイブも、どちらも奴の言葉と机の上に転がされたグリーフシードから、ほむらの用件を察する事が出来た。

 

「明日、もう一つのグリーフシードをまどかにも渡すわ。あなた達も、一つずつ持っていて」

 

「で、僕達がさやかさんを見付けたら……」

 

「多少強引でも、力尽くでも構わないわ。彼女のソウルジェムをすぐに浄化して」

 

 ほむらの申し出それ自体は納得の行くものであったが一つだけ、風華は聞いておきたい事があった。

 

「でもほむら、どうして私達に?」

 

 さやかが今危うい状態にある原因は、そもそもイブが彼女へ模擬戦を仕掛けた事にあり、しかもその際に彼女のソウルジェムが砕け散るという事態にまで発展したと言うのに……

 

 どうして、ほむらは自分達にここまで任せてくれる?

 

「私達は仲間でしょう? ワルプルギスの夜を倒すまでの……短い間だけど……」

 

 まだ、自分達は彼女の信頼を失ってはいなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん……さやかちゃんの事だけど……」

 

「まどか、これを……」

 

 明くる日、ほむらは風華達に言った通りまどかにもグリーフシードを渡していた。さやかの席は空いていて早乙女先生は「お休みなんて美樹さんにしては珍しいですね」と呟いていた。

 

「もしさやかを見付けたら、どんな方法でも良いからこれをソウルジェムに当てて、浄化して。そうしないと、大変な事になるわ……」

 

 具体的にどんな”大変な事”が起こるかは伏せているが、同じやり取りは既に杏子にもしていた。彼女の場合には「浄化し終わったら、残りはあなたが好きに使って良い」と条件を付けたが。

 

 しかしマミにだけは、この話はしなかった。今のマミはまだ部屋に閉じこもっていて積極的に動いたりはしてくれないだろうという考えもあるが、万一の事態を懸念しての事だった。

 

 もし、万が一、マミがさやかを見付けたとして浄化が間に合わず、まどかに言った”大変な事”が彼女の目の前で起きてしまったら……!!

 

 ぞっとしない光景が頭の中によぎる。彼女はそれを振り払うと、今日は早退する旨を伝え、さやかの姿を求めて町へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして日が暮れてさやかを最初に見付けたのは、イブだった。彼女はちょうど使い魔との戦闘を終えた所であるらしく息が荒く、額にも汗が浮いていた。

 

 さやかは視界の端に彼女を見付けると、敵意の籠もった眼差しを向ける。最後に交わしたやり取りがあの高架の上でのものだったから無理も無いが。

 

 あの時、イブはさやかに戦力外通告をした上にそれを彼女が受け入れないと実力行使で以て排除しようとしたのである。その結果が、さやかの死亡という有様。あの場に風華がいなければ今頃は彼女の葬式が執り行われている所だった。

 

 それでも、まだほむらのように第三者の視点を持って、模擬戦云々はさておきソウルジェムが砕けてしまった事それ自体はイブではなくまどかの行動に因るものであると考えられたのなら、直前の風華との「何か考えがある」という会話もあって幾ばくかの信頼を残す事も出来ただろうが、それをさやか本人に望むのは酷だった。

 

「今度は何の用……? 私はもう、チームから抜けたのよ。あんたが私を狙う必要なんて無いでしょ」

 

 皮肉っぽく言うさやかであるが、彼女の目や顔つき、いや体全体から”力”を感じ取る事が出来なかった。今の彼女は自暴自棄、捨て鉢になっている。だから傷付こうが血を流そうが、何も感じない。いや、感じない振りをしているのだ。イブにしてみればちゃんちゃらおかしかった。

 

 痛みに慣れるなんて、有り得ないのに。

 

「さやかさんのソウルジェムはもう限界なのです……早く浄化しないと……」

 

 指の隙間から見える青の宝玉は、今は黒く淀んで輝きを失いつつあった。預かっていた黒の宝玉を取り出してさやかに見せるイブ。現状のさやかにとっては喉から手が出るほど欲しい代物であるはずなのに、彼女は僅かな笑顔も浮かべたりはしない。

 

「……いらない」

 

「でしょうね、なのです」

 

 予想通りの反応をありがとうございますとばかり、イブは苦笑を返す。

 

「どのみち、グリーフシードを使ってソウルジェムを浄化しても、それは所詮その場凌ぎ。根本的な解決にはならないのですよ」

 

