ほむらの口から語られた言葉に、4人の魔法少女と2人の一般人は声を失っていた。誰も咳一つ発さない。それをする事すらもがはばかられるほどに、彼女の話は深刻なものだった。
暁美ほむらはこの時間軸の人間ではなく、まどかとマミが魔法少女コンビとして活動していた時間軸に、二人によって命を救われた事。
そしてワルプルギスの夜との戦いで二人は命を落としてしまい、その時彼女はまどかとの出会いをやり直したいという願いによってその世界のキュゥべえと契約し、魔法少女となり時を遡る魔法を手にした事。
二度目の時間軸でまどかが魔法少女の時間を終えて、その先にある姿を目の当たりにしてソウルジェムの真実を知った事。
三度目の時間軸でさやか、杏子、マミが命を落とすのを見届けて、最後に親友をその手に掛けて次の時間に旅立った事。
四度目の時間軸で、最悪の魔女となったまどかが世界を滅ぼさんとするのを尻目に、今の時間に来た事。
そして五度目の時間軸。つまり今に。
キュゥべえを追い回していた事は、事情を知らないマミにしてみれば新しく魔法少女が増えれば自分のグリーフシードの取り分が減るからだと思っていた。実際、キュゥべえをどうこうしようという者はいなくても、自分の取り分を守る為に縄張りに入ってくる魔法少女を殺傷する魔法少女は結構いた。
何か痛い視線を感じて、杏子が目を逸らした。
だが実際には、ほむらの行動は世界を救う為だったのだ。
世界を救う。
まるで何かのアニメのヒーローのような言葉であるがこれは決して大げさな表現ではない。
ほむらが体験した前の時間軸では、魔法少女となったまどかは凶悪な魔女として名高いワルプルギスの夜を、一撃で倒すほど強大な力を誇っていたという。
強い魔法少女は、そのまま強い魔女となる。そして魔女となったまどかは、その時間軸のキュゥべえの見立てが正しければ「十日もあれば地球を滅ぼす」最悪の魔女だったらしい。
つまり何かのきっかけでこの時間のまどかが契約していれば、ほむらの言葉を借りれば「一度魔法少女になったら、救われる望みなんて無い」。イブのエリクシルというそれこそ極め付けのイレギュラーが無ければそれで”詰み”だったという訳だ。彼女も、この地球という星そのものも。
それを思うとこうして皆がここで顔を揃えて言葉を交わしているのは実の所かなりの綱渡り、いつ割れるとも知れない薄氷の道を渡っていった結果であると言えた。
いや、綱渡りも氷の上のウォーキングも、まだ続いている。
「今この町には私も含めて5人の魔法少女が揃っているわ。そしてイブが当てがあるという15人の魔法少女。この力を使って、ワルプルギスの夜を倒すわ」
そう、あの強大な魔女を倒さない限りは安心できなかった。
ほむらは思い出していた。彼女にとっては過去の未来、全ての時間軸でまどかの死、あるいは魔女としての転生にはあの、戯曲の魔女が関係している。そういう意味ではワルプルギスの夜こそがまどかを救えるか救えないかを決定する最重要ファクターであるとも言えた。
まあ、仮に上手くワルプルギスを倒せたとしてまどかがその更に先の未来において魔法少女になるという確率もゼロではないが、そこは既にこの時間軸の彼女には魔法少女の真実を伝えているし、まどかを信じる以外の選択肢はほむらには無かった。
「やっぱり、あなたも時を越えているのね」
話を全て聞き終えて少しの時間を置いて、風華が言った。その言葉を受けてほむらとイブ以外の者達が「えっ」という声を上げて彼女を振り返った。
イブはただ無言で頷いているし、ほむらは自分の中での確信が事実であると分かって「やはり」という顔になった。「あなたも」という言葉が出ると言う事はつまり……
「あなた達も……」
風華は頷いた。
「私は、終わってしまった未来から来たの」
深雪風華には「お姉ちゃん」と呼んだ人がいた。一緒にいたのはほんの数日の間だったが、彼女にとっては家族と同じか、それ以上に慕っていた人だった。
彼女の両親はある日何の前触れも無く、死んだ。風華が家に帰ると、二人とも眠るように息を引き取っていた。どこにも怪我を負ったり争った形跡も何も無かったのに。
何が起こったのか分からなくなって町に出ると、そこにも異様な光景が広がっていた。
町中の人間が、死んでいた。しかも誰一人として恐怖に顔を歪めたりとか、苦痛で額にシワを寄せたりはせず、両親と同じで安らかに永い眠りに就いていた。そうしていると不意に彼女自身もふっと気が遠くなって眠りそうになって、その時大声と共に自分の腕を取って現実に引き戻してくれたのが”お姉ちゃん”だった。
