魔法少女達を出迎えたマミは、特にまどかなどはひょっとして別人ではないかと息を呑むほどに変わり果てていた。
陽光のようだった金色の髪は艶を失ってあちこちに枝毛が伸びて、泣き腫らした目の下にはくっきりと隈が浮かび上がってきた。
魔法少女として人を救う事に誇りを持っていた彼女であったからこそ、その思いも寄らぬ真実を知った時のショックは大きかったのだろう。それでもまだ杏子のように自分の願いの結果、つまり自業自得であると割り切る事が出来れば良かったのだろうが、マミの場合は交通事故で死にかけて殆ど選択の余地無く契約したのだ。それだけに割り切る事も出来ず、やり場のない気持ちに苛まれていたに違いない
それでも、こうして皆の呼びかけに答えて出てこれるぐらいには回復したようだった。ほむらはつい昨日も部屋の前で何度もチャイムを鳴らして呼び出したが、暖簾に腕押し糠に釘。反応さえ返ってこなくて留守ではないかと疑ったほどだ。
一同は部屋に入ると床に、杏子が背負っていたさやかの肉体を注意深くゆっくりと寝かせる。マミは「ソウルジェムはどうしたの?」と体と声を震わせながら尋ねる。それには、ほむらが答えた。
「彼女のソウルジェムは、グリーフシードに変化した後、魔女を生んで消滅したわ」
「え……」
それを聞かされた時、マミは表情に何の変化も見せなかった。あまりにも気持ちの振幅が大きすぎてどう反応すればよいのか分からない状態、とでも言うのだろうか。
そうして数秒ばかり時間が過ぎて。
「ソウルジェムが……魔女を……なら……もう……」
何やらぶつぶつと呟いていたかと思うと、不意に彼女の右手が左中指の指輪に形状変化させたソウルジェムへと伸びたが、すんでの所でほむらが掴んで止めた。
「マミさん、落ち着いて」
「放して!! 暁美さん!! ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな……!! みんな死……」
「っ!!」
一瞬、彼女の脳裏にある光景がリフレインする。それを思い出すと無性に苛立ち、そして哀しくなって、マミの頬を張るぱんと乾いた音が部屋に響いていた。思わず、杏子やまどかの視線も集中する。
「……気持ちは分かるけど、落ち着いて。そうならないように、イブがいるのよ」
「……イブさんが?」
まだ半信半疑という風なマミを見て「見せた方が早いわね」と風華。顎をしゃくってイブに合図するが、ここでまたもや招かれざる客が姿を見せた。
「何をする気かは知らないけれど、僕も同席させてもらえないかな?」
キュゥべえだ。反射的にほむらが見事な早抜きでシングルアクションアーミーの銃口を向け、杏子もソウルジェムから取り出した槍の切っ先を突き付けるが、風華が制した。
「今更隠しても仕方がないわ。イブ、やりなさい」
「はいです」
相方に促されてイブは頷くと、いつも通りナイフを掌に這わせた。流れる血が霧となって、さやかの体を包み込んでいく。何でも溶かす血煙の魔法に脆い人体は抗する術を持たず、消えていく。
「やめ……」
思わずまどかが飛び出してさやかの体を守ろうとするが、ほむらが腕を出して止めた。やがて、少女一人分の肉体はすっかり霧の中に消滅してしまう。
「これで、先刻溶かした彼女の魂だった魔女のグリーフシード……つまりさやかさんの魂と命。そして今取り込んだ彼女の肉体。今までさやかさんを構成していたものは全て、エリクシルの中に溶け込んだのです」
言わば、美樹さやかという人間の全ての部品が揃った事となる。
「ならば話は簡単なのですよ」
「ちょっと言い方は悪いけど、今のさやかはエリクシルの中で組んでいないプラモデル状態……と、なれば……」
ぱちん。イブの指が気持ちのいい音を鳴らした。周囲に立ちこめたエリクシルの霧が彼女の念に従って複雑に動き、絡み合い、やがて一点に集まっていく。そしてその一点には一つの光が灯り、その光は僅かな時間で人の形を成していった。