 そう言って彼女はグリーフシードを懐にしまうと、代わりにナイフを取り出した。それを見たさやかは警戒心を露わにして身構える。でもなく、ぼんやりと突っ立ったままだ。イブは小さく舌打ちする。

 

 非常によろしくない状態だ。

 

 あの結界の中での出来事を見ているさやかなら、これは自分が必殺の魔法であるエリクシルを発動する準備であると分かっているだろうに、先手を取って攻撃してくるでもなければ、一目散に逃げ出す事もしないとは。

 

『でもまあ、逃げないのならそれはそれでやりやすいのです』

 

「……だから、根本的に解決をするって事? あたしなんかの為に、そのグリーフシードを使わなくて済むように」

 

 熱の無い目で、力無くそう言うさやか。相変わらず抵抗しようとする素振りも、その気配さえ見せない。

 

 ここまで精神の均衡が崩れていたとは。きっかけはソウルジェムの真実を知った事であったにせよ、この短い期間に一体何があったのか。イブには分からない。

 

「けど、じきにそんな悩みはどうでも良くなるのですよ」

 

 つまりは”死んでしまえば余計な苦悩からは解放される”と、その言葉は誰が聞いてもそういう意味にしか受け取れない。

 

 そこまで言われても何の反応も返さないさやかを気にする事はもう止めたように、イブは鈍く光る刃を自分の掌に当てて、柄を握る手に力を込めて、後はそれを引こうとして、

 

「そこまでよ」

 

 彼女の後頭部に硬い感触が当たり、

 

「手前、何考えてんだ!!」

 

 首筋に槍の穂先が突き付けられた。ほむらと杏子だ。

 

「おい、ここはあたし達が押さえておく!! 早く逃げろ!!」

 

 大声で杏子にどやされて、さやかは振り返るとのろのろと歩いてこの場から離れていく。全力疾走しないのも、やはり彼女が自暴自棄のやけくそになっている証拠だった。

 

「手前正気か!? あたしと違って、手前はあいつの仲間なんだろ!? なのにあいつを助けるどころか殺そうとするなんて……!!」

 

『……やれやれ、僕はこういう星の下に生まれついているですかね? 邪魔される事これで三度目。これは四度目もあるかも知れないですね』

 

 イブがそんな思考を行っている内にさやかの姿が見えなくなると、杏子は槍の先端をイブの首筋から5センチの位置に固定したまま、スリ足で円を描くように彼女の正面にまで移動していく。そこで背後を振り返り、もう一度イブの方を向いて彼女が動く様子を見せないのを確かめると、さやかの去っていった方向へと走っていった。

 

 ほむらは杏子の姿が見えなくなるまで何も言わず、イブの後頭部にベレッタの銃口を突き付けたままだったが、その状態が5分ほど続いた所でやっと口を開いた。

 

「……どういうつもり?」

 

「僕達は仲間ではなかったですか?」

 

「イブ!!」

 

 質問を質問で返すなと、軽く銃口でイブの頭を突っつくほむら。そこで、イブは無抵抗を示すように高々と両手を上げると、その場で体を回してほむらへと振り返った。

 

「あなたも風華も、さやかを見付けたら助けると、約束した筈よ。なのに何で彼女を殺そうと……!!」

 

「……僕はちゃんと、さやかさんを助けるつもりで行動しているですよ?」

 

「それは!!」

 

 ほむらの声が、いきなり強くなる。ローギアからいきなりトップギアに跳ね上がったかのように。

 

「魔女になる前に彼女を殺すという事!? あんな姿になって!! 護りたかったものを壊すようになるぐらいなら、今までの祈りの分だけ呪いを撒き散らすようになるぐらいなら!! 今の内に殺すのが情けだと言うの!?」

 

 今まで押さえ込んでいた感情を吐き出すような叫び。だがそれを受けてもイブは動じた様子を見せない。

 

「……ほむら、あなたは中途半端なのですよ」

 

「何ですって!?」

 

「僕を仲間だと言うのなら、仲間として信じるのなら全てを信じて欲しい、逆にこんな得体の知れないヤツと疑うのなら全てを疑えば良いのです」

 

 またしてもはぐらかすようにそう言われて、思わずトリガーに掛けられた指に力が入る。イブも自分が今まで具体的な事を何一つ言っていないという自覚はあったのだろう。次の言葉は少し選んだようだった。

 

「ほむらや風華に出来ない事が、僕には出来るのですよ」

 