”お姉ちゃん”は魔法少女だった。
彼女の説明によると、両親や町中の人間が死んだのは魔女の仕業らしかった。しかも、今まで彼女が見た事もないほどに強力な。
”お姉ちゃん”はその魔女に対抗する為に近隣の町から魔法少女を集め、数日後に決戦を挑むとの事だった。風華は両親の敵討ちの為に自分も魔法少女になって一緒に戦うと言ったが、”お姉ちゃん”は許してくれなかった。
そして決戦が始まり、想像を超越して強大な魔女の前に魔法少女達は、あまりにもあっけなく敗れた。
風華は”お姉ちゃん”の亡骸を抱きしめて、そして出会った。恐らくはキュゥべえとは違う、その当時はインキュベーターという名前すら知らなかった、小さな魔法の使者と。
そのインキュベーターは風華が今地球で生き残っている最後の一人、最後の命であり、そして彼女の願いを何でも一つだけ叶えると言った。風華はどんな願いを叶えるか必死に考えて、そして、願った。その願いは、
気が遠くなるほど昔の未来に口にした言葉だが、彼女は今でも正確に思い出せる。
「『この世界が、こんな事になったのはどこかで何かが間違っていたからだと思うの』、『だから私は、その間違いを見付けたい。そして間違いを正して、新しい未来を創る、その為の力が欲しい!!』」
願いは受け入れられ、彼女は二つの力を手に入れた。
一つは”間違い”を見付ける為に、時を渡る力。
もう一つは見付けた時にその”間違い”を正す為に、実時間より更に過去へ飛び今を無にする力。マミやさやかを助けたのはこちらの魔法によるものだ。
だが、ここで一つ問題が生じた。
「私の願いはあくまでも”間違い”を見付ける力を手に入れる事。だから”間違い”がいつ起きたのかは分からなかったのよ」
彼女には”間違い”が起きる”時”に行く事が出来る力はあったが、その”時”がいつなのか見付ける力は持っていなかった。
それはほむらにも理解できた。彼女の願いは「鹿目さんとの出会いをやり直す」こと。「彼女に守られる私ではなく、彼女を守る私になりたい」というもの。キュゥべえとの契約で与えられた時を遡る魔法によって確かにそれは可能となった。しかしほむらにとって「鹿目さんとの出会いをやり直す」というのはあくまでも前提条件的なものであり、本当の願いは寧ろ後者の方だと言える。それは出会いをやり直した後のほむらの行動次第だ。
特に風華の場合、「鹿目さんとの出会い」という具体的な事柄を口にしたほむらと違って「間違い」などという抽象的極まる表現をしたのも一因に思える。と言っても風華自身当時は一般人であったから魔法少女や魔女についての知識など殆ど無く、そう表現する以外にはなかったという事情もあったが。
どうもインキュベーターにはそうした言外の意を汲み取る力が欠如しているように思える。
これはマミにも覚えがあった。彼女の願いは「助けて」。両親と一緒に出かけたドライブで交通事故にあった時、彼女は朦朧とする意識の中つぶれた車体に挟まれながら、現れたキュゥべえにそう願った。この時の「助けて」とは自分と両親を対象とするものだった。別にそれは自然な言葉であるし、少なくともキュゥべえの代わりにまともな人間がそこにいれば彼はそう解釈しただろう。
だが結局、助かったのは彼女一人だった。キュゥべえが自分達の種族には感情が無いと言っていたが、それは嘘ではないとマミやほむらは思う。そうした面にそれが現れているように思えた。
少し話がそれたので、風華は咳払いして場の空気を軌道修正する。
「だから私は……沢山の過去に飛んで、”間違い”がいつ起こったのかを探し続けていたわ」
それは”希望”を捜していると言い換える事も出来た。
時空流のどこかにある筈のその時。それを見付ける事が出来ればあの未来を変えて、”お姉ちゃん”だって救える筈だった。
その”時”を、風華は時間と空間の迷路をずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっと彷徨い続けて、捜していた。
そして今、この時に。
「ほむらの話を聞いて確信したわ。あの時世界を滅ぼした魔女は……」
世界を滅ぼすほどの最悪の魔女。それは最強の魔法少女がその時間を終えて変じた存在に他ならない。既にもう一人の時間旅行者の話を聞いているため、全員の視線が一人に集まっていく。
そして最後に風華が彼女と視線を合わせて、言った。
「まどか……私はあなたを捜していたのよ」