数秒が過ぎて光が治まった時、そこに横たわっていたのはエリクシルが溶かす前と寸分変わらないさやかの体だった。いや、寸分違わないどころではない。そこに現れたさやかは、先程までとは全く違っていた。
「ん……」
錯覚だろうか。
「え……?」
「美樹……さん?」
いや、違う。
「あれ……私……」
「さやかぁ!!」
「さやかちゃん!!」
「うわわっ!?」
目蓋を動かし、瞳を開けてのろのろと起き上がったさやかは、次の瞬間には目を涙で一杯にして飛びついてきた杏子とまどかに押し倒されて、再び床に転がった。
「話には聞いていたけど……まさか……本当に出来るなんてね」
「これは……どういう事なんだい?」
驚くのはほむらもそうだが、キュゥべえも同じだった。まさか魔女から人間へと戻す事が可能だなんて。
インキュベーターは人類へ有史以前から干渉してきたが、その長き時の中でこのような事例は初めて見るものだった。
「僕の魔法、エリクシルの本来の能力はあらゆる物の分解、そして再構築。戦闘では分解の力だけを使っているですけどね。そして分解するのは物質だけではなくいかなるエネルギーも、命や魂ですら量子レベルで分解して僕が生きている限り半永久的に保存する事が出来るのですよ」
「先程の魔女との戦いで魂と命が、そして今、肉体が取り込まれて美樹さやかだったもの全てがエリクシルの中に揃った。イブはそれを再構築したのよ」
それは折れてしまった鉄棒を一度高熱で融解し、その後に枠に嵌めて再び元の棒に戻すような作業だった。確かに筋は通っているが、キュゥべえにはまだ疑問があった。
「確かに一応納得は出来るけど……でも、人間は元々魂について分かっていない筈だよ? 理解できない物をどうこうするなんて無理だろうに……」
尤もな意見だ。魂の部品がエリクシルの中にあっても、それを再び魂として組み直してしかも肉体に組み込むなど、”魂”というものを理解していなければ不可能だろう。
風華も頷き、認める。
「確かに私達は”魂”がどんなものかは知らないわ。けど、知らないなら知っている者に教えてもらえば良いんじゃない?」
「魂について知っている者」。そのキーワードを受けて、この場の全員の視線が集まった。イブを除いてはそれに唯一該当する者、キュゥべえ、否、インキュベーターに。
「馬鹿な。例え僕の同胞の誰かが教えたとしても君達に魂の概念なんて、話して分かるものじゃあ……」
「別に口で教えてもらう必要は無いわよ」
「エリクシルのもう一つの特性なのです。取り込んだ者の知識・記憶・能力も取り込めるのですよ。例えばさやかさんは最近体重が0.5kg増えて合計でよんじゅう……」
「わーっ!! わーっ!!」
二人に押し潰されたままのさやかが大声を出して阻止する。確かに、彼女の能力は本物らしい。つまり、イブは……
「そうか、君はその魔法の中にインキュベーターを取り込んだんだね」
それによって彼女は人間でありながら彼等の知識や技術を手に入れてしまった。魂の在り様についても然り、という訳だ。
「あ、だからお前は沢山の魔法武器を使えるのか……」
納得行ったという表情で、まださやかに乗ったままの杏子が言う。彼女本来の魔法武器はエリクシル一つだけ。だが今まで紅い血の霧が溶かした魔女が魔法少女だった時に使っていた魔法を、全ての記憶と能力を引き継いだイブは使う事が出来るという訳だ。以前隣町の戦いで見せた複数の魔法武器という”手品”の種明かしは、彼女本来の魔法の特性だったという訳だ。
「さやかを人間に戻したように、これで魔法少女が魔女になる事は無いわ……その前にイブが人間に戻してしまうから……あなたの目論見は外れたわね、インキュベーター」
勝ち誇ったように言うほむらだったが、しかしキュゥべえの声には動揺は見られなかった。
「そうかな? 確かにそんな方法で魔法少女・魔女を人間に戻せるのは驚いたけどイブ、君は自分自身にその魔法を行使する事は出来るのかい?」
「ああ、それは無理なのです」
