魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第14話

 

 タイムパラドックスという言葉がある。その中で最も有名なのは、「親殺しのタイムパラドックス」であろうか。例えば未来から子供がタイムマシンに乗ってやって来て、自分の親を殺してしまったとする。だが親を殺してしまったのならその子は生まれないし、そもそも親は誰に殺されて死ぬのだ? と、こうして矛盾が生じるのだ。

 

 風華が彼女が本来生きていたのと別の、つまりこの世界に迷い込んだのも、根っこの理由はそうした時の矛盾を回避するためのものであったのかも知れない。深雪風華が既にいる世界に、もう一人深雪風華がいてはおかしいのだ。

 

「流石の魔法も、そうした時の修正力には勝てないのでしょうね……だから、この事実に気付いた時にすぐ試してみたけど、私の魔法は一度行った事のある時間へは飛べない事が分かったわ」

 

 飛んだ先のその時間には、既に彼女がいるからだ。

 

「ここは私の生まれた時間軸の……その、平行世界。鏡に映したようにそっくりだけど、でもどこか違う世界……」

 

 例えこの世界でどんなハッピーエンドを迎えたとしても、終わってしまった風華の世界はもうどうにもならない。だが、それでも……変えられないから、救えないからと言って全てを投げ出して終わりにすると言う選択肢は、風華には無かった。

 

「二千年か、四千年か……? 途中からは数えるのも面倒になってしまったけど、とにかく私とイブはそれほどの時間を生きて、未来を変えようとしてきた。その時間が無意味だったなんて……誰がそう言っても私は認めない。認められない。認める訳には行かない」

 

 それは風華の意地であった。自分が気の遠くなるような時を経てやって来た事が無意味だったのだと、骨折り損のくたびれもうけだったのだと、それこそそんなの私が許さない、である。だからどんな形でも良いから、そこに意味を求めた。

 

 その意味が、この世界を救う事だった。

 

「これで……私の話は終わりよ……」

 

 彼女の動機は、ほむらに比べれば、ある意味不純と言えるかも知れない。誰か一人の為でもなく、純粋に世界を救う為でもなく、この世界を救う事は風華にとっては自己満足の為であると言って良かった。イブにとっても。

 

「それでも……あなた達の力はワルプルギスの夜と戦う為には魅力的だわ……頼りに、しているわよ」

 

 そう言うほむらの言葉も、どこか投げやりである。実の所、彼女もこの世界も含めて今まで訪れた世界が、最初の時間軸から見て平行世界であるという予感はどこかで感じていた。

 

 さやかも、マミも、杏子も、そしてまどかでさえも何がどうとは言えないが、微妙に違っている気がしていた。勿論それは同じ顔の別人と言うようなものではなく、ちょっと虫の居所や体調が悪かったりすることで有り得るような些細な変化でしかなかったからあまり気にしなかったが、今にして思えばそれが世界の違いによって生じた変化であったのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後はワルプルギスの夜への対策が会議の主題となった。ほむらの体験してきた過去の統計による出現位置の予測、迎撃する魔法少女達の陣形、コンビネーションの打ち合わせなど。熱の入った会議は数時間に及び、すっかり辺りは暗くなってしまう。そうして決戦を明日に控え、今夜は皆が思い思いに過ごして英気を養おうという運びになった。

 

「鹿目さん、暁美さん、今日は泊まって行かない?」

 

 マミから申し出があって、まどかとほむらはそれを快諾した。まどかは家に「今日は先輩の家に泊まるから」と連絡を入れて、二人はマミの作った料理に舌鼓を打って、食後のお茶がテーブルに並べられる。

 

「暁美さん……辛かったわね……」

 

 僅かばかりの沈黙を破ったのは、マミのその一言だった。

 

「今まで、ずっと一人で……誰にも信じてもらえずに、私や……鹿目さんが死ぬ所を見たり……」

 

 違う時間軸で起きたが故に自分には覚えのない出来事であるが、それでも自分の事である。彼女の話を聞いていると、ついこう考えてしまう。

 

