風華の捜し人、最強の魔法少女と同時に最悪の魔女となり得る少女、鹿目まどかは戸惑ったように聞き返した。
「風華さんの捜していたのが……私……?」
そう言われて時を渡る魔法の使い手は、静かに頷く。
「そう、私もあなたの素質に気付いて、ほむらと協力するために話をしてその中で確信めいたものを持つには至っていたけど……」
今、ほむらから彼女の体験してきた昔の未来の話を聞いて、これではっきりした。
自分の両親を殺したのは。”お姉ちゃん”を殺したのは。自分の生まれた時間の地球を滅ぼした魔女は。
ほむらも同じ思考に至ったのだろう。「早まった考えは起こさないで」と先手を取って釘を刺す。
もう一人の時使いはそれでも風華が強行しようとするなら自分も時の魔法を使って腕尽くでも止めるつもりだったが、その必要は無かった。風華は先程の話、彼女の壮絶な過去と今に至るまでの経緯から考えるには拍子抜けるほどあっさりと、
「分かっているわよ、ほむら……」
と、まどかへ危害を加えるつもりが無い事をアピールする。
流石に肩すかしを食らったような気分になったが、何にせよまどかに危害を加える気が無いのならそれでいいかと一息吐くほむら。まだ最低限の警戒は解いていないが、今の風華からはその僅かな警戒をする必要も感じなかった。何故だか何の覇気も熱も感じない。不思議なほど。
「本当の事を言うとね、私は……”お姉ちゃん”を助ける事も……未来を救う事も……もう半分ぐらいはどうでも良くなっているのよ……」
「半分……?」
「どういう意味だ……?」
さやかや杏子の疑問に答えるように、イブが進み出る。
「その先は僕が説明するですよ」
魔法少女となった風華が様々な時間の様々な場所へ行ったのには理由がある。彼女の願いはどこかの時間で起こってしまった”間違い”を捜し、それを正す事。
しかし一口に”間違い”と言ってもそれがどういうものなのか、彼女には分からなかった。取り敢えずそのような表現をするしかない出来事、としかその時点では言い様が無かった。
その”間違い”はいつ起こったのだ? そもそも”間違い”とは、ある時に誰かがたった一つの核地雷を踏んでしまってああなったのか? それとも遥かな過去から多くの者が少しずつ積み重ねてきた歪みが、あの時に世界の終わりという形、それをもたらす魔女という形を取って具現化したのか?
彼女には分からない。だからそれを知る所から始めなければならなかった。
いくつかの時間を渡り、魔法少女がやがては魔女となる事を知った。
そしてインキュベーターは魔女を狩るという表向きの目的の為に少女の願いを一つだけ叶えて契約し、その少女を魔法少女にする事を知った。その魔法少女もやがては魔女に。その連鎖、悪循環を知った。
ならばと、その時の風華は思った。止めようのない悪しき連鎖が延々と続くのならば、その最初の時に。そもそもその連鎖の始まりを止める事が出来れば、あるいは。その想いと共に彼女は時空流を遡り、その時へと飛んだ。
この地球に、最初に魔法少女が生まれた時、生まれる筈だった時に。
「そこで出会ったのですよ。最初の魔法少女であり、零人目の魔法少女にして最初の魔女になる筈だった、この僕と」
イブには好きだった男がいた。だが彼には既に心に決めた女性がいて、彼の中に女としての自分の場所など何処にもないと分かっていた。
イブは、諦めようと思っていた。相手の女性の事も彼女は友人としては好きだったし、二人ならばきっと幸せになってくれるだろうと思っていた。だから自分は涙を呑もうと思っていた。
そしてお気に入りの場所であったリンゴの木の下で声を押し殺して泣いていた彼女に、話しかける者がいた。真っ白な体をして、耳から毛の束に見える物を垂らした白い動物が。
その動物、インキュベーターは言った。何でも一つだけ願いを叶えると。
しかしこの時、イブはあまりにも虫の良すぎるこの話に逆に猜疑心をくすぐられ、疑り深く尋ねた。そんな事をして一体何の得があるのかと。その動物が言うには自分はイブが契約して願いを叶える事それ自体が目的であり、何の代償も求めないし何を強制したりもしないという事だった。
そう言われて、少しだけ心が揺らぐ感覚を覚える。そこに更にもう一言、その動物は畳み掛けるようにこう言ってきた。「試しに願いを言ってみればいい、奇跡なんだから叶わなくて元々、叶えばラッキーぐらいに考えれば良いじゃないか」と。
確かにそうかも知れない。ある意味悪魔のささやきを受けて、ならばとイブは口にしようとした。自分は、彼が欲しい。彼の心が。
「僕は……僕は、あの人がほ」
その願いを口にしようとして、しかし阻まれた。タッチの差で現れた、風華によって。
彼女から説明を受けて契約する事のリスクを教えられたイブは、やはり契約しなくて良かったと胸を撫で下ろして、同時にその動物を激しく責めた。しかし彼等にも覚えのない事なのか「わけがわからないよ」ととぼけるばかりで今ひとつ要領を得ない。
一方、風華にしてみれば何はともあれこれで契約の連鎖はその始まりの時より断ち切られたと、張り詰めていたものが切れたような気がして、そして「時既に遅し」と言う言葉の意味を強く実感する羽目になった。