「……あなたに……何が、出来ると言うの?」

 

 つまりはその”自分にしかできない何か”をさやかに実行しようとしたのだろう。それを知って、僅かにほむらの表情が緩んだ。人差し指に入っていた力も少しは抜けて、話を聞く態勢となる。

 

「ふふン、耳の穴かっぽじって聞くですよ。それはですね……」

 

「それは是非僕にもお聞かせ願いたいね」

 

 横合いから声が駆けられて、二人とも反射的にそちらを振り向く。物陰からぬっと姿を見せたのは、予想通りキュゥべえの白い体だった。先程まではイブの頭に向けられていた銃口が、今度はそっちに向けられる。

 

「暁美ほむら……イブ……そして深雪風華。何となく察しは付いていたけど、君達はこの時間軸の人間じゃないね」

 

 白い小動物のその言葉を受けても二人の魔法少女は表情を変えなかった。

 

「イブ……君にしかできない事というのは多分……別の時間軸、別の世界で手に入れた技術か知識じゃないのかい?」

 

「!!」

 

 次に出たその言葉を聞くと、ほむらもはっという表情になってイブを振り返った。イブは何か自分には思いも寄らない方法を知っていて、それをさやかに試そうとしていたのか?

 

「ええ、その通りなのですよ。ただし50点なのですが」

 

「出来れば100点の正解を教えてもらいたいな。僕達の科学力も流石に現時点では平行世界にまでは及ばないし、別の世界の技術に僕は凄く興味が」

 

 そこまで言った所で、キュゥべえの体が穴だらけになってぱたりと倒れた。驚いたイブが見ると、ほむらの銃から硝煙が上っていた。一体いつの間に撃った!? 銃声さえ聞こえなかったが……

 

「無駄な事だって知ってるくせに。懲りないんだな、君も」

 

 今度は後ろから同じ声が聞こえて、二人ともじろりと視線をそちらに向ける。そこにはたった今ほむらに蜂の巣にされたのと寸分違わぬ姿が自分達を睥睨していた。

 

 新しく現れたキュゥべえはほむらが作った死体をがつがつと口に入れて咀嚼し、嚥下して完全に食べきってしまうと「きゅっぷい」と声を上げる。

 

「代わりはいくらでもあるけど、無意味に潰されるのは困るんだよね。勿体ないじゃないか」

 

 と、前の体を食い尽くしてたった一つとなったキュゥべえが言う。その口調はいつも通り一本調子ではあったが、状況が手伝って嘲っているように二人の耳には響いた。

 

「暁美ほむら、君に殺されたのはこれで二度目だけど、お陰で攻撃の特性も見えてきた」

 

 無言のまま、ほむらはただの金属の塊になった銃を捨てる。

 

「時間操作の魔術だろう? さっきのは……尤も同じ”時間”と言っても、深雪風華の力とは随分タイプが違うようだけど」

 

 ほむらはまだ無言。それをキュゥべえは肯定と捉えたらしい、「やっぱりね」と一言。そこでやっと、彼女が口を開いた。

 

「お前の正体も企みも、私は全て知っているわ」

 

「成る程ね。だからこんなにしつこく僕の邪魔をする訳だ。そんなに鹿目まどかの運命を変えたいのかい?」

 

「ええ。絶対にお前の思い通りにはさせない」

 

 即答するほむら。彼女の声は静かだが、深く、そして強かった。

 

「キュゥべえ……いえ、インキュベーター!!」

 

「……ほむら」

 

 その時だった。

 

 イブとほむら、二人のソウルジェムが強い輝きを発した。これは魔女の魔力を受けた時の反応だ。だが、これほど強い魔力は、ワルプルギス級の規格外を除けば普通の状態の魔女は発さない。例外となる状態は、一つだけ。

 

「これは……!! 誕生の魔力なのですよ」

 

「さやか……!!」

 

 その魔力の波が寄せてくる方向を睨みながら、ほむらが呻くように言った。これは、新しい魔女が生まれた時に発する、その魔女の最も強い魔力の波動だ。

 

「イブ!!」

 

「行くです、ほむら!!」

 

 弾かれたように駆け出す二人の魔法少女。その背中を見送るキュゥべえは、大きく天を仰ぐ。そこには月の、冷たい輝きがあった。

 

「この国では、成長途中の女性の事を少女と呼ぶんだろう? だったら……やがて魔女になる君達の事は……魔法少女と呼ぶべきだよね」

 

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