 もし、もしだ。もし、過去の時間の自分が彼女の話を信じてやる事が出来たのなら。信じて、彼女と共に戦う事が出来ていたのなら。そうすればほむらももっと早く、永い時の迷路から抜け出る事が出来ていたかも知れないのに……

 

「そして今のこの私も……風華さんやイブさんがいなければあなたを信じる事が出来なかったわ……ごめんなさいね……こんな、情けない先輩で……」

 

「……いいんです、マミさん……私も、あなたには何もかも世話になりましたから」

 

 と、ほむらが彼女には珍しく薄い笑みを浮かべて応じる。

 

 最初の、彼女が本来生きた時間でまどかと一緒に自分の命を助けてくれたのはマミだった。

 

 次の時間軸で、魔法少女としての戦い方を教えてくれたのもマミだった。

 

 更に次の時間軸で、チーム戦を行う際の自分の問題点を指摘し、戦闘スタイルを完成に導いてくれたのもマミだった。

 

 ほむらは思う。マミと出会わなかったら、きっと自分は今とは違った魔法少女になっていただろう。今よりもずっと弱い魔法少女に。今の自分を構成する中には、マミの占める分もまどかに次いで多いように思った。

 

「ほむらちゃん……」

 

 小さく手を上げて、怯えたようにまどかが口を挟んだ。

 

「何? まどか……」

 

 テーブルの上に乗せられたほむらの手に、大きさのさして変わらないまどかの手が優しく重ねられる。時を越えてきた魔法少女は、はっと顔を上げてまどかを見た。

 

「ほむらちゃん……ありがとう……」

 

「まどか……」

 

「ずっと……私の事、守っていてくれたんだね……ごめんね、分かってあげられなくて……」

 

「まど……かぁ……」

 

 すぐ傍にいる彼女の顔がぼやけて、声もぶるぶると震えていく。ほむらの双眸からは、涙が滂沱として伝っていた。それ以上は、もう声にする事も出来なかった。

 

 決めた筈だった。もう誰にも頼らないし、誰に分かってもらう必要も無いと。分かってもらえなくても構わないと思ったのは、まどかとて例外ではなかった。でも、こうされてしまうと、もう……

 

 

 

『約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる。何度繰り返す事になっても!! 必ずあなたを守ってみせる!!』

 

 

 

 あの時、三度目の時間で約束したように、自分がまどかを守るつもりだった。一つ前の時間でも、この時間でも。でも、実際は違っていた。

 

 たった一人でも戦う決意が持てたのは。

 

 何度同じ時をループしても構わないと、そんな心の強さをくれたのは。

 

 彼女はいつだって自分を助けてくれた。共に戦ってくれて、四度も命を救ってくれて、そして何より、希望をくれた。

 

 自分がまどかを守るのではない。自分がまどかに守られていたのだ。

 

 それを理解して、溢れ出る感情を抑える術をほむらは知らなかった。だからただ、まどかを抱き締めた。まどかも、時を越えてずっと自分を守ってくれていた最高の友達を、優しく抱き返す。

 

 マミは抱擁し合いながら涙を流す二人を見てにっこりと笑うと、自分はお邪魔だろうと音を立てないようにそっと立ち上がって、ベランダに出た。

 

 今日は雲一つ無い夜で、美しい月が町を照らしていた。

 

 彼女はソウルジェムの力を軽く発動させて愛銃を物質化すると、その銃口を月へと向ける。彼女の眼光は鋭く、強く、そして暖かかった。

 

『明日の戦い……鹿目さんも、暁美さんも……絶対に死なせないわ……例え私の身が、どうなろうと……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 24時間営業のゲームセンターでは、杏子がお気に入りのダンスゲームの筐体で、普段と変わらないステップを踏んでいた。彼女のあまりの気安さに、すぐ後ろに立っているさやかはワルプルギスの夜が来る日を一日間違えているのではないかと、真剣に不安になった。

 

「あんたさぁ……分かってるの? 決戦は明日なんだよ……?」

 

 呆れたように言うさやか。そう言われても杏子は足取りを少しも乱さず、振り返らずに答える。

 