今にして思えば当然の事だった。そもそもインキュベーターは宇宙の寿命を延ばす為、少女の希望と絶望からエネルギーを回収する為に地球に来ている訳だから、当然接触している少女が一人だけの訳がない。
確かにイブは人類史上最初の魔法少女であった(正確にはこの表現は適切ではない。この時点では魔女は存在しなかったので、契約した少女が魔法少女として戦う必要も無かった。だから彼女は魔法少女というよりは「ただ奇跡を叶えてもらった普通の少女」になる筈だった、と言う方が当を得ている)。しかしそれは、ただ単に彼女が一番初めにインキュベーターと契約したというだけの事だったのだ。
イブ達3人の住んでいた場所が、彼女達が楽園(エデン)と呼んでいたそこが、襲われたのだ。魔女によって。
イブがインキュベーターを追求しても満足な返答が得られなかったのは、この時点では彼等も魔女の存在を認知していなかったからであった。当時のインキュベーターのエネルギー回収プランには、現在のように魔女と戦うなどといった要素は組み込まれていなかった。それは戦うべき対象が存在しないのだから当然だが、それすら不要だったからだとも言える。
彼等は知っていたのだ。人間が、どこまでも満たされるようには創られていない事を。だから歪な形で願いが叶えば、高い確率で逆にそれで破滅する事を計算済みだったのだ。宝くじで一等を当てて、それで止め処なく浪費して破産するなど良く聞く話である。
そして願いを叶えた少女の魔女化は、彼等でさえも想定していなかったイレギュラーだった。
魔女に、この時にはまだその名前すら付いていなかったその怪物に自分以外の二人、アダムとリリスが殺されて、魔女は風華の手にすら余って、それを目の当たりにしたイブは願った。願ってしまった。
「力が欲しい、二人を助けて、あの怪物をやっつける力が欲しい」
かくして契約は成り、イブは魔法少女となった。
「僕の祈りはさやかさんと同じ癒しの属性も持っている。エリクシルが全てを殺す毒であり全てを救う万能薬の相反する性質を持つのは、その祈りによるものなのですよ」
魔女を倒して、アダムとリリスを救ったイブ。だがもう、二人の元へは戻れなかった。こんな、死んでしまった体で。
「そして僕は風華の話を聞いてそれに賛同し、一緒に行く事にしたのですよ。未来を救う為の、永い時の旅に」
旅の途中、二人は多くの魔法少女と出会い、彼女達の希望が絶望に、祈りが呪いに変わるのを見届けて、厭きるほど多くの魔女を殺してきた。
ほむらは以前、ソウルジェムの真実を告げても信じてくれる魔法少女は誰もいなかったとまどかに漏らした事がある。それは彼女達の場合も似たようなものであったらしく、殆どの魔法少女はインキュベーターの真意も、自分達の末路の話も信じなかった。
「でも、それでも何人かは信じてくれたわ」
と、風華。彼女とイブが歩んできた時間は、同じ時の旅人であるほむらでさえも比較にならない。当然、出会った魔法少女の数も桁違いだろう。多くの者に何度も話をすれば、いくらかは信じてくれる者がいても不思議ではない。
「そしてその中の更に何人かは、僕達と一緒に来て力を貸してくれると言ってくれたのですよ」
「……!! じゃあ、あなたの言う15人の魔法少女って……」
察しの良いマミにイブはにかっと笑い、頷いた。
「そう、彼女達は僕達と一緒に時を越えてやって来た魔法少女なのですよ。みんな、既にこの町に集まっているです」
「っ、はーっ……」
「とんでもなくスケールがでけェな……」
ほむらが未来から戻ってきたという話だけでも圧倒される思いだったのに、そこへ来て風華とイブのこの告白。あまりに壮大な話について行けないという風に、さやかと杏子が呆れたような声を上げた。
だが、まだ話は続いている。
「……そして今から10年ほど前の事……私はふと思い至ったのよ、こうして私がここにいるという事は、今この時間の”私”はどうしているんだろうって」
それはほむらには要らぬ心配だった。彼女の場合は時を飛ぶと言うよりは、未来のある一点から過去の一点へと、記憶や能力を過去の自分の肉体に移行させているというのが正確な説明だ。
一方風華の場合は、イブや15人の魔法少女を連れてこの時代に来ている事からも分かるように、肉体ごと時を越える事が出来る。
「そして私達の家があった所へ行って……驚いたわ」
家は色褪せる事の無い記憶に刻まれた通りの場所に、記憶通りの佇まいを見せていた。魔法を使って気付かれないように覗いてみると忘れる筈もない両親の姿が見えて、思わず名乗り出ようかという衝動を抑えるのに苦労した。
しかし数秒後には、そんな衝動が吹っ飛ぶような衝撃を受ける。
彼女の両親と一緒にいたのは幼い頃の”風華”ではなく、良く似た容姿をした男の子だったのだ。
その時、風華は理解した。いや、なるべく自分では考えないようにしていた事実を否応無い形で突き付けられたと言うべきか。
「同じ時間に、二人同じ人間は存在できない……」
かつて自分が生きていた筈のこの時間は、自分の生きていた世界ではなかった。この告白にはほむらも衝撃を受けたようだった。あるいは彼女の中にも、風華のそれと同じ迷いがあったのかも知れない。
「ほむら……例えあなたがこの世界でワルプルギスの夜を倒しても、そして私がまどか、あなたが魔法少女になるのを止めても、あの未来を救う事は……もう出来ないのよ」