ある意味絶望的な事実であるが、あっさりと手をひらひらさせて言うイブ。その告白を受けて風華とキュゥべえ以外の表情は驚愕と絶望に彩られる。インキュベーターの口調はいつも通り一本調子だったが、しかし今は勝ち誇っているような風に聞こえた。
「例え全ての魔法少女と魔女を人間に戻せても、最後に残った君はいつかは魔女になる。そうなれば結局、同じ事の繰り返しだよ」
確かにそうだ。ほむらもキュゥべえに指摘されるまでもなく、さっきイブが自分は人間に戻れないと言った時からその可能性については思い至っていた。
「本当に、そう思っているですか?」
「……言葉遊びかい?」
「ま、最後にどうなるかは……その時になれば分かるわよ」
イブと同じく最後に自信ありげな言葉で、風華が締める。その自信がどこから来るのかは兎も角、彼女の意見それ自体にはキュゥべえも同意したようだった「僕は最後を見届けさせてもらうかな」と言い残して、去っていった。
さやかが戻ってきて5分ほどが過ぎたが、未だにまどかと杏子は彼女を放そうとはしなかった。
有り得ないはずだった再びの出会い、触れ合い。それが今、この場で為されていた。二人ともこれが夢でない事を確かめるように、さやかの体をぎゅっと抱きしめていた。
「さやかちゃん……さやかちゃん……!!」
「さやかぁ……良かったなぁ……!!」
「二人とも……ありがとう……それに、ごめんね」
さやかも今のこの時がどれほどの奇跡なのかを分かっているのだろう。そっと両手を二人の背に回して、彼女達を抱き返した。と、視線をイブに向ける。
「イブ……私、あんたの事、誤解してたよ……ごめんね」
「何の事です?」
「あんた……最初からずっと、私を人間に戻そうとしてくれてたんだね……」
さやかが魔法少女になって最初に魔女を倒した時。あの時イブは、魔法少女としてのさやかを殺す事で再び美樹さやかという人間の生に戻そうとしていた。しかし、風華からの電話で邪魔されてしまった。
杏子を仲間に引き入れようとした時は、模擬戦の事故を装ってそのままさやかを人間に戻してしまうつもりでいた。そうすればさやかは必然的に魔法少女ではなくなり、杏子もチームに入って八方丸く収まる筈だった。しかし、乱入してきたまどかのソウルジェム投擲事件によってまたしても阻まれてしまった。
町を彷徨って魔女と使い魔を狩っていたさやかを見付けた時は、人間に戻してしまえば魔法少女としての悩みなど根本的にどうでも良くなると考えての行動だった。しかし、今度こそは思っていたがやはりほむらと杏子に邪魔された。
そして今回。三度目の正直ではなくて二度あることは三度あり、四度目にしてやっとであるが彼女の目的は達せられたのだ。
「さやかさんの願い事は幼馴染みの腕を治す事だったのですよね? なら一言僕に相談してくれれば良かったですよ。そしたらエリクシルで一発だったですのに……」
だから、彼女はさやかの願いを「くだらない」と言ったのだ。自分に相談すればすぐに解決するのに、よりによってインキュベーターに頼って魔法少女になってしまうなんて……だから、彼女はさやかを魔法少女から人間に戻そうとしていたのだ。「くだらない」願いの為に、戦いの宿命なんて背負わなくて良いように。
「優しいんだ。あんた……」
「別に……です」
照れたようにそっぽを向くイブを見て、部屋に笑い声が満ちる。それを見ていたほむらが、隣に立つマミに尋ねた。
「マミさん……まだ、みんな死ぬしかないと思ってる?」
「……」
ベテランの金髪魔法少女はゆっくりと首を横に振って、両手を下ろす。それを見てほむらは「もう大丈夫ね」と胸を撫で下ろした。
それにしても、今のこの状況は正直予想外だった。マミが錯乱する事も取り敢えずは無いだろうし、さやかに至っては魔女化したもののそこから人間に戻る事さえ出来た。そろそろ、頃合いかも知れない。
ほむらは決心した。伝えよう、全てを。
「ちょっと良いかしら?」
すっと手を上げてそう発言する彼女に、一秒ほどのタイムラグを置いて皆の視線が集まっていく。
「みんなに……話しておきたい事があるの」