「明日だからこそ、さぁ。明日になったら死んでるかも知れねェんだ。だから、思い残す事の無いようにしとかねェとな……」

 

 まあそれも正論かも知れないと、さやかは嘆息する。もう自分は魔法少女ではなくなったから一緒には戦えない。人間に戻れた時は、ゾンビじゃなくなったと無邪気に喜んだけれど、こうして杏子やマミさんやほむら達が戦うのをただ見ているという立場になると、忸怩たる思いを抱くようになる。

 

 そうして顔を伏せたさやかの視界に、見慣れたブーツが映った。杏子のものだ。と、頭に手がぽんと置かれる感覚がした。

 

「気にするこたァないさ……あんたは人間に戻れたんだ。平和に生きて寿命で死ぬ。そうした人並みの人生を全うすりゃいいのさ」

 

 杏子の言葉はさやかが明日、ワルプルギスの夜によっては死なない事を前提としたものだった。言外に自分が、自分達が守ると言ってくれていた。

 

 さやかが顔を上げると、ちょうどゲーム機の画面には「Hi Score」の文字がでかでかと映し出されていた。

 

 スコアランキングの一位から十位までを全部自分のニックネームで埋め尽くせて、ようやく杏子も満足したらしい。さやかを連れてゲーセンを出ると、ほど近いファミレスに入った。勿論勘定は杏子のおごりだ。

 

 さやかはドリンクバーを頼み、彼女自身はいっぱい頼む。ずらりと並べられた料理に「こんな夜中にこんなに食べて、太るよ」とまたしても呆れたように言うさやか。杏子は先程の再現のような返答を返す。

 

 30分ほどの時が過ぎて、十人前はあろうかという料理を全て平らげてしまった杏子が、爪楊枝を口に差し込みながらふと呟いた。

 

「なあ、さやか……」

 

「何……? 杏子」

 

 互いに名前で呼び合っている事には、もう違和感を覚えなかった。

 

「あたしさぁ、この戦いが終わったらイブに頼んで、人間に戻してもらおうと思ってるんだよ。そしたらさ、学校にも行くよ、あんたやまどか、ほむらにマミの奴も一緒にさ……」

 

 今まで見た事もないような笑顔でそう言う杏子に、さやかはちょっと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「あんたさぁ……分かってるの? その発言って死亡フラグだよ……」

 

 孤島や雪に閉ざされた山荘で殺人事件が起きて、「人殺しと一緒になんかいられるか」と部屋に戻る人間と同じ運命を辿りたいのかとからかうように言う。だが、杏子は「ふふン」と鼻を鳴らすと、優しい笑みを見せた。

 

「ほむらや風華の話を聞いて……そして今まであいつ等を見ていて、分かった事があるんだよ……」

 

「分かった事……?」

 

 特に風華は、あの高架の上で既にそれを見せてくれていた。

 

「死亡フラグを立てるのが人間なら、そのフラグをブチ折れるのも、また人間だって事」

 

 

 

 

 

 

 

 高層マンションの屋上から見下ろす景色は、蛍籠か宝石箱のようだった。流石に香港辺りの夜景には及ぶまいが、それでもこの美しさは目を奪われるものがある。

 

 この光は人々の営みの証。皆が生きている。悩んで、苦しんで、憎み合って、それでも時には笑って。

 

「イブ」

 

 振り返るとパートナーは、最後の晩餐のつもりなのか山盛りのリンゴを囓っていた。どうやら彼女も杏子と同じで、決戦の前には思い残す事の無いようにやるタイプらしい。

 

「ふぉふふぃふぁふぇふ、ふふふぁ(どうしたです、風華)?」

 

 行儀悪くリンゴを噛みながら近付いてくるパートナーに「礼儀正しくしなさい」と軽く注意しつつ、隣に並ばせる。

 

「この景色を、よく見て……目に焼き付けておきなさい……」

 

 明日には、消えているかも知れない。

 

「ここが私の……旅路の果て……」

 

 サイコロの目が丁と出ようと半と出ようと、未来が変わろうと変わるまいと、明日には全ての決着が付く。

 

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